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第1話 快男児トロンプルイユ
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その影武者、快男児につき
第1話 快男児トロンプルイユ
18世紀、フランスッ!!
ルイ14世のヴェルサイユ宮殿建築から始まる財政難は、ルイ15世、ルイ16世の代でも立て直すどころか、戦争費用が民を圧迫!!
国民の苦しみを理解する優しきルイ16世は、アメリカ独立戦争後に財政難の立て直しに着眼し、ルイ13世が勝手に廃止した三部会を復活させた。
三部会とはッ!!
第1身分、聖職者!
第2身分、貴族!
第3身分、平民!
これらを招集し、王が意見を求める会議であるッ!!
しかし、第1身分と第2身分は特権階級!
彼らは税金を納めずとも許されていた!!
ルイ16世の考えは、国民の平等性に近く、彼ら特権階級からも税金を取ろうという政策であった!!
しかし特権階級は猛反対し、多数決で勝る第3身分と対立!
第1身分から1票、第2身分から1票、第3身分から1票、と、自陣に有利な多数決にルールを改変したのであるッ!!
これに激怒した第3身分、平民達は、王の命令である三部会から勝手に離脱し、自らを国民議会と名乗り、自分達の法律が決まるまで会議を続行するという、テニスコートの誓いを立てた!
大勢の代表がいる平民達が集まれる程の広い場所は、テニスコートぐらいだったのだ!
しかし、ルイ16世は命令違反に軍隊を出さねばならないッ!!
同じ意見の味方同士でありながら、ルイ16世には国王の責務があるからだ!!
これに抵抗した平民達は、勢いに乗って群衆となり、ヴァスティーユ監獄を陥落させたのだッ!!!
自分達、政治犯の収容先は、ヴァスティーユ監獄に他ならないからであるッ!!
アメリカ独立戦争にも参加したラ・ファイエットの理想論に国民は平等への情熱を燃やし、パリのあちこちで革命の戦いが始まっていた!!
だが当の国王、ルイ16世は、パリから20kmも離れたヴェルサイユに帰っており、特別、危機感が伝わって来ない有様だった!
彼はパリの惨状に実感が湧かず、まだまだ狩猟に出て遊んでいたッ!!
ここで高名な彼女の名を出すべきであろうッ!!
彼女抜きには、18世紀フランスは語れないからであるッ!!
それが、ルイ16世の伴侶である、無邪気な王妃マリー・アントワネットであったッ!!!
ロココ調のドレスやファッションは、彼女の趣味嗜好から贔屓してきたデザイナー、ローズ・ベルタンによるッ!!
マリー・アントワネットはまさにロココ代表の文化的貢献者であった!!
しかしッ!!
ルイ16世の代の散財は、アメリカ独立戦争の支援だけではなく、マリー・アントワネットの遊びや、趣味嗜好に深く関与していた!!
博打やファッション、アクセサリー!彼女の楽しみは計り知れない破産を生み出した!!
彼女が国民の苦しみを理解してからは、自粛し、ヴェルサイユ宮殿の庭に作られた田舎、プチ・トリアノンの中で慎ましく遊んでいたが、それまでの散財は消せる訳では無く、国民の目の敵にされた王妃マリー・アントワネットは、オーストリア女と蔑まれ、憎まれていた!!
しかも、散財に留まらずッ!!
マリー・アントワネットは、スウェーデン大使ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン伯と熱愛し、生涯の愛を捧げた!
また一方では、女性同士の恋愛ブームに乗り、ポリニャック伯爵夫人と熱愛!
ルイ16世はマリーを一筋に愛していたが、そもそもがフランスとオーストリアの同盟の為に捧げられたマリーとは、政略結婚であり、幼い頃からの運命である。マリー・アントワネットに選択の余地が無かったことを、彼は深く理解しており、マリーに恋愛の自由を認めていた!!
だが!!
貴族や国民は、そんなに心を広くして見れない!王が不憫で仕方ない!ルイ16世を慕う者程、王妃への憎しみは募るばかりであるッ!!!
マリー・アントワネットは、フランス中を敵に回してしまったと言っても、過言では無かった!!!
ついに、パリでは更なる問題が発生する!
戦時中であるパリに、商人達が入りたがらず、パリは深刻な小麦不足に陥ったのだ!
小麦が不足して、パンの物価が高騰し、パンが手に入らないのである!!
これに激怒したのは、ラ・ファイエット達国民議会では無く、パリの若い女性達であった!
フランス女性は強い意志を持ち、賢く、揺らがない覚悟がある!!
王政である限り!全ての責任はパリを放置している国王にあると見抜き、女性達はヴェルサイユ宮殿に向かって進軍を開始した!!
これが、ヴェルサイユ行進であるッ!!!
女性達がヴェルサイユ宮殿に押しかけると、この緊急事態に、ルイ16世は狩猟から帰ってきて、マリー・アントワネットはプチ・トリアノンから宮殿に戻った。
ルイ16世は女性達の代表数名と対面し、要求を聞き入れて、ヴェルサイユの食料庫を解放!
しかし、集まった民衆は、ルイ16世にバルコニーから顔を見せるように要求した!
応じなければ、暴動が起きる状況下である!!
ルイ16世がバルコニーに現れると、民衆は満足し、国王万歳の喝采が上がる!
しかし、民衆は王妃マリー・アントワネットをも、バルコニーに出せと要求!!
国民に憎まれているマリー・アントワネットがバルコニーに出るのは、かなりの危険が伴っていた!!
だが、王妃の責務として覚悟を決めたマリー・アントワネットは、バルコニーに出て、民衆にお辞儀をしたのであるッ!!!
民衆はその覚悟から、彼女を讃え、王妃万歳と喝采を上げた!!
だが、どちらにせよヴェルサイユ宮殿の暮らしは終わりを告げる!
国王一家はパリに連行され、ルーブル宮殿の暮らしへ!
マリー・アントワネットは最後にヴェルサイユ宮殿から愛するポリニャック伯爵夫人を逃がし、彼女を守りきった!
やがてルイ16世とマリー・アントワネット一家は、戦時下のパリ暮らしに気が参った!
そこに駆けつけたスウェーデン大使フェルゼン伯は、オーストリア領ベルギーへの亡命計画を持ち出した!
オーストリアはマリーの実家であるし、マリーの優しき兄、神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世に助けを求めるべく、フェルゼン伯は作戦を進行していた!
ルイ16世とフェルゼン伯は、共にマリーと家族を救うべく、手を取り合って協力す!
しかし、タイムロスが発生した!
当のマリー・アントワネットは捨てられないアクセサリーやお気に入りの荷物の厳選で、かなりの遅れをとってしまい、作戦に漏れが発生し始めた!
だが、ギリギリで強行し、ついに作戦決行!
良いとこの家族と、家庭教師のフリをして、馬車に乗り込み、フェルゼン伯が馬を走らせる!!
しかしッ!!!
ここでまたしてもタイムロスが起きたッ!!!
道中の質素な食事に、王家の育ちのルイ16世がギブアップ!!
家臣の屋敷でまともな食事を摂ることを要求!!
このふたつのタイムロスにより、オーストリア領まであと僅かのヴァレンヌで、ルイ16世一家は民衆に囲まれてしまったッ!!!
ヴァレンヌ逃亡事件であるッ!!!
これ以後は、王党派としてルイ16世を信じ続けていた国民達をも、国王に失望した!!
フランス革命の、真の始まりであった!!!
波乱のフランス革命期、ついに囚われた王妃マリー・アントワネットの身柄を整理し、後日の死刑に備えたシャルル・アンリ・サンソンは、王家に仕える死刑執行人の身として酷く胸を痛めながら、私室に戻り、王妃の私物を机に置いた。
中でも、チャリ、と繊細な音がし、サンソンはすべてが宝石類では無いと気づいた。
ガラス製品があったのか、迂闊だった、と、サンソンは燭台を近づけて見た。
ガラス製品は、どうやら、マリー・アントワネット王妃の耳飾りだ。
サンソンは耳飾りをつまみ上げ、首を傾げた。
「何故、フランス1の贅沢が許されるアントワネット様が、このような安物を……?」
グリーンのガラスの耳飾りは、燭台の光を受け、壁に影を描いた。
まるで、スクリーン投影だ。
「!?……これは!!」
このガラスの耳飾りの影は、光を当てる事で現れる、緻密な設計図だったのだ。
時空間移動を計算した、人間が入る前提の移動装置の設計図である。
「王妃様のみぞ知る、フランス1価値の高い代物か……誰の作品だ?」
ガラスの設計図には、こう書いてある。
時空旅行棺桶設計図
フランス軍兵器開発部門レオナルド・ダ・ヴィンチ作
我が主君チェーザレ・ボルジアの復権の為、フランス王家に捧ぐ
イタリア半島統一の為に
「16世紀だ……チェーザレ・ボルジアとレオナルド・ダ・ヴィンチの秘密兵器か!」
マリーの知性からその耳飾りをフランス1の価値としたのか?それとも、ただの趣味のアンティークコレクションだったのか?
少なくとも、処刑寸前に、マリー・アントワネットという王妃への恋に落ちたサンソンには、マリーの首をギロチンにかけた後にも、耳飾りに固執する理由があった。
サンソンは王家の断頭後も市場やオークションを探ったが、独自の調査でわかったことは、かつてチェーザレ・ボルジアに雇われるまでのダ・ヴィンチは絵もスランプ、モナ・リザだけに集中し、溺愛していた美少年の弟子サライの食いぶちにすら困っていたか、前金を貰っては描かずに逃げ、自炊の食材はこまめに節約していたほど、生活は切迫していた。
チェーザレ・ボルジアによるフランス軍軍事兵器開発部門の雇用に余程助けられたのか、恩返しに様々な発明を大量に耳飾りにして生産している。
耳飾りにしたのは、チェーザレ・ボルジアにしかわからせないための、知恵なのかもしれないが。
今は誰も知らないアンティークアクセサリーとはいえ、相当数が市場に出回ってしまっており、全回収は不可能だ。
しかも……ダ・ヴィンチならば卓上の空論も多々あるのだが、耳飾りの作品ばかりはよりによって本物しかない。空を飛ぶ小型飛空挺や、粒子流動チェーンソーや、死人を再生する機械化人間装置、などなど。その技術、その理論ならば、資金さえあれば、実現出来てしまうのだ。
ロベスピエールによる激しい政権は、フランスに多大な血を流した。やがて、ロベスピエールら当人達を民が断罪したことにより、指導者のいないフランスがあてにしたのは、エジプト帰りの将軍ナポレオンであった!
ナポレオン・ボナパルトが皇帝となり、戴冠式が終わると、改めてムッシュ・ド・パリと呼ばれる老齢期のサンソンから提出された、マリー・アントワネット王妃の耳飾りは、意図が明確となる。
サンソンが発見して購入した、対となる耳飾りには、チェーザレ・ボルジアの父である、莫大な富を有してカトリックを腐敗させた教皇アレクサンデル6世の隠し財産の在り処が記載されていたのだ。スペインが南米を虐殺してまで得た金銀財宝までも、そこには含まれている。
ダ・ヴィンチとチェーザレ・ボルジアの耳飾りは、志し半ばに倒れた彼らからの、フランスへのメッセージだ。
フランスに、アレクサンデル6世が独占してきた私財からの、大規模な産業革命を促していたのだ。
ボナパルトはアレクサンデル6世の隠し財産を回収し、耳飾りの発明品の安全な物だけは国民に公開し、フランスは大規模な産業革命を迎えて発展した。
何せ、金があれば、工場は要らない個人技術であり、民の個人個人が職人となるのだ。
サンソンは皮肉げにボナパルトを見下した。
「貴方に知らせた私が愚かだった。フランス国民はいずれ時空転移装置にもたどり着くだろう。まだまだ、ジャコバン派の悲劇は終わってはいないし、残党がいるというのに。私は、2度も王家をギロチンにかける悪趣味など持たない。」
「確かに、俺の浅はかな判断だったやもしれん。だが、これらの発明兵器があれば、フランスはロシアなど敵ではない!」
「私はロシアの話をしているのでは無い。フランス国内の話をしている。革命派がタイムスリップして王家自体を揉み消したら?」
革命側であったナポレオンからしても、これ以上の改革は悪手であった。
それほどに、ロベスピエールとサン・ジュストは、人々を殺した。
ある日、ナポレオン・ボナパルトは演説台に立った。
上半身に軍服、下半身はフルチンというスタイルだ。
ボナパルトなりの、皇帝的ファッションリーダーを目指した姿である。
「人よ!絶対王政は我らが断罪し、ブルボン王朝の時は去れり!我々は、教皇アレクサンデル6世の独占してきた私財を回収し、我らの科学を発展させた!フランスはいま世界一の産業革命のただ中にある!だが、それを悪用せんとする輩も現れるだろう!王家は王妃マリー・アントワネットの耳に、レオナルド・ダ・ヴィンチの設計図、時空転移装置をしのばせた。今のフランスならば、誰でも時空を越えられる。故に禁ず!ルイ16世ならびにマリー・アントワネットは既に処刑され、それを皮切りにロベスピエールとサン・ジュストらの過激な処刑はフランスを苦しめるばかりだった。民よ!これ以上の王家の深追いは加害者側に刑罰を与えることを告げる。ならびに、許可の無い時空移動も法律違反とする!」
フランスの民は逆に沸き立った。皆が皆技術者であり、皆が時空移動可能な立場なのである。
「時空転移ッ!!」
「皇帝陛下は逆に今、火蓋を切ったんだッ!!」
「科学万歳!ナポレオン・ボナパルト万歳!!」
サンソンは怒りから、演説から帰ったボナパルトの胸ぐらを掴みあげた。
「おい!よせサンソン」
「なんという馬鹿な真似を!民に真相を知らせるのが最善だと思ったのか!?無闇にテロリストを生んだだけだ、愚かな!」
「だが、上層部の情報操作は懲り懲りだ。革命期に共に戦った戦友達だぞ!?俺たちは、ラ・マルセイエーズを歌いながら進軍した市民だ!話せばわかる!!だいたい、時空移動は法律違反で刑罰もんだ。それに、そこまでして昔の王様を殺したい奴なんか……」
「いる。」
「ん……?」
「フランスを変えたルイ14世ならば、反王政派は何がなんでも殺したいだろう。財産難の始まりの王でありながら、ハプスブルク家を打ち破った偉大なる太陽王。彼が生きるか死ぬかで、今のフランスを決定的に改変してしまえる!自国の革命家崩れのテロリスト然り、敵国の政治家然り!これは……タイムリープ戦争の始まりだ……!!」
「太陽王か!!近衛よ!変装し、ルイ14世を話題に出した者は徹底的に密偵して参れ!技術者!2人用時空移動装置をただちに組み立てよ!一人はサンソン、もう一人は捕えた暗殺者が乗る!サンソンよ!3日で仕上げを約束する、3日で身支度と仕事を片付けて来い。死刑執行人自ら過去に飛び、罪人を捕まえて戻ることを任ず!!」
「3日の猶予は太陽王には無い。狙われるのは、未熟だった若かりし時期のルイ14世だ。まず私は1人で先行し、17世紀の環境を整える。その間にあなた方は2人用時空移動装置を組み立てなさい。」
「でも、時空移動装置は」
「一人用は持ち合わせている。助太刀は結構。アディオス。」
ナポレオン・ボナパルトはサンソンと別れてから、ふと言った。
「あいつ……法律違反じゃね?」
激動のフランス、16世紀から17世紀において!!
後の太陽王、ルイ・デュードネは生誕す!!
同性愛者の父ルイ13世と皇太后アンヌ・ドートリッシュは不仲の極みにあり、ルイの生誕には、夫婦になんの交渉があったかは定かではないし、ルイ13世はルイの後継人に大貴族を指名し、政権を委ねるとまで遺言を残して天に召された!
国民は当然、ルイ・デュードネがルイ13世の実子では無いとゴシップを書き連ねた!
父親はイギリス人のアンヌに恋したバッキンガム公説、いやいや、我らが英雄、銃士隊長カステルモールこと、ダルタニアン伯説、いいや、顔がドージエ侯そっくりだ、という、仮説と創作混じりの風刺画が出回った。
そんなおり、皇太后アンヌは宰相マザランと結束し、ルイ13世の遺言を破棄して、政権をイタリア人枢機卿マザランに委ねた。
しかし、地方貴族達はイタリア人マザランの政治に反感を抱き、幼い王には従わぬと、反旗を翻した。フロンドの乱の勃発である。
ルイとアンヌ、マザランは逃亡を余儀なくされ、戦争から帰ってきたコンデ公にパリを奪還してもらう。
しかし、今度はコンデ公が王にと支持され、再びパリから脱出。
原因は、地方貴族の財政の豊かさにある、とルイは学んだ。
幼いルイと若き皇太后アンヌは、フロンド解決以降、地方貴族の力を衰えさせることを、内政の課題とした。
反感を買ってきた、イタリア人枢機卿リシュリューの政治からなる、政治を怠った父王からの負債も、ルイの代で解決しなくてはならない。イタリア人枢機卿マザランから、幼いルイは政治を学び、やがてマザランに代わって、ルイ自身が政治を継ぐことをも決意。
そして、貴族達の謀反にも、正当性が必要なのである。リーダーに担ぎあげるのは、王家の血を引く人間でなければならないのだ。
そのため、幼いルイと皇太后アンヌは、小さな弟フィリップを貴族達に悪用されぬ為に、ずっと女の子として、慎ましい子に育てることにした。
人工的に、フィリップを性同一性に作り替えてしまったと言えよう。
ルイは、マザラン枢機卿のことは父のように愛しているし、聖職者故の慈愛は尊んでいる。
でも、ルイ的にはぶっちゃけまだまだ反骨精神の盛んな時期で、縛りの多いカトリックが嫌いだし、神学なんていくら勉強させられても、続けられるはずもなく。
友達とする戦争ごっこは楽しくても、銃士隊長カステルモールに習う剣術指導なんて、ルイとしては楽しくない。そりゃあカステルモールはものすごい剣士だが、それはそれ、これはこれ。
ルイは芸術を愛した。
ファッションもまた、芸術である。
フリルやレースのついた、ルネサンス期のようなパフスリーブに、更にリボンをたくさん付け足したり。
オシャレと芸術が共存する、バレエをこよなく愛し、極めて行く。
そして、常につま先立ちでいられる、ハイヒール靴を開発。リボンがついた男性用の靴として、大ブームを巻き起こす。
ところで、18世紀でサンソンが見つけた時空転移装置の設計図だが、ナポレオン・ボナパルトにより国民に公開され、さっそく誰かが法律違反を犯して17世紀に飛び、ルイ14世に接触したらしい。
「貴方様のフランスに災いが起きます!どうか、絶対王政をより強固にし、王家の繁栄あらんことを!!」
まだ幼いルイは、謁見を求めたこの男に告げた。
「そなたが預言者や、予言者の類ならば、余は信じぬ。しかし、そなたが学問から導き出した答えであるならば、余はその意見を尊重しよう。」
「私は、学者です。」
男が、王家の復活を願う王党派であったことが救いであり、ルイの暗殺には至らず、フランス王政強化の助言をしたのみで、大事には至らなかった。
しかし、これによって、歴史は少し変わり、ルイは幼いと言えるうちから、狩猟で遊びに行く場である、ヴェルサイユに宮殿を建築し始めた。
美しく!
華美に!
建築家は厳選され、これがバロック建築の代表となるのである!
ルイにとって、フランス王政強化の最優先事項とは、地方貴族の財政を弱らせることだ。
宮廷に出仕させ、ルイの管理下に置くこと。
重要な役職には、法服貴族を配置すべきだと考えた。
法服貴族とは、庶民が学問を修め、王から貴族の爵位を与えられた、純粋な貴族達と一線をかくする博識な庶民の貴族である。
純粋な名家の貴族達からは、法服貴族は侮蔑の対象なのだ。
法服貴族達の多くは、法律の為に高等法院で働くものだが、ルイはこの知識ある法服貴族を重鎮に雇用しようと考えているのである。
俗に、絶対王政とは、国民に学問を禁じるなどと、まとめられがちだが、ルイ14世は全く違っており、フロンドの乱も体感している。
ルイ自身はあまり勉強は得意では無いが、国民の学問には率先してエールを送る。
無能で馬鹿な貴族達を嫌い、優秀で知恵を貸してくれる法服貴族をより好んでいたのだ。
ルイは、17歳になると、高等法院におもむいて、自身の成人から、マザランの政治を以後はルイが行うことを宣言した。
俗に言われる、朕は国家である、などは、実際には発言してはいない。
ただ、ルイはあたかも、自分自身の健康管理のように、フランスを抱えていた。
フランスの細かな国土を初めて測ったのも、ルイである。
自ら民の様子を見に行って、魔女扱いされていた精神疾患の病人達を、宗教的な悪魔つきとは考えずに、保護施設を作ったのも、ルイだ。
ルイはマザランから政治を継ぐと、内政の為に、王権神授説を利用する。ルイはこの時期、まだまだ反骨精神があり、カトリックは好きでは無かったが、これは政策である。
神に選ばれた王なのだと主張すること。宗教と王の力を合わせれば、謀反は圧倒的に減るだろう。
ルイの画家への指示による、王権の絵画での神聖化などで、王の法律の絶対性や、天使すら王に従う絶対的な権威を、民にわかりやすく知らしめたのであった。
当面の外政、戦争だが、代々続く政治問題は、打倒ハプスブルク家である。
フランスは神聖ローマとスペインの、両方のハプスブルク家に挟まれており、常に挟み撃ちの危機に晒されていた。
ルイからしたら、神聖ローマはまだマシなほうだ。
同じフランク王国から、フランスと神聖ローマが生まれたし、教皇からローマ皇帝として戴冠された、偉大なるフランク王国のシャルルマーニュ帝を敬愛している。
だからといって、神聖ローマがローマ皇帝を名乗っているのは、ルイからしたら鼻で笑うが、とにかく神聖ローマはけしかけてこない分には、まともなのだ。
問題は過激派のスペインである。
何度和平を結ぼうとも、戦争は行われた。
ルイの母、アンヌ皇太后とて、和平の為にフランスに嫁いで来た、スペイン王家の王女である。
ルイの代でも、このスペインは外敵の最たる国であった。
そこに加え、大昔からの天敵であるイギリスも抑えなければならない。
ルイ14世は戦争好きと習う場合もあるが、あくまでこの時代では、戦わなければフランスが生き残れないのだ。
ハプスブルク家の挟み撃ち、虎視眈々と狙うイギリス。
この外敵問題をこなせるように育つべく、アンヌ皇太后はルイに友達を集めて、戦争ごっこを盛んにさせて来たのである。
しかし、ルイがマザランから政治を継いで、絶対王政が確立すると、状況は急変した。
スペインから和平条約がまたしても持ち出されたのである。
フランス王ルイ14世に、スペイン王女マリア・テレサを嫁がせ、莫大な持参金を送ることを約束してきたのだ。
しかし、ルイは全く乗り気にはなれなかった。
政略結婚である。
ルイには、既に愛し合う恋人がいたのだ。
マザランはフランス側に敵視され、精神面を家族に支えて貰うために、フランスに自身の甥っ子や姪っ子達を招いており、ルイは幼い頃から彼らを友達にし、共に勉強しながら育っている。
特にマザランの姪達は可愛らしく、皇太后アンヌが実の子供たちのように愛した。
ルイは、このマザランの姪の1人の、マリー・マンシーニを愛していたのである。
当然、政略結婚などしたくないし、マリー・マンシーニとの結婚を考えていたのだ。
ルイとマリー・マンシーニの恋は、マザランやアンヌ皇太后には予想外の事態である。
ルイの国王としての責務は、当たり前だが、スペインの和平条約を受け入れて、スペイン王女マリア・テレサを妻とすることなのだ。
マザランはルイを説得したが、ルイは初恋のマリー・マンシーニを絶対に譲らない。
仕方なく、マザランは強行策に出た。
フランスの平和の為に、自らの姪、マリー・マンシーニをナポリ王国に嫁に出したのである。
マリー・マンシーニと引き裂かれたルイは、優しいはずのマザランのそこまでの覚悟をし、冷徹なまでに強行したのは、それがフランスを守る為だからだと、理解した。
スペインとフランスの和平条約は執り行われ、馬車に乗って、遥々と長旅をしてきたマリア・テレサ王女を、ルイは国王の責務としてエスコートした。
この時、傷心のルイが国王として立派に振舞ったことは、絵画にも残されている。
正式な結婚式で、マリア・テレサはルイの妻となり、フランス王妃マリー・テレーズと、名をフランス呼びに改めた。
マリー・テレーズはルイの傷心を知らないまま、ルイに一途な愛を捧げた。
しかし、和平条約にある、マリー・テレーズと共に送るはずの、莫大な持参金は、いつまでも支払われることは、無かった。
その持参金こそは、マリー・テレーズがスペイン王家の王位継承権を捨てる為の支払いである。
ルイはこれに対し、遂にスペインに宣戦布告。
マリー・テレーズの王位継承権を主張して、スペイン領に攻め込んだ。
ちなみに、幼いルイに絶対王政の強化を求めた未来の王党派により、若きルイは既にこの時、ヴェルサイユ宮殿の完成を果たしており、パリから一家で引っ越すと、あらゆる地方から領主である貴族達を呼び集め、王家の給使人として住まわせた。
外部から一見して美しいヴェルサイユ宮殿は、素晴らしい作りの部屋は、舞踏会の間や、王家の住居だけだ。
内部の作りは細道の迷宮そのもの。
トイレは王専用が1つで、ルイの許可により、王家はこのトイレを借りられる。
だが、貴族達のトイレはたった1つ。死にものぐるいの奪い合いで、階段下で脱糞に到る者も大勢存在した。
貴族達の住まいは、王の寵愛あるものには、ベッド1つがギリギリの個室を与えられる。
女中や警備の軍人は、男女別に相部屋だ。
王の寵愛無き者は、ヴェルサイユ宮殿には住めないし、でも出勤しなければならない為、ヴェルサイユの街に出て、民家の2階に借りぐらししたり、宿屋で毎日金を払うしかない。
しかも、王からの支給金は低賃金で、宿代に足りずに、自腹を切って支払うのである。
だが、この処置からヴェルサイユの街は発展し、貴族用のホテルや、レストランが栄えた。
ルイ14世の狙い通りに、地方貴族の力を弱らせた挙句、宮廷に集めて監視しながら、務めさせる。
それこそが黄金のヴェルサイユ宮殿の真の役割であった。
ルイはある日、財務官である大貴族に招かれた。
ベル島侯爵およびムラン子爵およびヴォー子爵、ニコラ・フーケである。
ルイは最初から先入観で毛嫌いし、彼をヴェルサイユには呼ばなかったが、フーケは根っからの王党派であり、自身もヴェルサイユ宮殿で王に仕えたいあまりに、自らのルイへの親愛の証を示そうと、大屋敷でルイをもてなしたのである。
その豪華絢爛たる屋敷には、ルイは眉をしかめるばかりだ。
食事席に着くと、見た事の無い美食三昧が、どんどん運ばれてくるではないか!
ルイ14世は大食漢で、フランスきっての美食家である。死後解剖では、胃袋が普通の人間の2倍あったぐらいだ。
当時、テーブルマナーが始まり、貴族達は率先してフォークとナイフを使用していたが、ルイは子供の頃からの癖が治らず、手掴みで食事をしていた。
「こんな美食は今まで食べたことが無い!フーケよ、シェフを呼べ!!」
フーケはルイの喜びを、自分の喜びのように思い、幸せそうに微笑んで、告げた。
「身に余る光栄です、太陽王陛下。わたくしは幸運にも、良き料理人に出会えまして、陛下をもてなす幸せを与えられました。」
フーケは使用人に合図した。
「ヴァテールをここへ。」
「かしこまりました。」
しばしして、ルイはまだまだご馳走を食べていたが、シェフが忙しそうに早歩きでやって来た。
「フーケ様?このお方が、国王陛下であられますか?」
「礼儀正しくしなさい。わたくしの相手以上に、ルイ陛下に忠誠を。」
ルイはこの男が料理長なのだと気づいて、食べる手を止めた。
「料理長よ。そなたの献立はどれも、1級品の素晴らしい美食だ。褒めてつかわすぞ。献身、大義である。」
料理長は深々とお辞儀した。
「わたくしは一介の料理人、ヴァテールと申します。国王陛下より直々にお褒めにあやかり、光栄でございます。しかし、わたくしの主はフーケ様であられるので、もしわたくしの料理が国王陛下のお気に召しましたならば、どうか主をヴェルサイユ宮殿にお仕えさせてくださいますよう。」
「わたくしの世話はよいというのに。ルイ陛下、見ての通りわたくし共の忠道は貴方様の元にございます。財務官の仕事だけならず、ぜひ、ヴェルサイユ宮殿でも陛下のお役に立ちたく、願っております。神がお選びになった我らのフランス王に、祝福を。」
ルイは、ヴァテールを好ましく思った。ヴァテールにはフランス1のシェフとしての価値がある。ヴァテールが欲しい。
だが、フーケのことは脅威にしか感じられ無かった。これだけの財源を持ち、しかも人格者でカリスマ性もあるのだ。
こんな大貴族を野放しにしては、フロンドの乱どころでは無い。
ヴェルサイユ宮殿に帰ったルイは、直ちに銃士隊長カステルモールに命じた。
「カステルモール!財務官ニコラ・フーケを逮捕せよ。国家財産横領罪である。刑罰は死罪とせよ。」
カステルモールは驚き、ルイに再確認と意見をした。教育係を務めたカステルモールだからこそ、意見が許されるのである。
「死罪と?フーケ殿が一体何をしたと申すのです。陛下、短気で気がはやられてはなりませぬ。フーケ殿に失態など無く、彼は陛下の一言さえあれば、全ての財産を差し出します。人格者でありカリスマです。そもそも、国家財産横領など、財務官は代々やっております。今までそれが死罪になったことなど、1度とて無かったはず。お考え直し召されよ。」
ルイは怒りに燃えて振り返った。
「だから申しておるのだ、カステルモールよ!あの人間性にあの財力は危険分子でしかあるまいよ!第2のフロンドは防がねばならぬし、余の絶対王政に王は2人もいらぬ!!直ちに銃士隊を率いて、逮捕し、処刑して参れ!!2度は言わぬぞ!!!」
銃士隊長カステルモールは、仕方無しに銃士隊を率いて馬を出し、ニコラ・フーケの屋敷に逮捕状を持っておもむいた。
「フーケ殿。残念ですが、貴殿の誠意は伝わらず、貴殿の脅威だけがルイ陛下を脅かしてしまいました。国家財産横領罪で貴殿を逮捕する。お許し召されよ、我が愚行、我が忠道を。」
フーケはショックを受け、フーケの家族達がフーケにしがみついた。
「……そうか。わたくしはもてなすどころか、国王陛下の恐れた、フロンドのトラウマを再起させてしまったのだな……。カステルモール殿。わたくしを捕らえなさい。わたくしは最期まで、ルイ陛下のご命令を受け入れるつもりだ。わたくしの幸せは、王家から与えられた財源や仕事からなるもの。その恩義に我が命でお返し致そう。」
フーケの家族が首を振った。
「駄目よ!国王に殺されてしまうわ!!こんなの冤罪です!!捕まえないでください!!」
料理長ヴァテールも駆けつけた。
「国王陛下はどういうおつもりなのですか!?フーケ様は忠義を誓い、おもてなしをなされたというのに!!これでは、あんまりではありませんか!!!」
カステルモールは心底苦しげに、フーケを捕らえた。
「皆の衆よ!憎むならば、ルイ陛下では無く、この俺の歪んだ忠道を憎むがいい!銃士隊!馬車をもて!フーケ殿を連行する!!」
フーケは銃士隊に捕らわれて、馬車に乗せられた。
いざ、刑場までの出立の際、馬を鞭打つ御者に、カステルモールが命じた。
「馬を走らせるな!馬はゆっくり歩かせてやれ!」
「え?は、はい!」
すぐに、屋敷からフーケの家族達が追いかけて来た。
カステルモールは馬車の窓を開け、フーケに促した。
「フーケ殿。馬車はゆっくり進む。せめて、家族と充分なお別れをしてください。」
「カステルモール殿……!!感謝致します!!」
「貴方ーッ!!」
「妻よ。子供たちを連れて、わたくしの親元を頼りなさい。」
「いやだ!」
「死なないで、父さん!!」
フーケは慈愛の眼差しで家族らを見た。
「愛しいお前達よ。わたくしを幸せにしてくれて、感謝している。妻よ、わたくしが死んだ後は別の人を愛してよろしい。幸せに生きなさい。子供たちよ。修道院は嫌だろうし、この件では銃士隊も複雑だろう。学問の徒になりなさい。各自、道が決まるまでは、わたくしの親元で甘えさせて貰うといい。」
妻は首を振り、子供たちは泣いた。
「幸せだったのは、私たちのほうよ、貴方……。今は、別の人だなんて、話さないでちょうだい。」
「父さん!父さんを殺されてまで、国王の力になれと、学問の徒になれと、俺たちに言うのか!?その遺言は、あまりにも過酷過ぎるッ!!!」
フーケはカステルモールに合図し、最期の別れを告げた。
「それでも王を憎むべからず。お前達よ、刑場には来るんじゃあ無い。わたくしの死は、お前達に傷を与えるだけだ。さらば。さらばだ、愛しい家族達よ!」
カステルモールは馬車の窓を閉め、御者に馬を走らせた。
「貴方は、ルイ陛下を罵倒してもよかったはずだ。」
「王家がいたから、わたくしには幸せがあった。それで、良いのです。」
馬車が刑場に着くと、ニコラ・フーケの死刑は決行された。
カステルモールは死刑執行人の一族、サンソン家に、告げた。
「せめて痛み無く、天の父の元へ。」
サンソン家は頷いた。
「お任せください。わたし達は、死の尊厳を汚しはしない。痛み無く、済ませられます。」
ニコラ・フーケの処刑を見に、民達が群がった。
しばしして、フーケの首が落とされた。
民衆は貴重な見世物に沸いたが、カステルモールとサンソン家は十字を切って祈った。
カステルモールの率いる銃士隊とは、ルイ13世からルイ14世に仕えた近衛兵であり、近衛銃士隊という軍隊である。
マスケット銃を所持するが、基本はレイピアでの剣術を行う騎士達だ。
近代に近づくと、近衛兵は人数が限られるのだが、この時代の近衛銃士隊はあらゆる地方から集まった貴族の次男坊や三男坊達であり、大勢の組織であった。
貴族の跡継ぎは長男であって、次男や三男となると、修道院に入るか銃士隊に入るかしか、道が無い。男達は騎士道の夢を追い求め、多くが近衛銃士隊を目指した。
特に、スペインとの国境が近いピレネー山脈の方面の地方を、ガスコーニュと言うが、ガスコーニュ生まれの剣士は血気盛んで勇ましいことから、ガスコン生まれは一目置かれていた。
カステルモールも、ガスコン生まれで、若かりし日は親友達と組み、偉大な四銃士として活躍していたのである。
一方で、フーケの断頭後にルイが財務官に雇用したのが、平民の生まれの博識な法服貴族、コルベールであった。
法服貴族であるコルベールは、自身が純粋な貴族達に蔑まれているのを自覚している。
そして、出世をさせてくれた国王に深く敬意を払い、その賢さをルイの為に使って働いた。
海外進出を果たし、アメリカ植民地ルイジアナの獲得は、このコルベールの働きによる。
コルベールの財政管理により、フランスは一時的に財政難から持ち直した。
国民達は、厳しい税金の中でも、善悪はわかっている。
「戦争費用は仕方ねぇよ。国王陛下が戦いに出なきゃ、俺達はハプスブルク家に挟み撃ちだ。」
「アメリカにもデカイフランス領が出来た。今の王様はすげぇぞ。」
「まぁ、戦争に負けないでくれたら、もっと嬉しいんだが……」
「戦争はともかく、ヴェルサイユ宮殿は何なんだ?フロンドの件で、そんなにパリが嫌いになっちまったのか?」
「ルーブル宮殿があるじゃねぇか。税金の無駄使いじゃねぇのか?」
「でも、俺の母ちゃんを救ったぞ。母ちゃんは精神病で、魔女迫害をされてきたが、今は介護施設できちんと世話されて3食飯が食えてんだ。」
「だけど、なんで財務官フーケは殺されたんだよ。」
「大貴族なんか死んでもいいじゃねぇか。今の財務官のコルベールは俺達と同じ平民の生まれなんだぞ。ありがてえことじゃねぇか。」
国民の評価は様々。
だが、唯一言えることがある。
「9歳のシャルル9世の時は、ヴァロア朝が終わったぐらいだ。フロンドを越えてきた今の王様は、前代未聞の領域だぜ。」
この頃、ルイは虎視眈々とフランス領を狙うイギリスを抑え込む為、宰相ではあるが政治権力をルイに譲渡したマザランと話し合う。
マザランいわく、イギリスでは国王斬首の後、一時的な共和制でクロムウェルが独裁。民の願いで前国王の長男チャールズ2世が王政復古している。が、政治的発言力は無く、議会に軟禁された状態だ。チャールズ2世はカトリック信者で、フランスに逃げていた経歴もあり、フランス語が話せるし、良き友となれるであろうこと。そして、フランスで育ったチャールズ2世の妹のヘンリエッタ・アン王女は美しく、優れた話術を持つ才女で、カトリック信仰を持ち、同盟に娶るならばぜひヘンリエッタ・アン王女だ、という勧めを聞いた。
ここでルイは、自身の弟である、女の子として育てて来たフィリップ・ドルレアンを、政治的に活用する事にした。
フィリップ・ドルレアンとヘンリエッタ・アン王女の結婚による、イギリス王家との繋がりを図るのである。
イングランド王兼スコットランド王チャールズ1世の娘、現イギリス国王チャールズ2世の妹、ヘンリエッタ・アンこと、イギリス王女アンリエット・ダングルテールとの縁談を持ち込んだのだ。
話は外交上でまとまり、ルイとチャールズ2世は友情を誓い、すぐに親しくなれた。
当の王弟フィリップ殿下は、何にもわかっていないまま、アンリエット・ダングルテールの到着寸前まで、可愛らしいドレスを着て、穏やかに座り、親友のショワジーと一緒に、ショコラを飲みながら、フランボワーズを食べていた。
「マリー・テレーズも、御一緒にいかが?ショコラがお好きなのではなくて?」
王妃マリー・テレーズは不器用で会話も下手だったが、慈愛は深く、フィリップのお誘いに応じた。
「……ありがとう、妹姫さん。ショコラをいただきます。」
ルイからは、何と言ったらいいのか、わからない事態である。
お前は男なのだからしっかりせよ!では、ルイ側の身勝手が過ぎよう。
謀反をさせぬ為に、わざと女の子に育てたのだから。
黙り込むルイに代わって、母であるアンヌ皇太后が動いた!
