聖女の孫だけど冒険者になるよ!

春野こもも

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第4章

51.実験場の管理人(後編)

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「わたしが協力したらケントをニホンへ帰してもらえますか?」

 セシルは強い意志を込めてベックマンに尋ねる。

「……ええ、いいですよ。扉が開いている間なら誰でも通れますから。魔法の効かない彼でもね。扉が開いたらすぐに結界を解除してあげましょう。」

 セシルはベックマンの言葉を聞きほんの少し逡巡するが、ケントに向き直って話しかける。
 彼は壁に両手をついて破れない壁をがんがん叩いている。

「ケント、ごめんね。大きなお世話かもしれないけど、ケントはニホンに帰ったほうがきっと幸せだよ。わたしも一緒に行ってみたいから。きっと後で行くから。」

 ケントが壁の向こうで「やめろ」と叫んでいるのが分かる。セシルはそんな彼を安心させるようににっこり笑う。

「扉を開いたって死ぬとは限らないし、もし成功したあとも生きてて扉が開いてたらケントを追いかけてニホンへ行くから。だから、待っててね。」

 ケントがますます激しく壁を叩いて叫んでいる。最後に彼の声が聞きたかった。
 セシルはベックマンに向き直り強い決意を宿した瞳で告げる。

「いいよ。わたしの魔力を使って。約束は必ず守ってね。」

 ベックマンはニヤリと笑うと左手を掲げ何やら詠唱を始める。するとセシルの結界の中に黒紫の靄が湧き上がってきた。靄は彼女の全身を包む。
 体から魔力が抜けていくのが分かる。そしてベックマンの左手には眩い光が集まっている。あれが自分の魔力なのだろうか。
 そしてベックマンが右手を床にかざす。すると彼女の魔力がなくなっていくのに反比例して床の魔法陣が徐々に明るくはっきりと光り始める。

 セシルはせめて最後にケントを見ようとそちらを向く。彼がその表情に絶望の色を滲ませている。そんな顔をしないでほしい。
 もはや結界の中を完全に靄が満たしている。彼に笑いかけたいがもう無理だ。体から力が失われていくのが分かる。もう自分の体を支えることもできない。

「ケント……。」

 支えることができずに体を横たえる。意識がなくなりかけたその時。

―――ガキーン!

 金属音がしてセシルは朦朧とし始めた意識をなんとか繋ぎとめそちらを見る。するとケントがベックマンに大剣を振り降ろしていたところだった。ベックマンはかろうじて避けたようだ。

「お前、私に歯向かうのですか。人形マリオネッタのくせに!」

 セシルははっとする。ケントの結界のほうを見るとその中でベックマンのほうを見て驚きの表情を浮かべているケントが見える。
 もしかしてあれは……。セシルは再びベックマンのほうを見る。

「セシルには借りがあるんでな。お前に殺させて堪るかっ!」

 彼は避けたベックマンの後ろに瞬時に回り込み、その首と腕を掴む。ベックマンを後ろから羽交い絞めにしているのは、下のフロアでセシルと戦った偽ケントだった。
 ベックマンが何かをしようと再び左手を掲げるが彼はそれを拘束して阻止し、そのまま仕上がりかけの魔法陣へ無理矢理連れていく。

「待ちなさいっ! それはまだちゃんと繋がっていないのですよ! 放しなさい! もう少しで扉が開くというのにっ!」

「セシルっ! お前を犠牲にしてそこにいる俺が幸せになれる訳ねえだろうがっ! 俺は少しでも人間として生きられたから十分だ。この男は俺が連れていく。」

 偽ケントはセシルにそう叫び、そのままずるずるとベックマンを魔法陣へ連れていく。

「待って! そんな未完成の魔法陣に乗ったらどこへ飛ばされるか分からないよ! 最悪亜空間に投げ出されて生きていられないかもしれない! あんたが犠牲になることなんてない!」

 セシルは懸命に偽ケントに叫ぶ。するとにやりと笑って彼はセシルに言った。

「最後くらい格好つけさせてくれ。そしてこんな人間らしい気持ちを最後に教えてくれたお前に感謝してる。ほんの少しの時間だったが俺はお前のこと好きだったぜ、セシル。じゃあな!」

 偽ケントとベックマンは魔法陣に辿り着き、二人の体を光が包む。ベックマンは必死の形相で叫ぶ。

「やめっ……!!」

 最後に偽ケントはセシルの方を向いて満面の笑みで手を振った。そして二人の姿は消え、セシルとケントの結界は解除された。

「あ……。」

 気がつくとセシルの頬には涙が伝っていた。大した時間一緒に過ごした訳でもないのになんだかすごく悲しい。
 彼はセシルを想って自らを犠牲にして助けてくれたのだ。彼のその気持ちを思うと胸が苦しくなる。

 まだ体に力が入らない。結界を解除されようやく外に出られたケントがセシルに駆け寄ってくる。

「セシル! 大丈夫か!?」

 ケントはセシルを抱きかかえて心配そうな眼差しでセシルを見下ろす。そして尋ねる。

「あれは……彼はお前が戦った人形か? 俺に化けてたっていう……。」

「うん……。でも彼は彼だよ。名前つけてあげればよかったな……。」

 彼らが消えた転移魔法陣はもう既にその光を失い跡形もなかった。だけどセシルはその場所から目を離せずにいた。

(ありがとう、ケント……。もし生き延びることができていたなら今度こそ自由に生きてね。)

 心の中で命がけで自分を助けてくれた彼に感謝した。
 そして本物のケントに向き直り話す。

「ケント、ごめんね。別に自己犠牲とかじゃなかったんだけど。そしてニホンへ帰してあげられなくてごめん。」

 セシルはケントに申し訳ないと思っていた。偽ケントが自分を助けてくれたのは嬉しかったが、そのせいで異世界への扉は完成せずベックマンは彼とともに異界へと転移してしまった。

 そう言うとケントがセシルの頬を優しくペチンと叩く。そして少し泣きそうな顔で優しく話す。

「馬鹿野郎……。俺がそんなことをしてもらって喜ぶと思ったのか。あいつも言っていただろう? お前を犠牲にして俺が幸せになれる訳ないだろうって。あいつの言う通りだ。お前がいなくなったら俺は……。とにかく二度とこんなことはするな。」

 ケントがあまりにつらそうに話すので、セシルはさらに申し訳ない気持ちになった。自分の行動は独善的でケントの気持ちを無視したものだったようだ。

「ごめん、ごめんね、ケント。そしてありがとう……。」

「いいから、ほら、魔力回復薬マジックポーション飲め。顔色が酷いぞ。相当魔力を消費してるんだろう?」

「うん。……少しだけ休ませてね。」

 セシルは魔力回復薬を3本ほど飲んで少しだけ目を瞑る。閉じた瞼の裏には偽ケントが最後に見せたあの嬉しそうな笑顔がいつまでも浮かんでいた。



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