EAT,MAN

三文士

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紳士は狩りがお好き

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 百合ゆりから食事の誘いがきた。

「こんなカタチになってしまったけれど、一応は解決したので相談に乗っていただいたお礼に食事を奢らせて下さい」

 という内容のメールだった。

 私は自分でも驚くべき指先の速さで返信メールを作成した。内容は長文な上にごくありきたりで詰まらない。それ故、ここでは割愛させてもらうが、とにかくいつでもオーケイだということを伝えた。

 その後のやりとりで七日後の金曜。行きつけのイタリアンレストランで、という事になった。それにしても七日がこれほど長く感じるなんて私の人生では初めてかもしれない。

 私は我慢できるだろうか。

 もちろんできなかった。

 七日後に逢瀬を控えている。だが、考えてみれば七日後に百合と最後まで進展する事はできないだろう。確かに私は彼女を深く愛しているが、彼女はそうではないかもしれない。

今のところは、だ。

 もし仮に彼女にも私を想う気持ちがあったとしてもそれはまだ、成長途中の感情だろう。熟していないのだ。彼女にとって今はまだ、感謝の気持ちの方が大きいと思われる。

 二人にはもっと時間が必要だ。むしろここからが恋愛の醍醐味なのだ。

 私は、はやる心を叱りつけつとめて冷静になろうとした。しかし一旦走り出した肉欲と食欲がそう簡単に立ち止まれるはずもなく、私は今にも気が狂う一歩手前だった。

 仕方なく一時的にこの欲望を抑える為に狩りに出掛けることにした。

 賢明な皆さんは以前私が、当局の目を晦ます為に独自の手法で狩りを行っていると言ったのを憶えているだろうか。

 ではここで、その方法をお教えしよう。

 断っておくが以下の準備を私は一種のライフワークとしている。一朝一夕いっちょういっせきで用意したものではなく少しずつ積み重ねていったものだ。全ては、抑え難い欲望を満たす為。私なりの愛を、表現する為。

 まず、自分の家からはなるべく離れた場所に店舗を借りる。少なくとも家や職場と同じ路線上にあってはダメだ。駅からは過ぎず近過ぎずの場所を選ぶこと。

 さびれた雑居ビルの三階辺りが理想的だ。狭いとこで構わない。どうせ直ぐに引き払うわけだから日当たりも気にしなくて良い。

 ひとまず格好がつく程度の種類の酒とグラス。ソファーや椅子、灰皿なんかも二、三個ほど用意した方が良い。内装は質素で構わないのだがなり過ぎないように注意すること。獲物がこの罠場に警戒心を抱かないようにしなくてはいけない。

 選曲センスの良いアナログレコードと柔らかな間接照明も忘れずに用意しておくこと。

 これら全ての準備が整ったら、その付近で遅くまでやっているBARを探す。できれば何件か候補を見つけておいた方が良い。下見に店に入っておく事も大事だが、あまり通って顔を覚えられてはいけない。BARの店員というのは人の顔を覚える事に長けているので注意すべきだ。せいぜいふた月に一回行くか行かないかくらいで良いだろう。

もしも店員や常連に

「あれ?前に見た事あるなあ」

なんて言われようものなら直ぐさまその店から立ち去る。そしてもう二度とその店にはいかない。

 まあとにかく、BARにいるのはごく短い時間だ。長くて二時間くらい。そこで獲物をじっと待つ。ただ静かに。

 飲む酒はなんでも良いのだがこれも印象を残さない為になるべくバラけた注文をする。変に玄人ぶった物も頼まない。

 これらの条件をクリアし、ようやく席に座る事が出来る。

 では、実際の狩りの様子を説明しよう。

 件のBARであまり大した味ではないソルティドッグをカウンターの隅で舐めているとドアが乱暴に開く音がする。

 足元のおぼつかない若い女が入ってきたら今日の品定めが始まる。
 
 若い女が正体を失うまで酒を飲んでいるのは大体嫌な事があった時だ。そしてそれは得てして男絡みの事が多い。

 そういう時の彼女たちは、別の何かで心の隙間を埋めたがる。酒かもしくはゆきずりの男。あるいはその両方。そういうのが狙い目なのだ。

 今夜の獲物が決まった。

 泥酔した女は長居をしない。

 まず、トイレに立つフリをしてさりげなく女の鞄やジャケットのポケットにGPSを作動させたスマホを仕込む。これは非常に繊細かつ重要な作業で、周りに気付かれてはいけないし本人にも悟られてはならない。ここをクリアすれば後はいとも簡単に進んでゆくのだが、逆にここで失敗すれば全てが水泡に帰す。それどころか、下手をすれば当局の手によって芋づる式に私のこれまでが暴かれかねない。若い女の鞄にスマホを仕込む男なんぞ、怪しいことまちがいなしだろうから。

 ま、とにかく。

 GPSを仕込む事に成功した後はしばらく待つ。獲物が席を立ち、フラフラと千鳥足で家路につこうとするその瞬間まで。獲物が外へ出てもすぐに後を追いかけてはいけない。店の人間が不審がるし、獲物が戻ってくる可能性もある。

 だいたい十分くらい間隔をあけて、スマートに会計をして店を出る。ここでようやくもう一台のスマホを取り出して現在地を確認する。

 いた。獲物だ。

 駅の方へ歩いている。より酔いが回っている獲物をあえて狙うのはこの時の為だ。酔っていると歩く速度も遅いからすぐに追いつけるし、判断力も鈍っているから誘いにも乗り易い。

 だがどうやって声を掛けるのか?いきなりナンパの様な事をしてはいけない。いくら酔っていても相手は一瞬で警戒心を抱いてしまう恐れがある。

 ごく自然に。偶然を装い。

ツヅク
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