恋するジャガーノート

まふゆとら

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第三話「進化する生命」

 第二章「地底世界の王」・⑤

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『は~い目を開け・・・ッ! 待ってハヤ──』

「えっ・・・?」

 静止の言葉が間に合わず、眼を開けてしまう。

 夕焼けのオレンジに彩られた森の中、目に飛び込んで来たのは──

 動画で見た恐竜たちが、に群がっている光景だった。

 正面にあった「それ」を、僕は思わず直視してしまう。

「うっ───おえぇッ‼」

 「それ」が何なのか──いや、を理解してしまい、胃液がせり上がって来る。

 耐えきれず、少し吐き出してしまった。

「だ、大丈夫ですか・・・⁉ ハヤトさん・・・っ!」

「ご、ごめん・・・うくっ・・・こういうの・・・苦手で・・・・・・」

 喉の奥が灼かれたようにひりつき、目の奥から涙が溢れてくる。

 死体だけは、喩え作り物だったとしても・・・苦手だ。

 ・・・・・・目の前で母さんに死なれてしまった経験を、思い出してしまうから。

『ごめんハヤト・・・ボクがテレポートする位置さえ気をつけてれば・・・』

 シルフィが、心から謝罪しているのがわかる。彼女の責任じゃないのに。

 ずっと僕を見ていたという彼女だから、僕がどれほど苦手なのかも知っているのだろう。

「げほっ・・・げほっ・・・だ、大丈夫・・・」

 地面の吐瀉物から離れると、シルフィの展開している球体も僕たちに合わせて移動する。

「と、とにかく・・・思った以上に、大変な事になってるね・・・」

 あそこで小型の恐竜──いや、怪獣と言うべきか──に食べられてしまっているのが、さっきの動画の撮影者かどうかはわからないけど・・・

 少なくとも犠牲者が一人出てしまっているのは確かだ。

「は、ハヤトさん・・・っ! わ、私・・・また、戦います・・・っ!」

 強い意志を持って、クロが宣言する。

 でも───

「・・・あの怪獣たち相手だと、じゃ・・・」

「あっ・・・」

 途端に、シュンとしてしまう。尻尾があったなら垂れ下がっているに違いない。

「うぅん・・・蟻を潰すように、踏んで回るわけにもいかないだろうし・・・」

 何か妙案はないものかと、まだ少し落ち着かない胸をさすりながら考えていると──

『それじゃあ、「擬装態」の逆をやってみよっか』

 シルフィがからっとした調子で提案してくる。

 先程受けた説明だと、普段の「擬人態」より力を抑えたのが、「擬装態」という事だった。

 つまり、その逆というと──

「力を少しだけ解放させる・・・ってこと?」

「せいか~い♪ サイズは人間大のまま、怪獣の時のパワーを引き出す感じ。まぁ、おさんぽは難しい見た目にはなっちゃうと思うけど~」

 クロの方をちらりと見る。意思は変わらないようだ。

「お願いします・・・! シルフィさん・・・っ!」

『よ~しそれじゃあ行くよ~? クロだけ一度外に出すね~』

 言うが早いか、クロの身体が白く光ると、球体の壁を抜けて出る。

 光が解けると、彼女は「擬人態」の姿になっていた。

 前方で「食事」をしていた小さな怪獣たちがその存在に気付き、一切に振り返ってくる。

 動画で見ていたとはいえ・・・実際に目にしてみると、何とも不気味な見た目だ。

 茶色いイボのついた身体に黒光りする頭と爪・・・ギョロギョロと独立して動く、血走った黄色い大きな目玉。

 肉の壁を乱暴に突き破って出てきたような牙が生えた口元には、たった今付いたであろう赤黒い血とピンクの肉片がこびり付いていた。

 膨れた頬のせいか、その顔は笑っているかのようにも見えて、おぞましさを覚えてしまう。

 思わず顔をしかめたところで、シルフィがオレンジ色の光を放った──すると──

「ッ! ウゥゥ・・・ッッ!」

 クロの額から、見覚えのある一本角が生え──両腕両脚の甲冑が肥大化、怪獣になった時の形に近くなる。

 ネイビーの服が変形して背中を覆って背びれを形造り、尻尾が生えてきて──

 最後に、牙の付いたマスクが鼻から下をすっぽりと覆うと、クロが、吼えた───!

