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魔女、救国の魔女となる
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魔女メリルの本来の姿が若い女性であることに、デュークは、始めから気づいていた。
魔獣に付けられた刻印の影響で、デュークには魔女の魔法も効果がないのだ。
ただ、隠したがっているものを暴く趣味はない。魔女との信頼関係を損なわないためにもデュークは、このことは自らの内に秘めることにした。
彼女は、誰もが遠巻きにするデュークの刻印を恐れなかった。
恐れもなく触れる手の温かさに、久しく忘れていた感情を揺さぶられた。
デュークが抱えている魔獣の刻印の存在を知らないから、あるいは魔女は刻印を恐れないからなのかもしれない。理由はどうでもよかった。
ただ、自分が忘れていたぬくもりをくれた存在として、彼女の何かがデュークの内に刻まれてしまった。
彼女は、デュークにとって特別な存在になってしまったのだ。
デュークが彼女の本来の姿を見たのは、王都の拠点である宿屋の一室でだった。
今まで若い女性とだけ認識していた魔女の隠された姿が実在の彼女と重なるのにしばし時間がかかった。
責任を言い訳に、馬鹿なことを考えている自覚はあった。王家の一員であるデュークに婚姻の自由など許されない。然るべき相手でなければ。いつのまにか彼女を、その「然るべき相手」にする道筋を立て始めていた。
ただ、彼女のぬくもりは特別で、自分だけのものにしてしまいたかったのだ。
彼女を王宮に連れて行かなければ。このぬくもりと安らぎを与えてくれた彼女を皆に紹介し祝福してもらいたい。
それは、自分自身の偽らざる本心だと思っていた。
――けれど、それは幻想だったのかもしれない。
デュークが、自分が魅了の影響下にあることに気づいたのは、大広間でロドニーに向かい合った時だった。
そして、魅了が解けた時、彼女は既に別の男のものであることを知った。
その後は自分の気持ちに問いかけることはしなかった。彼女への気持ちから目を背けるのに必死で、自分の気持ちを掘り下げることなど到底できはしなかった。
しかし。
デュークは、たった今、彼女が誰のものでもないことを知ったのだ。
それを聞いた時、彼女に会いたいという衝動を抑えることはできなかった。
デュークはもう、自分の気持ちから目を逸らすことはできなくなっていた。
自分はロドニーの魅了にいとも簡単に屈した。
今もなお、それはデュークの精神を蝕んでいるかもしれない。
魅了にかかっていなければ、彼女を特別だと思うことはなかったのかもしれない。
過去の自分には何一つ自信がなかった。
けれど、ならば、今抱くこの想いは何なのだろう?
彼女に会いたいと気持ちが急くこの想いの理由は、何なのだろうか?
ひとつ確実なのは、この想いの根拠に確信があろうがなかろうが、引くべき理由がなくなったということ。それを自分が心から歓迎しているということだ。
だから。
迷うならば確かめればいいのだ。
彼女の傍らで。
◇◇◇◇◇◇
メリルは、乗り合い馬車に乗って、ゆっくりと街道を西へ向かって行った。
途中の宿場町で、老婆の姿になって、街に出る。
この街には、来る途中、魔女メリルの姿で世話になった屋台の店主がいたのだ。メリルが亡くなったばあさんに似ている、また来てくれと言ってサービスしてくれたのに味をしめたのではない。決して。多分。
街で行きかう人々の顔はみな明るく、彼らは知り合いに会うたびに王都で起こった事件や、昨日行われた式典の噂話をしている。忘れ去られていた第三王子デュークに救国の英雄の称号が与えられたという話も聞こえてくる。
(デュークの晴れ姿、ちょっと見たかったかも)
メリルが式典に参加しなかった理由の一つ目はマリアに言ったとおりだ。
でも、本当は二つ目の理由があった。
デュークとのつながりをそのままにしておきたくて、デュークが宝石での貸し借りの清算の話を思い出す前に逃げてきてしまったのだ。メリルが再びデュークと会おうと思ったらその貸し借りの約束以外にすがるものなんて何もなかったから。
そんな風にデュークのことばかり考えていたからか、デュークの幻まで見えてきた。
幻のデュークは、黒をベースとした辺境騎士団の騎士服をまとっていた。式典に参加するための最上位礼装なのだろう。先日より丈が長く、より華やかな肩章や飾り紐であしらわれている。艶やかなその姿は、メリルに目を止めると、花開いたかのような笑みを浮かべた。
宿場町には明らかにそぐわないその凛々しい姿に、人々の視線も釘付けだ。
(え、他の人も見てる……ってことは幻じゃない??)
