EAT,MAN

三文士

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紳士は狩りがお好き2

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狩りにはまず二つの小道具が必要となる。

 一つ、小さいプラスチック容器に入った水。これは霧吹きの代わり。汗の演出として使う。ここまで必死に走ってきた事を相手に認識させる。私はワザと聞こえるくらいの足音を立てて、獲物に近づく。そして少し離れた距離から声をかける。

「すいませーん、あの、ちょっとゴメンなさい」

なるべく柔らかな物言いで。

「!?」

 幾ら酔っ払いと言えど夜道でいきなり声をかけられれば警戒する。

「ゴメンなさい。ハァハァ、いや走ってきたもので、ちょっとすいません」

「なんですかアナタ?」

 この時点で相手はかなり怪訝な表情をしている。

「ああ失礼。アナタ、先ほど◯◯というBARにいらしてましたよね?」

「はい?ああ、まあ確かに」

「ああ良かった。コレ。落とし物じゃないですか?ハンカチ」

 小道具その二。ブランド物のハンカチ。センスの良いデザインが効果的だ。

「えっ?」

 獲物は当然困惑する。なぜならこれが彼女の物であろうはずが絶対にないからだ。私がつい先日に中古ブランド品の販売店で買ったもの。中古とはいえ、奮発した。ここでの反応は二種類に分かれる。

パターンA

「いえ、それはアタシのじゃありません」

正直かつ平凡な答え。八割がこう答える。

 残りの二割はこうだ。

パターンB

「あーっ、良かったぁ。アタシったら忘れてたんですねえ」

 我が物の様に鞄にしまうウソつきタイプ。どちらにしたって真実はこちらの手の中にある。

 この時すでに、獲物は罠のすぐ手前まで来ている。

 断っておきたいのはこの時の彼女らの選択が今後の運命を左右するのか?という諸兄の疑問だが。その答えはもちろんノーである。どちらを選択しても最後に行き着く場所は同じ。

 というわけでだからここでどうであれ、次のステップに進む。今回の獲物は正直者だったようだ。

「それ、アタシのじゃありませんよ」

と困惑顏を続けている。そこでこう言う。

「そんなあ」

 私はその場にへたり込み、ぜえぜえと息を切らしてみせる。

「ウソだろ、これじゃまったくピエロじゃないか」

 ワザと大袈裟に。動きはオーバーに。

「考えてみればおかしな話だ。あのBARで貴女が出ていった後にハンカチが落ちていたからって、何もそれが貴女の物だっていう確証はどこにも無いじゃないか。それなのに!」

 まるで舞台上の俳優のように。

「嗚呼、僕はまったく愚かな男だ。くだらないミスばかりしてる。嗚呼。本当にくだらない」

 そんな一人芝居を矢継ぎ早に目の前で繰り広げると、大概はあっけにとられてしまうものである。開いた口が塞がらない獲物に、僕は精一杯の哀れみを帯びた視線で訴える。

「ごめんなさい。もう行っていただいて結構です。足止めをしてしまって申し訳なかった」

「はあ」

 この、突然現れた男は何がしたかったのか。皆そういう顔をする。もちろんそれが狙い。

「もうこうなってしまったから本音を言いますが、僕はあのBARで貴女を見かけてからずっと気になっていたんです。何か話しかけるきっかけはないものかと、ずっと探していたんです」

「けれどもこう見えて素面だと口下手でして。勢いをつけようと何杯かあおっているウチに貴女はいってしまった」

「肩を落としていたら床にハンカチを見つけた。何故かコレを見つけた瞬間に絶対に貴女の物だと思い込んでしまった」

「多分、貴女との繋がりを必死に探していたからかもしれません。きっと別の誰かの落し物だ。いや、突然こんなことを言ってすみませんでした」

そう言って地面から立ち上がり、今度は一変して紳士的に振る舞う。獲物は完全に僕のペースの中にいる。

「本当に申し訳ありませんでした」

「いえ、では……」

 ここで獲物が逃げようとするがそうはいかない。すぐさま彼女の前に立ち塞がる。

「うあこんな時間じゃないか!ああ、なんてことだ。僕が足止めしてしまったから最後の電車がなくなってしまった。何もかも僕の早とちりのせいだ。本当にゴメンなさい。せめてタクシー代を出させて下さい」

 そうやって自らの懐に手を入れる。現金で解決するという方法を日本人はとかく嫌う。本当は大好きなクセに、だ。建て前、というやつが邪魔をしてるだけかもしれないが十中八九彼女らは断ってくる。

「いえいえ、なにもそこまでしていただかなくて結構です。元々タクシーで帰ろうと思っていたんですから。本当に気にしていただかなくて大丈夫です」

「だとしても、貴女の貴重な時間を見ず知らずの男が奪って良い理由はありません。お金で解決するというのは正直気が引けますが、こうでもしないと引っ込みがつきません」

 グイグイと、私のペースにもってゆく。あたかも自分に非がある様に思わせる。

 ここらで万札を二枚ほど取り出すと、相手は絶対に受け取らない。たかだかこんなことで、おいそれと受け取って良い金額ではないからだ。

「本当に本当に、止して下さい!そんな事をしていただく覚えはありませんから!」

と普通は頑なな反応を示す。私も引き下がらない。

「困ったな。タクシー代を受け取ってもらえないとなると僕は一体どうすればいいんでしょうか。このままだと本当にただの間抜けで終わってしまう」

 そうしてしばらく考えるフリをする。答えは最初から決まっているのに。どう足掻いたって一つの答えに辿りつく様に誘導しているのだから。

「もし良ければですが、ひとつ提案をさせていただけませんか」

あたかも今、思い付いたかの様にそう言う。

「なんでしょう?」

「大変おこがましいのですが、まだ飲み足りないご様子だ。もしも、もしも差し支えなければ、もう一件ご一緒しませんか。この近くに友人が経営しているBARがあって、朝までやっているんです。そこで僕に一杯奢らせてくれませんか」

 さて、ここまででおそらく皆さんは

「おいおい。いくらなんでもそんな方法でついて行くヤツがいるもんか」

と、お思いだろう。

 ごもっとも。我ながら実に稚拙な手段だ。

 だが、心に隙間が空いている人間というのはいつだって、強引な押しというヤツにとても弱い。

 不幸にあった人間は警戒心が薄れていることが多いのだ。

 加えて、相手の見た目の印象が悪くなければ、成功率はグンと跳ね上がる。

 現に私は、ほとんどやり方変えずにもう20人以上を手中に収めてきた。失敗はない。

 そして今日も哀れな獲物は、少し考えた後にうなずいた。

「そうね。特に予定もないし、飲み直そうかしら」



どうやら今夜も、獲物にありつけそうだ。

ツヅク
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