恋するジャガーノート

まふゆとら

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第四話「蘇る伝説」

 第四話・プロローグ

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◆プロローグ


  ───  モンゴル国・ウムヌゴビ県 地下空洞内 ───

「・・・・・・やはり、素晴らしい」

 うっとりした様子で、灰色の髪の男が呟く。

 視線の先には──がらんとした空間の奥で、天井を突くように埋まっている2本の「角」があった。

 見えている部分だけで10メートルはあるだろう。

 この壁の向こうに、長いこと探し求めていた「王」が眠っている──

 復活のための作業を二十四時間後に控え、高ぶる気持ちのまま、男は独り言を続けた。

「次こそ──「資格」を持つ者に違いな────」

「お前が、ここの責任者か?」

 呟きを遮って、女性の声が聴こえてくる。英語だ。

 男が振り向く。

 そこにいたのは、鋭い目つきでこちらを睨んでくる金髪の大男──いや違う。筋骨隆々の大柄な女性だ。

 全身に装備した「タクティカル・アーマー」が、そのシルエットを更に屈強に見せている。

 彼女は、白衣を着た小柄な男を片腕に抱え、そのこめかみに銃を突き付けていた。

「はじめまして、ですよね? ようこそおいでくださいました」

 仲間が今まさに人質に取られているというのに、灰色の髪の男は白衣のポケットに両手を入れたまま、笑顔で応えた。

 金髪の大女──JAGD西アメリカ支局 第四分隊副隊長ニーナ・ウィーナー中尉は、振り返った男の顔を見て、思わず眉をひそめる。

 髪の色からして、目の前の男は老人だと推察していたのだが、顔だけ見れば年の頃は三十代なかばと言ったところ。

 一見すると顔立ちは端正だが、髪と同じグレーの瞳に底知れない不気味さを感じ、彼女は突き付けたM9ベレッタのグリップを改めて強く握った。

「お前達はここで何をしている?」

「もしや貴女は・・・JAGDの「対人部隊」の方ですか」

 その一言で、ニーナの目付きの鋭さが増す。

 第四分隊の通称を知っている──

 この男は、只者ではない。

 自分一人で出てきた事を後悔し、ニーナは内心の焦燥を押し殺しながら、冷静に質問を繰り返した。

「もう一度聞く。ここで何をしている? ・・・お前は・・・何者だ・・・!」

「この喜ばしい宴を、まさかJAGDの方と共に祝う事が出来ようとは。明日は本当に素晴らしい日になりそうです」

 あくまで男は、笑顔を絶やさない。

 質問に応えるつもりがないと見て、目の前の男を拘束するべきかとニーナが逡巡した、その時───

「ぷ、プロフェッサー・・・!」

 腕の中の男が、苦し紛れに言葉を発する。

 首を強く締めているから、声がかすれ気味だ。

「お前・・・! 死にたくなければ黙って──」

「と、「共に在れ」・・・ッッ!」

 そう言うと、壊れた顔で、笑った。ニーナの背筋を、怖気が走る。

「貴方の挺身に、感謝します。「共に在れ」」

 教授プロフェッサーと呼ばれた目の前の男は、変わらぬ笑顔のまま──

 ポケットから拳銃を取り出し、人質ごと、ニーナの腹部を撃ち抜いた。

「ぐぅっ‼」

 彼女は、動揺を隠せなかった。

 とっさの判断で、腕の中で冷たくなった死体を放り出す。

 そのままの勢いで右手に飛びながら、プロフェッサーに向かって発砲する──

「おっと」

 しかし、プロフェッサーはひょいと体を傾けて、

「なっ──」

 常人離れした動きに、ニーナの目が見開かれ、身体が凍りつく感覚に支配される。

 気が付けば、男が続けざまに放った弾丸が、彼女の右手と左脚を貫いていた。

「ぐっ・・・がっ・・・あぁっ・・・!」

 灰色の髪をふわりと乱しながら、プロフェッサーは、通信機トランシーバーに話しかける。

「私です。洞窟内にJAGDの皆さんがおいでです。丁重なおもてなしをお願い致します」

「くっ・・・! 皆・・・! 逃げろぉ・・・っ!」

 歯を食いしばって何とか意識を保ち、ニーナが腕時計型端末に向かい叫ぶ。

「おや。まだそんな元気があったのですね」

 通信を終えたプロフェッサーは、笑顔のまま話しかけた。

 しかし、笑っているのは顔の筋肉だけだ。そのグレーの瞳は、何も映してはいない。

 ゆったりとした動作でニーナの左手から端末を外し、白衣のポケットへ入れた。

「長旅でお疲れでしょう。今はゆっくりとお休み下さい。「復活の儀」までは、まだ時間がありますから」

 プロフェッサーの言っている事が何一つ理解できないまま──

 ニーナは、どこからか現れた武装した男たちに無理やり起こされる。

「彼女の手当てをしてあげて下さい。私は、「復活の儀」の準備を」

「かしこまりました」

 ニーナ中尉の巨体は易々とは持ち上がらない。

 男手三人がかりで引き摺られながら、彼女はそれでもなお、叫んだ。

「お前は一体・・・! 誰なんだ・・・っ‼」

 プロフェッサーはその問いに応える事なく、再び背後の天井を見つめていた。

 何か、恐ろしい事が始まろうとしている──

 確信に近い悪寒を感じながらも、ニーナの意識がだんだんと薄れていく。

 人質を取る前に、支局へ通信していた事が、彼女に残された唯一の希望だった。

 いずれ、増援が駆けつけてくれる──その可能性にかけるしかない。

「・・・ねえ・・・さん・・・・・・」

 唯一の家族の名前が思わず口から零れて──彼女は、意識を失った。




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