「フィリップ?そろそろ、身支度をなさいね?貴方の奥さんが、フランスに着いてしまうわよ?」
フィリップは目を瞬きする。
「まぁ、お母様。わたくしに奥様はおりませんわ。女同士の結婚は、カトリックの神様が禁じていらっしゃいますもの。」
アンヌ皇太后はそーっとアプローチした。
「フィリップ?わたしは貴方に、まだ言ってないことがあったわ。貴方は、実は、男の子なのよね。」
フィリップはこれにカルチャーショックを受けて、口を手でおおった。
「まぁ……本当ですの?お母様?だから、わたくしの身体には……濃い体毛や、謎の物体が?」
「謎の物体は男の子の証よ、フィリップ。ごめんなさいね。イギリスとフランスの関係を平和にする為に、アンリエットと結婚してね?」
ルイがフィリップのお世話をする女中達に命じた。
「フィリップに着替えを。悪いが、待つ猶予は無いぞ。」
フィリップが連れて行かれながら叫んだ。
「わたくしは、女の子ですわ!いつか、王子様と結婚します!助けてください、お兄様!!あぁ、お兄様ーっ!!!」
マリー・テレーズがフィリップに同情し、両手で口をおおった。
「あの方は、優しい女の子ですのに……」
フィリップの親友のショワジーもまた、哀れんだ。聖職者ショワジーは、母親のショワジー夫人がルイに協力し、フィリップのお友達として女の子として育てた、ショワジー夫人の末の子である。
「国王陛下は王弟殿下が、男性に戻れるとお思いですか?彼女は、女の子ですわ。わたくしのような、男の自我がある女装家では、ございません。彼女は殿方しか愛せませんわよ。」
ルイもまた、反省した。しかし、疑問も抱いた。
「フィリップは、子を成せぬかもしれぬ。余と母上がフィリップを女の子にしたのだから、今更政治的な結婚話など、無理な話であった。ところでショワジーよ。そなたの母であるショワジー夫人への恩義でそなたを傍に置いたが……男の自覚があって女装していたのか?そなたは、聖職者であろうに。」
ショワジーは自己解釈の神学を説いた。
「主は万人を愛されております。わたくしのような慎ましい女の姿をした神父をも、またお赦しになられますわ。」
ついに、イギリス王女アンリエット・ダングルテールは嫁いで来たのだった。
フィリップは男の正装を着せられて、内股で弱々しく歩いてきた。
アンリエットはさっそく手を差し出した。自身の夫となる、フィリップにだ。
「チャールズ1世の娘、チャールズ2世の妹の、アンリエットと申します。フランス語は得意です、父の死でフランスに亡命したこともございますから。フィリップ殿下ですね?ヴェルサイユ宮殿を、エスコートしてくださるかしら。フランスのヴェルサイユ宮殿と聞いて、楽しみにして来ましたのよ。」
フィリップは怯んで後ずさる。
「わたくしは、女の子をエスコートは致しませんわ。友達までなら、許容しますけれど……。」
アンリエットは事情を知らない為、尋ねた。
「まぁ。女性には恋が出来ないと?殿下は、殿方がお好みですか?」
フィリップは兄の背中に隠れた。
「わたくしは、お兄様を超えるような美しい王子様としか、恋愛はしませんわ!」
「まぁ!なかなか、ルイ陛下を超える方も、難しいのではありませんか?かなり中性的な……あぁ、では、まずはお友達になりませんこと?わたし達の結婚には、両国の関係がかかっておりますし。」
「お友達なら……よろしいのですが……。」
アンヌ皇太后はこの事態に頭を悩ませた。
「うーん。わたしの夫も、ゲイだったのよねぇ。わたしは、自身の苦しみを、子供たちの世代で再現しちゃったのね。」
一方で、ルイはそれどころでは無かった。
ルイはずっとマリー・マンシーニを忘れられずに、心は彷徨って来た。
マリー・テレーズには悪いが、マリー・テレーズはろくに会話も上手くなく、不器用な女であり、ルイの傷を癒せるような妻では無かった。
ルイには、マリー・テレーズは、フランス王としての妻でしかない。
子供が出来たら、良き夫であり良き父であろうとルイとて考えてはいたが、未だにマリー・テレーズをどうしても受けつけないし、むしろ冷徹に扱ってしまうのだ。
しかし、アンリエットはまるで違う。
言葉は巧みだし、美しく、賢いのだ。
ルイは、悲しみを埋めたかったのか、アンリエットに惹き付けられた。
アンリエットもまた、自身を受けつけないフィリップよりも、ルイの魅力に惹き付けられていった。
かつて、偉大なる四銃士がイギリスまでの冒険活劇をこなし、アンヌ王妃を救った。
イギリスのバッキンガム公は、カトリック強化の為のイギリス王太子の縁談に、カトリック国であるスペイン王家との交渉に出向いたが、これは失敗に終わっている。
バッキンガム公の次の狙いは、アンリ4世の娘である、アンリエット・マリー・ド・フランス。カトリック国のフランス王女と、自国の王太子を婚姻させる為に、フランスまでやって来た。
しかし、そこでバッキンガム公は思わぬ事態に遭遇した。
ルイ13世の后である、麗しのアンヌ王妃を知り、恋に落ちたのである。
美しく若きアンヌ王妃も、同性愛者の夫とは相容れず。
それでも。
バッキンガム公とは、互いの恋など叶わぬ身分だから。
心の証にと、アンヌ王妃から自身のネックレスをバッキンガム公に渡し、2人は愛を押し殺して別れたのだった。
だが、問題はゲイの夫、ルイ13世の要求である。リシュリュー枢機卿側のスパイから、事情を知っていたルイ13世は、わざわざ、自身が贈呈したネックレスをつけて舞踏会に出る事をアンヌ王妃に要求した。
嫌がらせと、カトリック上で正式に別れる為だ。カトリックには離婚は無い。別れはつまり、不貞の断罪、王妃の死である。
アンヌ王妃の不実を言い訳に、断罪すればいいではないか。という魂胆だ。
ここで、アンヌ王妃が呼び出したのが、四銃士。カステルモール、ダトス、ダラミツ、ポルトスである。
イギリスまで旅してネックレスをバッキンガム公から受け取り、舞踏会までに帰還すること。
そこには、国王の味方のリシュリュー枢機卿のスパイ達など、様々な敵が待ち受ける。
四銃士の剣は多くの敵に打ち勝ちながら、馬を走らせ、冒険活劇をこなすのだ。
四銃士は、無事にバッキンガム公からネックレスを預かり、アンヌ王妃の元に帰還した。
アンヌ王妃は晴れてネックレスを着けて舞踏会に現れ、夫から身を守ったのだった。
ダトスは、息子のラウルの初出勤に向けて、税金の厳しい中なりに、厚切りベーコンとキノコをバターソテーし、目玉焼きをパンに乗せて、たっぷりのチーズをのせて焼いた物を出し、ラウルの特別な朝を祝った。
「すごいや、父さん!ラクレット?わからないけど、贅沢だし美味しいよ!」
ダトスは優しく微笑みながら、告げる。
「名前はわからんが、旨いのは知っている。ラウル、今日はお前の特別な日だ。ヴェルサイユ宮殿についたら、銃士隊宿舎へ。道はわかるな?」
「はい、父さん!」
「銃士隊宿舎についたら、バッツに……銃士隊長カステルモール殿に挨拶。そこまで行けば、後はバッツがお前に色々教えてくれるだろう。」
ラウルは心を踊らせた。
「銃士隊長ダルタニアン伯こと、カステルモールさん……!!ついに、僕は夢を叶えて、銃士隊になったんだ……ダルタニアン伯に会える!!」
ダトスは有頂天のラウルに助言した。
「浮かれ過ぎてやらかすなよ、ラウル。ほら、マスケット銃。襟が乱れてるぞ。レイピアを忘れるな?いいか、ラウルよ。いざ決闘に負けたら、必ず引き下がる事。道は強者に譲る覚悟を。例え色恋であっても、剣士の志を違えるなよ。」
ラウルは瞬きした。
「父さん。僕は決闘に負けません。僕の剣術は、父さんの教えた無敵の剣ですよ?」
「……まぁな。さぁ、行きなさいラウル。初日から遅刻ではバッツに顔向け出来ん。1時間早く着いても損は無し、だ。」
「はい!勤勉こそが近衛の務め、ですね!行ってきます!」
ラウルが家から飛び出して階段を降りて行くと、お隣さんちの美しい娘、慎ましいドレスに身を包んだ、幼なじみのルイズが家を出るところだった。
「やぁ、おはようルイズ!今日は綺麗なドレスを着ているんだね。」
「ラウル!貴方が家から出てく音がしたから、わたしも出ることにしたの。」
ラウルとルイズは恋仲で、もう長く付き合っており、結婚を誓いあっていた。
「ルイズは、何処へ行くんだい?」
「新しい奉公先が決まって、女中の仕事をするのよ。」
「えっ……貴族の屋敷?しばらく、会えないのか?」
顔を曇らせたラウルに、ルイズは笑った。
「ラウル、忘れたの?貴族達はヴェルサイユ宮殿に集められてるわ。そうそう離れ離れにはならないわよ。国王陛下のおかげね。わたしは、名誉ある仕事に選ばれたわ。王弟妃殿下のアンリエット・ダングルテール様にお仕えするのよ。ラウルが銃士隊宿舎の勤務と聞いて、志願したの。ヴェルサイユで会えるわ。」
ラウルが嬉しげに返した。
「それって最高だ!愛してるよルイズ!一緒にヴェルサイユで働けるなんて!」
ルイズは太陽の動きを見ながら、ラウルに告げた。
「わたしも愛してる。でもラウルは喋ってる暇はないわよ。初日なんだから早く着かないと。わたしは馬車が来るのを待つから、先に行って。」
ラウルは馬に跨り、ルイズに話しかけてから、馬を走らせた。
「それじゃ、ルイズ。ヴェルサイユで会おう!行ってくる!」
ヴェルサイユ宮殿の銃士隊宿舎に着くと、ラウルは約束の時間を待ち、ヴェルサイユ宮殿を眺めた。
噂以上の荘厳華美な、素晴らしい宮殿だ。
神様に選ばれた王が、ここには住んでいる。
自身は、その王の直属の、近衛銃士隊なのだ。
なんという栄誉であろう。
自身にも、冒険が待っているだろうか?
父、ダトスの語ってきた寝物語。
四銃士の冒険活劇。
ラウルは逆に眠れなくなって、興奮してしまう。
自身は今、夢見た舞台に上がっているのだ。
ラウルが1時間も早く来たにも関わらず、銃士隊宿舎からは、父の親友のカステルモール隊長が出てきて、ラウルに真っ先に歩み寄った。
「バッツさ……カステルモール隊長!何故こんなに早く?」
カステルモールは微笑した。
「ラウル。ダトスの事だ、1時間前行動だろ?彼は礼儀に叶った男だ、俺の父親代わりのような友だからな。よく来たな、ラウル。」
ラウルは慌てて背筋を正し、敬礼した。
「本日付けで銃士隊に配属されました!ラ・フェール伯爵ダトスの息子、ブラジュロンヌ子爵ラウルと申します!カステルモール隊長にお会い出来るこの時を、ずっと夢見ておりました!」
カステルモールは微笑しながらラウルの肩に手を置いた。
「俺は、嬉しいやら心配やら、複雑だがな、ラウルよ。銃士隊は戦いの世界だ、戦場こそが我らの在り処。ダトスの息子の君には、なるべく安全地帯にいて欲しい気持ちがある。それに、そもそも銃士隊は、行き場の無い貴族の次男や三男達の集まりだ。君の父ダトスは、ラ・フェール伯爵として自身の領地を所有しているし、君は長男で跡継ぎ息子だ。わざわざ、危険に飛び込むような身分では、無いだろう?引き返すならば、今のうちだぞ、ラウルよ。」
ラウルは敬礼したまま、誇らしげに答えた。
「我が父ラ・フェール伯爵は賢く、領地の民から税を取り上げたりは致しません。父は自ら働いた年金で生きていますし、僕も父の領民の自由を侵害は致しません。貴族とて働き、戦うもの。父の教えです。」
「やはりダトスの息子だ。立派に育ったな、ラウル。大きくなった……銃士隊の入隊を認める。宿舎に入りなさい、俺自らが案内しよう。」
ルイ14世は、この頃、頻繁に家族での集まりを作った。
晩餐会や、舞踏会。
集められるのは、皇太后アンヌ、王妃マリー・テレーズ、王弟フィリップ・ドルレアン、王弟妃アンリエット・ダングルテールである。
家族会を言い訳に集まり、ルイとアンリエットは共に時を過ごした。
寂しさを埋め合うように、愛し合った。
その日の晩餐会も、ルイはアンリエットの隣に座って、たくさん語らいながら、食事がはかどっていた。
まぁ、ルイは相変わらず、手掴みで食べているのだが。
「スペインがけしかけない限りは、明日も家族で集まろう。アンリエットよ、食後には余の自慢の庭園を見せてやろう。」
「まぁ、陛下のご自慢の庭園ですって?光栄ですわ。イギリスでもガーデニングは愛すべき文化です。陛下の美的センスですから、さぞかし美しい庭なのでしょうね。」
「うむ。庭師にはこだわったし、厳選したからな。まぁ、開拓中で、今後更に庭園を素晴らしいものにするつもりだが……余が自ら手入れをする場所もある。余は、薔薇を愛している。四季咲きであれば尚良い。果実の実りや花々は美しく、戦に疲れた余の癒しだ。」
「わたしも、薔薇は大好きですのよ。でもわたしの祖国と言ったら、薔薇好きは薔薇好きでも、テューダー朝が成立する前の薔薇戦争だなんて、妙な内乱を起こしていましたが。あのイギリスをまとめる兄も苦労してることでしょう。ルイ陛下のフランス統治は素晴らしいですわ。安定した絶対王政の中で、安心して薔薇を鑑賞出来ますもの。」
ルイはこのアンリエットの賢さが好きだった。会話に躊躇う心配が無い、アンリエットは知識人だからだ。
「アンリエットのステュアート朝の前か。イギリスのテューダー朝の家紋は二重の薔薇であったな。薔薇戦争で王位継承争いをした両家の家紋を、合わせたのであろう?」
「はい。ですが、いらない内乱ですよ。初めから両家で結婚すれば済む話です。あぁ、少し酔い過ぎたわ。ルイズ。レモン水を。」
「かしこまりました。」
ルイは大食漢で、アンリエットと会話を楽しみながらも、手づかみでご馳走を食べていたが、ルイズがアンリエットにレモン水を運んでくると、ルイはルイズに気づいた。
「アンリエット様、レモン水でございます。」
アンリエットは更にルイズに要求した。
「あと、靴が痛いわ。楽でも美しいものを探して来て。」
「大丈夫ですか?先に、お御足を手当て致しましょう。」
「そう?じゃあ、お願い。」
ルイズの優しそうな顔は、顔だけではなく、行動に表れている。
ルイズはアンリエットの足を手当てし、慈愛の眼差しで告げた。
「もう大丈夫です。わたしが、美しくても、柔らかい靴を取って参ります。すぐに、良くなりますわ。」
ルイは思わず引き止めた。
「待つがよい。アンリエットの女中よ、名をなんと?」
ルイズは国王陛下に話しかけられて戸惑い、アンリエットに目で伺った。
「ルイズ。わたし以上に礼儀を払って、お答えしなさい。貴方が素晴らしい働きをしたから、陛下のお気に召したのでしょう。」
ルイズはアンリエットに一礼し、ルイに深々とお辞儀した。
「わたしはアンリエット様にお仕えする、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールと申します。」
ルイは改めて、ルイズの顔立ちや慎ましく健気な様子を見て取った。
清らかな美しさが、そこにはある。
まるでラファエロの描いた聖母子画のような。
「ルイズよ。そなたの温かな優しさが、アンリエットに助力した。見事な働きである。」
「有り難きお言葉をあやかり、光栄でございます。……あの。国王陛下。わたしは一旦失礼して、アンリエット様の靴を、取りに行っても?」
アンリエットとルイが頷いた。
「いいわ。」
「良い。熱心な働きである、余とて邪魔はすまい。」
晩餐会の後で、家族会とは名ばかりの庭の散策をした。
「お兄様……」
アンリエットとばかり話しているルイに、兄に憧れるフィリップ殿下はしょぼくれて、アンヌ皇太后がフォローを入れた。
「ルイの厳選したシェフの料理は、とっても美味しいわね、フィリップ?でも、お腹がいっぱいでコルセットが厳しいわ。お花や果実の実りを見て、歩いて消化しましょうね?」
フィリップ殿下は、基本は優しくて良い子である。母親の心配に気づいて、何とか笑って答えた。
「それは、その通りですわ。お兄様の選んだシェフは料理が美味しすぎて、食べ過ぎて病気になりかねませんもの。お庭も素敵です。この花なんて、お母様の今日のドレスにぴったりですわ。」
「あら。フィリップだって、このピンク色の花が相応しいわ。初恋を待ち続ける貴方に、ぴったりよ。」
フィリップ殿下は母の愛に、微笑んだ。
一方でアンヌ皇太后は、何とか持ち直したフィリップ殿下を連れて、独り打ちひしがれているマリー・テレーズ王妃の元に急いだ。
「マリー・テレーズ?晩餐会の料理は美味しかった?何度も、炭酸水を飲んでいたみたいだけれど……。」
マリー・テレーズは青い顔で答えた。
「食欲がありませんでした。わたくしが、到らないばかりに、わたくしの実家は戦争をしますし……陛下がどれだけ寛大でも、わたくしを愛せる箇所が、余りに、ありませんから……」
アンヌ皇太后とフィリップ殿下は慌てて励ました。
「そんなことない!!スペインは昔からああなのよ、わたしだってスペイン王女だからわかるわ!それに、ルイがさまよってるのは、わたしとマザランのせいなんだし。貴方に魅力が無いなんてことはないわ。」
「そうですわ!マリー・テレーズは優しい子です!!わたくしはアンリエットより、マリー・テレーズに、お兄様は振り返るべきだと思いますわ。わたくしにも、アンリエットを戒めない責任がありますが……もしわたくしの妻がマリー・テレーズだったら、きっといつまでもお茶会をして、仲良くするでしょう。」
一方で、家族を置き去りにして、素知らぬ顔で庭を進んだルイとアンリエットは、ルイが見せたがっていた、ルイ自らが庭師となって手入れしている、小さなスペースに辿り着いた。
勿論、この庭全体の素晴らしさには、庭師の腕があり、ルイのスペースなどは敵わないが。
ルイが愛し、こまめに世話している、薔薇や花々、梨は、見るだけでも国王の癒しであることがわかる。
戦に出なければ、フランスはハプスブルク家に支配されてしまうし、それでも、まだ若く未熟なルイは戦に勝てずに、ただの牽制にしかならず。
国王自らが政治を行う事で、財務官のコルベールらと、政治の話で日が暮れて。
ルイを愛するアンリエットには、その苦労は伝わってくる。
ルイが庭に夢中になろうが、バレエに熱心になろうが。
オシャレな服をいくらデザインさせようが、贅沢な食事を山盛り食べたって。
誰が非難出来ると言うのか?
フランスのすべてを、自力でこなしているこのルイに。
税金が負荷になる第三身分の平民達ならばともかくとして、特権階級の聖職者や貴族には、口出しする権利など一切無い。
「この薔薇は、1輪、そなたに贈ろう。根から割いては、数日しか美しさは保てぬがな。」
「ありがとうございます、陛下。小さくても、素敵な場所だわ。」
アンリエットは、いきなり吐き気に襲われ、慌てて口を抑えて堪えた。
「アンリエット?吐きそうなのか?」
アンリエットは、何とか堪え切ると、事情を説明した。
「陛下。実は、もう医師にかかっております。お腹に赤ちゃんがいる……貴方様の子です、ルイ陛下。」
ルイは、戸惑ったが、ありのままを話した。
「アンリエットよ。余には、その赤ん坊の父たる資格は無い。そなたは余を愛してくれた。以後も余はそなたを守る。だが、余がそなたに近づいたのは、悲しみを埋めるためである。余は、愛する人と引き離されて、今の妻と政略結婚をしたのだ。余はそなたを苦しめるだけの愛をそそいでしまったのだな……これ以後は、そなたの愛を利用はせぬ。フィリップとそなたの子として、余は我が子を遠目に愛し続けよう。」
アンリエットは困惑し、ルイに縋り着いた。
「陛下!愛して無くてもいい!わたしはわかっています!わたしだって悲しみを埋める為に、貴方様に近づいて、貴方様を愛したのです!でも、この子だけは!陛下の養子でもいい、貴方様の子にしてあげてください!わたしは王位などはいらない、ただ、陛下の愛を、わたしの子に与えてください!」
ルイは、アンリエットを抱え、諭した。
「アンリエットよ。フィリップを嫌うことは無い。今の余に自分の結婚が許されたなら、間違いなくそなたと添い遂げたであろう。我が子を、堂々と我が子として、愛し、育てただろう。だが、余はフランスの国王なのだ。そして、そなたもまた、王弟フィリップ・ドルレアンの妻なのだ。おそらくフィリップが男に戻れるまで、まだまだ長い時間が必要であろう。だが、弟は優しい子だ。そこは、余よりも秀でた長所である。アンリエットよ、フィリップを頼り、幸せな家庭を築きなさい。余は学習した。家族に不幸を味あわせるような、悲しみの埋め方は、やめる。次に近づくのは、家族とは無縁な者にする。」
アンリエットは泣いたが、彼女は強く、賢く。
泣き止んでから、この愛を割り切って、我が子の幸せを考えた。
「陛下。ありがとう。もう、いいわ。」
ルイはアンリエットを抱える手を離した。
アンリエットはしっかりと立っている。
「家族会は今まで通りに。でも、わたしの愛は、我が子に捧げて行きます。夫は確かに優しい人。フィリップを頼って、赤ちゃんを育てていくわ。」
「すまぬ、アンリエット。そして感謝する。そなたとの日々、余は悲しみを忘れ、幸せであった。」
「……わたしもよ、ルイ。以後のわたしは、母になる。貴方を裏切ってでも、子供を守っていくかもしれない。それでもこれは本当。愛していたし、幸せだったわ。」
2人は庭で別れた。
ルイは立ち尽くし、悲しみに、また心を塞いだ。
フィリップを呼んで、夫婦の自室に帰ったアンリエットは、つわりを起こし、フィリップが慌ててさすった。
「まぁ、大丈夫ですの、アンリエット?貴方も、美味しくて食べ過ぎましたの?」
アンリエットは涙ぐみながら、ドレスを脱ぎ、コルセットを外した。
「フィリップ殿下」
フィリップは驚いた。
「まぁ。痩せている貴方がそんなに膨らんで。コルセットの締めすぎでしてよ。苦しいのは、当たり前ですわ。」
「違うのよ、フィリップ。赤ちゃんが出来たの……」
フィリップは瞬きして、やがてため息をついた。
「お兄様の赤ちゃんですね?アンリエット。赤ちゃんを生める貴方が、正直羨ましいですわ。わたくしは、いずれは殿方に戻るのかもしれませんが……母親になれる幸せは、ありませんもの。」
アンリエットは訴えた。
「不実の赤ちゃんを、助けて、フィリップ……」
フィリップはアンリエットの恐れに気づいて、両手を握って安心させた。
「元々、わたくしには赤ちゃんが出来ませんもの。絶対に貴方の赤ちゃんを守りますから、安心なさって。こういうのはいかが?わたくしとアンリエットが、お母様になって……2人共忙しい時は乳母に。わたくしが遊びたい時はアンリエットが赤ちゃんをみる。アンリエットが遊びたいときは、わたくしが赤ちゃんをみる。」
アンリエットはフィリップの優しさに涙した。
「責めないのね。わたしを。」
「うーん。わたくし、父を知りませんが、お母様から聞いた限りでは、良い父とは思えませんでした。わたくしは、確かにアンリエットを愛せませんし、愛する殿方が出来たら、そちらに走ってしまうかもしれません。父のように、わたくしも殿方に恋を探します。でも、だからといって、最初っから父のようには、なりたくありませんわ。アンリエットとわたくしで、赤ちゃんを抱えて幸せを探すのは、ひとつの道です。わたくしはお兄様も好きです。アンリエットとお兄様の子を、幸せにしたいですわ。」
アンリエットとフィリップが結託し始めた頃。
翌日も、傷心のルイは政治の為にコルベールらの部屋に籠るが、心はスカスカに風が吹き荒ぶ。
「イギリスですが、チャールズ2世の信仰自由論に議会が猛反発し、王のカトリック思想は禁じられ、国内はイギリス国教会のみと定められております。親フランス外交へも敵視が及び、内政が波乱を呼んでいます。政権は王では無く議会へ。オランダをめぐる戦争では、我が国との秘密条約を破って敵対致しかねません。チャールズ2世自体が絶対王政をなし崩されて、財政難状態、決定権は議会持ち。行き詰まりです。ですがイギリス植民地は増えています。今のうちにイギリスを叩いてしまってはいかがでしょう?オランダ戦争で敵対せずに済みますし、東インド会社の独占にも繋がります。イギリスの支配は莫大な利益にもなりますが。」
「チャールズ2世は友だし、アンリエットの兄上だぞ?」
「あちらも我が国のユグノーに援軍を出していますよ。チャールズ2世には力が無い。イギリスは実質議会のものです。今更でしょう。」
ルイはとてもアンリエットの祖国と兄まで奪う気にはなれず、立ち上がった。
「ルイ陛下?」
「外の風を吸いに行く。一時休憩せよ。すぐ戻る。」
ルイはヴェルサイユ宮殿を歩き去り、中庭に駆けつけた。
美しい花々に、緑豊かな景色だ。
癒される。
ルイが空気を吸っていると、誰かが中庭で楽しく歌っているのに気づいた。
ルイが声の主を探して歩くと、木に寄りかかって座り、鼻歌を歌いながら、穏やかに裁縫をしているルイズを見つけた。
やはりだ。
ラファエロの描いた聖母子画のような、優しい光景。
「ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールよ。」
ルイズはルイに気づき、慌てて鼻歌をやめた。
「国王陛下……あの、勝手に中庭に入ってしまって、申し訳」
「よい。……隣に座っても、よいか?」
「勿論です!わたしがどきますから、わたしは不法侵入ですし」
「よいのだ。此処にいてくれ、ルイズよ。」
ルイズは、ルイが何か追い詰められた表情であることに気づいた。
自身が聞いていいのかは、わからないが。
なんとなく、ほうってはおけない。
「……何か、ございましたか?お辛いことが?」
「あぁ。色々とな……アンリエットを不幸にしてしまったし、今外交上では、アンリエットの兄が危うい。フランスとしては、議会に支配されたイギリス本国を叩かねばならんが、それは人としてはおかしい。余はアンリエットを不幸にした。なのに、更にアンリエットの兄まで、殺したくは無い。」
ルイズは、ルイの人間らしい心を理解し、聖母のように微笑んだ。
「ならば、国王陛下のお心に従うべきです。陛下は、アンリエット様のことで、傷ついていらっしゃいます。それ以上、踏み込んで、アンリエット様のお兄様を殺めたら、きっと悲しみは悪化してしまいますから。どうか、フランス王としてではなく、人間として、心を自衛なさってください。」
ルイは温かさに包まれた。
ルイズの優しさは、フランス王のルイでは無く、人間としてのルイを尊重してくれた。
「そうする。余は心を優先しよう。……前々から不思議だったのだが、そなたはなぜそんなに優しくなれるのだ?そなたとて、野心はあろう。富と名誉の為か?」
ルイズは首を振った。
「優しくなど。わたしは現状に満足していますよ。野心が無いから、勉学の高みに追いつかないのだーって、わたしを叱る人もおりますけどね。働いて得る達成感や、親切をして満足する気持ちを、わたしは大切にしております。」
ルイは、ルイズのようなタイプを初めて知った。
働いて、現状に満足すること。
満足など、歩みを止めてしまうだけの病だと思ってきたが、ルイズはこんなにも穏やかだ。
「そなたのような人と話すことが、こんなに楽になれるとは知らなかった。ルイズよ、歌いながら、裁縫をしていたのか?」
「あ……はい。アンリエット様のドレスを、ワンサイズ大きく仕立て直しております。室内では、フィリップ殿下も同じお裁縫をなさっておいでです。」
「フィリップが……そうか。」
しばし、沈黙し、ルイはルイズの裁縫を眺めていた。
それは、穏やかな時間だった。
「国王陛下!此処におられましたか!そろそろお戻りください、我らで勝手に話し合っても、決めるのは陛下です、我らのフランスは、ルイ陛下の絶対王政で無ければなりませんから!」
ルイは立ち上がり、ルイズに告げた。
「余は戻るが……ルイズよ。」
「はい?」
「そなたを余のものにしたい。何らかの障壁があるなら、いま申すが良い。」
ルイズはびっくりし過ぎて固まったが、やがて我に返って、ルイに申し上げた。
「お気持ちは、有り難いのですが!わたしには既に、将来を約束した人がおります。」
「余が勝つぞ。勝ってそなたを迎えよう。ではな。」
ルイズは焦り出した。
王は、ラウルに、勝つ?
ラウルと決闘でもする気なのだろうか。
ラウルは勝っても反逆罪、負けては引き離される。
いいや。ルイ陛下と接触した感じ、そんな横暴な感じは無かった。
でも、ラウルは強く逞しい。
逆に王が怪我をしてしまうかもしれない。
ルイズにしたら、どちらも嫌だ。
ラウルが手加減してくれて、勝つと、信じるしかない。
政治に戻ったルイは、きっぱりと断言した。
「余はイギリスの政権が議会のものであろうと、イギリス本国を叩きはせぬ!イギリスの東インド会社独占も許さぬ。王弟妃アンリエット・ダングルテールはフランス王家の家族であり、チャールズ2世は余の友、そしてアンリエットの兄だからである!余のすべきことはチャールズ2世の支援であり、敵対では無い!余が例え神に選ばれていようが、王が人道から大きく道を外せば、余も処刑される王の二の舞となろう!民は人道から外れた王には従わぬ!よって、フランスは今のイギリス本国に攻撃もしなければ、チャールズ2世への支援を続行する!ただし、オランダ戦争への軍事加担には、フランスはイギリス側に敵対してでも、フランスに有利な側の戦争を行うものとする!余りに見過ごせぬイギリス、フランス間の不和、イギリス議会の横暴が起きれば、我が家族であるアンリエットを使者として派遣し、必ずイギリス、フランス間の友好関係を持続し、チャールズ2世とアンリエットを守りきる!!これは、フランス王としての決定である!!」
コルベールらは、その決意に息を飲み、やがて拍手し始めた。
「王としての、素晴らしい信念でございます!」
「貴方様の絶対王政に祝福あらんことを!」
「フランス王の人道に、栄光あれ!」
ルイはまた1歩成長し、未来の栄光の太陽王に近づいて行く。
ルイは政治話が終わると、銃士隊長カステルモールを呼びつけた。
カステルモールがやって来るなり、いきなりルイは話し出した。
「カステルモールよ。余は、女中のルイズ・ド・ラ・ヴァリエールを恋人に所望する。彼女を尊重したい。」
カステルモールは瞬きし、尋ねた。
「それで?何故、俺をお呼びに?」
「調べさせたところ、ルイズはそなたの銃士隊の新米銃士ラウルの恋人だ。余はラウルに勝ちたいのだ。わかるな?カステルモールよ。」
ルイにカステルモールは怪訝な顔をした。
「ラウルに何をするおつもりであられるのか。ラウルは、俺の親友の息子です。例え陛下とて手出しはさせませんが?」
ルイは笑った。
「凄むな、カステルモールよ。そなたらのやり方は知っておる。決闘次第であろう?ラウルを連れて参れ!余が相手をする!」
カステルモールは、それはそれで制した。
ルイの向こう見ずさでは、ルイが死んでしまうからだ。
「馬鹿なお考えはお捨て下さい!陛下は俺の教え子ではありますが、実際には剣術の練習を怠けてバレエばかりをなさってらしたのです!剣にはなんの興味も持たなかったはず!ラウルは強い、四銃士のダトスが剣術を仕込んで来た剣士です!」
「勝てぬか?」
「勝てません。陛下が死にます。」
ルイは覚悟に情熱を燃やしていた。
「だが余は勝たねばならぬ。至急ラウルを呼んでまいれ!舞踏の間は人払いを!そこで、決闘を行うものとする!!」
カステルモールは銃士隊数名と、ラウルを引き連れて、舞踏の間へやって来た。
一方ルイは、血がついても構わない服に着替えており、ルイ側の応援係に仲良しの音楽作家ジャン・バティスト・リュリを。
いざ、どちらかが死に到る場合の為に、女装の聖職者、美しきアヴェ・ド・ショワジーを連れ、家族には知らせなかったようだ。
カステルモールは気がはやるラウルに、しっかりと言い聞かせた。
「いいか、ラウルよ。ルイズのことで怒っていたら、お前の剣でフランス王が死ぬ。言いたくはないが、必ず負けたふりを。女はルイズだけじゃない。陛下に勝ってもフランスが潰れ、お前が死んだら元も子もなくなる。怪我をしたフリで降参しなさい。」
ラウルは燃え盛る瞳で答えた。
「いいえ。僕は、こんな理不尽な真似をする王に仕える為に、剣術を磨いたのではありません、隊長!手加減はしますが必ず勝ちます。僕はルイズだけに愛を誓いますよ。」
ルイ陣営では、リュリが全力で喧嘩の勝ち方を愛する陛下に教え込む。
「我が王!よろしいですね?剣術でかなわなければ、パンチにキックです!!危うくなれば、敵の脚を猛烈に蹴り飛ばすのです!!バレエの動きにもあります!バランスを崩させるには、狙いは脛の下ですよ!!ダウンした敵に馬乗りになったら、拳を叩き込み続けて終了!」
「うむ。見ておれ、リュリよ。脛の下を蹴り飛ばして馬乗りでパンチ……余は勝つぞ!」
ショワジーが告げた。
「それは危うくなればですわ、陛下。元々、陛下には銃士隊長カステルモール殿の教えた剣術がございますよ。」
いざ、ルイとラウルの決闘が始まると、ラウルは手加減どころか、いきなりルイに猛剣戟。
「ラウル!!」
カステルモールが怒鳴って制しても、ラウルの熱血はおさまりはしない。
ルイは剣で受け止めることしかかなわず、とても相手にならない。
カステルモールの教えを思い出して、素早く距離を置いて剣を構えた。
ようやく呼吸が出来る。
「貴方はルイズを愛妾にしたいだけだ。」
「フランス王に恋愛が許されぬと?」
「ルイズを不幸にはさせない!!」
ラウルは剣戟を再開した。
四銃士ダトスの教え子であり、今まで熱心に剣術を学んできたラウルだ。
ルイは四銃士カステルモールの教え子だが、剣術に本気になったことなど無くて。
何処からか、ラウルを探していたルイズが駆けつけた。
ラウルの猛烈な剣の嵐に、ルイが息を切らしながら後ずさっている。
ラウルのやりすぎは、第三者からでも見てわかった。
「やめて、ラウル!!」
ルイズが国王を庇って叫んだのが、逆にラウルの嫉妬の逆鱗に触れた。
「必ず貴方からルイズを取り戻してみせる!!」
剣戟は激しさを増すばかり。
ついに、ルイは浅い傷を負い始め、ブラウスが血で赤く染まり出した。
カステルモールは真剣に決闘を見ていた。
ラウルは親友ダトスの息子だ。守らねばならない。
だが、ルイは。
ルイの父親は、未だに疑問なのだ。
本当は、ブルボン王朝は既に断絶していて、ルイの父親は自分かもしれないのだ。
カステルモールは長年、ルイに仕えながら、父親としてルイを見てきた。
いざ、ルイが危うければ、助けなければ。
ラウルの剣でついにルイが尻もちをついた。
ラウルは更に剣を深追い。
トドメだ。
「やめて!!!」
「ラウル!よせ!!」
カステルモールが飛び出すが、ルイは流れるように尻もちから復帰し、屈んだまま脚を回し蹴りする。
バレエの応用だ。
「え!?」
脛の下を蹴られてバランスを崩したラウルは倒れ、リュリが愛の叫びを上げた。
「素晴らしいッ!!バレエを技に昇華しているッ!!!」
ルイは素早く馬乗りになって、剣先をラウルの首に当てて、止めた。
「余の勝ちだ。そなたに剣では勝てぬが、余にも磨いた技があった。」
ラウルはカッと頭に血が登った。
「蹴りなど認めない、馬乗りなんて不正だ!剣術への侮辱と見なします!!」
カステルモールがジャッジを決めた。
事実、ルイは自力で生き残ったのだ。
「勝者、ルイ陛下!!決闘に縛りなど無い、下がりなさい、ラウル!」
「しかし!!僕の方が強い!!」
ルイズは、初めて見たラウルの戦いに、ラウルの内面に、引いてしまった。
「ラウルよ!あくまで決闘次第なのは男側だけだ。ルイ陛下と君の自己満足の問題で、まだルイズ殿の気持ちは、君にあるのだろう!?」
カステルモールが諭したが、ラウルはルイから離れても、カンカンに怒っていた。
頭に血が登っていて、話が通じない状態だ。
「剣なら負けてません!卑怯だ!!」
「ラウル。戦に卑怯も何も無い。それは、実戦を知らない君の理想論だ。」
ルイ陣営は奇跡の勝利に湧いた。
「我が王ッ!!あそこでバレエを使われるとは!!勝利は美と芸術にこそありッ!!!」
「死者も出なかったのです。慈悲こそが美徳ですわ、陛下。」
「うむ。余は達成した。後は、ルイズの気持ち次第である。行くぞ、リュリ、ショワジーよ。」
ルイ達が舞踏の間を立ち去ろうとすると、ラウルが動いた。
「!?」
リュリは気づくのが遅れた。
ラウルの凶刃は、ルイを背後から襲う。
「ラウル!!」
ルイズが真っ青になった。
ラウルの剣は、カステルモールによって弾かれた。
剣が飛んでゆく。
「ラウル……ダトスは君に何を教えた?胸に手を当てて考えなさい。何故、騎士道精神を捨てたのだ……。」
カステルモールが悲しげにラウルに告げた。
ルイが振り向く。
「ラウルよ。……今のは国家反逆罪である。」
カステルモールも、これは庇いようが無い。
「愚かな真似を、ラウル……ルイズ殿の心は、君にあったというのに。」
ルイが告げた。
「国王への凶刃は死罪。異議はあるか?」
ルイズが飛び出して、土下座して頼み込んだ。
「どうか、ラウルを処刑しないでください!わたしが陛下のものになりますから!!どうか、ラウルに慈悲を与えてください!!」
ルイはルイズの意思を汲み、告げた。
「余は、ルイズの意見を尊重する。刑罰や斬首は無し。だが、ラウル、そなたを次の戦争で前線に配備する。逃亡は自由。そなたの剣術で、生きるか死ぬかは、そなたの働き次第である。戦場で、現実を知るがよい。」
「そんな……!」
ラウルは真っ青になった。
ルイズもラウルの前線行きに恐怖で震えながらも、自分が泣かないように、ラウルを励ます。
「拾った命だわ。その命を守って、生き残るのよ、ラウル。」
しかしラウルには、もう生きる活力が無い。
ルイズを失った。
カステルモールは、内面で苦しんだ。
ラウルのこの様子では、ラウルが危ない。
ラウルに何かあれば、ダトスはどうなる?
