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悠久の王・キュリオ編2
アオイを取り巻く者たち
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「お上手ですわ♪ ダルド様っ」
アオイのタイミングに合わせながら器用にミルクをあげるダルドの動きはまるで、我が子に授乳する慣れた父親の仕草そのものだった。手を叩き、ふたりの様子を穏やかに見守る美しい女官を傍らに置きながらも、ダルドの五感のすべては幼い姫へと向いたまま戻る様子はない。
「…………」
(……この時間がいつまでも続いたらいいのに……)
人間の……ましてや赤子に興味を抱いたことのないダルドでさえ虜になるアオイの愛らしさを表現する方法がわからない。できることなら彼女の成長を傍で見ていたいと願う彼が、再び城へと拠点を移してくれた大きな理由であることを知るキュリオ。しかし、彼女を取り巻く人間は他にもいることを理解してもらわなくてはならず、その第一波が軽快な足音とともに現れた。
――バタンッ! タタッ!!
扉が勢いよく音を立て、狭い歩幅ながらも生命に満ち溢れた幼子の足音が間近に迫る。
「キュリオ様! アオイ姫様っ! おはようございますっっ!!」
「…………」
ダルドの目の前へ回り込み、つむじ風を纏って急停止した"それ"はダルドにとって苦手な人間のひとりだった。
「あっ! 姫様はお食事中なんですね! お傍で見ててもいいですか!? キュリオ様!」
「…………僕はキュリオじゃない」
「……え? ……あ、あーーっ! えっと……俺の剣を創ってくれた、……」
「…………」
王と間違えたあげく、相手の名前を忘れるなど失礼極まりない見習い剣士にダルドの唇は真一文字に結ばれていく。
「<鍛冶屋>のダルド様、失礼致しました。昨日は素晴らしい剣と杖を私どものために……」
いつまでも首を捻っている日に焼けた少年の背後から現れたのは天才魔導師と称されるアレスだった。
カイへさり気ないフォローを入れたアレスへとダルドの視線が移るも、神秘的な白銀の青年の表情は変わらず口だけが動いた。
「アオイ姫の世話ならいらない。僕がいるから」
そう告げたダルドがふたりの視線からアオイを隠すように背を向けると、慌てたアレスが食い下がる。
「……っお待ちくださいダルド様っ! 私たちはキュリオ様に命を受けたアオイ様付きの御世話係です!」
ダルドの前へと回り込んだアレスだったが、別の手が伸びてきて首の根っこを掴まれた体は静止を余儀なくされてしまった。
「なんです大声を出して! 姫様はお食事中ですよ!」
注意する女官の声量も大したものだが、その言葉は場を収めるに充分な理由だった。
「も、申し訳ございません……」
「…………」
肩身狭く謝罪する幼い<魔導師>を横目で見ながら事なきを得たダルド。やがてミルク瓶を押さえる手にわずかな抵抗を感じて赤子へ目を向けると、早くも腹が満たされたらしい彼女は顔を背けて"ごちそうさま"の姿勢をとっていた。ダルドはキュリオに教わった通り、ミルク瓶をテーブルに置いてからアオイを抱え直して背中をさすりながら歩く。
『なぁなぁアレス! あのひと子供好きなのかな?』
女官に怒られぬよう、小声でアレスに話しかけるカイ。
『……そうは見えないけど、アオイ様へ御好意を向けられているのは確かだね』
(あ……)
アレスの発言がカイの耳に届く頃、とある場面を目にした彼は"あながちそうでもないかもしれない……"と考えを改めた。
視線の先では時折見つめ合い、互いの存在を確認しては微笑みあう青年と赤子の姿がある。
(想い合っている……が正しかったかな)
キュリオが特別目を掛けている人型聖獣とあらば信頼も厚いはずだ。彼に任せていれば間違いはないだろうとアレスは考えるが、世話係の立場としては仕事を奪われたようで少しの寂しさを覚える。浮足立って世話係の初日を迎えたふたりだったが、大切な姫君に近しい人物はたくさんいるのだと早くも学んだ気がした――。
アオイのタイミングに合わせながら器用にミルクをあげるダルドの動きはまるで、我が子に授乳する慣れた父親の仕草そのものだった。手を叩き、ふたりの様子を穏やかに見守る美しい女官を傍らに置きながらも、ダルドの五感のすべては幼い姫へと向いたまま戻る様子はない。
「…………」
(……この時間がいつまでも続いたらいいのに……)
人間の……ましてや赤子に興味を抱いたことのないダルドでさえ虜になるアオイの愛らしさを表現する方法がわからない。できることなら彼女の成長を傍で見ていたいと願う彼が、再び城へと拠点を移してくれた大きな理由であることを知るキュリオ。しかし、彼女を取り巻く人間は他にもいることを理解してもらわなくてはならず、その第一波が軽快な足音とともに現れた。
――バタンッ! タタッ!!
