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魔女、予言を告げる
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メリルはスキルを使った後、しばらく部屋から出なかった。ゆっくりと「予言」の中身をかみ砕き、どうすべきか一人で考えた。
どれだけ時間がたったのか判然としないまま部屋で過ごしていたメリルは、階下の騒がしい音を聞いて、宿場町に行ったメンバーが続々と宿に戻ってきたのを知った。夕方の食事時に近い時間で、隊員達の食事を求める陽気な声が階下の賑わいをより増している。
メリルは、姿変えの魔法を使って老婆の姿になると、階下へ降りて行った。
戻って来た中にはデュークの姿もあった。顔色はよくないが、しっかりと立って歩いているのを見てほっとする。クローディア嬢の姿はない。アランが拠点は他にもあると言っていたので、そちらに匿っているのだろう。
メリルは階段の踊り場から彼らを見下ろすと、偏屈な魔女らしく、がらがらのだみ声でいつもの悪態をついた。
「ふん、どいつもこいつも疲れた顔しおって、若いのに鍛え方が足りんのじゃないかい?」
「あ、魔女様! ただいま戻りました」
「ええぇ、俺達がんばったんですよー。優しくしてくださいよー」
「一番頑張ったの隊長っすけど」
「そうそう、魔女様、隊長がサアヤ様をお守りしたんすよ!! 俺達見てないんすけど、街の奴らの話だと、燃え盛る炎から、うら若き乙女を抱きかかえて脱出してきたその勇姿に、街の女の子達もメロメロだったらしいっすー」
隊員達の声は明るい。宿場町からの帰途、きっと事故も問題もなく帰ってこれたという事だろう。彼ら全員の無事がとてもうれしい。
「それはあの子から聞いたよ。まあ、それだけは認めてやらんでもないがね。あの子も喜んでいたよ。帰りの同行者もできたやつだと褒めていたねえ」
「魔女殿。何を隠そうそれは私です、このジョゼフです」
「ずりーぞ、ジョゼフ! 魔女様ー、サアヤさんはどこですかあ」
「あの子は、一度、家に帰したよ」
「えー、俺まだ話してないのに!」
隊員達は、サアヤの効果かメリルにもさらに気安く接するようになっていた。
その心地よい雰囲気にメリルは小さく口元を緩める。
デュークも隊員達につられたように表情を和らげ、メリルの立つ階段の踊り場までやってきた。
「ただいま戻りました。マイレディ」
腰を折り、メリルの手を取るとその甲に口づける。
「サアヤが世話をかけたね」
「いや、俺の方こそ彼女には恐ろしい思いをさせてしまった。申し訳ない」
「あの子は強い子さ。あのぐらいではへこたれないよ。あんたの怪我の具合はどうだい?」
「回復薬でだいぶ良くなった。それに、俺は傷の治りが早い」
階下から、隊長、先食べてますよー、という声がして、デュークは片手を振ってそれに答えた。
「メリル殿、あなたの方はどうだろうか――変わりはないか?」
「ふん、お前がいないから、世話をする奴がいなくて大変だったさ」
憎まれ口を叩くメリルに、デュークは嬉しそうに笑う。
「それは、俺が必要だということだろうか」
「……う、うぬぼれるんじゃないよ! 他の奴は気が利かなくて、教え込むのが面倒だってだけさ!」
(なんでそんなに嬉しそうに笑うのよ!)
