【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

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悠久の王・キュリオ編2

突如やってきた異変8

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 キュリオを先頭にその後ろをガーラントと従者が、ダルドの向かった先を疑うことなく突き進んでいく。
 
「…………」

(……これほど奥深くまで……。アオイが足を踏み入れたのは初めてのはずだ)

 キュリオがアオイやカイ、アレスに言い聞かせている行動の範囲は、王宮からほど近い森の小川までだ。それ以上は森に住む動物たちの領域であり、彼らを驚かせないためにも立ち入ることは許していないのだ。

(……明確な意思をもってアオイはここまで来たというのか?)

 アオイが言うことを聞かなかったことなど今まであっただろうか?
 それだけに、言いつけに反してまで訪れる理由をキュリオはどうしても知りたかった。そして何よりもアオイが無事であることを第一に祈った。
 
 すると次の瞬間――

「……待て!」

 ピリッと張り詰めたキュリオの声が森に響く。
 一行は王の視線を追って前方を凝視すると……

「ダルド!」

 木々の合間から見えたひと欠片の白銀色。それは紛うことなき人型聖獣の彼がもつ神秘的な色合いだった。
 ダルドの耳はキュリオの声を聞き取り、彼がすぐ傍まで来ていることを理解してアオイへ伝えた。

「アオイ姫、キュリオが近くにいるよ」

「おとうちゃま?」

 ダルドの瞳を食い入るように見つめる泣き腫らした赤い瞳。その涙は小さな命のために流したあたたかいものであることをダルドは知っている。

(……ラビットはもう助かるかわからない。
そのとき僕は、アオイ姫になんて言えばいい……?)

 先に辿り着いたのが僕でごめんね。アオイ姫は頑張ったよ。その子もありがとうって言ってる。

 ううん、……どれも違う気がする。

 だが、責任を感じた彼女が悲しみに暮れる日々をダルドは見たくない。ならば別のラビットを捕まえて、アオイに元気になったと嘘をつくべきか?
 答えなき色々な選択肢が脳裏をよぎる。 

(……キュリオはなんて言うだろう……)
 
 いつだってダルドの御手本はキュリオだ。
 キュリオのついた嘘ならば、それすらも真実になるだろうと彼は真剣に思っている。それほどに人を納得させるだけの言葉の重みと信頼が彼には備わっている。
 そんなことを考えているうちに、キュリオの姿を視界に捉えたダルドは無意識のうちにアオイ抱きしめる腕に力を込めていた。

「おおっ! 姫様は御無事かっ!?」

 従者たちの歓喜の声はやがて驚愕の声へと変わっていく。
 
「……アオイッ! なんてことだっ……なにがあった!?」

 血まみれのアオイをダルドから受け取ると、すぐさま彼女に癒しの魔法を施そうと手を翳したキュリオ。

「おとうちゃま! たすけてっ!!」

 嬉しいはずの再会も、開口一番アオイの口を次いで出た言葉にキュリオは驚いている。
 そして、深紅の布を手に巻き付けたアオイがキュリオに見せたそれは――

「ラビット……?」

 キュリオは訝し気に涙を溜めたアオイの瞳とラビットとを交互に見つめる。
 愛娘の見た目にそぐわず、思いのほか元気であることもキュリオを驚かせた要素のひとつだが……

 すぐに癒しの魔法を施さないキュリオに、ダルドは悲しい瞳でアオイを見つめた。

(失われた命はキュリオでも……もう、癒せない……)

 伏し目がちにアオイへなんと声を掛けようかと迷っていたダルドの耳には意外な言葉が待っていた。

「うん? 元気な子だね。お前に懐いているようだ。
まさかこの子を捕まえるためにお前はこんなに酷い怪我をしたわけではないだろう?」

 ほんのすこし諫める様に言いながら、キュリオはアオイの血に染まった手の布をゆっくりほどいて傷の具合を確かめている。

「……え?」

「……?」

 疑問視するダルドの声と、目を真ん丸に見開いたアオイの視線とがラビットに向けられると――
 そこにはアオイの胸元に頬を摺り寄せて……まるで愛犬が大好きな飼い主に甘えるような仕草を見せるラビットがいた。

「……だいぶ酷いな。アオイ、痛いだろう? すぐ治してあげよう」

 事の詳細を知らないキュリオは瞬く間にアオイの傷を癒し、血だらけの顔を己の衣で優しく拭っている。
 さらにラビットが元気になった経緯はどうであれ、願いの叶ったアオイは満面の笑みを浮かべて嬉しそうに声を上げている。

「キュリオが癒していないのに……なぜ……」

 呆然と立ち尽くすダルドに違和感を感じたガーラントが彼に事の顛末を聞き終えたころ、行動を共にしていた従者へ罠を探すよう命じた大魔導師が再び向き直る。

「ふむ……。この件はキュリオ様に御報告すねばなるまい。
まずこの辺りで狩りをすることは固く禁じられておる。そして姫様のことじゃが……」

 ダルドが考えるよりも、さらに深刻な考えを巡らせていたガーラントは、知を司るその眉間に深い皺を刻んでいたのだった――。

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