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第3章
36.激白 3
しおりを挟むジークハルトは不安げな表情を浮かべ、フローラに話しかける。
「この部屋で俺は、君に好きなことを続けていいということ、そして君への気持ちを告げた。今やっと殿下とイーブンだ。それで、フローラ、今度は君の気持ちを聞かせてほしい。」
「わたくしは……。」
フローラはジークハルトの瞳をじっと見つめて、はっとあることに気づく。
(わたし、こんな大事な話をリタさんの変装をしたまま話してたわ!)
「ジ、ジークハルト様! あの、1時間後にもう1度この部屋へ来ていただけますか? わたくし、リタさんの姿をしているのを忘れていました……。」
「あ、ああ、俺は君がフローラだと分かっているのだし別に気にしないが、君が気になるならそうしよう。」
そう言ってジークハルトは部屋から出ていく。ああ、なんということだろう。この姿のまま、あんな大事な告白を受けていたなんて。フローラは涙が出そうだった。
フローラはリタの変装を解くと、部屋の浴室で入浴を済ませ、部屋着に着替え、ジークハルトを待つ。
約束通り、1時間後にジークハルトは再びフローラの私室へとやってきた。
ソファーに座って待っていたフローラの隣にジークハルトが座る。
(えっ、隣……。)
あまりの距離の近さにフローラは固まってしまう。ジークハルトも入浴を済ませたようで、部屋着の白いシャツの少し開けた襟もとから、ほのかに石鹸の香りが漂ってくる。超絶に色っぽくてフローラはほんの少しくらっとする。
「さあ、君の気持ちを聞かせてくれないか?」
フローラは一度深呼吸をし、心を落ち着かせ、恥ずかしいのを堪えてジークハルトの目を見て話し始める。
「わたくしも、最近まで、ジークハルト様のことを兄のように慕っていました。責任感が強くて、少し不器用で、クールなようで情熱的で、ときどき可愛いジークハルト様のこと、いつの間にかとても気になって……。わたしは夢を諦めたくなくてそんな資格はないと思っていたので、自分の気持ちを認めないようにしていました。でもこの屋敷を離れて、貴方に会えなくなって、顔が見たくて、会っちゃいけないって思っても会いたくて……。」
フローラはジークハルトに会えなかった時のことを思い出して、自分でも気がつかないうちに涙がぽろぽろ頬を伝っていた。ジークハルトはそんなフローラの頬に右手を当て親指で涙を拭う。
「フローラ……。」
「そしてやっぱりごまかせないって思いました。わたしもジークハルト様のことが好きです。大切に思ってます。幸せになってほしいのです。」
「フローラ!」
ジークハルトがその胸にフローラを抱きしめる。急に抱き締められて恥ずかしかったが、彼の温かさに堅くなっていた心が溶かされそうで気持ちよくて、その胸に頬を預け、ジークハルトの背中に腕を回す。するとさらに力強く抱きしめられる。フローラの心は満たされる。涙はいつの間にか止まってしまった。
(ああ、なんて幸せなんだろう……。)
ジークハルトは抱きしめたままフローラの髪を優しく撫で、少し体を放すとフローラの頬に手を当て、言葉を紡ぐ。
「フローラ、愛している。」
そしてそのままゆっくりと顔を近づけ、フローラは自然に瞼を閉じる。ジークハルトは唇をフローラのそれに寄せ、優しく触れるだけの口づけをする。
どのくらいの時間が経ったかも分からない。ゆっくりと唇が離され、ジークハルトが愛おし気にフローラの瞳を見つめる。彼の瞳に映っているのは、リタでもなく、イザベラでもなく、そのままのフローラだ。フローラは穏やかな笑みを浮かべ彼に告げる。
「ジークハルト様、愛しています。」
ジークハルトはフローラの言葉を聞いて一瞬驚きの色をその表情に浮かべ、その後なぜか泣きそうな顔で笑い、フローラを再び堅く抱きしめた。
翌朝フローラは私室のベッドで目を覚ます。一瞬自分がどこで寝ているのか分からなくて混乱する。
(そういえば昨日ジークハルト様に抱きしめられているうちに、疲れて眠ってしまったのだわ。あの後の記憶が全くないもの。)
きっとジークハルトが眠ってしまったフローラをベッドに運んでくれたのだろう。
フローラは昨夜のことを反芻して赤面してしまう。二度と会うことはないと思っていたジークハルトと、ずっと会いたかったジークハルトと、昨日あろうことか……そしてまた赤面するフローラ。目が覚めたにもかかわらずしばらくベッドの上で羞恥に悶えてごろごろしていると、ノックの音のあと、扉の外からエマの声がする。
「フローラ様、お食事の準備ができました。お着替えのお手伝いをいたしましょうか?」
