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2、ロンド郵便局

8、郵便局強盗

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それから数日後、サトミはベンに乗って郵便局へと出向くしかなかった。
手持ちの金が少ない。
ベンの馬具が二人乗りで乗りにくかったので、新調したため余計に金がかかった。
自分も馬も、小柄なので何に置いても「小さいですね」とかいわれると無性に腹が立つ。

腹立つと自然と手が背に回るので、誤魔化して頭かく変なクセが出来た。
俺は本当に気が短い。
知らなかった。

が、なんだかだんだん慣れてきた。
なにしろ、自分の子供の頃を知ってる近所の爺さまも婆さまもおばちゃん達も、「あの、サトミちゃん?」が第一声だ。
しかも、ほとんどその第一声の呼び名はその後も持続する。
これでも軍ではずいぶん恐れられたものだが、そんな物何の役にも立たない。
今の俺にはその緩さが必要だ。
まあいいかと割り切ることにした。

さて、郵便局に着くと郵便局の隣の馬繋場にベンを繋ぎ、住民カードでチェックを受けて中に入る。
背中の刀は持って入ってもいいが、不穏な動きを見せたら防弾の窓口には即時シャッターが降りる仕組みだ。
この物騒な時代、みんな銃は持っている。
刀だと知るとだいたい珍しい目では見られるが、取り上げられることは無い。
と言うか、みんなこの背中の棒が刀とは知らないだろう。

郵便局は、何度か車で突っ込まれたことがあり、郵便局周辺は駐停車禁止だ。
まあこの時代、石油の枯渇でガソリンは高級品なので、車は公的機関と金持ちくらいしか持ってない。

「金、引き出しで」

「はい!こちらの札をお持ちになってお待ち下さい。」

カードと必要事項書き込んだ紙を、窓口の隙間から差し出す。
窓口嬢はニッコリ微笑み、涼やかな声で番号札を渡し、隙間を塞ぐ小さなシャッターをおろした。
椅子は整然と並んでいるが、壁にもたれて待っていると、番号で呼ばれた。
申し訳なさそうな顔で、サトミのカードを見せる。

「申し訳ありません。こちらは偽造カードの恐れがございます。
話をお聞きしたいので相談室5番でお待ちいただけますか?」

「へえ、偽造?これが?」

サトミはじっと彼女を見る。

「えー、はい、申し訳ありませんが。」

ふうん……偽造ねえ……

クスッと笑って腕を組み、探るように彼女を見つめる。
窓口嬢はなぜか微笑みを引きつらせ、思わず目をそらした。

「えー、すいません、私はよくわからないので5番でお待ち下さいませ。」

「5番ってどこ?」

窓口嬢が立ち上がり、右に手を伸ばす。
サトミがそちらを向いたとき、外で数発銃声が上がった。

ガチャン!ジャアアア!ジャアアアアッ!

いきなり窓口にシャッターが降りた。


「緊急事態です、緊急事態です!
1番出口付近で緊急事態ですので、一時窓口業務を中断致します。
お客様は、2番、3番出口から速やかにご退去下さい。
なお、当店内で発生しました、事故、及び殺人に置きましては、当店は一切の責任を負いません事をご了承下さい。
緊急事態です!……」


けたたましくサイレンが鳴り、緊急放送と共に窓口にシャッターが落ち、郵便カウンターが閉まる。
二人の警備員が中にいた客をすみやかに移動させると、客も慣れた物で身を伏せ無言で慌てて指定されたドアへと殺到した。

「へえ、面白いな。」

サトミは初めて見る光景に、物珍しそうな声を出し局内を見回す。
そこへ銃を突きつけながら婆さんを抱え、ハンドガン片手に5人の男たちがドアからなだれ込んできた。
天井に向けて数発撃ちながら見回し、のんびりカウンターにもたれて立っているサトミに男たちが仰天する。

