恋するジャガーノート

まふゆとら

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第七話「狙われた翼 後編」

 第三章「相対」・②

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       ※  ※  ※


 ・・・先程から、やってはやり返され、やられてはやり返して・・・の繰り返し。

 ピンチとチャンスが目まぐるしく交互に訪れる展開に、心臓の休まる暇がない。

<クキキキキキイイィ──ッ! カカカカカクカカッッ!>

 カノンが放り上げ、ティータが斬り裂いて、また光線を撃とうとしたところを、JAGDのミサイルとクロの攻撃で撃ち落として・・・。

 でも、それだけやられてなお・・・ザムルアトラは体中からベコベコと不気味な音を立てながら、斬られた前脚を復元させつつあった。

「いくらやられても再生するなんて・・・! このままじゃキリがない!」

 ・・・だけど、それでもあの三人を信じるしかない・・・!

 弱気な自分の心を抑え込むように、ぐっと拳を握ったところで──

『・・・いや、そうでもないかもよ』

 シルフィが、不敵に笑った。

『見えてきたね・・・ザムルアトラの倒し方が』

「えっ⁉ それって一体───」

 聞き返そうとして──

 怒号のような一声が、それを遮った。

「オイ‼ 聴こえるか昆虫ッ‼」

 声の主は、すぐ近くにいたアカネさんだ。空中のティータに向かって叫んでいる。

<そんなに大きな声を出さなくたって聴こえてるわよ。・・・あと、私の事はティターニアと呼びなさいって言ってるでしょう、アカネ>

 あえて、だろう。僕にも聴こえるように、ティータがアカネさんの声に応えた。

『今から私が指示したタイミングで、米海軍によるミサイル攻撃が来る! お前の力でそれを操って、No.013・・・いや、ザムルアトラだったか・・・ヤツに当てられるか!』

 意外にも、アカネさんはティータに協力を申し出た。

 前に話した感じからして、アカネさんはジャガーノートを駆除の対象としてしか見ていないと思ってたけど・・・

<・・・驚いた。この私を使おうだなんて、宇宙で初めての存在よ、貴女>

 ティータもこの展開は予想していなかったのだろう。冗談めかしながらも、純粋に驚いているのが伝わってくる。

 ・・・そして、二色の瞳をアカネさんに向けた。

<───でも、いいわ。ノッてあげる>

 アカネさんも無言で頷きを返すと、ヘルメットに左手を当て、指示を飛ばし始めた。

『・・・ちょうどいい。ティータ!』

 ミサイルを待ち構える二色の翼に、シルフィが話しかける。

『気付いてる? あのロボット・・・再生するたびに、体積が減ってる』

<・・・!>

 ティータはその一言だけで、何かに気付いたようだ。

 ・・・いやむしろ、見落としていた事を指摘されて、少し悔しがっているようにも見える。

『というかあれは再生ってより、体積の分配だよね。つまり、供給さえ断てば無敵じゃない。ミサイルの鉄を吸収されないように爆発の衝撃だけを当てる事が出来れば、うまく体積を削れるんじゃないかな?』