絶対に反則だと思う。メリルはさらに憎まれ口を返したつもりだが、デュークの表情は変わらないので、成功した気がしない。
階下からも、メリルさんも早く食べましょうー、と隊員達から声がかかる。
「ああ、今行くよ」
そんな風に自然に迎え入れられるこの場所が心地よすぎて、ここを居場所にしたくなってしまう自分に気づく。
メリルは、すでにこの場所が大切でたまらなくなってしまっているのだ。
――魔女の掟では、対価の応酬の中でしか関わる事が許されない、この場所を。
だから、メリルは、決めた。
彼らを守るために、サアヤとして動くことを。
メリルは、デュークに手を差しだすと、デュークは当然のようにメリルの手を取り、階段を降りるのを手伝う。
「――デューク、予言の魔術はなされた。予言を伝えよう。聞く準備ができたら声をかけな」
「わかった」
メリルの密やかな声は、デュークにだけ届いた。
◇◇◇◇◇◇
メリルが予言の魔術が成功したことを告げると、デュークは、食堂脇の一室にメリルを招き、扉を閉めた。中にいたのはデュークとアラン、宿場街から帰りを共にしたジョゼフのみだった。
メリルは、話すべきことを心を決めて、一同を見回す。
「まず、前提を理解しとくれ。あたしの予言はね、これから起こる未来を予言するものじゃない。この国に起きている事象の本来あるべき姿を伝えるものだ。何も歪みがなければこうなっていただろう、というこの国のあるべき姿だ」
「それは、今現在が、歪みがあるためにあるべき姿ではないということか?」
「そうじゃ。今この国は、あたしが予言で見た姿とはかけ離れている。歪みを与えた者がいるからじゃろう。しかし、あたしはこうも考えるんじゃよ。これは、本当に歪みなのか、とも」
問うような目を向けるアランを見て、メリルは目を伏せる。
「今起きている変化を『歪み』ととらえて是正するか、良い意味での『変化』ととらえてそのまま受け入れるかは、お前達が決めることじゃよ――選択肢は、お前達にある。それを念頭に置いてこれからの話を聞いておくれ」
メリルは、異世界図書館《ビブリヲテイカ》によって得られた情報を彼らに伝えた。
「ええ!? あのとんでも聖女が心優しくて、悪を倒す正義のヒロインなんっすか?」
「クローディア様が魅了の力を使いまくる悪女って……。確かに、性格はメリルさんの予言の通りです。でも、そんなすごい悪女の割には聖女に随分あっさり追い出されてましたからいまいちピント来ないですねえ」
「うーん、つまり、本来あるべき姿ってのを歪めたのは、聖女様ってことっすね。聖女様の性格が魔女様の話とあまりにも違いすぎるし。聖女様が聖女認定試験で表舞台に現れるまでは、魔女様の話と今までの流れはほぼ一緒っすから」
アランとジョゼフとが頷きながら解釈する内容はメリルの解釈と一緒だ。
「あれ、でも、聖女様が来る前の出来事は、隊長についてだけは違いますよね。魔女様の話だと、隊長はずっと王宮にいたってことですから」
「俺の変化の原因は分かっている。詳しくは言えないが、聖女は関係ないだろう。ただ、そのおかげで辺境騎士団で学び、鍛えられた。是正の必要性からは外していい。――そのおかげでお前達とも会えたしな」
「「隊長ー」」
隊員に穏やかな表情でそう伝えるデュークは、本心でそう語っているのだろう。
メリルは、胸を刺すような痛みを押し殺した。
もうすぐ、その輝かしい出会いも、悲嘆にみちた別離に変わってしまうのだ。
――彼の死によって。
「しっかし、聖女様の力って、魅了のアーティファクトだったんっすねぇ。そして、最重要情報は、それに対抗する解呪のアーティファクトがあるところっすよねえ。もう最高っす。希望の光が見えてきました。さすが魔女様っす。予言の力半端ねえっす」
「……ふん、おだてても何にもでないよ。アーティファクトはあたしが作ったわけじゃない。この世界に元からあったものさ」
感激しまくるアランに居心地の悪さを感じてメリルの口調も自然にぶっきらぼうになる。
「いや、でもその存在は、メリル殿がいなければわからなかった。礼を言う。――アラン、地下神殿の調査と、秘密裏に神殿を探索する準備を進めてくれ」
「はい、隊長。でも、地下神殿の奥にいけばいいだけでしょう。俺だけでちゃちゃっと行ってきますよ。人数も少ない方が神殿の警備の連中の目も避けやすいし」
「言い忘れていたよ、アラン。サアヤを連れてお行き。あの子じゃないと、手に取ることができないよ」
「え? 女の人じゃないとダメってことっすか?」
デュークが、それを聞き眉をしかめた。
「いや、また彼女を危険にさらすことはできない。女性でないとだめなら、辺境騎士団から女性騎士を呼び寄せる」
「……既婚者や恋人がいる娘ではダメじゃ。意味がわかるな」
「ええっと……ああ……」
しりすぼみに相槌を打つアランと、顔を赤くしたジョゼフを、メリルはぎろりとにらみつけて黙らせた。
実は騎士団に女性騎士が数名いて、彼女たちが騎士夫婦や、恋人のいる奔放な女性であることは、ジョゼフから聞いて知っていたのだ。
