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Sugarless
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「恭子は無糖で本当にいいの?」
「うん。甘いの好きじゃないから。」
「そっか。分かった。」
恭子は昔から甘いものが苦手だった。
Facebookで恭子から友達申請が来たのは、2週間前のことだった。中学2年の秋に両親の都合で大阪へ行った恭子。風の噂では、高校で出来た彼氏と高校卒業後に若くして結婚したと聞いていた。子どもが産まれたとも聞いていた。そんな恭子からの友達申請。驚きより先に疑問が浮かんだ。なりすましを疑ったくらい。
一先ず承認してみることにした。違ったら違ったで友達解除も出来る。承認ボタンを押して友達になる。承認すると、すぐにダイレクトメッセージが届いた。
「久し振り。元気?」
いつもの恭子の口調に思えた。
「元気だよ。そっちは?」
この返信が全ての始まりだった。
風の噂通り、恭子は確かに結婚をしていて、中学生になる娘が居るとのことだった。今年34になるんだ、子どもが居てもなんら可笑しくはない。旦那さんの仕事の都合で、東京に戻って来たはいいものの連絡が取れる友達がおらず、Facebookで僕を探し、友達申請をしたらしい。真っ先に連絡をくれたというのは、素直に嬉しかった。信頼されてる証でしょ?
20年の時を取り戻すように、僕らのメッセージは弾んだ。
「誠は今何してんの?」
「普通のサラリーマンよ。営業職。」
「そうなんだね。あの誠が営業って、なんかウケる。」
「何がウケるんだよ。俺だってそれなりにちゃんと、、。まぁいいや。そういうそっちはどうなんだよ?」
「あー。専業主婦。専業主婦。」
「そういうことか。」
「面白味なくてごめん。誠結婚は?」
「しとらんわ。」
「彼女は?」
「おらん。俺と付き合える物好きが何処におんねん。」
「それな。」
Facebook上ではあるものの再会を果たした僕らは、すぐにあの頃の二人に戻っていった。気を使わずに、なんでも話せる二人に。時が経っても変わらない二人。結局のところ、変わったのは家庭環境くらいなんじゃないかと思うくらいだ。
「大阪どうだった?」
「聞き方が雑やなぁ。そういうとこ昔と変わらんわぁ。全然成長しとらん。」
「うっさいわ。で、どうだったん?」
「うーん。あんまこっちと変わらんかも。」
「いや、なんかないん?観光スポットとか美味いもんとか。」
「そりゃあるやろ。通天閣とかUSJは引っ越してすぐ行ったなぁ。美味いもんは沢山あんで。551蓬莱の肉まんとか、くくるのたこ焼きとか。でも、それもすぐ慣れてしまうねん。人間飽きっぽいねんな。」
僕の知らない恭子が溢れてくる。まぁそれも僕が望んだことなのだけれど。
「それお前だけとちゃうん?」
「なんでやねん。そういう東京はどうなん?」
「なんで俺が東京代表みたいになってんねん。」
「今は私ら二人で会話しとるし、まぁそうなるやろ。東京代表と大阪代表。あはは。で、東京はどないなん?」
「東京はそうやなぁ。スカイツリーが出来て、オリンピックがあって。食べ物もマカロンにタピオカにレモネードに台湾カステラに、、、まぁ色々あったわ。」
「東京は飽きひんなぁ。移り変わりが激しねん。」
「ホンマやなぁ。」
「てか、なんでさっきから誠が関西弁なってんねん。」
「あ。ホンマや。」
方言は移るというが、この十数分で知らず知らずに大阪代表の方言に染まっていた。
「そういえば、誠は今どこにおるん?どこに住んでるん?」
「俺は変わらないよ。実家は出たけど上石神井に居るよ。」
「そうなんか。」
「恭子は?」
「あたしは品川。」
「都会やん。品川に住宅とかあんのな。」
「あるわ。バカにすんなし。」
