【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

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悠久の王・キュリオ編2

闇の中の真実Ⅱ

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 青年を女性と信じて疑わない彼女はどうやらこの男の母親らしいことがわかった。
 そしてもうひとつ。
 灯の影になっているからかと思いきや、よくみると女性はどことなく窶(やつ)れて目の下には隈がある。
 ちらりと部屋の様子を見ても、他の家族がいる気配はなく、古びた家具はきれいに見えてもやはり裕福とは言えない出で立ちのものばかりだった。
 そしてさらに気になるものがひとつ。

『……母上殿、失礼を承知で申し上げますが……患っておいでですか?』

『……!』

 ハッと目を見張ったのは彼女の息子だった。
 「なにを驚くことが?」とでも言いたげな表情で青年は息子の顔を見返すが、先に口を開いたのは母親のほうだった。

『最近までは……ですけれどね。もう大丈夫だって薬師様が言われたので、完治しているはずなのですが……』

 そんな話をしている傍からふらりと足元が揺れた彼女の顔はみるみる青ざめていく。

『母さんっ!!』

『今日はだいぶ調子がいいと思ってたのだけど……』

 荒い呼吸を繰り返し肩を上下させる彼女の痩せた体を支えた男が心配そうに眉を顰めながら室内のベッドへと運んで呟いた。

『……水守り様、どうか……どうか母を助けてくださいっ……』

 辛そうに肩で呼吸する母親の傍で祈るように懇願する男の声が震えている。

『私は医者ではありませんが、事情がわかればお助けできることがあるかもしれません。話していただけますか?』

『……水守り様……』

 
 ――水が汚染されたとの噂が流れたはじめたころ、奇病にも似た症状が街人の間で大流行したという。
 早急に手を打った領主(バロン)が薬師を集めて治療を開始したことから一度は収まったとされるが、この街を狙う輩が川に毒を流したことが原因だと発表があったということ。
 早々に命を落としたのは年老いた者や病を抱えた病人ばかりだった。やがて一度は落ち着いたかと思われていた奇病に薬の耐性ができたためか与えられる量が徐々に増えていき……薬代を払えなくなると「完治している」と告げられ、診てもらうことも叶わなくなったという。

 まるで金稼ぎのための商売でもしているかのような振る舞いに、貧しい民たちからは疑問の声が上がっていたところで狩猟にでかけていたこの男が帰還したのが最近の話だという。

『……生活用水はどうされているのです? 私が呼ばれたということは浄化が行き届いていないからだと思ったのですが……』

『富裕層はわざわざ毎日少量運ばれてくる汚染地区よりも上流の水を高額で入手しているのです。俺たちのような貧乏人は雨水を貯めた水瓶でなんとかしていますが……』

『…………』

 にわかには信じがたい話だった。この男が嘘をついているようには見えないが、毒を流し続けないかぎり女神の水源が下流とは言えど浄化されないままでいるはずがないのだ。それになにより、彼は恐らくたったひとりの肉親である母親が危険に晒され嘘などつけようか?

(……ほかの誰かが嘘をついている、ということか……)

『水守り様、水が清らかだったころのこの街はとても平穏だったんです! 貧しいなりにも生活には困らないくらいで、病人ですら数えるほどの人間しかいなかったんだ……!』

『話を整理してもよろしいですか?』

 感情的になる男を前に冷静に分析を重ねた青年が口を挟んだ。

『川に流された毒を口にしたことから奇病が広まり、薬師による薬で一時はおさまるものの徐々に量が増えていく。そして薬代が払えなくなると完治したと言われるのですね?』

『はい……。せめて水さえどうにかしてくだされば……母の病もきっと……』

『それは私も同じ意見です。ご存知の通り、女神の水源には不思議な力があります。浄化さえできれば奇病もいずれ消滅するはずです』

『そしてその前に母上殿――』

 青年の白く細い手が苦しそうに目を閉じる女性の胸元に翳される。
 淡い光が彼女の胸元から波紋のように広がって、完全に体を覆いつくすまでわずか数秒の出来事だった。
 みるみる呼吸は穏やかになり、顔に赤みがさした彼女は薄く目を開くと青年の顔を視界に捉えた。

『……水、守りさま……』

『母さんっ……!』

 目に涙を浮かべて母親を抱きしめる男に青年が確信したように口を開いた。

『これは奇病などではありません。私の力が及ぶということは、川を浄化するのと同じく体内を浄化すればよいのです』

『水守り様……それでは口にした毒は薬師様の薬では解毒しきれていないということですか……?』

『それだけではありません。気になる点があります。薬師殿の調合する薬が解毒効果のあるものだったら、それ以来汚染された水を口にしていない者たちへの薬が徐々に増えていくというのは考えられません』

(……まるで依存性を疑うような使い方だ……)

『……あなたは平気なのですか?』

 青年の眼差しが流水のように男へと注がれる。

『それが……俺がここへ戻ってきたのは最近で、すこし前まで森で狩りをしていたんです。でも女神の水源の水を口にしていたのは俺も同じなのに、なぜこの街だけが……』

『…………』

(……毒を流されたのがよほど街の近くだったか、或いは……)

 水守り一族の中でも飛び抜けた才を受け継いだ彼の胸中には解せない部分がいくつもあった。
 この街へ入ってからも水源の淀みは感じられず、解毒作用の疑わしい薬がどうにも引っかかる。そして同じ水源の水を口にしていたこの男が影響を受けた様子はない。

(まさか……この一連の騒ぎは内部による犯行か? 一体誰が何のために……)


 まさか一晩でここまでの収穫があるとは思わなかった青年の案内された部屋の傍では、なにやら身なりのよい男らが小声で話している。

『水守りの副当主とやらは恐れるに足りないが……あの従者と名乗った青年、水の女神の化身という噂はあながち間違いではなさそうだ』

『なにを怯えておられる? いざとなったら……水守り殿が奇病にかかってしまったと片づけてしまえばいいではないか』

『――しかしあの美しさを葬ってしまうのは口惜しい。美なるものの価値は穢れてこそ、その真価を発揮するというものだ――』


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