【完結】転生魔女、逆ハー狙いの転生聖女から国を救います

瀬里@SMARTOON8/31公開予定

文字の大きさ
24 / 32

魔女、真の敵に遭遇する

しおりを挟む
「ちっ」

 ロドニーに気づかれたのを悟った途端に、ロウガはジョゼフに体当たりをして意識を刈り取った。ジョゼフは内通者、あるいは魅了に操られていたのだ。そのままロドニーに向かって駆け出すロウガに対し、魔法使いロドニーは長い髪をかき上げ、イヤリングを揺らすと小さくつぶやいた。

「そこでおとなしく待っていてください」

 その声に呼応するようにロウガは動きを止めて跪く。
 メリルはロウガの姿を見てぎゅっと唇をかみしめた。
 メリルはこの状況で自分が何をすべきかを考える。

「知っているでしょう、魅了のアーティファクトです。あなたとは、これを使わないでお話をしたいのです。さあ、怯えないで、こちらに来てくれませんか?――予言の魔女メリル」
「私の事を知っているのね」
「もちろん。私はあなたが来るのをずっと待っていたのですから。私はあなたにずっとお会いしたかったのです」

 事件の黒幕がメリルに会いたかったと理由がさっぱりわからなくてメリルは眉を顰める。
 ロドニーの周囲に目を向けると、その背後には、王太子、第二王子、護衛騎士達が表情を失くして立っていた。申し訳ないけれど、彼らをどうするかは今は二の次だ。
 ロドニーの側に近づければ、メリルにも少しは勝機があるかもしれない。メリルはロドニーの方へ一歩ずつ踏み出す。

「何のために、こんなことを?」
「折角なので教えてあげましょう。今回の件は、私の所属する魔導士ギルド『混迷の闇』が主導して起こしました。このギルドは、世界神の復活を信じていましてね。大量の命を捧げると世界神が復活し叡智を授けてくれるというおろかな伝承を信じているんですよ。そのために各地に人を派遣して戦争を起こそうとしているのです。抑えきれなければこれから混迷の時代が訪れるでしょう」
「なんてことを」
「しかし、私は、そんなことはどうでもいいのです。ギルドからは今まで多少の恩恵を受けていたので、今回はその恩返しついでに少し働いただけです。私の目的はそんなことではありません――魔女メリル、あなたです」

 メリルは、政治や宗教や魔法の絡む、複雑な世界の表舞台に急に自分が引き上げられたように感じて戸惑った。
 しかも急に土俵に上げられたのみならず、メリル自身がすでに交渉材料になってしまっているらしい。慎重に言葉を選ぶ。

「なんで私なのか理由はわからないけど、私の協力が必要なら、こんなことはしなくてもいいでしょう。私は魔女だもの。相応な対価があれば依頼には応じるわ」
「そうしたかったのですが、先代に一度断られましてね。以来、あの山に私は入れなくなってしまったのです。あなたの閉ざされたスキルの中身をこじ開けて、その中へ魂を飛ばす術を確認したいのだと言ったら、廃人にする気かと怒られてしまいました」

 柔らかく微笑みながら告げる内容に、メリルは背中が泡立つのを感じた。

「なんでそんなこと」
「私はもう一度見たいのですよ。十年前のあの奇跡を」

 十年前。あの頃のメリルの記憶は正直曖昧だ。
 荒廃し、滅んだメリルの故郷――ソウゲツコク。
 メリルは、そこで何かの力を使ったのだ。
 結果として、命が戻った。荒廃していた土地が戻った。
 それが奇跡に近い何かだったとは、先代にも聞いて知っている。

「私は、奇跡を起こさなければならないのです」

 今度は、ロドニーが迎え入れるかのように両手を広げ、メリルの方へ一歩を踏み出した。

「残念だけど、私は覚えてないの。――それに、あの時の力はもうないわ」
「っふざけるな!!!」

 たたきつけるような叫び声をあげたロドニーの変化は異様だった。落ち着いた表情は消え、見開いたその目の奥にはぎらぎらとした光が灯っていた。
 メリルは、狂気に近い何かを感じて足を止めた。

「――ああ、怯えさせるつもりはなかったのです。私も簡単にあきらめるわけにはいかないのですよ。せめてあなたの中身をこじ開けて、その残滓をさらって確かめてみるぐらいはしないと。さあ、いらっしゃい。おとなしくしていてくださいね。あなたも魔女ならば私との力の差は分かるでしょう。魅了は使いたくはないんですよ。あなたの中身を壊したら、あなたの力に影響があるかもしれないですからね」

 ロドニーが取り繕ったように声を落とし、メリルの方へさらに近づく。
 魔法は使えない。この魔法使いなら、メリルが魔法を発動する前に気づいてしまう。こんなにも力の差があるとは思わなかった。メリルは怯えて胸を押さえるふりをして懐に手を伸ばす。

「私をどうしたいの?」
「あなたには私に協力していただきたいのです。根源へと至る道への扉を開きたい。私は、帰りたいのです」
「どこへ」
「わかるでしょう? 同じ転生者であるあなたなら」

(やっぱり)

 彼もまた転生者だったのだ。

(だけど、違う)

 帰りたいという思いは、誰もが抱くものだと思う。
 しかし、それは誰かを傷つけてまで成し遂げてよいものではない。
 メリルは、懐から眠りの香り袋を取り出し――すばやくロドニーに投げつけた。

