恋するジャガーノート

まふゆとら

文字の大きさ
12 / 325
第一話「記憶のない怪獣」

 第二章「ジャガーノート」・⑤

しおりを挟む

「遅れて申し訳ありません、マクスウェル中尉。航路の途中でNo.006を発見したため、私の独断で追跡しておりました」

「報告は受けております。着任されて間もないというのに、早速のご活躍という事で皆の耳に届いていますよ」

「いや、結局逃してしまいました。私の失態です」

「ですが、No.006の姿を写真に収めた上に途中で襲われた某国の原潜を助けたとか?」

「耳が早いようで・・・まぁ、あちらとしてはアジアの海で見つかりたくはなかったでしょうが」

 ジャガーノートを討つのが我々の使命とはいえ、あくまで人命が最優先だ。

「一応、トラッキングソナーの撃ち込みには成功しました。外れない限り2週間は深海でも広範囲で追跡可能です。後で部隊内で詳細を共有しましょう」

「イエス・マム。さすがは「猟犬」と噂されるだけはありますな、少佐殿」

 少し興奮気味なところを見ると、どうやら皮肉で言っているわけではないらしい。

 No.006の影形を捉えた程度では成果とは言えないと思っていたのだが、本局からも随分と感謝された。

 まぁ、某国への脅しネタ込みの成果かもしれないが。

「中尉は随分と日本語が堪能でいらっしゃる。昔からこちらに?」

 プロフィールにはカナダ生まれとあった記憶があるが。

「いえ。完全に独学です。勿論、勤務地の第一希望には極東支局と書きましたが」

 言外に、日本好きが伝わってくる。生まれ故郷を好いてくれているのは純粋に嬉しいものだ。

「それと少佐殿。いくら年上とはいえ、私に敬語は不要です。部下に示しがつきません」

「いや・・・しかし・・・」

 言いかけて、手で制止される。

「少佐殿の「経緯」については、風の噂で聞いております。色々と言う連中もいるでしょうが、胸を張って下さい。あなたの成してきた事が、他人ひとより早く肩の徽章かざりに変わっただけです」