「か、金を出せ!動くな!」

「さあ、俺は金持ってねえからここにいるんだけど。」

「うるせえ!動くな!」

「お前、背中の棒を捨てろ!」

「やだね」

サトミが腰からサバイバルナイフを抜いた。
投げるのかと、思わず男たちが身をひいて緊張する。
人質の婆さんは、腰が抜けて今にも気を失いそうにがたがた震えていた。

「婆さん、恐いだろ?目えつぶってなよ。」

のんびり告げるサトミに、男たちがカッとする。

「舐めやがって!」

サトミに向け、とうとう男の一人が引き金を引いた。

パンッ!
キンッ!「ぐっ!」

「え?」

なぜか、右横にいた仲間が腹を押さえ倒れてゆく。
わけがわからず、他の男が数発続けて撃つ。

パンパンッパンッ!!キキンッ、カンッ!カキンッ
「ギャッ!」「ウオッ!」

左にいた仲間が二人、うめきながらそれぞれ倒れた。
サトミは身体を横に向けて顔を少し動かし、ナイフを身体の前で動かしただけだ。

「い、一体……何しやがった。」

残った二人が、すくみ上がって震える手で銃を構える。

「なあ、婆さんを離しなよ。死にたくなかったらさ。」

自分たちの命など、毛ほども重みを感じていないだろうそのプレッシャーが、男たちを戦慄させる。

「うわああああ!」

婆さんを突き放し、銃をサトミに向けて乱射する。
しかし引き金を引いた瞬間、そこにはもう彼の姿はなかった。

ドッ! 「ぐあっ!」

横にいた最後の仲間が、目で追えない早さで殴られて後ろ蹴りで吹っ飛び、視界から消えた。

「ひいっ!」

驚き、横に銃を向け近くにいるサトミに引き金を引くが引けない。

ガキッガキッ

「引けねえ!なんでだよ!」

泣きそうな顔で見ると、トリガーの下に窓口のボールペンが挟まっている。
一体いつ挟んだのか、まったく気がつかなかった。

「さて、残ったのはお前一人だぜ?死にたければまだやる?」

先ほどのナイフを目の前にちらつかせる。
男がゾッとして、慌てて銃を落とし手を上げた。
ため息をついて、サトミがナイフを腰にしまう。
男がヒヒッと笑い、手首からナイフを出してサトミに振り下ろす。
だがその手は難なく掴まれ、なぜか手の中でくるりと刃が自分の方を向いた。

「え?」

次の瞬間、サトミの手が添えられた手は、ナイフを握ったままドッと自分の胸に突き立てる。

「ひいっ!」

男は恐怖のあまり、ヘナヘナ座り込んだ。
刺された?刺した?と思ったが、ナイフの刃はタクティカルベストの金具で止まっている。

「ククッ、ビックリしたろ?持ってる銃とナイフ、すべて出しな。
胸のポケット、もう一挺の銃と、尻の折りたたみナイフだよ。
今度は命の保証はないぜ。
隠しても無駄、反撃も無駄。わかっただろ?」

男がウンウンうなずきながら、震える手で隠し持っていた武器を床に置いて手を上げる。
サトミはそれを蹴り飛ばしながら、倒れてる男たちの手も踏みつけ、銃を蹴って遠くへと離した。

「終わったよ~」
のんびりかける声に、そうっとドアから数人のポリスが顔を出す。

「確保!」
どっとなだれ込んできたポリスを横目に、サトミが倒れている婆さんに手を差し出した。

「婆さん、大丈夫かい?あれ?ちぇっ寝てるのかよ。」

老人は、すっかり意識を手放している。
ポリスがすかさず無事を確かめ、大丈夫と手を上げた。

「病院へ運びます。」

「よろしく」

チラリと見ても、シャッターはまだ開かない。
偽造と言われた「本物」のカードは預けたままで、どうしていいのか仕方なく相談室5番のドアの前で待っていると、ドアの鍵がガチャンと鳴ってゆっくり開いた。
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