黒豹注意報

京 みやこ

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7巻

7-2

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 できたら買いたかったけれど、やはり、いい物は売れてしまうのだ。予想していたものの、ちょっと残念である。
 とはいえ、留美先輩おすすめのこのお店は、他にも素敵なものがたくさん売っている。
 店員さんにお礼を言って、気を取り直した私は別の花瓶を探し始めた。
 じっくりと眺めているうちに、見覚えのあるイラストが描かれている花瓶を目にする。白地の陶器とうきに、タンポポと黒豹がそれぞれ描かれていたのだ。

「和馬さん、これ!」

 手に持った花瓶を見せると、彼はフワリと微笑んだ。

「ああ、私たちが持っているマグカップと同じイラストですね」
「うわぁ、これにしようっと!」

 別々のイラストなので、他の人からしたらついになっているとは気付かないだろう。だけどタンポポというあだ名の私と、黒豹みたいな和馬さんなので、私たちからすると二つで一つ。私は即座に購入を決めた。

「素敵な一輪挿しが見つかって、よかったですね」

 和馬さんの言葉に、私も笑顔になる。

「はい、前回の花瓶と同じくらい気に入りました」
「では、会計を済ませましょうか」

 レジに向けて私の背中をソッと押す和馬さんに顔を向けた。

「ちょっと待ってください、社長にも買っていきたいんです」

 それを聞いた和馬さんの片眉が、ヒョイと上がる。

「社長にですか?」

 怪訝けげんな表情を浮かべる彼に、私はクルリと半回転して向き直った。

「はい、色々お世話になっていますから」

 社長が社内報に協力的なので、とても仕事がやりやすくて助かっている。
 時々土産みやげのお菓子をおすそ分けしてもらっていることも、お礼をしたいという大きな要因であった。
 何度も感謝の言葉を口にしてきたけれど、形があるものでお返しをしたことはなかった。ことあるごとに、社長が『礼は気にするな』と言うからだ。
 それならいっそのこと、社長が片想いをしているという女性に写真を撮らせてもらい、それをプレゼントしようかと考えたこともある。カメラの腕はそこそこ自信があるし、社長も絶対に喜んでくれるだろう。
 まぁ、実現には至らなかったけどね。
 もし実行するとしたら第一関門として、その女性の名前を聞き出す必要があった。社長がすぐに教えてくれるとも限らないし……難しい計画だったのかもしれない。

「なにもいらないと言われていますけど、やっぱり一度くらいは社長にお返ししたくて」

 しかし、私の説明を聞いても、彼の眉は元の位置に戻らなかった。それどころか、ますますに落ちないという感じに角度がけわしくなっていく。

「ユウカが社長を気遣う必要はないのですよ。社員の仕事が円滑えんかつに進むよう、上司が働きかけることは当然の務めです。それに、土産みやげのおすそ分けは、社長のほうがあなたに助けてもらっているのですからね。おかげで、いただいた食べ物を無駄にしないで済んでいますよ」

 そうかもしれないが、もらいっぱなしなのは、どうしても居心地が悪い。
 どうしたら和馬さんを説得できるものかと、少し考え込む。
 手にしている二つの一輪挿しに視線を落とした時、妙案みょうあんが舞い降りた。

「あ、あの……、プレゼントしたいのは社長の片想いが実るようにって願掛けの意味もあるんですよ。ええと、その、私たちはすごく仲が良いから、それにあやかってもらおうかなって」

 それを聞いた和馬さんの眉が、ようやく元通りになる。

「なるほど、ユウカは優しいですね。……私たちの仲の良さにあやかったところで、あの方の片想いが実るとは思いませんが。まぁ、いいでしょう」

 この時、社長が大きなくしゃみを連発しているとは、思いもしない私である。
 和馬さんの了承を得られたので、社長用にピンクのチューリップが描かれた一輪挿しを二つ買った。一つは社長に、もう一つは片想いしているという女性に使ってもらえたら嬉しい。
 色々なイラストがあったものの、見た目にも可愛く、それに和馬さんが教えてくれたピンクのチューリップの花言葉がぴったりだと思い、これに決めた。
 ちなみに、花言葉は『誠実な愛』とのこと。社員思いの社長は、きっと、好きな人にも誠実な態度で接するはずだから。
 お店を出て、私は隣を歩く和馬さんを見上げた。