「してない。してない。なんとなくそんなイメージあっただけよ。あのさ、こうして再会を果たした訳だし、今度飲みにでも行かないか?」
気のせいかもしれないが、少し間があってから返信が来る。
「お酒は飲まないから、お茶ならいいよ。」
それもそうだよな。幼馴染とは言え相手は人妻だ。”男と二人で飲みに行く”なんて言ったら、旦那さんに心配を掛けてしまうかもしれない。
「了解。したらお茶にしよう。」
「うん。」
20年振りのデート、あ、いや、20年振りの再会が決まった。
2022年2月13日(日)。僕は渋谷の街を歩いていた。再会のデートは、恭子強っての希望で原宿になった。理由はよく分からないけど、恭子と会えるのなら場所は別に何処でも良かった。待ち合わせは原宿にある珈琲茶館 集になった。そこでお茶をしてから竹下通りをふらふらするという。30代の二人が歩くのに、竹下通りは少し若すぎないか?とも思ったが、恭子の希望なら仕方ない。寧ろ、普段は来ないこの街はなかなか新鮮だった。待ち合わせ場所に向かう道中、恭子の誕生日が近いことに気付き、渋谷のTENERITAでアプリコットのタオルハンカチを買った。
珈琲茶館 集の前に着き、スマートフォンを開くと恭子からメッセージが来ていた。
「ごめん。ちょっと遅れるから先に入ってコーヒーでも飲んでて。」
僕は階段を降り、集の門を叩く。すると制服に身を包んだ店員さんがすぐに気付いてやってきた。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」
「2人です。1人は後から来ますんで。」
「分かりました。お席にご案内します。」
案内された席は、入り口を入ってすぐのところだった。僕は入り口を背にして席に着いた。再会の時間が近付くにつれ、少しずつ押し寄せる緊張。油断すると、自分が今どこにいるのかを忘れそうなくらいの、緊張感に飲まれていた。目を瞑って20年前の恭子を思い浮かべる。そこから20年歳を取ると、どんな姿になるのか。今も昔と変わらず綺麗なのか、それとも太ってたりするんだろうか。そんなことを考えていた時だった。突然響いた声に驚き、パッと目を開け、声の方に顔を向ける。
「ご注文はいかがなさいますか?」
店員さんだ。店員さんの声に我に帰る。
「あ。アイスコーヒーをお願いします。」
「かしこまりました。」
一旦落ち着こう。
15分が経過し、”もしかしたら来ないんじゃないか?”と思い始めた時だった。入り口が開く音がした。店員さんとの会話も聞こえて来る。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
「いや、待ち合わせです。」
「どうぞ。」
静まった店内で、徐々に足音が近づいて来る。再び押し寄せる緊張。足音は僕の後ろでピタリと立ち止まった。
「遅れてごめん。」
懐かしいその声が耳に届く。振り返ると、そこには学生服を着た、20年前の恭子が立っていた。
「え。」
「お待たせ。遅れちゃってごめん。」
そう言うと軽く会釈をし、僕の向かいの席に座った。何が起こったのか全く理解が出来ずに、僕が戸惑っていると、彼女は徐に話し始めた。
「驚かせちゃってごめんなさい。恭子の娘の智子と申します。」
そう言うと彼女は今一度頭を下げた。
「あ。なるほど。一瞬恭子がタイムリープでもして来たのかと思ったよ。ホントお母さんそっくりだね。」
「へへ。ありがとうございます。」
周りを見渡してみる。恭子らしき人物はどこにも居なかった。
「初めまして。恭子、、お母さんの友達の誠と言います。あれ。今日一人なの?」
「はい。」
「お母さんは?」
「あの、実は、、、」
少しの間が開く。そして、彼女は言い辛そうに口を開く。
「母は一年前に亡くなりました。」
「え。」
静かな店内に言葉がぽとりと落ちていく。
