暮らしの妖怪帖(加筆版)

三文士

文字の大きさ
1 / 8

春・「小豆とぎ」

しおりを挟む
 小豆はかりが家に出た。多分小豆はかりだ。

 こんな郊外の片隅で築何十年も経っている家に住んでいるから、妖怪の一匹や二匹が住み着いていても仕方がないのだが、とにかく気味が悪い。何しろ寝室の天井裏で夜ごと「小豆研ごうか人とって喰おうか♪」などと歌っているのだ。またその歌声がガラガラとして酷く耳障りなのである。

 連日連夜のことでついに寝不足になってしまった。残酷だとは思ったが仕事に支障が出てしまっては困るので市役所に駆除申請をすることにした。

 ネットで調べた市の「妖怪駆除課」に問い合わせると、申請書類を提出する必要があるらしいのでわざわざ有給を使って市役所へ行ってみた。


「ええと、妖怪駆除の申請ですね」

「はい、そうです」

 受け付けの所員が黒縁メガネをくいくいさせながら対応してくれる。

「ええとお名前が、御手洗みたらい……十三じゅうぞうさんですか?」

「じゅうぞうではなく、トミーです」

「へ?」

「だから、御手洗みたらい十三トミーです。名前」

 自分の名前はあまり好きじゃない。

「まあ今は、結構色んな名前の方いますからね。で、御手洗トミーさん。二十九歳」

「はい」

魑魅スダマ六丁目の一軒家にお一人でお住まいで」

「飼い猫のケイスケがいます」

「はあ、猫の名前はケイスケ…」

 いま絶対、「猫と名前反対じゃん」て思っただろうな。

「ええと、じゃあ男性お一人、猫一匹と。持ち家でいらっしゃる?」

「そうです。母の財産を受け継ぎました」

「お母様は…」

「昨年、亡くなりました」

「そうですか。それはお気の毒でした」

 お気の毒とは言うものの顔は張り付いた能面のように無表情だ。心にも無い事なら、いっそのこと言わなくてもいいのにと思う。

「で、御手洗さん、お家の方にが出るということで駆除の依頼を」

「いえ違います。小豆はかりです」

「へ?」

「あまめはぎではなく、です」

「あー小豆ね」

 他人事だと思って呑気なものだ。

「そういうことでしたら大変申し上げにくいのですが、駆除課では対処は出来ませんね」

「は?」

「小豆はかりはここ、摩縞市ましましでは駆除対象外です」

「じゃ、じゃあどうすれば?」

「上の七階に妖怪保護課というところがありますので、そちらで詳細を聞いてください」

 呆れて言葉もなかった。ここまで車で一時間もかけて来たというのにたったひと言、対象外だという。腹が立ったので何も言わずにエレベーターへ向かうと後ろから呼び止められた。

「トミーさん。エレベーター、故障してます」

「え」

 足もとを見ると、床にでかでかと「二階」の文字があった。

 あのダミ声妖怪のせいで今日は散々な目にあっている。今日は何とかしてもらうまで意地でも帰らないぞ、と心に決めた。



「それ、小豆はかりじゃありませんね」

「は?」

 保護課の受け付けは女性だったがさっきの男よりも愛想がなかった。

「『小豆研ごうか人とって喰おうか』と毎晩歌っている。と仰いましたね」

「そうなんですよ。それはもう酷い歌声で。気になって寝られないんです」

「歌声はどうでもいいんです。大事なのは歌詞です。それを歌うという事は、つまりそれは小豆はかりではなく小豆とぎという妖怪になります」

 小豆とぎ、と聞いてなるほど確かに「はかろうか」ではなく「とごうか」と歌っているのだった。あのダミ声の主の名前は小豆とぎの方がしっくりくる。

「ではその小豆とぎを早いとこ保護でもなんでもしてくださいよ。なるべく早くお願いしたいんですけど」

「それは出来かねます」

「は?」

「いいですか御手洗さん。小豆はかりは第二種指定保護妖怪。小豆とぎは第一種指定保護妖怪なんです」

「だから?」

「こちらでは対処出来かねます」

 これだ。またどこかに行けと言うのか。

「あっそ。じゃあもういいですよ。はいはい。で?次は何階に行けばいいんですか?」

「いえ。ですから御手洗さん。市役所では対処できないんです。第一種指定保護ですから。現状維持しかできません」

「はあ!?じゃあなんですか?一生このままあの歌に付き合えっていうんですか?」

 デカい声に周りが振り向くが、この際なり振り構っていられない。こっちは睡眠と人生がかかってるんだ。

「今までの事例ですと、数ヶ月で歌が止む場合もあったそうですけど」

「そうでない時は?」

「二十年くらい続いたとか」

「おい!他人事だと思って無責任なこと言ってんじゃないか!」

「いえ、そんなことは」

 いい加減うんざりだった。もうこの場から一刻も早く立ち去りたかった。

 こうなったら無免許の退魔師でもなんでも頼んで意地でも駆除してやると息巻いていた。

「御手洗さん、お待ち下さい」

「なんですか?!」

「こちらに署名を」

「署名なんてなんの役に立つんですか!現状できることはないって言ったじゃないですか」

「ええ。で、今後は特に家を売却されたり第三者に貸されたりする予定もないのですよね」

「当たり前ですよ!あんな化け物屋敷誰が借りてくれるんですか。第一、あそこは俺の家ですから!」

「ではこちらに署名を」

「だからなんで!」

「補助金がでます」

「え?」


 結構な金額が出た。なんでも、第一種指定保護妖怪の住まいと認定されると、家や住居人も保護対象になり、市から補助金が出るきまりだそうだ。

 金というのは罪だ。全てを水に流して許してしまう。相変わらず歌声と寝不足は続いていたが、仕事を在宅に変え妖怪との生活を受け入れることにした。小豆はかりが住まいを変えることは稀なので、俺が死ぬまではこの状況は続きそうだ。



 柔らかい春の日差しを縁側で浴びながら茶をすすっている。庭に植っている小さな桜の木から淡い色の花弁はなびらがはらはらと舞っている。まるで桃色の雪が降っている様で、不思議と心が穏やかになっていく。

 小皿に盛った道明寺に花弁がいちまい舞い落ちた。小豆を煮詰めて砂糖をどっさり入れたあんこを作り、それを春らしく道明寺にしてみた。これが渋めの煎茶によくあう。

 いつだったか、ただ歌われるだけなのも癪だったので「人は喰うな、小豆を研げ!そんでこっちに寄越せ!」と合いの手を入れたところ、次の日知らない間に台所へ大量の小豆が置かれていた。それで作った道明寺である。外側だけでなく、餡にも刻んだ桜の葉を少し入れると美味い。小豆をくれた本人にも少し分けてやった。

 亡くなった母は補助金のことなんて知らずにあの妖怪と暮らしていたのだろうか。そう思うとなんだか狡いことをしているようで少しだけ心が痛い。奴に道明寺を分けてやったのはせめてもの罪滅ぼしの気持ちなのかもしれない。


 どこか遠くの方で鳴いたウグイスの声に反応して、傍らで眠る猫のケイスケが短く「ニャア」と鳴いた。

 妖怪と暮らしはじめた、最初の春である。


つづく
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『後宮薬師は名を持たない』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

処理中です...