「しかし、危険だ。……彼女は騎士ではない。守られるべき立場の人間だ」
「神殿の奥は、特に危険はない。聖女認定試験が行われるのは、女性だけで訪れても危険のない場所だからじゃ。ただ、乙女でないと手に入れられないアーティファクトがあるだけだ」
なおも拒否するデュークに、メリルも譲れなかった。
もちろん「乙女」の設定は嘘だ。
この計画には、サアヤがその場にいる必要があるのだ。
「――デューク、サアヤは、お前に助けられた恩返しがしたいと言っていたよ」
「そっか! そういうことっすか! 俺応援します。隊長にとうとう春が!!」
「おい、ちょっ、アラン、日和るな! 俺の春は――」
「ジョゼフ、隊長が興味を持つ女性がどれだけ貴重かわかるか……譲れ」
ジョゼフとアランは、デュークがサアヤに好意があるのだと誤解しているらしい。そして、今サアヤがデュークに好意を持っていると誤解されただろう。
デュークは、サアヤに対し責任を感じているだけだし、メリルも計画のために効果的な言葉を使っただけだが、アランとジョゼフが知る必要はない。それでサアヤを神殿の捜索に連れて行ってくれるなら、それだけで十分だ。
メリルは魔女と王子の恋愛的なアレコレに夢なんて見ていない。
(そういうのにふさわしい人は、他にいるし……私は、私にしかできないことでデュークを助けたい)
メリルがデュークをちらりと見ると、彼は複雑な表情で沈黙を守っている。
「サアヤを連れてお行き」
脇で譲る譲らないと騒いでいる二人を尻目に、メリルが重ねて言うと、デュークはしぶしぶ頷いた。自分も一緒に行くといい、自分かアランの側から離れないことなど、色々な条件を付けくわえられた。メリルは素直に従い、それをサアヤに守らせると約束した。
「行くなら、月のない晩におし。予言では、その日にアーティファクトを手に入れていた」
「うーん、そこは守った方がよさそうっすね。じゃあ、五日後っすね。それに向けて神殿内部の情報など仕入れておきます」
メリルは彼らに告げなかった。
デュークが死ぬことも。
その原因となる神殿の奥の魔獣も。
タイムリミットは五日。
それまでに計画を成功させなければならない。
どれだけ時間がたったのか判然としないまま部屋で過ごしていたメリルは、階下の騒がしい音を聞いて、宿場町に行ったメンバーが続々と宿に戻ってきたのを知った。夕方の食事時に近い時間で、隊員達の食事を求める陽気な声が階下の賑わいをより増している。
メリルは、姿変えの魔法を使って老婆の姿になると、階下へ降りて行った。
戻って来た中にはデュークの姿もあった。顔色はよくないが、しっかりと立って歩いているのを見てほっとする。クローディア嬢の姿はない。アランが拠点は他にもあると言っていたので、そちらに匿っているのだろう。
メリルは階段の踊り場から彼らを見下ろすと、偏屈な魔女らしく、がらがらのだみ声でいつもの悪態をついた。
「ふん、どいつもこいつも疲れた顔しおって、若いのに鍛え方が足りんのじゃないかい?」
「あ、魔女様! ただいま戻りました」
「ええぇ、俺達がんばったんですよー。優しくしてくださいよー」
「一番頑張ったの隊長っすけど」
「そうそう、魔女様、隊長がサアヤ様をお守りしたんすよ!! 俺達見てないんすけど、街の奴らの話だと、燃え盛る炎から、うら若き乙女を抱きかかえて脱出してきたその勇姿に、街の女の子達もメロメロだったらしいっすー」
隊員達の声は明るい。宿場町からの帰途、きっと事故も問題もなく帰ってこれたという事だろう。彼ら全員の無事がとてもうれしい。
「それはあの子から聞いたよ。まあ、それだけは認めてやらんでもないがね。あの子も喜んでいたよ。帰りの同行者もできたやつだと褒めていたねえ」
「魔女殿。何を隠そうそれは私です、このジョゼフです」
「ずりーぞ、ジョゼフ! 魔女様ー、サアヤさんはどこですかあ」
「あの子は、一度、家に帰したよ」
「えー、俺まだ話してないのに!」
隊員達は、サアヤの効果かメリルにもさらに気安く接するようになっていた。
その心地よい雰囲気にメリルは小さく口元を緩める。
デュークも隊員達につられたように表情を和らげ、メリルの立つ階段の踊り場までやってきた。
「ただいま戻りました。マイレディ」
腰を折り、メリルの手を取るとその甲に口づける。
「サアヤが世話をかけたね」
「いや、俺の方こそ彼女には恐ろしい思いをさせてしまった。申し訳ない」
「あの子は強い子さ。あのぐらいではへこたれないよ。あんたの怪我の具合はどうだい?」
「回復薬でだいぶ良くなった。それに、俺は傷の治りが早い」
階下から、隊長、先食べてますよー、という声がして、デュークは片手を振ってそれに答えた。
「メリル殿、あなたの方はどうだろうか――変わりはないか?」
「ふん、お前がいないから、世話をする奴がいなくて大変だったさ」
憎まれ口を叩くメリルに、デュークは嬉しそうに笑う。
「それは、俺が必要だということだろうか」
「……う、うぬぼれるんじゃないよ! 他の奴は気が利かなくて、教え込むのが面倒だってだけさ!」
(なんでそんなに嬉しそうに笑うのよ!)
