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夕暮れ時を駆け抜ける京成線。まるで夜が来るのを拒むように、東京方面を目指して走っていく。その車内に僕は居た。


僕が生まれたのは千葉県の小さな町だった。東京のベッドタウンと呼ばれる町だった。見た目は然程東京と差は無かったのだが、幼少期より”東京”という街に憧れがあった。
「大人になったら東京で一人暮らしするの。」
とよく言っていたらしい。
そんな僕も高校を卒業し、大学進学を機に東京で一人暮らしをすることになった。東京に住みたかったから東京の大学を選んだのか、たまたま大学が東京だったのかはよく覚えていない。とにかく、東京での暮らしが、初めての一人暮らしが、楽しみで仕方がなかった。

通学の関係で山手線沿いが良かったので、JR上野駅に徒歩10分、自転車で5分足らずで行くことの出来る、稲荷町でアパートを借りた。場所は上野と浅草の丁度中間くらいをイメージしてもらえればいいと思う。近所にはスーパーやコンビニ、ブックオフなんかもあり、生活には便利そうだったのも決め手だった。引越しは親父の車に必要な物を詰め込んで、足りないものはアルバイトをしながら少しずつ揃えることになった。しかしながら、どうしても冷蔵庫は必要だったので、無理をしてでも買おうとしていたら、親父が進学祝いに小さめの冷蔵庫を買ってくれた。

夢いっぱいの新生活は想像していたものとは違った。僕を待っていたのは大学とアルバイトを往復する単調な毎日だった。それでも、東京に住んでいるということがただ嬉しくて、どちらにも心血を注いだ。
僕は高校時代、学校の規則でアルバイトは禁止とされていた。なので、初めてのアルバイトだった。場所は近所の中華料理屋さんにした。面接の時に店主の高さんが”賄いもあるよ。”と言ってくれて期待してたのだが、もはや賄いとは呼べないレベルの量を毎回作ってくれるので、凄く有り難かった。
下町の町中華とのこともあり、常連さんも多く、みんな優しい人達ばかりだった。
「涼ちゃんおあいそ。」
「はい。若田さん。今日は餃子と野菜炒めと生ビールで千二百円です。」
「はい。千と五百円。おつりは涼ちゃんにあげる。」
「え。いいんですか。」
「いつも頑張ってるからな。帰りに飲み物でも買って帰りな。」
「ありがとうございます!」
日々色々な人に支えられて生きていることを実感した。

大学はというと、僕は建築学科で空間デザインを学んでいた。母さんのお姉さんの旦那さんが建築士だったので、その影響だった。最初家族にそのことをなかなか打ち明けられなかったのだけれど、いざ打ち明けたら”ちゃんとした夢や目標があるのは立派じゃないか。”と言って親父が喜んでくれた。それを聞いて、母さんもいつもの優しい笑顔で頷いてくれた。正直ホッとした。



東京での暮らしが1ヶ月過ぎた頃、僕には東京で友達が出来ていた。同じ学科の司に智也、そして紅一点の沙織ちゃん。全員関東近郊の出身で、入学後直ぐに打ち解け、仲良くなった。全員一人暮らしで、アルバイトをしながら学校に通っていたので、境遇が同じだったのも、直ぐに打ち解けた要因だったように思う。
僕らは学業とバイトの間を縫って、遊ぶようになっていた。遊ぶと言っても、クラブに行ったり旅行に行ったりではなく、有名建築家が設計した美術館や図書館に行ったり、凝った内装の純喫茶などに足を運んだ。LINEだって毎日のようにしていた。気になる建造物を見付けては写真を撮って送り合ったり、お店の写真が送られてきて、”お前ならどうデザインする?”なんて、学業の延長線のようなやり取りが多かったのだけれど。そんな付き合いが半年くらい続くと、徐々にくだらない話も混ざってきた。松坂桃李と戸田恵梨香が結婚を発表した時なんて、戸田恵梨香が好きだった司のせいで大分LINEが荒れた。それはそれで面白かったんだけど。みんなで冷やかして、冷やかして、冷やかして。
「やめろよー。俺本気だったんだからな。」
「まぁ松坂桃李格好良いからなぁ。私でも言い寄られたら結婚しちゃうかも。」
「俺も、、、」
「お前男やんけ。」
「あらやだ。いいじゃない!」
智也のふざけたLINEにみんなで爆笑のスタンプを送り合ったっけ。



僕と沙織ちゃんが付き合い始めたのは、それから半年後のことだった。僕は出逢ってからずっと沙織ちゃんに惹かれていた。司も智也もなんとなく気付いていたらしい。
あの日は11月の半ばだった。たまたまバイトの休みが同じになったので、皆で飲みに行くことになっていた。待ち合わせは新宿東南口。司の行きつけの飲み屋があって、そこに皆んなで行くことになっていた。
「ごめん。遅れる。着いたら藤井で入っといて。」
司からメッセージが来たのは待ち合わせの1時間前だった。
「了解!」
僕はとりあえずそう返し、待ち合わせ場所に向かった。待ち合わせ場所には、待ち合わせの20分前に着いてしまった。スマートフォンを眺めながら時間を潰す。暫くして沙織ちゃんがやってきた。
「あれ?涼早くない?」
「今日予定何となく暇だったから、早めに来てふらふらしてたのよ。」
「なんだぁ。そうだったんだぁ。私も買い物してたから、付き合ってもらえば良かった。」
「そうだったのか。言ってくれたら全然言ったのに。」
「あははは。」
二人して笑いあった。
そんな時、智也からメッセージが入った。
「ごめん。俺も遅れそうだわ。」