時代は17世紀、ルイ14世は戦も心も、波乱の渦の中にあった。
18世紀、サンソンは時空転移装置から時空調査を行う。
機器と繋がったタイプライターがオートで打たれ、機器から情報が返される。
「革命派残党からしたら、フロンドが1番狙いやすいと思ったが、問題無し。成人、政権交代も問題無し。フーケの冤罪……恨みを買ったはずだが、ここも問題無し。……発見。この時代に時空転移装置の残骸だ。脅威レベル高数値を確認。誰か飛んだな……直ちに出立する!」
創世輪廻ソラニテ論
ソラニテ ソラニテ
魂転移 創世輪廻
救済衝動 精神汚染
リチュエル 時空 ソラニテ論
粒子 転移 粒子 再構築
一からわたしを作り直す
創造輪廻 荘厳論
時空から わたしが消えた
粒子分解 薔薇時計
時空 移動 粒子 再構築
線路を走る棺桶車輪
革命からの運命打破を
ソラニテ ソラニテ
粒子分解 創世輪廻
革命情熱 他力本願
アリュシナシオン ソラニテ論
再構築 再構築 再構築 再構築 再構築
わたしだけが知る 自我 スワンプマン
天よ わたしに与えたもうな 罪悪の存在を
主よ 御心の限りこの剣は邪悪を払拭す
時を 越えて
薔薇天使 薔薇時計 薔薇時空 ソラニテ
スワンプマン スワンプマン スワンプマン
サンソンは時空転移装置の旅行先をタイプライターで打ち込んだ。
この時空転移装置は、私を箱ごと粒子転移させてゆく。
私は時空転移専門の棺桶に入り、多次元スキャナー、棺桶の車輪のスイッチを押して起動する。
薔薇の花びら時計を逆さにしてから、棺桶の蓋が閉まるのを待つ。
棺桶は、線路に従って走り出す。
蒸気を原動力に。
加速しなければならない。
多次元スキャナーを一気に通り抜けることが出来なければ、私の身体は半分失われるだろう。
棺桶は、大きな多次元スキャナーをくぐる。多次元スキャナーは、棺桶ごしに、私を観測した。
そして、棺桶ごと粒子分解が始まる。
多次元スキャナーの向こうは無。
現代、私はもう存在してはいないのだ。
指定時空、17世紀、ブルボン朝フランス、ヴェルサイユ宮殿付近へと、私は棺桶ごと再構築された。
現代、時空転移部屋では、薔薇の花びら時計の最後の1枚が、下の段へと舞い落ちた。
しばしの間があり、そして衝撃でエアクッションが広がり、私を守った。
この技術は未発達で、空高くに再構築されてしまう場合もある。着陸時に安全装置が内部で発動する仕組みだ。
ともあれ、棺桶を開ければ、ここは17世紀。
急がねば。
ルイ14世の生死は、私の手に委ねられているのだからーーー。
ラウルは、戦争で初めての実戦を体感していた。
銃弾が飛び交い、大砲が放たれる。
剣術で何が出来ようか。
敵兵の脚を狙って、倒れたところを刺し殺したって、罪に問われるはずも無い。
銃士は、たかが歩兵だ。
皆が命懸けだ。
剣術しか知らないラウルには、勝ち目が無い。
逃亡か、戦死かの、二択だ。
だが、敵前逃亡の汚名を背負って生きるなど、ラウルの気高過ぎるプライドが許さない。
自身は誉れ高き四銃士ダトスの息子だ。
「我が生涯の愛を、ルイズ、君に捧げる!!」
ラウルにとって、ルイズは愛なのか?言い訳なのか?
定かでは無い。
ラウルは言い残し、剣をかざして敵陣に突撃した。
「うぉぉぉぉぉおお!!!」
ダトスは息子が初陣で前線送りと聞いて、国王ルイに怒りを湛え、昔愛用していた剣を持ち出し、磨いた。
ルイを殺してやる。
だが、まずは親友のバッツ、銃士隊長カステルモールの話を聞かねばなるまい。
彼は裏切るような男では無い。
そこに、ダトスの家の玄関に、ノックが響く。
ダトスが剣を置いて、玄関のドアを開けて応じる。
「これを。お悔やみ申し上げます。」
配達人がダトスに手渡したのは、ラウルの戦死通知だった。
ダトスは、真っ青になり、息が荒くなる。
呼吸器が異常を来たした。
息子が、死んだ。
愛するラウル。
生き甲斐であった、我が子。
ダトスは絶望の中、息が激しくなり、ベッドに倒れた。
今のルイには、愛妾ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールがいた。
ルイは戦争から帰ると、ややこしい政治や軍議を持ち込む臣下たちを後回しにして、飛ぶように早歩きでルイズに会いに行き、2人の中庭で花々に囲まれながら、遊び、休んだ。
血飛沫の舞う戦場にいたのが、悪夢だったように。悪い夢から覚めたかの、安堵。
ルイは、ルイズが編んでくれた花の冠をかぶってみせた。
「似合うか?ルイズよ。」
「ふふ。わたしは、フランス王の王冠よりも、花の王冠の貴方が、人間らしくて好きです。」
ルイは笑いながら言った。
「ならば、花の王冠が絶えぬよう、もっと花々を育てねばな。ルイズよ、土いじりをしよう。」
2人で、中庭の土を掘り、花の種を植えていく。
夢中で土いじりし、無邪気な子供のように、ジョウロで水やりしていく。
余った水を相手にひっかけて、遊んだ。
ルイとルイズは、花々の中で横になって休んだ。
幸せな時間だ。
ルイは、伝えたくはないが、話さなければならないことがあった。
「ルイズよ。」
「はい?」
「……ラウルが死んだ。逃亡せず、大砲隊に突撃したのだと聞いた。そなたへの愛を、叫んでいたそうだ。」
ルイズは一筋の涙を流し、起き上がった。
「ルイズ」
「やめて」
ルイズは泣きながら、ルイを拒絶した。
「ラウルが死んだのは、国王陛下のせいよ!前線に送ったのは、貴方だわ!」
「ルイズ……」
「……ごめんなさい。誰かのせいだなんて、わたしがおかしいわ。部屋に帰ります。わたしを、1人にさせて。」
ルイズが立ち去り、ルイは悲しみで胸が締め付けられた。
銃士隊長カステルモールは、戦争から帰るなり、ダトスの家に馬を走らせた。
「バッツか!」
「久しいな、ダトス。こんな形での再開だが……」
「入れバッツ。会いたかった、やりきれん思いだ、酒を飲みながら話そう。」
すっかり生きる気力を無くしたダトスを慰める為、銃士隊長シャルル・ド・バッツ・カステルモール、祖父の名を借りればダルタニアン伯は、ダトスのアパートで酒を飲みながら、ラウルの死に到る事情を話した。
「フランスにおいて不倫は文化だ。ルイは自分が寵姫を抱えながら、何故ラウルを殺めた。ルイズの愛人くらい認めていいはずだ。」
「いいや。ラウルは不倫を良しとしない、ラウルがルイを許せないんだろう。逃亡すれば生きられた。だが、ラウルはルイズへの生涯の愛を言い残して、大砲隊に突撃したという。」
「後から手出ししたのはルイだぞ。王弟妃殿下の直後だ。彷徨い過ぎではないのか?」
「……否定出来んよ。ルイのハートは、脆く、王の器では無いのかも。」
ダトスはカステルモールの意見を、自分に巻き込んでしまったことに気づき、諭した。
「おい、バッツ。俺の為だろうが、お前は銃士隊長だぞ。危険な発言はよせ。国家反逆罪は俺一人で充分だ。親友を死なせたくはない。」
しかし、酒に酔ったカステルモールは次々と、内心を暴露した。
親友だ。決して誰にも口を割らない男だと、知っているからこそだ。
「ダトスよ。俺には陛下がまるで違う世界に見える。武人と宮廷人、まさに違う世界なのだろうよ。皇太后アンヌ陛下が住まうヴェルサイユ宮殿で、寵姫にうつつを抜かすルイ陛下は……あの馬鹿王め。何が舞踏会、何がアポロンの扮装か。」
「バッツよせ。俺の心臓をおかしくする気か?お前は近衛銃士隊隊長なんだぞ。俺みたいな、過去のしがらみじゃあない。誰が聞いてるかもわからない街中の家だ。馬鹿王はやばい、フランス王がお前まで殺したら、残された俺はどうなる?」
「……すまぬ、ダトスよ。愚痴に愚痴で返してはならぬ身と、わかってはいながら、な。」
「違う世界で上等なんだ、バッツよ。俺たちは剣に身を捧げたもの。……忠誠を誓った王に息子は殺された。俺はお前まで殺されたら、かつての銃士隊制服を着て、ヴェルサイユ宮殿にルイを殺しに行くぞ。」
「悪かった。すまないダトス、慰めるはずが、あぁ。俺を育ててくれた父親代わりの親友よ。せめて希望を無くさず、生きて幸せになってくれ。あぁ、こんな時あのエセ神父がいたら心強い。あいつなら上手いこと言ってまとめるだろうからな。ダラミツは今やどこで何をしてるんだか。」
「スペインで公爵に。あいつの野心は相変わらずのようだ。ポルトスしか連絡が取れない。」
「やはりしぶとい男だ。公爵様ならば、俺達にアヒル一羽でもご馳走してくれても良いものを。」
「野心家だ、期待するな。それに、俺の歳ではアヒルは胃に重い。税も増えたし、ラウルに飯を作る日課も消えた。日に日に、粗食になっていくばかりだ。」
「食欲が無くても食わなくては。ダトス、何も食えぬでは死んでしまう。俺を1人にしないでくれよ。」
「ハッハッハ……バッツ、若いな。飯は3日食わなくても死なんよ。だが、病は別だ。身体も心も、病には勝てぬ。」
「心……」
カステルモールは、以前ルイが建てた介護施設を思い出した。
話しかけても何も言わないような、死んだ目の民や、イカれた奇人変人を、魔女迫害から助けてやり、ルイは彼らを「精神疾患」と断定し、悪魔つきでは無いと言った。
彼らを世話する介護施設にいれて、ベッドを与えて休ませたり、飯を食わせたりを、国民の税金で行っている。
もしかしたら、息子を失ったダトスも?
余りの悲しみで、心が病に犯されているのか?
王に話してみよう。慈悲があればダトスが安全になる。
ダトスがいきなり立ち上がった。
「はっ、はっ、はっ」
息が荒くなり、苦しそうに、胸を抑え込む。
「!どうした、ダトス!?」
「わか、らん。はっはっ、息子の、死亡通知が、はっ、はっ、来た、時間帯だ。あの日、から、はっはっ、息が、はっ、はっ、はっ」
「なんてこった。待っていろ!直ちに医師を……」
ダトスの家の玄関にノックが3回響く。
「誰だ、こんな時に!」
カステルモールがドアを開けて怒鳴ると、老齢期の身なりのしっかりとした男が立っていた。
「カステルモール殿ですね?私はシャルル・アンリ・サンソンと申します。平常時は、自宅の医院で医師を務めている。友人を診せてくれ。」
カステルモールは眉を釣り上げた。
サンソンの名は、王家に仕えていれば知っている。
「死刑執行人のサンソン家か?」
「はい。だが、同時に医師でもある。」
「入ってくれ。急患がいる!」
ダトスを診たサンソンは、ダトスの胸を触り、ただちに吸引薬を処方した。
「これを1日に3回吸って。良くなるまでは、ベッドで安静に。彼の身内は……誰か、看護できる者は?」
「彼の息子が死んで、看護できるのは俺しかいない。……ダトスは、息子を失ってからこの症状だという。心の病なのか?」
サンソンは真剣に語った。
「きっかけが心の病でも、身体が連動する。喘息だ。彼は、本来ならば、入院してもらいたいぐらい重めだ。長らく発作を放置したんだろう。」
「ダトスは喘息持ちではなかった。」
「息子さんを失って、心労で過呼吸が続き、喘息まで至ったケースだ。発見が早ければ喘息まではには至らなかったはず。」
「……戦場から帰るまで、ダトスに会うための時間が作れなかった。すまない友よ。ルイが、ラウルの死のきっかけになってしまった……。不甲斐ない俺を許してくれ。」
サンソンは、きっぱりと尋ねた。
「貴方に聞いておきたい。戦場でも宮殿でも、ルイ陛下の傍を離れなかったのは、貴方が本当の父親だからか?」
「!!」
「ルイ陛下の父親候補はバッキンガム公、ドージエ公、そして貴方だ。」
かつて、カステルモールは若かりし日に、アンヌ王妃と恋に落ちた。
バッキンガム公との恋が終わり、アンヌ王妃は自分を助けてくれた銃士に惹かれたのだ。
叶わぬ恋と、身分の差があった。
2人は密会し、1度きりの夜に愛し合った。
……可能性はある。
だからカステルモールは、ルイのことを父親として見ている。
だが、それを言ったら、ルイと顔が似たドージエ公や、そしてアンヌが愛したバッキンガム公だって可能性がある。
3分の1だ。
顔はハプスブルク家の面立ちで、ルイが誰の子かは判別がつかぬもの。
「可能性を踏まえて言う。貴方はこの時代最強の剣士の1人に間違いは無い。貴方に、ルイ陛下の味方になって欲しい。私のように、未来から来た者らがいる。未来人は恐らく、ルイ陛下を狙うだろう。私は死刑執行人サンソン、王に向けられた刺客を捕える任務で、未来からこの時代に来たのです。」
未来?
カステルモールには、よくわからないが。
こういうのは、銃士隊なら、シラノが詳しい。
未来だとか、星だとか。あいつの書いてる作品自体が、カステルモールには難しいが。
「……この時代に?サンソン殿、貴方がルイを守る側で、未来からは、ルイを狙う刺客が?」
「はい。それから、王に伝言が。安全確保を。ヴァスティーユ監獄ですり変われ、と。では、他にも協力者に呼びかけねばならないので。アディオス。」
「ヴァスティーユ監獄……?おい!」
カステルモールがまだまだ理解が及ばぬうちに、サンソンは去ってしまった。
しかし、サンソンからわかったことは、王が暗殺の危機にある事だ。
カステルモールは銃士隊を呼び、心配なダトスを馬車に寝かせて銃士隊宿舎の自身のベッドに連れて行って寝かせてから、自らは銃士隊と共に、ヴェルサイユ付近の異常を調べた。
ルイ14世はまだ傷心ながらも、夜には舞台でバレエを披露した。
プロ意識が高く、壇上では決して、内面の悲しみは見せなかった。
バレエは演劇でもある。
ルイは、1級のバレエ俳優なのだ。
素晴らしいバレエに、拍手喝采を送る貴族達。
音楽はルイに心酔するジャン・バティスト・リュリである。
(王……)
ルイの舞はまだ中性的な四肢を高々と伸ばし、見事なつま先立ちだ。
(王……!王ッ!!おぉぉぉうッ!!!)
演奏もクライマックスだぜ。
リュリ、絶頂である。
フィリップ殿下は、今夜はルイズがいるからと、アンリエットからの許可をもらって、お兄様の舞台の観劇に来ており、兄の美しいバレエに感動していた。
「ああ、麗しのお兄様。いつか、赤ちゃんが育ったら……わたくしにも、お兄様のような王子様は現れるのかしら?ね、ショワジー?聞いていて?」
美しきアヴェ・ド・ショワジー神父は、谷間も露なドレスを着て、フィリップ殿下に同伴し、微笑みを返した。
「フィリップ殿下ならばきっと、素敵な殿方がお現れになりますわ。天の父に誓って。慈愛の人は、主によって報われますのよ。」
「まぁ、お上手なこと。さて、お兄様の素敵な舞台は終わりましたし、ショワジーは舞踏会にはいらっしゃいますの?ご馳走を食べながら、また演劇が見れましてよ。今宵はどこの美姫がアフロディーテ役なのでしょう。」
ショワジー神父は悲しい素振り。
ちょっと前まで遊び回っていたショワジーだが、深い信仰に目覚めた。母親が死ぬ前に息子を心配し、聖職者権利と数々の修道院を金で買い、一時期丸刈りになって神学校には行ったものの、その収益で贅沢をしていた。
お飾りのサロンの聖職者だったのが、改めて神学の本を書いたり、神父としてミサを開いたり、きちんと活動を始めたのだ。
「フィリップ殿下のお気持ちは有難く受け取っておきますわ。ですがこの身は神に捧げた聖職者にございます。わたくしは華美な舞台も楽しい舞踏会も大好きですが、今夜は教会に戻って就寝の祈りをしたら、明日のミサの用意をしなければなりませんわ。」
「まぁ、立派な神父様になられたこと。幼なじみの貴方とは、もっと遊んでいたいですのに。貴方のクラヴサンが聴きたいですわ。きっと1度限り羽根を伸ばしても、神様はお許しになられると思いますのに。」
「またの機会にぜひ、同伴致しますわ。ではフィリップ殿下、あまり飲み過ぎませんように。また、明日の朝に教会で、お待ちしておりますわ。」
「教会もショワジーも好きですが、早起きだけは、苦手ですわ……」
ショワジーは貴族並の馬車に乗って、ヴェルサイユ宮殿から街の教会に帰ると、就寝の祈りを済ませ、燭台の灯りを消して回る。
ミサの支度は程々に。
ショワジーは鏡で鬘を整え、耳飾りをつけ直し、自身の美しさを再調整した。
教会のドアが開く。
ショワジーよりも若い少女が入って来た。
男装しており、少年にも見える。
ショワジーは、自分の恋人に男装させ、夫と呼ぶ癖があった。
「ショワジー様。ああ、美しい方。ようやく会えました。」
少女がショワジーに抱きつくと、ショワジーは慈愛の眼差しで頬を撫でた。
「愛しいクロエ、わたくしの旦那様。ああ、なんて勇ましくも可愛らしい貴方。今宵は神も許されます。さあ、寝室にいらっしゃい。愛の時間は夜半限り。わたくし達の恋は、時間に追われるものですわ。」
そこで教会のドアが開き、燭台の灯りが2人を照らしだした。
「待ちなさい!」
「!!」
「野暮な方。何処のどなたでしょうか?」
サンソンは歩み寄った。
「今夜は悪いが、密会を解散して欲しい。ショワジー神父、貴方に用がある。」
「嫌です。見知らぬ方、わたくしにものを申すならば、法王庁の許しをお取りになってください。いいえ、仮に法王様がわたくしを許さずとも、神はお許しになられますわ。」
サンソンは、クロエに気づいて、忠告した。
「法王庁を懐柔でもしたとでも?だが、そもそもが、君たちは密会どころではないな。その男装の娘は妊娠している。わかっていたのか?」
「え。クロエ……」
「ショワジー様の赤ちゃんです。私には、愛する人の赤ちゃんを殺せませんでした。ごめんなさい、ごめんなさい。」
サンソンはクロエの側に寄る。
「少し触るぞ」
「男は嫌いッ!!」
「ふむ……母子共に健康だな。ショワジー、貴方の倫理観にかけて問おう。この母子を人質にいただく。貴方に、我々側のスパイになってほしい。」
「……わたくしは」
「わかっている。貴方は男性だ。あえてふくよかに太ることで、胸の谷間を形成している。だが性的嗜好は男装した少女を好む。貴方と別れたばかりのロザリー君の件から洗った情報だ。」
「なら何故。わたくしを平穏においてください。愛する人を失う悲しみに、まだ包まれているのですよ?クロエ、赤ちゃんは里子に出しましょう。わたくしを愛していますよね?」
クロエは目を逸らした。
「ショワジー様……わたしは、母親になります。」
ショワジーは冷たい眼差しでクロエを見た後、すぐに見切りをつけ、慈愛の表情を取り戻した。
「幼子の純心無垢は神が与えられた最も清い心だとか。クロエ。お腹の中のわたくし達の天使に祝福を。マリア様の如く、良き母となってあげてくださいまし。」
ショワジーのワガママにサンソンが怒り出した。
「いい加減にしないか。聖職者でありながら、性的嗜好で人を孕ませておいて、赤ん坊を捨てさせようとして、何が神の道だと?クロエ君、出産までは当院が君を守る。わたしはこの不祥事を大目には見れない。君が協力者にならないならば、わたしは遠慮なく王に告発しよう。ショワジー。明るみに出ていいのか?」
「……あぁ、なんて意地悪な方でしょう。わかりました、えぇ、協力致しますとも。それで?わたくしがスパイで?一体誰の為の任務でございまして?」
「我々はルイ陛下を暗殺からお守りする護衛だ。君は、懺悔室を利用して情報を流してくれ。またある時は誘惑してみるといい。直に敵が現れたら、殺害は辞さない。銃士隊長カステルモール殿も我々の仲間だ。」
「ルイ陛下の護衛の為のスパイですって?まぁ、それならば……わたくしも、陛下には恩義がございますし……ですが、殺害は神の道に反しますわ。」
サンソンが厳しく言った。
「赤ん坊を里子にだすより、悪漢と戦うことは意義があるぞ?ともあれ、君は今日から王の護衛隊、その身にフランスの命運がかかっていることをお忘れなきよう。では、私には次の使命がありますので。クロエ君、ついてきなさい。出産までの安全な滞在場所に案内しよう。ではショワジー、アディオス。」
クロエを連れて行かれてしまったショワジーは、仕方なく自室でせっせと作品の執筆をした。
「わたくしが、戦い……?」
剣すら触った事が無いのに、無茶を言う。
仕込み武器が必要だ。
ショワジーは作品執筆の手を止め、知人の、法王庁のスパイであるフランス国内の売春婦宛に、仕込み武器調達の申し込みの手紙を書き始めた。
相手は直に法王様にお仕えする方で、ショワジーより身分が高い為、高貴な方に使うカラーの、ブルーのインクを使用した。
ルイが生まれる少し前だ。
フランス、ドージエ家に、荒々しい快男児が出生した。
名を、ユスターシュ・ドージエと言う。
近隣では、ドージエ公とアンヌ皇太后の隠し子では無いかと噂され、ユスターシュの母親も、何故かユスターシュには冷たかった。
王家によく似た、いや、似過ぎた顔立ち。
事実血縁もあった。
ユスターシュはルイの従兄弟だ。
ユスターシュは母の愛を知らない。周りが母親に愛されて育つのが、羨ましかった。
寂しさから、ユスターシュはグレた!
気性が荒くて気前がいい。喧嘩大将、酒場で子分に奢って金欠、なんてことも多々ある。
「よぉ!筋トレのおっさん!」
ユスターシュは当時珍しい筋トレ三昧の近隣の男に入れ込んでいた。
「ユスターシュか。なんの用だ?またスパークリングがしたいのか?」
「がってんだ!俺を鍛えまくってくれよ!」
格闘技の師匠を持つ身でありながら、その技を敵対する荒くれ者に乱用した。
貴族でありながら喧嘩三昧。
丁度、街には悪漢が蔓延っており、ユスターシュと仲間たちはこれに対抗したのだ。
「このレストランは俺の縄張りだ。てめぇらは、2倍の料金で飯を食いな!」
ユスターシュは男に飛びかかった。
「そんじゃあ、てめぇを叩きのめして、半額でいただくぜっ!!!」
ユスターシュの強さに男はボッコボコ。
「やっちまえー!!ユスターシュ!!!」
男が白目を剥いてふらつくと、ユスターシュはトドメのぶん殴り。
「よっしゃ!これでメニューは半額!!」
男は倒れて動かなくなった。
よく見たら、目玉が飛び出している。
「……おい?」
看板娘が叫んだ。
「きゃあああ!!人殺し!!!」
ついに、野郎を殴り殺してしまったのだ。
「あ……」
「死んでる」
ユスターシュは頭を抱えて叫んだ。
「……やっちまったぁ!いや、だが!近隣の噂やゴシップ雑誌では、俺は親父とアンヌ皇太后の子供説だってあらァ!!国王のルイが兄弟分の俺を死刑にする訳が、無いッ!!……無いよな??」
次に、ユスターシュは拘束され、ヴァスティーユ監獄に馬車で輸送されていた。
「刑期120年ッ!!残りの人生全部ムショ!!事実上、死刑ッ!!」
ヴァスティーユ監獄では、ユスターシュの顔を隠す為の、鉄の仮面が嵌められ、接合部を溶接し、決して外せないようにされた。
「おいおい!見えてきたぜ!?これ、殺人罪じゃねぇッ!!ルイの奴、自らが絶対王政のただ1人である為に、そっくりさんの俺を死ぬまで閉じ込めるって腹だろ!!?」
その通りであった。
ルイは話に聞いていた、自分にそっくりだと言うユスターシュを捕える機会を、虎視眈々と狙っていたと言えよう。
ユスターシュは独房に閉じ込められた。
直ぐに牢屋にしがみつく。
「出せ!!コラァーッ!!国王の横暴冤罪監禁反対ーッ!!!」
お隣さんが尋ねた。
「よ。オタク、新入りか?いきなりヴァスティーユだなんて、何やらかしたんだ?ここに入んのは政治犯だぜ?」
「うっせーぞタコゴルァ!!」
「おいおい。監獄を知らねぇな?大人しく、従順にしてれば、俺なんか葉巻ももらえたし、飯だってマトモになる。ここのマカロニグラタンはうめーぞ?刑期も2年短くなったぜ。ちなみに俺はユグノー教徒だ。外界よか暮らしはいい、刑務所じゃ信仰は自由ってな。」
ユスターシュは葉巻やマトモな飯、刑期が短くなると聞いて、椅子の座り方も優雅に足を組み、いきなり態度を改め出した。
「どうか、色んなお話を教えてください、親切なお隣さん。」
「ハッハッハ!アンタ、おもしれぇ奴だな。俺はポール。アンタの刑期は?」
「120年」
「ダメだな。2年短くなったって生きてられまい、兄さん?まぁ、マトモな飯にありつけるよう、伝授はしてやるがよ。」
「何か、国の役に立てば!俺の刑期をコツコツ清算するチャンスが!だが、ルイの野郎はただじゃおかねぇからな……!!」
ユスターシュは大人しく刑務所暮らしを過ごし、ただ祈り、待つしか無かった。時が来るのを。
再びの解説をしよう。
カステルモール率いる銃士隊とは、近衛銃士隊のことで、国王ルイ14世の直属の近衛が、レイピアとマスケット銃を持ったものである。
少年たちの夢であり、栄誉ある職種だ。
ルイはラウルとの決闘を果たしたが、確かにそれは銃士隊内部の暗黙の了解であり、しきたりは決闘だが、実はルイや父王ルイ13世は、決闘を禁止している。
ルイがラウルに対してあえて決闘を選んだのは、国王たるルイと対峙するラウルへの、平等性の為であり、別に銃士隊に決闘沙汰を許している訳では無かった。
しかし、剣よる個人の決闘はご法度だが、銃士隊は熱血漢だらけ。
剣豪程、血が騒ぐ。
かつてはカステルモール自身も決闘に出回った程だ。もっぱら今は叱りつける側だが。
「シラノ!!」
お冠のカステルモールが馬で駆けつけたのは、まさにそういった決闘騒ぎ。
片や剣も照り返す光のような美青年。
親友との乱癡気騒ぎで頬を赤らめ、艶やかな髪を翻して剣舞を辞めることは無い。
「よさないか、シラノ!!」
「お待ちを、カステルモール殿!」
カステルモールは驚いた。そこに現れたのはサンソンだ。
「サンソン殿?……未来人の?」
サンソンは頷いた。
「はい。わたしはこのまま、シラノ殿の剣の腕が見たい。どうか、彼らをお止めになられずに。」
しかしサンソンの見込み違いか、シラノは不細工銃士にコテンパンにのされてしまったではないか。
いや、違う。
不細工銃士が強過ぎるのだ。
その腕前ときたら、大剣豪である。
「クリスチャン!!お前も無謀が過ぎる、下がれ!!やめろシラーノー!!」
「!?」
サンソンがシラノだと思っていた方が、美しいだけのクリスチャン。
不細工銃士が、大剣豪シラノ・ド・ベルジュラックだ。
「吾輩も君も銃士隊が一人
吾輩は50人との決闘をも乗り越えて来たし
何度も武勲を上げてきたのだ
これ以上吾輩に挑むと言うのなら
この剣の錆になりたいか
吾輩の勝利に既に変わりはないがな」
「この詩は、こちらがシラノ殿か……」
カステルモールはシラノの頭をどつき、クリスチャンにも厳しく言いつけた。
「隊内の決闘はご法度だ。クリスチャン、またか、シラノに挑むな!」
「……ロクサーヌは俺を見てない。俺を通り抜けてシラノを見ている。」
シラノは大袈裟に肩を竦め、唄う。
「おおクリスチャン
彼女は君に心酔している
それは明らかな事だ
君は美しい
君は情熱を纏っている
彼女が自分を通して吾輩を見ているだって?
馬鹿な話だ
彼女は君を愛しているのさ
吾輩には見える、君と彼女の輝かしい未来が
言いがかりの決闘ならば100万と返り討ちだが
愛するロクサーヌへの悩みであれば、
友よ、いつだって力を貸そう
これからの、ロクサーヌとクリスチャンに永遠に幸あれ」
「……ロクサーヌに会ってみる」
シラノは事態を丸く収め、見物客達に帽子を取って一礼した。
あたかも、シラノ劇場である。
「カステルモール殿。シラノ殿をひとけの無い場所へ。話がある。」
「……だそうだ。シラノ!彼の話以後は一段と騒ぎを起こすな!これからは国王直属だ、わきまえろ。」
シラノはすかさず返した。
「銃士隊も国王直属だけどな。」
「シラノ!!あぁ、この問題児、俺の頭をおかしくしたいのか?これ以上俺を怒らせるな!!」
銃士隊隊長カステルモールも怒髪天だ。
シラノはサンソンに連れられて、路地裏に来てから、帽子を下げて一礼した。
「我が名はシラノ・ド・ベルジュラック
闘いの場にこの身を捧げてきた
同じように
詩を謳うこともこの身の全てだ
そんな吾輩に
なんの御用かおありか」
台詞の全てが詩になっている。
サンソンはようやく彼を見つけ出して安堵した。
「私は未来から来た死刑執行人のサンソンだ。この時代で最強の剣士である貴方を、国王護衛隊及びこの時代のスパイとしてスカウトしに来たのです。銃士兼詩人、シラノ・ド・ベルジュラック殿、その力を貸して欲しい。」
コルベールがヴェルサイユ宮殿の廊下を急いで歩いている。
ハイヒールの靴音が響く。
コルベールは、ルイが貴重な自由時間にデザイナーと衣装の打ち合わせをしているところへ、駆けつけた。
「国王陛下、急を要するお話がございます。」
ルイはため息をついた。
まだまだルイズの拒絶状態が続いており、ルイは傷心の身である。
平静を保っているフリは出来ても、内面が追いつかない。
だが、国王であるルイを、政治は待ってはくれないのだ。
「コルベール、またスペインか?それとも増税の問題が?いいか、余が対応するのは1時間だ。本来ならば休憩時間なのだぞ。誰ぞ、リュリを!リュリを呼べ!!」
小姓がリュリを呼んでくると、ルイは急いで歩み寄った。
「我が王!リュリはここに!」
「バレエ舞台は1時間後、予定通りに。今宵はそなたと余で登壇するのだろう?シリアスもコメディも良い。準備運動をして待っていろ、すぐ行く。」
ルイはリュリに約束してから政治に向かい、リュリは王への愛で高鳴る鼓動をステップにしながら舞台へと向かった。
王の寵愛ならばルイズにすら引けを取るまい、リュリの爆進、快進撃は止まることを知らぬ。
トスカーナで粉引きの家に生まれたが、家柄などなんのその。音楽がリュリをルイに引き合わせてくれたのだ。ルイは、天性の審美眼を持つ、芸術の神だ。だからこそ、男好きで手の早いリュリでさえ、ルイを神聖視して手を出さないし、その期待に応えようと作曲を繰り返す。
ルイのバレエこそは太陽神アポロンの化身。
リュリはいつだってまなこを閉じれば王の舞が蘇った。
見よ!
美しくも優雅な王の舞を!
讃えよ!
麗しく気高き王の姿を!
これがわ、た、し、の、、、王だーー!!!
王はわたしを寵愛してくださり
私も王を愛している
思い思われ
愛し愛されて
ふ、た、り、は、、、両想い!!!
更に寵愛をいただく為
今日もリュリは
音楽に励みますぞ!
だれも引き離せない絆
それが王とリュリ
ルイ14世万歳!
王とリュリ万歳!
リュリ、心の独白……著/燎姉
「あぁぁぁぁぁ、おぉぉぉうッ!!」
リュリの咆哮に同僚音楽家達が今日も2度見する。ヴェルサイユ午後三時、マリア様は見てらっしゃらないし、神父達もたてつけぬ、寵愛された男の禁忌の情熱であった。
政治の間にやって来たルイを驚かせたのは、ルイの剣の師匠、銃士隊長カステルモールであった。カステルモールは頭を垂れ、頭を上げて良いというルイの許可を待つ。
コルベールも訳知り顔だ。
「スペインは……口実か。どうしたというのだ?カステルモール。面を上げよ。」
カステルモールはようやく頭を上げた。
「お休み時間に失敬を。緊急事態につき、お知らせに上がりました。陛下、こちらをご覧下さい。銃士隊!」
「はっ!!」
何か棺桶のような物に布が被せてあり、カステルモールの指示で布が剥ぎ取られた。
中には、金属の箱があった。鋼の棺桶とでも言えばよいだろうか。様々な技術を用いた箱であり、蓋を開ければ、人が入れるスペースが見られた。
「……何だこれは。聖人の聖体でも入れるのか?」
「本日ヴェルサイユ近郊で発見されました。俺がある協力者から情報を得て捜索させていた……おそらく、これは時空転移装置です。」
「時空……?これは珍しい、カステルモールでもユーモアを?」
「王。私はルイズの取り合いで王が前線に送った銃士ラウルの名付け親です。ラウルの父ダトスは今、心労から過呼吸、過呼吸から喘息に発展し、私の部屋で苦しんでおります。今の私が冗談を言うように?」
「……見えないな。ラウルのことはすまない。だが、なぜ時空などと。突飛ではないか、カステルモールよ。」
「この装置を学者にも触ってもらい、解析済です。協力者がいた、と言いましたが、発作を起こしたダトスを助けた医師が、未来から来たサンソン家の死刑執行人でした。彼は王を守る側、その他の未来人は王を暗殺に来ると。今も彼は貴方の護衛をスカウトすべく、出回っております。サンソン殿から伝言が。安全確保の為、ヴァスティーユ監獄ですり変われ、と。」
ルイは察した。
ヴァスティーユ監獄でルイとユスターシュが入れ替わり、少なくとも、国王暗殺によるフランスの倒壊を防げ、ということだ。
「……!!不味い。それは恐らく、ヴェルサイユ宮殿にまで刺客がもう入り込んでいるのだ。……1時間後に舞台が。」
「代役を。リュリがフォローしながら踊ればそれなりに何とかなりましょう。」
「うむ。コルベール!カステルモール!そなたらは、余以外の誰かに話したか?」
「いいえ。陛下の信頼厚いコルベール殿以外の政務官には、スペインがらみとしか言ってはおりません。」
コルベールも告げた。
「わたくしも、カステルモール殿から聞いて、直ちに陛下の元へ。秘密は墓まで持って行きます。どうか、自衛なさってください。貴方様抜きには、フランスは両ハプスブルク家に支配されてしまいます。」
ルイは、ルイズが脳裏に過ぎったが、ルイズに知らせる余裕は無かった。
ルイズか、フランスか。
愛か、国民か。
マリー・マンシーニとマリー・テレーズで、既に学んだ道である。
国家を、天秤にかけられようか?
