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第3章
40.ひとりだけの戦い
しおりを挟む◆◆◆ <ケント視点>
俺はルーンに手を引かれていくセシルを見送ることしかできなかった。ルーンの強引さに何か得体の知れない違和感を感じなくもなかったが、そこらの店へ行くくらいだ。すぐに戻ってくるだろうと考える。
俺はルーンに手渡されたメモを確認し、彼の両親がいるであろう場所へ向かう。商店街からはずいぶん離れているようだ。
目的地に到着して、俺は自分の目を疑う。
なんだこれは。どう考えても裕福な商人のいそうな場所ではない。そこは3階建ての古い石造りの建物だった。壁面はところどころ壊れ風化している。そして何よりも……。
「よお、兄ちゃん。この建物になんかようか。」
ニヤニヤしながら、いかにもチンピラといった風体の奴らが近づいてくる。こんな街中で剣を抜くつもりはない。俺はいつ攻撃されてもいいように集中する。
「ここはルーンって男の子の両親の会社じゃないのか? ここに来るよう言われたんだが。」
渡された紙にはルーンの両親の経営する商会の名前とその住所が書いてある。俺がそう尋ねると、男達はケラケラと笑い答える。
「おいおい、ここがそんなまともな会社に見えるってのかぁ? 兄さん、相当目がわりいなぁ。まあ会社といえば会社かもしれねえなぁ。ここは俺達の組織の拠点だ。ちなみにそんなガキの名前は聞いたこともねえ。」
一体どういうことだ? 心の中でぼんやりとしていた小さな違和感が次第に大きくなってくる。
へっへっと下卑た笑いを続ける男たち。街の人間はこの道をあまり通らないようだ。通行人が全くいない。
「そうか、悪かったな。」
「おい、ちょっと待てよ。ちょうど退屈してたんだ。遊んでいかねえか?」
踵を返し立ち去ろうとすると、男の一人が俺の肩を掴む。俺は振り向かずに、俺の肩に置かれた男の手を掴み、ぎりぎりと力まかせに握りしめる。
「いてえ、いてえ! やめろ、離せぇ!」
男は右手の痛みに悲痛な叫びをあげる。ただ握っただけなのに軟弱な奴らだ。まあ骨にひびくらいは入ったかもしれないが。
涙目になった男の手を放すと、もう一人の男が間髪入れずに俺の顔を狙って殴りかかってくる。俺はその拳を躱し、空を切ってバランスを崩した男の足を払う。男が這いつくばるように倒れたので、俺は倒れた男の背中を足で踏みつけてその頭を鷲掴む。
「ひいっ……!」
「誰が誰と遊ぶってぇ?」
「すっ、すいませんっ! 痛いっ、離してっ!」
おっと、これ以上力を入れたら頭蓋骨が陥没してしまう。
「じゃあ、ここに子供の両親はいないんだな? 攫ったりもしてないか?」
「あ、ああ、そんなことしてねえ! ここは鉱夫崩れの男達のたまり場だ……!」
なんだ、チンピラのたまり場か。てっきり日本でいうところの暴力団の事務所みたいなところかと思ったが。めんどくさいが中に入るべきか? いや、それよりも……。
俺はルーンの両親のことよりも、セシルの安否が気になる。ルーンの渡した紙に書かれた内容は明らかにおかしい。てことは目的は俺とセシルを引き離すことか!?
「くそっ!!」
俺は急いで商店街に戻り、土産物屋らしい店に入り聞き込みを始める。あいつらは見てくれがいいから、店に来たらきっと覚えているはずだ。何軒か回ったところでその店の主人が話す。
「ああ、黒髪と銀髪の綺麗な男の子たちなら1時間ほど前に来てたよ。」
「……!! おっさん、そいつらどこに行くとか言ってなかったか!?」
「なんかうちの品物見てたが、いいのがないから鉱山へ行くとか言ってたな。」
「まじか……! おっさん、ありがとな。」
なんで買い物が鉱山になるんだぁ!? 俺は弾かれたように店を出て鉱山の方に駆けだした。
◆◆◆ <セシル視点>
う、うーん……。ここはどこ……?
――――ピチャン。
頬に冷たい感触が伝う。セシルが目を開けると周囲は薄暗く、横になっている床はごつごつして湿っている。腕は後ろ手に手錠で繋がれているようだ。金属の堅くて冷たい感触がする。そして鎖の音……。
『ああ、よかった、目が覚めた……。』
ん、この声は、シフ……? シフはやっと最近話せるようになった風の精霊だ。
『セシルが死んだらこの世界ごとぶっ潰してやろうかって皆と話してたんだよ~。』
……そんなことになったら大変だ。自分はどうしてここにいるのか……あの時誰かに後ろから殴られたんだっけ……。てことは敵がいるってことだよね。
セシルは敵が近くにいることを警戒して、頭の中で念じながら精霊と話す。
(ねえ、シフ。近くにわたしと同じくらいの年の男の子がいなかった?)