絶対に反則だと思う。メリルはさらに憎まれ口を返したつもりだが、デュークの表情は変わらないので、成功した気がしない。
階下からも、メリルさんも早く食べましょうー、と隊員達から声がかかる。
「ああ、今行くよ」
そんな風に自然に迎え入れられるこの場所が心地よすぎて、ここを居場所にしたくなってしまう自分に気づく。
メリルは、すでにこの場所が大切でたまらなくなってしまっているのだ。
――魔女の掟では、対価の応酬の中でしか関わる事が許されない、この場所を。
だから、メリルは、決めた。
彼らを守るために、サアヤとして動くことを。
メリルは、デュークに手を差しだすと、デュークは当然のようにメリルの手を取り、階段を降りるのを手伝う。
「――デューク、予言の魔術はなされた。予言を伝えよう。聞く準備ができたら声をかけな」
「わかった」
メリルの密やかな声は、デュークにだけ届いた。
◇◇◇◇◇◇
メリルが予言の魔術が成功したことを告げると、デュークは、食堂脇の一室にメリルを招き、扉を閉めた。中にいたのはデュークとアラン、宿場街から帰りを共にしたジョゼフのみだった。
メリルは、話すべきことを心を決めて、一同を見回す。
「まず、前提を理解しとくれ。あたしの予言はね、これから起こる未来を予言するものじゃない。この国に起きている事象の本来あるべき姿を伝えるものだ。何も歪みがなければこうなっていただろう、というこの国のあるべき姿だ」
「それは、今現在が、歪みがあるためにあるべき姿ではないということか?」
「そうじゃ。今この国は、あたしが予言で見た姿とはかけ離れている。歪みを与えた者がいるからじゃろう。しかし、あたしはこうも考えるんじゃよ。これは、本当に歪みなのか、とも」
問うような目を向けるアランを見て、メリルは目を伏せる。
「今起きている変化を『歪み』ととらえて是正するか、良い意味での『変化』ととらえてそのまま受け入れるかは、お前達が決めることじゃよ――選択肢は、お前達にある。それを念頭に置いてこれからの話を聞いておくれ」
メリルは、異世界図書館《ビブリヲテイカ》によって得られた情報を彼らに伝えた。
「ええ!? あのとんでも聖女が心優しくて、悪を倒す正義のヒロインなんっすか?」
「クローディア様が魅了の力を使いまくる悪女って……。確かに、性格はメリルさんの予言の通りです。でも、そんなすごい悪女の割には聖女に随分あっさり追い出されてましたからいまいちピント来ないですねえ」
「うーん、つまり、本来あるべき姿ってのを歪めたのは、聖女様ってことっすね。聖女様の性格が魔女様の話とあまりにも違いすぎるし。聖女様が聖女認定試験で表舞台に現れるまでは、魔女様の話と今までの流れはほぼ一緒っすから」
アランとジョゼフとが頷きながら解釈する内容はメリルの解釈と一緒だ。
「あれ、でも、聖女様が来る前の出来事は、隊長についてだけは違いますよね。魔女様の話だと、隊長はずっと王宮にいたってことですから」
「俺の変化の原因は分かっている。詳しくは言えないが、聖女は関係ないだろう。ただ、そのおかげで辺境騎士団で学び、鍛えられた。是正の必要性からは外していい。――そのおかげでお前達とも会えたしな」
「「隊長ー」」
隊員に穏やかな表情でそう伝えるデュークは、本心でそう語っているのだろう。
メリルは、胸を刺すような痛みを押し殺した。
もうすぐ、その輝かしい出会いも、悲嘆にみちた別離に変わってしまうのだ。
――彼の死によって。
「しっかし、聖女様の力って、魅了のアーティファクトだったんっすねぇ。そして、最重要情報は、それに対抗する解呪のアーティファクトがあるところっすよねえ。もう最高っす。希望の光が見えてきました。さすが魔女様っす。予言の力半端ねえっす」
