私が猫になってから

フジ

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悲しみは見えないだけで

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あれから半年なので、猫の生活にも慣れ、ご飯も毛繕いもトイレもお手の物だ。
カリカリでもしっとりでもご飯はなんでも来い!でも、ゴキブリやネズミは勘弁…。
ってな具合で、2人が帰ってくるまで、昼寝をしたり、少しだけ猫の手で埃を集めてみたり、爪研ぎを我慢したりする。テレビは見ない。それより、窓際によって昼寝をする、という生活を送っている。
2人が帰ってきたら、すぐに足元に行き抱っこしてもらう。ソファで撫でてもらったり、お返しでペロペロ舐めたりして遊ぶ。
そんな私を2人は何か感じているのかテーブルの上に寝転ばせてご飯を食べたり、一緒に寝室で寝るようになった。


初めの1ヶ月は大変だった。

正也さんは慣れないことだらけ。私が生きていた時は、起きてきたらご飯が食卓に並んでいて、お弁当やお茶も用意していた。あとは自分で新聞を取ってくるだけ。陽介が起きてきて、おはよーと言い、出勤する。帰宅するのが、夜9時にそーっと音を立てずに入ってくる。そーっと入る理由は、陽介はもう寝室で、私と本を読んでいるからだ。小さい時からの習慣で、部屋を暗くして何かを読まないと寝れないというからだ。準備されたご飯を食べて、追い焚きしたお風呂に浸かり、テレビを見て、12時頃に寝る。という生活だった。

今では、仕事が終わり次第、実家にいる陽介を迎えに行き、すぐに家で慣れないご飯を作り、お風呂に一緒に入り、10時に本を読みながら一緒に寝落ちする。
朝も陽介と一緒に起きてしまい、バタバタしながら洗濯機を回して朝ごはんを作って干してから、一緒に学校や会社に行く。
自由な時間もなければ、1人の時間もない。


何度もフライパンや鍋から煙を出す正也さんにすっごくハラハラしたし、何故か陽介が1人でなんでも色々とする様子に、危ない!と何度も目を瞑った。


全てを言わなくても分かってくれていた私がいなくなり、何でも自分でしなければいけない状況は思っていたより大変らしい。


正也さんは余裕がなくなり、全てをスムーズにできない陽介にイライラしてそれをぶつけそうになり、察知した私に引っ掻かれていた。そしてハッと気づき、私を撫でた。

陽介は陽介で、母親がいなくなったことをまだ認められてとられず玄関で物音がしたら走って行ったり、夫が話し掛けたら、お母さん?!と振り返って父親と知ると残念がったりした。そして近寄って顔を舐めまくる私を抱き締めた。


その度に2人で泣いていた。


それも1ヶ月頃から少しずつ変わっていった。


正也さんはもう陽介の前で泣かなくなり、陽介は私がいない、と認めてきたのか、少しワガママになって、そしてどこか大人びてしまった。そんな陽介に正也さんは寂しさを感じながら、陽介のその時その時の揺れ動く感情に全力で向き合っていた。


一見、2人は乗り越えているかのようで、周囲はホッと胸を撫で下ろしていた。
前に義母が家に来た時に、これなら安心ね、と言っていた。その時正也さんは生活は何とかできているな、と笑い、陽介がお父さんはねー良くティッシュをポケットに入れたまま洗濯するんだよ!僕が何度言っても直らないんだ!と告げ口してその場を和ませていた。



ーでも、私は知っている。


未だに正也さんが1人で私の遺影を持ち、泣いていることを。
夜にビールを2つ開けて、1つはテーブルの向かい側に置くこと。
陽介は、そんなお父さんを扉の隙間からジッと見ていること。
そんな時は2人とも私が死んだことを受け止めるのがいっぱいいっぱいで、私が近寄っても、目に入ってない様子だった。

そんな時、何を思っているのか分からない。
それがすごくもどかしかった。



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