「新しい花瓶も社長へのプレゼントも買えたので大満足です。社長、気に入ってくれるといいなぁ」

 ニコッと笑いかけると、彼もニッコリ笑う。

「ユウカがわざわざ選んでくださったものを気に入らないとなったら、いよいよ蹴り飛ばすしかありませんね」

 ――その笑顔、なんだか怖いんですけど。
 社長が悪寒おかんを感じて震えているとは、先ほど同様に思いもしない私だった。
 なんだか和馬さんの周りの空気が冷たくなったので、私は別の話題を口にする。

「え、えっと……、それにしても、パッと花言葉が出てくるなんて、さすがは和馬さんです。誠実な愛、いい言葉ですよねぇ」
「社長は部下にも優しい人なので、きっと片想いが実った時は、彼女さんにもとびきり優しくしてあげるんでしょうね。和馬さんも、そう思いませんか?」

 ところが、この話題転換はあまりこうそうさなかった。

「ピンクのチューリップには、もう一つ、代表的な花言葉があります」
「へぇ、なんですか?」

 彼の言葉に興味津々きょうみしんしんといった視線を向けると、形のいい和馬さんの目が緩くを描いた。

「『愛の芽生え』というものです」
「わぁ、それも素敵な花言葉ですね。社長とお相手の間に、早く愛が芽生えたらいいなぁ」

 しかし、はしゃぐ私の横からは、ふたたび冷たい空気が漂ってきた。

「さぁ、どうでしょうか。肝心なところでヘタレを発揮はっきする社長の愛の芽は、一生、土から出てこない気もしますが……。愛するユウカが私以外の男性を気遣うなど、まったくもって腹立たしいですから、それでもいいでしょう。むしろ、そうあるべきです」
「いや、あの、そんなことを言ったら、社長がかわいそうです。社長にも幸せになってほしいですし……」

 引きつった笑みを浮かべる私に、和馬さんはさらに目を細める。

「いざとなったら、私が蹴飛ばしてでも行動を起こさせますよ。どうぞ、ご安心ください」

 ことさらいい笑顔で言い切られても、安心できるはずがない。


 セレクトショップでの買い物の後は、よく行くショッピングモールに向かった。
 そこでお昼を済ませてから、あるものを買うため本屋に向かう。
 和馬さんには内緒にしていたけれど、結婚情報誌を買いたかったのだ。
 今はネットで簡単に知りたい情報を調べられるけれど、『結婚情報誌を買う』ということにずっとあこがれていたから。
 いつか彼氏ができて、その人と結婚することになったら……という夢を、思春期を過ぎた辺りからいだき続けてきた。
 それがついに叶い、念願の雑誌を堂々と手に入れることができる。
 ――はぁ、今日まで長かったなぁ。
 学生時代に友達と、『結婚するなら、こういう人がいいな』、『新居は、こんな感じで』などと話し合っていた頃が懐かしい。
 ニヤケそうになる顔を必死に引き締めながら、私は足を進める。
 昼時ということもあり、本屋は比較的いていた。
 いつもの私なら、料理本コーナーやファッション雑誌のコーナーに向かう。
 普段とは違う場所へと向かう私に、隣を歩く和馬さんが声をかけてくる。

「ユウカ、今日はどのような本を買うのですか?」

 問いかけられたのは、ちょうど目的の場所に着いた時だった。
 私は繋いでいた手をほどき、テレビでよく宣伝されている雑誌を取り上げた。かなり大判で分厚い雑誌を、彼に向かってオズオズと差し出す。

「……これです」

 表紙には結婚に関する文字がたくさん書かれていて、中央には真っ白なウェディングドレスを着た女性が写っている。
 男性の和馬さんはこの雑誌を知らないかもしれないが、表紙を見たら、これがどういったものなのかピンとくるはず。
 これまでの私は和馬さんの後をくっついていく感じだったけれど、彼のことを一生支えていこうと決意してプロポーズした日から、ちょっとずつ進歩している。こんな風に、結婚について積極的に考えられるようになったのだ。

