ヒナちゃんねる。

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疑惑。

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 3:多喜田友佑



 市内で起きた焼死体事件に捜査の進展がないまま、事件は悪い方へと加速した。



 学校でスマホを弄っていると、ネットニュースにそれが流れる。市内の川で他殺死体が発見されたという。その死体は頭が切断されており、現在身元を確認しているところらしい。



 本来は数学の時間だった5時間目は、体育館に集められてそのニュースの話を校長から聞く。なるべく下校時は複数で帰ること、夜道は歩かないこと、知らない人に話しかけられたら逃げること……。校長の神妙な顔を見ながら僕はそれらの話を真面目に聞いていた。



 全校集会が終わると、6時間目はなくなり帰宅することになった。部活も今日は中止ということで今日は演劇部の力と帰れそうだ。



 それから、もう一人。家が近いと言えば彼を誘うべきだろうか。



 「勝ちゃん、一緒に帰ろう?」



 後ろの席に振り返って声を掛けると、勝ちゃんは明らかに目尻を吊り上げる。



 「何でテメェと帰らんといけねぇんだ」



 「犯人、捕まってないんだよ。念の為だよ。男鹿くんは別方向でしょ?」



 「何でそこで男鹿が出てくんだよ。一人で帰れるわ」



 「でも」



 「そもそもテメェと違って俺はバイトがあんだよ」



 面倒臭そうに勝ちゃんはため息をこぼしてカバンを肩にかける。そういえば勝ちゃんも僕と一緒で部活には所属していなかったが帰りが一緒になることは滅多になかった。



 「今日はバイト駄目って集会で言ってたじゃん」



 「バレなきゃしてねぇのと同じだろ」



 「いや、駄目でしょ」 



 「しつけぇな! 俺がンな不審者に殺られっかよ!」



 勝ちゃんは話が堂々巡りだと思ったのか苛立つとすぐにガナリ声を上げる。僕はそれにウンザリしながらわざわざ声を掛けたことに少し後悔した。



 でも、こんなんでも幼馴染だ。万が一のことがあればもっと後悔するに決まっているのだ。



 「バイト行こうとしてること、先生に伝えるからね」



 「あぁ!? テメェ、ふざけんじゃねぇよ! クズ!」



 く、クズって!!



 心配しているだけなのに怒鳴られた挙句クズ呼ばわりされて僕も面白くはない。でも、勝ちゃんが頑固で自分の考えをねじ曲げることはしないのはわかりきったことだ。



 「勝ちゃん、今日は素直に帰った方がいいよ。先生方、バイト先巡回するみたいだから」



 僕らが言い合っているところに、もう一人の幼馴染である力が声を掛けてくれた。力は昔から僕らが喧嘩した時、間に入ってくれていた。勝ちゃんは基本的に誰の話も聞かないけれど、力の話なら一応耳を傾ける。それは多分、純粋に自分に憧れている力を無下にはできないということなのだろう。



 「何で力にンなことわかるんだよ」



 「さっき用事があって職員室行ったら、先生方がどこを巡回するか話し合ってたんだ。バイト先は申請の時に伝えてるでしょ?」



 「……休めってんのかよ」



 「今後も続けたかったらそれがいいと思うよ」



 力の言葉には納得したのか、眉間にシワを寄せ舌打ちしながらも反抗はしなかった。僕はそれに胸を撫で下ろし、力に心の中でお礼を言う。今伝えたら、勝ちゃんに嫌な顔されるのは間違いない。



