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悠久の王・キュリオ編2
《番外編》ホワイトデーストーリー24
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キュリオは悪夢を見た幼子を安心させるかのような優しい仕草で掴んでいた手首を解放し、慈しむようにそこへ唇を押し当ててから震えるアオイの頬を撫でる。
いつもの彼女ならば、撫でる手へ嬉しそうに頬を摺り寄せていたが、それすら感じさせないほどの恐怖を抱いているのか、キュリオの一挙一動に怯える瞳には絶望と恐怖が大波のように押し寄せていた。
「私が恐ろしいかい?」
「……っ」
全身にのしかかるキュリオの重みの下で、わずかな抵抗を見せるように身をよじったアオイは涙の浮かぶ瞳で小さく頷いた。
「私は考えられませんっ……お父様と親子ではない未来なんてっ! 娘として私を想ってくださらないのなら、いっそ……」
そこから言葉に詰まったアオイの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
涙に濡れたアオイの切ない叫びがキュリオの胸に鈍い痛みを植えつける。
未だに理解できないキュリオの想いに戸惑いと拒絶の意を見せるアオイ。この意思がこの先も変わらぬと言うのなら、自分の言うことだけを素直に従う人形にしてもいい。
それがたとえ、アオイの自我が無くなろうとも――
聡明な空色の瞳に奥に危険な思考を滾らせた仄暗い輝きがキュリオのそれに宿る。
しかしそれでは意味がないと、苦悶の表情を浮かべながらアオイの首元へ項垂れて顔を埋めたキュリオ。やがて喉の奥から苦し気な声が漏れる。
「私の愛が永遠に失われても……お前に苦しみは微塵もないと言えるか?」
「……わたしはただ、いままでのように戻りたいっ……」
繰り返し紡がれるこの言葉を聞くたびにキュリオの心は引き裂かれるようだ。
「……私は、お前が私の愛に寄り添ってくれることをずっと待ち望んでいた」
祈るような気持ちで言葉を紡ぐキュリオの声は、アオイの心に落ちて雪のように溶ける。
ゆっくりと顔を上げ、心の内を話し始めたキュリオの瞳をアオイはジッと見つめながら、涙に震える呼吸は次第に落ち着きを取り戻してく。
「……」
どう言葉を返してよいかわからず、俯くように視線を下げた少女。キュリオはアオイを怖がらせないよう密着した体をわずかに離し、彼女がいつでも逃げられるよう、自分はベッドの脇へ足を下ろし背を向けた。
「お前が私を父としてしか見ていないことはわかっていた。
……が、それではもう足りないのだ……」
「足りないって、……なにがですか?」
アオイはてっきり一緒にいる時間が足りないという言葉が返ってくることを予想していたが、敢えて聞いたのは自分の考えがまったく的外れなことを言っていないかのためでもある。
「お前の眼差し、声、ぬくもり……そして、心だ」
振り返ることなく告げられた言葉にアオイは上体を起こしてキュリオの背に話しかける。
「それは……本当に申し訳なく思っております。ですが、心はいつだってお父様を一番に……」
そこまで言いかけてアオイは口をつぐんだ。
(でもそれは……お父様の想いとは違うんだ……)
自分が求めている愛がそこにはないと言われたようで、アオイのキュリオへの愛が行き場を失ったように彷徨う。
受け取る相手がいない一方的な愛というものがどれほど辛く悲しいものかをアオイはようやく理解出来た気がした。
(……胸が、苦しい……
これがきっと、お父様が感じていらっしゃる心の痛み……)
「お前が望むならお前を諦め、解放してやろう。普通の悠久の民として静かに暮らせるよう支援は惜しまない。カイやアレス、ダルドと共に生きたければそれでもいい」
「……お父様は?」
「私はここにいる。ここでお前が健やかに人生を全うできるよういつでも祈っているよ」
キュリオは一度肩越しに振り返ると、そう言葉を残し天蓋ベッドの幕の隙から出て行ってしまった。
「……」
隙間から差した月の光が閉ざされ、闇が再び視界を閉ざしたこの空間にもうキュリオはいない。
広すぎるこのベッドの上、どれだけの時間をキュリオはひとりで過ごしてきたのだろう。
民へ愛を注ぎ、癒し、愛を乞うことなく数百年を生きてきた彼の孤独の欠片でも自分は理解できていただろうか?
(お父様が自由でいることを許してくれた。カイやアレス、ダルド様と一緒に普通の生活が送れる……)
本当は嬉しいことなのに。
今まで望んでいたことが叶うのに。
(……それなのに、私は……)
「待って! お父様っ!」
冷たいベッドへ手をついて立ち上がったアオイは勢いよくベッドを抜け出てキュリオの影を追う。
部屋を見渡すと幸いにもその主はすぐに見つかった。
ガラス戸を出てバルコニーに立ち尽くしていたキュリオは振り返ってこちらを見つめている。
力のない瞳。悲しみを慈しみで押し殺したような諦めた瞳。
この腕を離してはいけない。私はお父様を失ったら……きっと生きていけない。そしてお父様も――!
「……どうした?」
問われた声に答えることなくその胸に飛び込んだアオイ。
アオイの体を受け止めてくれたものの、その腕は背に回されることなく気づかわし気な声だけが頭上から舞い降りる。いつものように優しいキュリオの声だったが、その心に歯止めを掛けようとしているのが痛いほどに伝わってきた。
「わたし、自由が欲しいって思っていたのに……お父様を失うくらいなら、自由なんていらないっ……だから……」
言い終える前にキュリオの言葉がそれを遮った。
「……そうか。それは嬉しいが、それでは私の愛に応えていることにはならない」
胸にすがりつく愛しい娘の肩を押して距離をとろうとするキュリオの仕草に、アオイの胸が音をたてて軋んでいく。
「さあ、もうおやすみ。空いている部屋はいくらでもある」
アオイの背へ手をまわし、部屋を出るよう促されることなど初めてだった。
例え執務中でもアオイが自ら出ていくことをしない限り、退出を強制させられたことなど一度もなかったからだ。
ましてや夜にキュリオの寝室を出て行かせるなど――。
「…………」
急激に冷えていく心と背中。
もうキュリオの心は離れてしまったのだと理解したアオイの目尻からは熱い涙があふれる。
「……わかりました。おやすみなさい、キュリオ様っ……」
いつもの彼女ならば、撫でる手へ嬉しそうに頬を摺り寄せていたが、それすら感じさせないほどの恐怖を抱いているのか、キュリオの一挙一動に怯える瞳には絶望と恐怖が大波のように押し寄せていた。
「私が恐ろしいかい?」
「……っ」
全身にのしかかるキュリオの重みの下で、わずかな抵抗を見せるように身をよじったアオイは涙の浮かぶ瞳で小さく頷いた。
「私は考えられませんっ……お父様と親子ではない未来なんてっ! 娘として私を想ってくださらないのなら、いっそ……」
そこから言葉に詰まったアオイの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
涙に濡れたアオイの切ない叫びがキュリオの胸に鈍い痛みを植えつける。
未だに理解できないキュリオの想いに戸惑いと拒絶の意を見せるアオイ。この意思がこの先も変わらぬと言うのなら、自分の言うことだけを素直に従う人形にしてもいい。
それがたとえ、アオイの自我が無くなろうとも――
聡明な空色の瞳に奥に危険な思考を滾らせた仄暗い輝きがキュリオのそれに宿る。
しかしそれでは意味がないと、苦悶の表情を浮かべながらアオイの首元へ項垂れて顔を埋めたキュリオ。やがて喉の奥から苦し気な声が漏れる。
「私の愛が永遠に失われても……お前に苦しみは微塵もないと言えるか?」
「……わたしはただ、いままでのように戻りたいっ……」
繰り返し紡がれるこの言葉を聞くたびにキュリオの心は引き裂かれるようだ。
「……私は、お前が私の愛に寄り添ってくれることをずっと待ち望んでいた」
祈るような気持ちで言葉を紡ぐキュリオの声は、アオイの心に落ちて雪のように溶ける。
ゆっくりと顔を上げ、心の内を話し始めたキュリオの瞳をアオイはジッと見つめながら、涙に震える呼吸は次第に落ち着きを取り戻してく。
「……」
どう言葉を返してよいかわからず、俯くように視線を下げた少女。キュリオはアオイを怖がらせないよう密着した体をわずかに離し、彼女がいつでも逃げられるよう、自分はベッドの脇へ足を下ろし背を向けた。
「お前が私を父としてしか見ていないことはわかっていた。
……が、それではもう足りないのだ……」
「足りないって、……なにがですか?」
アオイはてっきり一緒にいる時間が足りないという言葉が返ってくることを予想していたが、敢えて聞いたのは自分の考えがまったく的外れなことを言っていないかのためでもある。
「お前の眼差し、声、ぬくもり……そして、心だ」
振り返ることなく告げられた言葉にアオイは上体を起こしてキュリオの背に話しかける。
「それは……本当に申し訳なく思っております。ですが、心はいつだってお父様を一番に……」
そこまで言いかけてアオイは口をつぐんだ。
(でもそれは……お父様の想いとは違うんだ……)
自分が求めている愛がそこにはないと言われたようで、アオイのキュリオへの愛が行き場を失ったように彷徨う。
受け取る相手がいない一方的な愛というものがどれほど辛く悲しいものかをアオイはようやく理解出来た気がした。
(……胸が、苦しい……
これがきっと、お父様が感じていらっしゃる心の痛み……)
「お前が望むならお前を諦め、解放してやろう。普通の悠久の民として静かに暮らせるよう支援は惜しまない。カイやアレス、ダルドと共に生きたければそれでもいい」
「……お父様は?」
「私はここにいる。ここでお前が健やかに人生を全うできるよういつでも祈っているよ」
キュリオは一度肩越しに振り返ると、そう言葉を残し天蓋ベッドの幕の隙から出て行ってしまった。
「……」
隙間から差した月の光が閉ざされ、闇が再び視界を閉ざしたこの空間にもうキュリオはいない。
広すぎるこのベッドの上、どれだけの時間をキュリオはひとりで過ごしてきたのだろう。
民へ愛を注ぎ、癒し、愛を乞うことなく数百年を生きてきた彼の孤独の欠片でも自分は理解できていただろうか?
(お父様が自由でいることを許してくれた。カイやアレス、ダルド様と一緒に普通の生活が送れる……)
本当は嬉しいことなのに。
今まで望んでいたことが叶うのに。
(……それなのに、私は……)
「待って! お父様っ!」
冷たいベッドへ手をついて立ち上がったアオイは勢いよくベッドを抜け出てキュリオの影を追う。
部屋を見渡すと幸いにもその主はすぐに見つかった。
ガラス戸を出てバルコニーに立ち尽くしていたキュリオは振り返ってこちらを見つめている。
力のない瞳。悲しみを慈しみで押し殺したような諦めた瞳。
この腕を離してはいけない。私はお父様を失ったら……きっと生きていけない。そしてお父様も――!
「……どうした?」
問われた声に答えることなくその胸に飛び込んだアオイ。
アオイの体を受け止めてくれたものの、その腕は背に回されることなく気づかわし気な声だけが頭上から舞い降りる。いつものように優しいキュリオの声だったが、その心に歯止めを掛けようとしているのが痛いほどに伝わってきた。
「わたし、自由が欲しいって思っていたのに……お父様を失うくらいなら、自由なんていらないっ……だから……」
言い終える前にキュリオの言葉がそれを遮った。
「……そうか。それは嬉しいが、それでは私の愛に応えていることにはならない」
胸にすがりつく愛しい娘の肩を押して距離をとろうとするキュリオの仕草に、アオイの胸が音をたてて軋んでいく。
「さあ、もうおやすみ。空いている部屋はいくらでもある」
アオイの背へ手をまわし、部屋を出るよう促されることなど初めてだった。
例え執務中でもアオイが自ら出ていくことをしない限り、退出を強制させられたことなど一度もなかったからだ。
ましてや夜にキュリオの寝室を出て行かせるなど――。
「…………」
急激に冷えていく心と背中。
もうキュリオの心は離れてしまったのだと理解したアオイの目尻からは熱い涙があふれる。
「……わかりました。おやすみなさい、キュリオ様っ……」
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