「亡くなった?恭子が?」
あまりの衝撃に、少し声が大きくなってしまった。静かな店内に声が響く。彼女は一瞬驚いたものの、すぐに平静を取り戻し話を続ける。
「はい。母はここ数年病気がちで、常に入退院を繰り返していました。」
「え。病気って。」
「悪性リンパ腫でした。ずっと体調が悪いことを隠していたようで、いざ倒れて、病気が分かった時には病がかなり進行しており、既に手遅れでした。」
「そんなぁ。」
あまりの衝撃に頭が真っ白になる。恭子との想い出が走馬灯のように流れ、色を失っていく。期待や希望を引き連れて。
「じゃあ、あのメッセージは君が?」
「すいません。私です。でも、騙すつもりはなかったんです。」
「そうだったんだね。全然気が付かなかったよ。」
明らかに僕の声は沈んでいた。
「母の病気が分かってから、私達家族は少しでも想い出を作りたくて、沢山話をしました。入院していて外出が出来ない分、沢山話をしました。その中で唯一、家族以外で誠さんの話が出てきたんです。そのことがずっと頭の片隅にあって。それで、このタイミングで東京に来たので一度お会いしてみたくて、母のFacebookから誠さんを検索し、友達申請をしたんです。」
「そうだったんだね。」
事態を理解した僕は、急に冷静さを取り戻す。
「それで、承認が返ってきたので、母を真似てメッセージを送ってみたら、すぐに返信が来て。」
「そりゃ返すよ。」
「でも、誠さんとの会話楽しかったな。なんとなく、母が話していたことが分かった気がしました。」
「お母さんは僕のことなんて?」
「お人好しの優男って。」
そう言うと、彼女は口元に手を当て、クスクスと笑い出した。
「なんだよそれー。」
「スポーツも勉強も出来るし、顔だってそんなに悪くないのに、面倒見が良くて、お人好しで。優しいところが目立って、結果モテないって。」
話しながら笑う彼女は、恭子そのもののように思えた。
「アイツめ。。。」
ちょっと膨れた素振りをしてみる。彼女は再びクスクス笑い出す。
「あと、誠さんとの想い出話もしてました。」
「そうなの?どんなの?」
「それが可笑しいんですよ。学校帰りに自転車を二人乗りして、お巡りさんに怒られたですとか、帰りに缶のポカリスエットを回し飲みしてたですとか、クリスマスに二人でプレゼント交換をしたものの、いざ開けたら二人とも似たような靴下だったですとか。側から見れば完全に恋人同士のような話なのに、あくまで友達だったと言い張って。そこまでして、なんで付き合わなかったのか不思議でしょうがなくて。誠さんは好きな人でも居たんですか?」
突然の質問に一瞬たじろぐ。でも、ここは大人の余裕を見せなくてはと、コーヒーを一口啜り、今更ながらゆとりを持って答える。
「うん。居たね。」
彼女が一瞬驚きの表情を浮かべ、すぐに少し残念そうな視線を僕に投げた。
「母より可愛い子だったんですか?」
「ううん。違う違う。」
今度は不思議そうに首を傾げている。
「じゃあなんで、、。あ。母は気が強くて意地っ張りだから?」
「ふふふ。ハズレ。僕はね、君のお母さんが、恭子が好きだったんだ。で、なんとなく恭子からも好かれてるような気はしてた。でもね、もしそれが勘違いだった場合、告白をしてしまったらもう友達でも居られなくなってしまうでしょ。気まずくなってさ。だから言わなかったんだと思う。一緒に居るだけで満足だったのかもしれないな。」
話していて少し胸が苦しくなった。結局恭子は僕が好きな恭子のまま、大阪へ行ってしまった。今もまだ僕の中にはあの頃の恭子が居て、街中に潜んだ想い出と共に時折蘇ってくる。最後の最後まで想いを伝えなかった自分を責めることもよくあった。
「やっぱりね。」
「え。」
ふと彼女に視線を向けると、彼女は視線を落とし俯いていた。
「やっぱり両想いだったんだ。」