「コルベールよ!余の不在を誤魔化し、影武者の支援を行え!政治の再開は、余が戻ってからとする!カステルモールよ!今すぐ余を護衛し、質素な馬車を出せ!ヴァスティーユ監獄へ向かう!銃士は少数精鋭だ、よいな?」
「かしこまりました、我が王」
「お任せになられよ!」
リュリが急な代役と踊る事になり、目を白黒させている頃、カステルモール率いる質素な馬車はヴァスティーユ監獄の橋を渡り、銃士2名と、質素に変装したルイ、カステルモールは監獄に入り、ルイは王としてではなく罪人のフリをして、足掻く演技すらしてみせた。
「離せっ!!触るな!俺は無罪なんだ!!」
「銃士隊長さん。この男、罪状は?」
「刑期120年の終身刑、脱獄したユスターシュ・ドージエを収監に参った。中にいるのは、入れ替わった弟さんだ。参った家族愛だな。案内してもらえるか?」
「あぁ、アンタは仮面の紳士さんか!なるほどね。あんた仮面外しちゃダメでしょ、王の勅命なんだから。看守ー、鉄仮面持って来てー」
「あぁッ、やめろ!よくもこの美貌に鉄臭い仮面を!しかも溶接!熱い、熱いぞ!!……ちょ、おいっ!何も、仮面までは要らなかったのではないのか?」
ルイの本音が漏れて、カステルモールが返した。
「いざと言う時、身バレ防止になりますよ。」
看守はルイを連れて、カステルモールに振り向いた。
「銃士隊長さん、ここまででいいですよ。後は我々がやります。仕事なんでね。」
そうもいかない為、カステルモールはアドリブを効かせた。
「こちらも王の勅命だ。ユスターシュに条件付きの警告をしなければならない。人払いを頼めるか?」
「では、話の時だけわたし達は席を外して、銃士隊長さんは独房に。」
ルイ達がユスターシュの牢屋に案内されると、ユスターシュは飛び上がって檻にしがみついた。
「て、てめぇ……!?」
「弟よ!捕まってしまった!」
「ユスターシュを牢屋に入れろ。弟さんは我々が引き取る。まずは、人払いを。」
「かしこまりました。独房には近づきませんので、終わったら看守室に呼びに来てくださいね。」
ユスターシュはルイとカステルモールを見る。
「は……はぁ~ッ!?」
人がいなくなると、ルイは途端に汚いベッドを綺麗にすべく払い、座った。
「全く、難儀なことになったな。バレエもまた演劇、余は名優だが……薄汚い犯罪者の役などは初めてだぞ!ふん、毛布は捨てろ汚らわしい。仕方あるまい。余も、心身共に疲れてはいたしな。夏の避暑地にはなろう。」
ユスターシュはルイに対面して、怒り出した。
「てめぇーッ!!クソ国王!!おいルイッ!!よくも俺を冤罪監禁しやがったな!!!」
カステルモールはユスターシュを制し、告げた。
「ユスターシュ・ドージエよ。今日から貴君は王の影武者となり、ヴェルサイユ宮殿で英才教育を受けていただく。未来から暗殺者が来ている。貴君は、殺されるか、或いは王らしく振舞って撃退するしか、道は無いと思いなさい。」
「はーあ!?」
いきなり、未来。
しかも、自分が代わりに危ない目に遭うのだという。
「暗殺者1人の撃退ごとに、刑期5年を免罪する。つまり、活躍すれば、生前に監獄を出るのも夢では無い。どうだ?」
「は!5年!?たかだか5年だと!?ここにいる大バカ国王の身代わりに、殺されるかもしれねぇのに!?」
カステルモールは駆け引きとして、挑発した。
「おかしいな。君も武勇伝語りが出来る程の腕前のはずだ。喧嘩では負け知らず、噂では頼もしいと思っていたが……まさか、怯んだのか?」
「それとこれとは話が違う!!黄金のヴェルサイユ宮殿暮らし、そこは上等だ!!だが暗殺者付き!!俺に冤罪ふっかけてきたのはルイなんだぞ!?ルイの代わりに誰が襲われてぇもんかよ!!お断りだね!!」
カステルモールは方向性を変えた。
「……ヴェルサイユ宮殿には、花のように美しいご婦人も多くいるぞ。」
ユスターシュは顔を背けながら、しっかり考えて、尋ねた。
「……マダム?マドモワゼル?」
「例えば。愛すべきスペインの花、麗しのアンヌ皇太后」
「え、アンヌ皇太后はちょっと……。影武者したら、アンヌ皇太后が母親って設定なのに?無理言うなアンタ。」
「……王弟妃殿下アンリエット様。マドモワゼル・ルイズ。」
「……マドモワゼル・ルイズ?」
ルイが声を荒げた。
「カステルモール!ルイズを釣り餌にするな!!」
カステルモールとしては、ようやくユスターシュが食いついた名前だ。
「ルイズ殿は美しく、まだ王に見初められたばかりだ。彼女は愛するラウルを失ったばかり。つまり……わかるな?」
ルイズの弱みに付け入って、愛し合うのは容易い……みたいなニュアンスで、ユスターシュを揺さぶった。
「……顔が美人なのはわかった。じゃあ性格は?心は、美人か?」
ルイが思わずユスターシュの疑いに怒った。
「顔だけの美人などいくらでもおろう!ルイズは聖母のような、優しく温かな娘だぞ!罵ることは余が許さぬ!」
それがユスターシュの決定打となる。
「乗った。アンタ、名は?俺がルイズに好かれるにはどうしたらいい?」
「俺は銃士隊隊長シャルル・ド・バッツ・カステルモールだ。俺のことはカステルモールと。呼び捨てにしなさい、でなければ疑われよう。銃士隊のことは俺に命令を。そして、ルイズ殿に関わるならば、エレガントに振る舞え。王らしくだ。」
ルイはカステルモールをつついた。
「ルイズを釣り餌にしたな?許さんぞ、カステルモールよ?」
「しかし事態が事態、やむなき判断とお考えいただきたい。」
「……事件が終わり次第リュリを連れて来い。あれは親友だ、余が直々に話す。あの男は派手で隠密が苦手だ、カステルモールよ、お前が馬車で秘密裏に運ぶのだぞ。それから、ルイズは落ちぬ。渡さぬ。余と愛し合ってる。」
ルイは自身も確信の無い事実無根でユスターシュを牽制した。
カステルモールはため息混じりにユスターシュに告げた。
「強がりだ。ルイズ殿の中のラウルが、当面は一番の難関だろう。」
ユスターシュはろくに聞いていない。
それより、知らない名前が気になった。
「リュリって誰よ?」
ルイ14世は大のお風呂嫌いで有名である。生涯に1度だけ、嫌々水浴びをしたきりだという。
しかし、汚れ放題のユスターシュは、このままではルイの代役にはなれない。
水浴びし、ルイの美しい衣服をまとい、ユスターシュは馬車でヴェルサイユ入りを果たした。
外観にユスターシュは感動。
「すげぇー!!!なんちゅう美しい宮殿だッ!!!」
「言葉使いに気をつけろよ。優雅に話せ。それに、ヴェルサイユ宮殿が素晴らしいのは、外観だけだ。中はヴァスティーユの方が衛生的かもな。」
見た目は美しく、中身は狭苦しい迷宮だ。
延々と続く薄暗い細道。
貴族が出てくる部屋など、ドアを開けて見えてくるのはベッドだけの狭苦しい部屋。
階段下には、なんと汚物の嵐が。
ユスターシュはカステルモールに耳打ちした。
「トイレ行きたい……。」
「トイレは王の部屋まで行かなければ無い。まだ歩くぞ。いや、正確には、貴族達のトイレは1つしか無く、奪い合いだ。入りようが無い。」
ユスターシュはドン引き。
「何だ?宮殿なのに?イメージ違い過ぎだろ。ここは貴族の刑務所かぁ?や、刑務所の方がトイレあるわ。」
「あながち間違ってはいないな。ルイ陛下の狙いは貴族の弱体化にあるのだ。」
カステルモールに真っ先に連れてこられたのは、政治部屋でも自室でも無く。
コルベールが話を通したらしく、彼のそばに控えている。
そこは、ジャン・バティスト・リュリのいるバレエ練習部屋であった。
「……トイレは!?」
「後だ。陛下のスケジュールは詰め詰めです。」
リュリは愛する人と微妙に違う、いや、違い過ぎる!品の無いユスターシュを見て、ほぼ罵倒してきた。
「カステルモール殿。何ですか、このむきたまごは?王の替え玉にしてはまるでセンスゼロ!品格無し!顔さえついてなけりゃただの街の荒くれ者ですよこんなん!!」
ユスターシュは売られた喧嘩は買う男だ。
「てめぇがリュリ?」
「親愛を込めなさいッ!!我が王の寵愛、周り中知らぬ者無し!!」
「キンキン声がうるせえんだよ、この天パがよ!!」
ユスターシュの拳は、なんとリュリが片手で受け止めてしまう。むしろ、握り返す力のなんと逞しい。
「……強ぇな、アンタ。」
ユスターシュは強い奴にはきちんと敬意を払う。
「トスカーナの荒くれ者に力で叶うとは思わぬことですッ!とにかく我が王の窮地、この男を1人前のバレエダンサーに育てるしかないッ!!1秒すら惜しい……このクソダサをどこまで磨けるか!神よ、ご采配ください!始めるぞむきたまご!!アン・ドゥ・トロワ!アン・ドゥ・トロワ!!」
「は?バレエ……?」
ユスターシュは意味がわからずに怯んだが、カステルモールが言い聞かせた。
「まずはリュリの言う通りに。王はバレエの達人だ、バレエが下手では敵も騙せぬどころか、宮廷人にバレてしまう。」
コルベールもまた、挨拶と同時に告げた。
「わたしは財務官コルベールです。呼び捨てでコルベールと。バレエをクリアしてから、初めて宮殿内部をお教え致します。ただし、バレエをこなし、歩き方が美しくならねばなりません。わたしも全力で支援致しますので。」
「……バレエ?バレエね……。」
ユスターシュは、リュリの真似をしているつもりで、バーを握り、バーによって違う力の回し方で足を伸ばしてしまう。
「ノン!駄目駄目駄目ッ!!バレエ講師、こちらへ!私の代わりにバレエを。むきたまご!バーを握りしめるな!私の手をソフトに掴め。鏡を見て!講師と自身の動きを近づけろ!再開!!」
さっぱりわからない。あやふやだ。
「ダメだ!駄目駄目駄目ッ!!音感が全く感じられない!ピアノからだ!連弾を覚えろ!!」
ピアノなんて、習ってもわからない。
リュリのようには弾けない。
「感情が無いのか貴様はッ!?音色にハートを映しだせッ!!」
確かに、リュリの音色は情熱的だ。
ユスターシュは悩んだ。
俺に、何が足りない?
このままでは影武者どころではないのだ。
「今日はここまで!!今のままじゃ宮廷を歩くことすら出来ん……庭と王の自室だけ!それ以外行くな!」
ユスターシュはルイの真新しいブラウスを汗で黄ばませて、バレエとは?ピアノとは?情熱とはなんぞや、の板挟みである。芸術だの舞台だのに、こんなに体力を使うとは知らなかったのだ。
そして、便意との耐久戦で、お腹が猛烈に痛い!
「トイレをッ!!誰でもいい、トイレに連れてってくれ!!」
「わたしが!よく頑張りましたね、陛下!こちらです!」
優しいコルベールが、ユスターシュの手を掴み、王のトイレに案内してくれた。
王のトイレはキラッキラ。美しい。
内股でなんとかトイレに入ったユスターシュは、外側からコルベールに心配されている。
「大丈夫ですか?ヴェルサイユ宮殿では、朝と自由時間、寝る前しか、トイレのスケジュールは無く……さぞ苦しかったことでしょう。」
優しいコルベールだが、ユスターシュも唸りながら、責務を果たした。
「ぅぅ……コルベール!持久戦になる!先に戻って寝てくれ……!」
「それでは……お先に失礼します。ご健闘を!」
ユスターシュが荒ぶる激痛、戦いのトイレから出た頃には、もうヘトヘトで、豪華なベッドに倒れ込んだ。
2時間程、ぐうぐうと一眠りしてから、不意に起きてしまった。
「……メシ……」
腹が減ったのだ。
夕飯を食べれなかったし。
見れば、サイドテーブルには、毎日入れ替えているのか、焼き菓子や葡萄が置いてある。
ユスターシュは夢中で焼き菓子を頬張ったが、全然腹には足りず。
その時、庭を誰かが通った。
ユスターシュ慌てて剣を握り、しかし、ルイならば剣は使わないと、剣を手放してから、護身用に花瓶を持って、誰かを追いかけた。
未来から来た暗殺者かも、しれないのだ。
「……起きて、しまわれたのですね。」
その人の出で立ちを見て、ユスターシュは慌てて花瓶を隠した。
ルイからかなりの寵愛を受けているのがわかる。慎ましいドレスには高価な宝石のブローチだけ1つ付けて、それは恐らくルイの贈り物である。悲しそうだが、優しげな、聖母のような顔立ち。
「……ルイズ?」
「はい。避けてしまって、ごめんなさい……。」
ユスターシュは色恋どころでは無く、腹が減って、匂いを嗅ぎつけた。ルイズは、焼きたてのパイの入ったバスケットを持っていた。
「パイか!それをくれ!」
ルイズは必死にバスケットを守った。
「いけません!これには行き過ぎた眠剤が盛られてます!わたしが犯人で、わたしが悪いんです!!」
ユスターシュは、ルイとラウルとルイズの三角関係までは、わからない。
何故に国王に毒紛いなパイを運ぼうとしたのか、さっぱりわからん。
ユスターシュにわかるのは、自分を拉致監禁したルイの横暴さだけだ。
「なんで?あ、いや、なぜだ!たぶんに、俺、いや余が、めちゃめちゃ性格の悪いクズだからか!?」
「え。いえ、そこまでは……。わたしは、陛下を好意的にも思っております。ただ、落ち込んでいる中で、ずっと避けてしまい……銃士隊宿舎に招かれて、苦しむラウルのお父様に会いました。ラウルの死の悲しみから、逆恨みしてしまい……心中をはかりました。それでパイを。これは、国家反逆罪ですし……わたしは途中で目が覚めました。陛下は、ラウルに自力で生きろと言いました。きっとラウルが敵前逃亡しても、責めなかった。わたしは馬鹿です。断罪を受け入れます。」
ユスターシュは、ルイズの優しさや苦しみはわかったが、話自体は半分くらいしかわからず、そもそも、ルイズの愛情はルイに向けられたものだとは明らかだ。
「ルイズよ。そのパイの話は伏せたままに。今の余では無く、リュリの奴が小躍りして飛びつく余の時に、気持ちを伝えよ。今は支えてやれなくてすまぬ。」
ルイズは不審に思ったか、夜の月明かりの中で目を凝らした。
「なんだか、声の調子が悪いです。……表情も、陛下じゃない人みたい。大丈夫ですか?」
誤魔化しきれない。愛妾ルイズだ。そりゃルイを内面までよく知っていよう。
ユスターシュはアドリブを効かせた。
「なに。悲しみもあれば、愛するそなたに会えたら、余とて喜びもあろう。ルイズよ。例えそなたのパイの毒で倒れても、余は死なぬ。ただしそなたには食わせぬぞ。バレエをこなしながらそなたにパイが美味かったと囁くまでは死なぬ。」
ルイズは苦笑した。
「……身体の到る穴から血を吹き出してバレエを?陛下のユーモアは初めて聞きましたが、だいぶ危険な悪ふざけですよ?」
割とルイズがパイに盛った薬は、眠剤なんかではなく、危険な代物だったらしい。
ユスターシュは花瓶を差し出した。
「この花をそなたにやろう。余が本調子になるまで、揺らがず生きれるように。」
「……花なら中庭にあります。陛下とわたしの育てた花々では?」
「えっ。あぁ、そうだ。」
ユスターシュは限界で、腹をぐうぐう鳴らした。
「陛下?」
「うむ。実は、夕飯を食べておらぬ。バレエ練習に打ち込むあまり、な。それで見るなりパイに釘付けになってしまった。」
「陛下はたくさんお食べになる方でしょう。シェフを起こすのに気が引けたのですか?このパイは捨てますが、あちらの窓に灯りがあります。まだ夜遅いサロンをしてる方がいるみたいです。わたしでは、貧相なパンしか出せませんから、あちらを訪問して、きちんと食事をなさってはいかがですか?」
「うむ……提案、感謝するぞルイズ。行ってくるとしよう。そなたはくれぐれも悲しみに負けるでないぞ!ラウルのことで悲しくなったら、周囲にSOSを!よいな?」
「はい。陛下も、調子を取り戻されるまで、リュリさんやコルベールさんにSOSを。わたしはいつでも、アンリエット様のおそば仕えの時以外は、中庭で待っておりますから。」
羨ましいヤツめ、ルイ!!
こんなに慈愛に満ちたルイズに愛されるとは!
ますます憎い野郎だぜ!!
ユスターシュはルイズと別れて、部屋でいそいそと着替え、道がわからないなりに、灯りがついた部屋は近く、食事を求めに訪ねてみた。
「起きておるのか?」
夜遅く。それはサロンではなく。
高貴なドレス姿の、美女の暴飲暴食会だ。
甘いものやショコラに囲まれて、幸せそうに。
だが、彼女はユスターシュを発見すると、もっと嬉しげに微笑んだ。
「まぁ!ルイ!尋ねてくれたの?」
ユスターシュは事態を把握してきた。
ルイ、という呼び捨てや、これ以上無い高貴な身なりの、美しい大人の女性。
甘いものをテーブルに並べてワクワクしているのは、紛れもないルイの母親。
皇太后アンヌ・ドートリッシュの、深夜のドカ食い、クレープタイムである。
「貴方とアンリエットが別れてから、すっかり家族会が無いんだもの。ルイ、少しは話していかない?今はフィリップもお裁縫や看病で忙しいし、大事なことだけれどちょっぴり寂しいわ。」
なんだかフランクな母上だ。初対面だが親しみが持てる。
「……母上、実は腹が、いえ、余は腹がすいてしまって。バレエのレッスンをハードにし過ぎて、夕飯を食べておらぬ。正直腹ぺこで眠れなくて、母上を頼ってきたのだ。」
「まあ、まあ!!大食漢の貴方が?バレエに夢中なのは昔からだけれど、リュリも気が利かない時があるわね。シェフ、ルイにそば粉のガレットを。サーモンとチーズよ。その他は任せるから、山盛り運んでね。」
「仰せのままに。国王陛下に食していただけるとは、光栄です。」
スペインから来た美しき皇太后は、ブルターニュの訪問の折から、余程そば粉のガレットやクレープが気に入ったのだろう。甘いクレープにしょっぱいクレープ、あえて宮廷人の寝ている時間にドカ食いだ。
「母上、夜中の大食いは楽しいが、何故に日中にクレープパーティをなさらない?仲間が欲しくないのか?」
アンヌ皇太后は瞬きをした。
「王権神授説を忘れたの?スローガンでしょ。貴方の統治下なのよルイ。私がクレープサロンなんか開いたら、そりゃ甘党はみんな来るでしょうけど。わたしサイドに支持率が動いちゃうわ。ヴェルサイユの勢力を2分割する訳にはいかないもの。それに、貴族達を集めるより、貴方やフィリップがいたら100万倍美味しいわよ。」
あたたかいひとだ。
息子を愛する母親ってのは、こうなのか?
ユスターシュは荒くれ者だし、隠し子説のある生まれで、物心ついた頃から、母の目は冷たかった。
だが、アンヌの目は優しく、温もりがある。
生き生きとした眼差しだ。
「さぁ、まずはそば粉のガレットが出来たわ、貴方のよ。」
ユスターシュは慣れないフォークとナイフで、ガレットだけ食べようとしたら、それを見たアンヌ皇太后は、ユスターシュを制止した。
「うーん。貴方……」
なんかやっただろうか?
ユスターシュはヒヤヒヤした。
曲がりなりにも母親だ。ルイを1番よく知る人物である。
「……ルイ。そば粉のガレットは、生地だけで食べるのは違うわ。」
ユスターシュは安堵に胸を撫で下ろす。
アンヌ皇太后は告げた。
「1口分の生地には、サーモンとクリームチーズを乗せてね。」
言われたように、ガレットにサーモンとクリームチーズをのせて、フォークを口に入れたら、これが旨い!パクパク食べてしまう。ユスターシュもそば粉にハマりそうだ。
「うま!うま過ぎか!?そば粉のガレットって……母上、どこでこれを?」
アンヌは嬉しげに顔を輝かせた。
「まぁ、ルイ!貴方とブルターニュを訪問した時から、私はそば粉が大好きよ!貴方が私の好物にそんなに心を動かしてくれるなんて。こういうのは、小さい頃ぶりかしら。嬉しいわ!それに、最近の貴方は凹んでいたし。」
心を動かす。
感動だ。
ユスターシュは確かに腹が減っていて、そば粉のガレットに感動したのだ。
ピアノも同じなのでは?
この心の揺さぶりを、ピアノに乗せろと、リュリの奴は言っているのだ。
「母上……このそば粉のガレット、演目のヒントになった!」
「そんなにぃ!?うん、楽しみにしてるわね、次の演目!!」
「ちなみに、余が凹んでいたのを、知ってらしたのか?」
「そりゃあそうよ。貴方は話さなかったけど、わたしからフィリップやカステルモールに聞いたから。アンリエットの赤ちゃんを背負えなかった責任と、ルイズさんの愛するラウルさんを死なせてしまった苦しみで、だいぶボロボロだったわ。」
「悲しみ……確かに、悲しみだ。哀愁の情緒だな……。」
感動、悲しみ。
それらを、ピアノにのせれば良いのではないか?
アンヌ皇太后は期待の眼差しだ。
「もしかして、これも演目のヒントになった?」
「うむ!母上、めちゃめちゃ大義であるッ!!」
翌日、ユスターシュはしっかりトイレを済ませて、ピアノ練習。
リュリはしっかり聴いている。
「……上手くなった!まだまだ荒々しい、だが音楽に心が乗った!!感情が音色に出ている!今ならバレエが身に入るはずだ!講師、むきたまごに片手を貸せ!私が踊る、合わせろむきたまごッ!!バレエは演劇だ、音に合わせて心をのせろ!アン・ドゥ・トロワ、アン・ドゥ・トロワ!!」
わかる!
音楽に心を乗せることで、動きは自然とリュリに近づく!!
リュリ程の偉大な講師が2人といようか?
コルベールは、ユスターシュの上達ぶりに、拍手を送った。
「俺……フランス1の、バレエダンサーになれる……ッ!!!」
「バレエの足!」
リュリの号令で、ユスターシュはトゥシューズでつま先歩き。
「宮廷の足!」
ユスターシュはハイヒールに履き直し、ファッションモデルのように歩いた。
「今日はここまで!宮廷人との会話はまだ禁止!だが、宮廷を歩いてヨシッ!!よくやったむきたまごッ!!なんのセンスの欠片も無かったお前が、どこでバレエのヒントを掴んだかはわからないが、御の字だ!!」
ユスターシュ、宮廷解放!!
「アンヌ皇太后、サンキュー!母の愛は偉大だぜ……!!」
コルベールは仕事の合間合間に来てくれており、拍手して、率先して案内してくれた。
「おめでとうございます陛下。ヴェルサイユ宮殿の案内はわたしが。まずは、お召かえをなさってください。」
ユスターシュはコルベールに耳打ちした。
「貴族に、話しかけられたら……?」
「一礼されたら、面をあげよ、と。話題は、グリンピースに持って行きましょう。貴族達は流行りのグリンピースの美味しさくらいしか語らないので、大方大丈夫でしょう。」
政治話に勤しむ法服貴族に比べて、貴族達はグリンピースしか話さないとは、ルイが何故コルベール達を重鎮に採用したか、分からなくもない気がした。
ユスターシュとコルベールが、王の自室に戻って衣服を漁っていると、コルベールが困り出した。
「参りましたね……王の着こなしが真似出来ません。」
「着こなし……?」
慌ててカステルモールが駆けつけた。デザイナーを連れていて、彼はコーディネーターでもあり、たくさんの衣服を抱えている。
「待て!まずは宮廷解放おめでとう。だが、王らしい服の着こなしは、デザイナーと2人で!常にデザイナーに服を選ばせろ。ルイ陛下ならば自分で選んだスタイルがブームになるが……陛下には、ルイ陛下らしさが必要ですから。」
デザイナーがデザインブックを見せた。
「おまかせください!事情は理解しております。わたしが学んできた陛下の着こなしは完璧です!」
ユスターシュは、気に入ったジュストコールと、デザインブックを見比べた。
「スタイリッシュなジュストコールがあるのに?こんなフリフリのコスチュームを着るの?3段パフスリーブにリボン!短パン!?フリルのついたニーハイソックス!?おい……俺はルイより歳上なんだぞ。短パンはまずいだろ。」
「長い靴下で素肌を隠せ。今晩は、おおやけの夕食会に出席する。まず皇太后様が座り、その後王妃様の手を引いて2人とも着席。会話はしなくていい、貴族達が見ているからな。」
ユスターシュは仕方なく、デザイナーのコーディネート、初夏のルイ陛下・ピンクがテーマのフリフリ使用に着替えて、リボンのハイヒールを履き、きちんとトイレを済ませてから、コルベールの案内でヴェルサイユ宮殿を見て回った。
ルイズはアンリエットの仕いを終えると、銃士隊宿舎のダトスの看病に来た。
まだ、定期的に発作があり、夜も眠れなかったのか、ダトスは眠りながら。
ルイズが喘息の対応がわからず、ダトスの額のタオルを冷たい水で絞って、取り替えていると、ダトスが涙を流した。
「……ラウル。なんてことは無い、すぐ飯を作ってやるからな。ラウル……」
ダトスは、ルイズとラウルを混同したのだ。
男やもめのダトスは、自分が具合が悪いだとか、病だとかで、寝込む訳にはいかなかった。
自分が倒れたら、ラウルは何を食べればいい?
「すまない……ラウル……待っていろよ……」
ルイズは涙を落とした。
1番悲しいのは、ラウルのお父様だ。
自己犠牲の中で、精一杯愛を込めて、ラウルを育てぬいた。
なんだ。
わたしが原因じゃないか。
ラウルとわたしが、好きあってしまったから。
ラウルは死を選び、わたしは立ち直って陛下を選んだ。
本当にラウルを死なせたのは、わたしだったんだ。
おおやけな夕食会!
立ち並ぶ貴族はびっしり!
ど真ん中の食卓!!
緊張した顔つきのアンヌ皇太后に、真っ青な面持ちのマリー・テレーズ王妃!!!
「オイオイ……何の拷問だ?」
ユスターシュはアンヌ皇太后がいそいそと座ったのを見て、王妃マリー・テレーズの手を取り、席に着席。
マリー・テレーズは慌てて水で安定剤を飲み干した。
「また安定剤だ」
「本来の席は無いからね。哀れなスペイン女」
「陛下の愛はルイズ様にある」
ざわめく貴族、マリー・テレーズはますます青くなっていく。
ユスターシュは貴族のわざと聞こえるような悪口にびっくりする。ルイがルイなら、貴族もタチが悪い。こいつらを縛り付けるための政策だった訳だ。
「気にするな、マリー・テレーズよ。」
マリー・テレーズは、今度は泣きかけて俯いた。
「ご慈悲に感謝します。」
「ん??」
アンヌ皇太后が顔を輝かせて喜んだ。
「まぁ、まぁ!今日はどうしたの?」
「えっ?」
「ルイ、貴方からマリー・テレーズに声をかけるのは3ヶ月ぶり。それに優しい言葉だったわ。」
ユスターシュは監獄のルイを憎たらしく思った。
政略結婚とはいえ、ルイの妻である。
これでは、貴族達がスペイン女呼ばわりしても、ルイに叱られない限り辞めないだろう。
マリー・テレーズの立場が危うくなるほど、ルイから冷たい仕打ちをしてきたのか。
ユスターシュは、せめて自分がルイであるうちは、マリー・テレーズを励まそうと考えた。
「すまぬ。余は食事に夢中でな、会話がおざなりであった。家族への甘えである、許せ。マリー・テレーズよ、この舌平目のホワイトソースパイは1番旨かろう。シェフ、舌平目のホワイトソースパイを切り分け、マリー・テレーズに。どんどん食事を運んでから、食後に固形のチョコレート菓子を作れ。マリー・テレーズは、チョコレート菓子が好きであろう?」
「かしこまりました!こちらは陛下の仰る通り、最上級の舌平目でございます。切り分けましょう。助手!食後には固形のチョコレート菓子、厨房に伝えなさい!」
「はいっ!」
シェフ、嬉しそうに舌平目のホワイトソースパイを切り分けていく。
「王妃様はフランスの舌平目は初めてでございましょう?伝統のホワイトソースによく合います。」
マリーテレーズは思わず感涙し、顔を伏せて頷いた。
「ええ。スペインも海産は豊富でしたが、食文化は全く違いますので……。」
「さぁ王妃様、ボナペティート!!」
ユスターシュはシャンパンを傾けた。
「健康に。」
マリー・テレーズもシャンパンを合わせて傾ける。
「神の与えたもうた食卓に感謝を。」
そして、グラスを置いたらすかさず話した。
「陛下。あ、あの。今週末は婚姻記念日です。バレエを、見に行ってもよろしいですか?」
「……無論だ。婚姻記念日なのにバレエ?変な話だが……」
小姓が告げた。
「陛下、その日はバレエ舞台の後に舞踏会がございます。」
「ならば特別な舞踏会に名を改めよ。マリー・テレーズよ、記念日は舞踏会でしっかり祝うとしよう。」
マリー・テレーズはこんなに尊重されたことは無かった。幸せそうだ。
「はい……陛下のお気持ちだけで、大変嬉しく思っております。では、舌平目のホワイトソースパイを少し、いただきますね……」
口に入れて、マリー・テレーズは余りの美味しさに瞬きしている。
アンヌ皇太后も、それを見て嬉しそうに微笑む。
ユスターシュも、団欒に安心して、舌平目のホワイトソースパイをフォークに刺して、口に運ぶ。
その時、ドカン、と荒々しくドアが開いた。
びっくりしたユスターシュは、フォークを落とした。
黒服のイタリア人が大騒ぎで駆けつける。
「si、チョトマタ!!イケマセーン!!」
誰かが椅子から崩れ落ちた。
王妃マリー・テレーズだ。
途端に倒れたのだ。
「「王妃様が!!」」
料理人や小姓は真っ青に。
見物している貴族達は、こちらの気も知らないで、口々に噂した。
「スペイン女が死んだな」
「ついに毒殺か」
「次の王妃はルイズ様だな」
「教皇とは仲違いするのか?」
ユスターシュは貴族達を睨んだ。
サンソンとカステルモールが共に、エグジーリを追って現れた。
「動くな!全員騒ぎ立てず止まれ!」
カステルモールの一喝で、ようやく貴族達は口を閉じた。
ルイから冤罪で王妃殺しをなすりつけられ、死罪だなんてことも、無くはない、と思ったからだ。
「エグジーリ、王妃を!」
ユスターシュもマリー・テレーズを抱き起こす手伝いをし、アンヌ皇太后も駆け寄った。
「カステルモール。ルイを狙った暗殺ね?舌平目はルイの好物、普段なら誰にも分けないわ。」
カステルモールは帽子を外してアンヌ皇太后に一礼してから答えた。
「仰る通りです。敵は、王妃様が狙いではありません。」
「この症状なら、わたし解毒デキマス。ただし、調合時間の勝負アルし、効くまで1晩カカリマス。」
エグジーリに、サンソンが告げた。
「直ちに調合を頼む。小姓殿!案内を!陛下!国庫の薬草の全権をエグジーリに!」
「当たり前だッ!!国庫を解放せよ!!」
サンソンが舌平目のクリームソースパイをチェックした。
「ただ毒をかけたのではないな。料理に練り込まれている。出処は、厨房!」
「クソ!余を狙った毒に、マリーテレーズが……!!」
ユスターシュが舌平目のクリームソースパイを勧めたせいだ。
ルイだったら、ルイだけの被害で済んだのに。
苦しむのはマリー・テレーズじゃなかったはずだ。
カステルモールがユスターシュに告げた。
「熱くなるな。クールを装え。王らしく、ここで待て。シラノ、来い!」
シラノは唄いながらも怪訝な顔つきだ。
「いよいよ 吾輩の出番かな
舞台が厨房とは 些かイレギュラーなれども
我が敬愛する 王妃様の為
吾輩は 剣を持って 尽力するのみ」
カステルモールはシラノを連れて、ヴェルサイユ宮殿を突撃し、厨房に突入した。
「御用改めである!!料理長、新人はいるか!?全員、作業を中断し、火を止めよ!」
料理人達は慌てて火を止めて、ボヤいた。
「加熱の中断によって味が落ちてしまうのに……」
料理長はカステルモールを案内した。
「昨日来たばかりのヴァテールが新入りですが……フーケ殿に仕えていた1級料理人ですよ?問題など無いし、わたしより料理が数万倍上手い。次期料理長は彼だ。ちょっと変わった見た目はしていますが、ともかく料理は天才で」
振り向いた巨漢、身体半分機械仕掛け。
この時代のこの時期は、このヴァテールはフーケを忘れられず、ルイのスカウトを断って、イギリスで料理修行をしている。
つまり、彼は!
未来の墓場からサイボーグ化された、未来死人サイボーグ、料理人ヴァテールである!!
サンソンが告げた。
「彼はこの時代のヴァテールじゃないぞ!未来から来た、死んだはずの料理人だ!!」
シラノが即時に理解し、唄い尋ねた。
「既に身罷った筈の命が
からくりの身体を借りて動いている
思い残した事でもあるのか
そこまでして再び生を得た
その理由はなんだ」
「銃士隊……ルイ!ルイ、ルゥイィ!!!」
ここぞのタイミングでサンソンはナポレオン・ボナパルトからの逮捕状を掲げた。
「ニコラ・フーケの料理人、機械化人間ヴァテール!フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの勅命の元、君を逮捕する!」
カステルモールはフーケと聞いて、怯んだ。
「フーケ殿が……!?」
ニコラ・フーケ。故人はあまりにも人が良く、ルイに親愛を返すため、あまりにも私財を浪費した男。返ってルイに危険視され、冤罪でカステルモール率いる銃士隊が逮捕。
処刑場までの馬車をカステルモールがゆっくり進ませ、家族との充分な別れをさせた。
優しいカステルモール故、フーケの正当な恨みであれば、剣に躊躇いが出る。
「惑わされるな、カステルモール殿。フーケ殿の意思はルイ陛下の元にあるはず!敵は、未来から来たフーケ殿の遺族ということです!シラノ殿!ここは頼む!」
フーケに忠誠を誓った料理人ヴァテールは、ルイのラブコールを見送りイギリスに渡り、またフランスに帰って大貴族に仕え、ルイを再びもてなす大料理会を開く。しかし、食材がギリギリまで届かず、思い詰めて最期には剣で自害するなど、数奇な運命を辿った男である。ちなみに、ヴァテールが調理工程から献立の全てを決めたその大料理会は、ヴァテールの死の直後に食材が届いて、大成功をおさめた。
シラノが剣を抜いた。
「未来から来たからくり料理人よ
思い残す事あって
死んだ筈の身体を変えてまで
この時代にやってきた
そういう事なのか」
「ルゥイィ!!殺、殺殺殺」
ヴァテールは恐るべき速さでフルーツナイフを連投。馬力も強く、威力は人間外れだ。
危ういナイフだけ、剣で跳ね返すシラノ。
「暴れん坊め
調理がまだ足りなかったのか?
吾輩のレイピアで
お手並み拝見といこう」
サンソンはカステルモールを連れてヴェルサイユ宮殿を行き、ユスターシュの元に走って戻る。
「サンソン殿よ、どこへ!?」
エグジーリはもう薬草を取って来て戻っている。
「ドウカ、王妃様ノ部屋に案内ヲ!秘伝ノ調合、見テハイケナイ!!」
「小姓殿、エグジーリと王妃様を連れて、王妃様の寝室へ!傍についていてくれ!」
小姓は素早く対応した。
「直ちに。エグジーリ殿、着いてきてください!わたしがなんとか王妃様を背負います!」
サンソンはユスターシュに振り向いた。
「陛下、お話が。昨夜のことです。厨房からパイを包んで立ち去った女性がいる。今宵もパイを持ち帰った記録が厨房に。サインは、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール、と!」
ユスターシュは戦慄して立ち上がった。
「ルイズか!またラウルを背負ったな、不味いぞ!!」
「陛下はついてきてください。カステルモール殿はアンヌ皇太后の警備に残って。」
アンヌ皇太后は告げた。
「わたしはいいわ。自室に戻ってるから、銃士を1人警備につけてちょうだい。カステルモールはマリー・テレーズを運んであげて。幼い小姓には荷が重いわよ。」
「心得た。銃士隊!アンヌ皇太后の部屋の警備に配置せよ!俺は王妃様を運んで参る!!」
サンソンとユスターシュは庭を渡ってルイズの部屋を訪ねた。
愛妾ルイズの住まいはヴェルサイユ宮殿の敷地内にあり、寵愛の深い者だけが住める小さな住居だ。
「ルイズ!開けろ、ルイズ!」
どんなにノックしても、反応が無い。
サンソンが告げた。
「手遅れかもしれない。それに鍵をかけていたら、いま大丈夫だとしても、いずれ手遅れになる。……最悪、王妃様だけでも助かれば、歴史改変は少なくて済むが……」
ユスターシュは諦めない。
あの優しい笑顔を忘れない。
あれは、ルイズがルイに向けたものだ。
ルイズの本当の気持ちを、ルイに知らせてやるまでは、絶対に死なせてはならない!
ユスターシュは隙間に爪を挟み込み、爪が剥がれて血が滲んでも、剛腕でこじ開けようとした。
「バカな!爪ひとつ歪になれば、ルイ陛下の身代わりなど成立しない!!君は立場がわかっているのか!?」
ユスターシュは躊躇わない。
「うるせぇ!!ルイだってきっとこうすらぁ!!」
見る見るうちに、ドアに亀裂が走っていく。
サンソンはユスターシュを改めて見た。
この男は、噂通りの悪漢では無いのかもしれない。
サンソン以上の倫理観がある。
ルイ陛下の愛人の為だけに、火事場のバカ力を出せる男だったのだ。
「身代わりを演じきることが優先か、人命が優先か、んなのは馬鹿でもわからぁな!!アンタも悪口ばかりの貴族連中と同じ口か!?俺はドアをぶっ壊してでもルイズを生かすぞ!!ルイズはまだ言ってねぇ!あいつはまだ、ルイに気持ちを話せてねぇんだよ!!」
サンソンは微笑した。
この男ならば、安心して味方になれる。
「……人命救助は最優先だが、ルイらしくない真似は人前ではやるなよ!今は誰も見てない、行け!慎重に壊すんだ!!」
「おぉぉぉぁぁぁおぉぉぉ!!」
ついに、ドアがこじ開けられて粉砕した。
中では小部屋でルイズがぐったりと倒れ、食べかけのパイがテーブルにはあった。
サンソンは直ちにパイとルイズを検査する。
「ルイズは私に任せろ。こちらは一般毒だ、医師のわたしが対処する!ユスターシュ!未来から来たフーケの遺族は君を狙っている。なるべく王妃とルイズから離れていなさい!」
「だが!」
「君がいたらまた2人が危険になると言っているんだ!聞き分けなさい!!」
ユスターシュはしょんぼりと落ち込んだ。
「案ずるな。明日はミサがある、朝には決着がつく!」
ヴァテールVSシラノ!
その舞台、厨房ッ!!
ヴァテールからキャベツの肉巻きの煮込まれた鍋が振り回された!シラノは熱々のスープを回避しながら、キャベツの肉巻きを皿で受け止め、続く包丁の嵐を剣戟で跳ね返した。
帽子を斜めに、悠々と歌い出す。
「おやおや
1品目はキャベツの肉巻き
ジューシーな肉をキャベツで包む
毒を隠すには丁度いいメニューか?
毒は遠慮させていただくが
吾輩の月旅行の弁当のシェフに
指名させていただこうか
さあ始めようじゃないか
吾輩の好物もいれてくれるかい?」
ヴァテール「喜んで、ご主人様ー!!違う、私の主人はフーケ様だ!」
「それは残念、吾輩も貴殿の弁当を月に持って行きたかったよ
なんと言っても吾輩のロケットは1人乗り、
フーケ殿を連れていくことはできないのだから」
次に飛んできたのはフライパンだ!シラノは熱々のフライパンを身近なフライパンで打ち返し、お次はなんと溶かし途中のチーズ。シラノは皿に乗っていたバゲットで溶けたチーズをキャッチ、1口いただいた。
「次の料理はラクレットか
芳醇なチーズのうまみが口いっぱいに広がるな
やはりご主人様を鞍替えしないか?」
ヴァテール「イ、ヤ、ダ!」
「そうか、
きっとこのチーズも月までの道のりで溶けて消えてしまうだろう
貴殿も同じさだめをたどるか
実に惜しい」
ヴァテールはもう投げるナイフが無いとわかると、硬いものや柔らかいといった概念無しに、パテを投げて来た。
あくまで料理で殺したいのか?
