学生時代ビビり散らしながらも気になってた男の子に再会した

竜胆

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上巻しか持っていなかった本と君の思い出

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 時限爆弾とテロには気をつけて頂きたい。
これは遠い異国の話ではなく、私たちのすぐそばの、日常に潜み、もしかしたら今も貴方を虎視眈々と狙っているかも知れないのだ。

 皆様におかれましては被害にあわれませんよう、私の実例をよく聞いていただきたいのである。

 まず、トリガーになったのは本だった。上下巻の単行本である。
有名な作家が紡いだその本は大抵どの本屋にも並んでいた。

 例えば私がこの本を本棚から抜こうとして、手を出したら二つ手のひらが重なって、それがスイッチで恋の爆発、なんてことはもちろんない。

ただ私の事例の説明するには過去、この本が私にどう影響したかまで遡って説明するしかないのである。

 それは私が学生の時、少ない友人達の中で生活する地味な少女だった頃の話。
 地味な少女らしく、読書が趣味であり図書委員を務め、借りては読み、借りては読みを繰り返していた。

大抵はハードカバーの本を読み、偶に文庫本を読む少女。
ただ学校の図書館というのは有名どころの本が揃いながらも最新の本というのはなく、好きな作家の新刊は自分で買うか、高いのなら古本屋をチェックしていた。
 その時も私は泣けなしのお小遣いでとある文庫本を買って読んでいたのだが、その本は上下巻になっており上巻のみしか当時の私には買えなかった。まぁ読む本は他にも図書室へ行けばあるし、のんびり次のお小遣い日まで待っていればよろしい、と考えていたのだった。
 そこであり得ないことが起きた。そう話したこともない、怖いから関わりたくもないとまで感じていた金髪の陽キャとでも言うべき男の子が声をかけてきたのだ。

「なぁ、それって面白いの?俺ん家にもあった。親が読んでたんだよね」

この時、そのビジュアルであんまりにもぽやぽやしゃべる彼にまァ胸が高まったのだが、これはただ話しかけられたことの衝撃のようなもので決して恋とかそういうんじゃない。
だってどう返事していいのか分からないし緊張した。キモい返事とかしでかしそう、という緊張である。

「あ、うん。まだ上巻だけなんだけど面白いよ」
「へー朝読書に読もっかな」
「是非」
私はそう言葉短めに返して読書に戻った。
強制的シャットアウトである。向こうも気にせず仲間達の輪に戻っていた。

 その子はあんまり本を読むイメージはなかった。言っていた朝読書の時間も野球部の朝練らしく不在だったし、でも根は真面目な子だったのかな、と今になって感じている。パツキンだったけど。

 暫く月日が経ち、突如話す機会があってその本の話をした。放課後の掃除中だ。私はチリトリ係であっちは箒係だった。

「な~そういえばあの本面白かった?」
「あ、実はまだ下巻読んでないんだ」
「えっ他の本読んでたじゃん」
「下巻買ってないから、図書館で他の本読んでただけ」
「えーー、あっ、俺貸すよ!明日持ってくる!親ももう読み終わって読んでないし」
「え」 

 私は本当に有言実行した彼から下巻を手渡されて読むことになる。汚さないか緊張した。ちゃんと返せたと思うけど。

――そこからこの学生時代、彼となにかあったと思う?
それが何もなかった。何にも。

 ただその後、本屋や図書館に行ってその上下巻が並べてあると思い出す。
学生時代のちょっとしたドキドキ。その本は彼に返してしまったから当然私の本棚には上巻しかなく不自然に仕舞われていたのだが、なんとなく下巻を揃える気はしなかった。
紙の本には、そうした思い出が質量として残る。そんな気がする。

 それが時限爆弾、或いはトリガー引かれたテロになったのは最近の話だ。

 その後の進路も分かれ、共通の友人もいなかったし、今みたいにスマホで繋がる時代は惜しくもまだ早かったような時代。
彼のことは全く知りようもなかった。なのに、まさか、道端で目があって腕を掴まれるとは思うまい。

 真っ直ぐ向けられた眼差しは確実に私のことを認識していて、黒髪になった彼も、彼だと分かった。

(金髪、辞めたんだ。私の方が茶髪になってるのおかし)

 掴む腕の力は弱めてくれないのに、言葉が中々出てこない彼に私も困惑した。ようやく開いてくれたかと思ったらこうだ。

「・・・真面目になったんだ。だから、そう、本を読むようになって」
「本?」
「あ、あぁ。高校の時に俺が下巻を貸した小説が読みたいんだ」
「・・・えっと、返したから家にあるんじゃない?」
「それが、その、俺、実家出て一人暮らしで。あーー下巻はずっと持ってるんだけど、その、上巻は実家だから読めてないんだ。そりゃセットで持ってこなかった俺が悪いんだけど・・・もし持っていたら貸して欲しい。───連絡先交換しても良い?」
そう彼が、肌を傍目に分かるくらい赤く染めて私に言った。

 皆様、じわじわと好きになっていく恋が時限爆弾だとしたら、明確な何かがトリガーになって落ちる恋というのは、さながらテロのようなものでしょう。どうぞどちらもお気をつけ下さい。

 余談ながら、現在私ともう一人の住む家の本棚にはその上下巻がセットで置いてあるのです。

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