97 / 211
悠久の王・キュリオ編2
手に残る感触
しおりを挟む
――月の光がほのかに差し込む王の寝室では、時折聞こえる低音の美しい青年の声と愛くるしい幼子の声がする。
それらの源となる天蓋ベッドの中心ではふたつの影が横たわり、青年の両腕は小さな影を寸分の隙間なく抱きしめていた。モゾモゾと体を動かす幼子が顔を上げると、悠久の空のように穏やかな視線が降りてくる。
「これほど長い時間お前と離れていたのは初めてだが、明日はずっと一緒だ」
愛しい恋人にするように、陶器のような白く長い指先がアオイの目元をくすぐる。
「……じゅっと、いっちょ?」
まるで”本当?”とでも言うように聞き返してくる。
アオイは”一緒”という言葉を理解し、まだあどけない言葉使いながらも日常会話に織り交ぜて話すようになった。
常に誰かと一緒にいる彼女はひとりになることは滅多にないが、キュリオが傍を離れるときに限って悲しい顔を見せるようになりはじめ、それは愛しさへと大いに拍車をかけたが、キュリオが胸を痛める原因となったのも事実だ。
「ああ、ずっと一緒だ」
このときのキュリオの言葉に偽りはない。彼女が成長しても尚、この距離を保ったまま接してくるキュリオに寧ろ悩むのはアオイの方だ。
(城で学べぬことなど何ひとつない。たまに外へ連れ出すのもいいが、私が一緒であることが条件だな)
誓いの口づけのようにキュリオの形のよい唇が瞼に触れると、嬉しそうに顔を寄せてくるアオイの肌は吸いつくように甘い。
「お前を抱きしめ、口づけることでしか愛を伝えられないのがもどかしいよ――」
ふたつの呼吸が深くなり、完全なる闇が辺りを支配するころ……
アオイは急に右手を強く引かれる感覚に意識を浮上させた。
『こんなところで何やってるっ!! 早く逃げるんだ!!』
ハッと顔を上げたアオイは声の主である青年の背後に荒れ狂う数多の火の粉を見た。
置かれている状況を理解できないまま立ち尽くしているアオイに、髪を高く結った青年は自身の纏っている上着をアオイの頭から被せ走るよう促す。
(火の粉が眩しすぎて、この御方の顔が見えない……)
衣の合間から見える青年の背には見たことのない布地と色合いを見せ、それ以外は茜色に染まる炎と熱、助けを求める人の声……そしてむせ返るような煙の臭いだった――。
「……アオイ?」
まるで息を切らして走っているようなほどに呼吸の荒い愛娘の様子にいち早く気づいたのはキュリオだった。
瞳を閉じたまま胸を上下させるアオイに焦ったキュリオは、彼女の小さな肩を揺さぶりながら目覚めを促す。
「アオイ、アオイッ!」
一度は夢によってその命を失いかけたアオイ。そして誰よりも再びそれが起きてしまうのではないかと恐れているのはキュリオだった。
キュリオの手で揺さぶられたことによって、夢の中で手を引かれ走っていたアオイの足元が大きく揺らぐ。転倒しそうになり、バランスを崩したところで暗転した世界が目の前に広がった。
「……っ!」
ビクリと体を震わせて目を覚ましたアオイは、目の前で銀色の長い髪がさらさらと流れる様子をぼんやり眺めながら視線を上へと移動させていく。
「…………」
そこには空色の美しい瞳を揺らし、不安げな眼差しの父の姿があった。
上半身を起こしていたキュリオはまだ完全に覚醒状態ではないアオイを抱き上げると、その呼吸と心音を確かめ、乱れることがないよう祈りながら腕の中へと閉じ込める。
「……っ大丈夫、大丈夫だアオイ……」
キュリオは自身に言い聞かせるように言葉を繰り返すと、アオイの背を優しく撫でた。
自分を落ち着かせようとしてくれるその仕草の意味を知りながらも、アオイは密着した胸部から父の心音が激しく乱れていることに気がづいた。だが、その意味すらもわからないアオイには、父に掛ける言葉さえも思い当たらない。
誰よりも安心できる優しく強い父の腕の中。
あれは何だったのだろう……? わずか数秒にも満たない、自分の意志とは無関係に流れる映像。夢というものを理解するにはまだ幼すぎるアオイは、まだ感触の残っている……顔の見えない青年に引かれた右手へと視線を下ろした――。
それらの源となる天蓋ベッドの中心ではふたつの影が横たわり、青年の両腕は小さな影を寸分の隙間なく抱きしめていた。モゾモゾと体を動かす幼子が顔を上げると、悠久の空のように穏やかな視線が降りてくる。
「これほど長い時間お前と離れていたのは初めてだが、明日はずっと一緒だ」
愛しい恋人にするように、陶器のような白く長い指先がアオイの目元をくすぐる。
「……じゅっと、いっちょ?」
まるで”本当?”とでも言うように聞き返してくる。
アオイは”一緒”という言葉を理解し、まだあどけない言葉使いながらも日常会話に織り交ぜて話すようになった。
