152 / 325
第六話「狙われた翼 前編」
第三章「死神」・⑥
しおりを挟む
「ティータ・・・今・・・何て・・・・・・」
「あぁぁッ‼ がぁっ‼ ぐうぅぅ・・・ッッ‼」
問いかけようとして──痛々しい叫びが、それを遮る。
鈴の音のように澄んだ声を響かせるはずのティータの喉から・・・彼女の声とは思えないような、掠れた悲鳴が上がったのだ。
「だ、大丈夫・・・⁉」
「あアアアあぁぁ・・・‼ ガぁッ・・・ぎィいィィイ・・・ッッ‼」
次いで、華奢な身体が、腕の中で跳ねて、のたうち、暴れ始める。
「ティータ‼ どうしちゃったんだ⁉ 落ち着いてッ‼」
必死に抑えようと、彼女の身体を抱きかかえるが──しかし、クロがそうであったように、ティータもまた、擬人態の姿であっても、普通の人間を遥かに超えるパワーを持っていた。
彼女の腕が振るわれると、僕の体は軽々しく吹っ飛び・・・球体の壁に叩きつけられた。
「ぐっ・・・! 痛たたたた・・・」
「お、オイ・・・! 何やってんだおめぇら!」
カノンが僕らの様子に気付いて叫んだ。
後ろ頭をさすりつつ、平気だよ、とジェスチャーで伝え、ティータの方へ向き直る。
彼女は頭を抱えながら、苦しそうな声を上げ続けている。
今僕を突き飛ばしたのも、わざとではなく勢いあまって・・・という事だろう。
何とか事情を聞こうと、再び近づくと──
「・・・なっ・・・⁉」
ティータの、蒼玉のようだった右の瞳が──赤く染まっていたのである。
正確には、まだ完全に真っ赤になったわけではない。
瞳の左側から、赤い靄のようなものがじわじわと広がって、蒼い部分を侵食している途中だったのだ。
気付けば、右の翼にも、血走ったような模様が入り、どんどんと赤色に変わっていく。
先程、怪獣態の時にも見えた、右瞳に走っていた赤い亀裂──あれは、何か不吉な事が起こるサインだったとでも言うのか・・・⁉
『・・・‼ ・・・この力は・・・・・・⁉』
何かに気付いたのか──シルフィの表情が、凍りついた。
途切れた呟きに、続く言葉を聞き逃すまいとして───
<グオオオオオオオオオォォォォォッッッッッ‼>
クロの咆哮が、僕たちの意識を球体の外へ向かせた。
いつの間にか、クロは再びザムルアトラへと接近し、格闘戦を仕掛けようとしていた。
頭部は狙うには位置が高すぎるのだろう。
クロは、先程尻尾で打ち払った前脚に取り付いて、たくましい両腕で抱きかかえると──そのまま、力任せに締め上げた!
<クキカカカカカカッッ───‼>
高熱を纏った万力が、ザムルアトラの左前脚を潰しにかかる。
バチバチと火花が散って、今にも爆発寸前と言った様子だ──が、しかし。
敵もただやられているわけではなかった。
ホールドされた前脚の足裏からジェット噴射を行い、クロの身体を振るって引き剥がす。
次いで、体勢を崩した隙を突いて、両腕の鋏を開き──クロの前腕を挟み込んで、左右へ広げたのである。
余程強い力で挟まれているのか、振りほどく事も出来ず、クロは十字架にかけられてしまったかのように身動きが取れなくなってしまう。
「クロッ‼ 両腕に熱を集めて、鋏を溶かすんだ‼」
咄嗟に、叫んでいた。クロもハッと気づいた顔をして、全身に赤い模様を浮かび上がらせる。
よし・・・これで大丈───
「・・・? あのテツグモ・・・何か・・・光ってねぇか・・・?」
そう思った瞬間──カノンが、ザムルアトラに起きていた違和感を指摘する。
彼女の言う通り、鋼鉄の巨体の各所に埋め込まれている紫の球体が、光を放ち始めているのが見えた。
・・・あの光は・・・一体・・・・・・?
