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花はどこへ
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なりゆきとは言えフラワーショーというものを知ったので、本来花には興味がないはずのレイモンドが、ぜひ会場に見に行こうと言い出した。
正直、モリスにとっては予想通りだった。そして自分がつきあう流れになることも。
ただ、当日迎えに来た馬車に乗り込むと、見知らぬ老人も乗っていたのは予想外だった。
「僕のカントリーハウスの庭師、デイヴィス老だ。詳しい人間が一緒にいたほうが楽しいかと思って」
「だからってわざわざ呼び出すなんて、物好きですな、坊ちゃんは」
デイヴィス老は呵々と笑った。田舎暮らしの人間らしい、筋骨たくましい身体つきと日焼けした肌の、健康の塊のような老人だった。日照の悪いロンドンの、青白い肌をした人間ばかりを見ているモリスからすると、もうそれだけで眩しく見える。
名前に覚えがあったので記憶をたぐると、ホッブス夫人の夕食で話題に出た人物なのを思い出した。
幼いレイモンドがよく温室に逃げ込んでいたという話のときだ。
馬車に揺られているあいだも、レイモンドの幼い頃の話を沢山してくれた。どうも、孫娘とレイモンドの仲がよかったらしい。
「お孫さんはおいでにならなかったんですか」
なんの気なしにモリスが訊くと、馬車のなかは急に静まり返った。
「……ずいぶん昔に、病気で亡くなりましてね。大きくはなれませんでした」
デイヴィス老が悲し気に言う。レイモンドはなにも言わず、ただ視線を外へ向けた。
「申し訳ありません。知らなくて……」
モリスが謝ると、老はおしとどめるように、両手のひらを向けた。
「気になさらんでください。短い生涯ではありましたが、お屋敷のみんなにも可愛がっていただいて、悪くない人生だったと思ってるんです」
そうは言ってくれたが、瞳に浮かんだ悲哀の色は、そのあとも消えることはなかった。レイモンドも同様だった。
やがて馬車は目的地についた。会場はたしかに盛況だ。
華やかに着飾ったご婦人たちに、エスコートする紳士たち。こんなに園芸趣味の人々が多いとは、モリスにとっては意外だった。この手の関連業種への投資もいいな、などとついつい商売のことを考えてしまう。
会場の棚には綺麗な布がかけられ、その上には色とりどりの満開の花の鉢が並べられていた。鉢には綺麗な紙が巻きつけられている。ビリーもなけなしの一張羅を着て、嬉しそうに出迎えてくれた。
育成の良し悪しはモリスにはわからなかったが、めかしこんだご婦人たちのドレスにも負けない、花そのものの艶やかさは充分理解できた。
デイヴィス老はというと、ひとつひとつを丁寧に見て回っていた。葉の裏を見、土の表面に触れ、さすがに専門家らしい態度だ。
そのうち、若い神父が寄ってきた。
「こんにちは。私はこの会を主催したグレッグ神父と言います。どうやら、専門の知識をお持ちの方のようにお見受けしましたが」
デイヴィス老に話しかける。レイモンドやモリスとも自己紹介する。
「ああ。あっしはこちらのお方のお屋敷で庭師をしとります。その関係で」
「どうでしょう。このあとコンテストがあるのですが、審査員の一人として加わってくれませんか」
「あっしが?」
「実は、専門家が確保できなくて、困ってたんです。なにしろ、有志でやってまして。今いるのは、みなさん趣味の方ばかりなんです。プロのご意見を聴ければありがたい」
「そういうことなら、あっしでよければ」
「ありがとうございます。では後ほど審査が始まる頃に、改めてお声がけします」
「承知しました」
二人で固い握手を交わすと、神父は忙しそうに、また別の人間に挨拶しに行った。
正直、モリスにとっては予想通りだった。そして自分がつきあう流れになることも。
ただ、当日迎えに来た馬車に乗り込むと、見知らぬ老人も乗っていたのは予想外だった。
「僕のカントリーハウスの庭師、デイヴィス老だ。詳しい人間が一緒にいたほうが楽しいかと思って」
「だからってわざわざ呼び出すなんて、物好きですな、坊ちゃんは」
デイヴィス老は呵々と笑った。田舎暮らしの人間らしい、筋骨たくましい身体つきと日焼けした肌の、健康の塊のような老人だった。日照の悪いロンドンの、青白い肌をした人間ばかりを見ているモリスからすると、もうそれだけで眩しく見える。
名前に覚えがあったので記憶をたぐると、ホッブス夫人の夕食で話題に出た人物なのを思い出した。
幼いレイモンドがよく温室に逃げ込んでいたという話のときだ。
馬車に揺られているあいだも、レイモンドの幼い頃の話を沢山してくれた。どうも、孫娘とレイモンドの仲がよかったらしい。
「お孫さんはおいでにならなかったんですか」
なんの気なしにモリスが訊くと、馬車のなかは急に静まり返った。
「……ずいぶん昔に、病気で亡くなりましてね。大きくはなれませんでした」
デイヴィス老が悲し気に言う。レイモンドはなにも言わず、ただ視線を外へ向けた。
「申し訳ありません。知らなくて……」
モリスが謝ると、老はおしとどめるように、両手のひらを向けた。
「気になさらんでください。短い生涯ではありましたが、お屋敷のみんなにも可愛がっていただいて、悪くない人生だったと思ってるんです」
そうは言ってくれたが、瞳に浮かんだ悲哀の色は、そのあとも消えることはなかった。レイモンドも同様だった。
やがて馬車は目的地についた。会場はたしかに盛況だ。
華やかに着飾ったご婦人たちに、エスコートする紳士たち。こんなに園芸趣味の人々が多いとは、モリスにとっては意外だった。この手の関連業種への投資もいいな、などとついつい商売のことを考えてしまう。
会場の棚には綺麗な布がかけられ、その上には色とりどりの満開の花の鉢が並べられていた。鉢には綺麗な紙が巻きつけられている。ビリーもなけなしの一張羅を着て、嬉しそうに出迎えてくれた。
育成の良し悪しはモリスにはわからなかったが、めかしこんだご婦人たちのドレスにも負けない、花そのものの艶やかさは充分理解できた。
デイヴィス老はというと、ひとつひとつを丁寧に見て回っていた。葉の裏を見、土の表面に触れ、さすがに専門家らしい態度だ。
そのうち、若い神父が寄ってきた。
「こんにちは。私はこの会を主催したグレッグ神父と言います。どうやら、専門の知識をお持ちの方のようにお見受けしましたが」
デイヴィス老に話しかける。レイモンドやモリスとも自己紹介する。
「ああ。あっしはこちらのお方のお屋敷で庭師をしとります。その関係で」
「どうでしょう。このあとコンテストがあるのですが、審査員の一人として加わってくれませんか」
「あっしが?」
「実は、専門家が確保できなくて、困ってたんです。なにしろ、有志でやってまして。今いるのは、みなさん趣味の方ばかりなんです。プロのご意見を聴ければありがたい」
「そういうことなら、あっしでよければ」
「ありがとうございます。では後ほど審査が始まる頃に、改めてお声がけします」
「承知しました」
二人で固い握手を交わすと、神父は忙しそうに、また別の人間に挨拶しに行った。
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