彼女は淡々と話し続ける。
「母の遺品整理をしている時に、誠さん宛の手紙が出てきたんです。」
そう言うと彼女はゴソゴソと鞄を漁り始めた。
「あった。これだ。はい。誠さん。」
「え。これは。」
彼女から差し出されたのは、水色の便箋にシーリングスタンプを模したシールで封をした1通の手紙だった。そこには確かに僕の名前が、僕の実家の住所が記されていた。彼女に視線を向けると、涙目になっていたので、買ったばかりのハンカチを差し出す。
「これ使って。」
「いいんですか。ありがとうございます。」
そう言うと、ハンカチで目元を拭って話を続ける。
「すいません。先に中を見ちゃいました。中身は誠さん宛のラブレターです。」
「ちょっと読んでみていいかな?」
「はい。読んでみてください。」
慎重に便箋から手紙を取り出すと、すぐに見慣れた文字が姿を現した。
”誠へ
突然こんな手紙を書いてごめんね。
本当は大阪に来る前に伝えなきゃいけなかったんだけど。
誠。私はね、誠のことがずっと好きだったんだ。
寂しさって離れて初めて気付くんだね。
知らなかったよ。
今は会いたくて会いたくて堪らないや。
東京に行けば会えるのかなぁ。
ねぇ誠。誠は私のこと好き?
なんて、ごめんね。大好き。
恭子”
「そっか。そうだったんだな。」
最後の行は少し滲んでいるように見えた。
「そんなに謝るなよ。」
読み終えると、今までの想い出が沢山浮かんで、僕の眼からも涙が溢れ落ちようとしていた。それはもう堪えることが出来なかった。
「母は、その手紙を大事にしまっていました。母がいつも使っていた、化粧台の引き出しの中に。」
「そうだったんだね。」
ポケットからハンカチを取り出して涙を拭う。
「もしも、ずっと忘れられない恋があるのだとしたら、母にとってそれは誠さんだったんだと思います。」
そう言うと彼女は再び目元を拭った。僕も同じように目元を拭った。
少しの間を開け、お互いに涙を流し切ったところで話を続ける。
「君のお父さんはこのこと知ってるの?」
「いえ。この手紙のことも、今日私が誠さんに会いに来ていることも知りません。」
何か別の問題が露わになった気がして、慌てて聞き返す。
「それって大丈夫なの?」
「大丈夫です。私は今頃新しく通い始めた学校の友達と、原宿で買い物をしてることになってます。帰りに何か買って帰らなきゃ。」
「だから、原宿が良かったのか。恭子が原宿ってあんまり想像出来なかったから。」
二人して思い浮かべて、クスクスと笑った。
タイミング的にここしかないと思い、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「そういえば、その制服って。」
「そうです。母の母校の制服です。」
「コスプレ?」
「やだなぁ。違いますよ。」
彼女は大袈裟に手を振る。
「え。じゃあ君は今あの学校に?」
「はい。品川住みは冗談です。私も今上石神井に住んでます。」
「なんだ!そうなんだね。」
「そもそも、品川に住宅地なんてあるんですか?」
「どこかで聞いたな。そのセリフ。」
「あはは。」
彼女はどこまでも恭子に似ている。
僕らの空気を読んだのか、店員さんが彼女の注文を取りにきた。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「アイスコーヒーをお願いします。」
「砂糖とミルクはどうなさいますか?」
「ブラックで。私甘いの苦手なので。」
『Sugarless』
作:榊 海獺(さかき らっこ)
〈Profile〉
榊 海獺(さかき らっこ)
一九九○年生まれ、東京都出身。
会社員、作家志望、エッセイスト。
二○二一年よりアルファポリス内でエッセイ『なんでもいい』投稿中。本作『Sugarless』が初の小説作品となる。
「うん。甘いの好きじゃないから。」