 勝ちゃんはポケットからスマホを取り出すとバイト先に電話を入れた。



 「……都筑ッス。今日殺人事件があったからってバイト禁止されて……あー、そうッスか。はい、スンマセン」



 電話が終わるとため息をこぼしてスマホをポケットにしまう。そして怪訝そうに僕と力を見た。



 「なんでまだいるんだよ」



 「友ちゃんが一緒に帰ろうって言ってたでしょ。だから」



 「ガキじゃあるまいし、何でテメェらと行かなきゃなんねーんだよ」



 「僕らだけじゃ心配だからさ。勝ちゃんなら、殺人犯来ても平気でしょ?」



 力がうまく勝ちゃんを持ち上げながら勝ちゃんの背中を押す。勝ちゃんは目も口も吊り上げでいたが、自分が凄いと言われると力に反抗することはなかった。



 久しぶりに3人で帰ることになった。僕は自分で誘っておきながら隣を勝ちゃんが歩いていることに違和感を覚える。



 「勝ちゃんは最近ゲームとかやってる?」



 力は幼い頃のように無邪気に彼に声をかける。勝ちゃんも力に話題を振られるのは嫌ではないのか僅かに目を細める。



「してねぇ」



 「そうなんだ。普段何してるの?」



 「別に何だっていいだろ」



 つまらない回答をする幼馴染に、力は嫌な顔をせず笑っている。僕はこの二人が小さい頃から変わらない関係値なのが不思議だった。



 昔は普通に話せていたけど、ドッヂボールで僕が勝ってから勝ちゃんは僕のことを敵対視している。確かに、あれ以前も以降も勝ちゃんが他の人に負けることなんてなかった。体育は勝ちゃんがいるチームが勝ち、美術は毎回彼の作品が展示会に選ばれ、学年の成績は彼が常にトップに君臨する。そんな彼にとってたった1回の負けは、僕が思っている以上に深い傷になっているのだろう。



 「それにしても怖いよね。殺人犯がまだ捕まってないなんて……」



 「ビビってんのかよ。ダッセェ」



 「勝ちゃんは怖くないの?」



 思わず口を挟むと、勝ちゃんは僕には露骨に嫌な顔をする。そういうところが彼の子供だなと思うところだけど、それを言えば怒声が返って来るのは目に見えているので黙っておこう。

 

 「返り討ちにしてやるよ」



 「勝ちゃんならできるかもね」



 キラキラとした目で力が言う。それに満足したのか、勝ちゃんがフンと威張るように鼻で笑った。



 でも、現実問題で殺人犯が捕まらないのは怖い。今のところ狙われている人たちの共通点もわからないし、自分たちの目の前に現れたら僕は絶対に逃げられる自信がない。



 それに、ヒナちゃんもこの街にいるんだ。彼が事件に巻き込まれてしまったら僕は耐えられないだろう。叔父さんを含む警察のみなさんには速やかに事件解決してもらいたいものだ。



 「でも犯人ってどんな人なんだろうね」



 信号待ちで力が心配そうにメガネの奥の瞳を揺らした。僕も勝ちゃんももちろん犯人の心当たりなんてないので答えなんてない。



 ただ、確かにどんな人なのだろうとは疑問である。二人の命を奪った男かも女かもわからない人物。一人は焼き殺し、一人は頭部を切断した残虐な人間だ。いや、こんな奴を人間と言っていいのかもわからない。



 「どうせすぐ捕まんだろ」



 勝ちゃんがつまらなそうに低い声で言った。それはただの願望である。



 「でも焼死体が見つかってから1ヶ月経ったよね」



 僕はまた余計な言葉を言ってしまう。勝ちゃんは心底呆れた顔をしてこちらを見た。



 「俺が知るかよ。警察がどうにかすんだろ」



 「まあ、確かに」



 どうしようもない現実に、僕らはやがて話す言葉も尽きた。信号が青になって無言で歩き出す僕たちはかつての仲の良かった幼馴染ではなかった。



 それでも時間は過ぎるもので、関係も修復しないまま、あっという間に僕らは10年以上時間を共にした。力とは学校の外でも一緒に遊ぶし、どれだけの時間共にいるのだろうと思う。勝ちゃんとの関係は時間と共に良くなるものではなかったけど、一人と仲違いをしたからって生きていけるのが人生だ。



