【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

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悠久の王・キュリオ編2

《番外編》ホワイトデーストーリー10

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 ――やがて夜は明けて。

「……」

 朝日が昇る早朝、薄く目を開いた悠久の王。
 静まり返った暗い室内へ、暗幕のカーテンからは淡い一筋の光が差し込んでいる。ゆっくり瞬きした彼の視線はすぐに腕の中で眠る少女へと注がれ、枕を手繰り寄せてから静かに腕を引き抜いた。

(ほとんど眠れなかったようだな……)

 いまでこそ穏やかな寝息を立てているが明らかに疲労の残る目元。
 それは朝日に似つかわしくないほど陰り、一日を難なく過ごすには無理があるように見える。
 隣へ横になったまま、頬杖をついてしばらくアオイの寝顔を見つめていたキュリオは、時折うなされるように小さく声をもらす少女の額へ宥めるような口づけを落としながらも、彼の親指はアオイの目元を労わるようになぞる。
 
(そろそろ時間か)

 名残惜しそうにアオイの髪へ唇を押し当ててから湯殿へ向かい、手早く湯浴みを終え、身支度を整えてから部屋へ戻るもアオイの顔色はやはり冴えない。
 静かに部屋を出た先では、深く一礼した女官が柔和な表情で王を迎えた。

「おはようございますキュリオ様」

「ああ、おはよう」

 さらに下の階へ移動すると、数人の女官や侍女が左右に並び恭しく頭を下げる。
 その中心を颯爽と歩く王が向かった先は執務室だ。

「キュリオ様、朝食は執務室へお運びいたしますか?」

 後ろをついてきた女官が心配そうに声をかけてくるのも、王立学園の副担任としてアランを演じている今のキュリオは、王と教師の職を両立させているため超多忙を極めていたからだ。

「ああ、頼む。
それと時間が来てもアオイは起こさなくていい。今日はゆっくり眠らせてやってくれ」

「……かしこまりました。
姫様の御加減が悪いのでしたら何かお持ち致しましょうか……?」

 王の言葉にオロオロと狼狽える女官に「そうだな……」と言いかけて。

「様子を見ながら食事を運ぶくらいで大丈夫だろう。あまりに具合が悪いようならガーラントを呼べ」

「承知致しました。直ちに侍女を待機させますわ」

 もちろんこの話は世話係であるカイやアレスの耳にも入り、居ても立ってもいられない若い剣士は大急ぎでキュリオの寝室の前までやってきた。

「……はぁっはぁっ……アオイ姫様っ……体調が悪いって?」

 荒い呼吸を整えながら部屋の前で待機していた侍女へ姫君の様子を伺う。

「ええ、顔色もお悪くて……姫様の御様子を見ながら食事を運ぶようにと、キュリオ様から仰せつかっております」

「そっか……」

(アオイ姫様は頑張り過ぎなんだよな……)

 やがてどれくらい経っただろう。
 白いスーツに身を包んだキュリオは上着を肩に掛け、ひと仕事を終えて娘の顔を見るために自室へ向かうと、なにやら言い争う声に歩みを止めた。

『もう、またですか? 
それでは姫様の安眠を妨害してしまいますよ?』

『き、気になるんだからしょうがないだろ! 
俺は魔導師じゃないから中の様子までわかんねーし!』

「……」

 背後にキュリオが迫ることも知らず、重厚な扉を押して入ろうとする剣士と、それを止めようとする侍女。

「下がれカイ。いまのアオイに必要なのは睡眠だ。邪魔をするようなら……」

「キュ、キュリオさまっ……! 申し訳ございませんっっ!」

「……」

 王の寝室で眠る姫君よりも蒼白になったカイが平伏すように後退し、彼を一瞥したキュリオが部屋の中へと消えていく。
 彼は煩わしさを追い出すように閉ざした扉を背にし、小さなため息をついた。
 薄暗い室内を歩きながら一目散にベッドへと向って端に腰掛ける。すると重みに軋んだ寝台が揺れ、眠る姫君の意識をわずかに引き戻した。

「…………、……?」

 曇りがちな光を宿した瞳は数度の瞬き後、ぼんやりと宙を漂う。
 アオイの痛々しいほどの目の下の陰りは疲労の度合いを色濃く残しており、彷徨った視線はやがてこちらを覗き込むキュリオへと定まる。

「……おと、さま……」

(もう、朝……?)

「気分はどうだい?」

「……? だ、だいじょう……っ……」

 慈しみを込めた手がアオイの目元を撫で、起き上がろうとする体をやんわりと押し戻される。すると何かに気づいたらしいアオイがハッと息を飲んだ。
 着替えを済ませたキュリオが二度寝をしに戻ってくるはずがなく、アオイの経験上からほぼ明確な答えが脳内に浮かんだ。

(これって……お出掛けになる前に顔を見に来てくださるときと同じ……)

「っ! ……そろそろ、……起きなきゃいけない時間、……っですよね!?」

 押し戻されて尚、慌てて上体を起こそうとした少女に振りかかってきた言葉は意外なものだった。

「まだ夜が明けたばかりさ。お前はもう一眠りするといい」

 キュリオは乱れた寝具を丁寧に直しながら、体に力の入ったアオイの体をリラックスさせるべく彼女が赤子だったころにあやしたように一定のリズムで腹部あたりを柔らかく叩く。

「……でも……」

 不安そうな瞳が揺れている。
 前のめりになっている父の艶のある銀髪の向こうで、暗幕のカーテンのわずかな隙間から薄暗く靄のかかる外の様子を見つめ、再び強い眠気に襲われながらも考えを巡らせる。

(私の勘違い? さっき、カイの声が聞こえたような気がしたのだけど……)

 睡魔に誘われゆっくり瞬きし始めた娘の髪を撫でながら、キュリオは最後の一押しにかかる。

「私は少し仕事がある。済ませたらまたここへ戻るから安心しておやすみ」

「……は、い……」

(……お父様が忙しいのは、私のせい……ごめんなさい)

 この五大国で人らしい生活があるのは、主に悠久の国と雷の国くらいのものだろう。
 さらに気候に恵まれ、豊かな色彩を持つ悠久の国にはたくさんの民がおり、統治する王の力量がなければ傾くのもあっという間なのだ。国を治めるにあたって公平であることがまず念頭にあるキュリオだが、そんなものに適用されない存在が目の前にあり、彼女が目の下に隈を作っているだけで眠らせるための嘘と魔法を平気でかける。
 キュリオの瞳に映る窓の外の景色はすでに青く、夜が明けたばかりという表現にはほど遠い。アオイが錯覚する視覚的魔法はこの部屋にかけているものであるため、彼女がカーテンの外を覗こうとも薄暗いままなのだ。

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