恋するジャガーノート

まふゆとら

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第六話「狙われた翼 前編」

 第二章「刺客」・⑤

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       ※  ※  ※


   ─── チリ共和国 アタカマ砂漠 ───

<イギャアアアアアアアアアアア‼>

「あぶねッ‼」

 叫びながら──ドレッド頭の男が、局地仕様の<グルトップ>のハンドルを切る。

 直後、タイヤのすぐ横に水色の光線が着弾し、ゴムの表面を焼いた。

「ナイスドライブだ! 次はこっちの番だぜトカゲちゃん‼」

 助手席に座る髭面の男が、背後へ振り向いて、FIM92スティンガーを肩に担いだ。

 砲口の先には──焦点の合っていない眼球をギョロギョロと動かしながら、四つん這いで疾走してくる、体長30メートルのトカゲ──ジャガーノートNo.004の姿があった。

 アマゾンで発見された個体は二足歩行だったが、こちらは四足歩行。

 体色も、森に溶け込む緑色ではなく、砂地に似た黄色がかった白をしている。

 しかし、首の後ろについた大きなエリマキと、鼻先の角からメイザー光線を発射するという特徴──

 そして、動くものを手当たり次第に追いかけ回す凶暴さは変わらない。

「何とかって植物のエキスが届くまでは、俺らで時間稼がないとな!」

 言いながら、髭面の男が引き金を引く。

 白煙の尾を引きながら、ミサイルが真っ直ぐに射出され──No.004の顔面に着弾した。

<イィィイイギャアアアアアアァァァァッッ‼>

 爆炎に包まれ、甲高い叫び声が上がる。

「ヒューッ! イカすぜ! これでおしまいか~ッ⁉」

 男たちがハイタッチをし、勝利の喜びを噛み分かち合おうとした刹那──

 砂煙を掻き分けて、No.004の放ったメイザー光線が<グルトップ>の車体目掛けて飛来した。

「ヤベぇッ‼」

 慌ててドレッド頭が急ハンドルを切るが──一瞬遅く、弾けた水色の閃光の威力によって、車体は前方につんのめった。

 天板ルーフパネルのない<グルトップ>の車体から放り出され、男たちは十数メートル先の砂地に転がった。

「いってぇ・・・! チクショオ・・・‼」

 二人は、ふらつきながらも立ち上がる。

 視線の先には、砂塵を巻き上げながら・・・こちらに向かって走ってくるNo.004の姿があった。

 逃げ切れない・・・! 男たちが歯噛みした、まさに、その瞬間────

<イギャアアアアアアッ────────>

 No.004の声が──

 否、声だけではない。

 一瞬のうちに、その姿すらも、蜃気楼のように消えてしまったのだ。

「お、オイ‼ どうなってんだ⁉」

「わ、わかんねぇッ‼ 何が起きたんだ⁉」

 体長30メートルの生物が、忽然と姿を消した──

 目の前で起きた、現実感の欠けた光景に、男たちが困惑する。

 髭面の男は、光の粒子になって消えるというジャガーノート・・・No.007の事を思い出していたが・・・

 たった今自分が見た現象は、何かが違う──と、感じていた。

「と、とにかく・・・助かった・・・って事だよな?」

「あぁ・・・た、多分・・・なッ───」

 言いかけて・・・髭面の男は、自分に起きた「異変」に気付いた。

 ───身体が、

「な、なんだコレ・・・? なんなんだ・・・ッ⁉ 何が起きてんだッ⁉」

「どうしちまったんだよ‼ オイッ‼ フザケてんなら止せって‼」

 みるみるうちに、地表が遠ざかっていく。

 胴体に、見えない何かが巻き付いていて、身動きが取れない。

 両脚をバタバタと動かすが、一向に身体が自由になる気配がない。

 髭面の男は、自分の身に何が起きているかも判らず、為す術なく空を飛ばされていた。

 恐怖のあまり、ひとりでに涙が溢れてくる。

「たっ、助けてくれ‼ 動けないんだ‼ 頼む‼ 降ろしてぐ──えぼッッ───⁉」

 ドレッド頭の男へ助けを求め、鼻水を垂らしながら叫んでいる途中──

 髭面の男は、自分の口内に、

 彼の人生での中でも最悪だった経験・・・胃カメラを挿入された時のあの嫌悪感が、何十倍にもなって押し寄せて来る。

 胃からせり上がってきた吐瀉物によって着色されて・・・ようやく、自分の中に入ってきたモノの正体が、何本かの「透明な管」だった事を理解した──次の瞬間。

 その管の一つが、感覚がして──男は、静かに絶命した。

「お、オイ! オイ‼ どうしたんだよ‼ 返事しろって‼ オイッッ‼」

 宙に浮いたまま動かなくなってしまった相棒に向かって、ドレッド頭の男が叫び続ける。

 しかし・・・一向に返事が返ってくる気配はない。

 音すらも乾いていく砂漠で、男は独り・・・恐怖と戦っていた。

「なんなんだよッ‼ 何が起きてんだ───」


<キキクキカカ・・・コキクカカカッ・・・・・・>


 そこで───何かの「駆動音」が、男の耳に届いた。

 同時に、一瞬のうちに自分の身体が縛り付けにされ、宙に浮き始めた事に男は気付く。

 声にならない声を上げ、母の名を呼び、父の名を呼び、兄弟たちの名前を呼んで・・・

 やがて、無数の管に器官を塞がれたまま───声もなく、死体が一つ、増えた。

<クキキ・・・カカクキカッ・・・コキカカカ───>

 空中に、ぼんやりと紫色の光が浮かび上がる。

 で拾い上げた知的生命体の海馬きおくから、偶然にも、「刺客」は───自らの「獲物」の所在を知った。

<キキキキッ・・・コキカカカ・・・・・・>

 再び駆動音がすると・・・何もない空間から、突然ジェットの噴煙が巻き起こり、巨大な砂煙が上がる。

 見えない巨体が浮き上がると、全速力で砂漠を突っ切り、海上に出た。

 目的地は、「獲物」が最後に現れた場所───「横須賀海軍基地」。

 紫の光が尾を引いて、青い空を切り裂いて行った。

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