馬の歩を緩めたデュークは、人込みの中に埋もれていたメリルの方を見ると、まっすぐに歩み寄る。
地面に降り立つと、そのままメリルの前に跪いた。
「あなたに、伝えたいことがあって、追いかけてきた。マイレディ」
いつかの再現のように跪くデュークに、メリルの心臓はあの時以上に高鳴った。メリルはどうにか心臓を宥めるとふてぶてしい表情を作ってデュークを見下ろした。そう、今は老魔女メリルなのだ。減らず口なんか叩きたくないのに、なぜこのタイミングでこの姿なんだろうと思うが仕方ない。
「ふん、久しぶりに顔をみせたと思ったら、何だい。もったいぶらずにさっさとお言い。あたしは忙しいんだよ」
「陛下から言伝を賜った、魔女メリル。陛下は、国のために多大な貢献をした貴方に感謝と敬意をこめて『救国の魔女』の称号をお与えになった」
周囲のざわめきがひときわ高くなる。
いまいちぴんとこないメリルが眉を顰めると、小さな子供が母親の裾を引っ張って、「じゃあ、あのおばあちゃん、王子様と結婚するの?」などととんでもないことを言っているのが聞こえてくる。
(はあ!? どどどどういうこと? いやいやいや、普通に考えてないから。ないでしょ。私ったら何、小さい子が言ったことで動揺してるのよ!?)
「ルフトにおいて、『救国』の称号は少し特殊だ。陛下はしばらくの間、俺に貴方の側で尽くすことを望まれた」
(特殊って何? その話詳しく! っていうか小さな子でも知ってることなの?)
さすがに小さな子でも知っているようなことを老魔女のメリルが知らないなどとは言えない。魔女の沽券にかかわる。メリルは深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
(よく考えよう。救国の称号が与えられた女性が王子と結婚するという慣例があったと仮定する。でも、魔女メリルは何百年も生きている老婆なのよ? いくら何でも結婚はないわ。――だとすると、これは体のいい左遷では?)
そう思うと憐れに見えてきた。
メリルはデュークとのつながりをなくしたくなかったが、魔女のところに追いやられて、不幸になってほしいと思ったわけではない。
「可哀そうに」
つぶやくと周囲の群衆がうんうん頷いた。共感されているのになぜかむかつくというこの現象。
けれどデュークは、心底驚いたというようにメリルを見返した。
「なぜだ? 俺はあなたと過ごすのを楽しみにしていたのだが」
「は? あれだけこき使ったのに懲りてないのかい!?」
「懲りるも何も、あれは生贄としては当然の……」
「あーーーっ、何を言ってるのかねえーっ」
メリルは慌ててデュークをすぐ側の路地裏に引っ張り込んだ。これ以上魔女の生贄疑惑を膨らませてはならない。仕事が本格的に来なくなってしまう。
(絶対わかっててやってるよね!?)