扉が勢いよく音を立て、狭い歩幅ながらも生命に満ち溢れた幼子の足音が間近に迫る。
「キュリオ様! アオイ姫様っ! おはようございますっっ!!」
「…………」
ダルドの目の前へ回り込み、つむじ風を纏って急停止した"それ"はダルドにとって苦手な人間のひとりだった。
「あっ! 姫様はお食事中なんですね! お傍で見ててもいいですか!? キュリオ様!」
「…………僕はキュリオじゃない」
「……え? ……あ、あーーっ! えっと……俺の剣を創ってくれた、……」
「…………」
王と間違えたあげく、相手の名前を忘れるなど失礼極まりない見習い剣士にダルドの唇は真一文字に結ばれていく。
「<鍛冶屋>のダルド様、失礼致しました。昨日は素晴らしい剣と杖を私どものために……」
いつまでも首を捻っている日に焼けた少年の背後から現れたのは天才魔導師と称されるアレスだった。
カイへさり気ないフォローを入れたアレスへとダルドの視線が移るも、神秘的な白銀の青年の表情は変わらず口だけが動いた。
「アオイ姫の世話ならいらない。僕がいるから」
そう告げたダルドがふたりの視線からアオイを隠すように背を向けると、慌てたアレスが食い下がる。
「……っお待ちくださいダルド様っ! 私たちはキュリオ様に命を受けたアオイ様付きの御世話係です!」
ダルドの前へと回り込んだアレスだったが、別の手が伸びてきて首の根っこを掴まれた体は静止を余儀なくされてしまった。
「なんです大声を出して! 姫様はお食事中ですよ!」
注意する女官の声量も大したものだが、その言葉は場を収めるに充分な理由だった。
「も、申し訳ございません……」
「…………」
肩身狭く謝罪する幼い<魔導師>を横目で見ながら事なきを得たダルド。やがてミルク瓶を押さえる手にわずかな抵抗を感じて赤子へ目を向けると、早くも腹が満たされたらしい彼女は顔を背けて"ごちそうさま"の姿勢をとっていた。ダルドはキュリオに教わった通り、ミルク瓶をテーブルに置いてからアオイを抱え直して背中をさすりながら歩く。
『なぁなぁアレス! あのひと子供好きなのかな?』
女官に怒られぬよう、小声でアレスに話しかけるカイ。
『……そうは見えないけど、アオイ様へ御好意を向けられているのは確かだね』
(あ……)
アレスの発言がカイの耳に届く頃、とある場面を目にした彼は"あながちそうでもないかもしれない……"と考えを改めた。
視線の先では時折見つめ合い、互いの存在を確認しては微笑みあう青年と赤子の姿がある。
(想い合っている……が正しかったかな)
キュリオが特別目を掛けている人型聖獣とあらば信頼も厚いはずだ。彼に任せていれば間違いはないだろうとアレスは考えるが、世話係の立場としては仕事を奪われたようで少しの寂しさを覚える。浮足立って世話係の初日を迎えたふたりだったが、大切な姫君に近しい人物はたくさんいるのだと早くも学んだ気がした――。
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