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追跡者

1000フィートの戦い

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背に長いライフル銃を背負った男が一人、岩山に上って二脚のバイポッドを据えて地面に寝そべりライフルを構える。
岩山は小さく、てっぺんの広さは一辺10フィート(3m)ほどしかない。

「あ、そっか、カメラ忘れてた。これ便利な奴だよなあ、使うのが勿体ない。」

横にカバンからワイヤレスカメラを出してスタンドを広げ、横に置いてスイッチを入れた。
森は扇状に広がっているので、どこを向ければ良いかは指示されている。
作戦のスタートは森の中央付近だ。
アタッカーは右から左に走るので、中央付近から左の森の後半付近でやり合うことになっている。
その方が相手は動線が長いが、こちらは最短で長く攻撃できるからだ。

慣れない手つきで前後を見て、耳に通信機を付ける。
あとは小さなカード型の何か通信機のスイッチを入れると、しばらくしてかすかに男の息づかいが耳に聞こえた。

「山です、準備できました。カメラどうですか?」

『下を向けろ、もう少し左だ。よし、指示を待て。』

「わかりました。」

カメラを指示通りに動かし固定して、寝そべりスコープを森の先に見える荒野に調節する。
直線距離で約1000フィート(約300m)と言うところか。
俺のような素人に毛が生えた程度でも、このくらいなら狙える。
スコープは高性能の光学式だ。
こんな物使うのは初めてで、見え方が段違いで狙いやすいので驚いた。
ちょうど2頭立ての乗合馬車が通って行った。
暑いのか、客車の窓を女性が少し開けている。
客の女性の胸に銃を合わせてくっと笑った。

森の出口付近では、仲間が他に3人準備しているはずだ。
もう一台、下でカメラを据えている。
そのカメラの画像は、近くの車の中で「K」がパソコンで見ながら指示を送ってくる。
「K」は軍人のようだが、詮索するな、余計な会話をする者は処分すると無表情で語った。
成功報酬は一人1万ドルと札束を見せて言われ、みんなに何も不満は無い。


作戦はAとBの2つあり、自分達セカンド班がAを、サード班がBを担当する。
なぜかファーストは無いらしい。
目標の仲間を殺し、目標を精神的に追い詰めるのが目的だ。
お前達は並みより優れている者を集めたと言われ、悪い気はしない。

Kは、目標を殺すと言う時が一番声が踊る。
だが、いつ見ても無表情で気味が悪い男だ。

『森、準備オッケーです』

『指示を待て』

イヤホンから下で連絡を取っている声が聞こえる。
軍の装備は便利だ。
普通の住民は電話も使えず難儀してるのに、軍ばかり贅沢して反吐が出る。

この国は共和国で大統領はいるが政治は軍が主導しているだけに、軍に金が流れていく。
軍事費は派手だが、インフラは犠牲になる。
いつまでも人々は貧乏で、爆弾で傾き、崩れかけたビルに住んでる奴も多い。

金が欲しくて手は貸すが、ヤバくなったら真っ先に逃げてやる。
このたいそうな銃や装備は売れば金になりそうだ。
自分の古いライフル銃を見せたら眉をひくつかせ、俺にはこの、でっかい銃を貸してくれた。
まあ、これだけ離れていたら、死ぬことは無いから狙撃班になったのは万々歳だ。
班と言っても4人しかいないのに、Kはまるで自分達を軍人の部下のように扱いやがる。
気分は悪いが、仕事が終わったら銃持って逃げるだけさ。

思わず笑いが口から出そうになって、マイクの存在に慌てて口をつぐんだ。

『来たぞ、準備しろ』




岩山を左手に見ながら小さな森の方角を目指す。
森と言っても、この水も流れない荒野の小さなオアシスのような物だ。
この森を一部伐採して、井戸を掘り休憩所を作ろうという話もあったが、盗賊の格好の隠れ場所でもあるので、伐採に行った人たちが襲撃を受けて、結局話は立ち消えした。
この荒野で一番大きい難所だ。
大きい作戦をやろうというなら、ここしか無い。

リッターが速度を落とし、ゆっくりと森の手前で走る。
やがて右手を挙げて、ガイドにサッと手を振り、一気に森越えのポイントに突入した。



「よし、来たぞ!え?!なに??!!」


スナイパーポジションの男が焦る。
どちらに照準を合わせれば良いのかわからない。
リッターとガイドは、その距離を大きく離してその場に現れた。

『森!手前の金髪に投げろ!山、後ろを撃て!』

「わかった!」

『右と左は森を援護しろ。』

『わかった』
『了解した』

他の指示を聞きながら、男が慌てて照準をガイドに向ける。
スコープに映るガイドは、しかしすでにこちらへ銃を向けている。

「え?!なに?!」

『相手は馬に揺られている、当たらんよ、撃て!』

「そうか!」

馬に乗って、高速で走らせながらこちらを狙うガイドに再度狙いを向ける。
相手は動く、追うのは難しい。
狙いを定めて引き金を引くと、もうそこにはいない。
だが、ガイドから見れば、自分は動くが目標は動かない。
二人が互いに狙い合う。
男が何度も引き金を引いた。当たらない。
舌打ちして照準をガイドの前にずらし、引き金を引く次の瞬間、

バシッ!

バシッ!バシッ!

「え」

男の頭に衝撃が走り、その場に突っ伏す。
Kの見るパソコンのカメラ映像が、一つブラックアウトした。

「チッ、あの銃で……やはり素人か……」

車内でパソコン画面を見ていたKが初めて表情を崩した。もう一つ、森のカメラに目を移す。
手榴弾の使い方は何度も練習させた。
5秒は短いようで長い。
だが、訓練中も尻込みする奴ばかりで辟易した。
その中でも腰の据わった奴を選んだつもりだ。
きっと上手く行くだろう。
アップル・グレネード……M67は爆発と共に硬質鉄線が跳び殺傷能力は高い。

郵便マークの荷物を乗せて走る馬を画面で見つめ、K……エンプティは無表情で高揚していた。
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