Release 僕の神様

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僕の世界が、崩れないように。

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 へーちゃんの事件から約2周間経ち、10月になってから僕は再び学び舎に足を運ぶことにした。



 それまで思考がうまくまとまらず、自室にこもる日々を過ごしていた。落ち着かない気持ちを鎮めるために、唯一僕ができるのはへーちゃんとの日々を思い出しながら絵を描くことだった。



 グチャグチャになったへーちゃんのお母さんの遺体、頭から血を流すお父さん。ただ、あの強烈な風景を鉛筆で描いた。



 そのうちに、徐々に気持ちは落ち着いた。あの日々が現実だったことを噛み締め、へーちゃんの苦悩に気付かなかったことを認め、それでも前に進まないといけないことを覚悟した。



 久々の教室に足を運べば、室内にいたみんなが僕を見た。こんなに注目されるのは、きっと人生で最初で最後なのだろう。



 「相沼」



 真っ先に声を掛けてきてのは近衛くんだった。



 「その、なんつーか、大変だったな」



 「僕は、そうでもなかったよ」



 大変だったけど、それよりも泣いたり怒ったりコロコロ顔を変えていたへーちゃんの方が忙しかっただろう。今は彼も少しは落ち着いたのだろうか。



 「……へーちゃんの席、残ってるんだ」



 ふと目に入ったのは、へーちゃんの席だった。事件から2周間経ち、へーちゃんは既に退学となっているはずだ。それでも彼の席は、変わらずに置いてある。



 「あー、俺が……先生に頼んだんだ。なんか、このまま居場所をなくすのって、あんまりじゃねぇかなって」



 近衛くんが曖昧に笑う。きっと、先生に頼むときも曇った顔をしていたのだろう。それでも近衛くんがへーちゃんのことを大切に思ってくれたのが嬉しかった。



 「相沼、アンタはいつから知ってたわけ?」



 僕らの話の成り行きを見守っていた榊さんが僕に寄ってくる。腕を組む彼女は険しい顔をしていた。



 「みんなの、ほんの少し前だよ。……家に行ったらもう、へーちゃんはおばさんを殺してたんだ」



 糠部先生のことは報道されていないので、僕は少しだけ嘘を吐く。でも、この嘘を吐くことが苦しい。僕は糠部先生のことを知っていても何も行動しなかった。だから、こういう結末を迎えたんだ。そのことを確かめるようで、気持ち悪かった。



 「まぁ、双郷も3ヶ月しかいなかったわけだし、私らを頼れないのもわかるわよ。しかも家のことだし。でも、やっぱり酷くない?」



 榊さんの声が僅かに震える。



 そうだ、へーちゃんは転校してきて3ヶ月しか経っていなかった。それなのにこうやってクラスメイトたちの関心を一身に浴びるのだから流石としか言えない。やはり、文化祭が大きかったのだろう。転校してきてたった1ヶ月でグラスの中心になって文化祭の準備を進め、彼が成功に導いてくれたのはクラスのみんなが感じていることだ。



