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第6章
78.覚醒
しおりを挟む「嘘、でしょ……?」
セシルは目に飛び込んできた現実に思わず呟く。頭を鈍器で殴られたようにがんがんと痛む。目の前の光景を見てもその事実を受け入れられない。
ディアボロスは胴が分断されているにも拘らず、その指をまるで長い剣のごとく伸ばしケントの胸を貫いている。刺し貫かれた傷から今も彼の血がどくどくと奴の指を伝って流れ落ちている。
そして奴はゆっくりと分断されていた体を元通りに繋げる。
ケントの意識は完全に絶たれている。その表情からは苦痛すら窺えず完全に生気が失われている。
「フン、ゴミが……。」
そう言い放ちディアボロスはケントの体を持ち上げまるでゴミでも捨てるかのごとく投げ飛ばした。
「くっ!」
すぐにそれに反応してハイノが動いた。ケントの体が投げ飛ばされたほうへ突進して腕を伸ばす。なんとかケントに届いて辛うじてその体を受け止めた。
ハイノはディアボロスの所業に怒りを滲ませきっと奴を睨む。
だがやはりケントの意識は失われたまま、ぐったりとその体をハイノの腕の中に横たえている。
「あ……あ……」
言葉が出ない。目の前の現実を認められない。生気なく人形のように動かないその体がケントのものだと思いたくない。
「間に合えばいいのだが……」
ハイノが急いでケントの口元にポーションを注ぐ。嚥下させるように喉を開きすぐに口を閉じさせる。ハイノがケントの様子を沈痛な面持ちで見守る。
セシルは心の中で必死に叫ぶ。
死なないで……お願い、お願い、お願い!
「無駄だ……。我の闇の力がその魂までも食らい尽くしている。お前もよく知っているだろう? 聖女よ」
「うるさい……うるさい、うるさい、うるさいっ……!」
頭に血がのぼり何かが切れたのが分かる。セシルの目の前が真っ赤に染まる。ケント、ケント、ケント!
『お姉ちゃん、落ち着いて。僕の言葉を思い出して』
ルーンの声が頭の中に響く。滾るほどに熱くなりかけていた頭が徐々に冷める。ルーン……。
『まずは魔力を最高にまで高めるんだ。悪魔に憑依された人間は常軌を逸した力を発揮する。でもお姉ちゃんにはもっと強力な友だちがいるよね』
頭の中にルーンに教えてもらった言葉が蘇る。そうだ……。試したことはないけど可能性があるならやるしかない。自分はどうなっても構わない。
「シフ、ディー、サラ、ノーム、そしてウィル。皆の体をわたしに預けて!」
すると5体の精霊たちが次々に現れる。
『分かったわ』
『ええよ』
『一緒にぶっ倒そうぜ!』
『いくよぉ』
『力になるのよぅ』
5体の精霊がくるくるとセシルの周囲を取り巻く。そして虹のような光に変わったあと体に纏わり徐々に融合する。
そのあと一瞬闘技場を包むほど眩く光り、セシルの全身が淡い虹色の光に包まれた。
自分の身体能力、そして魔力が跳ね上がったのが分かる。体の細胞全てが生まれ変わったような感覚に包まれる。もう自分は人間ですらないのかもしれない。
それでも構わない。ケントをあんな目にあわせたこの悪魔を絶対に絶対に許さない!
「ハイノさん、ワタルさん、ケントとエメリヒを連れてここからできるだけ離れて」
2人に声をかけ避難を促す。今のセシルの心はディアボロスに対する激しい怒りはあるもののとても落ち着いている。
これからこの闘技場を中心に、かなりの範囲に攻撃の余波が及ぶだろう。それに皆を巻き込む訳にはいかない。
するとセシルの言葉を聞いたハイノがケントを抱えながら声をあげる。
「セシル、何を馬鹿なことをっ! お前を置いて逃げることなどできる訳ないだろう!」
「お願いです。わたしは大丈夫だから。ケントをどうかよろしくお願いします……」
まだケントを諦めた訳じゃない。どうか彼を助けて……。
そう願いながら徐々に体内の魔力を高める。精霊を憑依させた今、周囲の魔素を取り込む力もこれまでの比ではない。もしかして自分はもはや人間ではなく精霊そのものになってしまったのかもしれない。それでもいい。
そんなセシルを見てハイノがようやく心を決めたようだ。
「……何という魔力だ。分かった、セシルに従おう。ワタル、エメリヒを頼む。セシル、死ぬなよ」
「しかし、師匠……!」
「ワタル、時間が無い。今の状況では我々は足手纏いになるだけだ」
「っ……! 分かりました……」
「ありがとう、2人とも。ケントをよろしくお願いします」
ハイノに促され、悔しそうにしながらもワタルはエメリヒを抱え上げた。どうやら納得してくれたようだ。
セシルは大きく頷き2人にケントとエメリヒを託す。そしてハイノがケントを、ワタルがエメリヒを抱えて闘技場を立ち去るべく足を踏み出そうとした。
そのとき突然ディアボロスが声をあげる。
「そのまま逃がすと思うのか!」
突然ディアボロスがハイノたちに向かって片手をかざし掌から闇の刃を放った。刃は彼らへ向かってその命を削らんと牙を剥く。
セシルはそれを感知しすぐさま左手を足元の地面に着けた。すると精霊の力によりセシルの手元から彼らの前まで地面が棘状に伸びていく。そして闘技場を遥かに超える高さで大きく隆起し、闇の刃の弾道を遮った。
刃は彼らに届くことなく隆起した地面の壁にぶつかって消滅する。
「すまん、セシル!」
「大丈夫です、行ってください!」
セシルの言葉を受けハイノたちは再び走り始め、そのまま闘技場を出ていった。上手く退避してくれたのを確認して安堵する。そしてディアボロスのほうへ向き直りその姿を見据える。
奴はあっさりと自分の攻撃を遮られたことで自尊心を傷つけられたのだろう。あからさまに激昂し憎悪の眼差しをセシルへ向けてきた。
「そうか……。やはり先にお前を殺さねばならないということか。いいだろう、順番が変わるだけだ。お前を殺してから他の人間全てを殺してやる」
「そんなことはさせない。もうお前なんかに誰も傷つけさせはしない」
セシルは再び地上に降り立ったディアボロスと向き合い、必ず倒すと決意を新たにした。
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