「知らないことだらけなので、今のうちに勉強しようと思いまして。たぶん、準備することがたくさんあるでしょうし」

 エヘヘと照れ笑いを浮かべた瞬間、ものすごい力で抱き締められた。

「うわぁっ」

 私は咄嗟とっさに雑誌を胸に抱き込み、しわにならないようにガードする。
 そんな私に構うことなく、和馬さんがギュウギュウと腕の力を強めた。

「ああ、ユウカ。最近のあなたは行動力にあふれていて、惚れ直してしまいます」

 たかが結婚情報誌を買いに来ただけなのに、和馬さんはやたらと感動してくれている。過去の私は結婚に対してかなり尻込みしていたので、感動する彼の気持ちも分からなくはない。
 喜んでくれたことはありがたいものの、ここは大型ショッピングセンター内の本屋。混雑していないとはいえ、人の目はあるのだ。
 おまけに結婚情報誌コーナーは店内でも目立つ位置にあり、通路を行きかう人たちにも丸見えだった。
 遠巻きに私たちを見ている女性のお客さんたちが、「きゃー!」、「なに、ドラマの撮影!?」などと、にわかにざわつき始める。

「か、か、和馬さん、放してください!」

 ジタバタあばれると、彼もここがどこなのか思い出したようで、すぐに腕をほどいてくれた。

「すみません、つい」
「いえ、その、怒っている訳じゃなくて、ずかしいだけです。じゃ、じゃあ、これ、買ってきますから!」

 頭の天辺てっぺんから湯気を出しているような気分で、私はその場から駆け足で逃げ出した。


 夕飯用の食材を買い物してから、和馬さんの部屋に戻ってきた。
 時間は十六時を過ぎたところなので、ご飯を作り始めるにはまだ早い。
 ということで、リビングで雑誌を読みながらノンビリすることにした。
 ソファに腰を下ろした私は、今日買ってきた雑誌を膝の上に載せ、手の平ででる。
 ――この私が、こういう雑誌を買う日が来るなんて、一年前は想像もしていなかったなぁ。
 そんなことを心の中でつぶやきながら、隣に座る和馬さんを見上げた。

「どうしました?」

 優しい微笑みを浮かべた彼が、右腕で私を優しく抱き寄せる。

「まともにお付き合いをしたことがなかった私が、まさかこの雑誌を買うなんてビックリだなと思っていたんです」

 結婚どころか、恋愛すらも縁遠いと思っていた。その私に、将来を誓い合う素敵な彼氏ができたのだ。本当に、人生とは分からない。

「そろそろ、具体的に動いたほうがいいですよね」

 私が言うと、和馬さんが大きくうなずく。

「式場の予約など、結婚式までにやらなくてはいけないことも、色々あるみたいですよ」

 彼も雑誌の表紙に視線を落とした。そこには、「準備」や「マナー」に関する見出しがおどっている。

「そうですよね、式場が決まったら、料理や引き出物も決めなくちゃ。あと、ドレスの試着もありますよね。もちろん、和馬さんのタキシードも」

 衣装については、私よりも彼のほうが大変そうだ。
 小柄ではあるものの、私の身長はそこまで平均から外れていない。どうしても丈が合わない場合は、ハイヒールで誤魔化ごまかすという手もある。
 しかし日本人にしてはかなり長身の和馬さん。合うサイズが、ちゃんと見つかるだろうか。
 裾や袖が短いからといって、生地を付け足す訳にはいかないのだ。
 そんなことを考えていたら、和馬さんがグイッと私を引き寄せた。

「式場を選ぶこともそうですが、その前に大事なことがあります」
「なんですか?」

 見上げると、これまで穏やかだった彼の表情が心なしか引き締まったものに変わる。

「ユウカのご両親に、改めてご挨拶あいさつしませんと」

 彼が言いたいことが理解できなくて、私はきょとんとしてしまう。

挨拶あいさつはすでに済ませたのに、改めてするんですか?」

 そんな私に、和馬さんは真剣な表情のまま口を開いた。

「以前うかがったのは、結婚を前提にした付き合いをしているという報告が目的でした。ですから次は、『ユウカさんをください』と挨拶あいさつをしなくては」
「えっ? あっ、そ、そうですねっ」

 お互いの親と顔を合わせたことですっかり安心していたけれど、結婚にあたってそれでおしまいという訳にはいかない。
 普段の両親の様子からは、和馬さんとの交際を反対しているようには見えない。それどころか、美形な上に礼儀正しい和馬さんを母は大層気に入っているから、諸手もろてを上げて熱烈大歓迎だろう。
 父も終始呆気あっけに取られた感じだったけれど、あれはたぶん、私にこんなにも素敵な彼氏ができたことに驚いていただけだと思う。はっきり反対されたこともないので、こちらも大丈夫のはず。
 とはいえ、結婚とは家同士の付き合いの始まりでもあるから、まずは親に許可をもらうべきなのである。

「あなたのご両親にお会いした時には私たちの結婚に反対はしないように感じましたが、やはりけじめは必要でしょう。まして、あなたは一人娘です。ご両親にとって、大事な挨拶あいさつになるはずですよ」
「はい」

 コクリとうなずき返す私に、和馬さんは少しだけ表情を緩めた。

「それでは、ご両親の都合をいておいてもらえますか?」
「分かりました。えっと、それじゃあ、私も和馬さんの家へ挨拶あいさつうかがったほうがいいですよね?」

 定番の挨拶あいさつは、さっき和馬さんが口にしたような『お嬢さんを、僕にください』といった感じで、彼女側の親に許可をもらう意味合いが強いだろう。
 だけど、結婚とは二人でするものだから、彼氏側へも挨拶あいさつが必要な気がする。こういう場合、彼女の実家が先だろうか。彼氏の実家が先だろうか。
 あまり聞かない話なので、実際にはどうなのか見当もつかない。
 そう問いかけたら、和馬さんが苦笑を零す。

「まずはユウカのご両親に挨拶あいさつを済ませて、結婚の許可をいただいてからにしましょう。私の家族はあなたとの結婚に反対しませんから、報告をするだけでかまいません」

 そういえば、初めて和馬さんのお家を訪問した時には、すでにお母さんからお嫁さん認定されていたっけ。
 和馬さんの入院中にも、お母さんからは『そばで支えてほしい』と頼まれたし、彼が言うように問題はないかもしれない。
 たとえ反対されたとしても、認めてもらえるように頑張るつもりだけどね。
 恋愛ときちんと向き合うことから逃げてばかりいた私は、もうどこにもいない。和馬さんの隣を笑顔で歩いていけるように、前を向いて進むのだ。心の中で、密かにこぶしを握る。

「夕食を作る前に、親へ電話しますね。和馬さん、近々休日出勤の予定はあります?」
「いえ、ありませんよ。急に出勤することになったとしても、土曜か日曜のどちらかは都合がつくはずです」

 そう言ってから、和馬さんの表情が大きくほころんだ。

「こうして、少しずつ結婚に向けて進んでいくのですね。この私に結婚の許可をいただく挨拶あいさつに出向く日が来るとは、夢にも思いませんでした」

 彼が静かな口調で告げた様子が、妙におかしかった。
 思わず笑ってしまうと、彼が不思議そうに首を傾げてみせる。

「なにを笑っているのですか?」

 肩を震わせて笑う私は、その理由を素直に話す。

「和馬さんなら結婚相手に困らないのに、そんなしみじみ言うから。それが、なんだかおかしいなって」

 私と知り合う前のモテっぷりは留美先輩から聞かされていたし、付き合ってからも相変わらずモテモテだ。そんな彼なら、結婚相手はよりどりみどりだったはず。
 すると、和馬さんが切れ長の目を柔らかく細めた。

「結婚どころか恋愛にさえも興味をなくしていましたので、いくら言い寄られたところで無意味だったのですよ。それは、ユウカも知っているでしょう? あの時は、本当に申し訳ありませんでした」

 確かに、そういう彼の姿は、記憶喪失で入院した初日に思いがけず知ることになった。
 あんな風に、女性を切って捨てる和馬さんなのだ。『恋人ができたらこういうことをして』、『結婚したらあんなことをして』と夢は見ないというのも納得できる。
 それを思い出し、私はさらにクスクス笑う。

「いいえ、今となっては笑い話ですし、私と出逢ったことで和馬さんが変わったのも分かったので、気にしていません」

 左にいる和馬さんに、ガバッと抱き付いた。
 突然のことに驚いた様子もなく、たくましい和馬さんは難なく私を受け止める。
 それどころか素早く私を膝の上に抱き上げ、よりいっそう密着してきた。

「あなたと出逢う前の私が今の私を見たら、さぞかし驚くでしょうね」
「それ、私も同じですよ」

 顔を近付け、微笑みを交わし合う。

「お互い、予想もしないことになるなんて……。数え切れないほどの偶然が重なって、私たちは出逢ったんですね。彼氏ができて、その人と結婚するなんて、本当に夢のようです」

 私の言葉に、和馬さんが深くうなずく。

「互いの両親や、それ以前の世代の出逢いがあったからこそだと考えたら、本当に奇跡的なことですよ。どこかでほんの少しでも違っていたら、私たちは顔を合わせることもなかったでしょう」

 和馬さんが隣にいない人生は、もう考えられない。恋人になれないどころか、逢うこともなかったとしたら、私の人生はどれほど色のないものだったのだろうか。

「ふふっ、和馬さんに逢えてよかったなぁ」

 笑いながら、コツリとおでこをぶつける。

「ええ、この巡り合わせに感謝しています」

 私たちは出逢えた奇跡に改めて感動しながら、胸がくすぐったいような甘いひと時を過ごした。



     2 嬉しずかし結婚準備


 結婚の許しをもらうという話が出た二週間後の土曜日。私の両親に会う時間が取れたので、昼食に合わせて二人で実家へと向かうことにした。
 アパートへ迎えに来てくれた和馬さんは、前回同様にスーツ姿だ。だけど、気合いの入り方が違うように感じる。
 いつもと違い前髪を上げておでこを見せるヘアスタイルは、誠実さと清潔感がよく表れている。ネクタイの結び目も、普段よりかっちりしているような気がした。
 もちろん、ピカピカに磨き上げられている靴にも、彼の気合いがしっかりと感じられる。
 それだけ、今日の挨拶あいさつを大事に考えてくれていることが伝わってきた。そういう彼の気持ちが、本当に嬉しい。
 玄関先で彼を出迎えた私の顔は自然と緩むが、それと同時に気が引き締まる。
 和馬さんのように、私も誠実な態度で、彼と彼の家族に向き合いたい。
 そんな決意を新たにして、私はアパートを出た。
 和馬さんを連れて実家に行くと、笑顔の母が出迎えてくれる。

「いらっしゃい。さぁ、上がって」

 ニコニコと笑っている母だけど、その表情はどこかぎこちない。どうやら、緊張しているらしい。
 電話では『週末に時間を取ってほしい』としか伝えなかったものの、和馬さんがなんのために来たのかは察しているようだ。
 普段呑気のんきな母でさえ緊張しているのだから、父はさらに緊張しているだろうと予想していたら、その通りだった。
 リビングのソファに座っている父は、新聞を広げてくつろいでいるように見える。休日の父は、いつもこういう感じだった。
 しかし、せわしなく何度も足を組み替えているのだ。おまけに、やたらとお茶を口に運んでいる。
 自分の父親が見せる一面を可愛いと思いながら、きちんと向き合ってくれることに感謝するばかりだ。
 ほら、よく聞くでしょ。「娘はやらん!」とか言って、早々に彼氏を追い返す父親がいるって。
 私は一人娘で、しかも短大卒の社会人二年目。結婚なんて早いと怒鳴られても、おかしなことではない。
 いや、これまでに恋愛の『れ』の字もなかった娘だから、反対に『よくぞ、もらってくれた!』と感謝している可能性もあるかも。とりあえず、とげとげしい雰囲気ではないことはありがたい。
 母に連れられてやってきた私は、父に声をかける。

「お父さん、来たよ」

 私に視線を向けた父の表情がふいに柔らかくなったものの、背後に立つ和馬さんの姿を目にして、ふたたび表情を硬くした。
 とはいえ、その変化は和馬さんに対する嫌悪や拒絶ではなく、緊張から来るものだと予想できる。
 私がリビングに足を踏み入れると、和馬さんが頭を下げた。

「お邪魔いたします」

 その挨拶あいさつに、父は静かにうなずいただけ。これも、緊張ゆえのものだ。決して、『お前なんかと、口をきいてたまるか!』ではない。

「さぁ、二人とも座って。まずは、お茶にしましょう」

 私たちは母のすすめで、ローテーブルを挟み父の向かいのソファに腰を下ろす。
 全員の前にお茶を置いた母が父の横に腰かけた時、おもむろに和馬さんはソファから立ち上がった。


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