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第一章 陰陽師、召喚される
第二話
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コルネード王国王宮、玉座の間――
ここに、王国の重鎮達が顔を揃えていた。
玉座に座るのは、前国王で、急逝した国王フェルマイヤ・コルネードの父、ベルフェルム・コルネード。現在は代理王である。
玉座のすぐ隣にはフィリシアが立っていた。今はイブニングドレスではなく、純白の軍服を着用している。彼女は王立学校の騎士課程を専攻する学生でもあるのだ。
玉座から向かって左の壁側には、王国宰相であり、国務尚書、魔法省長官、元老院も勤める、ラウル・リヒテンラーデ。七十五歳ながら身長は百九十センチあり、今、玉座の間に集まった中で一際目立つ。黒のローブを纏っているのは、魔導士の証だ。
隣には宰相補佐のムスカ・ブラネード。フィリシアの婿候補である。彼も百八十センチほどの背があるのだが、ラウルの隣にいるため目立たない。貴族の息子なのに黒のローブを纏っているのは、彼も魔導士で、ラウルの弟子だということを主張したい為だ。
その隣に騎士団長ジャン・ブルームバーグ。白い軍服は騎士団の団員服でもある。四十とは思えないほど若く見えた。
右の壁側には、ブラネード公爵ガルス。貴族らしい派手な上着を着用している。息子のムスカと違い、大きなお腹がはみ出していた。
少し間を置き、ラインハルト・ジェスパー侯爵、ボナパルト・ジェスパー親子か並ぶ。
二人とも武官で、軍服を着用しているが、騎士団とは違い、臙脂の厚みのある生地に金色の装飾が施された派手なモノだ。
年齢は四十三歳と二十歳なのだが、親子というより兄弟というくらい、外見も顔も似ている。口髭があるかないかくらいでしか見分けが付かない。
そして――
中央にコルネード聖教の大司教、ベネディクトとその孫、聖女エリーネが玉座に向かって跪いていた。
「それで……準備は出来たのだな?」
代理王のベルフェルムが前の二人にたずねると、ベネディクトは「はい……」と弱々しく応える。
「古文書の示すとおりには全て整いましたが、なにせ三百年ぶりの事であり、これで上手くいくかどうかはやってみなければ……」
歯切れの悪い説明である。
「上手く言ってもらわないと困る! これには国の運命が掛かっているのだぞ!」
ブラネード公ガルスは苛立ちを隠せないという声だ。
「やはりここは大魔導士、ラウル殿が行うべきだと思うが?」
ドラを鳴らしたような、耳に響く声はジェスパー侯爵、ラインハルトである。
ちなみに、ラウルは大魔導士ではない。その称号を得た者は、三百年間現れていない。ラインハルトは敬意を表して「大魔導士と同等レベルの――」という意味で使ったのだ。
「ムリな事を言うでない。使役獣の召喚なら私でもできるが、『勇者の召喚』は聖職者、それも聖人にしか行えないのだ。私が協力できるのは魔法陣を描くことくらいしかない」
低く、耳障りの良いラウルの声である。
そう、彼らは召喚魔法を行おうとしていた。
それも、国の救世主となるべく『勇者』の召喚である。
数時間前、王都に魔族が降り立ち、一カ月後に服従か死か、どちらかを選べと言い残し去っていった。
その対抗策として、彼らは三百年前の伝説よろしく『勇者』を召喚し、魔族を追い払おうと企てたのだ。
「ふん! 本当に小便臭いエリーネで勇者が呼べるのか?」
ラインハルトに良く似た声だが、今のは息子のボナパルトである。外見ばかりでなく、声まで似ている。
「下品な言い方をするなボナパルト。レディに失礼だろう」
うっとりするような、艶やかな声質の主はムスカだった。
「大丈夫だよ、エリーネ。キミならできる」
そう言って、満面の笑みを浮かべるムスカ。社交会に現れるご令嬢なら、即恋に落ちそうだが、エリーネはそんなムスカを見て溜め息を吐く。
「ちっ! 女の前だと色目を使いやがって……気色悪い! なあに、勇者など呼ばなくても、この俺様が魔族を皆殺しにしてやるわ!」
ボナパルトは高笑いをあげる。
「お前のへなちょこな槍捌きが通用するわけなかろう」
ムスカが挑発すると、ボナパルトが「なにおう!」と叫び、二、三歩前に出る。
「場をわきまえなさい! 玉座の前よ!」
美しく、それでいて芯の通った声はフィリシアだった。
ボナパルトは元いた場所まで引き下がる。ムスカも頭を下げ、無礼を恥じた。
そんな二人を見てフィリシアは溜め息を吐いた。
(ああ……もし勇者を召喚できて、国が救えたとしても、次の王がこの二人のどちらかだと思うと、先が思いやられる……)
そんなことを思って、すぐに頭を振る。
そう、今は魔族を討つことだけを考える時。それを成し遂げなければ国の……人類の未来はないのだ。
「エリーネ、あなたを信じるわ。お願いね」
そう、エリーネは歴代の聖人、聖女と比べても強力なチカラを有している――彼女の祖父である大司教もそう言っているではないか。
(きっと大丈夫だから!)