「……ふん、おだてても何にもでないよ。アーティファクトはあたしが作ったわけじゃない。この世界に元からあったものさ」
感激しまくるアランに居心地の悪さを感じてメリルの口調も自然にぶっきらぼうになる。
「いや、でもその存在は、メリル殿がいなければわからなかった。礼を言う。――アラン、地下神殿の調査と、秘密裏に神殿を探索する準備を進めてくれ」
「はい、隊長。でも、地下神殿の奥にいけばいいだけでしょう。俺だけでちゃちゃっと行ってきますよ。人数も少ない方が神殿の警備の連中の目も避けやすいし」
「言い忘れていたよ、アラン。サアヤを連れてお行き。あの子じゃないと、手に取ることができないよ」
「え? 女の人じゃないとダメってことっすか?」
デュークが、それを聞き眉をしかめた。
「いや、また彼女を危険にさらすことはできない。女性でないとだめなら、辺境騎士団から女性騎士を呼び寄せる」
「……既婚者や恋人がいる娘ではダメじゃ。意味がわかるな」
「ええっと……ああ……」
しりすぼみに相槌を打つアランと、顔を赤くしたジョゼフを、メリルはぎろりとにらみつけて黙らせた。
実は騎士団に女性騎士が数名いて、彼女たちが騎士夫婦や、恋人のいる奔放な女性であることは、ジョゼフから聞いて知っていたのだ。
「しかし、危険だ。……彼女は騎士ではない。守られるべき立場の人間だ」
「神殿の奥は、特に危険はない。聖女認定試験が行われるのは、女性だけで訪れても危険のない場所だからじゃ。ただ、乙女でないと手に入れられないアーティファクトがあるだけだ」
なおも拒否するデュークに、メリルも譲れなかった。
もちろん「乙女」の設定は嘘だ。
この計画には、サアヤがその場にいる必要があるのだ。
「――デューク、サアヤは、お前に助けられた恩返しがしたいと言っていたよ」
「そっか! そういうことっすか! 俺応援します。隊長にとうとう春が!!」
「おい、ちょっ、アラン、日和るな! 俺の春は――」
「ジョゼフ、隊長が興味を持つ女性がどれだけ貴重かわかるか……譲れ」
ジョゼフとアランは、デュークがサアヤに好意があるのだと誤解しているらしい。そして、今サアヤがデュークに好意を持っていると誤解されただろう。
デュークは、サアヤに対し責任を感じているだけだし、メリルも計画のために効果的な言葉を使っただけだが、アランとジョゼフが知る必要はない。それでサアヤを神殿の捜索に連れて行ってくれるなら、それだけで十分だ。
メリルは魔女と王子の恋愛的なアレコレに夢なんて見ていない。
(そういうのにふさわしい人は、他にいるし……私は、私にしかできないことでデュークを助けたい)
メリルがデュークをちらりと見ると、彼は複雑な表情で沈黙を守っている。
「サアヤを連れてお行き」
脇で譲る譲らないと騒いでいる二人を尻目に、メリルが重ねて言うと、デュークはしぶしぶ頷いた。自分も一緒に行くといい、自分かアランの側から離れないことなど、色々な条件を付けくわえられた。メリルは素直に従い、それをサアヤに守らせると約束した。
「行くなら、月のない晩におし。予言では、その日にアーティファクトを手に入れていた」
「うーん、そこは守った方がよさそうっすね。じゃあ、五日後っすね。それに向けて神殿内部の情報など仕入れておきます」
メリルは彼らに告げなかった。
デュークが死ぬことも。
その原因となる神殿の奥の魔獣も。
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