さよならPretender

榊 海獺(さかき らっこ)

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ナイトクルージング

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 連日30度近くを記録し続けている8月初旬。東京は中目黒にオフィスを構える、スマートフォン用アプリ開発会社の会議室に僕らは来ていた。
「では、次回までに新アプリのイメージサンプルをあげておいてください。」
「分かりました。」
 僕らはアプリ制作会社や、広告会社へデザインの提供をしている会社で働いている。そういった会社とデザイナーを繋げる謂わば仲介業だ。
「今回の内容だと、この前作った神楽坂マイのMVと同じような感じだよな?」
「あー。確かに。あのボカロアイドルな。」
「同じデザイナーでいいかな?」
「いや。ダメだろ。最近は絵のタッチが似ているだけで、パクリ扱いされちゃうし。」

 大学を卒業後、就職戦争の末、今の会社に入った。入社式で驚いたのは、大学で一緒だった淳が同期に居たことだ。僕らは大学入学とほぼ同時に連むようになったが、学年が上がるごとに疎遠になっていった。その淳と就職先でまさかの再会を果たすというのは、なんとも運命的なものだ。話によると、内定辞退者が出たことによる補充要因としての採用らしかった。

 入社後僕らは揃って営業部に配属された。3ヶ月の試用期間、先輩営業マンについて回り、この8月から僕と淳のペアで営業活動をすることになった。淳は元々人前に出ることに慣れているタイプで、営業は天職かのようだった。水を得た魚のように、生き生きと仕事をしていた。その姿は流石としか言いようがない。前回の案件も、今回の案件も淳のお手柄だ。
 しかしながら、ここからが僕の出番だ。スケジュール管理や連絡事項の徹底などは僕の役回りなのだ。打ち合わせ内容をその場である程度まとめ、事務の内藤さんにメールをする。すると即座に返信が届く。
”打ち合わせお疲れ様です。メール受け取りました。こちらで展開致します。”
「よし。これでOK。」
 心の中でそう呟いた。

 客先での打ち合わせを終え、時刻は18時を迎えようとしていた。うちの会社の定時時刻だ。
「今日金曜日だし、このあと飲みに行かない?キンキンに冷えたビールが飲みたいや。」
 淳がそう言い出すだろうなと、なんとなく予想していたので、予め2人の予定はNR(No Return)と書いて出てきた。
「そうしたらさ、上野で飲もうか。」
「お。いいねぇ。」
 僕の家は北千住、淳の家は田原町なので、飲みに行く時は上野か浅草が多かった。

 この日は金曜日ということもあり、上野の街は飲み屋を探す人の群れで溢れていた。僕らはマルイの横の道を直進し、何個目かの角にある居酒屋に入った。
「とりあえず中生2つで。あとポテサラください。」
 席に着くや否や淳が注文した。僕たちの間ではお決まりの乾杯メニューだ。ほどなくして中生2つとポテサラが運ばれてきた。
「よし。お疲れー!」
 そう言うと僕たちはグラスを景気良く交わした。
「無事方向性が見えてきて良かったな。」
「そうだな。ここからが徹ちゃんの出番よ。」
「出番て。一緒にやるんだぞ。」
「まぁそうだけど、力貸してくれよ。」
「仕事なんだから当たり前だろ。」
「じゃあ、もし仕事じゃなかったら、力貸してくんないのかよ。」
「うーん。報酬による。」
2人してゲラゲラ笑った。

 その後もくだらない話が続き、気付いたら23時を回ろうとしていた。
「時間も時間だし、そろそろ行くか。」
「よし。もう一軒だな。明日休みだし朝まで行こうや。近くにガールズバーがあったな。」
「行かないよ。第一お前な。早く帰らないとまた早紀ちゃんに怒られるぞ。」
「徹よ。それを言っちゃあお終いよ。」
 淳には大学時代から付き合っている彼女がいる。
「じゃあ、また今度な。その時は早紀に許可取ってくるから、朝まで行こう。」
「この間破局寸前まで行ったのに、懲りないねぇ。」
 また僕らはゲラゲラと笑った。



 淳と別れ、北千住から徒歩で帰る。北千住駅から家までは徒歩約15分。生温い夜の風を裂くように歩いていく。ほとんど人気の無い真夜中の北千住。フィッシュマンズのナイトクルージングを口ずさみながら。

”UP&DOWN UP&DOWN 
 SLOW FAST SLOW FAST
 UP&DOWN ナイトクルージング”

 独特のリズムに揺られるように歩いていたその時だった。曲がり角にミニストップがある道の端で、蹲るショートカットの女の子が居ることに気付いた。見過ごそうかとも思ったが、ここで僕の悪い癖が発動する。困っている人を放っておけないタチなのだ。
「大丈夫?」
 気付いた時には既に声を掛けていた。
「気持ち悪いー。」
 意識はあるようだった。
「どうした?」
 臭いから明らかに事態は理解していたが、社交辞令程度に聞いた。すると彼女は
「飲みすぎちゃって。えへへ。」
 そう言って、戯けた素振りを見せた。酔い潰れた際のテンプレートのようなやりとりだ。立ち上がることが出来ないようだったので、側にあった自動販売機でミネラルウォーターを買ってやった。すると彼女はゴクゴクと喉を鳴らし、あっという間に飲み切ってしまった。
「ごちそうさまでしたー!」
 そう言うと、彼女は再びグッタリとした。

 幸い彼女の住むアパートはそこから歩いてすぐのところにあった。惜しかったなぁ。あと5分歩いてりゃ着いてたのに。グッタリする彼女を担いで家へ運ぶ。絵面は完全に強姦魔だ。明らかに誰もいない道を、周りの目を気にしながら歩いていく。   

 彼女の家に着く頃には、彼女はほぼ眠っていた。アパートの前に着いたところで彼女を起こすように聞く。
「ほら。着いたよ。何号室?」
「ん?204号しちゅ」
「上かぁ。階段上がらんとな。」
「うん。ごめんね。」
 彼女が落ちてしまわぬよう、細心の注意を払い階段を登った。
 彼女の部屋の前に着いたところで、彼女が部屋に入ってすぐ玄関で寝てしまう可能性があることに気付き、念のため伝える。
「鍵は閉めてあげられないから、入ったらちゃんと閉めるんだよ。」
「はーい。」
 声のトーンはほぼ寝言だったが反応してくれた。
「ありゃりゃとうごじゃーまった!(ありがとうございました。)」
 そう言うと、彼女はドアの向こうへ消えていった。そして、暫くしてガチャっと鍵の閉まる音がしたので、僕は家へ向い歩き出した。

 嵐のようなひと時だった。
「何してんのかな。俺は。」
 溜息と混ぜて夜に吐いた。背中に彼女のぬくもりがまだ僅かに残っている。悪くない気分だった。夜を漂うかのような足取りで家路に着く。

彼女との物語はそこから始まった。







To be continued.
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