自分にも言い聞かせるフィリシアだった。
「――それでは、始めます」
鈴を転がしたような美しい声のエリーネが、そう口にしたあと、目を瞑り、手前の大きな魔法陣に祈りを捧げた。
三十秒程が経つ――
「……何も起こらないではないか?」
「黙れボナパルト!」
その時だった――
直径五メートルはあろうかという巨大な魔法陣の中央がほんのりと明るくなる。
「むっ? 異界とつながったようじゃ」
宰相のラウルが呟くと、全員から「おーっ!」と声が漏れた。
その時、エリーネは――
集中して、周りの喧騒は聞こえていない。
すると、頭の中に声が聞こえた!
『――もしもし?』
(あ! もしや、この声は⁉)
エリーネは一息吐いて、気持ちを落ち着かせたところで、こう念じる。
『アナタに魔物を追い払うだけのチカラはありますか?』
もし、声の主が勇者様なら『はい』と応えてくれる筈……
『はい、除霊依頼の方ですね?』
――――――――えっ?
確かに『はい』と応えた。しかし、その後に続いた言葉の意味がわからない……
エリーネは混乱する。
(そうだわ……異界なのだから、私達の世界に無い言葉があっても可笑しくない……)
念の為に確認してみよう――と、考える。
『アナタの世界では、魔物退治のことをジョレイ……というのですか?』
『はい、だいたい合ってますよ』
だいたい?
随分と煮え切らない言い方だ。
声からするとかなり若い……本当に勇者様なのだろうか?
勇者でも、一部の魔物専門という可能性もある。なら、どの範囲までのチカラを有しているか聞いておいた方が良いだろう……そう考えた。
『……どのくらいのチカラがありますか?』
『……まあ、大抵のことなら……大丈夫だと思います』
大抵の魔物が大丈夫? ということはオールマイティーな勇者様だということではないか!
『おお! なんと心強い!』
『え、えーと……それでは、最初に現場を見させて頂きたいのですが?』
『現場を見る……と、いうことはこの世界にお越し頂けるということですね⁉』
積極的な勇者だ!
かなり手慣れているように聞こえた。
(このお方ならきっと大丈夫)
エリーネは決心した。この方を召喚しよう!
『では、早速お呼びいたします!』
エリーネはより強く願う!
(この勇者様をお連れしてください!)
体中の魔力という魔力が一点に集中する。そして、何かを掴み、それを引き寄せる感覚。
魔法陣がジワジワと輝き出すと、あっという間に光が満ち溢れ、見ていた者全員が直視できないほど眩しく輝いた!
「おっ! おおっ!」
「こ、これほどのチカラとは⁉ これは期待できるぞ!」
現在、最高の魔導士にして、最も博識を持つラウルが興奮する! こんなに強く輝きを放つ魔法陣は、ラウルの長い人生でも初めての経験だ!
召喚魔法は強力なほど、より強い使役獣を召喚できる。きっと、「勇者召喚」も同じである筈だ!
いったい、どんな「勇者」が召喚されるというのか⁉
「う、うわあっ‼」
「きゃあ‼」
――えっ?
光の中から声がした。しかし、悲鳴にしか聞こえない……
今のが勇者?
それにしても、若すぎる声だ。勇者という威厳など感じられない悲鳴……
それに、一人でない?
