恋するジャガーノート

まふゆとら

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第八話「記憶の淵に潜むもの」

 第二章「鏡像」・①

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◆第二章「鏡像」

『よ~し! それじゃあみんなでライズマンを呼んでみよう!』

 スピーカーから聴こえてくるのは、みーちゃん・・・いや、「ミハルお姉さん」の声。

 お客さんへの諸注意が済んで、間もなく僕の最初の出番がやってくる。

「さすが、リーダーはいつも通りだな!」

 サポートに付いてくれている伸昌が、からかうような笑みを向けてくる。

「だいぶ緊張してるよ・・・いつもと違うステージだし」

 ミハルお姉さんが、「「ライズ・アップ」の掛け声で、グーにした右手を上げてね!」と会場の子どもたちに説明しているのが耳に届いた。

「でも、不安より楽しみな方が大きいかな。・・・よし、行ってきます!」

 マスクを被り、ストッパーを止める。伸昌に最終チェックをしてもらった後、マスク側面にある電飾のスイッチを入れた。

 じんわりと顔の前面が熱くなる感覚に、条件反射で意識が切り替わる。

 「小鳥遊 隼人」から「ライズマン」へ───さぁ、やるぞ───!

『あ、あれ? ノボルさ~ん? どこ行っちゃったの~?』

 ステージでは、ライズマンの変身前の姿「日立ノボル」を演じるハルが、ミハルお姉さんに隠れてステージ後方に組まれた高台へ上がり、子どもたちに「内緒だよ」と人差し指を立てている頃だろう。

 ライズマンの正体をお姉さんは知らず、子どもたちとノボルだけの秘密という設定なのだ。

 確かみーちゃんが出したアイデアで、その方がシナリオにも幅が出ると山田さんも賛同して取り入れた設定だったけど、これが結構ウケてくれた。

 今ではこの「お姉さんに隠れて変身する」パートはショーの定番だ。

 今日は初めてのお客さんも多い場所だったけど・・・聴こえてくる子どもたちの笑い声からすると、反応は上々らしい。

『う~ん・・・まぁいっか! それじゃあみんないくよっ! せーのっ!』

 みーちゃんの掛け声に合わせて、ライズマンを呼ぶたくさんの声が聴こえてくる。

「──っと。頼んだぜ、ハヤト!」

 右手を高く掲げる変身ポーズをした後、ハルが身を翻してセットの裏側へ。

 コクリと頷いて、入れ替わりにステージへ転がり入る。

 完全には起き上がらず、右膝を付いて右手を地面に、左腕は外側へ伸ばす──所謂ヒーロー着地のポーズをする。

 最近はこれのウケが良い。

 同時に、ステージ両側のスピーカーから激しい効果音が鳴り響く。

 会場からの拍手と声とが聴こえたところで、上体を倒したままゆっくりと立ち上がり、膝を伸ばしきるところで勢いよく体を起こして正面へ──

 メリハリをつけた動きで、視線を集中させる。

『やったぁ~! 皆が呼んでくれたお陰で、ライズマンが来てくれたよ~‼』

 本来ならここで、ミハルお姉さんが「拍手~!」と観客をうながす流れなんだけど、その一言が要らないくらい、鳴り止まない拍手が体を包んでいる。

 お客さんの熱に応えるようにグッとガッツポーズを決めた後、BGMの音量が下がったのを合図に高台の上から飛び降りる。

 1.5メートルの高さが生み出す衝撃を、膝のパッドが吸収してくれた。

 無事に着地出来た事にホッとしながら、ミハルお姉さんの隣へ。

『来てくれてありがとうライズマン!』

『礼には及ばない。実は今、私は宿敵であるルナーンを追っている最中だったんだ。みんな! この近くで、ルナーンを見なかったかな?』

 ミハルお姉さんのフリで、下手しもてにいるサキがライズマンのセリフを流す。

 僕はそれに合わせて身振り手振りをし、目の前のライズマンが喋っているように印象付ける。

 この後は、「ルナーンが紛れ込んでいたら大変だからパトロールをしよう!」とお姉さんが提案すると、ライズマンは「一緒にルナーンを追う仲間たち」として他のヒーローたちをステージに呼び、皆で客席へ下りて子どもたちと触れ合う・・・という流れになる。

 ローカルヒーロー最大の敵は、認知されていない事だ。

 本来なら悪を倒した後で子どもたちと触れ合うのがヒーローショーの定番なんだけど、今回はまずこれから戦うヒーローを間近で見てもらって、そこから応援してもらおうというのが狙いだった。