「い、いえ、大丈夫です。30分ほどしてからダイニングに行きます。」
「かしこまりました。」
ジークハルトにはああ言ったが、まだこの屋敷に戻るわけにはいかない。次回の公演まであまり時間がない。戻るにしても公演が終わるまではユリアン邸に滞在したい。
着替えを済ませ、ダイニングに向かうと、ジークハルトは既に席についていた。フローラは以前と同じようにテーブルの向かいに座り、食事を始める。
ジークハルトが優しく微笑んで尋ねる。
「フローラ、昨日はよく眠れたか?」
「はい、お陰様で。昨日はありがとうございました。」
ときどきジークハルトと目が合うと、優しく微笑んでくれる。フローラはそんな甘い空気に慣れなくて、なんだかこそばゆい。
2人とも食事が終わり、一息ついたところで、フローラはジークハルトに話しかける。
「ジークハルト様、住居のことなのですが、わたくし、公演が終わるまでは今住んでいるところに滞在したいのです。」
「ジークと呼んでくれないか? 君が昨日言っていた劇団長のフーバー氏の屋敷かい?」
ジークハルトには侯爵邸に戻ると昨日返事をし、その時に今までどこで暮らしていたかも教えていた。
それと、さらっと愛称呼びをお願いされてしまった。
「ええ、次回公演まであまり時間がなくて、練習に集中したいのです。だから、公演最終日までユリアンさんのお屋敷に滞在することを許していただけないでしょうか。ジ、ジーク、様。」
ジークハルトはフローラの呼び方を聞いて満足そうな笑顔で頷く。
「ああ、君には好きなことをしてもいいと約束したからな。それにフーバー邸には他の劇団員も下宿しているという話だしいいだろう。だが、くれぐれも他の住民とは適切な距離を保つように。そのうちフーバー氏に挨拶に行かなければ……。」
「分かりました。勝手を言ってすみません。」
「あと、危ないことに首を突っ込むのは絶対駄目だ。君が困ってる人を放っとけない性格なのは分かるが、何かするときは私に相談してくれないか。」
「えっ、首突っ込んでましたっけ……。」
「……。」
「わ、分かりました。気をつけます。」
自分から突っ込んでるわけじゃない………つもりなんだけど。
なんだか過保護に輪がかかってる気がする。いつも余裕のある態度なのに、変なところで余裕がなくなるジークハルトのことを可愛いと思うフローラだった。
「ジーク、様には次の公演を、ぜひ素晴らしい仕上がりで見ていただきたいです。ああっ、楽しみです!」
フローラは胸の前で両手を組み、うっとりする。
来る日の公演で、主人公をジークハルトの前で演じるのを想像すると胸が高鳴る。心に残るお芝居をジークハルトに見てもらいたい。
もう隠さなくてもいいというのは、なんて素晴らしいのだろう。まるで背中に羽根が生えたように心が軽い。
そんなフローラをジークハルトが優しい眼差しで見つめていることにフローラは気づかなかった。
ジークハルトが登城した後、フローラは屋敷の馬車を借りてユリアン邸に向かう。
昨日の夜は戻ることができなかった。ユリアンが心配してないといいのだけれど、などと考えているうちにユリアン邸に到着した。
馬車を降りて屋敷のエントランスに入ると、そこでユリアンたちと一緒に立ち話をしている人物がこちらを振り返る。
「置いていくなんてひどいよね。まったく。」
「……! レオン殿下、なぜここに……。」
「んー、フーバー氏に連絡がてらここに来て、君を待ってた。あと、今まで通りレオって呼んでくれると嬉しいんだけど。」
レオはにっこり笑っていつもの調子で話す。
「レオ……。あの、わたし、今度の公演が終わったらジークハルト様の所に戻ることにしたの。」
「ふーん。告白でもされた?」
「えっ! なんで?」
「だってジークハルトの気持ちなんて分かりやすすぎる。俺なんて昨日だけで分かったのに、あんなの分からないの、当人たちだけじゃない?」
レオは深紫の瞳に悪戯っぽい光を宿し、揶揄うように話す。
えー、そうだったの……? 全然分からなかったけど……。
「君の気持ちは、君に聞くまでは分からなかったけどね。さすが女優さん。だけどまだ結婚したわけでもないし、俺は諦めないからね。」
「えっ!?」
「まあいいや、今日はその話じゃない。フローラに頼みたいことがあってきたんだ。」
「頼みたいこと?」
フローラが尋ねると、レオがくつくつと笑って話を続ける。
「そこで聞き返しちゃうんだ。やっぱりお人好しだね。……公演が終わってからでもいいんだけど、ちょっと厄介なことになっててね。」
レオの話を聞いてフローラは、なんだかまた何かに巻き込まれそうな、嫌な予感に苛まれるのだった。
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