 だからこそ、こんな別れ方なんてしたくなかったのだ。もっと、みんなで行事とか楽しんでいきたかったのだ。



 「……おかしいわよ、こんなの。これから修学旅行もあってさ、楽しいことたくさんじゃない。なのに、何してんのよ」



 「……」



 「バカ。本当、バカすぎ」



 強がっていた榊さんの目から音もなく涙が流れた。



 へーちゃんならすぐにハンカチを差し出していたのだろうけど、僕はあいにくポケットにハンカチを入れてなかった。泣き始めた榊さんを見つめることしかできない。



 「あのとき、ちゃんとアイツの話し聞けばよかったな……」



 ポツリと加山くんが呟く。あのとき、とは猫の死体を弄っていたときのことだろう。



 加山くんの言う通りだ。僕が、へーちゃんの話を聞くべきだった。それこそ、ずっと前……小学生のとき、猫の死体が発見されるようになったときに。



 誰も、あの頃気づくことはなかった。へーちゃんが犯人だと、誰も思いもしなかった。



 あの頃、へーちゃんの歪みに気付けたら良かったのに。



 「相沼くん、君の話を聞きたかったんだ」



 「話?」



 学級委員をしている五木くんが僕の肩を叩く。彼もまた、複雑そうな顔をしていた。



 へーちゃん……君、本当に凄いよ。



 僕みたいにずっとこの学校にいたわけじゃないのに。それでも、みんな君のことを多少なりとも考えているし、力になりたいと思っていた人はいたんだ。



 どうして、本人だけが気付けなかったのだろう。



 「正直、僕らもどうしたらいいのかわからないんだ。彼のやったことは良くないし、だが、彼を救う人間がいなかったのも事実だ。それなのに、彼だけが犯罪者として裁かれるのは……少し、心苦しい」



 1ヶ月前に戻りたい。



 そうだ、へーちゃんだけじゃない。僕が誰かに相談しても良かった。こうやって、気にしてくれる人だっていたんだ。



 結局、僕は独りよがりな考え方しかしていなかった。自分が支えになりたいとか、恩を返したいという気持ちばかり抱いて、へーちゃんが一番必要としていたものを見ようともしなかった。



 「 」



 言葉が詰まって、何も出てこなかった。



 今までたくさん泣いていたのに、もう涙すら流せなかった。



 こうやって困ったとき、へーちゃんは助けてくれた。中学では耐えられたけど、また彼のいない世界を歩むのはあまりに息苦しい。



 嗚呼、本当僕って最低だな。



 僕は、保育所時代からずっとへーちゃんに執着していた。依存していた。



 へーちゃんを、自分の世界を作る神様として扱っていた。



 だからなのか……この期に及んで、僕は彼の間違いを認めたくなかった。



 間違いだなんて、言いたくなかった。



 友情ではない。恋愛でもない。彼からの気持ちは向けられなくても構わない。



 僕だけが勝手に彼を神聖化して、全てを正しいと言ってあげたい。



 へーちゃんで彩られた僕の世界を、守りたい。



 「あ、あの……」 



 言葉を失う僕の代わりに、類沢さんが弱々しく声を上げた。文化祭では大役をやりきった彼女も普段の生活は変わらず影に潜んでいる。それでも、彼女もへーちゃんに思うところがあるのだろう。



 「双郷くんにお手紙、書こうと思ってるんだけど……みんなはどうかな。すぐに読んでもらえるかはわからないけど、少なくとも出てくる頃には届くと思うし……その、待ってるよって……」



 モジモジしながら話す類沢さんの声も、榊さんと同じように震えている。



 こうやって色んな人が気にかけてくれるのは、へーちゃん自身もまたみんなを気にかけていたからだと思う。クラスに28人もいるのに、みんなが類沢さんの意見に賛同したのも、へーちゃんが日頃から築いていた人徳なのだろう。



 不思議と、誰も彼を責める人はいなかった。



 笑う人も、バカにする人もいなかった。



 手紙を書くと決めて、五木くんがルーズリーフをみんなに配った。書くも書かないも自由だと五木くんは伝えたが、みんな紙が配られたらペンを走らせている。



 僕もペンを持って、そっと目を閉じた。



 手に、へーちゃんの血の感触が残っている。生暖かくてドロドロした赤は、どんなに洗っても取れることはない。



 きっと僕がなんて言おうと、彼はきっと「俺が悪かった」と言う。そうやってへーちゃんを間違いにされるのは……本人であっても嫌だ。



 

 君は間違ってない。




 その一言だけ、書いた。



 彼は、人に言われた自分で在ろうとする。



 親に言われてキレイで在ろうとしたように。



 僕に言われて凄い自分で在ろうとしたように。



 だから、僕はそのままでいいよと伝えたい。



 彼がもう、否定されないように。



 僕の世界が、崩れないように。



 僕だけでも君を肯定する。
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