「・・・・・・」

 正直・・・表面上はともかく、誰からも歓迎される事はないと思っていた。

 それでもやり抜くつもりではあったが・・・どうやら彼に関して言えば、私に随分と期待してくれている事だけは確からしい。

 要するに、「緊張し過ぎだぞ新人」と尻を叩かれてしまった訳だ。

 そうだな・・・プレッシャーも感じるが、それでこそ、だ。

「・・・早速、隊長失格だな。正式配属の前だと言うのに・・・部下にお説教を食らうとは」

「なっ! せ、説教などと、私はそんなつもりでは・・・・・・!」

「冗談だ。マクスウェル中尉。これからよろしく頼む」

 少し高めに、右手を差し出す。

「・・・・・・冗談なら、そうとわかる顔で言っていただきたいものです」

 高い体温を感じさせる大きな手が応える。

 ・・・・・・自分としては微笑んだつもりだったのだが。表情筋を動かすのは苦手だ。

 ・・・っと、しまった。局員たちを敬礼させたままだったな。

「皆も、出迎え感謝する! 改めて、明日の7日付でここ極東支局機動部隊の隊長に着任する桐生きりゅう あかねだ! これからよろしく頼む!」

 一拍置いて、軍靴のかち合う音と、「イエス!マム!」の号令が返ってくる。

「よし! 各自持ち場に戻れ!」

 一声かけると、蜘蛛の子を散らすようにセレストブルーを基調とした制服たちが元していた作業を再開する。

 青い制服は、整備課員のものだ。彼らは我々機動部隊にとっては欠かす事の出来ない女房役。後で挨拶に回らなければ。

 私が乗ってきた万能潜水艦<モビィ・ディックⅡ>にも課員たちが工具箱を手に近づいて来る。

 邪魔にならぬよう早々に橋を渡りきり、ドックの足場へ移る。

 少し後に、げっそりとした顔をしたノーマン大尉が続いた。

 道すがら整備課員たちから敬礼を受けるものの、どうやら答礼する元気もないらしい。

「ノーマン大尉。急な任務の変更にも関わらず、ご協力感謝致します」

 私のわがままに付き合わせてしまった非礼を詫びようと話しかけると、

「うひぃっ⁉ わっ、私も少佐殿と任務をご一緒できて光栄でありましたぁっ‼」

 ぎょろりと目をむいて敬礼し、「しっ! 失礼致します!」と早々に立ち去ってしまった。

 ノーマン大尉は屈強な潜水艦乗りサブマリナーと聞いていたのだが・・・やはり体調が悪かったのだろうか。 

 No.006との戦闘中はずっと顔が蒼白かった気がするしな。

「「キリュウ少佐!」」

 次いで、同乗していた女性オペレーターたちが数人近寄ってくる。

 揃った敬礼に答礼すると、複数の熱っぽい視線が注がれた。

 よく見れば、頬まで染めているではないか。よほど疲労が溜まっていると見える。

「わ、私・・・あの・・・っ! あ、あんな激しいの・・・初めてで・・・す、すごい経験をさせていただきました‼」

「私もです! 少佐の言う通りにしたら、その・・・夢中になってしまって・・・あんな世界があるだなんて・・・私知らなかったです・・・」

 興奮気味に褒められた。後ろからマクスウェル中尉の咳払いが聞こえる。

「いや、私の力ではない。私の思う通りに動かしてくれた君達の功績だ。私の方こそ感謝する。今日はゆっくり休むといい」

「「はいっ! ありがとうございました‼」」

 わいわいと去っていく。
 彼女たちもノーマン大尉と共に明日ここから軍用機で本局に帰る手筈だったな。十分に体を休めて欲しいところだ。

「・・・そ、その、不躾な事を聞きますが、あの艦内みっしつで一体何が・・・?」

「・・・? 何がといわれてもな。強いて言うなら例の潜水艦を助ける時に少し荒っぽい運転を頼んだくらいだが」

「・・・罪なお人だ」

 マクスウェル中尉がため息をつきながら、スキンヘッドを掻いた。

 つぶやきの理由はよくわからないが、とにかくNo.006の追跡をしたせいでスケジュールが遅れている。

 明日の着任までに出来る事は全てやっておかなければ。

「それで中尉、キャンベル隊長はどちらに? まずは挨拶をと思ったのだが」

 自然な動作で傍に控えるように立っていた中尉に問うと、瞬間、苦虫を噛み潰したような顔に変わる。

「じ、実はその・・・隊長は今・・・」

 口を開きかけた時、背後の扉が乱暴に開かれ、肩を怒らせて男がドックへ入ってくる。

 事前に目を通したプロフィールの記憶と照らし合わせ、片側に寄せた髪と人相を見て、彼がエドワード・キャンベル隊長である事に気付く。
 
しかし、その顔は幽鬼のように恐ろしげで、くまに覆われた双眸だけが、暗い光を灯していた。

「隊長、キリュウ少佐がお見えで──」

「まだ! まだ私が隊長だッ‼ 口出しはさせんッ‼」

 叫びながら、一度こちらをぎろりと睨み、ドックを足早に立ち去った。

「・・・今の、パトロンに見放された音楽家のような彼が隊長です」

「・・・その悪口ジョークは聞こえなかったことにしておこう」

「お心遣い痛み入ります」

 噂には聞いていた。「気難しい人物」であると。

 とはいえ、椅子を奪いに来た私から投げかける言葉など、どんな慰めであっても残酷な仕打ちにしかならない。

 あの様子は少し異常な気もするが。

「私以外の隊員たちは全員出払っています。隊長の指示で観測範囲全域を捜索中でして・・・」

「なに? 高エネルギー反応が探知されたのか?」

「はい・・・117時間前に一度」 

「・・・・・・・・・なに?」

 <モビィ・ディックⅡ>で観測したあの時か。

 まさか、あの一瞬の反応を未だに・・・?

「・・・・・・ふむ。キャンベル隊長が仕事熱心な事はわかった」

「その事実ジョークは聞かなかった事にしておいた方が?」

「察しが良いな」

 よく見れば、マクスウェル中尉の目の下にも大きな青い隈がある。

 きっと他の隊員たちもあの追い詰められた男にどやされて、あるかもわからない砂漠の中の一粒を探せと無理強いされているんだろう。

「それでは、隊長に代わって私が極東支局を案内させて頂きます」

「・・・すまないが、その前にタオルをくれないか。蒸し暑い艦内で汗をかいてしまってな」

「・・・? か、かしこまりました」

 中尉が怪訝そうな顔を向けてくる。それはそうだ。汗なんてかいていない。

 万能潜水艦と名乗るだけあって<モビィ・ディックⅡ>の艦内はエアコンも快適だった。

「それとこれは独り言だが、寝不足の目には熱いタオルが効くそうだ」

「・・・アイ・マム。参考にさせて頂きます。それでは取って参ります」

 中尉は出口の方へ向かおうとして、途中で立ち止まり振り返った。

「キリュウ少佐!」

「なんだ?」

「・・・明日から、改めてよろしくお願いします!」

 踵を揃え、最敬礼される。

「私は独り言を言っただけだ。急げ! 私の部下に休息はないぞ! 駆け足!」

「アイ・マム!」

 最後に一礼され、中尉がドアの向こうに消える。

 ・・・どうやら聞いていた以上に極東支局の現状は芳しくないらしい。

 だが、同時に納得もした。

 「代えたい椅子」が、ここにあったという事なのだろう。

 でなければ、私のような若輩者が隊長の職になど就けるものか。改めて兜の緒を締めなければ。

 しかし・・・キャンベル隊長のあの様子といい、一瞬とはいえ観測された高エネルギーといい、何か・・・嫌な予感がする。

 虫の知らせというやつだろうか。

 考え過ぎかもしれないが、今まで自分の直感で窮地を脱して来たのも事実。念には念を入れておいて損はないか。

「そこの君、すまない。頼みがあるんだが」

 整備課員を呼び止め、一つ、指示を与えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...