「そっか。分かった。」
恭子は昔から甘いものが苦手だった。
Facebookで恭子から友達申請が来たのは、2週間前のことだった。中学2年の秋に両親の都合で大阪へ行った恭子。風の噂では、高校で出来た彼氏と高校卒業後に若くして結婚したと聞いていた。子どもが産まれたとも聞いていた。そんな恭子からの友達申請。驚きより先に疑問が浮かんだ。なりすましを疑ったくらい。
一先ず承認してみることにした。違ったら違ったで友達解除も出来る。承認ボタンを押して友達になる。承認すると、すぐにダイレクトメッセージが届いた。
「久し振り。元気?」
いつもの恭子の口調に思えた。
「元気だよ。そっちは?」
この返信が全ての始まりだった。
風の噂通り、恭子は確かに結婚をしていて、中学生になる娘が居るとのことだった。今年34になるんだ、子どもが居てもなんら可笑しくはない。旦那さんの仕事の都合で、東京に戻って来たはいいものの連絡が取れる友達がおらず、Facebookで僕を探し、友達申請をしたらしい。真っ先に連絡をくれたというのは、素直に嬉しかった。信頼されてる証でしょ?
20年の時を取り戻すように、僕らのメッセージは弾んだ。
「誠は今何してんの?」
「普通のサラリーマンよ。営業職。」
「そうなんだね。あの誠が営業って、なんかウケる。」
「何がウケるんだよ。俺だってそれなりにちゃんと、、。まぁいいや。そういうそっちはどうなんだよ?」
「あー。専業主婦。専業主婦。」
「そういうことか。」
「面白味なくてごめん。誠結婚は?」
「しとらんわ。」
「彼女は?」
「おらん。俺と付き合える物好きが何処におんねん。」
「それな。」
Facebook上ではあるものの再会を果たした僕らは、すぐにあの頃の二人に戻っていった。気を使わずに、なんでも話せる二人に。時が経っても変わらない二人。結局のところ、変わったのは家庭環境くらいなんじゃないかと思うくらいだ。
「大阪どうだった?」
「聞き方が雑やなぁ。そういうとこ昔と変わらんわぁ。全然成長しとらん。」
「うっさいわ。で、どうだったん?」
「うーん。あんまこっちと変わらんかも。」
「いや、なんかないん?観光スポットとか美味いもんとか。」
「そりゃあるやろ。通天閣とかUSJは引っ越してすぐ行ったなぁ。美味いもんは沢山あんで。551蓬莱の肉まんとか、くくるのたこ焼きとか。でも、それもすぐ慣れてしまうねん。人間飽きっぽいねんな。」
僕の知らない恭子が溢れてくる。まぁそれも僕が望んだことなのだけれど。
「それお前だけとちゃうん?」
「なんでやねん。そういう東京はどうなん?」
「なんで俺が東京代表みたいになってんねん。」
「今は私ら二人で会話しとるし、まぁそうなるやろ。東京代表と大阪代表。あはは。で、東京はどないなん?」
「東京はそうやなぁ。スカイツリーが出来て、オリンピックがあって。食べ物もマカロンにタピオカにレモネードに台湾カステラに、、、まぁ色々あったわ。」
「東京は飽きひんなぁ。移り変わりが激しねん。」
「ホンマやなぁ。」
「てか、なんでさっきから誠が関西弁なってんねん。」
「あ。ホンマや。」
方言は移るというが、この十数分で知らず知らずに大阪代表の方言に染まっていた。
「そういえば、誠は今どこにおるん?どこに住んでるん?」
「俺は変わらないよ。実家は出たけど上石神井に居るよ。」
「そうなんか。」
「恭子は?」
「あたしは品川。」
「都会やん。品川に住宅とかあんのな。」
「あるわ。バカにすんなし。」
「してない。してない。なんとなくそんなイメージあっただけよ。あのさ、こうして再会を果たした訳だし、今度飲みにでも行かないか?」
気のせいかもしれないが、少し間があってから返信が来る。
「お酒は飲まないから、お茶ならいいよ。」