常に誰かと一緒にいる彼女はひとりになることは滅多にないが、キュリオが傍を離れるときに限って悲しい顔を見せるようになりはじめ、それは愛しさへと大いに拍車をかけたが、キュリオが胸を痛める原因となったのも事実だ。
「ああ、ずっと一緒だ」
このときのキュリオの言葉に偽りはない。彼女が成長しても尚、この距離を保ったまま接してくるキュリオに寧ろ悩むのはアオイの方だ。
(城で学べぬことなど何ひとつない。たまに外へ連れ出すのもいいが、私が一緒であることが条件だな)
誓いの口づけのようにキュリオの形のよい唇が瞼に触れると、嬉しそうに顔を寄せてくるアオイの肌は吸いつくように甘い。
「お前を抱きしめ、口づけることでしか愛を伝えられないのがもどかしいよ――」
ふたつの呼吸が深くなり、完全なる闇が辺りを支配するころ……
アオイは急に右手を強く引かれる感覚に意識を浮上させた。
『こんなところで何やってるっ!! 早く逃げるんだ!!』
ハッと顔を上げたアオイは声の主である青年の背後に荒れ狂う数多の火の粉を見た。
置かれている状況を理解できないまま立ち尽くしているアオイに、髪を高く結った青年は自身の纏っている上着をアオイの頭から被せ走るよう促す。
(火の粉が眩しすぎて、この御方の顔が見えない……)
衣の合間から見える青年の背には見たことのない布地と色合いを見せ、それ以外は茜色に染まる炎と熱、助けを求める人の声……そしてむせ返るような煙の臭いだった――。
「……アオイ?」
まるで息を切らして走っているようなほどに呼吸の荒い愛娘の様子にいち早く気づいたのはキュリオだった。
瞳を閉じたまま胸を上下させるアオイに焦ったキュリオは、彼女の小さな肩を揺さぶりながら目覚めを促す。
「アオイ、アオイッ!」
一度は夢によってその命を失いかけたアオイ。そして誰よりも再びそれが起きてしまうのではないかと恐れているのはキュリオだった。
キュリオの手で揺さぶられたことによって、夢の中で手を引かれ走っていたアオイの足元が大きく揺らぐ。転倒しそうになり、バランスを崩したところで暗転した世界が目の前に広がった。
「……っ!」
ビクリと体を震わせて目を覚ましたアオイは、目の前で銀色の長い髪がさらさらと流れる様子をぼんやり眺めながら視線を上へと移動させていく。
「…………」
そこには空色の美しい瞳を揺らし、不安げな眼差しの父の姿があった。
上半身を起こしていたキュリオはまだ完全に覚醒状態ではないアオイを抱き上げると、その呼吸と心音を確かめ、乱れることがないよう祈りながら腕の中へと閉じ込める。
「……っ大丈夫、大丈夫だアオイ……」
キュリオは自身に言い聞かせるように言葉を繰り返すと、アオイの背を優しく撫でた。
自分を落ち着かせようとしてくれるその仕草の意味を知りながらも、アオイは密着した胸部から父の心音が激しく乱れていることに気がづいた。だが、その意味すらもわからないアオイには、父に掛ける言葉さえも思い当たらない。
誰よりも安心できる優しく強い父の腕の中。
あれは何だったのだろう……? わずか数秒にも満たない、自分の意志とは無関係に流れる映像。夢というものを理解するにはまだ幼すぎるアオイは、まだ感触の残っている……顔の見えない青年に引かれた右手へと視線を下ろした――。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】
藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。
そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。
記憶を抱えたまま、幼い頃に――。
どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、
結末は変わらない。
何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。
それでも私は今日も微笑む。
過去を知るのは、私だけ。
もう一度、大切な人たちと過ごすために。
もう一度、恋をするために。
「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」
十一度目の人生。
これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。
さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった!
しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って?
いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる