52 / 96
第4章
51.実験場の管理人(後編)
しおりを挟む「わたしが協力したらケントをニホンへ帰してもらえますか?」
セシルは強い意志を込めてベックマンに尋ねる。
「……ええ、いいですよ。扉が開いている間なら誰でも通れますから。魔法の効かない彼でもね。扉が開いたらすぐに結界を解除してあげましょう。」
セシルはベックマンの言葉を聞きほんの少し逡巡するが、ケントに向き直って話しかける。
彼は壁に両手をついて破れない壁をがんがん叩いている。
「ケント、ごめんね。大きなお世話かもしれないけど、ケントはニホンに帰ったほうがきっと幸せだよ。わたしも一緒に行ってみたいから。きっと後で行くから。」
ケントが壁の向こうで「やめろ」と叫んでいるのが分かる。セシルはそんな彼を安心させるようににっこり笑う。
「扉を開いたって死ぬとは限らないし、もし成功したあとも生きてて扉が開いてたらケントを追いかけてニホンへ行くから。だから、待っててね。」
ケントがますます激しく壁を叩いて叫んでいる。最後に彼の声が聞きたかった。
セシルはベックマンに向き直り強い決意を宿した瞳で告げる。
「いいよ。わたしの魔力を使って。約束は必ず守ってね。」
ベックマンはニヤリと笑うと左手を掲げ何やら詠唱を始める。するとセシルの結界の中に黒紫の靄が湧き上がってきた。靄は彼女の全身を包む。
体から魔力が抜けていくのが分かる。そしてベックマンの左手には眩い光が集まっている。あれが自分の魔力なのだろうか。
そしてベックマンが右手を床にかざす。すると彼女の魔力がなくなっていくのに反比例して床の魔法陣が徐々に明るくはっきりと光り始める。
セシルはせめて最後にケントを見ようとそちらを向く。彼がその表情に絶望の色を滲ませている。そんな顔をしないでほしい。
もはや結界の中を完全に靄が満たしている。彼に笑いかけたいがもう無理だ。体から力が失われていくのが分かる。もう自分の体を支えることもできない。
「ケント……。」
支えることができずに体を横たえる。意識がなくなりかけたその時。
―――ガキーン!
金属音がしてセシルは朦朧とし始めた意識をなんとか繋ぎとめそちらを見る。するとケントがベックマンに大剣を振り降ろしていたところだった。ベックマンはかろうじて避けたようだ。
「お前、私に歯向かうのですか。人形のくせに!」
セシルははっとする。ケントの結界のほうを見るとその中でベックマンのほうを見て驚きの表情を浮かべているケントが見える。
もしかしてあれは……。セシルは再びベックマンのほうを見る。
「セシルには借りがあるんでな。お前に殺させて堪るかっ!」
彼は避けたベックマンの後ろに瞬時に回り込み、その首と腕を掴む。ベックマンを後ろから羽交い絞めにしているのは、下のフロアでセシルと戦った偽ケントだった。
ベックマンが何かをしようと再び左手を掲げるが彼はそれを拘束して阻止し、そのまま仕上がりかけの魔法陣へ無理矢理連れていく。
「待ちなさいっ! それはまだちゃんと繋がっていないのですよ! 放しなさい! もう少しで扉が開くというのにっ!」
「セシルっ! お前を犠牲にしてそこにいる俺が幸せになれる訳ねえだろうがっ! 俺は少しでも人間として生きられたから十分だ。この男は俺が連れていく。」
偽ケントはセシルにそう叫び、そのままずるずるとベックマンを魔法陣へ連れていく。
「待って! そんな未完成の魔法陣に乗ったらどこへ飛ばされるか分からないよ! 最悪亜空間に投げ出されて生きていられないかもしれない! あんたが犠牲になることなんてない!」
セシルは懸命に偽ケントに叫ぶ。するとにやりと笑って彼はセシルに言った。
「最後くらい格好つけさせてくれ。そしてこんな人間らしい気持ちを最後に教えてくれたお前に感謝してる。ほんの少しの時間だったが俺はお前のこと好きだったぜ、セシル。じゃあな!」
偽ケントとベックマンは魔法陣に辿り着き、二人の体を光が包む。ベックマンは必死の形相で叫ぶ。
「やめっ……!!」
最後に偽ケントはセシルの方を向いて満面の笑みで手を振った。そして二人の姿は消え、セシルとケントの結界は解除された。
「あ……。」
気がつくとセシルの頬には涙が伝っていた。大した時間一緒に過ごした訳でもないのになんだかすごく悲しい。