『んー、子供は見てないわ。』
(そう……。)
はぐれたルーンが無事だといいが。……それにしてもここはどこだろう。セシルを殴った人はどこにいるのだろう。そして何者だろうか。
セシルは周囲を魔法で探索する。ここは洞窟っぽい。この空間を出たところに1人、2人、……3人の見張りがいる。彼らの気配しかしない。
(シフ、とりあえずこの鎖を切断してくれる? そしてここを脱出するわ。)
『うん、わかった~。』
シフに鎖のみを切断してもらう。手錠まで切断するとその音で気づかれると思ったからだ。
セシルは音をたてないようにゆっくりと立ち上がる。手錠は手首に付いたままなのでかなり重い。そこは洞窟の行き止まりの少し開けた空間になっているところだった。セシルはゆっくりと見張りの側まで近づく。話し声が聞こえる。どうやら全員男のようだ。
セシルは気づかれないぎりぎりまで近づき、壁の陰から敵のいる通路の様子を伺う。
「あの方も物好きだよなー。いっそ殺してしまったほうが楽だったんじゃねえか?」
「いや、目的は男の方だからな。おびき出すのに使うんだろう。」
「それならさっさと殺してしまって、偽装すりゃいいんじゃねえか?」
「あの娘も男もまだ未知数な部分が多いということだな。」
話しているのは男のうちの二人で、後の一人は腕を組んだまま壁を背に立ち、寡黙を貫いている。
どうにも男達の力量が分からない。もし彼らが殺しのプロだったら、3人一度に相手をするのはさすがにきつい。範囲魔法で一気に攻撃するか。だけど致命傷は……あまり与えたくないな。睡眠は……効かなかった時の反撃が怖い。雑魚の魔物だったら効果的だけど。範囲魔法などの大技は発動直後に気づかれることが多いため、素早い相手には避けられるか逃げられることが多い。
セシルは自分に身体強化と防御強化をかける。
(『千刃竜巻』。)
セシルの周囲に無数の刃の混ざった竜巻が起こる。
「な、なんだっ!」
さんざん悩んだ挙句のこれである。セシルは考えるのがめんどくさくなってしまったのだ。何人か漏れても後で斬ればいい。
男達のうちの2人が竜巻に巻き込まれて悲鳴を上げる。
「うぎゃあっ!」
「くそっ!!」
寡黙だった男は異常に気づいていち早く竜巻を避ける。それまで男たちが寛いでいた空間はもはや竜巻地獄と化している。
竜巻に巻き込まれた男たちは全身を切り刻まれるも、何とか竜巻から脱出する。
「凍結!」
水の精霊ディーが現れ、ふらふらの男たちに向かって氷の息を吹き付ける。満身創痍の男2人は反応が間に合わず足元から凍り付いていく。だが、竜巻を避けた男は、またもフリーズの範囲外に逃げてしまう。セシルは男を警戒する。傷ついた男たちを首元まで凍らせ、セシルは残りの男を目で追う。
男はいつの間にか抜刀していた小太刀を右手に持ち、弧を描きながらセシルの右方向から接近してくる。
(は、速い!)
セシルはそれを身を屈めて躱しつつ、男に近づき男の上半身めがけて抜き身の一撃を放つ。男はそれを上半身を逸らして躱し、そのまま後転して距離を取る。
(この男、強い!)
セシルは確信した。彼らはケントを追ってきた暗殺者の一味だ。異国の武器を持ち、攻撃に隙がない。プロの殺し屋だ。
致命傷を与えたくないという考えを捨てなければ、セシルは男には勝てないと覚悟をする。
男の姿がセシルの視界から一瞬消える。男の姿を見失い戸惑うが、背後に現れた殺気に背筋が凍りつく。男の小太刀がセシルの首の掻き切ろうとした瞬間、セシルは振り向きながら後ろに飛び退き距離をとる。男の小太刀は空を切る。
「つっっ!!」
男が苦悶の表情を浮かべる。セシルは飛び退く瞬間に男の腹に至近距離で火球を放っていた。男の黒装束の腹の部分が焼け、肌が露出し皮膚が焼け爛れている。
「『聖光剣』!」
セシルの詠唱と同時にすぐ傍にウィルが現れ、その姿を複数の光の刃に変えると、セシルの周りを守るように囲む。もうやるしかない。セシルは男にショートソードの切っ先を向けたまま、光の刃を放つとともに男の間合いに飛び込む。男が小太刀をセシルに向かって振り上げた瞬間、セシルは男の正面に向かって放たれる光の刃の中から抜け出し、攻撃を躱しつつ男の背後に素早く回り込む。
これで逃げ道はない。光の刃が男の正面に突き刺さる。
「ぐっ!!」
男が怯んだ隙にセシルは剣を男の背中に突き立てる。
「かはっ!!」
「はあ、はあ……。」
セシルは突き刺した背中から剣を伝って流れてくる男の血液に恐怖する。そのせいか、男の背中の傷は浅く、致命傷には至らなかった。
男に突き刺さった光の剣はもう消えている。セシルは一度距離を置き、恐怖を堪えて何とか男と向き合う。
セシルからの受けた背中の傷が致命傷にまでは至らなかったとはいえ、全身を光の刃で突き刺された男のダメージは相当なものだ。その表情を苦痛に歪ませながら、男はセシルに接近する。
(もう、倒れてっ!)
セシルは泣きそうになりながら男に対してがむしゃらに火球を放つ。
『セシルっ、駄目っ!!』
男はにやりと笑い、セシルの目の前で両腕を広げると、その体を爆発させた。
セシルは瞬間、防御結界で防御するがその衝撃はすさまじく、ぐらりと視界が歪んだ。
『セシルっ、セシルーーーっ!!』
遠くでシフの呼ぶ声が聞こえた。
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