暮らしの妖怪帖(加筆版)

三文士

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冬・「五徳猫」

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 師走に入ってすぐの頃、飼い猫のケイスケが入院した。数日前から元気がなくほとんど餌を食べなくなってしまったのだ。すぐに動物病院に連れて行ったのだが、歳のせいもあってかいよいよ良くないということだった。

 ケイスケは今年十八歳、高齢だ。

 亡くなった母が飼っていたケイスケを家ごと俺が引き継いで世話をしていたのだが、特に手もかからない、よく慣れたいい猫だ。

 考えたくもないことだが、もしもケイスケがいなくなってしまうとなるといよいよ母との繋がりがこの古びた家だけになってしまうので、胸に空いていた穴が更に大きくなってしまうような気がした。

「来年までもつだろうか」

 そんな事をため息混じりに呟いて家の扉を開けると、誰もいないはずの台所から物音がした。

 まさか泥棒か?いや、いくら補助金で生活してるとは言え贅沢な暮らしを見せつけているわけでもない。むしろ慎ましい節約生活をしている。そんな家に泥棒が?いや、だとするとネズミか?だったら業者呼ばなくては。また金がかかる。俺は恐る恐る台所を覗き込んだ。

 そこには予想外の光景が広がっていた。結論から言うと、ネズミではなかった。

「おかしいですニャおかしいですニャ」

 猫がいた。

「ないですニャないですニャ」

 猫だ。と言っても、ケイスケのような美しい毛並みのアビシニアンではなく、薄汚れた大きいキジトラ猫だった。オマケに奴は器用に二本の足で立ち、二股に分かれた長い尻尾をふりふりさせながら人語を話している。子供の様な不安定でカン高い声で独り言を繰り返しながら、ひと様の家の台所を荒らし回っている。

「変ですニャ変ですニャ」

 おかげで台所は酷い有様だ。や箸、お茶っぱなどが地面に散乱している。

 どう見てもなのだが、なんだか様子がおかしい。いや、様子のおかしくない妖怪などいないのだろうが、奴はさっきから何かをしきりに探している様だった。

「おいコラ!ドラ猫!他人さまの台所で何してやがる!」

 俺は大声で怒鳴ったのだが、奴はこちらの方を一瞬、チラッと見ただけで、またすぐに「おかしいですニャおかしいですニャ」と言いながら家探しを続けやがった。

「シカトすんじゃねえ!おい!ドラ猫!」

 すると奴はこれみよがしにため息を吐いた。

「ニャにをってそんニャ。見れば解るですニャ。探し物してるんですニャ」

「いやわかんねえよ。他人の家で探すなよ泥棒猫」

「失敬ニャ!あっちは泥棒なんかじゃニャいですニャ」

「ニャーニャーうるせえ!何を探してんだ」

五徳ごとくですニャ!」

「五徳?なんでそんなもん」

 すると奴はやたら芝居がかった言い方をした。

「何しろあっちはぁ、五徳猫ですからニャ」

「……だから?」

 つまりはこういうことだった。

 奴は五徳猫という猫又の一種で、頭に五徳を被っているのが常らしい(何故被っているのかは置いてといて)。五徳というのはガスコンロの火の出る口についている金属のことだ。ガスコンロとは言ったが江戸時代からあるもので、昔は火鉢や囲炉裏にやかんを置いたりする時に使っていたそうだ。

 なんで俺が五徳の解説をせにゃならん。

 とにかくその五徳を失くしてしまったので新しいものを調達しようと我が家を物色していたそうだ。

「なんで他人の家で探してんだ。ホームセンターでも行け」

「何を色気のニャいことを。ホームセンターではダメですニャ。人間の家の物を使ってこそですニャ」

「面倒なことを言う。だが生憎ウチには五徳はないぞ」

「何故ですニャ!?」

 俺は精一杯のドヤ顔で奴に言ってやった。

「先々月からウチは、オール電化だからな」

「ニャ……ニャンと」

 奴はその場にへなへなへたり込んで動かなくなった。

 元来猫派の俺はなんだか可哀想になってしまったので居間の炬燵まで運んでやった。炬燵でしばらく温まって、帰ろうとした奴の背中からあんまり哀愁が漂っていたので鍋焼きうどんをご馳走してやった。
 