「愚かな」

 ロドニーの前には物理結界が現れ、メリルの香り袋を跳ね返した。
 メリルは、すぐに風の魔法陣を描き、ロドニーにかまいたちを投げつける。
 物理結界と魔法結界とは両立しない。それはこの世界の法則だ。
 ロドニーの纏ったローブが風に揺れ、本来なら無数の切り傷を作るはずのかまいたちが魔法使いの周囲を揺るがす。けれど、ロドニーの皮膚を傷つけることはできなかった。当然のように自身に強化魔法を使っているのだ。
 即座に反撃が来るかと思ったが、ロドニーは、メリルに魔法を放とうとして一瞬ためらったようだった。

(私を殺すわけにはいかないってことね)

 メリルは、ロドニーの視線を引き付けるように、正面から向かっていく。
 魔法の種類を変えたのだろう。メリルに放たれる魔法は、拘束魔法だった。見えないロープが絡みつくように動きを奪う。けれど、メリルだってそれなりに魔法耐性はある。派手に転ぶことはせずに、ゆっくりと動きを止め、その場にしゃがみ込んだ。
 そして、ロドニーがメリルに視線を奪われているうちに、密やかに彼の背後に近づいた者がいた。
 ミスリルナイフが空を切る音がして、魔法使いの首元にかざされる。

「わりーな」

 魔法使いの耳に付けられた魅了のアーティファクトは、暗殺者のナイフではじけ飛んだ。

 ロウガは、動けなくなっているメリルを抱えると、ロドニーから即座に距離を取った。メリルを縛っていた拘束の魔術は、ほどなく解ける。

「ああ、魅了にかかった振りをしていたのですね。貴重なものだったのに惜しいことをしました。しかし、残念ながら、この魅了のアーティファクトが壊れたからと言って、魅了にかかった人々は元に戻りません。ご存じのように、解呪のアーティファクトは壊してしまいましたから」

 さして惜しくもなさそうにロドニーは耳に残ったアーティファクトのかけらを投げ捨てた。

「それでも。これで魅了の被害者は増えないわ」
「ええ。増えないけれど減りもしないでしょう。国王や王太子も含めたこの国の頂点にある者達は魅了の支配下にあるままです。彼らを一体誰がどのように扱えるというのでしょう。国はまとまらず、混乱を極めるでしょう。そして、これを機に攻め込む国も出てくる」
「デュークがいるわ」
「第三王子ですか……ああ、来たようですね」

 謁見の間の外からバタバタと音が響いて来た。
 開かれた扉からは、デューク、アランをはじめとした騎士団のメンバーが現れる。皆、黒地に銀で縁取られた辺境騎士団の制服を身に付けていた。
 その中でもひときわ視線を引き付けるデュークの姿に、メリルは胸の内がぐっと熱くなるのを感じた。
 彼ならば、きっとどうにかしてくれる。
 ――それは、信頼と期待。
 大剣を抜き放ち、デュークは、金の瞳でまっすぐにロドニーを見据えた。
 こちらには、ロウガもいるのだ。魅了のアーティファクトもない今、二人で力を合わせれば、絶対に勝てる。

「デューク! ロドニーが持つ魅了のアーティファクトは破壊したわ!」
「え? サアヤさん、何でここに?? それより、魅了のアーティファクトを破壊? 魔法使い殿が持ってたってことっすか??」
「ええ、黒幕はロドニーだったのよ。彼が、闇ギルドの指示を受けて今回の事件を起こした主犯よ」

 驚いた顔のアランに、メリルは真相を伝える。
 しかし、メリルの言葉を聞いても、剣を構えるデュークは、金色の目を細めたまま動かない。
 その表情は徐々に抜け落ちていく。

「デューク?」

 ロドニーは余裕の表情のまま、静かに告げる。

「デューク王子、久しぶりですね」
「はい」
「あなたの働きには感謝しています。あなたは見事に、予言の魔女メリルを私の前に連れてきましたから」
「え?」
「もったいなきお言葉です」
「ちっ、そういうことかよ!」

 混乱するメリルを抱えたまま、ロウガは、デュークの脇を抜けて外へ出ようとするが、デュークの剣に阻まれた。
 デュークの大剣をロウガのミスリルナイフがいなし、床に傷を作るが、扉から引かざるを得なかった。

「デューク王子、次の指令です。その暗殺者を殺しなさい。ですが、魔女には傷一つつけることは許しません」
「はい」

 感情の消えたデュークの声が、まるで絶望の海のようにメリルを飲み込んだ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結】婚約を解消されたら、自由と笑い声と隣国王子がついてきました

ふじの
恋愛
「君を傷つけたくはない。だから、これは“円満な婚約解消”とする。」  公爵家に居場所のないリシェルはどうにか婚約者の王太子レオナルトとの関係を築こうと心を砕いてきた。しかし義母や義妹によって、その婚約者の立場さえを奪われたリシェル。居場所をなくしたはずの彼女に手を差し伸べたのは、隣国の第二王子アレクだった。  留学先のアレクの国で自分らしさを取り戻したリシェルは、アレクへの想いを自覚し、二人の距離が縮まってきた。しかしその矢先、ユリウスやレティシアというライバルの登場や政治的思惑に振り回されてすれ違ってしまう。結ばれる未来のために、リシェルとアレクは奔走する。  ※ヒロインが危機的状況に陥りますが、ハッピーエンドです。 【完結】

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

処理中です...