恋するジャガーノート

まふゆとら

文字の大きさ
59 / 325
第三話「進化する生命」

 第二章「地底世界の王」・③

しおりを挟む
       ※  ※  ※


「ハヤトさん・・・あの白いのって、船・・・ですか・・・?」

「そうだよ! さおりちゃんのお父さんが乗ってたのよりもっと小さいけどね」

「船にも・・・色々あるんですね・・・」

 そう呟くクロの視線は、先程からずっと、海だけに夢中だった。

 初めて「すかドリ」の遊具アトラクションを見た時も、テレビを観ている時もそうだけど、クロは好奇心旺盛な上に、集中力がすごい。

 おまけに学習能力も高いから、今でこそ中身は子どもだけど、いずれは僕なんかよりずっと頭が良くなるんじゃないか・・・なんて予感もしている。

「あの飛んでいるのが・・・カモメ・・・でしょうか? テレビで観ました・・・」

「う~ん半分正解! 多分あれはウミネコだね」

「ウミネコ・・・? 初めて、聞きました・・・」

「カモメの仲間なんだ。カモメは冬にしかいないから、この時期にいるのはウミネコだね」

 外に出ても(そこまで)おかしくない格好に着替えたクロを連れて──僕たちは、初めて出会った砂浜に来ていた。

 道中、すれ違う人から必死に身を隠そうと僕の後ろに隠れながら──もちろん前から見たら思い切りはみ出てたとは思うけど──

 何とか辿り着いた後・・・ぼんやりと白い地べたに座って、並んで海を眺めていた。

 気付けば影も長くなっている。今日は何だか色々あったなぁ。

「・・・ハヤトさん」

「うん?」

 名前を呼ばれて向き直ると、目が合った。

 ・・・落ち着いた時にこんなに近くで見つめ合った事なんてなかったから、思わずドキッとしてしまった。

 その中身が体長50メートルの怪獣で、シルフィが力を封印した偽りの身体だとは知っていても・・・まつ毛長いなぁ、鼻高いなぁ・・・なんて、間抜けな感想を抱いてしまう。

「・・・ありがとうございます」

「えっ?」

 ・・・・・・さっきから僕、まともな返事ができてないな。

「えっと・・・嬉しい事をしてもらえたら・・・ありがとう・・・ですよね? 今日は・・・おさんぽしてもらえたお陰で・・・ウミネコを、初めて知りました・・・嬉しかったので・・・ハヤトさんに、ありがとうございます・・・です」

