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絶海の孤島編
いってらっしゃいませ
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フランシス侯爵家当主の執務室で、部屋の主とトリルは対峙していた。
「坊ちゃんは、私達が貴方を裏切ったと思っていますか」
「いいや。お前達の忠誠心は本物だ。――裏切ったのは僕だ」
ラインハルトに全てがバレて、ビエルサの計画は失敗に終わった。
「僕が今までうまくやってこれたのは、お前達の協力があったからだ」
一呼吸置いて、ビエルサは続く言葉を紡いだ。
「今までお前達が僕に協力したのは、僕が正しくあろうとしたからだ」
「……」
彼の真意を見極めようとするように、トリルは俯きがちな小さな頭をじっと見つめる。
「僕は箱庭の王様だった。自分が賢いと思っている子供だった」
周りに助けられていたのに、それを自分の実力だと勘違いするくらい子供だった。
(僕はずっと守られていた。祖父に、使用人達に、町の人々に……)
ビエルサは苦々しく思いながら、心中を吐露した。
(認めたくないが、認めざるを得ない。この後に及んで目を背けるわけにはいかない)
守られている自覚もない子供。トリルがビエルサを主人と認めないのは当然のことだ。
「僕に必要なのはイエスマンじゃない。主人が間違っていると思ったら諫言できる者だ。今回お前達を罰するつもりはない、だが次回は陰で行動せず僕に直接言え。二度目はないぞ」
彼は顔を上げてトリルを真っ直ぐに見つめた。
失敗したばかりで穴があったら入りたい状態だが、それでも必要な事は言わなければ。
この先も彼らの主人でありたいなら、ビエルサは今ここで逃げてはいけない。
「……今回の計画、何が問題だったと思っていらっしゃるんですか?」
黙ってビエルサの言葉を聞いていたトリルが漸く口を開いた。
「……写真だ。もし恋に落ちやすい状況に舞台を整えるだけなら、お前もゲルスも黙って協力しただろう」
「そうですね」
確実にラインハルトを手に入れたくて、ビエルサは2段構えの策を用意した。
1つ目は普通に吊り橋効果、単純接触効果、チェーンによりパーソナルスペースを強制的に縮めるなどの心理学を駆使し、ラインハルトがビエルサに対し恋愛感情を抱くよう誘導するもの。
2つ目は教育と称しラインハルトと性的な関係になり、その様子を盗撮して彼を縛りつける事を目的としたもの。
あくまで本命は1つ目であり、2つ目は保険なのだが、そんな事はビエルサの都合の良い言い訳でしかない。
撮影した時点でアウトなのだ。
「写真で先生を脅しても、得られるのは歪な関係だけだ。しかもこの事が流出したらフランシス家の醜聞になる」
「正解です」
周囲には1つ目しか伝えなかったが、撮影を担うトリルと、彼に何かあった場合の代打となるゲルスには2つ目について説明した。
結果としてトリルは撮影をすっぽかし、ゲルスは良心の呵責に耐えかねてラインハルトに忠告するに至った。
「僕自身が未熟だから。他人の心を推し量ることができなかった」
積極的に外部の人間と関わってこなかったビエルサが、短期間で効率的に意中の相手と両思いになるという計画自体がそもそもおかしかった。
少年は心理学で人の機微に聡くなったつもりでいた。
学んだ事が全部間違っていた、なんて極端な話をするつもりはない。当て嵌まるところもあるが、現実はそうでないところも多々あるという事だ。
今回のことで、ビエルサは机上の空論で人間を解ったような気になるのは危険だと学んだ。
「この先、どうされるおつもりですか?」
「ずっとお爺様に守られて、物心ついた時からこの屋敷で暮らしていた。僕もお爺様のように、外の世界を経験すべきだと痛感した」
「よいことです。屋敷の事はお任せください」
トリルも以前から思っていたのだ。だが人に言われて動くのと、自ら行動するのとでは全く違う。
特にビエルサはプライドが高いので、トリルはずっと小さな主人が自覚するのを待っていたのだ。
フランシス侯爵家には充分な蓄えがある。
慎ましく生活すれば生涯この屋敷で暮らすことは可能だ。
ビエルサは祖父の用意した優しい殻の中で一生を終えることもできるが、彼はそこから抜け出す決意をした。痛みを伴うかもしれないが、これは彼が選んだ彼の人生だ。
「……留学しようと思っている。寄宿学校であれば単身でも異国で生活できる」
「おや。それはもしかして」
「ラインハルト先生の居る学校だ。呆れたか?」
「いいえ。何かあった時に頼りにできる方が側にいるのであれば、私共も安心できます」
寄宿学校の生徒になるが、ビエルサは侯爵家の当主でもある。必要があればトリルかゲルスが面会しに行くこともあるが、今までのように付きっきりとはいかない。
他の使用人達に至っては長期休暇の時にしか会えない。
ビエルサにも自覚があるようだが、彼にいきなり同じ年頃の男子達との集団生活は辛いものがあるだろう。
そんな時に側にラインハルトがいれば大きな支えになるはずだ。
今のビエルサなら彼とも良好な関係が築けるに違いない。
(ラインハルト先生の周囲には問題児が溢れていますからね。坊ちゃんくらいなら可愛いものです)
普通の人間であれば、今回のような事をされればビエルサを嫌ってもおかしくない。
(先生なら何だかんだ言いつつ面倒を見てくださるでしょう)
トリルには確信があった。
「いってらっしゃいませ。――ビエルサ様」
「坊ちゃんは、私達が貴方を裏切ったと思っていますか」
「いいや。お前達の忠誠心は本物だ。――裏切ったのは僕だ」
ラインハルトに全てがバレて、ビエルサの計画は失敗に終わった。
「僕が今までうまくやってこれたのは、お前達の協力があったからだ」
一呼吸置いて、ビエルサは続く言葉を紡いだ。
「今までお前達が僕に協力したのは、僕が正しくあろうとしたからだ」
「……」
彼の真意を見極めようとするように、トリルは俯きがちな小さな頭をじっと見つめる。
「僕は箱庭の王様だった。自分が賢いと思っている子供だった」
周りに助けられていたのに、それを自分の実力だと勘違いするくらい子供だった。
(僕はずっと守られていた。祖父に、使用人達に、町の人々に……)
ビエルサは苦々しく思いながら、心中を吐露した。
(認めたくないが、認めざるを得ない。この後に及んで目を背けるわけにはいかない)
守られている自覚もない子供。トリルがビエルサを主人と認めないのは当然のことだ。
「僕に必要なのはイエスマンじゃない。主人が間違っていると思ったら諫言できる者だ。今回お前達を罰するつもりはない、だが次回は陰で行動せず僕に直接言え。二度目はないぞ」
彼は顔を上げてトリルを真っ直ぐに見つめた。
失敗したばかりで穴があったら入りたい状態だが、それでも必要な事は言わなければ。
この先も彼らの主人でありたいなら、ビエルサは今ここで逃げてはいけない。
「……今回の計画、何が問題だったと思っていらっしゃるんですか?」
黙ってビエルサの言葉を聞いていたトリルが漸く口を開いた。
「……写真だ。もし恋に落ちやすい状況に舞台を整えるだけなら、お前もゲルスも黙って協力しただろう」
「そうですね」
確実にラインハルトを手に入れたくて、ビエルサは2段構えの策を用意した。
1つ目は普通に吊り橋効果、単純接触効果、チェーンによりパーソナルスペースを強制的に縮めるなどの心理学を駆使し、ラインハルトがビエルサに対し恋愛感情を抱くよう誘導するもの。
2つ目は教育と称しラインハルトと性的な関係になり、その様子を盗撮して彼を縛りつける事を目的としたもの。
あくまで本命は1つ目であり、2つ目は保険なのだが、そんな事はビエルサの都合の良い言い訳でしかない。
撮影した時点でアウトなのだ。
「写真で先生を脅しても、得られるのは歪な関係だけだ。しかもこの事が流出したらフランシス家の醜聞になる」
「正解です」
周囲には1つ目しか伝えなかったが、撮影を担うトリルと、彼に何かあった場合の代打となるゲルスには2つ目について説明した。
結果としてトリルは撮影をすっぽかし、ゲルスは良心の呵責に耐えかねてラインハルトに忠告するに至った。
「僕自身が未熟だから。他人の心を推し量ることができなかった」
積極的に外部の人間と関わってこなかったビエルサが、短期間で効率的に意中の相手と両思いになるという計画自体がそもそもおかしかった。
少年は心理学で人の機微に聡くなったつもりでいた。
学んだ事が全部間違っていた、なんて極端な話をするつもりはない。当て嵌まるところもあるが、現実はそうでないところも多々あるという事だ。
今回のことで、ビエルサは机上の空論で人間を解ったような気になるのは危険だと学んだ。
「この先、どうされるおつもりですか?」
「ずっとお爺様に守られて、物心ついた時からこの屋敷で暮らしていた。僕もお爺様のように、外の世界を経験すべきだと痛感した」
「よいことです。屋敷の事はお任せください」
トリルも以前から思っていたのだ。だが人に言われて動くのと、自ら行動するのとでは全く違う。
特にビエルサはプライドが高いので、トリルはずっと小さな主人が自覚するのを待っていたのだ。
フランシス侯爵家には充分な蓄えがある。
慎ましく生活すれば生涯この屋敷で暮らすことは可能だ。
ビエルサは祖父の用意した優しい殻の中で一生を終えることもできるが、彼はそこから抜け出す決意をした。痛みを伴うかもしれないが、これは彼が選んだ彼の人生だ。
「……留学しようと思っている。寄宿学校であれば単身でも異国で生活できる」
「おや。それはもしかして」
「ラインハルト先生の居る学校だ。呆れたか?」
「いいえ。何かあった時に頼りにできる方が側にいるのであれば、私共も安心できます」
寄宿学校の生徒になるが、ビエルサは侯爵家の当主でもある。必要があればトリルかゲルスが面会しに行くこともあるが、今までのように付きっきりとはいかない。
他の使用人達に至っては長期休暇の時にしか会えない。
ビエルサにも自覚があるようだが、彼にいきなり同じ年頃の男子達との集団生活は辛いものがあるだろう。
そんな時に側にラインハルトがいれば大きな支えになるはずだ。
今のビエルサなら彼とも良好な関係が築けるに違いない。
(ラインハルト先生の周囲には問題児が溢れていますからね。坊ちゃんくらいなら可愛いものです)
普通の人間であれば、今回のような事をされればビエルサを嫌ってもおかしくない。
(先生なら何だかんだ言いつつ面倒を見てくださるでしょう)
トリルには確信があった。
「いってらっしゃいませ。――ビエルサ様」
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