 だが、それがいけなかった。



お茶をくださいニャ。人肌で頼みますニャ。猫舌ですからニャ」

「ぬぬーっ♪」

「おいコラ!勝手におとろしをパシってんじゃねえ!てかお前も言うこと聞くな!」

「ぬぬぅ」

「まあまあ堅いこと言いっこ無しですニャ」

 あの日以来、五徳猫はすっかり居着いてしまった。何故かおとろしまで奴に懐いてしまい手下のごとくだ。俺は奴に情けをかけたことを後悔した。

「お前!いつまでここにいつもりだ!」

「さあて。暖かくなったら、ですかニャあ」

「なんだとぉ!?ふざけるな!」

 ケイスケが入院して寂しくなるはずの家が俄に騒がしくなった。好ましいかどうかは別として、俺はいっときケイスケのことを忘れかけていた。

 そんなある日の午後、動物病院から連絡があった。ケイスケが眠る様に息をひきとったと。


 
 病院のゲージの中で冷たくなったケイスケをしばらく見つめて動くことができなかった。母の時と同じだった。涙が出ず、ただ胸に大きな穴が空いてしまっている。その中を風がびゅうびゅうと通り抜けていく様な気持ちだった。

 ケイスケを箱に入れて連れて帰り、仏壇の部屋においた。それからは無気力になってしまい、しばらく何も手につかなくなってしまった。


「おニャいさん。いつまでそうしているんです。そこに座ってもう丸二日ですニャ」

見かねたのか、居候が偉そうなことを言ってきた。

「五月蝿い。放っておけ。餌ならその辺にあるものを勝手に食え」

「心配してるのにこれだ。いいですか、冷たいことを言うようですがいつまでも死に囚われてはダメですニャ。おニャいさんは生きているんです。そんなに死を抱き抱えていては縊れ鬼のような邪な妖怪どもがやって来て、本当に殺されてしまいますニャ」

 そのひと言が俺の琴線に触れ、気がつくと怒鳴ってしまっていた。

「お前みたいな能天気な妖怪に何が解る!俺は家族を失ったんだ!軽々しくそんなことを言うな!」


 唯一の家族。飼い猫ではあったが母親との最後の繋がりだったケイスケを。俺は遂にひとりぼっちになってしまった様な気がした。

 母の事が嫌いだったのに。十三トミーなんて変な名前を息子につけて、飼い猫をケイスケと名付けた母に、ずっと腹が立っていたのに。

 なのにどうして、こんなに辛いのだろう。

 五徳猫が、俺の隣に座り柔らかな肉球を膝に置いた。

「いや、解りますとも。あっちはもう、五百年以上生きてますニャ。大好きな連中を嫌というほど見送ってきましたニャ」

「……」

「連れ合いの猫。我が子、飼い主の人間も、友達だって数えきれないくらい大勢ですニャ」

 言葉がなかった。五徳猫の横顔は見たことが無いほど悲しそうな顔だった。

「そんなあっちだからこそ言えるんですニャ。死なない奴はいない。妖怪も人間も、あっちもおニャいさんもいつか必ず死ぬ。だから今を精一杯生きるんです。生きて、笑ってたくさん飯を喰う。それが先に逝った連中へ、唯一できる供養ですニャ」

 もしも母が生きていたら同じようなことを言われたかもしれない。

 子供の頃、父が亡くなった時も母は笑って俺を抱きしめていた。「泣いてたってしょうがない。一生懸命生きないとお父さん悲しむわ」が母の口癖だった。

 俺は死に囚われていたのかもしれない。母の死に、今までずっと。

「なあおい、ドラ猫」

「なんですかニャ」

「背中、撫でてもいいか」

「今日は特別ですニャ」

そう言って奴は俺のそばに寄り添った。

「誰かの体温は悲しみを癒すと言いますニャ。少しは気持ちも晴れましたかニャ?」

「……分からない 。けどな」

「ん?」

「思ったよりゴワゴワしてるわ」


 顔を思い切り引っ掻かれた。


 悲しみが全く癒えたわけじゃ無い。母のこともケイスケのことも、多分まだ引きずっている。だけど奴の言う通り誰かの体温や存在や気配が胸に空いた穴を塞ぎ、悲しみを少しずつだが和らげてくれる。たとえそれが妖怪であっても。

 それを毎日繰り返すうちにやがて悲しみは薄れ記憶だけが残り、思い出となる。そうなって人は初めて悲しみを乗り越えたと言えるのだろう。

 俺もいつか、この悲しみを乗り越える日が来るだろうか。

 

 妖怪たちと暮らす、初めての冬がやってきた。

つづく
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