【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

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悠久の王・キュリオ編2

《番外編》ホワイトデーストーリー8

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 ガチャ、……パタン

 しばしの静寂を破り、体を清めた部屋の主が再び姿を現す。

「……」

(静かだな……)

 室内の灯りはそのままだが、扉の音に反応がない。

(アオイはもう眠ったか)

 すこしの寂しさを覚えながらも彼女に避けられているような気がしてならなかったキュリオは気を利かせ、いつもより長めの時を湯殿で過ごし戻ってきた。

(様子がおかしかったのは疲れだけではない。やはり私が原因なのだろう)

 首に掛けたタオルごと濡れた髪をかき上げ、羽織ったバスローブの紐を締める。
 それから部屋の隅に置かれた燭台をまわり、娘の安眠の邪魔にならぬよう少しずつ部屋の灯りを落としていくと――

「おかえりなさい、お父様」

 弱々しい声が背後からかかり、キュリオが振り向いた先では教科書を広げたアオイがソファの上で横たわっているのが見えた。

「まだ起きていたのか」

 娘の身を案じたキュリオは綺麗な眉間へ皺を寄せ、コンパスの広い足で近づいてくる。

「は、はい……」

 突如表情の陰った父に恐る恐る言葉を返しながらも、アオイはすぐそこに迫る神がかりな美を誇るキュリオから目が離せない。
 さらに少し視線を下げれば、肌蹴たバスローブから見え隠れする長い下肢が、光と影のコントラストでしなやかな筋肉を浮き彫りにさせるとアオイの喉が苦しそうに異音を奏でる。

(……っ! 
計算式、計算式……え、えーっと……)

 ガバッと飛び起きて正座したアオイはなんとか冷静さを取り戻そうと再び教科書へと視線を這わせるが、それらは眼下で勢いよく弾けてまったく頭に入ってこない。

 そんな異変に気づくことなく、アオイへ体を密着させながらソファへ腰掛けるキュリオ。
 そしてすぐさま彼は流れるような動作で教科書を取り上げたかと思うと、今度はソファの背の頭頂部へ肘を預け、責めるような視線と言葉を投げつけてきた。

「なぜ?」

「あ、えっと……邪念が……っ、じゃなくて、目が冴えちゃって……」

 取り上げられた教科書を支えていた手が宙を彷徨い、その向こうでは咎めるような視線でこちらを見つめているキュリオに射抜かれたアオイは緊張のあまり硬直してしまう。

「お前の邪念など大したものではないだろう。せいぜい私の目を盗んで……」

 と、そこまで言いかけて。

(夜の森へカイと出かけていることは黙っていたほうが良さそうだな)

 バレたと知れば違う方法で城を抜け出すかもしれない。
 さらに人というのは、ひとつの秘密を暴かれると別のカタチでまた秘密を作ろうとする不思議な生き物なのだ。

「……えっ!?」

(ど、どうして黙ってしまったのかしら……。
も、もしかして……私が変なこと考えてるってバレちゃったとか……)

 互いに余計な心配をしているところで、キュリオの前髪から落ちた一滴の水滴が彼の陶器のような頬を濡らした。

「あ……」

 キュリオが自分にそうするように、思わずアオイも手を伸ばす。

「……」

 空色の瞳が重く圧し掛かり、手首を押さえ込まれたかと思うと勢いよく引かれて抱きしめられる。

「……っ!?」

 正座のまま姿勢を崩したアオイは膝立ちの状態から横抱きにされると、いつのまにか痺れていた足を優しく撫でられた。

「きゃっ……!」

 まるで電流が走ったかのようにビリビリと痛む脹脛は邪念を一気に払拭してくれたが、安心したのも束の間、今度は強めに揉みしだかれ悶絶してしまう。

「ぁっ……ま、待って……お父様! んんっっ……」

「血流が悪くなれば痺れて当然だ。足先が冷たくなっている」

 平気で足の裏やつま先まで念入りにマッサージする白魚のような手に、地を這うそこを滑られると申し訳なさが沸々と込み上げてくる。

「お父様っ……あぁっそんなっっ! や、やめっ……」

 羞恥と痛みに真っ赤になりながら、なんとか止めてもらおうと足を這いまわる手を懸命に押さえるが、不機嫌な眼差しがアオイを凍りつかせる。


「お前の体は私のものでもある。触れることにお前の許可は不必要だ」


「……、っ……え……? あ……」

 なにか凄いことを言われたような自覚はあるものの、拾ってもらったこの命、確かにその通りだと難しく考えてしまう。

(でも恥ずかしいっ! こんな、こんな……小さな子供みたいにっ……)

 ちぐはぐな頭と心に行き場のなくなった手をどうしようかと彷徨わせていると――

「喉が渇いたな。アオイ、すまないが……」

「は、はいっ!」

 キュリオの言わんとしていることを察知し、彼の機嫌を損なうことなく抜け出すチャンスを得たアオイはハッと顔をあげ、キュリオの腕の中からそそくさと逃げ出した。
 そしてサイドテーブルを見つめていると新たな問題が生じてしまう。

(お父様のグラスどっちだっけ)

 気が動転していたアオイは自分が使用したグラスを置いた場所をよく見ていない。幾ら父と言えど、一国の王が口にするのだから失礼があってはいけないと背後を振り返る。

(新しいの持ってこよう。たしか、扉の傍に……)

「……」

 長い足を組み、頬杖をつきながらその一部始終を見ていたキュリオ。
 アオイが一歩踏み出すところでその腕を掴み、恐らく彼女が使用したであろう手前にあるグラスへ水を注ぐよう促す。

「で、でも……」


「それほど気になるのなら、いっそ口づけを交わしてしまおうか」


 狼狽えるアオイが何を思っているか、そんなことは全てお見通しのキュリオが発したこの言葉は決して冗談などではなく、本心であることをアオイは知らなかった。

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