少女と思しき声もあった。
勇者が二人――なのか⁉
やがて、魔法陣から放たれていた光が止み、中に二つの人影が見えた。
「――――――――えっ?」
「――――――――えっ?」
ここに、王国の重鎮達が顔を揃えていた。
玉座に座るのは、前国王で、急逝した国王フェルマイヤ・コルネードの父、ベルフェルム・コルネード。現在は代理王である。
玉座のすぐ隣にはフィリシアが立っていた。今はイブニングドレスではなく、純白の軍服を着用している。彼女は王立学校の騎士課程を専攻する学生でもあるのだ。
玉座から向かって左の壁側には、王国宰相であり、国務尚書、魔法省長官、元老院も勤める、ラウル・リヒテンラーデ。七十五歳ながら身長は百九十センチあり、今、玉座の間に集まった中で一際目立つ。黒のローブを纏っているのは、魔導士の証だ。
隣には宰相補佐のムスカ・ブラネード。フィリシアの婿候補である。彼も百八十センチほどの背があるのだが、ラウルの隣にいるため目立たない。貴族の息子なのに黒のローブを纏っているのは、彼も魔導士で、ラウルの弟子だということを主張したい為だ。
その隣に騎士団長ジャン・ブルームバーグ。白い軍服は騎士団の団員服でもある。四十とは思えないほど若く見えた。
右の壁側には、ブラネード公爵ガルス。貴族らしい派手な上着を着用している。息子のムスカと違い、大きなお腹がはみ出していた。
少し間を置き、ラインハルト・ジェスパー侯爵、ボナパルト・ジェスパー親子か並ぶ。
二人とも武官で、軍服を着用しているが、騎士団とは違い、臙脂の厚みのある生地に金色の装飾が施された派手なモノだ。
年齢は四十三歳と二十歳なのだが、親子というより兄弟というくらい、外見も顔も似ている。口髭があるかないかくらいでしか見分けが付かない。
そして――
中央にコルネード聖教の大司教、ベネディクトとその孫、聖女エリーネが玉座に向かって跪いていた。
「それで……準備は出来たのだな?」
代理王のベルフェルムが前の二人にたずねると、ベネディクトは「はい……」と弱々しく応える。
「古文書の示すとおりには全て整いましたが、なにせ三百年ぶりの事であり、これで上手くいくかどうかはやってみなければ……」
歯切れの悪い説明である。
「上手く言ってもらわないと困る! これには国の運命が掛かっているのだぞ!」
ブラネード公ガルスは苛立ちを隠せないという声だ。
「やはりここは大魔導士、ラウル殿が行うべきだと思うが?」
ドラを鳴らしたような、耳に響く声はジェスパー侯爵、ラインハルトである。
ちなみに、ラウルは大魔導士ではない。その称号を得た者は、三百年間現れていない。ラインハルトは敬意を表して「大魔導士と同等レベルの――」という意味で使ったのだ。
「ムリな事を言うでない。使役獣の召喚なら私でもできるが、『勇者の召喚』は聖職者、それも聖人にしか行えないのだ。私が協力できるのは魔法陣を描くことくらいしかない」
低く、耳障りの良いラウルの声である。
そう、彼らは召喚魔法を行おうとしていた。
それも、国の救世主となるべく『勇者』の召喚である。
数時間前、王都に魔族が降り立ち、一カ月後に服従か死か、どちらかを選べと言い残し去っていった。
その対抗策として、彼らは三百年前の伝説よろしく『勇者』を召喚し、魔族を追い払おうと企てたのだ。
「ふん! 本当に小便臭いエリーネで勇者が呼べるのか?」
ラインハルトに良く似た声だが、今のは息子のボナパルトである。外見ばかりでなく、声まで似ている。
「下品な言い方をするなボナパルト。レディに失礼だろう」
うっとりするような、艶やかな声質の主はムスカだった。
「大丈夫だよ、エリーネ。キミならできる」
そう言って、満面の笑みを浮かべるムスカ。社交会に現れるご令嬢なら、即恋に落ちそうだが、エリーネはそんなムスカを見て溜め息を吐く。
「ちっ! 女の前だと色目を使いやがって……気色悪い! なあに、勇者など呼ばなくても、この俺様が魔族を皆殺しにしてやるわ!」
ボナパルトは高笑いをあげる。
「お前のへなちょこな槍捌きが通用するわけなかろう」
ムスカが挑発すると、ボナパルトが「なにおう!」と叫び、二、三歩前に出る。
「場をわきまえなさい! 玉座の前よ!」
美しく、それでいて芯の通った声はフィリシアだった。
ボナパルトは元いた場所まで引き下がる。ムスカも頭を下げ、無礼を恥じた。
そんな二人を見てフィリシアは溜め息を吐いた。
(ああ……もし勇者を召喚できて、国が救えたとしても、次の王がこの二人のどちらかだと思うと、先が思いやられる……)
そんなことを思って、すぐに頭を振る。
そう、今は魔族を討つことだけを考える時。それを成し遂げなければ国の……人類の未来はないのだ。
「エリーネ、あなたを信じるわ。お願いね」
そう、エリーネは歴代の聖人、聖女と比べても強力なチカラを有している――彼女の祖父である大司教もそう言っているではないか。
(きっと大丈夫だから!)