 そういって、クロが薄く微笑む。眼鏡の奥で、持ち上がった頬が橙の瞳を半分隠した。

「・・・そっか。どういたしまして。今度からは、もっと色んな所に行ってみようか」

「! はい・・・! おさんぽ、たくさんしたい・・・です・・・!」

 次は、目をキラキラ輝かせて身を乗り出してきた。

 クロは笑顔が増えただけじゃなくて、表情豊かになって来た気がする。

 泣き虫なのは変わらないけど・・・。

 そんな事を思っていたら、ぎゅっと結んだ拳はそのまま、彼女は再び海の方を向く。

「色んな事を・・・もっと知ったら・・・いつか私の記憶も・・・戻るかも・・・知れないです・・・!」

 僕が思っている以上に、彼女の意志は強いようだった。

 自分の過去に──いや、それ以上に自分自身に、向き合おうとする意志が・・・。

「それじゃあ・・・何か、新しく思い出したりした?」

 試しに聞いてみると、笑顔が曇り、ふるふると首を振られる。

「そっか・・・初めて会ったここに来たら、何か思い出すかなぁと思ったんだけど・・・」

「ごめんなさい・・・ハヤトさんの顔を、何となく・・・見た・・・のは覚えてるんですけど・・・私がきちんと覚えてるのは・・・倉庫の中で・・・起きた時からで・・・」

 謝る必要なんて──と言いかけて、ふと、同じようなセリフを最近聞いたのを思い出す。

 ・・・・・・あぁ・・・そうか・・・。さっきの桐生さんは、きっとこんな思いをしてたんだ。

 力になりたいけど、結果が伴わなくて──

 誰の責任でもないけど、自分の無力感だけが心にのしかかって──

 ・・・・・・本当に、悪いことをしちゃったな・・・僕・・・・・・。

「あっ・・・違いますよね・・・! ごめんなさい、じゃなくて・・・ありがとう、ですよね・・・!」

「ッ!」

 クロが何気なく言った一言に、胸を打たれる。

「ハヤトさんが・・・私のために、してくれたから・・・ありがとう、です・・・!」

 ・・・どうして僕・・・そんな簡単で・・・一番必要だった言葉が、出てこなかったんだろう。

 桐生さんと二人で・・・めちゃくちゃ緊張してたのは事実だけど・・・
 たった一つショックだっただけで、頭が真っ白になっちゃって───

「・・・・・・あぁ~~~~ッ‼」

「ひぅっ⁉」

 勢いよく立ち上がった。驚いたクロが小さな悲鳴を上げる。

 言葉にならない声を上げながら波打ち際まで走ると、思い切り息を吸って── 

「僕のぉ───っ‼ バカヤロぉ───っっ‼」

 大声で、海に叫んだ。きっとクロはぽかんとしてるだろう。

「クロ──っ! ありがとぉ──っ!」

「えっ⁉ あ、はい・・・!」

 ついでにもう一つ叫んでおいた。スッキリしたところで、元いた場所に戻る。

『ふふっ・・・それやってるハヤト、久々だね?』

 戻りしな、そんな声が頭の中に響いた。

 あぁそっか。自分ひとりでやるだったけど、この妖精には見られてたのか。

 ・・・そう思うと、途端に昔の事が恥ずかしくなってきた・・・っと、だめだめ! 今は気持ちをリセットしたんだから!

 ぽかんとしているクロの隣に腰掛けて、顔も見ずに話し始める。

「今みたいに・・・自分の事、なやつだー! って思ったら、ここでああするようにしてるんだ。僕・・・誰かに愚痴ったりするの、苦手でさ」

 クロが聞いてくれてる雰囲気を感じて、話を続けた。

 ・・・クロには、こうして胸のうちを打ち明けたり出来るんだな、と思いながら。

「実はさっきね・・・僕も失くしちゃった記憶を取り戻そうと思って・・・昔の僕を知ってるかも知れない人に会いに行ったんだ」

「昔の・・・ハヤトさん・・・」

 僕も知らない僕のこと。

 たった1年分覚えていないだけなのに、どれだけ苦しかったか・・・クロにはきっと、それが伝わっていると思う。

「結局、何も思い出せなくて・・・いつも見てる夢の話までしたけど、それも予想と違って向こうには心当たりがなくて・・・へこんじゃったんだ、僕。明るいのだけが取り柄なのに、さ」

 あはは、と笑ってみせるけど、クロはもう泣きそうだった。

 だから──というわけじゃなく、あくまで心から、自然に浮かんだ言葉を口にする。

「でもたった今、クロのおかげで気付けたんだ! へこんでる暇なんかないぞ、って!」

 今度は僕が、握り拳を作る番だった。

「当時の僕はどうだったとか、二人でどんな時間を過ごしたのかとか・・・その人に色々聞いたり、もっとやれる事があったんだよなぁ・・・って。自分を守るためのごめんなさいばっかりで、ありがとうの一つも言えなかったんだ! 十年前のともだちに会いに来てくれたばかりか・・・失くした記憶を思い出す手伝いまでしてくれたのに・・・・・・」

「ハヤトさん・・・」

「・・・・・・僕は、半端だったんだ。だから決めたよ! クロみたいに、自分の過去にきちんと向き合う覚悟を持って──前に進まなきゃって!」

「前に、進む・・・」

「うん。クロが前に言ってたように、怖くても、痛くても、苦しくても・・・自分の事を知るために、ね!」

「っ! ・・・はいっ!」

 今一度、目が合う。沈みかけた太陽に照らされて、クロの瞳がキラリと光ったように見えた。

『・・・ボクは反対だなぁ~。痛いのも苦しいのもヤだも~ん』

 と、綺麗に締まりそうな所でまた余計な一言が聴こえてくる。

「あのねぇ・・・せっかく人が頑張ろうとしてるのにこのふわふわ妖精ときたら・・・」

『・・・・・・今が良いなら・・・それで良いと思うけどなぁ、ボクは』

 口をとがらせて、目を逸らされてしまう。

 ・・・時々、シルフィがわからなくなる。いや、わかってる事の方が少ないんだけど。

 ・・・シルフィは、僕の過去を知っているんだろうか。

 知っているのに教えてくれないなら・・・それはどうしてなんだろう。

 まぁきっと、彼女なりの理由が・・・いや、「使命」があるんだろうな、とは思っている。

 それでも──シルフィが何も教えてくれなくたって、諦めるわけにはいかない。

 クロを見習って、少しでも前へ進まなくちゃ!

 そのためにも、桐生さんにもう一度会って──まず謝って──それから──ってしまった!