 この事件も、僕らはいつか風化させるのだろう。自分には関係ないのだから、犯人さえ捕まればこの怖かった気持ちもあっという間に忘れ去るのだろう。



 それから僕らは無言で僕の家の近くまで歩いた。勝ちゃんは僕の家から歩いて5分のところにあるアパート、力の家は勝ちゃんの家から更に3分ほど歩いたところにある一軒家だ。



 2人の帰り道のため、自然と僕の家まで彼らが来てくれる形になった。殆ど会話もしなかったが、それでも人殺しがどこにいるかわからない恐怖が和らいだ気がして、そっと胸を撫で下ろす。



 「力、勝ちゃん、またね」



 「うん。またね、友ちゃん」



 「フン」



 二人を家の前で見送る。しばらく二人の背中を見送るが二人きりになっても彼らは特に話すこともなく静かに歩いて行った。



 僕はそれを見届けてから家に入ることにする。我が家は築15年の一軒家で僕が2歳の時に両親が建てた。それまでは勝ちゃんの住んでいるアパートで暮らしていたらしいけど、僕はその時の記憶はない。



 母は同じアパートに住んでいた勝ちゃんのお母さんとママ友だった。僕は物心つく前から勝ちゃんと時間を共にしており、僕が先に保育所に入って彼も後を追うように同じ保育所に入ってきた。そして、力とは親同士の付き合いではなく、保育所で友だちになった。



 だが、僕らが年中の時に病気がちだった勝ちゃんのお母さんが病死した。そこからは勝ちゃんの家族とは会っていない。いつも遊んでくれていたおばさんの葬式で珍しく大泣きしていた勝ちゃんはぼんやり覚えているが、彼のお父さんの顔もまったく覚えてはいなかった。



 久しぶりに勝ちゃんと帰ったからか懐かしい気持ちが込み上げる。僕は鞄を放り投げて制服を適当にハンガーにかけると、棚の奥底からアルバムを引っ張り出した。



 「うわ、小さいなぁ」



 記憶にない赤ん坊の自分は、可愛くもなんともなくただ小さいなと言う感想だった。そんな僕の隣にはよく勝ちゃんが写っている。今の無愛想な彼とは打って変わりニコニコと楽しそうに笑顔を浮かべる彼は、何だかおかしかった。



 そういえば、勝ちゃんの左頬は火傷の痕がある。いつからだろうとアルバムを巡ると年中から彼の写真が突然減った。そして卒園式の写真には痛々しい火傷の痕がその頬にあった。



 「って、あれ?」



 ページを巡り続けようとして、僕は思わずその卒園式の写真に釘付けになった。幼児の後ろに並んでいる保護者の中に一人、目立つ金髪の女性がいたのだ。 



 他の親御さんより若々しいその顔は、最近見た顔だった。いや、最近どころではなく動画で毎日見ている顔なのだ。



 「……ヒナちゃん」



 ヒナちゃんが、写っていた。



 柔らかい金髪に、青く澄んだ瞳。太陽のように優しく微笑むその顔は間違いなくヒナちゃんその人だった。



 といことは……僕は知り合いのお母さんを推してる? 

 

 いや、それにしては年を取らなすぎだろう。クラスメイトの加山さんは確かにヒナちゃんと顔が似ているが、この写真のヒナちゃんは似ているどころの騒ぎではない。推しの顔なのだ。間違いなくこの写真はヒナちゃんだ。



