その香り。その瞳。

京 みやこ

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(68)SIDE:奏太

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 了承も拒否もはっきりしない僕に怒ることなく、斗輝は優しくて艶っぽい視線を僕にむけている。
「奏太……」
 少し掠れた声で、彼が僕の名前を呼んだ。
 その声は、泣きたいくらいに優しかった。
 どんなに斗輝が僕を抱きたいと思っていても、彼の体が反応を示していても、択肢を僕に与えてくれる。
 ここで嫌だと一言告げたとしても――それが単に恥ずかしいというだけの理由だったとしても――、斗輝は僕の意見を尊重して、強引に事を進めるようなことは絶対にしないだろう。
 緩やかに目を細め、『そうか』と静かな声で告げ、僕をソッと抱き締めて終わるに違いない。
 僕は、どうしたいのだろうか。
 相変わらずなにも言えない僕に、斗輝も相変わらず微笑みを向けている。
 なにをどう言ったらいいのか分からないから、思っていることを改めて素直に告げることにした。
 彼の目を見ながら言える自信がないので、逞しい胸に額を押し付ける。
「……昼間から、斗輝とするのは、その……、すごく恥ずかしくて……。でも、嫌な訳じゃなくて……」
 すると、つむじにキスが落とされた。
「そうか」
 キスも彼の声も、本当に優しい。それだけで安心できる。
 ホッと安堵のため息をついたら、またつむじにキスをされた。
 何度もつむじにキスをされているうちに、僕の体温が上がっていく。
 斗輝はなにも言わず、ひたすらキスを降らせていた。
 先を促しているようでもあり、先に進めない僕を慰めてくれているようでもある。
 僕にかまわず強引に進めてくれたら、簡単なことだと思う。
 だけど斗輝にしてみたら、それでは駄目なのだろう。
 求められたから流されたというのでは、そこに僕の意思は存在しない。
 発情期ではなく正気が残っている状態だからこそ、彼は僕の意思で抱かれてもいいと言ってほしいと考えている気がする。
 彼が僕を盲目的に求めるだけでは駄目なのだ。
 斗輝は僕にも同じ気持ちで彼を求めてほしいのだ。
 どっちつかずの答えしか口にできなかった僕は、耳の奥でうるさく響く自身の心臓の音を聞きながら、震える唇をゆっくりと動かす。
「恥ずかしいですけど、僕も、斗輝と……、したい、です……」
 判断を彼にゆだねることはやめて、僕が思っているままに言葉にした。
 すると、つむじへのキスを続けていた斗輝が少し移動して、僕の額にやんわりと唇を押し当てる。
 彼はなにも言わず、僕の顔の至るところにキスの雨を降らしていた。
 そして斗輝の長い指が、ふいに僕の額にかかった前髪を払った。
 それから、その指先が左耳の裏をくすぐる。
「んっ」
 たったそれだけのことなのに、快感で体が震えた。斗輝のことを受け入れる準備が、とっくにできているということだ。
 彼の指先は首筋から鎖骨を通り、ふたたび耳裏へと戻る。
 その動きを繰り返されるたびに、鼻にかかった喘ぎが漏れてしまう。
「んっ、は……」
 反射的に体がピクンと跳ね、自分から彼に腰を押し付けてしまった。
 まだ直接触られていないのに、僕のペニスは硬くなり始めている。
 彼のペニスはそれ以上に硬くて、存在感を主張していた。
 そのことが妙に嬉しい。言葉以上に、斗輝が僕を求めていることをストレートに伝えてくれるから。
 この頃には、恥ずかしさよりも、斗輝に抱かれたい気持ちのほうに天秤が傾いていた。
 彼の首裏に腕を回し、キュッとしがみつく。
 言葉はなにもないけれど、彼はちゃんと分かってくれた。
 頬にあった斗輝の唇が、僕の唇に重なる。
 すぐに舌がスルリと忍び込んできて、しっかりと僕の舌に絡めてきた。
 クチュリという水音を立てながら、肉厚な彼の舌が口内を動き回る。
 それと同時に、僕の耳裏を擽っていた右手がスルリと移動して、僕の左乳首を親指と人差し指でソッと摘まんだ。
「んっ!」
 口を塞がれているので、くぐもった嬌声が漏れる。
 そんな僕の反応に、斗輝がフッと吐息だけで笑った。
 チュッと音を立ててからキスを解き、その唇があご先から首筋へと移動する。
 途中でキスマークを付けながら、やがて斗輝の唇が僕の左乳首に到達した。
 ペロリと舐められると同時に、右乳首をちょっと痛いくらいの強さで摘ままれる。
「あっ!」
 ビクンと腰が跳ね、ペニスをグリッと押し付けてしまった。
 すると、斗輝がまたフフッと笑う。
 今度は、斗輝が自身のペニスを僕に押し付けてきた。ただし、思わずといった感じではなく、明かに自分の意思でグリグリと。
 僕同様に直接の刺激を受けていないのに、キスマークを付けられたり乳首に愛撫されている僕よりも、彼のペニスは硬かった。
「な、んで……?」
 疑問が無意識のうちに口を衝き、斗輝が「ん?」と短く発して僕の胸から顔を上げた。
「奏太、どうした?」
 すべての愛撫をやめてこちらの顔を覗き込んだ彼に、僕は僅かに視線を逸らして「なんでもありません」と返す。
 すると、彼から艶っぽい空気が消え、悲壮とも言える表情を浮かべているのを視界の端で捉えた。
 なにがあったのかと問いかける前に、斗輝がガバッと僕に抱き付いてくる。
「奏太、悪かった」
 大きな手で背中を撫でてくるけれど、そこに艶っぽい感じはなかった。
 どうしたのかと思って彼を見つめたら、苦笑が返ってくる。
「発情期の間、散々抱いたのに……。ここでまた奏太を抱いたら、さすがにキツイよな」
 そう言って、斗輝が僕の髪にキスをした。
「思いやりのない恋人で、本当にすまない。どうか、俺のことを嫌いにならないでくれ」
「……え?」
 急な展開に驚いて、僕はパチクリと瞬きを繰り返す。
「斗輝を嫌いになる理由なんて、一つもありませんよ」
 訳が分からない僕は、彼の背中に腕を回してギュッと抱き着いた。
 それから、斗輝の唇に自分の唇を軽く押し当てる。
 僕からキスをするのは恥かしいけれど、変な誤解をしている斗輝の気を引くためには必要だ。
 おかげで、彼の表情がいくらか穏やかさを取り戻した。
「奏太」
 僕の名前を呼んだ彼の唇に、もう一度キスをする。
「斗輝、急にどうしたんですか?」
 愛撫が中断してしまったことを尋ねると、彼の瞳がほんの少し揺れた。
「さっき、奏太が『なんで?』って呟いただろ? それって、『なんで、分かってくれないのか』ってことが言いたかったんじゃないのか?」
「……え?」

――は? どういうこと?

 薄く口を開いてポカンとする僕に、彼は切れ長の目を不安そうに細めた。
「奏太は優しくて健気で、自分のことよりも俺のことを優先するタイプだ。だから、本当は体がつらいのに、俺が奏太を抱きたいという気持ちを優先してくれて、『したい』って言ってくれたんじゃないのか? だけど、さっきは本心が思わず漏れて、強引な俺に嫌気が差したのかと……」
 彼の話を聞いて、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ呆れてしまった。
 別に、斗輝を馬鹿にしたとか、そういうことではない。
 彼があまりにも僕を好きすぎるということに、気恥ずかしさの裏返しで呆れてしまったのである。
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