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プロローグ
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戦の硝煙の匂いは、既に城の最奥《さいおう》のここにまで届いていた。
部屋に飛び込んできた傷だらけの伝令は、ひざまずき、声を震わせる。
「陛下が……陛下が討ち死にされました」
「なんてことっ」
「ああっ」
最後まで私のそばに残った忠実な侍女たちは、その場に泣き崩れた。
「王妃様、敵軍がここまで。ここも落ちます。どうかお逃げ下さい!」
必死にすがる侍女に私は首を振った。
「私も、この城と運命を共にすべきでしょう。生き残った裏切者の私を、あの冷酷な覇王が許してくれると思う?」
唇をかみしめる年若い侍女の頭をなでてそう言うと、彼女の瞳にはみるみる涙が盛り上がった。
かわいい子。
そんなに私を信じて。
「でも、今ならまだ逃げられます。王妃様、生きてください! 陛下と聖王国の血をつながなければ! 隠し通路で城外へ出ましょう!」
必死な彼女に申し訳なく思いながら、私は、再び首を振る。
あの男が、裏切った私を殺しに来る?
いいえ、知っているわ。
あの男は、私を迎えに来るのよ。
全てを打ち破って、この私を手に入れるために。
喜びに満ちあふれそうになる気持ちを私は必死に飲み下した。
「ぐっ」
次の瞬間だった。
不意に侍女が血を吐いて床に転がった。
周りの者たちも次々に倒れていく。
「おう……ひさま……逃げ……」
忠実な侍女は、最後まで私を助けようとして、そのままこと切れた。
「何事だ⁉ て、敵の策謀か⁉」
一人残った伝令は、辺りを見回して剣を構える。
「先ほど皆に飲ませた毒が効いてきたのでしょう。お前は、後からここにきたから、飲んでいなかったのね……影、始末して」
どこからともなく現れた男が、一人残った伝令の首を、背後からかき切った。
男はすぐに姿を消し、私の周りに生きている者は誰もいなくなった。
私は、足元に転がる一番かわいがっていた侍女の頬をなでた。
「かわいい子。お前たちを殺した罪は、私が全て負うわ」
せめて、最後まで私のそばに残った者たちは、私の手で送ってやりたかった。
私は、血に塗れた手で扉を開けて部屋を後にする。
私の行く先を遮る者は、もう誰もいなかった。
重い体を引きずるように城の屋上への階段を上がり切ると、西の砂交じりの風が、私の髪をはためかせた。
広がるは砂塵の中、城へと押し寄せる騎馬の波。
夢にまで見た、その光景。
先頭に立つ、ひときわ目立つ人馬の姿が、徐々に形をなしてくる。
「ああ」
見下ろす先には、騎馬の王の姿があった。
頬に感じる涙の理由は、恐怖ではなく、歓喜だった。
この男は、私がどれほど裏切りを重ねようと、どれほど手ひどく扱おうと、けして私を求めることをやめなかった。
あなたは知らないでしょう。
私がその時、どれほどの薄汚れた歓喜に胸を沸かせていたのか。
私がその時、どれほどの淀んだ後悔に身を苛まれていたのか。
まっすぐで心地よい、明るい、春の息吹を身にまとったような、そんな男だった。
人の期待につぶれることも、染まることもなく、自分を貫き通す、強さを持った男だった。
だからこそ、私は、そんなあなたを愛した。
──だからこそ、私は、そんなあなたに私を奪わせるわけにはいかない。
私は、大きく膨らんだお腹をなでた。
「ごめんね。お母様を許して」
聖王家の血筋はここで終わりにする。
この私、最後の聖王女フェイラエールに与えられた予言の成就をもって。
そして、最後の聖王女は、塔から身を投げた。
部屋に飛び込んできた傷だらけの伝令は、ひざまずき、声を震わせる。
「陛下が……陛下が討ち死にされました」
「なんてことっ」
「ああっ」
最後まで私のそばに残った忠実な侍女たちは、その場に泣き崩れた。
「王妃様、敵軍がここまで。ここも落ちます。どうかお逃げ下さい!」
必死にすがる侍女に私は首を振った。
「私も、この城と運命を共にすべきでしょう。生き残った裏切者の私を、あの冷酷な覇王が許してくれると思う?」
唇をかみしめる年若い侍女の頭をなでてそう言うと、彼女の瞳にはみるみる涙が盛り上がった。
かわいい子。
そんなに私を信じて。
「でも、今ならまだ逃げられます。王妃様、生きてください! 陛下と聖王国の血をつながなければ! 隠し通路で城外へ出ましょう!」
必死な彼女に申し訳なく思いながら、私は、再び首を振る。
あの男が、裏切った私を殺しに来る?
いいえ、知っているわ。
あの男は、私を迎えに来るのよ。
全てを打ち破って、この私を手に入れるために。
喜びに満ちあふれそうになる気持ちを私は必死に飲み下した。
「ぐっ」
次の瞬間だった。
不意に侍女が血を吐いて床に転がった。
周りの者たちも次々に倒れていく。
「おう……ひさま……逃げ……」
忠実な侍女は、最後まで私を助けようとして、そのままこと切れた。
「何事だ⁉ て、敵の策謀か⁉」
一人残った伝令は、辺りを見回して剣を構える。
「先ほど皆に飲ませた毒が効いてきたのでしょう。お前は、後からここにきたから、飲んでいなかったのね……影、始末して」
どこからともなく現れた男が、一人残った伝令の首を、背後からかき切った。
男はすぐに姿を消し、私の周りに生きている者は誰もいなくなった。
私は、足元に転がる一番かわいがっていた侍女の頬をなでた。
「かわいい子。お前たちを殺した罪は、私が全て負うわ」
せめて、最後まで私のそばに残った者たちは、私の手で送ってやりたかった。
私は、血に塗れた手で扉を開けて部屋を後にする。
私の行く先を遮る者は、もう誰もいなかった。
重い体を引きずるように城の屋上への階段を上がり切ると、西の砂交じりの風が、私の髪をはためかせた。
広がるは砂塵の中、城へと押し寄せる騎馬の波。
夢にまで見た、その光景。
先頭に立つ、ひときわ目立つ人馬の姿が、徐々に形をなしてくる。
「ああ」
見下ろす先には、騎馬の王の姿があった。
頬に感じる涙の理由は、恐怖ではなく、歓喜だった。
この男は、私がどれほど裏切りを重ねようと、どれほど手ひどく扱おうと、けして私を求めることをやめなかった。
あなたは知らないでしょう。
私がその時、どれほどの薄汚れた歓喜に胸を沸かせていたのか。
私がその時、どれほどの淀んだ後悔に身を苛まれていたのか。
まっすぐで心地よい、明るい、春の息吹を身にまとったような、そんな男だった。
人の期待につぶれることも、染まることもなく、自分を貫き通す、強さを持った男だった。
だからこそ、私は、そんなあなたを愛した。
──だからこそ、私は、そんなあなたに私を奪わせるわけにはいかない。
私は、大きく膨らんだお腹をなでた。
「ごめんね。お母様を許して」
聖王家の血筋はここで終わりにする。
この私、最後の聖王女フェイラエールに与えられた予言の成就をもって。
そして、最後の聖王女は、塔から身を投げた。
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