「デューク、それなんだがね!」
「実は、確かめたいことがあった」
デュークは、メリルの言葉を遮ると、路地裏で魔女の耳元に顔を近づけた。真剣な声音に、メリルは口をつぐむ。
「魔女メリル。俺は、まぎれもなくあなたに好意を抱いていた」
心臓が高鳴る。かっと頬に朱が上る。好意の種類が違うと分かっていても止められなかった。ここが暗い路地裏でよかった。
でも、すぐにデュークが過去形で語っていたことに気づく。
そして、確かめたいと言っていたものの正体にも。
「しかし、この気持ちの根拠が魅了によるものなのか、わからない」
メリルはデュークの言葉にぎゅっと目をつぶった。
メリルがずっと聞きたくて聞きたくなかったこと。蓋をして目をつぶってきたものをデュークがこじあけてしまった。
「――あれだけこき使われておいて、普通は好意なんて出てくるもんじゃない。まあ、魅了が作用したのには間違いないだろうね」
メリルは、ずっと考えていた自分なりの結論を、絞り出すような思いでデュークに伝えた。
伝えたくなかった。
自分とデュークとの関係が変わってしまうのが怖かった。
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。でも、メリル殿。俺は思ったんだ。わからないなら確かめればよいと。あなたのそばで確かめさせてほしい。――俺は、このままあなたと離れてしまうのが嫌だったんだ。幸いにも俺はまだ、あなたの生贄のままだ」
メリルは顔を上げた。
この男は、まだ、メリルの側にあり続けたいと願っているのだろうか。
それも生贄として。
(ばっかじゃないの)
歪んだ視界の奥でデュークは跪くと、いつかのようにメリルのしわくちゃの手を恭しく取り手の甲にキスをした――敬愛のキス。
メリルは頬の熱さに気づかないふりをして、悪態をつく。
「ふん、いつまで年寄を立たせておくつもりだい!」
「マイレディ。どこへなりともお連れしよう」
「調子のいいこと言ってないでさっさと行くよ。あたしは屋台に行く途中だったんだ。腹が減って仕方ないのさ。まったく腰も痛くなってきたって、きゃ、わっ、ちょ、何をするんだい!?」
「あなたのお気に入りの店にこのまま連れて行こう」
「ちょっ、ちょっ、待て。こんな格好でいけるわけっ」
「気が付いたことがある。あなたに我がままを言われるのは楽しかったが、あなたを困らせるのも――存外楽しいということに」
「なっななな、若造のくせに生意気なっ! ちょ、下ろすんじゃデュークっ」
「あなたに怒られるのも悪くない」
「……っ!」
メリルの小さな体を流れるように抱きかかえたデュークは、そのまま路地裏から大通りへと姿を現す。抱きかかえられたのは初めてではないが、これほどの衆人環視の前では初めてで、恥ずかしさが桁違いだ。
メリルは、盛大に文句を吐き出してやろうと恨みがましくデュークの横顔をみあげたが、それは口に出す前にかき消えてしまった。見上げたデュークの顔が、あまりにも晴れやかですがすがしく、メリルはそれ以上怒れなくなってしまったのだ。
まあいいか、とあきらめにも似た気持ちになると、メリルの顔にも自然に笑みが浮かんだ。
「ふん、こき使ってやるよ! 王子だからって容赦しないよ。これから覚悟するんだね」
「ご随意に、マイレディ」
通りに戻ったデュークとメリルの姿に、群衆から、歓声があがる。
「救国の英雄様! 救国の魔女様!」という声が通りのそこかしこから聞こえてきた。
「それに、責任もとらなくてはならない――然るべき相手にふさわしい責任を」
デュークの囁くようなその声は群衆の声にかき消されてしまい、メリルの元へは届かなかった。
◇◇◇◇◇◇
古い本と、様々なアーティファクトの山にうずもれた薬品の匂いが立ち込めた昏い一室で、魔法使いは椅子の背に崩れかけた体を投げ出していた。窓の外に沈む夕日を見つめながら、在りし日の思いに沈み込む。
「ああ、魔女の力はなくなっていなかった。あれは本物だったんだ。だから、あれを手に入れればきっと君に会いに行く鍵が見つかる――待っていて」
体の痛みを緩和する香の煙が、魔法使いの思いに反応して部屋の中でわずかに震える。
希望というには、昏すぎる欲望に満ちたその声を聞く者は誰もいなかった。
魔獣に付けられた刻印の影響で、デュークには魔女の魔法も効果がないのだ。
ただ、隠したがっているものを暴く趣味はない。魔女との信頼関係を損なわないためにもデュークは、このことは自らの内に秘めることにした。
彼女は、誰もが遠巻きにするデュークの刻印を恐れなかった。
恐れもなく触れる手の温かさに、久しく忘れていた感情を揺さぶられた。
デュークが抱えている魔獣の刻印の存在を知らないから、あるいは魔女は刻印を恐れないからなのかもしれない。理由はどうでもよかった。