「ぐギいィぃ・・・‼ あァァ・・・‼ アアアぁぁ・・・‼」
何か、恐ろしい事が始まろうとしている・・・そんな予感に震えたのと同時──
ティータが、透明な球体の壁に掴みかかるかのように縋り、クロの方に向かって叫んだ。
「ガあァァ・・・! まズ・・・い・・・! 逃ゲ・・・テえぇッッッ‼」
予感は──「確信」に、変わった。
「く、クロ‼ 早くそこから──」
言いかけた──刹那。
ザムルアトラの全身の光は、その胸部にある最も大きな球体へと集約されると、一際大きく輝いて───
<キキキキキキキキイイイィィィィィィ───ッッッッ‼>
そこから──ヴァイオレットのレーザー光線が、クロに向かって放たれたのである。
<グオオオオオオオオオォォォォォッッッ‼>
鋏によって縛り付けにされ、躱す事も出来ないクロは、眩く迸る熱と光とをその身に浴びせられ、悲痛な叫びを上げ続ける。
・・・僕は、あまりの悲惨さを前に声も出せず、ただ・・・その悪夢が終わるのを、涙を流しながら見る事しか出来なかった・・・・・・。
そして・・・数秒後・・・光が止むと──
そこには、全身が赤熱化し、融け爛れたクロの姿があった。
ヴォルキッドにやられた時よりも、更にひどい状態だ。
ザムルアトラは、最早戦う気力は残っていないだろうと判断したのか──
融けかけた自らの腕を乱暴に振るって・・・クロの身体を、無造作に投げ捨てた。
<イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ‼>
と、そこで──一部始終を見ていたティータが──「声」を上げる。
鼓膜が破れる程の震動と化した、「悲鳴」をだ。
僕とカノンは咄嗟に耳を塞ぐが・・・身体の芯までビリビリと震わされて、声の一つも上げられず、膝をついて耐える事しか出来ない。
かろうじて眼球を動かし、ティータの姿を視界に入れると──
彼女の全身が、炎のように揺らめく真っ赤な光・・・「オーラ」とでも呼ぶべきものに、包まれているのが見えた。
『いけない・・・! 駄目だティータ! その力は───』
シルフィが、狼狽して声を荒げるが・・・・・・しかし。
最後まで言い終わる前に、ティータの身体は球体から飛び出し、弾丸のように一直線にザムルアトラの方へと飛んで行った。
<ギュロロロロロアアアアアアアアアアアアッッッッッ‼>
そして、今までに聴いた事がない、地獄の窯が煮立つような怖ろしい叫びを伴って・・・赤い光はそのシルエットを巨大化させ───
瞬間、ザムルアトラの全身に、幾筋かの真っ赤な閃光が走り──同時に、その身体の一部や、片腕や、脚の一つが───斬り離されて、宙に舞った。
<カカカカカッッ‼ クキイイィィィィィッッ‼>
慟哭に似た、引き伸ばされた駆動音が切断面から鳴り響く。
困惑しつつ、ティータの姿を探して、夜空の方に目を向けると──それは、そこに居た。
<ロロロロ・・・ギュロロロロロロ・・・・・・ッ‼>
・・・・・・最初に頭に浮かんだのは───「信じたくない」という言葉だった。
・・・あれが、ティータだと・・・・・・そう結びつける事を、頭が、心が、拒否していた。
「ハネ・・・ムシ・・・?」
カノンもまた、目を見開き、動揺している。
今のティータは・・・蒼かった右の瞳と翼までもが真っ赤に染まり・・・そして・・・左半身は、更に禍々しい変貌を遂げていた。
顔の一部が変形しているのはまだ軽度なもので、前脚は極端に肥大化して赤く輝く巨大な鎌となり、翼と触覚は燃え盛る炎のようなエネルギーの塊へと変わって、夜空を血の色に染めている。
『あの紋様は・・・まさか・・・「世界樹の根」・・・⁉』
炎の翼に刻まれた真っ黒な模様を目にして、シルフィまでもが動揺している。
<ギュロロロロロロオオオオオッッ‼>
そして、再びの咆哮。