<・・・簡単に言ってくれるわね。でも、妙案だわ!>

 ティータの返事と前後して、作戦を知ってか知らでか、カノンがザムルアトラに横合いから突進を仕掛けた。

 距離が近くて充分な助走が出来ず、操られたオラティオンの両腕に角を弾かれてしまうが・・・前面に取り付いたまま、注意を引いている状態だ。

「───今ッ!」

 アカネさんの声がした直後──遠くから、バン!と何かが破裂したような音が鳴る。

 そして数秒ののち・・・白煙の尾を引いて、4発のミサイルがこちらに飛んで来るのが見えた。

<来たわね!>

 言いながら、ティータは翼を翻し、大きく旋回してザムルアトラの背後へ回る。

<グルルルル・・・!>

 それを合図に、クロも後を追いかけるように駆け出した。

 ザムルアトラは、カノンの相手で身動きがとれないままのようだ。

 あらかじめそう設定されていたのか、海上を走るミサイルは、迷いなく鉄の糸疣に殺到する。

 このままうまくいけば・・・! そう祈った刹那、鋼鉄の糸疣の後部から、ニョキニョキといくつもの「筒」が生えてきて、背後に向かって無数の鉄球を発射した。

 ・・・きっと、ティータが言った通り・・・ザムルアトラは学習し、進化している。

 既に何発もミサイルを見ているから、さっき空中で見せたように、ミサイルを自動で撃ち落とすようなシステムを──「対抗策」を自分自身に備えたんだ。

<そうは・・・させない・・・ッ‼>

 だけど、今回は一味違う。

 鉄球の雨に突っ込もうとした4発のミサイルは、その手前で赤い光に包まれ、元々の推進力を無視した動きで迎撃を回避してみせた。

「行け・・・ッ!」

 すぐ近くで、アカネさんが呟いたのが聴こえた。

 そして、直撃する寸前──ティータがミサイルの信管を作動させたのだろう。

 糸疣のすぐ後ろで、連続して大爆発が起きた。

<クキイイイィィィィィイイイイッッッ‼>

 悲鳴のような駆動音が響く。

 爆発が止むと・・・糸疣の後ろ半分が、消し飛んでいた。

 断面は焼け焦げており、間違いなく、かなりのダメージを与えた事が見て取れる。

<・・・ッ!>

 が、ザムルアトラの後方にいるティータは浮かない様子。

 ・・・それもそのはず。

 狼狽えたザムルアトラが体を捩ると・・・一拍遅れて、球体の中に閉じ込められていた馬や牛などの家畜が、

 ティータのいる位置からだと、あの光景が既に見えていたのだろう。

 その数は、昨夜見た比ではない。百頭近くいるだろうか。

 そのどれもが痩せ細っていて、暴れる素振りも見せずに積み重なっていく。・・・おそらく、もう・・・・・・

<・・・ほんっと・・・サイテーの機械ね・・・っ!>

 ティータが怒りを露わにする。・・・同時に、悔しさも。

 ───しかし、ザムルアトラは、そんな彼女の想いを容赦なく踏み躙る。

<キキキキキッッ! クキカキカカカカカカカ───ッ‼>

 糸疣の内部から無数の紫の鋼線が飛び出すと、その先端が次々に家畜たちの体に刺さっていく。

 すると、みるみるうちに家畜たちの体がしおれ、ミイラのように枯れ果ててしまった。

「ひどい・・・!」

 同情する暇もなく、再びザムルアトラの全身から紫色の光が放たれ、俄に肌が粟立つ。

 体は削ったけど・・・やっぱり、あの光線を封じない事には、形勢逆転は不可能なのか・・・?

 何か打開策はないものかと思案しかけた、その時───

「───今だッ‼ ハウンド3ッ‼」

 アカネさんの頼もしい声が、鼓膜を震わせた。


       ※  ※  ※


『───あれは、「小型の中性粒子ビーム砲」と思われます』

 今から、ほんの数分前・・・。テリオは、No.013の荷電粒子砲の正体を、そう表現した。

「・・・あまりそういうものに明るくないんだが・・・「小型」・・・だと?」

 聞き慣れない単語の前に、その形容詞の方が気にかかった。

『はい。本来想定される荷電粒子砲の威力を鑑みれば、高速で射出された荷電粒子が命中した物体の原子に衝突し、文字通り、物体を消滅せしめるはずなのです。・・・しかし実際の所、昨夜あの光線を食らったNo.007は、表面をローストされた程度で済んでいます』

 荷電粒子砲は、加速器の小型化が難しいだとか、そもそも射出する粒子が地磁気で曲がるだとか・・・そういう話はサラから聞いた事があった。

 だが、言われてみれば、それだけ手間のかかる代物を一撃必殺の兵器として使っていないのは、いささか不自然ではある。

「つまり見た目こそ派手だが、実際の威力は大したことがない・・・と?」

『あるいは、対象を過度に傷つけないために、わざと射出する粒子の収束を可能性も考えられます。本気で殺そうと思えば十回は殺せているであろう相手を、No.013がいまだに生かしている事からしても・・・ヤツの目的はおそらく「殺戮」ではなく「捕獲」かと』

 その可能性については、私も考えていた。

 ・・・ついでに、あくまで予想だが、No.007もヤツの捕獲対象だ。

 接近したヤツ相手に刃のような光線を放ったのも・・・おそらく、にカットするためだろう。

『また、熱と光は発生していましたが、光線の発射時に磁場が観測されませんでした。これは粒子の電荷が中性になっている証拠。イオンエンジンと同じようなものです』

 イオンエンジン・・・人工衛星に使用されているアレか。

 記憶が正しければ、むかし話題になっていた探査機・「はやぶさ」にも搭載されていたと聞いた覚えがある。

「正体がわかれば、対策も立てられる・・・か。して、結論は?」

『───<アルミラージ>のメイザー光線で、荷電粒子砲は無効化出来ます』

 一本調子の合成音声ながら・・・力強いその一言に、武者震いした。

『本来であれば、「粒子加速器」──おそらく、あの紫色の球体ですね。それを破壊するのが手っ取り早いのですが・・・現状、まともに接近できた試しがありません。そこで、中性粒子ビーム砲である事を逆手に取ります』

 その逆手に取る方法というのが、メイザー光線という事なのだろう。

 講釈を聞きながら、ハウンド2に指示を出す。 

『中性粒子ビーム砲はプラスとマイナスの粒子を別々に加速させ、射出する瞬間に混合する事で粒子を収束させます。つまり、その均衡を崩す事ができれば──』

「荷電粒子同士が反発を起こして・・・拡散する・・・!」

 成程。<アルミラージ>から発射されるメイザー粒子も荷電粒子だ。

 収束の瞬間に光線を叩き込むことが出来れば、No.013の攻撃を無力化し、隙を作る事が出来る・・・!

『そして、その隙を突いて球体を破壊する事で、荷電粒子砲は完全に撃てなくなるはずです。タイミングがずれれば、光線の発射自体は止められない可能性がありますが・・・』

「察しの通り、そこは特に心配していない」

『失礼。意味のない忠告でしたね』

 竜ヶ谷少尉の射撃の腕も、ユーリャ少尉の操縦の腕も・・・心配するだけ損というものだ。

 ・・・・・・かくして、反撃の策は決まった。
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