シラノはパテを懐のナイフで全てキャッチし、いざ、レイピアで距離を詰めた。
「そんなにパテを投げるなよ
吾輩はもう満腹さ
そろそろ締めの料理といこうか
このレイピアめがけ
グサッと決めてくれ」
ヴァテールが投げたのは、生クリームたっぷりのププラン(シュークリーム)。シラノはこれをレイピアで刺し、そのまま回り込み、シラノのレイピアはヴァテールの項に一撃。
「ピッ……ピッ、ガーッ」
項から、カートリッジが出て来た。
シラノは納得し、カートリッジを手に取って眺めた。
「月面旅行、その未来が現実になろうものならば、人型機械も月面を歩くだろう。
命令書も薄型機械ならば、挿入口やはり項。
これにて吾輩の任務は完了、さよなら一途な暴れん坊、初めまして、素晴らしき料理人。」
一礼すると、目を白黒させたヴァテールが、一礼して返した。
「ここは……私は……貴方はどなた様で?わたしは、自殺をしたはずでは……?」
シェフ達が拍手喝采し、ヴァテールを囲んで迎え入れた。
「貴方は、項から命令書が出たら正気に戻ったのさ!!」
「ここはヴェルサイユ、新しい貴方の職場」
「シラノが貴方を助けてくれた。
私たちの理屈ではわからない方法で」
ヴァテールはフラッシュバックで頭を抑えた。
「私は、掘り起こされ……機械化して……そうか!操られて戦っていた!ムッシュ・シラノ!彼にお礼をしたい……!」
「もう、彼はここには、いないよ」
「シラノは鼻がコンプレックス、だがキザな優男!礼など、きっと求めてないのさ」
「何、銃士隊のランチにでもご馳走を振る舞えばいい」
「貴方はルイ陛下の焦がれた
素晴らしい
素晴らしい料理人なのだから!!」
その頃シラノは、とっくに宿舎に帰還中だ。
美味しいパテやラクレットを頬張りながら。
クリスチャンが彼を見つけて尋ねた。
「おいおいシラノ!なんだそのご馳走は?」
「月面旅行に持っていく弁当さ
お味も最高の逸品
1口お味見いかがかな?」
「……料理人とでも決闘したのか?」
「半分当たっているがそれ以上詮索は無用さ
秘密任務にて候
さてと1口味見してみるか
うーん……これはまた……美味!!」
ユスターシュは自室で一晩迎え、ベッドに入っていた。
だが、ユスターシュは寝つけない。
狙われているのはルイであっても、ユスターシュが勧めた舌平目のクリームソースパイでマリー・テレーズが倒れた。
ルイズだって倒れているのだ。
そういえば、医者は?
未来から来たすごい医学は、サンソンだけでは無いのか?
ユスターシュは起き上がり、走ってルイズの部屋に行き、サンソンに怒鳴った。
「おい、サンソン!お前は未来の医者なんだよな?ここより医学が発展しただろ?」
「そうだ。医学も文明も発展している。衰退していたら、時空転移まで到らないだろう。」
ユスターシュは今度は王妃マリー・テレーズの寝室に来て、マリー・テレーズがまだ苦しんでるのを見ると、エグジーリに怒鳴った。
「お前も医者か!?マリー・テレーズがまだまだ苦しんでねぇか!?」
「イイエ。ワタクシハ毒薬使いデース。解毒シタダケ。先程、主治医ガ去りマシタ。コノ時代デハ最善ヲ尽クシマシタ。」
「なるほど。なら、未来の医学に治してもらうぜ!」
ユスターシュはすぐに王妃を抱き上げた。
「ついてこい、毒薬使い!」
ユスターシュは王妃を連れて、ヴェルサイユ宮殿を駆け抜け、庭を走り、サンソンのいるルイズのベッドまで来て、ルイズの隣にマリーテレーズを寝かせた。
「サンソン、患者追加だ!」
サンソンは目を白黒させ、やがて叱った。
「愚か者!正式なフランスの王妃様を、愛人の部屋に連れ込む王がいるか!!どこの痴れ者だ、君は!!!」
ユスターシュは真剣に返した。
「未来人の医者はひとり、サンソンだけだ!患者は2人、痴れ者だかなんだか、何とでも言いやがれ!マリー・テレーズも診てもらうからな!!俺は、喧嘩っぱやくて人を殴り殺した。もう嫌なんだよ、自分の過ちで人を殺すのは!!」
サンソンは肩の力が抜けた。
体面とかじゃ、この男の善意は揺るぎそうも無い。
「……とはいえ、立場がある。真夜中だって人はいるし、目撃もされたろう。ルイ陛下のプライバシー侵害に値するぞ。まぁ、王妃様は治療するが。」
ユスターシュはちょっと弱ったが、立て直した。
「で、でも、王妃を助けるのは本来は、ルイの役目だろ!今の時代の主治医じゃダメだった!助けられんなら、未来人のアンタしかいねぇ!2人を頼む!」
参った男だ。
だが、不思議と好ましい。
一方、宮廷からユスターシュを見ていたアンヌ皇太后は、カステルモールに言った。
「カステルモール。ルイのことよ。優しいあの子は、どこから連れてきたのかしら。」
アンヌ皇太后は、ユスターシュがそば粉のガレットにフォークとナイフを使ったことで、既に勘づいていたのだ。
ルイなら、手掴みだ。
「……皇太后陛下、ご容赦を。」
「確信に代わりました。あの子は、ルイにしては、皆に優しすぎる。ルイは命を狙われているのでしょう。彼は?」
「ユスターシュ・ドージエ、王の従兄弟です。」
「ドージエ公の子……ルイは、あんな風には笑わないわね。私は彼を補佐します。」
「皇太后陛下」
「カステルモールよ。どうか、あの子を守ってあげてください。全て終わったら、身内だけでクレープのサロンを開きましょう。もちろん、ルイだけではなく、ユスターシュとも、です。」
翌日、早朝。
フランスの日課といえばミサである。
貴族であろうと早起きして聖堂の長椅子に並ぶのだ。
パンを抱えたショワジーが、貴族達にパンをちぎって手渡して行く。
貴族達は困惑した。
クリスマスでも無いのに、いきなり聖体礼拝だ。
ショワジーは賢いが、独自の神学の解釈を持ち、度々貴族達は困惑している。
「さぁ、皆さん。イエス様の聖体礼拝は何回なさっても神々しいものですわ。そもそもクリスマス聖体礼拝など、ローマ帝国の豊穣祭に合わせて作られただけです。多いに信仰を深めましょう。それでは」
ショワジーはパンをちぎって信徒に配った。
「イエス・キリストのからだ。」
「アーメン。」
普段から夜更かし型の貴族達は、ショワジーの説教の最中、うつらうつらと、半分寝ている者もいた。
「聖体礼拝は終えましたか?それでは、天の父の教えを説教致します。神の子イエスは、あらゆる悪魔の誘惑に打ち勝たれました。しかし、我々人間は悪魔の誘惑にはかないません。わたくしたちには美しき芸術、楽しい賭博、魅惑の愛人を、無視出来る程の覚悟はろくに無いのです。だからこそイエス様は強く気高くあられ、神の子に相応しくいらっしゃいます。」
はじめて参加したユスターシュは、一見、平静を装ってはいたが、隣に来たカステルモールに小声で尋ねた。
「なんだ?あのだいぶ変わったシスターは。シスターが神父の代わりなのか?」
「我が王。彼は仲間です。性自認は男性の女装癖がある神父ですが、頭は賢く、アカデミー・フランセーズで入賞をしております。」
「ほぅ。あの、ムチムチバディのセクシーな女神父が……男?あのボインはなに?人間って不思議ね?」
「シラノがヴァテールの無力化に成功しました。王妃達の仇は、彼が明かすでしょう。」
「俺は……余は早くミサから帰りたい。王妃とルイズを巻き込んだ、とてもミサなんて気分ではない。」
「我が王ならば、近づかぬこと。バレエに励まれよ。4時から舞台です。」
「ルイとは……冷酷なのだな……」
「いえ。例え、ルイがルイズの傍に付きっきりでも、俺とコルベールは忠言するだろう。ルイは人間であっても私情は許されない、フランス王なのだ。王妃に関しては繋がりは政治。心で結婚する訳にあらず。」
「……よい。マリー・テレーズは結婚記念日だと言った。観に来ると。そんな日にバレエを欠席出来ぬ。」
カステルモールは心臓がドキリとした。
ルイには無くてユスターシュにはあるもの。
義理立ての心だ。
息子には諦めていた、熱い男の器。
カステルモールは溜息をついて、迷いを払った。
何を考えている。
ルイを守る。俺の使命は、それだけだと言うのに。
ミサを終えたフィリップ殿下は、欠伸をしながら退席していく。
昨晩は深夜まで、赤ちゃんのベビードレスの針仕事だ。
「やはりショワジーは好きですが、早起きだけは、苦手ですわ……」
懺悔室。
順番待ちをしていた熱心な信者が、ようやく入ることが出来た。
「神父様、聞いてください。他言無用にお願いします。」
「ええ。ここでは全ての秘密は守られます。どうぞ。」
「罪を犯しました。私は配下のヴァテールに毒をもらせ、誤って人を二人殺めました……」
「続けて」
「私の一族は、この時代の王に全てを奪われました。王を殺します。正当な報復です。神は、お許しになられますか……」
「主は寛大な方。貴方の罪を赦し、改心を望まれるでしょう。」
「ああ……天にまします、我らの父よ」
「主はお赦しになられた。でも、わたくしが貴方を許しませんわ。」
いきなり、懺悔室の窓が開く。
神父側から顔隠し窓を開いたのだ。
美しい、女のような神父と、目が合った。
次の瞬間、ショワジーは仕込み扇を振るい、罪人の喉を掻っ切った。
血しぶきを背に、懺悔室を出て来る。
あぁ、嫌だ。
本当に嫌です。
血なまぐさい仕事など、二度とお断りです。
「本日の懺悔はこれにて、終了となりますわ。わたくし、持病をこじらせました。お待ちの皆さんはこちらに署名を。後からわたくしが訪問致します。」
懺悔室の列はショワジーに署名してから解散した。
サンソンが歩み寄る。
「ショワジー。フーケ一族を見つけたのか?」
「生臭い遺体を片付けてくださいまし。わたくし、本当に血に酔いましたのよ。」
サンソンが入ると、死にかけた男が告げた。
「私……我が、弟が……一族の意思……遂げるであろう……」
「弟だと?誰だそいつは、おい!」
男が死んだ。サンソンはショワジーを睨み、尋ねた。
「弟が意思を遂げるそうだが?聞き込みが甘いんじゃないのか?」
「わたくしだって知りませんわ。懺悔では何人家族かまでは、誰もお話にはなられませんもの。」
「弟が現れるとしたら?」
ショワジーはぼんやり考えた。
「今宵の陛下の舞台ではありませんこと?舞台の陛下は、ガラ空きですわ。わたくしならばきっとそこを狙います。」
今夜四時!ルイとリュリのバレエ演目、その時!!
カステルモールは銃士隊に貴族のナリをさせ、劇場の至る所に配置した。
「こちらカステルモール。銃士隊の配備、完了した。」
薄型通信機からサンソンの声が聞こえた。
「了解した。カステルモール殿、通信機には慣れましたか?」
「慣れぬ。だが、使わねば任務にならぬのであれば。」
「失敬。こちらサンソン。わたしの上司、ナポレオン・ボナパルトから2人乗り時空転移装置を回収した。帰りが私と罪人になるかどうかは、あなた方次第だが。」
開幕の合図が鳴り響く。
指揮者が指揮し、演奏が始まった。
「……」
舞台袖、リュリはユスターシュに言い聞かせた。
「特訓通りに。焦るな。私がリードする、ついてこいむきたまご。今の自分は王だと思い込め。バレエに抜かりのない芸術の神、美しくて罪深い通り越して徳高い!……そうだ。」
リュリとユスターシュは舞台袖から踊りながら出て来た。
ユスターシュの見事なバレエに、誰もがルイでは無いと気づかずに、思わず見惚れて溜息を漏らした。
解毒したマリーテレーズも、特別席で見に来ていた。
(無事だったんだな……)
その時だった。
リュリが、アイトゥアイでユスターシュに異変を知らせる。
(気をつけろむきたまご!!)
(え?余のバレエにぬかりなど……)
舞台袖から誰か、踊りながら出て来たのだ。
黒い髪に、美しい顔立ち。見事なバレエ。
(だ、誰……!?)
リュリの演目に、この男の配役はいないはず。
サンソンはカステルモールの元に駆け寄った。
「フーケ一族の弟だ!大胆にも舞台の上に!!」
「銃士隊は動かせない。」
「何故です?」
「ルイの命令だ。銃士隊はルイのバレエ舞台の妨害をしない。」
つまり、ユスターシュ対フーケ一族弟!!
リュリは指揮者に合図。
演奏はアドリブで、激しいテイストに変わる。
バトル編に相応しいミュージック。
暗殺者は、踊りながらナイフを突き出した。
客席が異変に気づく。
「暗殺だ!」
「陛下が死んだら、フランスは!?」
リュリはユスターシュを支え、合図した。
(ドゥヴァン!)
ユスターシュは身体を斜めにし、足を突き出し、蹴りを入れた。
暗殺者が一撃を受け、ナイフを落とす。
(プリエ!ドゥヴァンプリエ!!)
ユスターシュは足を曲げて突き出し、蹴りで暗殺者にたたみかける!
フィリップ殿下はうっとりと見惚れた。
「なんて優雅な戦いかしら……お兄様にしか、とても出来ませんわ……」
「陛下がバレエで戦っている」
「あくまで舞台は陛下のもの」
(2人で行くぞむきたまご!!ロン・ド・ジャブ・アン・レール!!!)
リュリとユスターシュ、息のあった動きで、まっすぐ伸ばした足を空中で半円蹴りにして見せた!
挟み撃ちで半円蹴りを食らった暗殺者は、脳震盪で倒れる。
客席から拍手喝采の嵐が沸いた。
「陛下がバレエで撃退なさったぞ!!」
「太陽王万歳!!」
「フランス王に喝采を!!美しきルイ陛下に祝福あれ!!」
ユスターシュはリュリと舞いながら、感じていた。
(これが……王の撃退!これが、芸術か……!!)
ユスターシュ、リュリの助力により、暗殺者を撃破!!
刑期、残り115年ッ!!!
舞踏会は名を改め、国王夫妻結婚記念舞踏会に。メニューはユスターシュの計らいで、多くがマリー・テレーズの好物であるチョコレート菓子に。舞踏会では、ユスターシュは意識的にマリー・テレーズの元に行く。
ルイズのことも心配だが、ルイズの側にはルイが必ず行くだろう。
「陛下……今宵は一段と勇敢なバレエでした。」
「余の敵は、余が決着をつけるのが当たり前のこと。リュリのおかげでもあるが……マリー・テレーズよ、身体は大事ないか?余が勧めたばかりに、毒の被害に遭わせてしまったからな。」
「わたくしも、ルイズさんも、元気になりました。陛下がわたくし達を助けるために、二人一緒にとても腕の良いお医者様にみせてくださったからです。」
「……すまぬ。デリカシーの足らぬ人間だな。」
「いいえ。貴方は人道をなさいました。命を、等価に見なされたのです。助けられて、誰が文句を言えましょう。わたくしは……わたくしの命は、ルイズさんには到底及ばないと思っていました。ただスペインとの交渉材料に、淡々と主治医がつく。淡々と日々が過ぎる。」
「マリー・テレーズ……。苦しかったろう。」
マリー・テレーズもまた、確信を抱いた。
「……貴方はだれ?陛下ではない人。貴方だけが、わたくしの日々を変えてくれました。」
「……余のことはルイ、と。」
「ルイ。1曲、踊ってください。」
「……そこまでは練習が……余は、ルイと違ってワルツは下手だぞ。」
「わたくしがリード致しますから。さぁ、貴方。手を、とってくださいまし……」
国王夫妻の為に、貴族達が自然と席につき、広々としたホールが譲られた。
「スペイン女、踊れたのか……」
「……そこまで悪くなくない?」
「笑うと、意外と美人だ」
ユスターシュはマリー・テレーズのリードの元、ワルツを踊る。
初めてだ。
自分のしたことで、誰かがこんなに幸せそうに笑うことが。
その日は、ユスターシュにとっても、特別な記念日になった。
「ダトス。何故急ぐ?帰るには早いぞ、また喘息発作がくる。」
帰り支度のダトスに、カステルモールが宥めた。
「いや。街にも医者はいる。サンソン殿からは、吸入薬もたくさんもらったしな。世話になった、バッツよ。」
「なぜ、いきなり」
ダトスはしばし考え、本音を語った。
「ヴェルサイユ宮殿の銃士隊宿舎だ。滞在中に、ルイを殺そうと考えていたが……。ルイはバレエで戦ったのだろう?ラウルは、正当な決闘で負けた。あの子はお前に夢見て銃士になった、決闘の敗北は、ラウルにとって絶対だ。それは、ルイズへの愛を貫き、ラウルが死を選んだのが、我が息子の意地だということ。俺がルイを殺すのはただの過ちに過ぎんよ。」
賢いダトスは、既に私情からの殺意を乗り越えた、ということだ。
「……如何なる事情かは、ラウルのプライバシーに関与する故、話せぬことは、すまぬ。だが、ラウルは勇敢だった。俺の誉高い名付け子。ルイズ殿が愛していたのは、ラウルだったよ。それは、忘れないでくれ。」
カステルモールを安心させるべく、ダトスは父のように微笑んだ。
「バッツ、お前からそれが聞けて良かった……俺も父としてラウルの育った家を守る。街へ帰るよ。達者でな。」
そこに、訪問者が入って来た。
「ラウルのお父様……帰られてしまうのですか?」
ルイズが花を持って来ていた。
よく見れば、看病セットのバケツやタオルもぶら下げている。
「どうやら、今までお世話になっていたらしい。」
ダトスは、花を受け取り、彼女に告げた。
「ルイズさん。まずは俺の世話まで、感謝する。それから、ありがとう。ラウルを愛してくれて……あんたは、若い。未亡人は早すぎる。悲しいだけの道より、未来のある新しい恋をして構わない。恋でもいいし、剣を学んでもいいし、学問だってできる。自由だ。ラウルは、貴方を道連れに死のうなどとは思っていないよ。優しい子だった。」
ルイズは涙した。
ラウルの意思だ。
ダトスこそが、ラウルの全てを知る偉大な父なのだから。
「ありがとう、ラウルのお父様……。」
「では、な。」
ダトスは荷物を背負い、歩き去って行く。
「ラウルのお父様!次はいつヴェルサイユ宮殿へ?」
「私はラウルの父として、貴方の為にここへは来ないよ。余程の緊急事態なら、バッツを助けに参上はするかもしれないが、貴方には会わない。ルイズさん。逃げ出すも良し、ルイ側に残るも良し。貴方の道は自由だ。健闘を祈る。」
残されたルイズは、立ち尽くした。
ルイズが自室に帰ると、しばしして誰かが訪問した。
ルイズがドアを開けた。
「はい?」
「遅い時間に失礼します。ようやく、仕事から上がったもので。」
それは、シラノに助けられた機械化料理人ヴァテールだった。
「パイの……料理人のヴァテールさん?」
ヴァテールは一礼し、優しげな顔を曇らせて言った。
「深くは話せませんが……わたしは、半分機械化しており、命令書を差し込まれ、悪党の支配下にありました。わたしはシラノ殿に命令書を引き抜いてもらうまでは、ルイ陛下抹殺の為の料理人だったのです。」
ルイズは驚いたが、やがて今までを振り返り、納得した。
「驚いても、今考えたら、それはわたしだって同じです。最初にヴァテールさんに毒のパイを頼んだのは、陛下との心中の為でした……。貴方とわたしは、同罪です。いいえ。貴方が敵の洗脳下にあったならば、罪深いのはわたしのほう。」
ヴァテールはルイズを労りながら、告げた。
「その。ルイズ様、御自身を責めないで。わたしは貴方を自殺においやった、原因のパイを作ってしまった。わたしは、シラノ殿に命令書を引き抜かれて、自我を取り戻してからは、ずっと貴方に話さなければ、と思っていました。」
「え?そんなの、ヴァテールさんのせいでは、ありませんよ?」
ヴァテールは、自身の話が上手く役立つか、不安に思いながらも、話し出した。
「先人としてのわたしから、ルイズ様へのお話です。わたしは、死人が機械化されて動いているオートマタです。死因は、やはり思い詰めた挙句の自殺でした。なので、わたしの意思ならば、本来は貴方に毒のパイを作るのでは無く、こう言いたかった。どんなに辛い波に揉まれても、死にたくなるほどの衝動があっても、そこを耐えれば、意外なほど近くに幸せが待っています。わたしが正常だったら、貴方に事情を聞けた。そして、ルイズ様も。これから先は、必ず周りに苦しみを話し、自己防衛をなさいませ。少なくとも、わたしは味方です。貴方が幸せの道を見つけるまで、我々は仲間です。」
ルイズは、料理人ヴァテールの慈悲に、ボロボロ泣いてしまった。
何より、この人も辛くて自殺した人なんだ。
ルイズのことを気にかけ、味方になりに来てくれたんだ。
ヴァテールは新入りでも天才料理人で、仕事は忙しく、次期料理長にまで指名されている。
そんなに忙しい中で、仲間と言ってくれたのだ。
「ありがとう……ありがとうヴァテールさん。わたしとしては、ここで入ってもらって、せめて感謝のおもてなしをしたいのですが……ヴァテールさんには貴重な睡眠の時間もあります。如何なさいますか?」
ヴァテールはルイズを安心させるように微笑み、持参したワゴンを見せた。
ワゴンには、素晴らしい甘味の数々が。
「もてなしは、わたしから致しましょう。お部屋の中で数々のスイーツをふるまいますので、わたしがルイズ様の給仕を致します。紅茶でもショコラでも、お任せくださいね。」
ルイズはびっくりしたが、幸せそうに笑った。
ヴァテールは安堵した。
自殺などという、己もまた飲み込まれた災いから、少しでも多くの人を助けたい。
みんな、人生には浮き沈みがある。
だからこそ、些細な喜びの積み重ねが大切なのだ。
サンソンはフーケ一族の弟を逮捕し、身柄を時空転移装置に詰めると、カステルモールに一礼した。
「逮捕協力に感謝する。罪人は未来に連れ帰り、然るべき裁判のもと、刑が下されるだろう。」
「微力ながら。力になれたのは、シラノやショワジー殿や、リュリ殿だけだったが。」
ショワジーはそっけなく、踵を返して背を向けた。
「貴方の道行きに神の御加護があらんことを。そして出来れば、二度といらっしゃらないでくださいまし。わたくしは殺人なんて金輪際お断りですわ。」
「ショワジー。クロエ君は君の赤ん坊を生んだぞ。」
「養育費は送っています。ですけど、ドレスを着たわたくしが父になれるとお思いでしたら、多いな勘違いですわ。」
サンソンはショワジーを一瞥し、荷物を背負って歩きながら告げた。
「クロエ君は、赤ん坊には母親が2人と告げて育てるそうだ。私の住む未来よりも、遥か未来では……貴方が本当の女性になることも、女性同士の結婚も、あるのだろう。祝福してあげなさい。貴方は、神父なのだから。」
ショワジーは意外なサンソンの理解に驚いた。
ちょっぴりズレてはいたが。
ショワジーは性自認が男の女装癖、とは、まだよくわかっていないらしい。
「祝福は当然ですわ。わたくしの子ですもの……あぁ、わたくしの旦那様のクロエは母になってしまいました。こうなったら、わたくしは新しい恋に猛ダッシュですわ。」
カステルモールは銃士隊少数精鋭を連れて、馬車の護衛に着いた。
馬車の中ではリュリとユスターシュが、賑やかに喋っている。
「監獄でもバレエの足を忘れるな!お前のようなむきたまごは、何年もレッスンして、ようやく我が王の不調な日に追いつくぐらいだ!芸術みな努力ッ!!石は磨けばなんでも光るッ!!」
「忘れねぇよ!俺、芸術ってもんをはじめてすげぇと思ったぜ……!!」
カステルモールは中の2人に声がけした。
「静かに。出発する。この旅はあくまで秘密裏な……」
「あぁぁぁぁぁ!おぉぉぉうッ!!このリュリ、貴方様をお迎えにあがります故、今暫く!!お待ちくだされ、おぉぉぉうッ!!!」
ヴァスティーユ監獄までの道のり、静かなものである。
リュリとユスターシュは口にガムテープを貼られて、パントマイム状態で意気投合している。
銃士の1人が尋ねた。
「隊長、あれは、よろしいのですか?」
「秘密裏に連れていくのは国王の勅命だ。サンソン殿は、俺に未来のお役立ちアイテムを残したよ……」
カステルモールはガムテープを示した。
銃士は瞬きし、言った。
「使い方は違うのでは?」
「今くらい静かにさせてくれ。ヴァスティーユ監獄についたら、また騒がしくなる。」
つかの間の休息、つかの間の静けさであった。
ルイがリュリを伴って、ヴェルサイユ宮殿に帰還すると、ルイはリュリを連れたまま中庭に急いだ。
中庭で待っていたルイズは、遠目でも気づいた。
余がリュリを伴って来た時。
あれを言った陛下と、今のルイは、全く違う気がする。ルイは真っ青な顔で、ルイズを悲しませたラウルの死を、ずっと背負ったまま、時が止まっていたように。
あぁ。
わたしは今まで誰と話していたんだろう。
ルイ陛下の代わりの人だ。
良い人で良かった。
生きて、ルイ陛下に、会えて良かった。
「ルイズ!そなたに危険が及んだらしいが!」
ルイズは、ルイを安堵させるような、温かな笑顔で迎えた。
「わたしは、陛下を待てましたよ。陛下の代わりの人が、助けてくれましたから。だから、陛下にわたしの気持ちをお伝えします。聞いて、いただけますか?」
リュリが飛び出して妨害した。
「なりませんよ我が王ッ!!こんな公然の中庭で愛を語るだとか、しかも女ッ!!クキィィィッ!!!」
「リュリ。席を外し、デザイナーとバレエ衣装の打ち合わせを。余もこの後は政治でスケジュールが詰まっている。そう長くはかからぬ。」
リュリはハンカチを噛み締めながら激怒を抑える。
「お短く!なさってください!!では、わたしは王のご命を果たしに、デザイナーとバレエ衣装の打ち合わせに参ります!」
リュリが去ると、ルイはルイズの隣に座り込んだ。
ルイズと共に植えた花々が、芽吹いている。
「そなたが、水やりをしてくれたのか?」
「はい。陛下の大事な花々ですし。あちらの陛下は、お花には関与なさらないので。」
「やはり、アレが余では無いとわかるのか。……ヴェルサイユ宮殿には?伝わっておらぬか?」
「大丈夫ですよ。身近な人にしかわからない誤差でしたから。」
ルイはルイズの笑顔を見て、心から安堵した。
「余を待っていたのか。……ラウルのことは?」
「ラウルの死は、陛下のせいではありませんでした。避けてしまって、ごめんなさい。わたしが原因であり、そして、わたしにも選択権がある。」
「……謝るな。ルイズよ、選択権、とは?」
ルイズは意を決した。
「わたしはラウルを好きでしたし、わたしへの愛で生涯を閉じたラウルへの、裏切りには値しますが。……わたしは、陛下とラウルの決闘沙汰を見ていました。そこで、すでにわかっていました。わたしは陛下の人間性が好きです。国王でありながら、人間らしく悩み、人並みの優しさが持てる貴方が。わたしが陛下を選ぶ、という、選択権ですよ。」
ルイは感極まって、ルイズを抱きしめた。
「愛している。仮に、彷徨う余の一時の感情だとしても。今は本当だ。愛してる、ルイズよ。」
ルイズもまた、幸せを感じていた。
「わたしも愛してます。貴方を、支えられる喜びを、わたしにください。例え、一時的だとしても。わたしは幸せです。」
未来に帰ったサンソンは、さっそくフーケ一族弟を刑務所に連行し、罪状を報告し、裁判の手続きを済ませた。
それだけ全部やって、疲れているし、屋敷で休みたい。
だと言うのに、皇帝ナポレオン・ボナパルトに呼び出された。
サンソンは、不機嫌に現れた。
一日の締めくくりに、フルチンの皇帝には、誰だって会いたくは無いだろう。
「なんの用で?フーケの裁判は明日のはずだ。」
ナポレオンは帰ろうとするサンソンを引き止めた。
「待て待て!機械化料理人ヴァテールに差し込まれた命令カートリッジだが、出処が判明したぞ。」
「……なに?」
ナポレオン・ボナパルトは得意げに鼻の下を擦った。
「世は情報化社会!皇帝の依頼に応えぬ企業無し!こんな時ぐらい俺の権力を役立てろ、サンソンよ!」
「それはどうでもいい。解析結果を。」
ナポレオンは報告書を読みながら答えた。
「パピヨン・ド・ニュイ社製、オートマタ用命令書カートリッジだそうだ。俺が派遣した密偵の話では、次々に墓荒らしが起きて、死体を機械化している。フランス国民もまだまだ王家を嫌悪していたらしい。確かに演説で公開するには早過ぎた。死体の機械化は兵力、国民が兵力集めを始めたということだな。そして、パピヨン・ド・ニュイ社も調査済だ。この企業の裏には、自らを革命の士と呼ぶ秘密結社ラルヴが関わっている。俺よりお前が詳しいんじゃあないのか?いや、俺も革命の市民だけれども。お前は死刑執行人だ、数々の死刑に関与しただろ?」
サンソンはラルヴと聞いて怯んだ。
「ラルヴ。現存する革命の士……よもや、ロベスピエールやサン=ジュストが機械化で蘇生していたら、指導者になりかねん。革命後の地獄の再開だな。」
「うむ。ラルヴにとってフーケ一族は序の口だ。カートリッジ自体の生産数は100を超える。」
「100……ルイ14世陛下を守る側の未来人も、私だけでは追いつかない。陛下。シュヴァリエ・デオンを召喚してください。」
ナポレオンは嫌がって怯んだ。
「えぇ~!デオン!?あの口やかましい剣豪の婆さんか?」
「彼女ならば必ずや力になってくれるでしょう。王家に仕えた忠実な僕、竜騎士デオンであれば。」
とある大富豪の屋敷の広間にて。
毎日のように、見世物の決闘が行われた。
「ブラボー!おぉ、ブラボー!!素晴らしい剣術だったな!!」
若き血潮たける決闘広間には、アンティーク品のようなレイピアを下げた老婦人が、厳しいまなこで剣を繰り出す勇姿達を見ていた。
「なんだ?何故決闘広間のエントリー側に、おばあちゃんがいる?死んでしまうぞ、追い出してやれ。」
「よせ!あの老婦人は俺たちが束になってもかなわねぇよ!!知らねぇのか?」
老婦人は立ち上がり、慄いた剣士がボヤいた。
「深紅のレイピアは返り血がこびりついてもう取れねぇって噂だ。あの老婦人こそは竜騎士デオン、現役の剣士だぜ。」
デオンのまなこは何を映すのか。
今は亡きアントワネットとルイ16世の残像か。
王家に捧げた白百合の剣、昔の面影いまいずこ。
「……わたくしの剣が、哭いていますね。予兆でしょうか。大任が来るならば、よろしいのですが。」
そして。
ルイ16世からいただけるはずであった、昔の年金、いまいずこ。
……コンティニュエ!!!
ペルペテュエル・フランス劇場
昼と夜は 割れて 仮面を幾度すり変えた
三日月と太陽は 絶えず廻り争う
本性 何人と知る だまし絵グラン・ギニョール
私の得意なクラヴサン 今宵は王に捧げましょう
この音色で陶酔し 薔薇王踊るはメヌエット
夕暮れの溜息は まるでマノン・レスコーの憂鬱
薔薇の宮廷に縛られた 貴族という名の駄犬達
王の気まぐれ 寵愛を 皆が皆手には出来ないの
ミサでは聖ジャンヌに祈り 然して王は主に成り代わり 薔薇王汝は神の使者 王権は聖典とすり変わった 天使の彫刻 王を畏怖
昼と夜は 割れて 仮面を幾度すり変えた
三日月と太陽は 絶えず廻り争う
本性 何人と知る だまし絵グラン・ギニョール
舞台の上で舞うのは どちら?
めくるめく仮面 トロンプルイユ
詩人と銃士の二役を担う 我探るはレゾンデートル
月面世界と太陽の 哲学は如何な詩になろう
我語る愛の詩は 人知れず咲くロクサーヌに捧ぐ
何人と知らぬ我が愛は 仮面の果て 宵に隠れる
耽美な薔薇王 お生まれは この身の咎か 誰ぞ知る
愛しいアンヌよシルヴプレ 父は我が身か 不実の はたまた ケルク・ショーズ
昼と夜は 割れて 仮面を幾度すり変えた
三日月と太陽は 絶えず廻り争う
本性 何人と知る 見世物デゼスプワール
舞台の上で今宵は どちら?
ひしめく 権化の トロンプルイユ
淫らに白いド・サンシー 男装の妻は夫です
神父は纏う マリアージュ だけど 肉欲淫猥お手のもの
アポロンは王に
王は 神に
神はバロックに君臨す
清き王冠に
背徳の寵姫
薔薇王黄昏凱旋門
わたしの可愛いブルビエガレよ 宗教世界を我が手におくれ
ジュリアン・ソレルも覆す 真の王国 ご覧あれ
剣ではなれぬ 聖典には先が 権力の頂上 この身は神の代理人 わたしの手にかかったならば 枢機卿は皆マリオネット
昼と夜は 割れて 仮面を幾度すり変えた
三日月と太陽は 絶えず廻り争う
本性 何人と知る だまし絵グラン・ギニョール
舞台の上で舞うのは どちら?
めくるめく仮面 トロンプルイユ
第1話 快男児トロンプルイユ
18世紀、フランスッ!!
ルイ14世のヴェルサイユ宮殿建築から始まる財政難は、ルイ15世、ルイ16世の代でも立て直すどころか、戦争費用が民を圧迫!!
国民の苦しみを理解する優しきルイ16世は、アメリカ独立戦争後に財政難の立て直しに着眼し、ルイ13世が勝手に廃止した三部会を復活させた。
三部会とはッ!!
第1身分、聖職者!
第2身分、貴族!
第3身分、平民!
これらを招集し、王が意見を求める会議であるッ!!
しかし、第1身分と第2身分は特権階級!
彼らは税金を納めずとも許されていた!!
ルイ16世の考えは、国民の平等性に近く、彼ら特権階級からも税金を取ろうという政策であった!!
しかし特権階級は猛反対し、多数決で勝る第3身分と対立!
第1身分から1票、第2身分から1票、第3身分から1票、と、自陣に有利な多数決にルールを改変したのであるッ!!
これに激怒した第3身分、平民達は、王の命令である三部会から勝手に離脱し、自らを国民議会と名乗り、自分達の法律が決まるまで会議を続行するという、テニスコートの誓いを立てた!
大勢の代表がいる平民達が集まれる程の広い場所は、テニスコートぐらいだったのだ!
しかし、ルイ16世は命令違反に軍隊を出さねばならないッ!!
同じ意見の味方同士でありながら、ルイ16世には国王の責務があるからだ!!
これに抵抗した平民達は、勢いに乗って群衆となり、ヴァスティーユ監獄を陥落させたのだッ!!!
自分達、政治犯の収容先は、ヴァスティーユ監獄に他ならないからであるッ!!
アメリカ独立戦争にも参加したラ・ファイエットの理想論に国民は平等への情熱を燃やし、パリのあちこちで革命の戦いが始まっていた!!
だが当の国王、ルイ16世は、パリから20kmも離れたヴェルサイユに帰っており、特別、危機感が伝わって来ない有様だった!
彼はパリの惨状に実感が湧かず、まだまだ狩猟に出て遊んでいたッ!!
ここで高名な彼女の名を出すべきであろうッ!!
彼女抜きには、18世紀フランスは語れないからであるッ!!
それが、ルイ16世の伴侶である、無邪気な王妃マリー・アントワネットであったッ!!!
ロココ調のドレスやファッションは、彼女の趣味嗜好から贔屓してきたデザイナー、ローズ・ベルタンによるッ!!
マリー・アントワネットはまさにロココ代表の文化的貢献者であった!!
しかしッ!!
ルイ16世の代の散財は、アメリカ独立戦争の支援だけではなく、マリー・アントワネットの遊びや、趣味嗜好に深く関与していた!!
博打やファッション、アクセサリー!彼女の楽しみは計り知れない破産を生み出した!!
彼女が国民の苦しみを理解してからは、自粛し、ヴェルサイユ宮殿の庭に作られた田舎、プチ・トリアノンの中で慎ましく遊んでいたが、それまでの散財は消せる訳では無く、国民の目の敵にされた王妃マリー・アントワネットは、オーストリア女と蔑まれ、憎まれていた!!
しかも、散財に留まらずッ!!
マリー・アントワネットは、スウェーデン大使ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン伯と熱愛し、生涯の愛を捧げた!
また一方では、女性同士の恋愛ブームに乗り、ポリニャック伯爵夫人と熱愛!
ルイ16世はマリーを一筋に愛していたが、そもそもがフランスとオーストリアの同盟の為に捧げられたマリーとは、政略結婚であり、幼い頃からの運命である。マリー・アントワネットに選択の余地が無かったことを、彼は深く理解しており、マリーに恋愛の自由を認めていた!!
だが!!
貴族や国民は、そんなに心を広くして見れない!王が不憫で仕方ない!ルイ16世を慕う者程、王妃への憎しみは募るばかりであるッ!!!
マリー・アントワネットは、フランス中を敵に回してしまったと言っても、過言では無かった!!!
ついに、パリでは更なる問題が発生する!
戦時中であるパリに、商人達が入りたがらず、パリは深刻な小麦不足に陥ったのだ!
小麦が不足して、パンの物価が高騰し、パンが手に入らないのである!!
これに激怒したのは、ラ・ファイエット達国民議会では無く、パリの若い女性達であった!
フランス女性は強い意志を持ち、賢く、揺らがない覚悟がある!!
王政である限り!全ての責任はパリを放置している国王にあると見抜き、女性達はヴェルサイユ宮殿に向かって進軍を開始した!!
これが、ヴェルサイユ行進であるッ!!!
女性達がヴェルサイユ宮殿に押しかけると、この緊急事態に、ルイ16世は狩猟から帰ってきて、マリー・アントワネットはプチ・トリアノンから宮殿に戻った。
ルイ16世は女性達の代表数名と対面し、要求を聞き入れて、ヴェルサイユの食料庫を解放!
しかし、集まった民衆は、ルイ16世にバルコニーから顔を見せるように要求した!
応じなければ、暴動が起きる状況下である!!
ルイ16世がバルコニーに現れると、民衆は満足し、国王万歳の喝采が上がる!
しかし、民衆は王妃マリー・アントワネットをも、バルコニーに出せと要求!!
国民に憎まれているマリー・アントワネットがバルコニーに出るのは、かなりの危険が伴っていた!!
だが、王妃の責務として覚悟を決めたマリー・アントワネットは、バルコニーに出て、民衆にお辞儀をしたのであるッ!!!