静謐に閉じられていた口部の覆いは解き放たれ、その中でだらしなく糸を引いて垂れる唾液が、彼女から一切の知性が失われてしまった事実を暗に告げていた。
「あれじゃあ・・・まるで・・・・・・」
口にするのも憚られるような、今の彼女への形容が──ひとりでに唇から零れた。
「・・・・・・・・・死神だ・・・・・・」
<ギュロロロロロロロロオオオオオオオオオオッッ‼>
~後編へつづく~
「あぁぁッ‼ がぁっ‼ ぐうぅぅ・・・ッッ‼」
問いかけようとして──痛々しい叫びが、それを遮る。
鈴の音のように澄んだ声を響かせるはずのティータの喉から・・・彼女の声とは思えないような、掠れた悲鳴が上がったのだ。
「だ、大丈夫・・・⁉」
「あアアアあぁぁ・・・‼ ガぁッ・・・ぎィいィィイ・・・ッッ‼」
次いで、華奢な身体が、腕の中で跳ねて、のたうち、暴れ始める。
「ティータ‼ どうしちゃったんだ⁉ 落ち着いてッ‼」
必死に抑えようと、彼女の身体を抱きかかえるが──しかし、クロがそうであったように、ティータもまた、擬人態の姿であっても、普通の人間を遥かに超えるパワーを持っていた。
彼女の腕が振るわれると、僕の体は軽々しく吹っ飛び・・・球体の壁に叩きつけられた。
「ぐっ・・・! 痛たたたた・・・」
「お、オイ・・・! 何やってんだおめぇら!」
カノンが僕らの様子に気付いて叫んだ。
後ろ頭をさすりつつ、平気だよ、とジェスチャーで伝え、ティータの方へ向き直る。
彼女は頭を抱えながら、苦しそうな声を上げ続けている。
今僕を突き飛ばしたのも、わざとではなく勢いあまって・・・という事だろう。
何とか事情を聞こうと、再び近づくと──
「・・・なっ・・・⁉」
ティータの、蒼玉のようだった右の瞳が──赤く染まっていたのである。
正確には、まだ完全に真っ赤になったわけではない。
瞳の左側から、赤い靄のようなものがじわじわと広がって、蒼い部分を侵食している途中だったのだ。
気付けば、右の翼にも、血走ったような模様が入り、どんどんと赤色に変わっていく。
先程、怪獣態の時にも見えた、右瞳に走っていた赤い亀裂──あれは、何か不吉な事が起こるサインだったとでも言うのか・・・⁉
『・・・‼ ・・・この力は・・・・・・⁉』
何かに気付いたのか──シルフィの表情が、凍りついた。
途切れた呟きに、続く言葉を聞き逃すまいとして───
<グオオオオオオオオオォォォォォッッッッッ‼>
クロの咆哮が、僕たちの意識を球体の外へ向かせた。
いつの間にか、クロは再びザムルアトラへと接近し、格闘戦を仕掛けようとしていた。
頭部は狙うには位置が高すぎるのだろう。
クロは、先程尻尾で打ち払った前脚に取り付いて、たくましい両腕で抱きかかえると──そのまま、力任せに締め上げた!
<クキカカカカカカッッ───‼>
高熱を纏った万力が、ザムルアトラの左前脚を潰しにかかる。
バチバチと火花が散って、今にも爆発寸前と言った様子だ──が、しかし。
敵もただやられているわけではなかった。
ホールドされた前脚の足裏からジェット噴射を行い、クロの身体を振るって引き剥がす。
次いで、体勢を崩した隙を突いて、両腕の鋏を開き──クロの前腕を挟み込んで、左右へ広げたのである。
余程強い力で挟まれているのか、振りほどく事も出来ず、クロは十字架にかけられてしまったかのように身動きが取れなくなってしまう。
「クロッ‼ 両腕に熱を集めて、鋏を溶かすんだ‼」
咄嗟に、叫んでいた。クロもハッと気づいた顔をして、全身に赤い模様を浮かび上がらせる。
よし・・・これで大丈───
「・・・? あのテツグモ・・・何か・・・光ってねぇか・・・?」
そう思った瞬間──カノンが、ザムルアトラに起きていた違和感を指摘する。
彼女の言う通り、鋼鉄の巨体の各所に埋め込まれている紫の球体が、光を放ち始めているのが見えた。
・・・あの光は・・・一体・・・・・・?
