2 / 28
約束と、さよなら。
しおりを挟むちょうど、小学校の卒業式のあった日だった。
へーちゃんのお父さんが交通事故で亡くなった。へーちゃんと、彼のお兄ちゃんと剣道教室から家に帰る道で飲酒運転の車に轢かれたのだ。
僕もご近所でたまにおじさんには会っていたからと、お母さんに連れられてお葬式に参列した。
「悲しくないの?」
「悲しかったら泣かなきゃいけねーのか?」
「そういう訳じゃないけど」
オドオドしているへーちゃんのお母さん、泣いているお兄ちゃんとは対照的に、淡々としているへーちゃんに僕は首を傾げる。
そんな僕をへーちゃんはじっと見つめていたが、やがて不敵に笑って見せた。
「いいか、優。つえー奴は悲しくても、痛くても、泣かねーんだよ。まあ、お前みたいな泣き虫にはわかんねーか」
「へーちゃんは泣かないの?」
「泣かねーよ。つえーからな」
へーちゃんは特に強がる素振りも見せず、当たり前のことのように言い張った。
自信に満ちたように見えるへーちゃんが、僕には太陽のように眩しく見えた。
それから数日後、へーちゃんは引っ越した。挨拶もなく、突然の引っ越しだ。
いなくなる2、3日前までへーちゃんとは普通に遊んでいた。家にゲームがないへーちゃんと我が家で一緒にゲームをしたし、僕の10歳離れた妹とも遊んでくれていた。
最後に会った日、手紙をくれた。今まで僕が催促して絵を描いてもらったりはしていたけど、へーちゃんが自発的に物をくれるのははじめだった。
「二十歳になったら読んで」
へーちゃんは何故かそんなことを言った。そのときの笑みは何だか歪で、彼らしくなかった。でも、彼への違和感に言及することは出来なかった。
そして、それが彼との最後の思い出になった。
僕は手紙の中身が気になりつつも、彼の言うことを守ることにした。本当は中学校で「どういうこと?」って聞こうと思っていたけど、彼が同じ学校に来ることはなかったから手紙の中身はお預けだ。
周りの大人たちは、へーちゃん一家について色んな噂をしていた。へーちゃんとお兄ちゃんはいないのに、へーちゃんの家にはお母さんは残っている。それが不思議だった。
「そういえば、猫……」
中学生になってから、小動物の死体が出ることがなくなった。数年間、たまに近所を騒がせていたその事件は、へーちゃんたちが引っ越してから一度も噂になることはなかった。
「猫殺してた犯人捕まったの?」
久しぶりに家でのんびりしている警察官の父に聞いてみる。
お父さんは片手にコーヒー、片手に新聞を持ちながら僕の方を鬱陶しそうに見た。その冷たい瞳に少し萎縮するけれど、家族なのだから雑談くらいしたっていいはずだと自分に言い聞かせる。
「捕まってない」
「そ、そうなんだ……。じゃあ反省してやめたのかなぁ」
僕がよほど見当違いのことを言ったのか、お父さんは大きな溜息を吐いた。わざとらしい溜息にビックリして思わず肩が上がる。親にまで怯えてたら、僕はこの先どうやって生きていくのだろうと自分で自分が心配だが、どうしようもない。
「犯人は死んだ」
「死んだ?」
「優志も知ってるだろう? 明星航一だ」
「明星って……」
明星というのは、へーちゃんの名字だ。彼のお父さんが航一という名前なのかは僕は知らないが、「死んだ」というのならきっとそうなのだろう。ちょうど、猫の事件が終わる時期に、へーちゃんのお父さんは事故死した。
つまり、猫を殺していた犯人はへーちゃんのお父さんってことだ。
お父さんは頭の回転が遅い僕を眼鏡越しに睨んでいたが、やがて新聞に目を移した。12年親子をしてきたのに、僕とお父さんはあまり良い関係性とは言い難い。
まぁ、警察官をしている立派な父にとって、鈍臭い息子なんて理解し難いのだろう。父の言う「やれば出来る」を、僕は出来たことがない。お父さんが僕のことを「育て方を間違った」とお母さんに話していたのを僕は知っている。
「へーちゃん、知ってたのかなぁ」
猫を見つめるへーちゃんを思い出す。温かい目をして猫を見ていた彼は、きっと事実を知ったら心を痛めるのだろう。
「へーちゃんって、平和くんのことか?」
「え、あ、うん。明星平和くんだよ」
「……その平和くんも随分と喧嘩早い奴だったらしいな」
「……け、喧嘩はしてたけど……でも……」
「さすが、犯罪者のガキだな」
へーちゃんのする喧嘩は、基本的には僕や誰かを守ってくれる為の喧嘩だった。へーちゃんが自分から喧嘩を吹っ掛けることはなかった。僕がいじめられていたり、主張出来ない子が困っていたら介入してくれる感じだ。だから、喧嘩早いというのは少し違う気がする。
お父さんは「ふん」と鼻を鳴らして一人で何かを納得したようだった。僕は、へーちゃんを馬鹿にされているような気がしてモヤモヤしたが、やはり何も主張出来ない。
お父さんとの会話は途絶えたので、僕はトボトボと2階にある自室に向かうことにした。階段を上がる前に3歳になったばかりの妹に舌っ足らずに「おにぃたん」と呼ばれた。
妹に抱っこをせがまれ、僕はすっかり重くなった彼女を抱っこする。妹はそれだけで嬉しそうにキャッキャと笑う。
「優志、お母さん買い物してくるから心春のことお願いしていい?」
「うん。心春、お兄ちゃんとお絵描きでもしようか」
「うん!!」
中学でもいじめは続いている。へーちゃんがいなくなって、いよいよ味方は一人もいなかった。
親には相談出来なかった。お母さんは妹の子育てに忙しいし、お父さんは仕事が忙しい。家族のことが大切だからこそ、家族の負担にはなりたくなかった。
自分が耐えるしかない。
泣きたくなるときもあるし、逃げたいときもある。正直、死がチラつくときもある。
でも、僕はその度にへーちゃんと過ごした日々を思い出す。僕に唯一「一緒に遊ぼう」と声を掛けてくれて、唯一「仕方ねぇなぁ」と手を差し伸べてくれた。
彼に、少しでも報いたい。だから、逃げ出したくない。
僕はその一心で、明日も生きるんだ。
僕の世界は、彼で彩られていた。
0
あなたにおすすめの小説
俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件
こうたろ
青春
友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。
・学園一の美人で、男女問わず憧れの的。
・陸上部のエースで、明るく活発なスポーツ女子。
・物静かで儚げな美術部員。
・アメリカから来た金髪碧眼でハイテンションな留学生。
・幼稚園から中学まで毎朝一緒に登校していた幼馴染。
拓海の生活はどうなるのか!?
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる