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11. 山間の一夜 黎明を待つ
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馬にしがみついたままどこをどう走ったのか、時間の経過すら定かではなかったが、フェイラエールは、夜半、無事タキスと合流することができた。
そして、彼女を守るためいつの間にかそば近くにいた影に、即座にシリルの捜索を命じたのだった。
フェイラエールは、野営地で小さく焚いた焚火をじっと見つめて、影の報告を待っていた。
そのそばで彼女を見守っていたタキスが、不意に剣を構えて立ち上がる。
影が戻った気配を感じとり、フェイラエールも、闇に駆け寄る。
「影……戻ったのねっ。シリルは、シリルはどこ?」
闇から浮き上がるように現れた影は、駆け寄るフェイラエールに、その手に持ったものを差し出した。
「お助け、できませんでした」
「どういう、意味?」
「ご遺髪になります」
その言葉を受け止めることができず、フェイラエールは、呆然と立ち尽くす。
影の、闇に溶け込んだ容姿の中で、その手に握られた銀の髪だけが月の光を受けて輝いていた。
受け取ってしまったらだめだと、全て現実になってしまうからだめだと思いながらも、手を伸ばすしかなかった。
「シリ……ル」
「これからもずっとおそばでお支えいたします、とのお言葉を託されました」
「うっ……うっ……ああああ……」
伸ばされたタキスの手をすり抜け、フェイラエールは、その場でうずくまる。
指通りのよい滑らかな、なじんだ感触はしない。
ところどころ泥にまみれ、ざらつくその感触が、ただ、フェイラエールに無情な現実を突きつけていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「決めたわ。私、大人になったらライベール王国へ行くわ。そして、ライベールの大型帆船に乗って、海を渡るの」
「……現実問題として難しいのでは? 聖王女を国外に出すことをこの国が許すとは思えません」
「私だって分かっているわ。おおっぴらに行くわけないじゃない。どうせ、将来適当な貴族と政略結婚させられるんでしょ? だから、結婚したら、病弱設定で引きこもって、こっそり抜け出すのよ」
「……お相手の旦那様が許すとは……」
「何言ってるのよ。弱みを握って脅せばいいじゃない」
「……姫」
十二になったシリルがフェイラエールの側付き兼護衛としてやってきたのは、フェイラエールが八歳の時だった。
堅物のシリルは、いつも決まり事に厳しく、道理に外れたことを嫌う。
「私は……聖王女なんてこの国から消えた方がいいと思ってる。私がいるから、聖王国なんて、もはやありもない国にしがみつく人が出てくるの」
「……あの件は、姫のせいではありません」
「いいえ、私のせいよ」
先日、反乱がおきた。
首謀者はフェイラエールが生まれた時から、時々訪れ、好意を隠さなかった旧貴族の侯爵。
父から愛されたことのないフェイラエールにとっては父のような存在だった。
小さな頃からフェイラエールに目をかけ、フェイラエールの優れた部分に目を留め、手放しに誉めてくれた。
だから包み隠さず、素で触れ合ってしまった。
──聖王家の未来に、希望を抱かせてしまった。
「だから、まずは、私達、恋人になりましょう」
「……なぜそうなるのでしょう……」
シリルは、いつもフェイラエールの側にいた。
あきれながらも、フェイラエールの側で、常に見守り、導き、手を取って歩んできた。
「姫、あの図書館には禁書となった図書がたくさん置かれているそうです。異国の地図もたくさんあるとか」
「旅行記などもあるかしら」
「それは分かりません。ですが、各地での戦の記録や、兵法書などはありますから、そこから地域の特色を読み取ることもできるかもしれませんね」
「ねえ、シリル。その、私が外国に行くときは……やっぱり、女一人というのは、どうかと思うの。ええっと、もちろん一人でも大丈夫なようにこれから学ぶつもりだし、護衛は、雇えばいいんだけど……その、ついてきてくれる?」
「あなたは私の何を見ているのです。心配で姫を一人でなど行かせられません。置いていくと言われてもついて行きますから」
夢を語る日々は、まぶしく、夢を実現するための友情は尊く、二人の日常は夢に彩られ、光り輝いていた。
これからの日々にシリルがいないことなど考えたこともなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
夜半、シリルの遺髪を握り締めて涙を枯れ果てさせたフェイラエールは、ゆらり、とその身を起こす。
側で心配そうに見守っていたタキスが立ち上がり、ふらつく彼女の肩を支える。
「おい、エル、大丈夫か!」
「……なくては」
「お前は、少し眠れ」
「今度は……上手くやるわ……影、ここへ」
熱に浮かされたように危うい様子に、タキスは、目を細める。
フェイラエールの前には、闇から浮かび上がるように顔の見えない男が現れた。
「御意に」
「あの私兵団は、黒血馬に気づいたわ。朝になったら、聖王女をさらったのは騎馬の民だと皇都に情報を流すはず。夜明け前に伝令鷹《でんれいだか》を全て殺しなさい」
男は、恭しく頭を垂れると姿を消した。