民衆はその覚悟から、彼女を讃え、王妃万歳と喝采を上げた!!
だが、どちらにせよヴェルサイユ宮殿の暮らしは終わりを告げる!
国王一家はパリに連行され、ルーブル宮殿の暮らしへ!
マリー・アントワネットは最後にヴェルサイユ宮殿から愛するポリニャック伯爵夫人を逃がし、彼女を守りきった!
やがてルイ16世とマリー・アントワネット一家は、戦時下のパリ暮らしに気が参った!
そこに駆けつけたスウェーデン大使フェルゼン伯は、オーストリア領ベルギーへの亡命計画を持ち出した!
オーストリアはマリーの実家であるし、マリーの優しき兄、神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世に助けを求めるべく、フェルゼン伯は作戦を進行していた!
ルイ16世とフェルゼン伯は、共にマリーと家族を救うべく、手を取り合って協力す!
しかし、タイムロスが発生した!
当のマリー・アントワネットは捨てられないアクセサリーやお気に入りの荷物の厳選で、かなりの遅れをとってしまい、作戦に漏れが発生し始めた!
だが、ギリギリで強行し、ついに作戦決行!
良いとこの家族と、家庭教師のフリをして、馬車に乗り込み、フェルゼン伯が馬を走らせる!!
しかしッ!!!
ここでまたしてもタイムロスが起きたッ!!!
道中の質素な食事に、王家の育ちのルイ16世がギブアップ!!
家臣の屋敷でまともな食事を摂ることを要求!!
このふたつのタイムロスにより、オーストリア領まであと僅かのヴァレンヌで、ルイ16世一家は民衆に囲まれてしまったッ!!!
ヴァレンヌ逃亡事件であるッ!!!
これ以後は、王党派としてルイ16世を信じ続けていた国民達をも、国王に失望した!!
フランス革命の、真の始まりであった!!!
波乱のフランス革命期、ついに囚われた王妃マリー・アントワネットの身柄を整理し、後日の死刑に備えたシャルル・アンリ・サンソンは、王家に仕える死刑執行人の身として酷く胸を痛めながら、私室に戻り、王妃の私物を机に置いた。
中でも、チャリ、と繊細な音がし、サンソンはすべてが宝石類では無いと気づいた。
ガラス製品があったのか、迂闊だった、と、サンソンは燭台を近づけて見た。
ガラス製品は、どうやら、マリー・アントワネット王妃の耳飾りだ。
サンソンは耳飾りをつまみ上げ、首を傾げた。
「何故、フランス1の贅沢が許されるアントワネット様が、このような安物を……?」
グリーンのガラスの耳飾りは、燭台の光を受け、壁に影を描いた。
まるで、スクリーン投影だ。
「!?……これは!!」
このガラスの耳飾りの影は、光を当てる事で現れる、緻密な設計図だったのだ。
時空間移動を計算した、人間が入る前提の移動装置の設計図である。
「王妃様のみぞ知る、フランス1価値の高い代物か……誰の作品だ?」
ガラスの設計図には、こう書いてある。
時空旅行棺桶設計図
フランス軍兵器開発部門レオナルド・ダ・ヴィンチ作
我が主君チェーザレ・ボルジアの復権の為、フランス王家に捧ぐ
イタリア半島統一の為に
「16世紀だ……チェーザレ・ボルジアとレオナルド・ダ・ヴィンチの秘密兵器か!」
マリーの知性からその耳飾りをフランス1の価値としたのか?それとも、ただの趣味のアンティークコレクションだったのか?
少なくとも、処刑寸前に、マリー・アントワネットという王妃への恋に落ちたサンソンには、マリーの首をギロチンにかけた後にも、耳飾りに固執する理由があった。
サンソンは王家の断頭後も市場やオークションを探ったが、独自の調査でわかったことは、かつてチェーザレ・ボルジアに雇われるまでのダ・ヴィンチは絵もスランプ、モナ・リザだけに集中し、溺愛していた美少年の弟子サライの食いぶちにすら困っていたか、前金を貰っては描かずに逃げ、自炊の食材はこまめに節約していたほど、生活は切迫していた。
チェーザレ・ボルジアによるフランス軍軍事兵器開発部門の雇用に余程助けられたのか、恩返しに様々な発明を大量に耳飾りにして生産している。
耳飾りにしたのは、チェーザレ・ボルジアにしかわからせないための、知恵なのかもしれないが。
今は誰も知らないアンティークアクセサリーとはいえ、相当数が市場に出回ってしまっており、全回収は不可能だ。
しかも……ダ・ヴィンチならば卓上の空論も多々あるのだが、耳飾りの作品ばかりはよりによって本物しかない。空を飛ぶ小型飛空挺や、粒子流動チェーンソーや、死人を再生する機械化人間装置、などなど。その技術、その理論ならば、資金さえあれば、実現出来てしまうのだ。
ロベスピエールによる激しい政権は、フランスに多大な血を流した。やがて、ロベスピエールら当人達を民が断罪したことにより、指導者のいないフランスがあてにしたのは、エジプト帰りの将軍ナポレオンであった!
ナポレオン・ボナパルトが皇帝となり、戴冠式が終わると、改めてムッシュ・ド・パリと呼ばれる老齢期のサンソンから提出された、マリー・アントワネット王妃の耳飾りは、意図が明確となる。
サンソンが発見して購入した、対となる耳飾りには、チェーザレ・ボルジアの父である、莫大な富を有してカトリックを腐敗させた教皇アレクサンデル6世の隠し財産の在り処が記載されていたのだ。スペインが南米を虐殺してまで得た金銀財宝までも、そこには含まれている。
ダ・ヴィンチとチェーザレ・ボルジアの耳飾りは、志し半ばに倒れた彼らからの、フランスへのメッセージだ。
フランスに、アレクサンデル6世が独占してきた私財からの、大規模な産業革命を促していたのだ。
ボナパルトはアレクサンデル6世の隠し財産を回収し、耳飾りの発明品の安全な物だけは国民に公開し、フランスは大規模な産業革命を迎えて発展した。
何せ、金があれば、工場は要らない個人技術であり、民の個人個人が職人となるのだ。
サンソンは皮肉げにボナパルトを見下した。
「貴方に知らせた私が愚かだった。フランス国民はいずれ時空転移装置にもたどり着くだろう。まだまだ、ジャコバン派の悲劇は終わってはいないし、残党がいるというのに。私は、2度も王家をギロチンにかける悪趣味など持たない。」
「確かに、俺の浅はかな判断だったやもしれん。だが、これらの発明兵器があれば、フランスはロシアなど敵ではない!」
「私はロシアの話をしているのでは無い。フランス国内の話をしている。革命派がタイムスリップして王家自体を揉み消したら?」
革命側であったナポレオンからしても、これ以上の改革は悪手であった。
それほどに、ロベスピエールとサン・ジュストは、人々を殺した。
ある日、ナポレオン・ボナパルトは演説台に立った。
上半身に軍服、下半身はフルチンというスタイルだ。
ボナパルトなりの、皇帝的ファッションリーダーを目指した姿である。
「人よ!絶対王政は我らが断罪し、ブルボン王朝の時は去れり!我々は、教皇アレクサンデル6世の独占してきた私財を回収し、我らの科学を発展させた!フランスはいま世界一の産業革命のただ中にある!だが、それを悪用せんとする輩も現れるだろう!王家は王妃マリー・アントワネットの耳に、レオナルド・ダ・ヴィンチの設計図、時空転移装置をしのばせた。今のフランスならば、誰でも時空を越えられる。故に禁ず!ルイ16世ならびにマリー・アントワネットは既に処刑され、それを皮切りにロベスピエールとサン・ジュストらの過激な処刑はフランスを苦しめるばかりだった。民よ!これ以上の王家の深追いは加害者側に刑罰を与えることを告げる。ならびに、許可の無い時空移動も法律違反とする!」
フランスの民は逆に沸き立った。皆が皆技術者であり、皆が時空移動可能な立場なのである。
「時空転移ッ!!」
「皇帝陛下は逆に今、火蓋を切ったんだッ!!」
「科学万歳!ナポレオン・ボナパルト万歳!!」
サンソンは怒りから、演説から帰ったボナパルトの胸ぐらを掴みあげた。
「おい!よせサンソン」
「なんという馬鹿な真似を!民に真相を知らせるのが最善だと思ったのか!?無闇にテロリストを生んだだけだ、愚かな!」
「だが、上層部の情報操作は懲り懲りだ。革命期に共に戦った戦友達だぞ!?俺たちは、ラ・マルセイエーズを歌いながら進軍した市民だ!話せばわかる!!だいたい、時空移動は法律違反で刑罰もんだ。それに、そこまでして昔の王様を殺したい奴なんか……」
「いる。」
「ん……?」
「フランスを変えたルイ14世ならば、反王政派は何がなんでも殺したいだろう。財産難の始まりの王でありながら、ハプスブルク家を打ち破った偉大なる太陽王。彼が生きるか死ぬかで、今のフランスを決定的に改変してしまえる!自国の革命家崩れのテロリスト然り、敵国の政治家然り!これは……タイムリープ戦争の始まりだ……!!」
「太陽王か!!近衛よ!変装し、ルイ14世を話題に出した者は徹底的に密偵して参れ!技術者!2人用時空移動装置をただちに組み立てよ!一人はサンソン、もう一人は捕えた暗殺者が乗る!サンソンよ!3日で仕上げを約束する、3日で身支度と仕事を片付けて来い。死刑執行人自ら過去に飛び、罪人を捕まえて戻ることを任ず!!」
「3日の猶予は太陽王には無い。狙われるのは、未熟だった若かりし時期のルイ14世だ。まず私は1人で先行し、17世紀の環境を整える。その間にあなた方は2人用時空移動装置を組み立てなさい。」
「でも、時空移動装置は」
「一人用は持ち合わせている。助太刀は結構。アディオス。」
ナポレオン・ボナパルトはサンソンと別れてから、ふと言った。
「あいつ……法律違反じゃね?」
激動のフランス、16世紀から17世紀において!!
後の太陽王、ルイ・デュードネは生誕す!!
同性愛者の父ルイ13世と皇太后アンヌ・ドートリッシュは不仲の極みにあり、ルイの生誕には、夫婦になんの交渉があったかは定かではないし、ルイ13世はルイの後継人に大貴族を指名し、政権を委ねるとまで遺言を残して天に召された!
国民は当然、ルイ・デュードネがルイ13世の実子では無いとゴシップを書き連ねた!
父親はイギリス人のアンヌに恋したバッキンガム公説、いやいや、我らが英雄、銃士隊長カステルモールこと、ダルタニアン伯説、いいや、顔がドージエ侯そっくりだ、という、仮説と創作混じりの風刺画が出回った。
そんなおり、皇太后アンヌは宰相マザランと結束し、ルイ13世の遺言を破棄して、政権をイタリア人枢機卿マザランに委ねた。
しかし、地方貴族達はイタリア人マザランの政治に反感を抱き、幼い王には従わぬと、反旗を翻した。フロンドの乱の勃発である。
ルイとアンヌ、マザランは逃亡を余儀なくされ、戦争から帰ってきたコンデ公にパリを奪還してもらう。
しかし、今度はコンデ公が王にと支持され、再びパリから脱出。
原因は、地方貴族の財政の豊かさにある、とルイは学んだ。
幼いルイと若き皇太后アンヌは、フロンド解決以降、地方貴族の力を衰えさせることを、内政の課題とした。
反感を買ってきた、イタリア人枢機卿リシュリューの政治からなる、政治を怠った父王からの負債も、ルイの代で解決しなくてはならない。イタリア人枢機卿マザランから、幼いルイは政治を学び、やがてマザランに代わって、ルイ自身が政治を継ぐことをも決意。
そして、貴族達の謀反にも、正当性が必要なのである。リーダーに担ぎあげるのは、王家の血を引く人間でなければならないのだ。
そのため、幼いルイと皇太后アンヌは、小さな弟フィリップを貴族達に悪用されぬ為に、ずっと女の子として、慎ましい子に育てることにした。
人工的に、フィリップを性同一性に作り替えてしまったと言えよう。
ルイは、マザラン枢機卿のことは父のように愛しているし、聖職者故の慈愛は尊んでいる。
でも、ルイ的にはぶっちゃけまだまだ反骨精神の盛んな時期で、縛りの多いカトリックが嫌いだし、神学なんていくら勉強させられても、続けられるはずもなく。
友達とする戦争ごっこは楽しくても、銃士隊長カステルモールに習う剣術指導なんて、ルイとしては楽しくない。そりゃあカステルモールはものすごい剣士だが、それはそれ、これはこれ。
ルイは芸術を愛した。
ファッションもまた、芸術である。
フリルやレースのついた、ルネサンス期のようなパフスリーブに、更にリボンをたくさん付け足したり。
オシャレと芸術が共存する、バレエをこよなく愛し、極めて行く。
そして、常につま先立ちでいられる、ハイヒール靴を開発。リボンがついた男性用の靴として、大ブームを巻き起こす。
ところで、18世紀でサンソンが見つけた時空転移装置の設計図だが、ナポレオン・ボナパルトにより国民に公開され、さっそく誰かが法律違反を犯して17世紀に飛び、ルイ14世に接触したらしい。
「貴方様のフランスに災いが起きます!どうか、絶対王政をより強固にし、王家の繁栄あらんことを!!」
まだ幼いルイは、謁見を求めたこの男に告げた。
「そなたが預言者や、予言者の類ならば、余は信じぬ。しかし、そなたが学問から導き出した答えであるならば、余はその意見を尊重しよう。」
「私は、学者です。」
男が、王家の復活を願う王党派であったことが救いであり、ルイの暗殺には至らず、フランス王政強化の助言をしたのみで、大事には至らなかった。
しかし、これによって、歴史は少し変わり、ルイは幼いと言えるうちから、狩猟で遊びに行く場である、ヴェルサイユに宮殿を建築し始めた。
美しく!
華美に!
建築家は厳選され、これがバロック建築の代表となるのである!
ルイにとって、フランス王政強化の最優先事項とは、地方貴族の財政を弱らせることだ。
宮廷に出仕させ、ルイの管理下に置くこと。
重要な役職には、法服貴族を配置すべきだと考えた。
法服貴族とは、庶民が学問を修め、王から貴族の爵位を与えられた、純粋な貴族達と一線をかくする博識な庶民の貴族である。
純粋な名家の貴族達からは、法服貴族は侮蔑の対象なのだ。
法服貴族達の多くは、法律の為に高等法院で働くものだが、ルイはこの知識ある法服貴族を重鎮に雇用しようと考えているのである。
俗に、絶対王政とは、国民に学問を禁じるなどと、まとめられがちだが、ルイ14世は全く違っており、フロンドの乱も体感している。
ルイ自身はあまり勉強は得意では無いが、国民の学問には率先してエールを送る。
無能で馬鹿な貴族達を嫌い、優秀で知恵を貸してくれる法服貴族をより好んでいたのだ。
ルイは、17歳になると、高等法院におもむいて、自身の成人から、マザランの政治を以後はルイが行うことを宣言した。
俗に言われる、朕は国家である、などは、実際には発言してはいない。
ただ、ルイはあたかも、自分自身の健康管理のように、フランスを抱えていた。
フランスの細かな国土を初めて測ったのも、ルイである。
自ら民の様子を見に行って、魔女扱いされていた精神疾患の病人達を、宗教的な悪魔つきとは考えずに、保護施設を作ったのも、ルイだ。
ルイはマザランから政治を継ぐと、内政の為に、王権神授説を利用する。ルイはこの時期、まだまだ反骨精神があり、カトリックは好きでは無かったが、これは政策である。
神に選ばれた王なのだと主張すること。宗教と王の力を合わせれば、謀反は圧倒的に減るだろう。
ルイの画家への指示による、王権の絵画での神聖化などで、王の法律の絶対性や、天使すら王に従う絶対的な権威を、民にわかりやすく知らしめたのであった。
当面の外政、戦争だが、代々続く政治問題は、打倒ハプスブルク家である。
フランスは神聖ローマとスペインの、両方のハプスブルク家に挟まれており、常に挟み撃ちの危機に晒されていた。
ルイからしたら、神聖ローマはまだマシなほうだ。
同じフランク王国から、フランスと神聖ローマが生まれたし、教皇からローマ皇帝として戴冠された、偉大なるフランク王国のシャルルマーニュ帝を敬愛している。
だからといって、神聖ローマがローマ皇帝を名乗っているのは、ルイからしたら鼻で笑うが、とにかく神聖ローマはけしかけてこない分には、まともなのだ。
問題は過激派のスペインである。
何度和平を結ぼうとも、戦争は行われた。
ルイの母、アンヌ皇太后とて、和平の為にフランスに嫁いで来た、スペイン王家の王女である。
ルイの代でも、このスペインは外敵の最たる国であった。
そこに加え、大昔からの天敵であるイギリスも抑えなければならない。
ルイ14世は戦争好きと習う場合もあるが、あくまでこの時代では、戦わなければフランスが生き残れないのだ。
ハプスブルク家の挟み撃ち、虎視眈々と狙うイギリス。
この外敵問題をこなせるように育つべく、アンヌ皇太后はルイに友達を集めて、戦争ごっこを盛んにさせて来たのである。
しかし、ルイがマザランから政治を継いで、絶対王政が確立すると、状況は急変した。
スペインから和平条約がまたしても持ち出されたのである。
フランス王ルイ14世に、スペイン王女マリア・テレサを嫁がせ、莫大な持参金を送ることを約束してきたのだ。
しかし、ルイは全く乗り気にはなれなかった。
政略結婚である。
ルイには、既に愛し合う恋人がいたのだ。
マザランはフランス側に敵視され、精神面を家族に支えて貰うために、フランスに自身の甥っ子や姪っ子達を招いており、ルイは幼い頃から彼らを友達にし、共に勉強しながら育っている。
特にマザランの姪達は可愛らしく、皇太后アンヌが実の子供たちのように愛した。
ルイは、このマザランの姪の1人の、マリー・マンシーニを愛していたのである。
当然、政略結婚などしたくないし、マリー・マンシーニとの結婚を考えていたのだ。
ルイとマリー・マンシーニの恋は、マザランやアンヌ皇太后には予想外の事態である。
ルイの国王としての責務は、当たり前だが、スペインの和平条約を受け入れて、スペイン王女マリア・テレサを妻とすることなのだ。
マザランはルイを説得したが、ルイは初恋のマリー・マンシーニを絶対に譲らない。
仕方なく、マザランは強行策に出た。
フランスの平和の為に、自らの姪、マリー・マンシーニをナポリ王国に嫁に出したのである。
マリー・マンシーニと引き裂かれたルイは、優しいはずのマザランのそこまでの覚悟をし、冷徹なまでに強行したのは、それがフランスを守る為だからだと、理解した。
スペインとフランスの和平条約は執り行われ、馬車に乗って、遥々と長旅をしてきたマリア・テレサ王女を、ルイは国王の責務としてエスコートした。
この時、傷心のルイが国王として立派に振舞ったことは、絵画にも残されている。
正式な結婚式で、マリア・テレサはルイの妻となり、フランス王妃マリー・テレーズと、名をフランス呼びに改めた。
マリー・テレーズはルイの傷心を知らないまま、ルイに一途な愛を捧げた。
しかし、和平条約にある、マリー・テレーズと共に送るはずの、莫大な持参金は、いつまでも支払われることは、無かった。
その持参金こそは、マリー・テレーズがスペイン王家の王位継承権を捨てる為の支払いである。
ルイはこれに対し、遂にスペインに宣戦布告。
マリー・テレーズの王位継承権を主張して、スペイン領に攻め込んだ。
ちなみに、幼いルイに絶対王政の強化を求めた未来の王党派により、若きルイは既にこの時、ヴェルサイユ宮殿の完成を果たしており、パリから一家で引っ越すと、あらゆる地方から領主である貴族達を呼び集め、王家の給使人として住まわせた。
外部から一見して美しいヴェルサイユ宮殿は、素晴らしい作りの部屋は、舞踏会の間や、王家の住居だけだ。
内部の作りは細道の迷宮そのもの。
トイレは王専用が1つで、ルイの許可により、王家はこのトイレを借りられる。
だが、貴族達のトイレはたった1つ。死にものぐるいの奪い合いで、階段下で脱糞に到る者も大勢存在した。
貴族達の住まいは、王の寵愛あるものには、ベッド1つがギリギリの個室を与えられる。
女中や警備の軍人は、男女別に相部屋だ。
王の寵愛無き者は、ヴェルサイユ宮殿には住めないし、でも出勤しなければならない為、ヴェルサイユの街に出て、民家の2階に借りぐらししたり、宿屋で毎日金を払うしかない。
しかも、王からの支給金は低賃金で、宿代に足りずに、自腹を切って支払うのである。
だが、この処置からヴェルサイユの街は発展し、貴族用のホテルや、レストランが栄えた。
ルイ14世の狙い通りに、地方貴族の力を弱らせた挙句、宮廷に集めて監視しながら、務めさせる。
それこそが黄金のヴェルサイユ宮殿の真の役割であった。
ルイはある日、財務官である大貴族に招かれた。
ベル島侯爵およびムラン子爵およびヴォー子爵、ニコラ・フーケである。
ルイは最初から先入観で毛嫌いし、彼をヴェルサイユには呼ばなかったが、フーケは根っからの王党派であり、自身もヴェルサイユ宮殿で王に仕えたいあまりに、自らのルイへの親愛の証を示そうと、大屋敷でルイをもてなしたのである。
その豪華絢爛たる屋敷には、ルイは眉をしかめるばかりだ。
食事席に着くと、見た事の無い美食三昧が、どんどん運ばれてくるではないか!
ルイ14世は大食漢で、フランスきっての美食家である。死後解剖では、胃袋が普通の人間の2倍あったぐらいだ。
当時、テーブルマナーが始まり、貴族達は率先してフォークとナイフを使用していたが、ルイは子供の頃からの癖が治らず、手掴みで食事をしていた。
「こんな美食は今まで食べたことが無い!フーケよ、シェフを呼べ!!」
フーケはルイの喜びを、自分の喜びのように思い、幸せそうに微笑んで、告げた。
「身に余る光栄です、太陽王陛下。わたくしは幸運にも、良き料理人に出会えまして、陛下をもてなす幸せを与えられました。」
フーケは使用人に合図した。
「ヴァテールをここへ。」
「かしこまりました。」
しばしして、ルイはまだまだご馳走を食べていたが、シェフが忙しそうに早歩きでやって来た。
「フーケ様?このお方が、国王陛下であられますか?」
「礼儀正しくしなさい。わたくしの相手以上に、ルイ陛下に忠誠を。」
ルイはこの男が料理長なのだと気づいて、食べる手を止めた。
「料理長よ。そなたの献立はどれも、1級品の素晴らしい美食だ。褒めてつかわすぞ。献身、大義である。」
料理長は深々とお辞儀した。
「わたくしは一介の料理人、ヴァテールと申します。国王陛下より直々にお褒めにあやかり、光栄でございます。しかし、わたくしの主はフーケ様であられるので、もしわたくしの料理が国王陛下のお気に召しましたならば、どうか主をヴェルサイユ宮殿にお仕えさせてくださいますよう。」
「わたくしの世話はよいというのに。ルイ陛下、見ての通りわたくし共の忠道は貴方様の元にございます。財務官の仕事だけならず、ぜひ、ヴェルサイユ宮殿でも陛下のお役に立ちたく、願っております。神がお選びになった我らのフランス王に、祝福を。」
ルイは、ヴァテールを好ましく思った。ヴァテールにはフランス1のシェフとしての価値がある。ヴァテールが欲しい。
だが、フーケのことは脅威にしか感じられ無かった。これだけの財源を持ち、しかも人格者でカリスマ性もあるのだ。
こんな大貴族を野放しにしては、フロンドの乱どころでは無い。
ヴェルサイユ宮殿に帰ったルイは、直ちに銃士隊長カステルモールに命じた。
「カステルモール!財務官ニコラ・フーケを逮捕せよ。国家財産横領罪である。刑罰は死罪とせよ。」
カステルモールは驚き、ルイに再確認と意見をした。教育係を務めたカステルモールだからこそ、意見が許されるのである。
「死罪と?フーケ殿が一体何をしたと申すのです。陛下、短気で気がはやられてはなりませぬ。フーケ殿に失態など無く、彼は陛下の一言さえあれば、全ての財産を差し出します。人格者でありカリスマです。そもそも、国家財産横領など、財務官は代々やっております。今までそれが死罪になったことなど、1度とて無かったはず。お考え直し召されよ。」
ルイは怒りに燃えて振り返った。
「だから申しておるのだ、カステルモールよ!あの人間性にあの財力は危険分子でしかあるまいよ!第2のフロンドは防がねばならぬし、余の絶対王政に王は2人もいらぬ!!直ちに銃士隊を率いて、逮捕し、処刑して参れ!!2度は言わぬぞ!!!」
銃士隊長カステルモールは、仕方無しに銃士隊を率いて馬を出し、ニコラ・フーケの屋敷に逮捕状を持っておもむいた。
「フーケ殿。残念ですが、貴殿の誠意は伝わらず、貴殿の脅威だけがルイ陛下を脅かしてしまいました。国家財産横領罪で貴殿を逮捕する。お許し召されよ、我が愚行、我が忠道を。」
フーケはショックを受け、フーケの家族達がフーケにしがみついた。
「……そうか。わたくしはもてなすどころか、国王陛下の恐れた、フロンドのトラウマを再起させてしまったのだな……。カステルモール殿。わたくしを捕らえなさい。わたくしは最期まで、ルイ陛下のご命令を受け入れるつもりだ。わたくしの幸せは、王家から与えられた財源や仕事からなるもの。その恩義に我が命でお返し致そう。」
フーケの家族が首を振った。
「駄目よ!国王に殺されてしまうわ!!こんなの冤罪です!!捕まえないでください!!」
料理長ヴァテールも駆けつけた。
「国王陛下はどういうおつもりなのですか!?フーケ様は忠義を誓い、おもてなしをなされたというのに!!これでは、あんまりではありませんか!!!」
カステルモールは心底苦しげに、フーケを捕らえた。
「皆の衆よ!憎むならば、ルイ陛下では無く、この俺の歪んだ忠道を憎むがいい!銃士隊!馬車をもて!フーケ殿を連行する!!」
フーケは銃士隊に捕らわれて、馬車に乗せられた。
いざ、刑場までの出立の際、馬を鞭打つ御者に、カステルモールが命じた。
「馬を走らせるな!馬はゆっくり歩かせてやれ!」
「え?は、はい!」
すぐに、屋敷からフーケの家族達が追いかけて来た。
カステルモールは馬車の窓を開け、フーケに促した。
「フーケ殿。馬車はゆっくり進む。せめて、家族と充分なお別れをしてください。」
「カステルモール殿……!!感謝致します!!」
「貴方ーッ!!」
「妻よ。子供たちを連れて、わたくしの親元を頼りなさい。」
「いやだ!」
「死なないで、父さん!!」
フーケは慈愛の眼差しで家族らを見た。
「愛しいお前達よ。わたくしを幸せにしてくれて、感謝している。妻よ、わたくしが死んだ後は別の人を愛してよろしい。幸せに生きなさい。子供たちよ。修道院は嫌だろうし、この件では銃士隊も複雑だろう。学問の徒になりなさい。各自、道が決まるまでは、わたくしの親元で甘えさせて貰うといい。」
妻は首を振り、子供たちは泣いた。
「幸せだったのは、私たちのほうよ、貴方……。今は、別の人だなんて、話さないでちょうだい。」
「父さん!父さんを殺されてまで、国王の力になれと、学問の徒になれと、俺たちに言うのか!?その遺言は、あまりにも過酷過ぎるッ!!!」
フーケはカステルモールに合図し、最期の別れを告げた。
「それでも王を憎むべからず。お前達よ、刑場には来るんじゃあ無い。わたくしの死は、お前達に傷を与えるだけだ。さらば。さらばだ、愛しい家族達よ!」
カステルモールは馬車の窓を閉め、御者に馬を走らせた。
「貴方は、ルイ陛下を罵倒してもよかったはずだ。」
「王家がいたから、わたくしには幸せがあった。それで、良いのです。」
馬車が刑場に着くと、ニコラ・フーケの死刑は決行された。
カステルモールは死刑執行人の一族、サンソン家に、告げた。
「せめて痛み無く、天の父の元へ。」
サンソン家は頷いた。
「お任せください。わたし達は、死の尊厳を汚しはしない。痛み無く、済ませられます。」
ニコラ・フーケの処刑を見に、民達が群がった。
しばしして、フーケの首が落とされた。
民衆は貴重な見世物に沸いたが、カステルモールとサンソン家は十字を切って祈った。
カステルモールの率いる銃士隊とは、ルイ13世からルイ14世に仕えた近衛兵であり、近衛銃士隊という軍隊である。
マスケット銃を所持するが、基本はレイピアでの剣術を行う騎士達だ。
近代に近づくと、近衛兵は人数が限られるのだが、この時代の近衛銃士隊はあらゆる地方から集まった貴族の次男坊や三男坊達であり、大勢の組織であった。
貴族の跡継ぎは長男であって、次男や三男となると、修道院に入るか銃士隊に入るかしか、道が無い。男達は騎士道の夢を追い求め、多くが近衛銃士隊を目指した。
特に、スペインとの国境が近いピレネー山脈の方面の地方を、ガスコーニュと言うが、ガスコーニュ生まれの剣士は血気盛んで勇ましいことから、ガスコン生まれは一目置かれていた。
カステルモールも、ガスコン生まれで、若かりし日は親友達と組み、偉大な四銃士として活躍していたのである。
一方で、フーケの断頭後にルイが財務官に雇用したのが、平民の生まれの博識な法服貴族、コルベールであった。
法服貴族であるコルベールは、自身が純粋な貴族達に蔑まれているのを自覚している。
そして、出世をさせてくれた国王に深く敬意を払い、その賢さをルイの為に使って働いた。
海外進出を果たし、アメリカ植民地ルイジアナの獲得は、このコルベールの働きによる。
コルベールの財政管理により、フランスは一時的に財政難から持ち直した。
国民達は、厳しい税金の中でも、善悪はわかっている。
「戦争費用は仕方ねぇよ。国王陛下が戦いに出なきゃ、俺達はハプスブルク家に挟み撃ちだ。」
「アメリカにもデカイフランス領が出来た。今の王様はすげぇぞ。」
「まぁ、戦争に負けないでくれたら、もっと嬉しいんだが……」
「戦争はともかく、ヴェルサイユ宮殿は何なんだ?フロンドの件で、そんなにパリが嫌いになっちまったのか?」
「ルーブル宮殿があるじゃねぇか。税金の無駄使いじゃねぇのか?」
「でも、俺の母ちゃんを救ったぞ。母ちゃんは精神病で、魔女迫害をされてきたが、今は介護施設できちんと世話されて3食飯が食えてんだ。」
「だけど、なんで財務官フーケは殺されたんだよ。」
「大貴族なんか死んでもいいじゃねぇか。今の財務官のコルベールは俺達と同じ平民の生まれなんだぞ。ありがてえことじゃねぇか。」
国民の評価は様々。
だが、唯一言えることがある。
「9歳のシャルル9世の時は、ヴァロア朝が終わったぐらいだ。フロンドを越えてきた今の王様は、前代未聞の領域だぜ。」
この頃、ルイは虎視眈々とフランス領を狙うイギリスを抑え込む為、宰相ではあるが政治権力をルイに譲渡したマザランと話し合う。
マザランいわく、イギリスでは国王斬首の後、一時的な共和制でクロムウェルが独裁。民の願いで前国王の長男チャールズ2世が王政復古している。が、政治的発言力は無く、議会に軟禁された状態だ。チャールズ2世はカトリック信者で、フランスに逃げていた経歴もあり、フランス語が話せるし、良き友となれるであろうこと。そして、フランスで育ったチャールズ2世の妹のヘンリエッタ・アン王女は美しく、優れた話術を持つ才女で、カトリック信仰を持ち、同盟に娶るならばぜひヘンリエッタ・アン王女だ、という勧めを聞いた。
ここでルイは、自身の弟である、女の子として育てて来たフィリップ・ドルレアンを、政治的に活用する事にした。
フィリップ・ドルレアンとヘンリエッタ・アン王女の結婚による、イギリス王家との繋がりを図るのである。
イングランド王兼スコットランド王チャールズ1世の娘、現イギリス国王チャールズ2世の妹、ヘンリエッタ・アンこと、イギリス王女アンリエット・ダングルテールとの縁談を持ち込んだのだ。
話は外交上でまとまり、ルイとチャールズ2世は友情を誓い、すぐに親しくなれた。
当の王弟フィリップ殿下は、何にもわかっていないまま、アンリエット・ダングルテールの到着寸前まで、可愛らしいドレスを着て、穏やかに座り、親友のショワジーと一緒に、ショコラを飲みながら、フランボワーズを食べていた。
「マリー・テレーズも、御一緒にいかが?ショコラがお好きなのではなくて?」
王妃マリー・テレーズは不器用で会話も下手だったが、慈愛は深く、フィリップのお誘いに応じた。
「……ありがとう、妹姫さん。ショコラをいただきます。」
ルイからは、何と言ったらいいのか、わからない事態である。
お前は男なのだからしっかりせよ!では、ルイ側の身勝手が過ぎよう。
謀反をさせぬ為に、わざと女の子に育てたのだから。
黙り込むルイに代わって、母であるアンヌ皇太后が動いた!
「フィリップ?そろそろ、身支度をなさいね?貴方の奥さんが、フランスに着いてしまうわよ?」
フィリップは目を瞬きする。
「まぁ、お母様。わたくしに奥様はおりませんわ。女同士の結婚は、カトリックの神様が禁じていらっしゃいますもの。」
アンヌ皇太后はそーっとアプローチした。
「フィリップ?わたしは貴方に、まだ言ってないことがあったわ。貴方は、実は、男の子なのよね。」
フィリップはこれにカルチャーショックを受けて、口を手でおおった。
「まぁ……本当ですの?お母様?だから、わたくしの身体には……濃い体毛や、謎の物体が?」
「謎の物体は男の子の証よ、フィリップ。ごめんなさいね。イギリスとフランスの関係を平和にする為に、アンリエットと結婚してね?」
ルイがフィリップのお世話をする女中達に命じた。
「フィリップに着替えを。悪いが、待つ猶予は無いぞ。」
フィリップが連れて行かれながら叫んだ。
「わたくしは、女の子ですわ!いつか、王子様と結婚します!助けてください、お兄様!!あぁ、お兄様ーっ!!!」
マリー・テレーズがフィリップに同情し、両手で口をおおった。
「あの方は、優しい女の子ですのに……」
フィリップの親友のショワジーもまた、哀れんだ。聖職者ショワジーは、母親のショワジー夫人がルイに協力し、フィリップのお友達として女の子として育てた、ショワジー夫人の末の子である。
「国王陛下は王弟殿下が、男性に戻れるとお思いですか?彼女は、女の子ですわ。わたくしのような、男の自我がある女装家では、ございません。彼女は殿方しか愛せませんわよ。」
ルイもまた、反省した。しかし、疑問も抱いた。
「フィリップは、子を成せぬかもしれぬ。余と母上がフィリップを女の子にしたのだから、今更政治的な結婚話など、無理な話であった。ところでショワジーよ。そなたの母であるショワジー夫人への恩義でそなたを傍に置いたが……男の自覚があって女装していたのか?そなたは、聖職者であろうに。」
ショワジーは自己解釈の神学を説いた。
「主は万人を愛されております。わたくしのような慎ましい女の姿をした神父をも、またお赦しになられますわ。」
ついに、イギリス王女アンリエット・ダングルテールは嫁いで来たのだった。
フィリップは男の正装を着せられて、内股で弱々しく歩いてきた。
アンリエットはさっそく手を差し出した。自身の夫となる、フィリップにだ。
「チャールズ1世の娘、チャールズ2世の妹の、アンリエットと申します。フランス語は得意です、父の死でフランスに亡命したこともございますから。フィリップ殿下ですね?ヴェルサイユ宮殿を、エスコートしてくださるかしら。フランスのヴェルサイユ宮殿と聞いて、楽しみにして来ましたのよ。」
フィリップは怯んで後ずさる。
「わたくしは、女の子をエスコートは致しませんわ。友達までなら、許容しますけれど……。」
アンリエットは事情を知らない為、尋ねた。
「まぁ。女性には恋が出来ないと?殿下は、殿方がお好みですか?」
フィリップは兄の背中に隠れた。
「わたくしは、お兄様を超えるような美しい王子様としか、恋愛はしませんわ!」
「まぁ!なかなか、ルイ陛下を超える方も、難しいのではありませんか?かなり中性的な……あぁ、では、まずはお友達になりませんこと?わたし達の結婚には、両国の関係がかかっておりますし。」
「お友達なら……よろしいのですが……。」
アンヌ皇太后はこの事態に頭を悩ませた。
「うーん。わたしの夫も、ゲイだったのよねぇ。わたしは、自身の苦しみを、子供たちの世代で再現しちゃったのね。」
一方で、ルイはそれどころでは無かった。
ルイはずっとマリー・マンシーニを忘れられずに、心は彷徨って来た。
マリー・テレーズには悪いが、マリー・テレーズはろくに会話も上手くなく、不器用な女であり、ルイの傷を癒せるような妻では無かった。
ルイには、マリー・テレーズは、フランス王としての妻でしかない。
子供が出来たら、良き夫であり良き父であろうとルイとて考えてはいたが、未だにマリー・テレーズをどうしても受けつけないし、むしろ冷徹に扱ってしまうのだ。
しかし、アンリエットはまるで違う。
言葉は巧みだし、美しく、賢いのだ。
ルイは、悲しみを埋めたかったのか、アンリエットに惹き付けられた。
アンリエットもまた、自身を受けつけないフィリップよりも、ルイの魅力に惹き付けられていった。
かつて、偉大なる四銃士がイギリスまでの冒険活劇をこなし、アンヌ王妃を救った。
イギリスのバッキンガム公は、カトリック強化の為のイギリス王太子の縁談に、カトリック国であるスペイン王家との交渉に出向いたが、これは失敗に終わっている。
バッキンガム公の次の狙いは、アンリ4世の娘である、アンリエット・マリー・ド・フランス。カトリック国のフランス王女と、自国の王太子を婚姻させる為に、フランスまでやって来た。
しかし、そこでバッキンガム公は思わぬ事態に遭遇した。
ルイ13世の后である、麗しのアンヌ王妃を知り、恋に落ちたのである。
美しく若きアンヌ王妃も、同性愛者の夫とは相容れず。
それでも。
バッキンガム公とは、互いの恋など叶わぬ身分だから。
心の証にと、アンヌ王妃から自身のネックレスをバッキンガム公に渡し、2人は愛を押し殺して別れたのだった。
だが、問題はゲイの夫、ルイ13世の要求である。リシュリュー枢機卿側のスパイから、事情を知っていたルイ13世は、わざわざ、自身が贈呈したネックレスをつけて舞踏会に出る事をアンヌ王妃に要求した。
嫌がらせと、カトリック上で正式に別れる為だ。カトリックには離婚は無い。別れはつまり、不貞の断罪、王妃の死である。
アンヌ王妃の不実を言い訳に、断罪すればいいではないか。という魂胆だ。
ここで、アンヌ王妃が呼び出したのが、四銃士。カステルモール、ダトス、ダラミツ、ポルトスである。
イギリスまで旅してネックレスをバッキンガム公から受け取り、舞踏会までに帰還すること。
そこには、国王の味方のリシュリュー枢機卿のスパイ達など、様々な敵が待ち受ける。
四銃士の剣は多くの敵に打ち勝ちながら、馬を走らせ、冒険活劇をこなすのだ。
四銃士は、無事にバッキンガム公からネックレスを預かり、アンヌ王妃の元に帰還した。
アンヌ王妃は晴れてネックレスを着けて舞踏会に現れ、夫から身を守ったのだった。
ダトスは、息子のラウルの初出勤に向けて、税金の厳しい中なりに、厚切りベーコンとキノコをバターソテーし、目玉焼きをパンに乗せて、たっぷりのチーズをのせて焼いた物を出し、ラウルの特別な朝を祝った。
「すごいや、父さん!ラクレット?わからないけど、贅沢だし美味しいよ!」
ダトスは優しく微笑みながら、告げる。
「名前はわからんが、旨いのは知っている。ラウル、今日はお前の特別な日だ。ヴェルサイユ宮殿についたら、銃士隊宿舎へ。道はわかるな?」
「はい、父さん!」
「銃士隊宿舎についたら、バッツに……銃士隊長カステルモール殿に挨拶。そこまで行けば、後はバッツがお前に色々教えてくれるだろう。」
ラウルは心を踊らせた。
「銃士隊長ダルタニアン伯こと、カステルモールさん……!!ついに、僕は夢を叶えて、銃士隊になったんだ……ダルタニアン伯に会える!!」
ダトスは有頂天のラウルに助言した。
「浮かれ過ぎてやらかすなよ、ラウル。ほら、マスケット銃。襟が乱れてるぞ。レイピアを忘れるな?いいか、ラウルよ。いざ決闘に負けたら、必ず引き下がる事。道は強者に譲る覚悟を。例え色恋であっても、剣士の志を違えるなよ。」
ラウルは瞬きした。
「父さん。僕は決闘に負けません。僕の剣術は、父さんの教えた無敵の剣ですよ?」
「……まぁな。さぁ、行きなさいラウル。初日から遅刻ではバッツに顔向け出来ん。1時間早く着いても損は無し、だ。」
「はい!勤勉こそが近衛の務め、ですね!行ってきます!」
ラウルが家から飛び出して階段を降りて行くと、お隣さんちの美しい娘、慎ましいドレスに身を包んだ、幼なじみのルイズが家を出るところだった。
「やぁ、おはようルイズ!今日は綺麗なドレスを着ているんだね。」
「ラウル!貴方が家から出てく音がしたから、わたしも出ることにしたの。」
ラウルとルイズは恋仲で、もう長く付き合っており、結婚を誓いあっていた。
「ルイズは、何処へ行くんだい?」
「新しい奉公先が決まって、女中の仕事をするのよ。」
「えっ……貴族の屋敷?しばらく、会えないのか?」
顔を曇らせたラウルに、ルイズは笑った。
「ラウル、忘れたの?貴族達はヴェルサイユ宮殿に集められてるわ。そうそう離れ離れにはならないわよ。国王陛下のおかげね。わたしは、名誉ある仕事に選ばれたわ。王弟妃殿下のアンリエット・ダングルテール様にお仕えするのよ。ラウルが銃士隊宿舎の勤務と聞いて、志願したの。ヴェルサイユで会えるわ。」
ラウルが嬉しげに返した。
「それって最高だ!愛してるよルイズ!一緒にヴェルサイユで働けるなんて!」
ルイズは太陽の動きを見ながら、ラウルに告げた。
「わたしも愛してる。でもラウルは喋ってる暇はないわよ。初日なんだから早く着かないと。わたしは馬車が来るのを待つから、先に行って。」
ラウルは馬に跨り、ルイズに話しかけてから、馬を走らせた。
「それじゃ、ルイズ。ヴェルサイユで会おう!行ってくる!」
ヴェルサイユ宮殿の銃士隊宿舎に着くと、ラウルは約束の時間を待ち、ヴェルサイユ宮殿を眺めた。
噂以上の荘厳華美な、素晴らしい宮殿だ。
神様に選ばれた王が、ここには住んでいる。
自身は、その王の直属の、近衛銃士隊なのだ。
なんという栄誉であろう。
自身にも、冒険が待っているだろうか?
