【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

文字の大きさ
206 / 211
悠久の王・キュリオ編2

《番外編》ホワイトデーストーリー24

しおりを挟む
 キュリオは悪夢を見た幼子を安心させるかのような優しい仕草で掴んでいた手首を解放し、慈しむようにそこへ唇を押し当ててから震えるアオイの頬を撫でる。
 いつもの彼女ならば、撫でる手へ嬉しそうに頬を摺り寄せていたが、それすら感じさせないほどの恐怖を抱いているのか、キュリオの一挙一動に怯える瞳には絶望と恐怖が大波のように押し寄せていた。

「私が恐ろしいかい?」

「……っ」

 全身にのしかかるキュリオの重みの下で、わずかな抵抗を見せるように身をよじったアオイは涙の浮かぶ瞳で小さく頷いた。

「私は考えられませんっ……お父様と親子ではない未来なんてっ! 娘として私を想ってくださらないのなら、いっそ……」

 そこから言葉に詰まったアオイの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

 涙に濡れたアオイの切ない叫びがキュリオの胸に鈍い痛みを植えつける。
 未だに理解できないキュリオの想いに戸惑いと拒絶の意を見せるアオイ。この意思がこの先も変わらぬと言うのなら、自分の言うことだけを素直に従う人形にしてもいい。

 それがたとえ、アオイの自我が無くなろうとも――

 聡明な空色の瞳に奥に危険な思考を滾らせた仄暗い輝きがキュリオのそれに宿る。
 しかしそれでは意味がないと、苦悶の表情を浮かべながらアオイの首元へ項垂れて顔を埋めたキュリオ。やがて喉の奥から苦し気な声が漏れる。
 
「私の愛が永遠に失われても……お前に苦しみは微塵もないと言えるか?」

「……わたしはただ、いままでのように戻りたいっ……」

 繰り返し紡がれるこの言葉を聞くたびにキュリオの心は引き裂かれるようだ。

「……私は、お前が私の愛に寄り添ってくれることをずっと待ち望んでいた」

 祈るような気持ちで言葉を紡ぐキュリオの声は、アオイの心に落ちて雪のように溶ける。 
 ゆっくりと顔を上げ、心の内を話し始めたキュリオの瞳をアオイはジッと見つめながら、涙に震える呼吸は次第に落ち着きを取り戻してく。

「……」

 どう言葉を返してよいかわからず、俯くように視線を下げた少女。キュリオはアオイを怖がらせないよう密着した体をわずかに離し、彼女がいつでも逃げられるよう、自分はベッドの脇へ足を下ろし背を向けた。

「お前が私を父としてしか見ていないことはわかっていた。
 ……が、それではもう足りないのだ……」

「足りないって、……なにがですか?」

 アオイはてっきり一緒にいる時間が足りないという言葉が返ってくることを予想していたが、敢えて聞いたのは自分の考えがまったく的外れなことを言っていないかのためでもある。

「お前の眼差し、声、ぬくもり……そして、心だ」

 振り返ることなく告げられた言葉にアオイは上体を起こしてキュリオの背に話しかける。

「それは……本当に申し訳なく思っております。ですが、心はいつだってお父様を一番に……」

 そこまで言いかけてアオイは口をつぐんだ。

(でもそれは……お父様の想いとは違うんだ……)

 自分が求めている愛がそこにはないと言われたようで、アオイのキュリオへの愛が行き場を失ったように彷徨う。
 受け取る相手がいない一方的な愛というものがどれほど辛く悲しいものかをアオイはようやく理解出来た気がした。 

(……胸が、苦しい……
 これがきっと、お父様が感じていらっしゃる心の痛み……)

「お前が望むならお前を諦め、解放してやろう。普通の悠久の民として静かに暮らせるよう支援は惜しまない。カイやアレス、ダルドと共に生きたければそれでもいい」

「……お父様は?」

「私はここにいる。ここでお前が健やかに人生を全うできるよういつでも祈っているよ」

 キュリオは一度肩越しに振り返ると、そう言葉を残し天蓋ベッドの幕の隙から出て行ってしまった。

「……」

 隙間から差した月の光が閉ざされ、闇が再び視界を閉ざしたこの空間にもうキュリオはいない。

 広すぎるこのベッドの上、どれだけの時間をキュリオはひとりで過ごしてきたのだろう。
 民へ愛を注ぎ、癒し、愛を乞うことなく数百年を生きてきた彼の孤独の欠片でも自分は理解できていただろうか?

(お父様が自由でいることを許してくれた。カイやアレス、ダルド様と一緒に普通の生活が送れる……)

 本当は嬉しいことなのに。
 今まで望んでいたことが叶うのに。

(……それなのに、私は……)

「待って! お父様っ!」

 冷たいベッドへ手をついて立ち上がったアオイは勢いよくベッドを抜け出てキュリオの影を追う。
 部屋を見渡すと幸いにもその主はすぐに見つかった。

 ガラス戸を出てバルコニーに立ち尽くしていたキュリオは振り返ってこちらを見つめている。
 力のない瞳。悲しみを慈しみで押し殺したような諦めた瞳。

 この腕を離してはいけない。私はお父様を失ったら……きっと生きていけない。そしてお父様も――!

「……どうした?」

 問われた声に答えることなくその胸に飛び込んだアオイ。
 
 アオイの体を受け止めてくれたものの、その腕は背に回されることなく気づかわし気な声だけが頭上から舞い降りる。いつものように優しいキュリオの声だったが、その心に歯止めを掛けようとしているのが痛いほどに伝わってきた。

「わたし、自由が欲しいって思っていたのに……お父様を失うくらいなら、自由なんていらないっ……だから……」

 言い終える前にキュリオの言葉がそれを遮った。

「……そうか。それは嬉しいが、それでは私の愛に応えていることにはならない」

 胸にすがりつく愛しい娘の肩を押して距離をとろうとするキュリオの仕草に、アオイの胸が音をたてて軋んでいく。

「さあ、もうおやすみ。空いている部屋はいくらでもある」

 アオイの背へ手をまわし、部屋を出るよう促されることなど初めてだった。
 例え執務中でもアオイが自ら出ていくことをしない限り、退出を強制させられたことなど一度もなかったからだ。

 ましてや夜にキュリオの寝室を出て行かせるなど――。

「…………」

 急激に冷えていく心と背中。
 もうキュリオの心は離れてしまったのだと理解したアオイの目尻からは熱い涙があふれる。


「……わかりました。おやすみなさい、キュリオ様っ……」

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。 さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった! しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って? いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

処理中です...