『そうだったんだ! それじゃあ、ここにルナーンが紛れ込んでいたら──』

 流れを頭の中で反芻していると、ミハルお姉さんがフリを始める。

 そろそろ、下手側からヒーローたちが登場してくるタイミングだ。待ち構えようとした、その時──

<ラララララララ!>

 突然、歌うような声がステージに響いた。

 こんな演出あったっけ?と疑問を抱いたところで、客席から、感嘆と驚きの入り混じったざわめきが聴こえてくる。

 何かがおかしい・・・! 首筋をぞわりと撫でた悪寒に従い、上手かみて側へ振り向くと───





『なっ・・・なにアレ・・・っ⁉』

 思わず出たみーちゃんの素のリアクションを、イヤホンマイクが拾った。

 視界が狭まっているからくっきりとは見えないけど──目の前に現れたモノが銀色に輝いていて・・・そして、大

 まさか・・・怪獣・・・・・・⁉ どうしてこんな所に⁉ シルフィもティータも気付かないなんて一体どういう事なんだ・・・⁉

 様々な疑問が波濤のように押し寄せ、周囲の音が遠ざかる感覚がする。

 そして、そんな僕の焦燥を嘲笑うかのように──巨大な銀の塊が、再び鳴いた。


       ※  ※  ※


「・・・副隊長。ヘリの行方、判りました・・・」

 2時間に及ぶ格闘の末、松戸はようやくお目当ての情報を探し当てた。

「よくやったマツド少尉。それで、飛び去ったヘリは──」

「・・・こちらです」

 松戸は自身の愛用しているノートPCをくるりと翻し、画面をマクスウェルに見せる。

 そこには、山の中腹で黒い残骸と化したヘリの姿があった。

「・・・・・・Jesusなんてこった・・・」

「見つかったのは千葉県の元清澄山もときよすみやまですね。今朝、登山客から警察に通報があったみたいなんですが、ヘリが所属不明かつ乗員の身元が判るものが何も出なかったらしく・・・そのせいで情報が出回るのが遅かったようです。すぐに詳細を回してもらえるよう連絡してます」

「結局、尻尾は掴めずじまいか。・・・マツド少尉、例の「水質調査センター」──やはり君も、キリュウ隊長の読み通りだと思うか?」

 マクスウェルの言う「水質調査センター」とは、No.014が現れた野登洲湖のほとりにあった建物の事で、No.014を目撃した地元民の話では、ジャガーノートの出現とほぼ同時にこの施設の屋上からヘリコプターが飛び立ったというのだ。

 そして、No.014が沈黙した後にこの施設を調べたところ、つい最近まで使われていた形跡があるにも関わらず、デジタルデータが何一つ残されていなかったのである。

 アカネは、痕跡を消し去ろうとしたその手口、そして何よりジャガーノートの出現した場所にあった事から、この施設がモンゴルで対峙した「プロフェッサー・フー」と名乗る男が所属する組織のものではないかと推察していた。

「私もその可能性は高いと思います。水質調査センターの職員が、突然現れたジャガーノートに慌てふためきながら、ルーターにアップされてたデータまで完全に消去してからヘリで飛び去る・・・なんて、不自然もいいところですし」

 松戸の迷いない返事に、マクスウェルは頷きつつ渋い顔をした。

 アカネによれば、先日No.011ティターニアがサイクラーノ島から連れて来て引き渡した男たちも、その組織の人間であったという。

 世界各地に支局を持つJAGDについ最近までその存在を知られることなく、かつ、JAGD以上にジャガーノートに精通している謎の組織・・・・・・

 マクスウェルは、想像していたより遥かにこの組織の根は深く、早急に手を打たなければ、何か取り返しのつかない事をしでかすのではないか──そんな不安に駆られていた。

「・・・ん? なんだこれ?」

 と、そこで、柵山が思わず声を漏らした。

「勤務中にSNSとは感心しないな」

 つられて柵山の端末を覗き込んだマクスウェルが、溜息を吐く。

「違いますよ・・・松戸くんに頼まれて情報収集の手伝いです。それより、これ・・・」

 指差した画像を見て、マクスウェルは首を傾げた。
 面白そうな匂いを嗅ぎつけた松戸も、その画像を見に柵山の席へ駆けつける。そこに映っていたのは──

「銀色の・・・折鶴?」

 松戸は、無意識に目をパチクリさせていた。正直、見た目に関してはそれ以外の感想が浮かばなかったのである。

 しかし不可解なのは、その折鶴が住宅地の上空を飛び、そして、その姿がいくつものアカウントによって投稿されている事であった。

「千葉市内で折鶴型の謎の飛翔体・・・目撃者多数、大きさは40センチほど、羽撃はばたきながら飛んでいたとの証言も・・・へぇ~! 誰かが趣味で作ったドローンでしょうか?」

「それならいいんだけど・・・今、千葉の各所で散発的に原因不明の電波障害が起きてるらしいんだ・・・ほら、トレンドにもなってて・・・・・・」

「・・・い、ECM付きのドローン・・・ですかね?」

「・・・・・・ドローン・・・だよね? って事、ないよね?」

 「ヘリが堕ちたのも千葉県内・・・偶然だよね?」と柵山は言外に問い、松戸も「さすがに考えすぎじゃ?」という表情かおで返したが──

 そんな二人の横で、マクスウェルが口を開く。

「・・・確か・・・キリュウ隊長は今日・・・千葉に行くと仰っていた・・・・・・」 

 ぎょっとした柵山と松戸が振り返ると、副隊長の顔は真っ青だった。

「・・・・・・まままままさかぁっ‼」

「そ、そうですよ! こんなすぐに・・・・・・ねぇっ⁉」

 既に呼吸が浅くなっている副隊長を落ち着かせようと、二人が声を震わせながらフォローの言葉を投げかける。

 ちなみに、現時刻は午前十一時五分。

 アカネの休日が始まってから、まだ四時間と五分しか経っていなかった。

「と、とりあえず・・・隊長に連絡を・・・・・・」

 震える指先で、何とか端末の番号を押し込んだマクスウェルだったが──

「・・・・・・・・・つ、通じない・・・だと・・・ッ⁉」

 ───司令室には、あまりにも痛い沈黙が訪れていた。

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