彼はセシルを想って自らを犠牲にして助けてくれたのだ。彼のその気持ちを思うと胸が苦しくなる。
まだ体に力が入らない。結界を解除されようやく外に出られたケントがセシルに駆け寄ってくる。
「セシル! 大丈夫か!?」
ケントはセシルを抱きかかえて心配そうな眼差しでセシルを見下ろす。そして尋ねる。
「あれは……彼はお前が戦った人形か? 俺に化けてたっていう……。」
「うん……。でも彼は彼だよ。名前つけてあげればよかったな……。」
彼らが消えた転移魔法陣はもう既にその光を失い跡形もなかった。だけどセシルはその場所から目を離せずにいた。
(ありがとう、ケント……。もし生き延びることができていたなら今度こそ自由に生きてね。)
心の中で命がけで自分を助けてくれた彼に感謝した。
そして本物のケントに向き直り話す。
「ケント、ごめんね。別に自己犠牲とかじゃなかったんだけど。そしてニホンへ帰してあげられなくてごめん。」
セシルはケントに申し訳ないと思っていた。偽ケントが自分を助けてくれたのは嬉しかったが、そのせいで異世界への扉は完成せずベックマンは彼とともに異界へと転移してしまった。
そう言うとケントがセシルの頬を優しくペチンと叩く。そして少し泣きそうな顔で優しく話す。
「馬鹿野郎……。俺がそんなことをしてもらって喜ぶと思ったのか。あいつも言っていただろう? お前を犠牲にして俺が幸せになれる訳ないだろうって。あいつの言う通りだ。お前がいなくなったら俺は……。とにかく二度とこんなことはするな。」
ケントがあまりにつらそうに話すので、セシルはさらに申し訳ない気持ちになった。自分の行動は独善的でケントの気持ちを無視したものだったようだ。
「ごめん、ごめんね、ケント。そしてありがとう……。」
「いいから、ほら、魔力回復薬飲め。顔色が酷いぞ。相当魔力を消費してるんだろう?」
「うん。……少しだけ休ませてね。」
セシルは魔力回復薬を3本ほど飲んで少しだけ目を瞑る。閉じた瞼の裏には偽ケントが最後に見せたあの嬉しそうな笑顔がいつまでも浮かんでいた。
22
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
聖女の紋章 転生?少女は女神の加護と前世の知識で無双する わたしは聖女ではありません。公爵令嬢です!
幸之丞
ファンタジー
2023/11/22~11/23 女性向けホットランキング1位
2023/11/24 10:00 ファンタジーランキング1位 ありがとうございます。
「うわ~ 私を捨てないでー!」
声を出して私を捨てようとする父さんに叫ぼうとしました・・・
でも私は意識がはっきりしているけれど、体はまだ、生れて1週間くらいしか経っていないので
「ばぶ ばぶうう ばぶ だああ」
くらいにしか聞こえていないのね?
と思っていたけど ササッと 捨てられてしまいました~
誰か拾って~
私は、陽菜。数ヶ月前まで、日本で女子高生をしていました。
将来の為に良い大学に入学しようと塾にいっています。
塾の帰り道、車の事故に巻き込まれて、気づいてみたら何故か新しいお母さんのお腹の中。隣には姉妹もいる。そう双子なの。
私達が生まれたその後、私は魔力が少ないから、伯爵の娘として恥ずかしいとかで、捨てられた・・・
↑ここ冒頭
けれども、公爵家に拾われた。ああ 良かった・・・
そしてこれから私は捨てられないように、前世の記憶を使って知識チートで家族のため、公爵領にする人のために領地を豊かにします。
「この子ちょっとおかしいこと言ってるぞ」 と言われても、必殺 「女神様のお告げです。昨夜夢にでてきました」で大丈夫。
だって私には、愛と豊穣の女神様に愛されている証、聖女の紋章があるのです。
この物語は、魔法と剣の世界で主人公のエルーシアは魔法チートと知識チートで領地を豊かにするためにスライムや古竜と仲良くなって、お力をちょっと借りたりもします。
果たして、エルーシアは捨てられた本当の理由を知ることが出来るのか?
さあ! 物語が始まります。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる