【完結】予言の聖王女は覇王を導く

瀬里@SMARTOON8/31公開予定

文字の大きさ
10 / 15

9. 影たちの攻防

しおりを挟む
 フェイラエールたちは、総勢七人で東を目指す。
 東の草原に向かうためのルートは、低層の山越えをするため、途中いくつか谷川を挟む。
 そして、尾根を越える際に、高低差の少ない抜け道となるようなルートを、騎馬の民は確保していた。
 始めは気配を感じていた追手だが、同じルートはたどれないらしく、フェイラエールたちは、一旦追跡を引き離すことに成功した。



「この先に橋がある。その先で休憩だ」

 タキスが行軍を止めて、数時間の休憩をとることを指示した。
 高低差が少ないルートとはいえ、山道は馬の負担が大きい。
 追手を巻くために無理をして走らせたため馬の息も荒かった。

(私の知る地図にはない、小さな橋だわ)

 当初、フェイラエールは、頭の中の地図からルートを予想しようとしたが、早々にあきらめざるを得なかった。
 フェイラエールの知る地図には、緻密な高低差は表現されていないから、彼らのとるルートが読めないのだ。
 ただ、大きな谷川や橋、山頂の位置などは地図に記載されており、ここが谷川に挟まれたあまり良くない場所であることはわかった。
 タキスもそれを理解しているらしく、休憩は短時間だと告げられる。

 各々が休憩を取り始めると、ケレ=テルバが、タキスの元に、何かを持ち込み話をしはじめた。

(あれは……)

 フェイラエールが近づくと、タキスは顔を上げ、少し疲れた笑みを浮かべる。

「数時間仮眠をとって、すぐに発つことにする。しっかり休んでおけ」
「タキス。それを見せて」
「休憩の指示を受けただろう! お前と話すことではないっ」
「待て、ケレ。──何か気づいたことがあるのか?」

 ケレを制して、タキスが手渡してきたのは、一本の矢だった。
 先ほどかすめた矢が、荷物に刺さっていたために回収できたのだろう。
 フェイラエールは受け取った矢を、矢柄を持ってくるりと回転させた。

「皇帝の正規軍や、地方領主の正規軍は、矢に紋章を入れているの。この矢は紋章付きではないから正規軍のものではない。矢羽根も矢じりもそんな高価なものではないわ。でも、新品同様に新しい。回収できないかもしれないのに、こんな新しい矢を射るのは、潤沢に支給されてるからでしょうね」
「やつらは何者と読む?」
「地方領主の私兵ね。この地域のフェルマー伯が、最近盗賊対策のため、国から支給金を受けて、私兵を雇ったという話を聞いているわ」
「確かに、山賊の類ではない。訓練を受けた者だ。馬も良く操っている」
「逆に私達を山賊と間違えて追って来たのだと思うわ。境界を越えて隣のドゥルブ領に入りましょう。新興貴族のフェルマーと旧貴族のドゥルブは仲が悪いの。越えてしまえば彼らは追ってこないわ。山賊だと思ってるなら、なおさら、隣の領へ追いこむだけでいいもの」

 そこまで言って、フェイラエールはちらりとタキスの顔を見上げた。
 タキスが、以前軍師にと望んでくれたことを思い出したのだ。

(私の提案を受けるかしら?)

「なるほど。確かにそう読めるな。ケレ、行先を調整するぞ、来い」

 にっと、楽しげに笑うタキスの顔を見ると、以前のような高揚感に胸が熱くなる。

「お待ちくださいっ。あのようなものの言う事をっ」

 憎々し気にフェイラエールをにらむ男を見送りながら、フェイラエールは小さくため息をついた。

「あの男っ、またもや姫を!」

 いつの間にかそばにきていたシリルが声を荒げるが、フェイラエールは、笑って首を振った。

「やめて、シリル。いいのよ。皆に認められたいなんて思ってないわ」
「しかし」
「いいの」
「都市まで送ってもらったら、タキスや彼とは、もう会うこともないもの」

(彼らが生きていくには、憎む対象がいた方がいい)

「……姫は、優しすぎます」
「そうかしら。シリルの方こそ、私に優しすぎだわ」

 フェイラエールは、忠実な女騎士をなだめるために、彼女の頬を両手で挟んで引きよせ、その頬がわずかに赤くなるのを楽しむのだった。


◇◇◇◇◇◇◇


 その後、フェイラエールたち一行は、馬を休めるために、数時間の休憩で仮眠をとった──だけのはずだった。

 体が揺れる感触に、目を開けると、辺りは既に真っ暗だった。
 しかし、その暗さは、夜だから、という理由だけではなさそうだった。
 フェイラエールはすぐに、自分が縛られ、何か袋のようなものに入れられて馬に荷物のように運ばれていることに気づいた。

(明らかに、攫われているわよね。ここまで気づかないなんて)

 体の感覚が鈍く、頭痛がするので、薬でも使われたのかもしれない。

(でも、きっとすぐにシリルが助けに来るわ。だから、少ないチャンスをものにするためには、目を覚ましたことを気づかれないようにしなければ)

 けれど、無駄だったらしい。

「目が覚めちゃったね」

 フェイラエールをのせている馬上の騎手にすぐに気づかれてしまったようだ。
 まだ年若い少年のような声が、振ってくる。
 フェイラエールは、諦めて誘拐犯との対話を試みることにした。

「お母様は、なんて?」
「姫様、意外と頭いいよね。アドマースががんばって隠してたんだ。あいつらそういうとこは優秀なんだね。戦闘力はないけどさ」
「……シリルをどうしたの?」
「別に、殺してないよ? ちょっと痛めつけたり眠らせたりしただけ」
「で? あなたはお母様の影なんでしょ。お母様になんて命令されたの?」
「はは、おっかしい。僕がレキシス様に仕える影だってわかるのに、それは分かんないんだ。ああ、そうか。アドマースは、姫様を守って来たんだね」
「どういうこと?」

 その時だった。
 ガキっという金属がぶつかり合う音がして、体が馬上から宙に放り出されたのが分かった。
 落下の痛みに備えて身構えたが、激しい痛みはなく、何者かに受け止められたらしいのが分かった。
 すぐそばで騎馬が足を踏み鳴らす音と剣戟《けんげき》の音とが入り混じる。
 フェイラエールは、即座に袋から助け出されて、縛られていた手足を自由にされた。
 ありがとう、とフェイラエールが言うと、フェイラエールを助け出した男は小さく、申し訳ありません、と答える。
 月明りの中に見える、額から血を流した満身創痍の姿に顔をしかめる。
 その姿を目にしたことはなかったが、姿形を隠すように振舞うその男が誰か、フェイラエールは一目で分かった。
 彼が、表に出なければならない事態だということだ。

(シリルやタキスは無事なの⁉)

「姫、ご無事ですか⁉」
「シリル!」

 顔をあげると、馬上にシリルの姿を見つけた。
 月明りしかないためよくは見えないが、大きな怪我はなさそうだ。
 フェイラエールをさらった母の影と剣を交えていたのはシリルだったらしい。

「私は平気よ」
「よかった」

 涙声でそう答えるシリルに、フェイラエール自身も安堵を覚える。

(シリルも影も来てくれたから、もう大丈夫)

「影、状況を」
「はい、一行の休憩中にレキシス様の影が現れました。私が退け切れなかったため、眠り香が使われ、フェイラエール様が誘拐されました。私は、気付け薬を使いシリル様を起こし、後を追いました。タキス様にも気付け薬を使い、預けて来たので、ほどなく一行は目を覚まされると思います。ここは、フェルマー伯の私兵の野営地に近い。急ぎ離れなければなりません」

 誰も殺されてはいないことにいったん安心する。

 それよりも。

(影は、お母様にどんな命令を受けているというの? ……違うわ、何を考えてるの。お母様は私をあの塔から助けてくれたのよ)

「ちぇっ、もう少しで、あっちの野営地に着くとこだったのになあ」
「諦めて去れ」
「諦めるのはそっちじゃない? そんなおきれいな表の剣じゃ、僕を倒せないの、分かってるだろ? アドマース」

 余裕のある声の響きに、母の影が、ただ時間稼ぎをしているだけだということに気づいた。
 それはシリルも同様だったらしい。

「影、姫を連れてタキス卿の元へ急げ!」
「はは、待ってよ。僕、姫様にまだ、レキシス様の言葉を伝えていないんだよね」
「不要だっ」
「そう言わずにさっ。レキシス様、片腕を陛下に切り落とされちゃったんだよ? 姫様を助けたからさ」

 一瞬手が止まったシリルをあざ笑うかのように、影の剣がシリルの頬を切り裂いた。
 けれど、フェイラエールは、それよりも大きなショックで肩を震わせる。

「お母様が、私のせいで?」
「影っ! 姫を連れていけ‼」
「そうだよ。君を逃がしたことがばれて、皇帝に大目玉さ」
「黙れ!!」
「うるさいなあ。ここからが面白いところなのに」

 影は、シリルの剣をいなし、シリルを馬上から叩き落した。
 地上でうめくシリルの姿が、歪んで見える。

「ははは、姫も泣いちゃってさ、可愛いよね。教えてあげるよ。レキシス様からの伝言」

 にっと笑う影が、楽し気に告げる。

「『全部、お前のせいだ』だってさ」

 フェイラエールには、理解できなかった。

(だって、お母様は、命をかけて、私を逃がしてくれた──

フェイラエールは、見ないふりをしていたその言葉を繰り返す。

?)

「分かってるんだろ? お利口な姫様。レキシス様はさ、姫の事なんてどうでもよかった。ただ、陛下が大好きで仕方なくって、陛下を奪う姫様が許せなくて追い出しただけだよ」

 僕も、陛下に近づく女、たくさん殺したしね、と笑う声が耳を素通りする。

「だからね、僕、姫様を捕まえて、あいつらに引き渡さなくちゃならないんだ。もちろん、予言の内容も一緒に、ね」
「姫、参りましょう」
「レキシス様さ、今地下牢に入れられちゃっててさ『自分だけがこの地下牢で過ごすなんて間違ってる。姫様にも、くだらないならず者に囚われて、檻の中で飼われるような生活を一生味合わせてやる』だってさ」

 呆然とするフェイラエールは、アドマースの影のなすがままに立ち上がる。

「捨てられちゃったね、姫様。あ、ついでに、同じ左腕を切り落としたら、レキシス様喜ぶかな?」
「姫‼」

 振り上げる影の手の先にあるのは鎖のついた小さな手斧──飛び道具だった。
 それを見たシリルは、フェイラエールと影との間に無理やりに体を割り込ませる。

 ──そして、その身に刃を受けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

処理中です...