【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

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悠久の王・キュリオ編2

手に残る感触

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 ――月の光がほのかに差し込む王の寝室では、時折聞こえる低音の美しい青年の声と愛くるしい幼子の声がする。
 それらの源となる天蓋ベッドの中心ではふたつの影が横たわり、青年の両腕は小さな影を寸分の隙間なく抱きしめていた。モゾモゾと体を動かす幼子が顔を上げると、悠久の空のように穏やかな視線が降りてくる。

「これほど長い時間お前と離れていたのは初めてだが、明日はずっと一緒だ」

 愛しい恋人にするように、陶器のような白く長い指先がアオイの目元をくすぐる。

「……じゅっと、いっちょ?」

 まるで”本当?”とでも言うように聞き返してくる。
 アオイは”一緒”という言葉を理解し、まだあどけない言葉使いながらも日常会話に織り交ぜて話すようになった。
 常に誰かと一緒にいる彼女はひとりになることは滅多にないが、キュリオが傍を離れるときに限って悲しい顔を見せるようになりはじめ、それは愛しさへと大いに拍車をかけたが、キュリオが胸を痛める原因となったのも事実だ。

「ああ、ずっと一緒だ」

 このときのキュリオの言葉に偽りはない。彼女が成長しても尚、この距離を保ったまま接してくるキュリオに寧ろ悩むのはアオイの方だ。

(城で学べぬことなど何ひとつない。たまに外へ連れ出すのもいいが、私が一緒であることが条件だな)

 誓いの口づけのようにキュリオの形のよい唇が瞼に触れると、嬉しそうに顔を寄せてくるアオイの肌は吸いつくように甘い。

「お前を抱きしめ、口づけることでしか愛を伝えられないのがもどかしいよ――」

 ふたつの呼吸が深くなり、完全なる闇が辺りを支配するころ……
 アオイは急に右手を強く引かれる感覚に意識を浮上させた。

『こんなところで何やってるっ!! 早く逃げるんだ!!』

 ハッと顔を上げたアオイは声の主である青年の背後に荒れ狂う数多の火の粉を見た。
 置かれている状況を理解できないまま立ち尽くしているアオイに、髪を高く結った青年は自身の纏っている上着をアオイの頭から被せ走るよう促す。

(火の粉が眩しすぎて、この御方の顔が見えない……)

 衣の合間から見える青年の背には見たことのない布地と色合いを見せ、それ以外は茜色に染まる炎と熱、助けを求める人の声……そしてむせ返るような煙の臭いだった――。


「……アオイ?」


 まるで息を切らして走っているようなほどに呼吸の荒い愛娘の様子にいち早く気づいたのはキュリオだった。
 瞳を閉じたまま胸を上下させるアオイに焦ったキュリオは、彼女の小さな肩を揺さぶりながら目覚めを促す。

「アオイ、アオイッ!」

 一度は夢によってその命を失いかけたアオイ。そして誰よりも再びそれが起きてしまうのではないかと恐れているのはキュリオだった。
 キュリオの手で揺さぶられたことによって、夢の中で手を引かれ走っていたアオイの足元が大きく揺らぐ。転倒しそうになり、バランスを崩したところで暗転した世界が目の前に広がった。

「……っ!」

 ビクリと体を震わせて目を覚ましたアオイは、目の前で銀色の長い髪がさらさらと流れる様子をぼんやり眺めながら視線を上へと移動させていく。

「…………」

 そこには空色の美しい瞳を揺らし、不安げな眼差しの父の姿があった。
 上半身を起こしていたキュリオはまだ完全に覚醒状態ではないアオイを抱き上げると、その呼吸と心音を確かめ、乱れることがないよう祈りながら腕の中へと閉じ込める。

「……っ大丈夫、大丈夫だアオイ……」

 キュリオは自身に言い聞かせるように言葉を繰り返すと、アオイの背を優しく撫でた。
 自分を落ち着かせようとしてくれるその仕草の意味を知りながらも、アオイは密着した胸部から父の心音が激しく乱れていることに気がづいた。だが、その意味すらもわからないアオイには、父に掛ける言葉さえも思い当たらない。

 誰よりも安心できる優しく強い父の腕の中。
 あれは何だったのだろう……? わずか数秒にも満たない、自分の意志とは無関係に流れる映像。夢というものを理解するにはまだ幼すぎるアオイは、まだ感触の残っている……顔の見えない青年に引かれた右手へと視線を下ろした――。


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