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(101)SIDE:奏太
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千堂さんと店員さんは僕たちに深く頭を下げ、それぞれの持ち場に戻っていった。
ふたたび斗輝と二人きりになり、僕はソッと息を吐く。
そんな僕を見て、彼が謝ってきた。
「すまなかったな」
「え?」
なにに対して謝られたのか、すぐにはピンとこなかった。
謝るなら、きちんと挨拶ができず、火傷になりかけて心配させた僕のほうだろう。
キョトンとしていたら、向かいの席に座る斗輝が腕を伸ばし、僕のおでこに指先で触れる。
「もう、熱くないですし、火傷もしてないから、大丈夫ですよ。そもそも、そそっかしい僕が悪いですし」
火傷をさせたことを彼が謝るのは、どう考えてもおかしいだろう。
僕はおでこを撫でられながら、パチクリと瞬きを繰り返す。
すると、彼がフッと苦笑を零した。
「いや、そうじゃない。家や仕事の関係で、どうしても挨拶をしなくてはいけない場がある。それに奏太を付き合わせてすまなかったということだ」
優しく僕のおでこを撫でながら告げられた言葉に、今度は僕が苦笑を浮かべる。
「自分から進んで挨拶したいとは思いませんけど、どうしても嫌だってことでもないです」
斗輝のそばにいるのだと決めたから、知らない大人と顔を合わせることから逃げるつもりはない。ちょっとだけ怖いとは思うけどね。
だけど、そんな僕を心配するあまり、家に閉じ込めておくと言われたら、ものすごく困る。
――まだまだ情けない僕だけど、これから頑張るから!
そう伝えようとする前に、斗輝が先に口を開いた。
「だが、俺は絶対に奏太を手放さないし、なにがあっても奏太と結婚する。この先、奏太は顔も名前も知らない人たちと接するようになるだろう。奏太が不安と緊張に襲われるのも、よく分かっている。その時は全力で奏太を支えて守るから、俺のそばにいてくれ」
斗輝は僕のおでこから手を移動させ、テーブルに乗せていた僕の左手をグッと掴んだ。
その言葉と掴まれた手の力強さに、僕は安堵の息を吐く。
――なんで、斗輝は僕の気持ちをこんなにも分かってくれるのかな。
こっちが改めて決意を伝える前に、彼のほうから思いを汲み取ってくれるなんて。やっぱり斗輝は読心術を会得しているに違いない。
僕は右手を彼の手に重ねた。
「今、頑張りますって伝えようと思ったところなんです。怖気づいていないって言ったら嘘になりますけど、斗輝の隣にいたいという気持ちのほうが強いんですよ」
それを聞いて、やや強張っていた彼の表情がフッと緩む。
「奏太は強いな」
「それは、ちょっと違いますね」
クスッと笑った僕を見て、彼が軽く首を傾げた。
「なにが違うんだ?」
「僕は、ちっとも強くないですよ。でも、斗輝がいてくれるから、頑張ろうって思えるんです。……だって、斗輝が好きだから」
最後のほうは恥ずかしさのあまりに声がかなり小さくなってしまったけれど、ちゃんと彼の耳に届いたようだ。
形のいい目が綺麗に弧を描き、蕩けるように甘い微笑みが向けられる。
「そんなことを言われたら、今すぐ家に帰りたくなる」
「……はい?」
――家に帰る? なんで?
まだ買い物は残っていて、これから細々した雑貨を見に行くことになっているのだ。それらの買い物を、斗輝だって楽しみにしていた。
それなのに中断して帰るとは、どういうことだろうか。
――怒らせるようなことは、言っていないはずだけど。
ポカンと呆ける僕は、彼の瞳の奥に艶めく光を見つける。
おまけに、僕の右手を撫でる斗輝の仕草も、妙に艶っぽい。彼は指先でゆっくりと僕の手の甲を撫で、指の間を擽っていった。
――まさか、『そういう意味』で、家に帰りたいの!?
僕が目を見開くと、彼はさらに目を細め、ユルリと口角を上げる。
「奏太」
何気なく僕を呼ぶその声にも、ありありと分かるくらい、情欲が滲んでいる。
驚いた僕の肩がピクンと跳ねた。
「奏太」
もう一度僕の名前を口にした斗輝は、僕の手を握ったまま席を立ち、こちらへと近付いてくる。
そして握っている手を自分の口元へと引き寄せ、僕の手の甲にチュッと音を立ててキスをした。
思わず、僕のお腹の底がジンジンと甘く疼く。
彼に抱かれるのは嫌ではないけれど、せっかく買い物に来たのだから、このまま帰りたくない。
僕は素早く辺りに視線を巡らせ、誰もこちらを見ていないことを確認した。
立ち上がると同時に、繋がれている手をグイッと引っ張る。
「えっ」
僅かにバランス崩して上体を曲げる彼の唇に、僕は自分の唇を素早く押し当てた。
「……今は、これで我慢してください」
キスを解いた僕は、モジモジと俯きながら伝える。
すると、斗輝が低い声で呟いた。
「奏太、これでは逆効果だ。今すぐ押し倒したくなる」
「嘘っ!?」
僕としては、彼の情欲を鎮めるためにやったことだったのだ。
お腹が空いた状態で買い物に行くと、余計なものまで買ってしまうということで、飴を一つ食べると空腹感が和らぎ、無駄な食材を買わずに済むという話だ。
それと同じように、ちょっとだけ彼の情欲を満たしてあげたら落ち着くと思ってのことだったのである。
アワアワと忙しなく口を開閉させる僕を見て、斗輝がフッと短く笑った。
「冗談だ、買い物は続ける」
「ほ、本当ですか?」
訊き返すと、彼がゆっくりと頷く。
「すぐにでも奏太を抱きたいところだが、二人で使うマグカップを買うのは楽しみだからな」
何気ない様子でとんでもないことを告げる彼の足を、コツンと蹴飛ばしてやった。
「……抱きたいとか、そういうことは外で言わないでください」
「ああ、すまない。素直な気持ちが出てしまったな」
ちっとも悪びれた様子のない彼の足を、もう一度蹴飛ばしてやった。
千堂さんに見送られて洋食店を出た僕たちは、ショッピングモール内をしばらく歩き、海外の商品を多く置いているセレクトショップにやってきた。
色合いがはっきりとしている物が多いけれど、形はどれもシンプルで使いやすそうである。
「このお店を見てみませんか?」
斗輝に声をかけると、彼もこの店が気になったようで、すぐに二人で入っていった。
まずは食卓用小物が置いてあるコーナーへと向かう。
コーヒーや紅茶を飲むためのカップは様々な材質で作られていて、陶器、耐熱ガラス、ステンレスなどがある。
「奏太、どれにしようか?」
たくさんのカップに視線を向ける斗輝の顔は、ウキウキと楽しそうだ。
「ガラスやステンレスのカップもおしゃれですけど、無難に陶器のマグカップですかね。どっしりと厚みがあるほうが、僕は好きです。洗う時、割れる心配をしなくて済みますから」
そんなことを言いながら、僕もカップに視線を向ける。
僕たちは実際に商品を持ち、取っ手の具合や重さなどを確かめていった。
「この形、可愛いですよね。全体的に丸くって、なんかいいなぁ」
「シンプルなこのマグカップも、持った時に手に馴染むな」
「あ、それもいいですね」
「だが、奏太が持っているカップも、なかなかいい感じだ」
こんな風に一つ一つ手に取りながら、マグカップを選んでいった。
ふたたび斗輝と二人きりになり、僕はソッと息を吐く。
そんな僕を見て、彼が謝ってきた。
「すまなかったな」
「え?」
なにに対して謝られたのか、すぐにはピンとこなかった。
謝るなら、きちんと挨拶ができず、火傷になりかけて心配させた僕のほうだろう。
キョトンとしていたら、向かいの席に座る斗輝が腕を伸ばし、僕のおでこに指先で触れる。
「もう、熱くないですし、火傷もしてないから、大丈夫ですよ。そもそも、そそっかしい僕が悪いですし」
火傷をさせたことを彼が謝るのは、どう考えてもおかしいだろう。
僕はおでこを撫でられながら、パチクリと瞬きを繰り返す。
すると、彼がフッと苦笑を零した。
「いや、そうじゃない。家や仕事の関係で、どうしても挨拶をしなくてはいけない場がある。それに奏太を付き合わせてすまなかったということだ」
優しく僕のおでこを撫でながら告げられた言葉に、今度は僕が苦笑を浮かべる。
「自分から進んで挨拶したいとは思いませんけど、どうしても嫌だってことでもないです」
斗輝のそばにいるのだと決めたから、知らない大人と顔を合わせることから逃げるつもりはない。ちょっとだけ怖いとは思うけどね。
だけど、そんな僕を心配するあまり、家に閉じ込めておくと言われたら、ものすごく困る。
――まだまだ情けない僕だけど、これから頑張るから!
そう伝えようとする前に、斗輝が先に口を開いた。
「だが、俺は絶対に奏太を手放さないし、なにがあっても奏太と結婚する。この先、奏太は顔も名前も知らない人たちと接するようになるだろう。奏太が不安と緊張に襲われるのも、よく分かっている。その時は全力で奏太を支えて守るから、俺のそばにいてくれ」
斗輝は僕のおでこから手を移動させ、テーブルに乗せていた僕の左手をグッと掴んだ。
その言葉と掴まれた手の力強さに、僕は安堵の息を吐く。
――なんで、斗輝は僕の気持ちをこんなにも分かってくれるのかな。
こっちが改めて決意を伝える前に、彼のほうから思いを汲み取ってくれるなんて。やっぱり斗輝は読心術を会得しているに違いない。
僕は右手を彼の手に重ねた。
「今、頑張りますって伝えようと思ったところなんです。怖気づいていないって言ったら嘘になりますけど、斗輝の隣にいたいという気持ちのほうが強いんですよ」
それを聞いて、やや強張っていた彼の表情がフッと緩む。
「奏太は強いな」
「それは、ちょっと違いますね」
クスッと笑った僕を見て、彼が軽く首を傾げた。
「なにが違うんだ?」
「僕は、ちっとも強くないですよ。でも、斗輝がいてくれるから、頑張ろうって思えるんです。……だって、斗輝が好きだから」
最後のほうは恥ずかしさのあまりに声がかなり小さくなってしまったけれど、ちゃんと彼の耳に届いたようだ。
形のいい目が綺麗に弧を描き、蕩けるように甘い微笑みが向けられる。
「そんなことを言われたら、今すぐ家に帰りたくなる」
「……はい?」
――家に帰る? なんで?
まだ買い物は残っていて、これから細々した雑貨を見に行くことになっているのだ。それらの買い物を、斗輝だって楽しみにしていた。
それなのに中断して帰るとは、どういうことだろうか。
――怒らせるようなことは、言っていないはずだけど。
ポカンと呆ける僕は、彼の瞳の奥に艶めく光を見つける。
おまけに、僕の右手を撫でる斗輝の仕草も、妙に艶っぽい。彼は指先でゆっくりと僕の手の甲を撫で、指の間を擽っていった。
――まさか、『そういう意味』で、家に帰りたいの!?
僕が目を見開くと、彼はさらに目を細め、ユルリと口角を上げる。
「奏太」
何気なく僕を呼ぶその声にも、ありありと分かるくらい、情欲が滲んでいる。
驚いた僕の肩がピクンと跳ねた。
「奏太」
もう一度僕の名前を口にした斗輝は、僕の手を握ったまま席を立ち、こちらへと近付いてくる。
そして握っている手を自分の口元へと引き寄せ、僕の手の甲にチュッと音を立ててキスをした。
思わず、僕のお腹の底がジンジンと甘く疼く。
彼に抱かれるのは嫌ではないけれど、せっかく買い物に来たのだから、このまま帰りたくない。
僕は素早く辺りに視線を巡らせ、誰もこちらを見ていないことを確認した。
立ち上がると同時に、繋がれている手をグイッと引っ張る。
「えっ」
僅かにバランス崩して上体を曲げる彼の唇に、僕は自分の唇を素早く押し当てた。
「……今は、これで我慢してください」
キスを解いた僕は、モジモジと俯きながら伝える。
すると、斗輝が低い声で呟いた。
「奏太、これでは逆効果だ。今すぐ押し倒したくなる」
「嘘っ!?」
僕としては、彼の情欲を鎮めるためにやったことだったのだ。
お腹が空いた状態で買い物に行くと、余計なものまで買ってしまうということで、飴を一つ食べると空腹感が和らぎ、無駄な食材を買わずに済むという話だ。
それと同じように、ちょっとだけ彼の情欲を満たしてあげたら落ち着くと思ってのことだったのである。
アワアワと忙しなく口を開閉させる僕を見て、斗輝がフッと短く笑った。
「冗談だ、買い物は続ける」
「ほ、本当ですか?」
訊き返すと、彼がゆっくりと頷く。
「すぐにでも奏太を抱きたいところだが、二人で使うマグカップを買うのは楽しみだからな」
何気ない様子でとんでもないことを告げる彼の足を、コツンと蹴飛ばしてやった。
「……抱きたいとか、そういうことは外で言わないでください」
「ああ、すまない。素直な気持ちが出てしまったな」
ちっとも悪びれた様子のない彼の足を、もう一度蹴飛ばしてやった。
千堂さんに見送られて洋食店を出た僕たちは、ショッピングモール内をしばらく歩き、海外の商品を多く置いているセレクトショップにやってきた。
色合いがはっきりとしている物が多いけれど、形はどれもシンプルで使いやすそうである。
「このお店を見てみませんか?」
斗輝に声をかけると、彼もこの店が気になったようで、すぐに二人で入っていった。
まずは食卓用小物が置いてあるコーナーへと向かう。
コーヒーや紅茶を飲むためのカップは様々な材質で作られていて、陶器、耐熱ガラス、ステンレスなどがある。
「奏太、どれにしようか?」
たくさんのカップに視線を向ける斗輝の顔は、ウキウキと楽しそうだ。
「ガラスやステンレスのカップもおしゃれですけど、無難に陶器のマグカップですかね。どっしりと厚みがあるほうが、僕は好きです。洗う時、割れる心配をしなくて済みますから」
そんなことを言いながら、僕もカップに視線を向ける。
僕たちは実際に商品を持ち、取っ手の具合や重さなどを確かめていった。
「この形、可愛いですよね。全体的に丸くって、なんかいいなぁ」
「シンプルなこのマグカップも、持った時に手に馴染むな」
「あ、それもいいですね」
「だが、奏太が持っているカップも、なかなかいい感じだ」
こんな風に一つ一つ手に取りながら、マグカップを選んでいった。
応援ありがとうございます!
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