「タキス。あの私兵団は、騎馬の民が関わっていると知ってしまった」
フェイラエールの憔悴しきった顔に、鬼気迫るような何かを感じ、タキスは口をつぐんだ。
「だから、殲滅する。私から、もう何も奪わせはしないわ」
そして、彼女を守るためいつの間にかそば近くにいた影に、即座にシリルの捜索を命じたのだった。
フェイラエールは、野営地で小さく焚いた焚火をじっと見つめて、影の報告を待っていた。
そのそばで彼女を見守っていたタキスが、不意に剣を構えて立ち上がる。
影が戻った気配を感じとり、フェイラエールも、闇に駆け寄る。
「影……戻ったのねっ。シリルは、シリルはどこ?」
闇から浮き上がるように現れた影は、駆け寄るフェイラエールに、その手に持ったものを差し出した。
「お助け、できませんでした」
「どういう、意味?」
「ご遺髪になります」
その言葉を受け止めることができず、フェイラエールは、呆然と立ち尽くす。
影の、闇に溶け込んだ容姿の中で、その手に握られた銀の髪だけが月の光を受けて輝いていた。
受け取ってしまったらだめだと、全て現実になってしまうからだめだと思いながらも、手を伸ばすしかなかった。
「シリ……ル」
「これからもずっとおそばでお支えいたします、とのお言葉を託されました」
「うっ……うっ……ああああ……」
伸ばされたタキスの手をすり抜け、フェイラエールは、その場でうずくまる。
指通りのよい滑らかな、なじんだ感触はしない。
ところどころ泥にまみれ、ざらつくその感触が、ただ、フェイラエールに無情な現実を突きつけていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「決めたわ。私、大人になったらライベール王国へ行くわ。そして、ライベールの大型帆船に乗って、海を渡るの」
「……現実問題として難しいのでは? 聖王女を国外に出すことをこの国が許すとは思えません」
「私だって分かっているわ。おおっぴらに行くわけないじゃない。どうせ、将来適当な貴族と政略結婚させられるんでしょ? だから、結婚したら、病弱設定で引きこもって、こっそり抜け出すのよ」
「……お相手の旦那様が許すとは……」
「何言ってるのよ。弱みを握って脅せばいいじゃない」
「……姫」
十二になったシリルがフェイラエールの側付き兼護衛としてやってきたのは、フェイラエールが八歳の時だった。
堅物のシリルは、いつも決まり事に厳しく、道理に外れたことを嫌う。
「私は……聖王女なんてこの国から消えた方がいいと思ってる。私がいるから、聖王国なんて、もはやありもない国にしがみつく人が出てくるの」
「……あの件は、姫のせいではありません」
「いいえ、私のせいよ」
先日、反乱がおきた。
首謀者はフェイラエールが生まれた時から、時々訪れ、好意を隠さなかった旧貴族の侯爵。
父から愛されたことのないフェイラエールにとっては父のような存在だった。
小さな頃からフェイラエールに目をかけ、フェイラエールの優れた部分に目を留め、手放しに誉めてくれた。
だから包み隠さず、素で触れ合ってしまった。
──聖王家の未来に、希望を抱かせてしまった。
「だから、まずは、私達、恋人になりましょう」
「……なぜそうなるのでしょう……」
シリルは、いつもフェイラエールの側にいた。
あきれながらも、フェイラエールの側で、常に見守り、導き、手を取って歩んできた。
「姫、あの図書館には禁書となった図書がたくさん置かれているそうです。異国の地図もたくさんあるとか」
「旅行記などもあるかしら」
「それは分かりません。ですが、各地での戦の記録や、兵法書などはありますから、そこから地域の特色を読み取ることもできるかもしれませんね」
「ねえ、シリル。その、私が外国に行くときは……やっぱり、女一人というのは、どうかと思うの。ええっと、もちろん一人でも大丈夫なようにこれから学ぶつもりだし、護衛は、雇えばいいんだけど……その、ついてきてくれる?」
「あなたは私の何を見ているのです。心配で姫を一人でなど行かせられません。置いていくと言われてもついて行きますから」
夢を語る日々は、まぶしく、夢を実現するための友情は尊く、二人の日常は夢に彩られ、光り輝いていた。
これからの日々にシリルがいないことなど考えたこともなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
夜半、シリルの遺髪を握り締めて涙を枯れ果てさせたフェイラエールは、ゆらり、とその身を起こす。
側で心配そうに見守っていたタキスが立ち上がり、ふらつく彼女の肩を支える。
「おい、エル、大丈夫か!」
「……なくては」
「お前は、少し眠れ」
「今度は……上手くやるわ……影、ここへ」
熱に浮かされたように危うい様子に、タキスは、目を細める。
フェイラエールの前には、闇から浮かび上がるように顔の見えない男が現れた。
「御意に」
「あの私兵団は、黒血馬に気づいたわ。朝になったら、聖王女をさらったのは騎馬の民だと皇都に情報を流すはず。夜明け前に伝令鷹《でんれいだか》を全て殺しなさい」
男は、恭しく頭を垂れると姿を消した。
「タキス。あの私兵団は、騎馬の民が関わっていると知ってしまった」
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