父、ダトスの語ってきた寝物語。
四銃士の冒険活劇。
ラウルは逆に眠れなくなって、興奮してしまう。
自身は今、夢見た舞台に上がっているのだ。
ラウルが1時間も早く来たにも関わらず、銃士隊宿舎からは、父の親友のカステルモール隊長が出てきて、ラウルに真っ先に歩み寄った。
「バッツさ……カステルモール隊長!何故こんなに早く?」
カステルモールは微笑した。
「ラウル。ダトスの事だ、1時間前行動だろ?彼は礼儀に叶った男だ、俺の父親代わりのような友だからな。よく来たな、ラウル。」
ラウルは慌てて背筋を正し、敬礼した。
「本日付けで銃士隊に配属されました!ラ・フェール伯爵ダトスの息子、ブラジュロンヌ子爵ラウルと申します!カステルモール隊長にお会い出来るこの時を、ずっと夢見ておりました!」
カステルモールは微笑しながらラウルの肩に手を置いた。
「俺は、嬉しいやら心配やら、複雑だがな、ラウルよ。銃士隊は戦いの世界だ、戦場こそが我らの在り処。ダトスの息子の君には、なるべく安全地帯にいて欲しい気持ちがある。それに、そもそも銃士隊は、行き場の無い貴族の次男や三男達の集まりだ。君の父ダトスは、ラ・フェール伯爵として自身の領地を所有しているし、君は長男で跡継ぎ息子だ。わざわざ、危険に飛び込むような身分では、無いだろう?引き返すならば、今のうちだぞ、ラウルよ。」
ラウルは敬礼したまま、誇らしげに答えた。
「我が父ラ・フェール伯爵は賢く、領地の民から税を取り上げたりは致しません。父は自ら働いた年金で生きていますし、僕も父の領民の自由を侵害は致しません。貴族とて働き、戦うもの。父の教えです。」
「やはりダトスの息子だ。立派に育ったな、ラウル。大きくなった……銃士隊の入隊を認める。宿舎に入りなさい、俺自らが案内しよう。」
ルイ14世は、この頃、頻繁に家族での集まりを作った。
晩餐会や、舞踏会。
集められるのは、皇太后アンヌ、王妃マリー・テレーズ、王弟フィリップ・ドルレアン、王弟妃アンリエット・ダングルテールである。
家族会を言い訳に集まり、ルイとアンリエットは共に時を過ごした。
寂しさを埋め合うように、愛し合った。
その日の晩餐会も、ルイはアンリエットの隣に座って、たくさん語らいながら、食事がはかどっていた。
まぁ、ルイは相変わらず、手掴みで食べているのだが。
「スペインがけしかけない限りは、明日も家族で集まろう。アンリエットよ、食後には余の自慢の庭園を見せてやろう。」
「まぁ、陛下のご自慢の庭園ですって?光栄ですわ。イギリスでもガーデニングは愛すべき文化です。陛下の美的センスですから、さぞかし美しい庭なのでしょうね。」
「うむ。庭師にはこだわったし、厳選したからな。まぁ、開拓中で、今後更に庭園を素晴らしいものにするつもりだが……余が自ら手入れをする場所もある。余は、薔薇を愛している。四季咲きであれば尚良い。果実の実りや花々は美しく、戦に疲れた余の癒しだ。」
「わたしも、薔薇は大好きですのよ。でもわたしの祖国と言ったら、薔薇好きは薔薇好きでも、テューダー朝が成立する前の薔薇戦争だなんて、妙な内乱を起こしていましたが。あのイギリスをまとめる兄も苦労してることでしょう。ルイ陛下のフランス統治は素晴らしいですわ。安定した絶対王政の中で、安心して薔薇を鑑賞出来ますもの。」
ルイはこのアンリエットの賢さが好きだった。会話に躊躇う心配が無い、アンリエットは知識人だからだ。
「アンリエットのステュアート朝の前か。イギリスのテューダー朝の家紋は二重の薔薇であったな。薔薇戦争で王位継承争いをした両家の家紋を、合わせたのであろう?」
「はい。ですが、いらない内乱ですよ。初めから両家で結婚すれば済む話です。あぁ、少し酔い過ぎたわ。ルイズ。レモン水を。」
「かしこまりました。」
ルイは大食漢で、アンリエットと会話を楽しみながらも、手づかみでご馳走を食べていたが、ルイズがアンリエットにレモン水を運んでくると、ルイはルイズに気づいた。
「アンリエット様、レモン水でございます。」
アンリエットは更にルイズに要求した。
「あと、靴が痛いわ。楽でも美しいものを探して来て。」
「大丈夫ですか?先に、お御足を手当て致しましょう。」
「そう?じゃあ、お願い。」
ルイズの優しそうな顔は、顔だけではなく、行動に表れている。
ルイズはアンリエットの足を手当てし、慈愛の眼差しで告げた。
「もう大丈夫です。わたしが、美しくても、柔らかい靴を取って参ります。すぐに、良くなりますわ。」
ルイは思わず引き止めた。
「待つがよい。アンリエットの女中よ、名をなんと?」
ルイズは国王陛下に話しかけられて戸惑い、アンリエットに目で伺った。
「ルイズ。わたし以上に礼儀を払って、お答えしなさい。貴方が素晴らしい働きをしたから、陛下のお気に召したのでしょう。」
ルイズはアンリエットに一礼し、ルイに深々とお辞儀した。
「わたしはアンリエット様にお仕えする、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールと申します。」
ルイは改めて、ルイズの顔立ちや慎ましく健気な様子を見て取った。
清らかな美しさが、そこにはある。
まるでラファエロの描いた聖母子画のような。
「ルイズよ。そなたの温かな優しさが、アンリエットに助力した。見事な働きである。」
「有り難きお言葉をあやかり、光栄でございます。……あの。国王陛下。わたしは一旦失礼して、アンリエット様の靴を、取りに行っても?」
アンリエットとルイが頷いた。
「いいわ。」
「良い。熱心な働きである、余とて邪魔はすまい。」
晩餐会の後で、家族会とは名ばかりの庭の散策をした。
「お兄様……」
アンリエットとばかり話しているルイに、兄に憧れるフィリップ殿下はしょぼくれて、アンヌ皇太后がフォローを入れた。
「ルイの厳選したシェフの料理は、とっても美味しいわね、フィリップ?でも、お腹がいっぱいでコルセットが厳しいわ。お花や果実の実りを見て、歩いて消化しましょうね?」
フィリップ殿下は、基本は優しくて良い子である。母親の心配に気づいて、何とか笑って答えた。
「それは、その通りですわ。お兄様の選んだシェフは料理が美味しすぎて、食べ過ぎて病気になりかねませんもの。お庭も素敵です。この花なんて、お母様の今日のドレスにぴったりですわ。」
「あら。フィリップだって、このピンク色の花が相応しいわ。初恋を待ち続ける貴方に、ぴったりよ。」
フィリップ殿下は母の愛に、微笑んだ。
一方でアンヌ皇太后は、何とか持ち直したフィリップ殿下を連れて、独り打ちひしがれているマリー・テレーズ王妃の元に急いだ。
「マリー・テレーズ?晩餐会の料理は美味しかった?何度も、炭酸水を飲んでいたみたいだけれど……。」
マリー・テレーズは青い顔で答えた。
「食欲がありませんでした。わたくしが、到らないばかりに、わたくしの実家は戦争をしますし……陛下がどれだけ寛大でも、わたくしを愛せる箇所が、余りに、ありませんから……」
アンヌ皇太后とフィリップ殿下は慌てて励ました。
「そんなことない!!スペインは昔からああなのよ、わたしだってスペイン王女だからわかるわ!それに、ルイがさまよってるのは、わたしとマザランのせいなんだし。貴方に魅力が無いなんてことはないわ。」
「そうですわ!マリー・テレーズは優しい子です!!わたくしはアンリエットより、マリー・テレーズに、お兄様は振り返るべきだと思いますわ。わたくしにも、アンリエットを戒めない責任がありますが……もしわたくしの妻がマリー・テレーズだったら、きっといつまでもお茶会をして、仲良くするでしょう。」
一方で、家族を置き去りにして、素知らぬ顔で庭を進んだルイとアンリエットは、ルイが見せたがっていた、ルイ自らが庭師となって手入れしている、小さなスペースに辿り着いた。
勿論、この庭全体の素晴らしさには、庭師の腕があり、ルイのスペースなどは敵わないが。
ルイが愛し、こまめに世話している、薔薇や花々、梨は、見るだけでも国王の癒しであることがわかる。
戦に出なければ、フランスはハプスブルク家に支配されてしまうし、それでも、まだ若く未熟なルイは戦に勝てずに、ただの牽制にしかならず。
国王自らが政治を行う事で、財務官のコルベールらと、政治の話で日が暮れて。
ルイを愛するアンリエットには、その苦労は伝わってくる。
ルイが庭に夢中になろうが、バレエに熱心になろうが。
オシャレな服をいくらデザインさせようが、贅沢な食事を山盛り食べたって。
誰が非難出来ると言うのか?
フランスのすべてを、自力でこなしているこのルイに。
税金が負荷になる第三身分の平民達ならばともかくとして、特権階級の聖職者や貴族には、口出しする権利など一切無い。
「この薔薇は、1輪、そなたに贈ろう。根から割いては、数日しか美しさは保てぬがな。」
「ありがとうございます、陛下。小さくても、素敵な場所だわ。」
アンリエットは、いきなり吐き気に襲われ、慌てて口を抑えて堪えた。
「アンリエット?吐きそうなのか?」
アンリエットは、何とか堪え切ると、事情を説明した。
「陛下。実は、もう医師にかかっております。お腹に赤ちゃんがいる……貴方様の子です、ルイ陛下。」
ルイは、戸惑ったが、ありのままを話した。
「アンリエットよ。余には、その赤ん坊の父たる資格は無い。そなたは余を愛してくれた。以後も余はそなたを守る。だが、余がそなたに近づいたのは、悲しみを埋めるためである。余は、愛する人と引き離されて、今の妻と政略結婚をしたのだ。余はそなたを苦しめるだけの愛をそそいでしまったのだな……これ以後は、そなたの愛を利用はせぬ。フィリップとそなたの子として、余は我が子を遠目に愛し続けよう。」
アンリエットは困惑し、ルイに縋り着いた。
「陛下!愛して無くてもいい!わたしはわかっています!わたしだって悲しみを埋める為に、貴方様に近づいて、貴方様を愛したのです!でも、この子だけは!陛下の養子でもいい、貴方様の子にしてあげてください!わたしは王位などはいらない、ただ、陛下の愛を、わたしの子に与えてください!」
ルイは、アンリエットを抱え、諭した。
「アンリエットよ。フィリップを嫌うことは無い。今の余に自分の結婚が許されたなら、間違いなくそなたと添い遂げたであろう。我が子を、堂々と我が子として、愛し、育てただろう。だが、余はフランスの国王なのだ。そして、そなたもまた、王弟フィリップ・ドルレアンの妻なのだ。おそらくフィリップが男に戻れるまで、まだまだ長い時間が必要であろう。だが、弟は優しい子だ。そこは、余よりも秀でた長所である。アンリエットよ、フィリップを頼り、幸せな家庭を築きなさい。余は学習した。家族に不幸を味あわせるような、悲しみの埋め方は、やめる。次に近づくのは、家族とは無縁な者にする。」
アンリエットは泣いたが、彼女は強く、賢く。
泣き止んでから、この愛を割り切って、我が子の幸せを考えた。
「陛下。ありがとう。もう、いいわ。」
ルイはアンリエットを抱える手を離した。
アンリエットはしっかりと立っている。
「家族会は今まで通りに。でも、わたしの愛は、我が子に捧げて行きます。夫は確かに優しい人。フィリップを頼って、赤ちゃんを育てていくわ。」
「すまぬ、アンリエット。そして感謝する。そなたとの日々、余は悲しみを忘れ、幸せであった。」
「……わたしもよ、ルイ。以後のわたしは、母になる。貴方を裏切ってでも、子供を守っていくかもしれない。それでもこれは本当。愛していたし、幸せだったわ。」
2人は庭で別れた。
ルイは立ち尽くし、悲しみに、また心を塞いだ。
フィリップを呼んで、夫婦の自室に帰ったアンリエットは、つわりを起こし、フィリップが慌ててさすった。
「まぁ、大丈夫ですの、アンリエット?貴方も、美味しくて食べ過ぎましたの?」
アンリエットは涙ぐみながら、ドレスを脱ぎ、コルセットを外した。
「フィリップ殿下」
フィリップは驚いた。
「まぁ。痩せている貴方がそんなに膨らんで。コルセットの締めすぎでしてよ。苦しいのは、当たり前ですわ。」
「違うのよ、フィリップ。赤ちゃんが出来たの……」
フィリップは瞬きして、やがてため息をついた。
「お兄様の赤ちゃんですね?アンリエット。赤ちゃんを生める貴方が、正直羨ましいですわ。わたくしは、いずれは殿方に戻るのかもしれませんが……母親になれる幸せは、ありませんもの。」
アンリエットは訴えた。
「不実の赤ちゃんを、助けて、フィリップ……」
フィリップはアンリエットの恐れに気づいて、両手を握って安心させた。
「元々、わたくしには赤ちゃんが出来ませんもの。絶対に貴方の赤ちゃんを守りますから、安心なさって。こういうのはいかが?わたくしとアンリエットが、お母様になって……2人共忙しい時は乳母に。わたくしが遊びたい時はアンリエットが赤ちゃんをみる。アンリエットが遊びたいときは、わたくしが赤ちゃんをみる。」
アンリエットはフィリップの優しさに涙した。
「責めないのね。わたしを。」
「うーん。わたくし、父を知りませんが、お母様から聞いた限りでは、良い父とは思えませんでした。わたくしは、確かにアンリエットを愛せませんし、愛する殿方が出来たら、そちらに走ってしまうかもしれません。父のように、わたくしも殿方に恋を探します。でも、だからといって、最初っから父のようには、なりたくありませんわ。アンリエットとわたくしで、赤ちゃんを抱えて幸せを探すのは、ひとつの道です。わたくしはお兄様も好きです。アンリエットとお兄様の子を、幸せにしたいですわ。」
アンリエットとフィリップが結託し始めた頃。
翌日も、傷心のルイは政治の為にコルベールらの部屋に籠るが、心はスカスカに風が吹き荒ぶ。
「イギリスですが、チャールズ2世の信仰自由論に議会が猛反発し、王のカトリック思想は禁じられ、国内はイギリス国教会のみと定められております。親フランス外交へも敵視が及び、内政が波乱を呼んでいます。政権は王では無く議会へ。オランダをめぐる戦争では、我が国との秘密条約を破って敵対致しかねません。チャールズ2世自体が絶対王政をなし崩されて、財政難状態、決定権は議会持ち。行き詰まりです。ですがイギリス植民地は増えています。今のうちにイギリスを叩いてしまってはいかがでしょう?オランダ戦争で敵対せずに済みますし、東インド会社の独占にも繋がります。イギリスの支配は莫大な利益にもなりますが。」
「チャールズ2世は友だし、アンリエットの兄上だぞ?」
「あちらも我が国のユグノーに援軍を出していますよ。チャールズ2世には力が無い。イギリスは実質議会のものです。今更でしょう。」
ルイはとてもアンリエットの祖国と兄まで奪う気にはなれず、立ち上がった。
「ルイ陛下?」
「外の風を吸いに行く。一時休憩せよ。すぐ戻る。」
ルイはヴェルサイユ宮殿を歩き去り、中庭に駆けつけた。
美しい花々に、緑豊かな景色だ。
癒される。
ルイが空気を吸っていると、誰かが中庭で楽しく歌っているのに気づいた。
ルイが声の主を探して歩くと、木に寄りかかって座り、鼻歌を歌いながら、穏やかに裁縫をしているルイズを見つけた。
やはりだ。
ラファエロの描いた聖母子画のような、優しい光景。
「ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールよ。」
ルイズはルイに気づき、慌てて鼻歌をやめた。
「国王陛下……あの、勝手に中庭に入ってしまって、申し訳」
「よい。……隣に座っても、よいか?」
「勿論です!わたしがどきますから、わたしは不法侵入ですし」
「よいのだ。此処にいてくれ、ルイズよ。」
ルイズは、ルイが何か追い詰められた表情であることに気づいた。
自身が聞いていいのかは、わからないが。
なんとなく、ほうってはおけない。
「……何か、ございましたか?お辛いことが?」
「あぁ。色々とな……アンリエットを不幸にしてしまったし、今外交上では、アンリエットの兄が危うい。フランスとしては、議会に支配されたイギリス本国を叩かねばならんが、それは人としてはおかしい。余はアンリエットを不幸にした。なのに、更にアンリエットの兄まで、殺したくは無い。」
ルイズは、ルイの人間らしい心を理解し、聖母のように微笑んだ。
「ならば、国王陛下のお心に従うべきです。陛下は、アンリエット様のことで、傷ついていらっしゃいます。それ以上、踏み込んで、アンリエット様のお兄様を殺めたら、きっと悲しみは悪化してしまいますから。どうか、フランス王としてではなく、人間として、心を自衛なさってください。」
ルイは温かさに包まれた。
ルイズの優しさは、フランス王のルイでは無く、人間としてのルイを尊重してくれた。
「そうする。余は心を優先しよう。……前々から不思議だったのだが、そなたはなぜそんなに優しくなれるのだ?そなたとて、野心はあろう。富と名誉の為か?」
ルイズは首を振った。
「優しくなど。わたしは現状に満足していますよ。野心が無いから、勉学の高みに追いつかないのだーって、わたしを叱る人もおりますけどね。働いて得る達成感や、親切をして満足する気持ちを、わたしは大切にしております。」
ルイは、ルイズのようなタイプを初めて知った。
働いて、現状に満足すること。
満足など、歩みを止めてしまうだけの病だと思ってきたが、ルイズはこんなにも穏やかだ。
「そなたのような人と話すことが、こんなに楽になれるとは知らなかった。ルイズよ、歌いながら、裁縫をしていたのか?」
「あ……はい。アンリエット様のドレスを、ワンサイズ大きく仕立て直しております。室内では、フィリップ殿下も同じお裁縫をなさっておいでです。」
「フィリップが……そうか。」
しばし、沈黙し、ルイはルイズの裁縫を眺めていた。
それは、穏やかな時間だった。
「国王陛下!此処におられましたか!そろそろお戻りください、我らで勝手に話し合っても、決めるのは陛下です、我らのフランスは、ルイ陛下の絶対王政で無ければなりませんから!」
ルイは立ち上がり、ルイズに告げた。
「余は戻るが……ルイズよ。」
「はい?」
「そなたを余のものにしたい。何らかの障壁があるなら、いま申すが良い。」
ルイズはびっくりし過ぎて固まったが、やがて我に返って、ルイに申し上げた。
「お気持ちは、有り難いのですが!わたしには既に、将来を約束した人がおります。」
「余が勝つぞ。勝ってそなたを迎えよう。ではな。」
ルイズは焦り出した。
王は、ラウルに、勝つ?
ラウルと決闘でもする気なのだろうか。
ラウルは勝っても反逆罪、負けては引き離される。
いいや。ルイ陛下と接触した感じ、そんな横暴な感じは無かった。
でも、ラウルは強く逞しい。
逆に王が怪我をしてしまうかもしれない。
ルイズにしたら、どちらも嫌だ。
ラウルが手加減してくれて、勝つと、信じるしかない。
政治に戻ったルイは、きっぱりと断言した。
「余はイギリスの政権が議会のものであろうと、イギリス本国を叩きはせぬ!イギリスの東インド会社独占も許さぬ。王弟妃アンリエット・ダングルテールはフランス王家の家族であり、チャールズ2世は余の友、そしてアンリエットの兄だからである!余のすべきことはチャールズ2世の支援であり、敵対では無い!余が例え神に選ばれていようが、王が人道から大きく道を外せば、余も処刑される王の二の舞となろう!民は人道から外れた王には従わぬ!よって、フランスは今のイギリス本国に攻撃もしなければ、チャールズ2世への支援を続行する!ただし、オランダ戦争への軍事加担には、フランスはイギリス側に敵対してでも、フランスに有利な側の戦争を行うものとする!余りに見過ごせぬイギリス、フランス間の不和、イギリス議会の横暴が起きれば、我が家族であるアンリエットを使者として派遣し、必ずイギリス、フランス間の友好関係を持続し、チャールズ2世とアンリエットを守りきる!!これは、フランス王としての決定である!!」
コルベールらは、その決意に息を飲み、やがて拍手し始めた。
「王としての、素晴らしい信念でございます!」
「貴方様の絶対王政に祝福あらんことを!」
「フランス王の人道に、栄光あれ!」
ルイはまた1歩成長し、未来の栄光の太陽王に近づいて行く。
ルイは政治話が終わると、銃士隊長カステルモールを呼びつけた。
カステルモールがやって来るなり、いきなりルイは話し出した。
「カステルモールよ。余は、女中のルイズ・ド・ラ・ヴァリエールを恋人に所望する。彼女を尊重したい。」
カステルモールは瞬きし、尋ねた。
「それで?何故、俺をお呼びに?」
「調べさせたところ、ルイズはそなたの銃士隊の新米銃士ラウルの恋人だ。余はラウルに勝ちたいのだ。わかるな?カステルモールよ。」
ルイにカステルモールは怪訝な顔をした。
「ラウルに何をするおつもりであられるのか。ラウルは、俺の親友の息子です。例え陛下とて手出しはさせませんが?」
ルイは笑った。
「凄むな、カステルモールよ。そなたらのやり方は知っておる。決闘次第であろう?ラウルを連れて参れ!余が相手をする!」
カステルモールは、それはそれで制した。
ルイの向こう見ずさでは、ルイが死んでしまうからだ。
「馬鹿なお考えはお捨て下さい!陛下は俺の教え子ではありますが、実際には剣術の練習を怠けてバレエばかりをなさってらしたのです!剣にはなんの興味も持たなかったはず!ラウルは強い、四銃士のダトスが剣術を仕込んで来た剣士です!」
「勝てぬか?」
「勝てません。陛下が死にます。」
ルイは覚悟に情熱を燃やしていた。
「だが余は勝たねばならぬ。至急ラウルを呼んでまいれ!舞踏の間は人払いを!そこで、決闘を行うものとする!!」
カステルモールは銃士隊数名と、ラウルを引き連れて、舞踏の間へやって来た。
一方ルイは、血がついても構わない服に着替えており、ルイ側の応援係に仲良しの音楽作家ジャン・バティスト・リュリを。
いざ、どちらかが死に到る場合の為に、女装の聖職者、美しきアヴェ・ド・ショワジーを連れ、家族には知らせなかったようだ。
カステルモールは気がはやるラウルに、しっかりと言い聞かせた。
「いいか、ラウルよ。ルイズのことで怒っていたら、お前の剣でフランス王が死ぬ。言いたくはないが、必ず負けたふりを。女はルイズだけじゃない。陛下に勝ってもフランスが潰れ、お前が死んだら元も子もなくなる。怪我をしたフリで降参しなさい。」
ラウルは燃え盛る瞳で答えた。
「いいえ。僕は、こんな理不尽な真似をする王に仕える為に、剣術を磨いたのではありません、隊長!手加減はしますが必ず勝ちます。僕はルイズだけに愛を誓いますよ。」
ルイ陣営では、リュリが全力で喧嘩の勝ち方を愛する陛下に教え込む。
「我が王!よろしいですね?剣術でかなわなければ、パンチにキックです!!危うくなれば、敵の脚を猛烈に蹴り飛ばすのです!!バレエの動きにもあります!バランスを崩させるには、狙いは脛の下ですよ!!ダウンした敵に馬乗りになったら、拳を叩き込み続けて終了!」
「うむ。見ておれ、リュリよ。脛の下を蹴り飛ばして馬乗りでパンチ……余は勝つぞ!」
ショワジーが告げた。
「それは危うくなればですわ、陛下。元々、陛下には銃士隊長カステルモール殿の教えた剣術がございますよ。」
いざ、ルイとラウルの決闘が始まると、ラウルは手加減どころか、いきなりルイに猛剣戟。
「ラウル!!」
カステルモールが怒鳴って制しても、ラウルの熱血はおさまりはしない。
ルイは剣で受け止めることしかかなわず、とても相手にならない。
カステルモールの教えを思い出して、素早く距離を置いて剣を構えた。
ようやく呼吸が出来る。
「貴方はルイズを愛妾にしたいだけだ。」
「フランス王に恋愛が許されぬと?」
「ルイズを不幸にはさせない!!」
ラウルは剣戟を再開した。
四銃士ダトスの教え子であり、今まで熱心に剣術を学んできたラウルだ。
ルイは四銃士カステルモールの教え子だが、剣術に本気になったことなど無くて。
何処からか、ラウルを探していたルイズが駆けつけた。
ラウルの猛烈な剣の嵐に、ルイが息を切らしながら後ずさっている。
ラウルのやりすぎは、第三者からでも見てわかった。
「やめて、ラウル!!」
ルイズが国王を庇って叫んだのが、逆にラウルの嫉妬の逆鱗に触れた。
「必ず貴方からルイズを取り戻してみせる!!」
剣戟は激しさを増すばかり。
ついに、ルイは浅い傷を負い始め、ブラウスが血で赤く染まり出した。
カステルモールは真剣に決闘を見ていた。
ラウルは親友ダトスの息子だ。守らねばならない。
だが、ルイは。
ルイの父親は、未だに疑問なのだ。
本当は、ブルボン王朝は既に断絶していて、ルイの父親は自分かもしれないのだ。
カステルモールは長年、ルイに仕えながら、父親としてルイを見てきた。
いざ、ルイが危うければ、助けなければ。
ラウルの剣でついにルイが尻もちをついた。
ラウルは更に剣を深追い。
トドメだ。
「やめて!!!」
「ラウル!よせ!!」
カステルモールが飛び出すが、ルイは流れるように尻もちから復帰し、屈んだまま脚を回し蹴りする。
バレエの応用だ。
「え!?」
脛の下を蹴られてバランスを崩したラウルは倒れ、リュリが愛の叫びを上げた。
「素晴らしいッ!!バレエを技に昇華しているッ!!!」
ルイは素早く馬乗りになって、剣先をラウルの首に当てて、止めた。
「余の勝ちだ。そなたに剣では勝てぬが、余にも磨いた技があった。」
ラウルはカッと頭に血が登った。
「蹴りなど認めない、馬乗りなんて不正だ!剣術への侮辱と見なします!!」
カステルモールがジャッジを決めた。
事実、ルイは自力で生き残ったのだ。
「勝者、ルイ陛下!!決闘に縛りなど無い、下がりなさい、ラウル!」
「しかし!!僕の方が強い!!」
ルイズは、初めて見たラウルの戦いに、ラウルの内面に、引いてしまった。
「ラウルよ!あくまで決闘次第なのは男側だけだ。ルイ陛下と君の自己満足の問題で、まだルイズ殿の気持ちは、君にあるのだろう!?」
カステルモールが諭したが、ラウルはルイから離れても、カンカンに怒っていた。
頭に血が登っていて、話が通じない状態だ。
「剣なら負けてません!卑怯だ!!」
「ラウル。戦に卑怯も何も無い。それは、実戦を知らない君の理想論だ。」
ルイ陣営は奇跡の勝利に湧いた。
「我が王ッ!!あそこでバレエを使われるとは!!勝利は美と芸術にこそありッ!!!」
「死者も出なかったのです。慈悲こそが美徳ですわ、陛下。」
「うむ。余は達成した。後は、ルイズの気持ち次第である。行くぞ、リュリ、ショワジーよ。」
ルイ達が舞踏の間を立ち去ろうとすると、ラウルが動いた。
「!?」
リュリは気づくのが遅れた。
ラウルの凶刃は、ルイを背後から襲う。
「ラウル!!」
ルイズが真っ青になった。
ラウルの剣は、カステルモールによって弾かれた。
剣が飛んでゆく。
「ラウル……ダトスは君に何を教えた?胸に手を当てて考えなさい。何故、騎士道精神を捨てたのだ……。」
カステルモールが悲しげにラウルに告げた。
ルイが振り向く。
「ラウルよ。……今のは国家反逆罪である。」
カステルモールも、これは庇いようが無い。
「愚かな真似を、ラウル……ルイズ殿の心は、君にあったというのに。」
ルイが告げた。
「国王への凶刃は死罪。異議はあるか?」
ルイズが飛び出して、土下座して頼み込んだ。
「どうか、ラウルを処刑しないでください!わたしが陛下のものになりますから!!どうか、ラウルに慈悲を与えてください!!」
ルイはルイズの意思を汲み、告げた。
「余は、ルイズの意見を尊重する。刑罰や斬首は無し。だが、ラウル、そなたを次の戦争で前線に配備する。逃亡は自由。そなたの剣術で、生きるか死ぬかは、そなたの働き次第である。戦場で、現実を知るがよい。」
「そんな……!」
ラウルは真っ青になった。
ルイズもラウルの前線行きに恐怖で震えながらも、自分が泣かないように、ラウルを励ます。
「拾った命だわ。その命を守って、生き残るのよ、ラウル。」
しかしラウルには、もう生きる活力が無い。
ルイズを失った。
カステルモールは、内面で苦しんだ。
ラウルのこの様子では、ラウルが危ない。
ラウルに何かあれば、ダトスはどうなる?
時代は17世紀、ルイ14世は戦も心も、波乱の渦の中にあった。
18世紀、サンソンは時空転移装置から時空調査を行う。
機器と繋がったタイプライターがオートで打たれ、機器から情報が返される。
「革命派残党からしたら、フロンドが1番狙いやすいと思ったが、問題無し。成人、政権交代も問題無し。フーケの冤罪……恨みを買ったはずだが、ここも問題無し。……発見。この時代に時空転移装置の残骸だ。脅威レベル高数値を確認。誰か飛んだな……直ちに出立する!」
創世輪廻ソラニテ論
ソラニテ ソラニテ
魂転移 創世輪廻
救済衝動 精神汚染
リチュエル 時空 ソラニテ論
粒子 転移 粒子 再構築
一からわたしを作り直す
創造輪廻 荘厳論
時空から わたしが消えた
粒子分解 薔薇時計
時空 移動 粒子 再構築
線路を走る棺桶車輪
革命からの運命打破を
ソラニテ ソラニテ
粒子分解 創世輪廻
革命情熱 他力本願
アリュシナシオン ソラニテ論
再構築 再構築 再構築 再構築 再構築
わたしだけが知る 自我 スワンプマン
天よ わたしに与えたもうな 罪悪の存在を
主よ 御心の限りこの剣は邪悪を払拭す
時を 越えて
薔薇天使 薔薇時計 薔薇時空 ソラニテ
スワンプマン スワンプマン スワンプマン
サンソンは時空転移装置の旅行先をタイプライターで打ち込んだ。
この時空転移装置は、私を箱ごと粒子転移させてゆく。
私は時空転移専門の棺桶に入り、多次元スキャナー、棺桶の車輪のスイッチを押して起動する。
薔薇の花びら時計を逆さにしてから、棺桶の蓋が閉まるのを待つ。
棺桶は、線路に従って走り出す。
蒸気を原動力に。
加速しなければならない。
多次元スキャナーを一気に通り抜けることが出来なければ、私の身体は半分失われるだろう。
棺桶は、大きな多次元スキャナーをくぐる。多次元スキャナーは、棺桶ごしに、私を観測した。
そして、棺桶ごと粒子分解が始まる。
多次元スキャナーの向こうは無。
現代、私はもう存在してはいないのだ。
指定時空、17世紀、ブルボン朝フランス、ヴェルサイユ宮殿付近へと、私は棺桶ごと再構築された。
現代、時空転移部屋では、薔薇の花びら時計の最後の1枚が、下の段へと舞い落ちた。
しばしの間があり、そして衝撃でエアクッションが広がり、私を守った。
この技術は未発達で、空高くに再構築されてしまう場合もある。着陸時に安全装置が内部で発動する仕組みだ。
ともあれ、棺桶を開ければ、ここは17世紀。
急がねば。
ルイ14世の生死は、私の手に委ねられているのだからーーー。
ラウルは、戦争で初めての実戦を体感していた。
銃弾が飛び交い、大砲が放たれる。
剣術で何が出来ようか。
敵兵の脚を狙って、倒れたところを刺し殺したって、罪に問われるはずも無い。
銃士は、たかが歩兵だ。
皆が命懸けだ。
剣術しか知らないラウルには、勝ち目が無い。
逃亡か、戦死かの、二択だ。
だが、敵前逃亡の汚名を背負って生きるなど、ラウルの気高過ぎるプライドが許さない。
自身は誉れ高き四銃士ダトスの息子だ。
「我が生涯の愛を、ルイズ、君に捧げる!!」
ラウルにとって、ルイズは愛なのか?言い訳なのか?