自分にも言い聞かせるフィリシアだった。
「――それでは、始めます」
鈴を転がしたような美しい声のエリーネが、そう口にしたあと、目を瞑り、手前の大きな魔法陣に祈りを捧げた。
三十秒程が経つ――
「……何も起こらないではないか?」
「黙れボナパルト!」
その時だった――
直径五メートルはあろうかという巨大な魔法陣の中央がほんのりと明るくなる。
「むっ? 異界とつながったようじゃ」
宰相のラウルが呟くと、全員から「おーっ!」と声が漏れた。
その時、エリーネは――
集中して、周りの喧騒は聞こえていない。
すると、頭の中に声が聞こえた!
『――もしもし?』
(あ! もしや、この声は⁉)
エリーネは一息吐いて、気持ちを落ち着かせたところで、こう念じる。
『アナタに魔物を追い払うだけのチカラはありますか?』
もし、声の主が勇者様なら『はい』と応えてくれる筈……
『はい、除霊依頼の方ですね?』
――――――――えっ?
確かに『はい』と応えた。しかし、その後に続いた言葉の意味がわからない……
エリーネは混乱する。
(そうだわ……異界なのだから、私達の世界に無い言葉があっても可笑しくない……)
念の為に確認してみよう――と、考える。
『アナタの世界では、魔物退治のことをジョレイ……というのですか?』
『はい、だいたい合ってますよ』
だいたい?
随分と煮え切らない言い方だ。
声からするとかなり若い……本当に勇者様なのだろうか?
勇者でも、一部の魔物専門という可能性もある。なら、どの範囲までのチカラを有しているか聞いておいた方が良いだろう……そう考えた。
『……どのくらいのチカラがありますか?』
『……まあ、大抵のことなら……大丈夫だと思います』
大抵の魔物が大丈夫? ということはオールマイティーな勇者様だということではないか!
『おお! なんと心強い!』
『え、えーと……それでは、最初に現場を見させて頂きたいのですが?』
『現場を見る……と、いうことはこの世界にお越し頂けるということですね⁉』
積極的な勇者だ!
かなり手慣れているように聞こえた。
(このお方ならきっと大丈夫)
エリーネは決心した。この方を召喚しよう!
『では、早速お呼びいたします!』
エリーネはより強く願う!
(この勇者様をお連れしてください!)
体中の魔力という魔力が一点に集中する。そして、何かを掴み、それを引き寄せる感覚。
魔法陣がジワジワと輝き出すと、あっという間に光が満ち溢れ、見ていた者全員が直視できないほど眩しく輝いた!
「おっ! おおっ!」
「こ、これほどのチカラとは⁉ これは期待できるぞ!」
現在、最高の魔導士にして、最も博識を持つラウルが興奮する! こんなに強く輝きを放つ魔法陣は、ラウルの長い人生でも初めての経験だ!
召喚魔法は強力なほど、より強い使役獣を召喚できる。きっと、「勇者召喚」も同じである筈だ!
いったい、どんな「勇者」が召喚されるというのか⁉
「う、うわあっ‼」
「きゃあ‼」
――えっ?
光の中から声がした。しかし、悲鳴にしか聞こえない……
今のが勇者?
それにしても、若すぎる声だ。勇者という威厳など感じられない悲鳴……
それに、一人でない?
少女と思しき声もあった。
勇者が二人――なのか⁉
やがて、魔法陣から放たれていた光が止み、中に二つの人影が見えた。
「――――――――えっ?」
「――――――――えっ?」
応援ありがとうございます!
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