<ウゥゥ・・・ウオオオォォォ───ッッ‼>

「す、すごい・・・」

 思わず、何のひねりもない感想を口にしてしまった。

 そこにいるのは間違いなく、人間サイズの、怪獣だった。

『人間型のままで怪獣に近い姿・・・名付けるなら「亜獣態あじゅうたい」ってところかな?』

<ガアァ─ッ! ガアアァ──ッ‼>

 先頭にいた怪獣が、カラスのような声で、二回、鳴いた。

 それを合図にしたかのように──クロが怪獣の群れに飛びかかった!

 爪のついた巨大な腕を振るうと、怪獣が吹っ飛ばされ、血を吹きながら近くの木に叩きつけられる。

 あまりの勢いに木がしなって、そのまま折れた。怪獣は背骨が逆側に折れて、身体が「く」の字に曲がって絶命していた。

 さらに手を休める事なく、大きな尻尾が怪獣の足元を掬う。海底での戦いで学んだ技だろうか。

 足を取られて転倒した怪獣を、これまた鋭利な爪が生えた足で踏み付けにし、腹部を押し潰した。

 口から血と泡を噴いて、また一匹、怪獣が息絶える。

<オオォォォォ────ッッ‼>





 ・・・相変わらず、クロの戦い方は荒々しい。でも、頼もしい。

 親代わりにならなくちゃと思っている僕が、クロを戦場に送り出すのは心苦しいけど・・・

 彼女がヒーローを目指し、人の命を、平和を守るために戦ってくれるのなら、僕もまた、僕に出来る事を精一杯しなくては!

 そう決意したところで───

「───! ────!」

「・・・・・・ん?」

 微かだけど・・・悲鳴のような声が、耳に届いた気がした。

「シルフィ・・・今・・・」

『うん。何か聴こえたね?』

 先程聴いた怪獣の声とは絶対に違う。この近くで・・・誰かが襲われてるのかも知れない。

 僕に怪獣が倒せるとはとても思えないけど、それでも───!

「クロ・・・ごめん! 頼んだよ・・・!」

 振り返ったクロと目が合った。小さく頷かれる。

 しかしそこで、夕闇の森の中から、灯籠のようにぼんやりとした無数の光が彼女に迫っているのが見えてしまう。

 きっと、さっきの鳴き声は仲間を呼ぶためのものだったんだ!

「・・・・・・くっ・・・!」

『・・・クロの状態はボクも気にしておくよ。・・・最悪、とんずらこいちゃえばいいし~』

 不安な僕の胸中を察してか、おちゃらけた台詞を吐きながら、頬をつんと突つかれる。

 ・・・こんなところで立ち止まってちゃ行けないな! 前に、進まなきゃ!

 息を吐いて、走り出した。

 シルフィの球体のお陰か、僕たちの存在は怪獣たちにも気づかれない。

 声の聴こえた方角に全力で向かう。

 途中で、何体かの怪獣とすれ違う。どうやら、クロの所に向かっているようだ。

 ・・・もしかしたら意図せずして、怪獣たちを引きつける事に成功してるのかも。

 そんな事を考えていると、山林を抜けて、少し開けた所に出る。

 するとそこには──古ぼけた、白い建物があった。

 入り口と覚しきドアの横には、2階まで届く大きなガラス窓があり、透けて見える室内にはむき出しのコンクリート片が転がっている。

 見るからに廃墟といった佇まいだが、近付いてみると──建物の手前の地面に、大きなタイヤ痕が残っていた。

 誰か人が来た形跡・・・だろうか。声がした方向とも一致するし、確かめてみる価値はありそうだ。

 意を決して、入り口のドアを開け、建物の中に踏み入った───

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