 ・・・桐生さんの連絡先聞くの忘れてた・・・!

「や、やっちゃった・・・どうしよう・・・・・・」

「?」

 自分の至らなさに、目眩すら覚える。どうしたものかと知恵を絞ろうとした所で、スマートフォンの振動が、SNSアプリの通知を報せた。

「ん? ・・・ハルからだ」

 グループに、「すげぇ動画上がってるぞ!」と動画サイトのURLが貼られていた。

 動画のタイトルは───「【ガチ動画】恐竜の生き残り⁉」。

「う、うさんくさぁ・・・」

 ハルがこの手の動画に騙されて大騒ぎしては、結局何もなかった・・・というパターンは最早恒例だ。

 ついでに僕あてに送ろうとしたであろうHなサイトのURLをグループに送信してしまう凡ミスも。

 ・・・いや、僕にとっては間違いなく親友なんだけどね・・・?

「・・・あれ?」

 既読スルーは可哀想だし、なんてコメント返そうかな・・・と考えていたら、「私も今見てるけどこれはマジっぽいよ!」とみーちゃんから追加のコメントが。

 彼女がノるなんて珍しい・・・そう思って、興味本位で動画のサムネイルをタップしてみる。

「ハヤトさん・・・手に持って、触っている・・・その、薄い・・・箱はなんですか・・・?」

「あぁ、これはスマートフォンって言って・・・ええっと・・・遠くの人と話したり出来るんだよ!」

「なるほど・・・! すごいです・・・! シルフィさんみたいです・・・!」

『・・・あれ? ボクいまバカにされた?』

 クロの純粋さにはシルフィも勝てないのか、と思わず吹き出しそうになった所で、動画が再生される。

 最初は急いでカメラを起動していたのか画面が上下に激しく揺れており、撮影者と思われる男の声も小声な上に慌てふためいているようで言葉になっていない。

 しかし、ほんの数秒間だけきっちりとその「恐竜」とやらに焦点が合う。

 後ろ姿だが、昔観た恐竜映画の知識だと・・・「ラプトル」だっただろうか。

 「小型の恐竜」と聞くと一番に想像されるような体型で、イボイボの生えた茶色い身体に尻尾まである。

 だが一番目立つのは、見るからに硬そうな黒光りする頭だ。

 まるでヘルメットでも被っているようで、頭突きが得意そうなパキ・・・何とかという恐竜を彷彿とさせる。

「う~ん・・・よく出来たCGって言われるとそうとも見えるし・・・」

 首を傾げた直後、突然再生が止まり、「動画が削除されました」との表示が出てくる。

「あれ・・・? ニセモノだってバレでもしたのかな?」

「・・・ハヤトさん・・・っ!」

 そこで、僕の羽織ったジャケットの裾をぎゅっと掴むクロに気付いた。

「だ、大丈夫だよクロ、今のは───」

『・・・ハヤト』

 頭の中で聴こえた声に、いつものからかうような響きがない事を感じ取る。

「まさか・・・」

 ──クロの時もそうだったけど、この間、怪獣にヘリが落とされたあの事件も──エンジンの故障が原因だったという説明があっただけで、多くは報道されなかった。

 明らかに、「怪獣の存在を隠したがっている」何者かがいる。

 そして・・・たった今削除されてしまったこの動画・・・アップされた時間を見ると、ほんの十分前。

 そのままスマートフォンで検索をかけてみると、早くも無断でコピーしたと覚しき動画が大量にアップされていたが、そのどれもが既に削除されている。

 情報の元を辿っていくと、撮影されたのは埼玉県・秩父の山の中らしい事がわかった。

「クロ、さっきの観て、嫌な感じ・・・した?」

 一応、念を押してみる。深刻な表情は変わらないまま、首を縦に振られた。

『これは・・・ヒーローの出番かな~?』

 ・・・気を抜くとすぐおちゃらけるのがこの妖精のダメなところだ。

 クロに何でもかんでも首を突っ込ませるのは気が引ける・・・

 けど、このまま不安な気持ちを引きずるより・・・何が起こっているのか、一度現場を見てみた方が良いのかも知れない。

「よし! ・・・僕らに出来る事があるかはわからないけど、行ってみよう!」

「はい・・・っ!」

 目で合図すると、「やれやれ」というジェスチャーが見えた後、シルフィの胸の結晶がオレンジ色の光を放ち始める。

 クロと僕はどちらからともなく眼を閉じ───そして、夕暮れの砂浜から人の姿が消えた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

処理中です...