ただ、自分が忘れていたぬくもりをくれた存在として、彼女の何かがデュークの内に刻まれてしまった。
彼女は、デュークにとって特別な存在になってしまったのだ。
デュークが彼女の本来の姿を見たのは、王都の拠点である宿屋の一室でだった。
今まで若い女性とだけ認識していた魔女の隠された姿が実在の彼女と重なるのにしばし時間がかかった。
責任を言い訳に、馬鹿なことを考えている自覚はあった。王家の一員であるデュークに婚姻の自由など許されない。然るべき相手でなければ。いつのまにか彼女を、その「然るべき相手」にする道筋を立て始めていた。
ただ、彼女のぬくもりは特別で、自分だけのものにしてしまいたかったのだ。
彼女を王宮に連れて行かなければ。このぬくもりと安らぎを与えてくれた彼女を皆に紹介し祝福してもらいたい。
それは、自分自身の偽らざる本心だと思っていた。
――けれど、それは幻想だったのかもしれない。
デュークが、自分が魅了の影響下にあることに気づいたのは、大広間でロドニーに向かい合った時だった。
そして、魅了が解けた時、彼女は既に別の男のものであることを知った。
その後は自分の気持ちに問いかけることはしなかった。彼女への気持ちから目を背けるのに必死で、自分の気持ちを掘り下げることなど到底できはしなかった。
しかし。
デュークは、たった今、彼女が誰のものでもないことを知ったのだ。
それを聞いた時、彼女に会いたいという衝動を抑えることはできなかった。
デュークはもう、自分の気持ちから目を逸らすことはできなくなっていた。
自分はロドニーの魅了にいとも簡単に屈した。
今もなお、それはデュークの精神を蝕んでいるかもしれない。
魅了にかかっていなければ、彼女を特別だと思うことはなかったのかもしれない。
過去の自分には何一つ自信がなかった。
けれど、ならば、今抱くこの想いは何なのだろう?
彼女に会いたいと気持ちが急くこの想いの理由は、何なのだろうか?
ひとつ確実なのは、この想いの根拠に確信があろうがなかろうが、引くべき理由がなくなったということ。それを自分が心から歓迎しているということだ。
だから。
迷うならば確かめればいいのだ。
彼女の傍らで。
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(デュークの晴れ姿、ちょっと見たかったかも)
メリルが式典に参加しなかった理由の一つ目はマリアに言ったとおりだ。
でも、本当は二つ目の理由があった。
デュークとのつながりをそのままにしておきたくて、デュークが宝石での貸し借りの清算の話を思い出す前に逃げてきてしまったのだ。メリルが再びデュークと会おうと思ったらその貸し借りの約束以外にすがるものなんて何もなかったから。
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馬の歩を緩めたデュークは、人込みの中に埋もれていたメリルの方を見ると、まっすぐに歩み寄る。
地面に降り立つと、そのままメリルの前に跪いた。
「あなたに、伝えたいことがあって、追いかけてきた。マイレディ」
いつかの再現のように跪くデュークに、メリルの心臓はあの時以上に高鳴った。メリルはどうにか心臓を宥めるとふてぶてしい表情を作ってデュークを見下ろした。そう、今は老魔女メリルなのだ。減らず口なんか叩きたくないのに、なぜこのタイミングでこの姿なんだろうと思うが仕方ない。
「ふん、久しぶりに顔をみせたと思ったら、何だい。もったいぶらずにさっさとお言い。あたしは忙しいんだよ」
「陛下から言伝を賜った、魔女メリル。陛下は、国のために多大な貢献をした貴方に感謝と敬意をこめて『救国の魔女』の称号をお与えになった」
周囲のざわめきがひときわ高くなる。
いまいちぴんとこないメリルが眉を顰めると、小さな子供が母親の裾を引っ張って、「じゃあ、あのおばあちゃん、王子様と結婚するの?」などととんでもないことを言っているのが聞こえてくる。
(はあ!? どどどどういうこと? いやいやいや、普通に考えてないから。ないでしょ。私ったら何、小さい子が言ったことで動揺してるのよ!?)
「ルフトにおいて、『救国』の称号は少し特殊だ。陛下はしばらくの間、俺に貴方の側で尽くすことを望まれた」
(特殊って何? その話詳しく! っていうか小さな子でも知ってることなの?)
さすがに小さな子でも知っているようなことを老魔女のメリルが知らないなどとは言えない。魔女の沽券にかかわる。メリルは深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
(よく考えよう。救国の称号が与えられた女性が王子と結婚するという慣例があったと仮定する。でも、魔女メリルは何百年も生きている老婆なのよ? いくら何でも結婚はないわ。――だとすると、これは体のいい左遷では?)
そう思うと憐れに見えてきた。
メリルはデュークとのつながりをなくしたくなかったが、魔女のところに追いやられて、不幸になってほしいと思ったわけではない。
「可哀そうに」
つぶやくと周囲の群衆がうんうん頷いた。共感されているのになぜかむかつくというこの現象。
けれどデュークは、心底驚いたというようにメリルを見返した。
「なぜだ? 俺はあなたと過ごすのを楽しみにしていたのだが」
「は? あれだけこき使ったのに懲りてないのかい!?」
「懲りるも何も、あれは生贄としては当然の……」
「あーーーっ、何を言ってるのかねえーっ」
メリルは慌ててデュークをすぐ側の路地裏に引っ張り込んだ。これ以上魔女の生贄疑惑を膨らませてはならない。仕事が本格的に来なくなってしまう。
(絶対わかっててやってるよね!?)
「デューク、それなんだがね!」
「実は、確かめたいことがあった」
デュークは、メリルの言葉を遮ると、路地裏で魔女の耳元に顔を近づけた。真剣な声音に、メリルは口をつぐむ。
「魔女メリル。俺は、まぎれもなくあなたに好意を抱いていた」
心臓が高鳴る。かっと頬に朱が上る。好意の種類が違うと分かっていても止められなかった。ここが暗い路地裏でよかった。
でも、すぐにデュークが過去形で語っていたことに気づく。
そして、確かめたいと言っていたものの正体にも。
「しかし、この気持ちの根拠が魅了によるものなのか、わからない」
メリルはデュークの言葉にぎゅっと目をつぶった。
メリルがずっと聞きたくて聞きたくなかったこと。蓋をして目をつぶってきたものをデュークがこじあけてしまった。
「――あれだけこき使われておいて、普通は好意なんて出てくるもんじゃない。まあ、魅了が作用したのには間違いないだろうね」
メリルは、ずっと考えていた自分なりの結論を、絞り出すような思いでデュークに伝えた。
伝えたくなかった。
自分とデュークとの関係が変わってしまうのが怖かった。
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。でも、メリル殿。俺は思ったんだ。わからないなら確かめればよいと。あなたのそばで確かめさせてほしい。――俺は、このままあなたと離れてしまうのが嫌だったんだ。幸いにも俺はまだ、あなたの生贄のままだ」
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それも生贄として。
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メリルは頬の熱さに気づかないふりをして、悪態をつく。
「ふん、いつまで年寄を立たせておくつもりだい!」
「マイレディ。どこへなりともお連れしよう」
「調子のいいこと言ってないでさっさと行くよ。あたしは屋台に行く途中だったんだ。腹が減って仕方ないのさ。まったく腰も痛くなってきたって、きゃ、わっ、ちょ、何をするんだい!?」
「あなたのお気に入りの店にこのまま連れて行こう」
「ちょっ、ちょっ、待て。こんな格好でいけるわけっ」
「気が付いたことがある。あなたに我がままを言われるのは楽しかったが、あなたを困らせるのも――存外楽しいということに」
「なっななな、若造のくせに生意気なっ! ちょ、下ろすんじゃデュークっ」
「あなたに怒られるのも悪くない」
「……っ!」
メリルの小さな体を流れるように抱きかかえたデュークは、そのまま路地裏から大通りへと姿を現す。抱きかかえられたのは初めてではないが、これほどの衆人環視の前では初めてで、恥ずかしさが桁違いだ。
メリルは、盛大に文句を吐き出してやろうと恨みがましくデュークの横顔をみあげたが、それは口に出す前にかき消えてしまった。見上げたデュークの顔が、あまりにも晴れやかですがすがしく、メリルはそれ以上怒れなくなってしまったのだ。
まあいいか、とあきらめにも似た気持ちになると、メリルの顔にも自然に笑みが浮かんだ。
「ふん、こき使ってやるよ! 王子だからって容赦しないよ。これから覚悟するんだね」
「ご随意に、マイレディ」
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「救国の英雄様! 救国の魔女様!」という声が通りのそこかしこから聞こえてきた。
「それに、責任もとらなくてはならない――然るべき相手にふさわしい責任を」
デュークの囁くようなその声は群衆の声にかき消されてしまい、メリルの元へは届かなかった。
◇◇◇◇◇◇
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「ああ、魔女の力はなくなっていなかった。あれは本物だったんだ。だから、あれを手に入れればきっと君に会いに行く鍵が見つかる――待っていて」
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