「ぐギいィぃ・・・‼ あァァ・・・‼ アアアぁぁ・・・‼」
何か、恐ろしい事が始まろうとしている・・・そんな予感に震えたのと同時──
ティータが、透明な球体の壁に掴みかかるかのように縋り、クロの方に向かって叫んだ。
「ガあァァ・・・! まズ・・・い・・・! 逃ゲ・・・テえぇッッッ‼」
予感は──「確信」に、変わった。
「く、クロ‼ 早くそこから──」
言いかけた──刹那。
ザムルアトラの全身の光は、その胸部にある最も大きな球体へと集約されると、一際大きく輝いて───
<キキキキキキキキイイイィィィィィィ───ッッッッ‼>
そこから──ヴァイオレットのレーザー光線が、クロに向かって放たれたのである。
<グオオオオオオオオオォォォォォッッッ‼>
鋏によって縛り付けにされ、躱す事も出来ないクロは、眩く迸る熱と光とをその身に浴びせられ、悲痛な叫びを上げ続ける。
・・・僕は、あまりの悲惨さを前に声も出せず、ただ・・・その悪夢が終わるのを、涙を流しながら見る事しか出来なかった・・・・・・。
そして・・・数秒後・・・光が止むと──
そこには、全身が赤熱化し、融け爛れたクロの姿があった。
ヴォルキッドにやられた時よりも、更にひどい状態だ。
ザムルアトラは、最早戦う気力は残っていないだろうと判断したのか──
融けかけた自らの腕を乱暴に振るって・・・クロの身体を、無造作に投げ捨てた。
<イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ‼>
と、そこで──一部始終を見ていたティータが──「声」を上げる。
鼓膜が破れる程の震動と化した、「悲鳴」をだ。
僕とカノンは咄嗟に耳を塞ぐが・・・身体の芯までビリビリと震わされて、声の一つも上げられず、膝をついて耐える事しか出来ない。
かろうじて眼球を動かし、ティータの姿を視界に入れると──
彼女の全身が、炎のように揺らめく真っ赤な光・・・「オーラ」とでも呼ぶべきものに、包まれているのが見えた。
『いけない・・・! 駄目だティータ! その力は───』
シルフィが、狼狽して声を荒げるが・・・・・・しかし。
最後まで言い終わる前に、ティータの身体は球体から飛び出し、弾丸のように一直線にザムルアトラの方へと飛んで行った。
<ギュロロロロロアアアアアアアアアアアアッッッッッ‼>
そして、今までに聴いた事がない、地獄の窯が煮立つような怖ろしい叫びを伴って・・・赤い光はそのシルエットを巨大化させ───
瞬間、ザムルアトラの全身に、幾筋かの真っ赤な閃光が走り──同時に、その身体の一部や、片腕や、脚の一つが───斬り離されて、宙に舞った。
<カカカカカッッ‼ クキイイィィィィィッッ‼>
慟哭に似た、引き伸ばされた駆動音が切断面から鳴り響く。
困惑しつつ、ティータの姿を探して、夜空の方に目を向けると──それは、そこに居た。
<ロロロロ・・・ギュロロロロロロ・・・・・・ッ‼>
・・・・・・最初に頭に浮かんだのは───「信じたくない」という言葉だった。
・・・あれが、ティータだと・・・・・・そう結びつける事を、頭が、心が、拒否していた。
「ハネ・・・ムシ・・・?」
カノンもまた、目を見開き、動揺している。
今のティータは・・・蒼かった右の瞳と翼までもが真っ赤に染まり・・・そして・・・左半身は、更に禍々しい変貌を遂げていた。
顔の一部が変形しているのはまだ軽度なもので、前脚は極端に肥大化して赤く輝く巨大な鎌となり、翼と触覚は燃え盛る炎のようなエネルギーの塊へと変わって、夜空を血の色に染めている。
『あの紋様は・・・まさか・・・「世界樹の根」・・・⁉』
炎の翼に刻まれた真っ黒な模様を目にして、シルフィまでもが動揺している。
<ギュロロロロロロオオオオオッッ‼>
そして、再びの咆哮。
静謐に閉じられていた口部の覆いは解き放たれ、その中でだらしなく糸を引いて垂れる唾液が、彼女から一切の知性が失われてしまった事実を暗に告げていた。
「あれじゃあ・・・まるで・・・・・・」
口にするのも憚られるような、今の彼女への形容が──ひとりでに唇から零れた。
「・・・・・・・・・死神だ・・・・・・」
<ギュロロロロロロロロオオオオオオオオオオッッ‼>
~後編へつづく~
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
20
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる