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(167)SIDE:奏太
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講義棟までやってきた僕たちは、それぞれの部屋に向かうために分かれる。
斗輝に手を引かれて入り口までやってきた僕は、彼と離れた後も周りからの視線を浴びていた。
今までになかったことが起きているので、ものすごく恥ずかしい。
――地元にいた時、こんなにもみられることってなかったしなぁ。
僕の容姿も能力も、これと言って秀でた部分がなかったので、注目されたことはない。
それに、オメガだと判明しても、周りの人たちはこれまで通り『安藤奏太』として認識してくれていたので、珍しがられることもなかった。
斗輝と付き合っていく上で、ある程度の覚悟はしていたものの、僕が想像していた以上に注目を集めている。
それでも、隣に浅見さんがいてくれるので、ものすごく心強い。
僕の半歩左側を歩いている浅見さんは、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべていた。
だけど、そこはプロの護衛官だ。
不用意に人を寄せ付けない空気を醸し出していて、適度に周囲から距離を取ってくれている。
おかげで、やたらと声を掛けたそうにしている見ず知らずの人たちが、僕たちに近付いてくることはなかった。
講義室に着くと、浅見さんはサッと辺りを見回し、教授の板書が見やすい上に、人がいない席へと僕を誘導した。
一瞬でその判断をした浅見さんに、僕はますます感心してしまう。
腰を下ろすなり、僕は声を掛けた。
「やっぱり、プロですねぇ。睨んでいるわけじゃないのに、みんな、こっちに近寄ってきませんでしたよ。それに、一瞬でいい席を見つけられるなんて、僕にはできません」
僕の言葉に、浅見さんが少し照れたように目を細める。
「護衛官としての訓練は、それなりに重ねてきましたから。あと、状況を即座に判断するのも、護身術と同じくらい大事なことなんですよ」
「へぇ、なるほど」
感心しきりの僕に、浅見さんは笑みを深めた。
「奏太君の護衛を担当させてもらえて、とても光栄です」
その穏やかな表情と同じように、声も穏やかだ。
ただ、それが彼の本心なのか、こちらへの気遣いなのか、僕には察することができない。
そこで、僕は気になっていたことを尋ねることにした。
「浅見さん、正直に言ってくださいね。ええと……、僕の護衛って、本当は嫌じゃないんですか?」
コソッと尋ねたら、浅見さんが目を丸くして固まってしまった。
――もしかして、図星……だったりして。
僕は申し訳ない気持ちを抱え、話を続ける。
「そうですよね。僕みたいな田舎出身の一般人の護衛なんて、澤泉の護衛官からしたら、物足りないって思いますよね……」
「あ、あの……、奏太君?」
戸惑いがちに僕の名前を呼ぶ浅見さんの目を、僕はしっかりと見つめた。
「ここには、斗輝も深沢さんもいません。それに、僕は告げ口なんかしません。だから、正直に答えてください」
浅見さんにとって、これは仕事なので、自分からは断れないだろう。
口下手な僕に浅見さんが悪く思われないように斗輝を説得するのは難しいだろうが、そこはなんとか頑張る。
浅見さんのように若いのに優秀な護衛官を僕のそばにいさせるのはもったいないではないか。
時々つっかえながらもそのことを伝えたら、数回瞬きを繰り返した浅見さんが、ふいにプッと短く噴き出す。
「これでは、斗輝様が奏太君を手放すはずもないですね」
「……はい?」
どうして浅見さんがそんな反応をしているのか分からなくて、今度は僕がパチクリと瞬きを繰り返した。
そんな僕の様子に、浅見さんが目を細める。
「奏太君はなんの計算もなく、そのように考えているんですね。そんな奏太君が、斗輝様は可愛くて仕方がないのでしょう」
「ええと、浅見さん?」
僕が首を傾げたら、彼がさらに目を細めた。
「正直にということなので、言わせていただきます。俺は、奏太君の護衛という任務を光栄に思っていますよ。これは、まぎれもなく本心です」
「で、でも……、僕はまだ、一般人ですし」
だからこそ、申し訳ないと感じてしまう。
僕はプロの護衛官に守ってもらえるような、たいそうな人間ではないのだ。
すると、浅見さんがユルリと首を横に振った。
「どうやら、認識の違いがあるようですね」
「認識の違い、ですか?」
問い返す僕に、浅見さんが頷いてみせる。
「はい、そうです。確かに奏太君はまだ斗輝様と婚姻関係を結ばれておりませんので、一般人であるとも言えます。ですが、斗輝様が番だと認識している以上、公的に関係を知られていなくても、澤泉家にとって、すでに特別な存在です」
聞いているうちに気恥ずかしくなって、僕は苦笑いを浮かべる。
「そんな、特別だなんて……。僕は、なにもできない『ただの人』ですよ」
ヘえラッと笑ったら、浅見さんが「だから、ですよ」と返してきた。
「奏太君をただの人と呼ぶには、非常に失礼だと思いますが、どうぞお許しを。要は、奏太君が『ただの人』だからこそ、護衛を任されたことが光栄なんです」
「でも、張り合いがないのでは?」
社会的にも名が通っている重要人物の護衛を任されたほうが、本当は光栄なのではないだろうか。
僕みたいになんでもない人間を護衛することが光栄だなんて、浅見さんの考えが理解できなかった。
大きく首を傾げる僕の様子に、浅見さんがまた噴き出した。
「本人はちっともそんな認識をしていないでしょうが、奏太君は澤泉にとって、超が付くほどの重要人物なんですよ。なにしろ、斗輝様の今後は、奏太君にかかっていますからね」
「……へ?」
「それと、護身術をいっさい習得していない奏太君の護衛は、実際、かなり大変なものです。それだけ、俺の腕が買われている証になりますね」
「……は?」
「なので、俺は奏太君の護衛官となれたことが、本当に嬉しいんですよ」
ニッコリと爽やかに、そしてキッパリと浅見さんが告げる。
その表情は、鈍感な僕にでも嘘ではないと伝わってきた。
――じゃあ、僕が心配するようなことはないってことかな?
胸につっかえていたものが消えて、僕はホッと息を吐いた。
そんな僕に、浅見さんがさらに話しかけてくる。
「俺には兄と姉と妹はいますが、弟はいないんです。だから、斗輝様から『兄のような感覚で接してくれ』と言われた時、『念願の弟ができた!』と、内心、大喜びしていました。いやぁ、これからが楽しみです」
その表情は、僕をかまい倒してくる時の兄によく似ている。
こんな浅見さんとならうまくやっていけそうだと思った僕だった。
斗輝に手を引かれて入り口までやってきた僕は、彼と離れた後も周りからの視線を浴びていた。
今までになかったことが起きているので、ものすごく恥ずかしい。
――地元にいた時、こんなにもみられることってなかったしなぁ。
僕の容姿も能力も、これと言って秀でた部分がなかったので、注目されたことはない。
それに、オメガだと判明しても、周りの人たちはこれまで通り『安藤奏太』として認識してくれていたので、珍しがられることもなかった。
斗輝と付き合っていく上で、ある程度の覚悟はしていたものの、僕が想像していた以上に注目を集めている。
それでも、隣に浅見さんがいてくれるので、ものすごく心強い。
僕の半歩左側を歩いている浅見さんは、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべていた。
だけど、そこはプロの護衛官だ。
不用意に人を寄せ付けない空気を醸し出していて、適度に周囲から距離を取ってくれている。
おかげで、やたらと声を掛けたそうにしている見ず知らずの人たちが、僕たちに近付いてくることはなかった。
講義室に着くと、浅見さんはサッと辺りを見回し、教授の板書が見やすい上に、人がいない席へと僕を誘導した。
一瞬でその判断をした浅見さんに、僕はますます感心してしまう。
腰を下ろすなり、僕は声を掛けた。
「やっぱり、プロですねぇ。睨んでいるわけじゃないのに、みんな、こっちに近寄ってきませんでしたよ。それに、一瞬でいい席を見つけられるなんて、僕にはできません」
僕の言葉に、浅見さんが少し照れたように目を細める。
「護衛官としての訓練は、それなりに重ねてきましたから。あと、状況を即座に判断するのも、護身術と同じくらい大事なことなんですよ」
「へぇ、なるほど」
感心しきりの僕に、浅見さんは笑みを深めた。
「奏太君の護衛を担当させてもらえて、とても光栄です」
その穏やかな表情と同じように、声も穏やかだ。
ただ、それが彼の本心なのか、こちらへの気遣いなのか、僕には察することができない。
そこで、僕は気になっていたことを尋ねることにした。
「浅見さん、正直に言ってくださいね。ええと……、僕の護衛って、本当は嫌じゃないんですか?」
コソッと尋ねたら、浅見さんが目を丸くして固まってしまった。
――もしかして、図星……だったりして。
僕は申し訳ない気持ちを抱え、話を続ける。
「そうですよね。僕みたいな田舎出身の一般人の護衛なんて、澤泉の護衛官からしたら、物足りないって思いますよね……」
「あ、あの……、奏太君?」
戸惑いがちに僕の名前を呼ぶ浅見さんの目を、僕はしっかりと見つめた。
「ここには、斗輝も深沢さんもいません。それに、僕は告げ口なんかしません。だから、正直に答えてください」
浅見さんにとって、これは仕事なので、自分からは断れないだろう。
口下手な僕に浅見さんが悪く思われないように斗輝を説得するのは難しいだろうが、そこはなんとか頑張る。
浅見さんのように若いのに優秀な護衛官を僕のそばにいさせるのはもったいないではないか。
時々つっかえながらもそのことを伝えたら、数回瞬きを繰り返した浅見さんが、ふいにプッと短く噴き出す。
「これでは、斗輝様が奏太君を手放すはずもないですね」
「……はい?」
どうして浅見さんがそんな反応をしているのか分からなくて、今度は僕がパチクリと瞬きを繰り返した。
そんな僕の様子に、浅見さんが目を細める。
「奏太君はなんの計算もなく、そのように考えているんですね。そんな奏太君が、斗輝様は可愛くて仕方がないのでしょう」
「ええと、浅見さん?」
僕が首を傾げたら、彼がさらに目を細めた。
「正直にということなので、言わせていただきます。俺は、奏太君の護衛という任務を光栄に思っていますよ。これは、まぎれもなく本心です」
「で、でも……、僕はまだ、一般人ですし」
だからこそ、申し訳ないと感じてしまう。
僕はプロの護衛官に守ってもらえるような、たいそうな人間ではないのだ。
すると、浅見さんがユルリと首を横に振った。
「どうやら、認識の違いがあるようですね」
「認識の違い、ですか?」
問い返す僕に、浅見さんが頷いてみせる。
「はい、そうです。確かに奏太君はまだ斗輝様と婚姻関係を結ばれておりませんので、一般人であるとも言えます。ですが、斗輝様が番だと認識している以上、公的に関係を知られていなくても、澤泉家にとって、すでに特別な存在です」
聞いているうちに気恥ずかしくなって、僕は苦笑いを浮かべる。
「そんな、特別だなんて……。僕は、なにもできない『ただの人』ですよ」
ヘえラッと笑ったら、浅見さんが「だから、ですよ」と返してきた。
「奏太君をただの人と呼ぶには、非常に失礼だと思いますが、どうぞお許しを。要は、奏太君が『ただの人』だからこそ、護衛を任されたことが光栄なんです」
「でも、張り合いがないのでは?」
社会的にも名が通っている重要人物の護衛を任されたほうが、本当は光栄なのではないだろうか。
僕みたいになんでもない人間を護衛することが光栄だなんて、浅見さんの考えが理解できなかった。
大きく首を傾げる僕の様子に、浅見さんがまた噴き出した。
「本人はちっともそんな認識をしていないでしょうが、奏太君は澤泉にとって、超が付くほどの重要人物なんですよ。なにしろ、斗輝様の今後は、奏太君にかかっていますからね」
「……へ?」
「それと、護身術をいっさい習得していない奏太君の護衛は、実際、かなり大変なものです。それだけ、俺の腕が買われている証になりますね」
「……は?」
「なので、俺は奏太君の護衛官となれたことが、本当に嬉しいんですよ」
ニッコリと爽やかに、そしてキッパリと浅見さんが告げる。
その表情は、鈍感な僕にでも嘘ではないと伝わってきた。
――じゃあ、僕が心配するようなことはないってことかな?
胸につっかえていたものが消えて、僕はホッと息を吐いた。
そんな僕に、浅見さんがさらに話しかけてくる。
「俺には兄と姉と妹はいますが、弟はいないんです。だから、斗輝様から『兄のような感覚で接してくれ』と言われた時、『念願の弟ができた!』と、内心、大喜びしていました。いやぁ、これからが楽しみです」
その表情は、僕をかまい倒してくる時の兄によく似ている。
こんな浅見さんとならうまくやっていけそうだと思った僕だった。
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