それもそうだよな。幼馴染とは言え相手は人妻だ。”男と二人で飲みに行く”なんて言ったら、旦那さんに心配を掛けてしまうかもしれない。
「了解。したらお茶にしよう。」
「うん。」
20年振りのデート、あ、いや、20年振りの再会が決まった。
2022年2月13日(日)。僕は渋谷の街を歩いていた。再会のデートは、恭子強っての希望で原宿になった。理由はよく分からないけど、恭子と会えるのなら場所は別に何処でも良かった。待ち合わせは原宿にある珈琲茶館 集になった。そこでお茶をしてから竹下通りをふらふらするという。30代の二人が歩くのに、竹下通りは少し若すぎないか?とも思ったが、恭子の希望なら仕方ない。寧ろ、普段は来ないこの街はなかなか新鮮だった。待ち合わせ場所に向かう道中、恭子の誕生日が近いことに気付き、渋谷のTENERITAでアプリコットのタオルハンカチを買った。
珈琲茶館 集の前に着き、スマートフォンを開くと恭子からメッセージが来ていた。
「ごめん。ちょっと遅れるから先に入ってコーヒーでも飲んでて。」
僕は階段を降り、集の門を叩く。すると制服に身を包んだ店員さんがすぐに気付いてやってきた。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」
「2人です。1人は後から来ますんで。」
「分かりました。お席にご案内します。」
案内された席は、入り口を入ってすぐのところだった。僕は入り口を背にして席に着いた。再会の時間が近付くにつれ、少しずつ押し寄せる緊張。油断すると、自分が今どこにいるのかを忘れそうなくらいの、緊張感に飲まれていた。目を瞑って20年前の恭子を思い浮かべる。そこから20年歳を取ると、どんな姿になるのか。今も昔と変わらず綺麗なのか、それとも太ってたりするんだろうか。そんなことを考えていた時だった。突然響いた声に驚き、パッと目を開け、声の方に顔を向ける。
「ご注文はいかがなさいますか?」
店員さんだ。店員さんの声に我に帰る。
「あ。アイスコーヒーをお願いします。」
「かしこまりました。」
一旦落ち着こう。
15分が経過し、”もしかしたら来ないんじゃないか?”と思い始めた時だった。入り口が開く音がした。店員さんとの会話も聞こえて来る。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
「いや、待ち合わせです。」
「どうぞ。」
静まった店内で、徐々に足音が近づいて来る。再び押し寄せる緊張。足音は僕の後ろでピタリと立ち止まった。
「遅れてごめん。」
懐かしいその声が耳に届く。振り返ると、そこには学生服を着た、20年前の恭子が立っていた。
「え。」
「お待たせ。遅れちゃってごめん。」
そう言うと軽く会釈をし、僕の向かいの席に座った。何が起こったのか全く理解が出来ずに、僕が戸惑っていると、彼女は徐に話し始めた。
「驚かせちゃってごめんなさい。恭子の娘の智子と申します。」
そう言うと彼女は今一度頭を下げた。
「あ。なるほど。一瞬恭子がタイムリープでもして来たのかと思ったよ。ホントお母さんそっくりだね。」
「へへ。ありがとうございます。」
周りを見渡してみる。恭子らしき人物はどこにも居なかった。
「初めまして。恭子、、お母さんの友達の誠と言います。あれ。今日一人なの?」
「はい。」
「お母さんは?」
「あの、実は、、、」
少しの間が開く。そして、彼女は言い辛そうに口を開く。
「母は一年前に亡くなりました。」
「え。」
静かな店内に言葉がぽとりと落ちていく。
「亡くなった?恭子が?」
あまりの衝撃に、少し声が大きくなってしまった。静かな店内に声が響く。彼女は一瞬驚いたものの、すぐに平静を取り戻し話を続ける。
「はい。母はここ数年病気がちで、常に入退院を繰り返していました。」
「え。病気って。」
「悪性リンパ腫でした。ずっと体調が悪いことを隠していたようで、いざ倒れて、病気が分かった時には病がかなり進行しており、既に手遅れでした。」
「そんなぁ。」
あまりの衝撃に頭が真っ白になる。恭子との想い出が走馬灯のように流れ、色を失っていく。期待や希望を引き連れて。
「じゃあ、あのメッセージは君が?」
「すいません。私です。でも、騙すつもりはなかったんです。」
「そうだったんだね。全然気が付かなかったよ。」
明らかに僕の声は沈んでいた。
「母の病気が分かってから、私達家族は少しでも想い出を作りたくて、沢山話をしました。入院していて外出が出来ない分、沢山話をしました。その中で唯一、家族以外で誠さんの話が出てきたんです。そのことがずっと頭の片隅にあって。それで、このタイミングで東京に来たので一度お会いしてみたくて、母のFacebookから誠さんを検索し、友達申請をしたんです。」
「そうだったんだね。」
事態を理解した僕は、急に冷静さを取り戻す。
「それで、承認が返ってきたので、母を真似てメッセージを送ってみたら、すぐに返信が来て。」
「そりゃ返すよ。」
「でも、誠さんとの会話楽しかったな。なんとなく、母が話していたことが分かった気がしました。」
「お母さんは僕のことなんて?」
「お人好しの優男って。」
そう言うと、彼女は口元に手を当て、クスクスと笑い出した。
「なんだよそれー。」
「スポーツも勉強も出来るし、顔だってそんなに悪くないのに、面倒見が良くて、お人好しで。優しいところが目立って、結果モテないって。」
話しながら笑う彼女は、恭子そのもののように思えた。
「アイツめ。。。」
ちょっと膨れた素振りをしてみる。彼女は再びクスクス笑い出す。
「あと、誠さんとの想い出話もしてました。」
「そうなの?どんなの?」
「それが可笑しいんですよ。学校帰りに自転車を二人乗りして、お巡りさんに怒られたですとか、帰りに缶のポカリスエットを回し飲みしてたですとか、クリスマスに二人でプレゼント交換をしたものの、いざ開けたら二人とも似たような靴下だったですとか。側から見れば完全に恋人同士のような話なのに、あくまで友達だったと言い張って。そこまでして、なんで付き合わなかったのか不思議でしょうがなくて。誠さんは好きな人でも居たんですか?」
突然の質問に一瞬たじろぐ。でも、ここは大人の余裕を見せなくてはと、コーヒーを一口啜り、今更ながらゆとりを持って答える。
「うん。居たね。」
彼女が一瞬驚きの表情を浮かべ、すぐに少し残念そうな視線を僕に投げた。
「母より可愛い子だったんですか?」
「ううん。違う違う。」
今度は不思議そうに首を傾げている。
「じゃあなんで、、。あ。母は気が強くて意地っ張りだから?」
「ふふふ。ハズレ。僕はね、君のお母さんが、恭子が好きだったんだ。で、なんとなく恭子からも好かれてるような気はしてた。でもね、もしそれが勘違いだった場合、告白をしてしまったらもう友達でも居られなくなってしまうでしょ。気まずくなってさ。だから言わなかったんだと思う。一緒に居るだけで満足だったのかもしれないな。」
話していて少し胸が苦しくなった。結局恭子は僕が好きな恭子のまま、大阪へ行ってしまった。今もまだ僕の中にはあの頃の恭子が居て、街中に潜んだ想い出と共に時折蘇ってくる。最後の最後まで想いを伝えなかった自分を責めることもよくあった。
「やっぱりね。」
「え。」
ふと彼女に視線を向けると、彼女は視線を落とし俯いていた。
「やっぱり両想いだったんだ。」
彼女は淡々と話し続ける。
「母の遺品整理をしている時に、誠さん宛の手紙が出てきたんです。」
そう言うと彼女はゴソゴソと鞄を漁り始めた。
「あった。これだ。はい。誠さん。」
「え。これは。」