 「……いや、ヒナちゃんは男だ」



 なら、この写真のヒナちゃんは? 誰かの女装なのか? それとも動画を撮っているヒナちゃんのモデルなのだろうか。



 いたたまれなくなった僕はその写真をスマホで撮り、Linesで力に連絡を取った。「この人知ってる?」と言葉を添え、返事を待つ。



 返事を待つこと数分で陽気な音が力からの返信を伝える。僕はすぐにスマホの電源ボタンを押し、Linesの画面を開いた。



 『知らないよ。ヒナちゃんにそっくりだね。これって保育所の写真?』



 そっか、知らないか……。



 返事に落胆しながら僕はすぐに返事を打った。



 『そうだよ。久しぶりに見たらヒナちゃんそっくりでびっくりしちゃった』



 『本当にそっくりだね。勝ちゃんに聞いてみようか?』



 『いいの? というか勝ちゃんの連絡先知ってるの?』



 『うん。知ってるよ! 聞いてみるね』



 力と勝ちゃんって今も普通に友だちなんだなぁ。



 幼馴染たちが僕の知らないところで仲良くしているのを感じると何だかいたたまれない気持ちだった。でも、それよりも勝ちゃんがヒナちゃんにそっくりなこの人のことを知っていないかどうかの方が気がかりだ。



 待つこと10分。その間ヒナちゃんねるの動画を見ながら待っていた。その顔はやはり保育所の卒園式に参列する保護者の一人とそっくりだった。動画を流していた画面の上にLinesの通知が出る。力が勝ちゃんから話を聞いてくれたのだろう。その通知をタップしようと指を伸ばすと、ポロンと音がなり突如『都筑勝浬がお友だちに追加されました』『曽田力にグループに招待されました』と立て続けに表示された。



 力に招待されたグループを開くと、すぐに勝ちゃんからのメッセージが届いた。



 『みやこあかりの母親』



 『ついに他人の母親まで好きになったんか』



 みやこあかり……?



 僕はあかりという名前を思い出そうとするが残念ながら全く心当たりがなかった。勝ちゃんの失礼な言葉に苛立ちつつも、彼しか情報を知らないのだからグッと気持ちを抑えてメッセージを打つ。



 『あかりちゃんって小学校違うところに行ったの? 僕覚えてなくて……』



 『死んだ』



 し、死んだ?



 勝ちゃんの言葉に、メッセージを打とうとしていた手が止まる。まさか亡くなっているなんて思っていなくて、僕は何て返事をしたらいいのかわからなかった。



 『卒園式のすぐ後に事故で死んだ』



 『で、何で急にんなこと聞いてんだよ』



 『そのあかりちゃんって子のお母さん、友ちゃんの推してるミーチューバーにそっくりなんだよ』



 『じゃあそのミーチューバー、あかりの母親なんじゃねぇの?』



 『いや、僕の好きなヒナちゃんは男なんだ』



 『は?』



 『勝ちゃん、事故の詳細知ってる?』



 僕は、ヒナちゃんの知られざる何かに触れている気分で、すかさず勝ちゃんに詳細を尋ねる。ファンとしての好奇心と、一緒にお茶をしている背徳感と、それ以上にこんな偶然があるのかという一縷の不安が混ざり合い、形容しがたい気分だ。



 そんな僕の気持ちなんて微塵も知らない勝ちゃんは、そっけない返事を陽気な音と一緒に返した。



 『知らねぇよ。事故で死んだって父親から聞いただけだし』



 『何で勝ちゃんのお父さんは知ってたの?』



 『保育所から連絡きたからだろ。多分お前らの親のところにも連絡来たんじゃね』



 そうなのだろうか。



 僕は必死に過去を遡ろうとするが、残念ながら女の子の葬儀に出た記憶はない。葬儀の記憶は勝ちゃんのお母さんのもののみで、僕は物心ついてから親戚の葬儀にも出たことがないのだ。



 『勝ちゃんはあかりさんのこと覚えてる?』



 僕の代わりに力が質問をしてくれた。力は不審がる僕の気持ちをわかってくれているのだろうが、当然勝ちゃんは急に過去の話をしている僕のことを怪訝に思っているに違いない。それでも意外と会話を続けてくれるのは、やっぱり力が作ったグループだからだろうか。



 『ぼんやりとは覚えてるけど別に仲良かったわけじゃねぇし、詳しくは知らん』



 『よく名前は覚えてたね』



 『一度聞いた名前と顔は覚えてる。あかりに限らず同じクラスだった奴は覚えてる』



 どんな記憶力だよ。



 保育所のみならず小学校とかも同じクラスだったら多少は覚えているけど、仲良かったわけでもない保育所のクラスメイトなんて顔も名前も出ては来ない。こうやって写真をみたところで名前がわかるのは数人だけだ。



 当然、写真の誰があかりちゃんなのかも僕にはわからない。



 僕は再び卒園式の写真をスマホで撮る。今度はあかりちゃんのお母さんだけではなく全体が写るようにした。それをグループのメッセージにアップする。もちろん、勝ちゃんに顔を見てもらうためだ。



 『どの子があかりちゃん?』



 『後列の右から2番目』



 勝ちゃんに言われた女の子を見る。その子はお世辞にもヒナちゃんには似ているとは言えなかった。

ヒナちゃんの金髪に青い瞳は全く遺伝しなかったようで、明るい茶髪をツインテールにしてパッツンに切られた前髪から紫暗の瞳がこちら覗いている。ふにゃりと柔らかく笑っている、少しふくよかな体型の優しそうな女の子だった。



 『似てないね』



 『父親似なんだろ』



 勝ちゃんのそっけない言葉に、僕は納得するしかない。でも、僕はここで『みやこあかり』という名前を知ることができたのだ。今度の土曜日にヒナちゃんに会ったときにこの名前を出してみたら何か反応があるかもしれない。



 『ありがとう勝ちゃん、力』



 僕は二人に感謝を伝えると、力からは『どういたしまして』のスタンプが返ってきた。勝ちゃんは既読がつくが返事はなく、多分これで役目を終えたとばかりに会話を終わらせたのだろう。



 僕もLinesのアプリを閉じて、ミーチューブを見ることにした。つい数分前にヒナちゃんねるの更新があり、僕は迷わずヒナちゃんが写っているサムネイルを押す。



 『こんばんは、ヒナちゃんねるです!』



 喫茶ひだまりでも聞いている、明るくハキハキした声がスマホから溢れる。華やかな笑顔は、僕の手元にある写真の『みやこあかりの母親』と瓜二つの顔をしていた。



 『今日は私のとある1日をお見せしようと思います』



 今回は動画の後に音声をつけたVlogのようだ。画面の中のヒナちゃんが午後のルーティーンをしながら、後付された彼の言葉が流れてくる。



 『今日はいつも頑張っている自分にご褒美でお肉、たくさん焼いちゃいます』



 テキパキと家事をこなす彼は、とても同じ高校生とは思えなかった。定期的にVlogがアップされるが、料理も掃除も家具の取り付けも、全部一人でテキパキと華麗にこなしてしまう彼は、まるで隙のない完璧な人間だった。そこに少し天然でふわふわした彼の言葉があることで人間らしさが生まれ、僕はどんどんドツボにはまっていったのである。完璧と言えば身近には勝ちゃんがいるけど、完璧であるがゆえの自尊心の強さや排他的な考え方は苦手なので、ヒナちゃんの穏やかで自分の能力の高さを鼻にかけないところは本当に尊敬する。



 ヒナちゃんは一人では食べ切れない量のお肉と野菜を盛り付けし、毎回のように用意している味噌汁を食卓に並べる。食べる前に必ず束ねるウィッグの髪は本物のように艷やかで美しかった。



 『よくご飯の量多いねってコメントいただくんだけど、私、まだ親と暮らしてるので親の分です! あとね、男子高校生なものでたくさん食べちゃってます! 食欲には抗えないよねぇ。好きな食べ物は焼肉です。圧倒的にお肉が好き! このお肉たちは親と分け合うけど、一人でも食べれちゃいそう』



 次から次へとお肉を口に放りながら、ヒナちゃんが美味しそうに目を細める。それを見ているだけで僕も何だかお腹が空いてくる。



 僕は片手にスマホを持ちながら自室を出てキッチンを物色しに向かう。キッチンにはお母さんが好きでよく買っているクッキーがあったのでそれを2袋拝借して、コーヒーを飲むためにやかんでお湯を沸かす。



 それにしてもヒナちゃんの使ってる雑貨って可愛いよなぁ。



 ヒナちゃんは黄色が一番好きみたいだけどカラフルな雑貨を好んでいて、今日の動画で使っているフライパンは白、普段出てくる鍋は黄色、エプロンは赤……と画面がとても賑やかだ。ご飯を食べているテーブルには黄色のチューリップの造花が飾ってあり、ギンガムチェックのテーブルクロスが敷かれている。今は6月だから装飾が少ないけど、ハロウィンとかクリスマスとかの行事になるとそれにちなんだ装飾が部屋を彩っている。



 そして自室には彼がはまっているゲームのドリームシリーズのグッズがこれでもかというほど飾っていた。ドリームシリーズはもう20周年以上迎えているが、人気は衰えることなく、今でも新シリーズや新しいハードでリメイク作品も出ている。僕も力から布教されてハマり、全シリーズをプレイしている。



 『さて、ここで突然の開封動画です。ドリームシリーズのガチャガチャあったので2回回してきました! 狙うはクラルスくん! でも誰が来ても嬉しい』



 画角が彼の手元に変わり、彼がピンクのガチャポンを開けた。中から出てきたのはドリームムーンの主人公、ルナちゃんのキーホルダーだ。



 『ルナちゃんだー! 可愛いー!!』



 ルナちゃんも可愛いし喜んでるヒナちゃんも最高に可愛い。



 推しが好きな作品を推しているだけで嬉しいのに、僕が普段集めないグッズとかもヒナちゃんが網羅してくれるから、僕は彼の開封動画が好きだった。何より、どのキャラが出ても、被りが出てもニコニコと嬉しそうにしているヒナちゃんが愛くるしい。ぜひヒナちゃん自身もグッズを出してほしいところである。そうしたら僕もどんなグッズでも喜ぶ自信がある。



 『あっ、え!? クラルスくんだー!!! うそー!! やったやった!! わああ!!!』



 2個目のガチャポンはヒナちゃんの推しのクラルスが出た。ヒナちゃんはよほど嬉しかったのか画面の中でぴょんぴょんと跳びはねている。その愛情表現が可愛くて、自然と僕の口角が上がる。ヒナちゃんは割と強運の持ち主なので、推しが当たることが多い。今日も今日とて推しを引いた彼が喜ぶ姿を見れたので、僕も幸せだ。



 今日の動画は開封動画で幕を閉じ、僕はいつものように高評価のボタンを押してからコメントを書く。ヒナちゃんは返事はしないものの、時々コメントの話を動画内ですることがある。きっと彼はコメントを読んでくれているので、なるべく粗相のないように慎重に言葉を選びながら動画の感想を書いた。



 『ずっと応援しています』。最後はいつもこの文章で締める。



 「今日も可愛かったな、ヒナちゃん」



 いつも彼に元気をもらっている。彼の笑顔を見るだけで、日々を励まされる。



 ヒナちゃんが動画配信をしてくれたことを感謝しながら、いつもならスッキリした気持ちで視聴を終えるのに、今日は微かに嫌な現実が頭を過った。



 みやこあかりちゃん。



 ヒナちゃんに、聞かなければならない。



 別にヒナちゃんの正体を赤裸々に暴こうという気持ちがあるわけではない。それでも偶然にしては出来すぎたこの状況を、素直に受け入れられるほど、出来た人間でもなかった。



 動画配信をしていて、遠くの存在だったヒナちゃんが、先月突然身近な存在になった。そして、そんな折に見つけてしまった『みやこあかり』ちゃんのお母さんの写真。



 こんなことが偶然あるのだろうか?
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