僕と沙織ちゃんは先にお店に向かった。お店に着いて予約していた司の名前を告げる。
「予約をしていた藤井です。」
お店の人は予約表を確認し、にっこり笑って話始める。

「2名様でご予約の藤井様ですね。お待ちしておりました。」

「え。いや。4名のはずなんですが。」
「いえ。確かに2名でご予約になっております。あと、ご予約の藤井様よりお託けを預かっております。」
そう言うと、僕の耳元に声を掛ける。
「”今日決めろよ。ちゃんと伝えろよ。”とのことです。」
そして、タイミング良く二人からメッセージが届いた。
「悪い!今日行けなくなった。頑張れよー。」
二人とも一字一句違わないコピペのような文章だった。完全に計られたな。ちなみに、飲み屋と聞いていたお店はイタリアンバルだった。これもアイツらの策略か。

食事を済ませた僕らは、夜の新宿を少し歩いた。時間が時間なだけにシャッターを下ろすデパート。その一角のシャッターの前で僕は酔いに任せて沙織ちゃんの唇を奪った。
「あのさ。俺ずっと沙織ちゃんが、、、」
ここまで言って、沙織ちゃんの手で口を塞がれてしまった。ダメだったのかと諦めが頭を過った時だった。
「ねぇ。ここじゃ嫌。来て。」

その後は沙織ちゃんの家に上がり込み、、、。あとはご想像にお任せします。
司と智也は後できっちり絞ったのは言うまでもない。
「お前らやったな。」
「で、どうだったの?」
「付き合うことになったけどさ、、」
「なら良かったじゃん。」
「まぁそうなんだけどな。二人に力借りた感じになってしまったのが悔しい。」
「だって、ああでもしないとお前らずっと平行線だったろ。」
「そうそう。」
悪戯の口裏を合わせる子どものように思えて、少し可笑しかった。

僕らが付き合ったからと言って、二人との関係は全く変わらなかった。ちょいちょい変わったのは司の彼女くらいだ。毎回数ヶ月で変わる。その都度慰めて、飲んで、慰めて、飲んでの繰り返し。寧ろ飲みに行く口実が欲しくてフラれてるんじゃないか?と思うくらいだ。智也はというと、いつの間にか彼女を作り、いつの間にか同棲を始めていた。あまり公表したくないタイプの智也はいつも事後報告。その度驚かされたものだ。


さて、ここからは今の話。今日のバイトの休憩時間に司からメッセージが来ていた。確認をしてみると、週末海に行こうというものだった。きっと新しく出来た彼女を皆に紹介したいのだろう。今度の彼女は、、、みずきちゃんか。毎回欠かさず紹介するあたりが、実に司らしい。見た目の割に真面目で、周りに居る人を大切にするタイプ。
「だったら車出すよ。」
智也は車を買ったらしい。また事後報告だ。智也らしい。
結局、司と司の彼女、智也と智也の彼女、僕と沙織ちゃんの6人で海に行くことになった。結構な人数だ。智也の車がワンボックスで良かった。家に帰ったら水着探さなきゃな。この際買い直してもいいけど。海ということは、当然沙織ちゃんも水着だろう。沙織ちゃんの水着姿は想像が出来なかった。その分楽しみで仕方がない。
「涼ちゃん何にやけてるの?また沙織ちゃんのこと考えてたんだろう。このこの。」
「岩田さん鋭い!いいねぇ。このこの。」
「もう。店長まで。」
見かねた女将さんが割って入る。
「まぁいいじゃないか。若いうちは沢山遊んでおいで。歳食うと休みの日は病院行ってお終いよ。」
「女将さん。まぁそう言いなさんな。」
「あら。岩田さんだってあっという間よ。今を楽しまなきゃ。」
「はい。この話お終い!!」
店長の一声で皆一斉に笑い出した。バイト中はいつもこんな感じだ。


母さん。僕はこんな素敵な人達に囲まれて、素敵な東京ライフを送っているよ。だから、こっちの心配はいいから、父さんと自分の心配をしてあげて。あと、そうそう。来月一回帰るね。ちゃんと沙織ちゃんを紹介するから。この先もずっと元気で居てね。



『Voice』
作:榊 海獺(さかき らっこ)



〈Profile〉
榊 海獺(さかき らっこ)
一九九○年生まれ、東京都出身。
会社員、作家志望、エッセイスト。
二○二一年よりアルファポリス内でエッセイ『なんでもいい』投稿中。同サイト内にて小説『さよならPretender』投稿中。
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