彼女から差し出されたのは、水色の便箋にシーリングスタンプを模したシールで封をした1通の手紙だった。そこには確かに僕の名前が、僕の実家の住所が記されていた。彼女に視線を向けると、涙目になっていたので、買ったばかりのハンカチを差し出す。
「これ使って。」
「いいんですか。ありがとうございます。」
そう言うと、ハンカチで目元を拭って話を続ける。
「すいません。先に中を見ちゃいました。中身は誠さん宛のラブレターです。」
「ちょっと読んでみていいかな?」
「はい。読んでみてください。」
慎重に便箋から手紙を取り出すと、すぐに見慣れた文字が姿を現した。
”誠へ
突然こんな手紙を書いてごめんね。
本当は大阪に来る前に伝えなきゃいけなかったんだけど。
誠。私はね、誠のことがずっと好きだったんだ。
寂しさって離れて初めて気付くんだね。
知らなかったよ。
今は会いたくて会いたくて堪らないや。
東京に行けば会えるのかなぁ。
ねぇ誠。誠は私のこと好き?
なんて、ごめんね。大好き。
恭子”
「そっか。そうだったんだな。」
最後の行は少し滲んでいるように見えた。
「そんなに謝るなよ。」
読み終えると、今までの想い出が沢山浮かんで、僕の眼からも涙が溢れ落ちようとしていた。それはもう堪えることが出来なかった。
「母は、その手紙を大事にしまっていました。母がいつも使っていた、化粧台の引き出しの中に。」
「そうだったんだね。」
ポケットからハンカチを取り出して涙を拭う。
「もしも、ずっと忘れられない恋があるのだとしたら、母にとってそれは誠さんだったんだと思います。」
そう言うと彼女は再び目元を拭った。僕も同じように目元を拭った。
少しの間を開け、お互いに涙を流し切ったところで話を続ける。
「君のお父さんはこのこと知ってるの?」
「いえ。この手紙のことも、今日私が誠さんに会いに来ていることも知りません。」
何か別の問題が露わになった気がして、慌てて聞き返す。
「それって大丈夫なの?」
「大丈夫です。私は今頃新しく通い始めた学校の友達と、原宿で買い物をしてることになってます。帰りに何か買って帰らなきゃ。」
「だから、原宿が良かったのか。恭子が原宿ってあんまり想像出来なかったから。」
二人して思い浮かべて、クスクスと笑った。
タイミング的にここしかないと思い、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「そういえば、その制服って。」
「そうです。母の母校の制服です。」
「コスプレ?」
「やだなぁ。違いますよ。」
彼女は大袈裟に手を振る。
「え。じゃあ君は今あの学校に?」
「はい。品川住みは冗談です。私も今上石神井に住んでます。」
「なんだ!そうなんだね。」
「そもそも、品川に住宅地なんてあるんですか?」
「どこかで聞いたな。そのセリフ。」
「あはは。」
彼女はどこまでも恭子に似ている。
僕らの空気を読んだのか、店員さんが彼女の注文を取りにきた。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「アイスコーヒーをお願いします。」
「砂糖とミルクはどうなさいますか?」
「ブラックで。私甘いの苦手なので。」
『Sugarless』
作:榊 海獺(さかき らっこ)
〈Profile〉
榊 海獺(さかき らっこ)
一九九○年生まれ、東京都出身。
会社員、作家志望、エッセイスト。
二○二一年よりアルファポリス内でエッセイ『なんでもいい』投稿中。本作『Sugarless』が初の小説作品となる。
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──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
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