定かでは無い。
ラウルは言い残し、剣をかざして敵陣に突撃した。
「うぉぉぉぉぉおお!!!」
ダトスは息子が初陣で前線送りと聞いて、国王ルイに怒りを湛え、昔愛用していた剣を持ち出し、磨いた。
ルイを殺してやる。
だが、まずは親友のバッツ、銃士隊長カステルモールの話を聞かねばなるまい。
彼は裏切るような男では無い。
そこに、ダトスの家の玄関に、ノックが響く。
ダトスが剣を置いて、玄関のドアを開けて応じる。
「これを。お悔やみ申し上げます。」
配達人がダトスに手渡したのは、ラウルの戦死通知だった。
ダトスは、真っ青になり、息が荒くなる。
呼吸器が異常を来たした。
息子が、死んだ。
愛するラウル。
生き甲斐であった、我が子。
ダトスは絶望の中、息が激しくなり、ベッドに倒れた。
今のルイには、愛妾ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールがいた。
ルイは戦争から帰ると、ややこしい政治や軍議を持ち込む臣下たちを後回しにして、飛ぶように早歩きでルイズに会いに行き、2人の中庭で花々に囲まれながら、遊び、休んだ。
血飛沫の舞う戦場にいたのが、悪夢だったように。悪い夢から覚めたかの、安堵。
ルイは、ルイズが編んでくれた花の冠をかぶってみせた。
「似合うか?ルイズよ。」
「ふふ。わたしは、フランス王の王冠よりも、花の王冠の貴方が、人間らしくて好きです。」
ルイは笑いながら言った。
「ならば、花の王冠が絶えぬよう、もっと花々を育てねばな。ルイズよ、土いじりをしよう。」
2人で、中庭の土を掘り、花の種を植えていく。
夢中で土いじりし、無邪気な子供のように、ジョウロで水やりしていく。
余った水を相手にひっかけて、遊んだ。
ルイとルイズは、花々の中で横になって休んだ。
幸せな時間だ。
ルイは、伝えたくはないが、話さなければならないことがあった。
「ルイズよ。」
「はい?」
「……ラウルが死んだ。逃亡せず、大砲隊に突撃したのだと聞いた。そなたへの愛を、叫んでいたそうだ。」
ルイズは一筋の涙を流し、起き上がった。
「ルイズ」
「やめて」
ルイズは泣きながら、ルイを拒絶した。
「ラウルが死んだのは、国王陛下のせいよ!前線に送ったのは、貴方だわ!」
「ルイズ……」
「……ごめんなさい。誰かのせいだなんて、わたしがおかしいわ。部屋に帰ります。わたしを、1人にさせて。」
ルイズが立ち去り、ルイは悲しみで胸が締め付けられた。
銃士隊長カステルモールは、戦争から帰るなり、ダトスの家に馬を走らせた。
「バッツか!」
「久しいな、ダトス。こんな形での再開だが……」
「入れバッツ。会いたかった、やりきれん思いだ、酒を飲みながら話そう。」
すっかり生きる気力を無くしたダトスを慰める為、銃士隊長シャルル・ド・バッツ・カステルモール、祖父の名を借りればダルタニアン伯は、ダトスのアパートで酒を飲みながら、ラウルの死に到る事情を話した。
「フランスにおいて不倫は文化だ。ルイは自分が寵姫を抱えながら、何故ラウルを殺めた。ルイズの愛人くらい認めていいはずだ。」
「いいや。ラウルは不倫を良しとしない、ラウルがルイを許せないんだろう。逃亡すれば生きられた。だが、ラウルはルイズへの生涯の愛を言い残して、大砲隊に突撃したという。」
「後から手出ししたのはルイだぞ。王弟妃殿下の直後だ。彷徨い過ぎではないのか?」
「……否定出来んよ。ルイのハートは、脆く、王の器では無いのかも。」
ダトスはカステルモールの意見を、自分に巻き込んでしまったことに気づき、諭した。
「おい、バッツ。俺の為だろうが、お前は銃士隊長だぞ。危険な発言はよせ。国家反逆罪は俺一人で充分だ。親友を死なせたくはない。」
しかし、酒に酔ったカステルモールは次々と、内心を暴露した。
親友だ。決して誰にも口を割らない男だと、知っているからこそだ。
「ダトスよ。俺には陛下がまるで違う世界に見える。武人と宮廷人、まさに違う世界なのだろうよ。皇太后アンヌ陛下が住まうヴェルサイユ宮殿で、寵姫にうつつを抜かすルイ陛下は……あの馬鹿王め。何が舞踏会、何がアポロンの扮装か。」
「バッツよせ。俺の心臓をおかしくする気か?お前は近衛銃士隊隊長なんだぞ。俺みたいな、過去のしがらみじゃあない。誰が聞いてるかもわからない街中の家だ。馬鹿王はやばい、フランス王がお前まで殺したら、残された俺はどうなる?」
「……すまぬ、ダトスよ。愚痴に愚痴で返してはならぬ身と、わかってはいながら、な。」
「違う世界で上等なんだ、バッツよ。俺たちは剣に身を捧げたもの。……忠誠を誓った王に息子は殺された。俺はお前まで殺されたら、かつての銃士隊制服を着て、ヴェルサイユ宮殿にルイを殺しに行くぞ。」
「悪かった。すまないダトス、慰めるはずが、あぁ。俺を育ててくれた父親代わりの親友よ。せめて希望を無くさず、生きて幸せになってくれ。あぁ、こんな時あのエセ神父がいたら心強い。あいつなら上手いこと言ってまとめるだろうからな。ダラミツは今やどこで何をしてるんだか。」
「スペインで公爵に。あいつの野心は相変わらずのようだ。ポルトスしか連絡が取れない。」
「やはりしぶとい男だ。公爵様ならば、俺達にアヒル一羽でもご馳走してくれても良いものを。」
「野心家だ、期待するな。それに、俺の歳ではアヒルは胃に重い。税も増えたし、ラウルに飯を作る日課も消えた。日に日に、粗食になっていくばかりだ。」
「食欲が無くても食わなくては。ダトス、何も食えぬでは死んでしまう。俺を1人にしないでくれよ。」
「ハッハッハ……バッツ、若いな。飯は3日食わなくても死なんよ。だが、病は別だ。身体も心も、病には勝てぬ。」
「心……」
カステルモールは、以前ルイが建てた介護施設を思い出した。
話しかけても何も言わないような、死んだ目の民や、イカれた奇人変人を、魔女迫害から助けてやり、ルイは彼らを「精神疾患」と断定し、悪魔つきでは無いと言った。
彼らを世話する介護施設にいれて、ベッドを与えて休ませたり、飯を食わせたりを、国民の税金で行っている。
もしかしたら、息子を失ったダトスも?
余りの悲しみで、心が病に犯されているのか?
王に話してみよう。慈悲があればダトスが安全になる。
ダトスがいきなり立ち上がった。
「はっ、はっ、はっ」
息が荒くなり、苦しそうに、胸を抑え込む。
「!どうした、ダトス!?」
「わか、らん。はっはっ、息子の、死亡通知が、はっ、はっ、来た、時間帯だ。あの日、から、はっはっ、息が、はっ、はっ、はっ」
「なんてこった。待っていろ!直ちに医師を……」
ダトスの家の玄関にノックが3回響く。
「誰だ、こんな時に!」
カステルモールがドアを開けて怒鳴ると、老齢期の身なりのしっかりとした男が立っていた。
「カステルモール殿ですね?私はシャルル・アンリ・サンソンと申します。平常時は、自宅の医院で医師を務めている。友人を診せてくれ。」
カステルモールは眉を釣り上げた。
サンソンの名は、王家に仕えていれば知っている。
「死刑執行人のサンソン家か?」
「はい。だが、同時に医師でもある。」
「入ってくれ。急患がいる!」
ダトスを診たサンソンは、ダトスの胸を触り、ただちに吸引薬を処方した。
「これを1日に3回吸って。良くなるまでは、ベッドで安静に。彼の身内は……誰か、看護できる者は?」
「彼の息子が死んで、看護できるのは俺しかいない。……ダトスは、息子を失ってからこの症状だという。心の病なのか?」
サンソンは真剣に語った。
「きっかけが心の病でも、身体が連動する。喘息だ。彼は、本来ならば、入院してもらいたいぐらい重めだ。長らく発作を放置したんだろう。」
「ダトスは喘息持ちではなかった。」
「息子さんを失って、心労で過呼吸が続き、喘息まで至ったケースだ。発見が早ければ喘息まではには至らなかったはず。」
「……戦場から帰るまで、ダトスに会うための時間が作れなかった。すまない友よ。ルイが、ラウルの死のきっかけになってしまった……。不甲斐ない俺を許してくれ。」
サンソンは、きっぱりと尋ねた。
「貴方に聞いておきたい。戦場でも宮殿でも、ルイ陛下の傍を離れなかったのは、貴方が本当の父親だからか?」
「!!」
「ルイ陛下の父親候補はバッキンガム公、ドージエ公、そして貴方だ。」
かつて、カステルモールは若かりし日に、アンヌ王妃と恋に落ちた。
バッキンガム公との恋が終わり、アンヌ王妃は自分を助けてくれた銃士に惹かれたのだ。
叶わぬ恋と、身分の差があった。
2人は密会し、1度きりの夜に愛し合った。
……可能性はある。
だからカステルモールは、ルイのことを父親として見ている。
だが、それを言ったら、ルイと顔が似たドージエ公や、そしてアンヌが愛したバッキンガム公だって可能性がある。
3分の1だ。
顔はハプスブルク家の面立ちで、ルイが誰の子かは判別がつかぬもの。
「可能性を踏まえて言う。貴方はこの時代最強の剣士の1人に間違いは無い。貴方に、ルイ陛下の味方になって欲しい。私のように、未来から来た者らがいる。未来人は恐らく、ルイ陛下を狙うだろう。私は死刑執行人サンソン、王に向けられた刺客を捕える任務で、未来からこの時代に来たのです。」
未来?
カステルモールには、よくわからないが。
こういうのは、銃士隊なら、シラノが詳しい。
未来だとか、星だとか。あいつの書いてる作品自体が、カステルモールには難しいが。
「……この時代に?サンソン殿、貴方がルイを守る側で、未来からは、ルイを狙う刺客が?」
「はい。それから、王に伝言が。安全確保を。ヴァスティーユ監獄ですり変われ、と。では、他にも協力者に呼びかけねばならないので。アディオス。」
「ヴァスティーユ監獄……?おい!」
カステルモールがまだまだ理解が及ばぬうちに、サンソンは去ってしまった。
しかし、サンソンからわかったことは、王が暗殺の危機にある事だ。
カステルモールは銃士隊を呼び、心配なダトスを馬車に寝かせて銃士隊宿舎の自身のベッドに連れて行って寝かせてから、自らは銃士隊と共に、ヴェルサイユ付近の異常を調べた。
ルイ14世はまだ傷心ながらも、夜には舞台でバレエを披露した。
プロ意識が高く、壇上では決して、内面の悲しみは見せなかった。
バレエは演劇でもある。
ルイは、1級のバレエ俳優なのだ。
素晴らしいバレエに、拍手喝采を送る貴族達。
音楽はルイに心酔するジャン・バティスト・リュリである。
(王……)
ルイの舞はまだ中性的な四肢を高々と伸ばし、見事なつま先立ちだ。
(王……!王ッ!!おぉぉぉうッ!!!)
演奏もクライマックスだぜ。
リュリ、絶頂である。
フィリップ殿下は、今夜はルイズがいるからと、アンリエットからの許可をもらって、お兄様の舞台の観劇に来ており、兄の美しいバレエに感動していた。
「ああ、麗しのお兄様。いつか、赤ちゃんが育ったら……わたくしにも、お兄様のような王子様は現れるのかしら?ね、ショワジー?聞いていて?」
美しきアヴェ・ド・ショワジー神父は、谷間も露なドレスを着て、フィリップ殿下に同伴し、微笑みを返した。
「フィリップ殿下ならばきっと、素敵な殿方がお現れになりますわ。天の父に誓って。慈愛の人は、主によって報われますのよ。」
「まぁ、お上手なこと。さて、お兄様の素敵な舞台は終わりましたし、ショワジーは舞踏会にはいらっしゃいますの?ご馳走を食べながら、また演劇が見れましてよ。今宵はどこの美姫がアフロディーテ役なのでしょう。」
ショワジー神父は悲しい素振り。
ちょっと前まで遊び回っていたショワジーだが、深い信仰に目覚めた。母親が死ぬ前に息子を心配し、聖職者権利と数々の修道院を金で買い、一時期丸刈りになって神学校には行ったものの、その収益で贅沢をしていた。
お飾りのサロンの聖職者だったのが、改めて神学の本を書いたり、神父としてミサを開いたり、きちんと活動を始めたのだ。
「フィリップ殿下のお気持ちは有難く受け取っておきますわ。ですがこの身は神に捧げた聖職者にございます。わたくしは華美な舞台も楽しい舞踏会も大好きですが、今夜は教会に戻って就寝の祈りをしたら、明日のミサの用意をしなければなりませんわ。」
「まぁ、立派な神父様になられたこと。幼なじみの貴方とは、もっと遊んでいたいですのに。貴方のクラヴサンが聴きたいですわ。きっと1度限り羽根を伸ばしても、神様はお許しになられると思いますのに。」
「またの機会にぜひ、同伴致しますわ。ではフィリップ殿下、あまり飲み過ぎませんように。また、明日の朝に教会で、お待ちしておりますわ。」
「教会もショワジーも好きですが、早起きだけは、苦手ですわ……」
ショワジーは貴族並の馬車に乗って、ヴェルサイユ宮殿から街の教会に帰ると、就寝の祈りを済ませ、燭台の灯りを消して回る。
ミサの支度は程々に。
ショワジーは鏡で鬘を整え、耳飾りをつけ直し、自身の美しさを再調整した。
教会のドアが開く。
ショワジーよりも若い少女が入って来た。
男装しており、少年にも見える。
ショワジーは、自分の恋人に男装させ、夫と呼ぶ癖があった。
「ショワジー様。ああ、美しい方。ようやく会えました。」
少女がショワジーに抱きつくと、ショワジーは慈愛の眼差しで頬を撫でた。
「愛しいクロエ、わたくしの旦那様。ああ、なんて勇ましくも可愛らしい貴方。今宵は神も許されます。さあ、寝室にいらっしゃい。愛の時間は夜半限り。わたくし達の恋は、時間に追われるものですわ。」
そこで教会のドアが開き、燭台の灯りが2人を照らしだした。
「待ちなさい!」
「!!」
「野暮な方。何処のどなたでしょうか?」
サンソンは歩み寄った。
「今夜は悪いが、密会を解散して欲しい。ショワジー神父、貴方に用がある。」
「嫌です。見知らぬ方、わたくしにものを申すならば、法王庁の許しをお取りになってください。いいえ、仮に法王様がわたくしを許さずとも、神はお許しになられますわ。」
サンソンは、クロエに気づいて、忠告した。
「法王庁を懐柔でもしたとでも?だが、そもそもが、君たちは密会どころではないな。その男装の娘は妊娠している。わかっていたのか?」
「え。クロエ……」
「ショワジー様の赤ちゃんです。私には、愛する人の赤ちゃんを殺せませんでした。ごめんなさい、ごめんなさい。」
サンソンはクロエの側に寄る。
「少し触るぞ」
「男は嫌いッ!!」
「ふむ……母子共に健康だな。ショワジー、貴方の倫理観にかけて問おう。この母子を人質にいただく。貴方に、我々側のスパイになってほしい。」
「……わたくしは」
「わかっている。貴方は男性だ。あえてふくよかに太ることで、胸の谷間を形成している。だが性的嗜好は男装した少女を好む。貴方と別れたばかりのロザリー君の件から洗った情報だ。」
「なら何故。わたくしを平穏においてください。愛する人を失う悲しみに、まだ包まれているのですよ?クロエ、赤ちゃんは里子に出しましょう。わたくしを愛していますよね?」
クロエは目を逸らした。
「ショワジー様……わたしは、母親になります。」
ショワジーは冷たい眼差しでクロエを見た後、すぐに見切りをつけ、慈愛の表情を取り戻した。
「幼子の純心無垢は神が与えられた最も清い心だとか。クロエ。お腹の中のわたくし達の天使に祝福を。マリア様の如く、良き母となってあげてくださいまし。」
ショワジーのワガママにサンソンが怒り出した。
「いい加減にしないか。聖職者でありながら、性的嗜好で人を孕ませておいて、赤ん坊を捨てさせようとして、何が神の道だと?クロエ君、出産までは当院が君を守る。わたしはこの不祥事を大目には見れない。君が協力者にならないならば、わたしは遠慮なく王に告発しよう。ショワジー。明るみに出ていいのか?」
「……あぁ、なんて意地悪な方でしょう。わかりました、えぇ、協力致しますとも。それで?わたくしがスパイで?一体誰の為の任務でございまして?」
「我々はルイ陛下を暗殺からお守りする護衛だ。君は、懺悔室を利用して情報を流してくれ。またある時は誘惑してみるといい。直に敵が現れたら、殺害は辞さない。銃士隊長カステルモール殿も我々の仲間だ。」
「ルイ陛下の護衛の為のスパイですって?まぁ、それならば……わたくしも、陛下には恩義がございますし……ですが、殺害は神の道に反しますわ。」
サンソンが厳しく言った。
「赤ん坊を里子にだすより、悪漢と戦うことは意義があるぞ?ともあれ、君は今日から王の護衛隊、その身にフランスの命運がかかっていることをお忘れなきよう。では、私には次の使命がありますので。クロエ君、ついてきなさい。出産までの安全な滞在場所に案内しよう。ではショワジー、アディオス。」
クロエを連れて行かれてしまったショワジーは、仕方なく自室でせっせと作品の執筆をした。
「わたくしが、戦い……?」
剣すら触った事が無いのに、無茶を言う。
仕込み武器が必要だ。
ショワジーは作品執筆の手を止め、知人の、法王庁のスパイであるフランス国内の売春婦宛に、仕込み武器調達の申し込みの手紙を書き始めた。
相手は直に法王様にお仕えする方で、ショワジーより身分が高い為、高貴な方に使うカラーの、ブルーのインクを使用した。
ルイが生まれる少し前だ。
フランス、ドージエ家に、荒々しい快男児が出生した。
名を、ユスターシュ・ドージエと言う。
近隣では、ドージエ公とアンヌ皇太后の隠し子では無いかと噂され、ユスターシュの母親も、何故かユスターシュには冷たかった。
王家によく似た、いや、似過ぎた顔立ち。
事実血縁もあった。
ユスターシュはルイの従兄弟だ。
ユスターシュは母の愛を知らない。周りが母親に愛されて育つのが、羨ましかった。
寂しさから、ユスターシュはグレた!
気性が荒くて気前がいい。喧嘩大将、酒場で子分に奢って金欠、なんてことも多々ある。
「よぉ!筋トレのおっさん!」
ユスターシュは当時珍しい筋トレ三昧の近隣の男に入れ込んでいた。
「ユスターシュか。なんの用だ?またスパークリングがしたいのか?」
「がってんだ!俺を鍛えまくってくれよ!」
格闘技の師匠を持つ身でありながら、その技を敵対する荒くれ者に乱用した。
貴族でありながら喧嘩三昧。
丁度、街には悪漢が蔓延っており、ユスターシュと仲間たちはこれに対抗したのだ。
「このレストランは俺の縄張りだ。てめぇらは、2倍の料金で飯を食いな!」
ユスターシュは男に飛びかかった。
「そんじゃあ、てめぇを叩きのめして、半額でいただくぜっ!!!」
ユスターシュの強さに男はボッコボコ。
「やっちまえー!!ユスターシュ!!!」
男が白目を剥いてふらつくと、ユスターシュはトドメのぶん殴り。
「よっしゃ!これでメニューは半額!!」
男は倒れて動かなくなった。
よく見たら、目玉が飛び出している。
「……おい?」
看板娘が叫んだ。
「きゃあああ!!人殺し!!!」
ついに、野郎を殴り殺してしまったのだ。
「あ……」
「死んでる」
ユスターシュは頭を抱えて叫んだ。
「……やっちまったぁ!いや、だが!近隣の噂やゴシップ雑誌では、俺は親父とアンヌ皇太后の子供説だってあらァ!!国王のルイが兄弟分の俺を死刑にする訳が、無いッ!!……無いよな??」
次に、ユスターシュは拘束され、ヴァスティーユ監獄に馬車で輸送されていた。
「刑期120年ッ!!残りの人生全部ムショ!!事実上、死刑ッ!!」
ヴァスティーユ監獄では、ユスターシュの顔を隠す為の、鉄の仮面が嵌められ、接合部を溶接し、決して外せないようにされた。
「おいおい!見えてきたぜ!?これ、殺人罪じゃねぇッ!!ルイの奴、自らが絶対王政のただ1人である為に、そっくりさんの俺を死ぬまで閉じ込めるって腹だろ!!?」
その通りであった。
ルイは話に聞いていた、自分にそっくりだと言うユスターシュを捕える機会を、虎視眈々と狙っていたと言えよう。
ユスターシュは独房に閉じ込められた。
直ぐに牢屋にしがみつく。
「出せ!!コラァーッ!!国王の横暴冤罪監禁反対ーッ!!!」
お隣さんが尋ねた。
「よ。オタク、新入りか?いきなりヴァスティーユだなんて、何やらかしたんだ?ここに入んのは政治犯だぜ?」
「うっせーぞタコゴルァ!!」
「おいおい。監獄を知らねぇな?大人しく、従順にしてれば、俺なんか葉巻ももらえたし、飯だってマトモになる。ここのマカロニグラタンはうめーぞ?刑期も2年短くなったぜ。ちなみに俺はユグノー教徒だ。外界よか暮らしはいい、刑務所じゃ信仰は自由ってな。」
ユスターシュは葉巻やマトモな飯、刑期が短くなると聞いて、椅子の座り方も優雅に足を組み、いきなり態度を改め出した。
「どうか、色んなお話を教えてください、親切なお隣さん。」
「ハッハッハ!アンタ、おもしれぇ奴だな。俺はポール。アンタの刑期は?」
「120年」
「ダメだな。2年短くなったって生きてられまい、兄さん?まぁ、マトモな飯にありつけるよう、伝授はしてやるがよ。」
「何か、国の役に立てば!俺の刑期をコツコツ清算するチャンスが!だが、ルイの野郎はただじゃおかねぇからな……!!」
ユスターシュは大人しく刑務所暮らしを過ごし、ただ祈り、待つしか無かった。時が来るのを。
再びの解説をしよう。
カステルモール率いる銃士隊とは、近衛銃士隊のことで、国王ルイ14世の直属の近衛が、レイピアとマスケット銃を持ったものである。
少年たちの夢であり、栄誉ある職種だ。
ルイはラウルとの決闘を果たしたが、確かにそれは銃士隊内部の暗黙の了解であり、しきたりは決闘だが、実はルイや父王ルイ13世は、決闘を禁止している。
ルイがラウルに対してあえて決闘を選んだのは、国王たるルイと対峙するラウルへの、平等性の為であり、別に銃士隊に決闘沙汰を許している訳では無かった。
しかし、剣よる個人の決闘はご法度だが、銃士隊は熱血漢だらけ。
剣豪程、血が騒ぐ。
かつてはカステルモール自身も決闘に出回った程だ。もっぱら今は叱りつける側だが。
「シラノ!!」
お冠のカステルモールが馬で駆けつけたのは、まさにそういった決闘騒ぎ。
片や剣も照り返す光のような美青年。
親友との乱癡気騒ぎで頬を赤らめ、艶やかな髪を翻して剣舞を辞めることは無い。
「よさないか、シラノ!!」
「お待ちを、カステルモール殿!」
カステルモールは驚いた。そこに現れたのはサンソンだ。
「サンソン殿?……未来人の?」
サンソンは頷いた。
「はい。わたしはこのまま、シラノ殿の剣の腕が見たい。どうか、彼らをお止めになられずに。」
しかしサンソンの見込み違いか、シラノは不細工銃士にコテンパンにのされてしまったではないか。
いや、違う。
不細工銃士が強過ぎるのだ。
その腕前ときたら、大剣豪である。
「クリスチャン!!お前も無謀が過ぎる、下がれ!!やめろシラーノー!!」
「!?」
サンソンがシラノだと思っていた方が、美しいだけのクリスチャン。
不細工銃士が、大剣豪シラノ・ド・ベルジュラックだ。
「吾輩も君も銃士隊が一人
吾輩は50人との決闘をも乗り越えて来たし
何度も武勲を上げてきたのだ
これ以上吾輩に挑むと言うのなら
この剣の錆になりたいか
吾輩の勝利に既に変わりはないがな」
「この詩は、こちらがシラノ殿か……」
カステルモールはシラノの頭をどつき、クリスチャンにも厳しく言いつけた。
「隊内の決闘はご法度だ。クリスチャン、またか、シラノに挑むな!」
「……ロクサーヌは俺を見てない。俺を通り抜けてシラノを見ている。」
シラノは大袈裟に肩を竦め、唄う。
「おおクリスチャン
彼女は君に心酔している
それは明らかな事だ
君は美しい
君は情熱を纏っている
彼女が自分を通して吾輩を見ているだって?
馬鹿な話だ
彼女は君を愛しているのさ
吾輩には見える、君と彼女の輝かしい未来が
言いがかりの決闘ならば100万と返り討ちだが
愛するロクサーヌへの悩みであれば、
友よ、いつだって力を貸そう
これからの、ロクサーヌとクリスチャンに永遠に幸あれ」
「……ロクサーヌに会ってみる」
シラノは事態を丸く収め、見物客達に帽子を取って一礼した。
あたかも、シラノ劇場である。
「カステルモール殿。シラノ殿をひとけの無い場所へ。話がある。」
「……だそうだ。シラノ!彼の話以後は一段と騒ぎを起こすな!これからは国王直属だ、わきまえろ。」
シラノはすかさず返した。
「銃士隊も国王直属だけどな。」
「シラノ!!あぁ、この問題児、俺の頭をおかしくしたいのか?これ以上俺を怒らせるな!!」
銃士隊隊長カステルモールも怒髪天だ。
シラノはサンソンに連れられて、路地裏に来てから、帽子を下げて一礼した。
「我が名はシラノ・ド・ベルジュラック
闘いの場にこの身を捧げてきた
同じように
詩を謳うこともこの身の全てだ
そんな吾輩に
なんの御用かおありか」
台詞の全てが詩になっている。
サンソンはようやく彼を見つけ出して安堵した。
「私は未来から来た死刑執行人のサンソンだ。この時代で最強の剣士である貴方を、国王護衛隊及びこの時代のスパイとしてスカウトしに来たのです。銃士兼詩人、シラノ・ド・ベルジュラック殿、その力を貸して欲しい。」
コルベールがヴェルサイユ宮殿の廊下を急いで歩いている。
ハイヒールの靴音が響く。
コルベールは、ルイが貴重な自由時間にデザイナーと衣装の打ち合わせをしているところへ、駆けつけた。
「国王陛下、急を要するお話がございます。」
ルイはため息をついた。
まだまだルイズの拒絶状態が続いており、ルイは傷心の身である。
平静を保っているフリは出来ても、内面が追いつかない。
だが、国王であるルイを、政治は待ってはくれないのだ。
「コルベール、またスペインか?それとも増税の問題が?いいか、余が対応するのは1時間だ。本来ならば休憩時間なのだぞ。誰ぞ、リュリを!リュリを呼べ!!」
小姓がリュリを呼んでくると、ルイは急いで歩み寄った。
「我が王!リュリはここに!」
「バレエ舞台は1時間後、予定通りに。今宵はそなたと余で登壇するのだろう?シリアスもコメディも良い。準備運動をして待っていろ、すぐ行く。」
ルイはリュリに約束してから政治に向かい、リュリは王への愛で高鳴る鼓動をステップにしながら舞台へと向かった。
王の寵愛ならばルイズにすら引けを取るまい、リュリの爆進、快進撃は止まることを知らぬ。
トスカーナで粉引きの家に生まれたが、家柄などなんのその。音楽がリュリをルイに引き合わせてくれたのだ。ルイは、天性の審美眼を持つ、芸術の神だ。だからこそ、男好きで手の早いリュリでさえ、ルイを神聖視して手を出さないし、その期待に応えようと作曲を繰り返す。
ルイのバレエこそは太陽神アポロンの化身。
リュリはいつだってまなこを閉じれば王の舞が蘇った。
見よ!
美しくも優雅な王の舞を!
讃えよ!
麗しく気高き王の姿を!
これがわ、た、し、の、、、王だーー!!!
王はわたしを寵愛してくださり
私も王を愛している
思い思われ
愛し愛されて
ふ、た、り、は、、、両想い!!!
更に寵愛をいただく為
今日もリュリは
音楽に励みますぞ!
だれも引き離せない絆
それが王とリュリ
ルイ14世万歳!
王とリュリ万歳!
リュリ、心の独白……著/燎姉
「あぁぁぁぁぁ、おぉぉぉうッ!!」
リュリの咆哮に同僚音楽家達が今日も2度見する。ヴェルサイユ午後三時、マリア様は見てらっしゃらないし、神父達もたてつけぬ、寵愛された男の禁忌の情熱であった。
政治の間にやって来たルイを驚かせたのは、ルイの剣の師匠、銃士隊長カステルモールであった。カステルモールは頭を垂れ、頭を上げて良いというルイの許可を待つ。
コルベールも訳知り顔だ。
「スペインは……口実か。どうしたというのだ?カステルモール。面を上げよ。」
カステルモールはようやく頭を上げた。
「お休み時間に失敬を。緊急事態につき、お知らせに上がりました。陛下、こちらをご覧下さい。銃士隊!」
「はっ!!」
何か棺桶のような物に布が被せてあり、カステルモールの指示で布が剥ぎ取られた。
中には、金属の箱があった。鋼の棺桶とでも言えばよいだろうか。様々な技術を用いた箱であり、蓋を開ければ、人が入れるスペースが見られた。
「……何だこれは。聖人の聖体でも入れるのか?」
「本日ヴェルサイユ近郊で発見されました。俺がある協力者から情報を得て捜索させていた……おそらく、これは時空転移装置です。」
「時空……?これは珍しい、カステルモールでもユーモアを?」
「王。私はルイズの取り合いで王が前線に送った銃士ラウルの名付け親です。ラウルの父ダトスは今、心労から過呼吸、過呼吸から喘息に発展し、私の部屋で苦しんでおります。今の私が冗談を言うように?」
「……見えないな。ラウルのことはすまない。だが、なぜ時空などと。突飛ではないか、カステルモールよ。」
「この装置を学者にも触ってもらい、解析済です。協力者がいた、と言いましたが、発作を起こしたダトスを助けた医師が、未来から来たサンソン家の死刑執行人でした。彼は王を守る側、その他の未来人は王を暗殺に来ると。今も彼は貴方の護衛をスカウトすべく、出回っております。サンソン殿から伝言が。安全確保の為、ヴァスティーユ監獄ですり変われ、と。」
ルイは察した。
ヴァスティーユ監獄でルイとユスターシュが入れ替わり、少なくとも、国王暗殺によるフランスの倒壊を防げ、ということだ。
「……!!不味い。それは恐らく、ヴェルサイユ宮殿にまで刺客がもう入り込んでいるのだ。……1時間後に舞台が。」
「代役を。リュリがフォローしながら踊ればそれなりに何とかなりましょう。」
「うむ。コルベール!カステルモール!そなたらは、余以外の誰かに話したか?」
「いいえ。陛下の信頼厚いコルベール殿以外の政務官には、スペインがらみとしか言ってはおりません。」
コルベールも告げた。
「わたくしも、カステルモール殿から聞いて、直ちに陛下の元へ。秘密は墓まで持って行きます。どうか、自衛なさってください。貴方様抜きには、フランスは両ハプスブルク家に支配されてしまいます。」
ルイは、ルイズが脳裏に過ぎったが、ルイズに知らせる余裕は無かった。
ルイズか、フランスか。
愛か、国民か。
マリー・マンシーニとマリー・テレーズで、既に学んだ道である。
国家を、天秤にかけられようか?
「コルベールよ!余の不在を誤魔化し、影武者の支援を行え!政治の再開は、余が戻ってからとする!カステルモールよ!今すぐ余を護衛し、質素な馬車を出せ!ヴァスティーユ監獄へ向かう!銃士は少数精鋭だ、よいな?」
「かしこまりました、我が王」
「お任せになられよ!」
リュリが急な代役と踊る事になり、目を白黒させている頃、カステルモール率いる質素な馬車はヴァスティーユ監獄の橋を渡り、銃士2名と、質素に変装したルイ、カステルモールは監獄に入り、ルイは王としてではなく罪人のフリをして、足掻く演技すらしてみせた。
「離せっ!!触るな!俺は無罪なんだ!!」
「銃士隊長さん。この男、罪状は?」
「刑期120年の終身刑、脱獄したユスターシュ・ドージエを収監に参った。中にいるのは、入れ替わった弟さんだ。参った家族愛だな。案内してもらえるか?」
「あぁ、アンタは仮面の紳士さんか!なるほどね。あんた仮面外しちゃダメでしょ、王の勅命なんだから。看守ー、鉄仮面持って来てー」
「あぁッ、やめろ!よくもこの美貌に鉄臭い仮面を!しかも溶接!熱い、熱いぞ!!……ちょ、おいっ!何も、仮面までは要らなかったのではないのか?」
ルイの本音が漏れて、カステルモールが返した。
「いざと言う時、身バレ防止になりますよ。」
看守はルイを連れて、カステルモールに振り向いた。
「銃士隊長さん、ここまででいいですよ。後は我々がやります。仕事なんでね。」
そうもいかない為、カステルモールはアドリブを効かせた。
「こちらも王の勅命だ。ユスターシュに条件付きの警告をしなければならない。人払いを頼めるか?」
「では、話の時だけわたし達は席を外して、銃士隊長さんは独房に。」
ルイ達がユスターシュの牢屋に案内されると、ユスターシュは飛び上がって檻にしがみついた。
「て、てめぇ……!?」
「弟よ!捕まってしまった!」
「ユスターシュを牢屋に入れろ。弟さんは我々が引き取る。まずは、人払いを。」
「かしこまりました。独房には近づきませんので、終わったら看守室に呼びに来てくださいね。」
ユスターシュはルイとカステルモールを見る。
「は……はぁ~ッ!?」
人がいなくなると、ルイは途端に汚いベッドを綺麗にすべく払い、座った。
「全く、難儀なことになったな。バレエもまた演劇、余は名優だが……薄汚い犯罪者の役などは初めてだぞ!ふん、毛布は捨てろ汚らわしい。仕方あるまい。余も、心身共に疲れてはいたしな。夏の避暑地にはなろう。」
ユスターシュはルイに対面して、怒り出した。
「てめぇーッ!!クソ国王!!おいルイッ!!よくも俺を冤罪監禁しやがったな!!!」
カステルモールはユスターシュを制し、告げた。
「ユスターシュ・ドージエよ。今日から貴君は王の影武者となり、ヴェルサイユ宮殿で英才教育を受けていただく。未来から暗殺者が来ている。貴君は、殺されるか、或いは王らしく振舞って撃退するしか、道は無いと思いなさい。」
「はーあ!?」
いきなり、未来。
しかも、自分が代わりに危ない目に遭うのだという。
「暗殺者1人の撃退ごとに、刑期5年を免罪する。つまり、活躍すれば、生前に監獄を出るのも夢では無い。どうだ?」
「は!5年!?たかだか5年だと!?ここにいる大バカ国王の身代わりに、殺されるかもしれねぇのに!?」
カステルモールは駆け引きとして、挑発した。
「おかしいな。君も武勇伝語りが出来る程の腕前のはずだ。喧嘩では負け知らず、噂では頼もしいと思っていたが……まさか、怯んだのか?」
「それとこれとは話が違う!!黄金のヴェルサイユ宮殿暮らし、そこは上等だ!!だが暗殺者付き!!俺に冤罪ふっかけてきたのはルイなんだぞ!?ルイの代わりに誰が襲われてぇもんかよ!!お断りだね!!」
カステルモールは方向性を変えた。
「……ヴェルサイユ宮殿には、花のように美しいご婦人も多くいるぞ。」
ユスターシュは顔を背けながら、しっかり考えて、尋ねた。
「……マダム?マドモワゼル?」
「例えば。愛すべきスペインの花、麗しのアンヌ皇太后」
「え、アンヌ皇太后はちょっと……。影武者したら、アンヌ皇太后が母親って設定なのに?無理言うなアンタ。」
「……王弟妃殿下アンリエット様。マドモワゼル・ルイズ。」
「……マドモワゼル・ルイズ?」
ルイが声を荒げた。
「カステルモール!ルイズを釣り餌にするな!!」
カステルモールとしては、ようやくユスターシュが食いついた名前だ。
「ルイズ殿は美しく、まだ王に見初められたばかりだ。彼女は愛するラウルを失ったばかり。つまり……わかるな?」
ルイズの弱みに付け入って、愛し合うのは容易い……みたいなニュアンスで、ユスターシュを揺さぶった。
「……顔が美人なのはわかった。じゃあ性格は?心は、美人か?」
ルイが思わずユスターシュの疑いに怒った。
「顔だけの美人などいくらでもおろう!ルイズは聖母のような、優しく温かな娘だぞ!罵ることは余が許さぬ!」
それがユスターシュの決定打となる。
「乗った。アンタ、名は?俺がルイズに好かれるにはどうしたらいい?」
「俺は銃士隊隊長シャルル・ド・バッツ・カステルモールだ。俺のことはカステルモールと。呼び捨てにしなさい、でなければ疑われよう。銃士隊のことは俺に命令を。そして、ルイズ殿に関わるならば、エレガントに振る舞え。王らしくだ。」
ルイはカステルモールをつついた。
「ルイズを釣り餌にしたな?許さんぞ、カステルモールよ?」
「しかし事態が事態、やむなき判断とお考えいただきたい。」
「……事件が終わり次第リュリを連れて来い。あれは親友だ、余が直々に話す。あの男は派手で隠密が苦手だ、カステルモールよ、お前が馬車で秘密裏に運ぶのだぞ。それから、ルイズは落ちぬ。渡さぬ。余と愛し合ってる。」
ルイは自身も確信の無い事実無根でユスターシュを牽制した。
カステルモールはため息混じりにユスターシュに告げた。
「強がりだ。ルイズ殿の中のラウルが、当面は一番の難関だろう。」
ユスターシュはろくに聞いていない。
それより、知らない名前が気になった。
「リュリって誰よ?」
ルイ14世は大のお風呂嫌いで有名である。生涯に1度だけ、嫌々水浴びをしたきりだという。
しかし、汚れ放題のユスターシュは、このままではルイの代役にはなれない。
水浴びし、ルイの美しい衣服をまとい、ユスターシュは馬車でヴェルサイユ入りを果たした。
外観にユスターシュは感動。
「すげぇー!!!なんちゅう美しい宮殿だッ!!!」
「言葉使いに気をつけろよ。優雅に話せ。それに、ヴェルサイユ宮殿が素晴らしいのは、外観だけだ。中はヴァスティーユの方が衛生的かもな。」
見た目は美しく、中身は狭苦しい迷宮だ。
延々と続く薄暗い細道。
貴族が出てくる部屋など、ドアを開けて見えてくるのはベッドだけの狭苦しい部屋。
階段下には、なんと汚物の嵐が。
ユスターシュはカステルモールに耳打ちした。
「トイレ行きたい……。」
「トイレは王の部屋まで行かなければ無い。まだ歩くぞ。いや、正確には、貴族達のトイレは1つしか無く、奪い合いだ。入りようが無い。」
ユスターシュはドン引き。
「何だ?宮殿なのに?イメージ違い過ぎだろ。ここは貴族の刑務所かぁ?や、刑務所の方がトイレあるわ。」
「あながち間違ってはいないな。ルイ陛下の狙いは貴族の弱体化にあるのだ。」
カステルモールに真っ先に連れてこられたのは、政治部屋でも自室でも無く。
コルベールが話を通したらしく、彼のそばに控えている。
そこは、ジャン・バティスト・リュリのいるバレエ練習部屋であった。
「……トイレは!?」
「後だ。陛下のスケジュールは詰め詰めです。」
リュリは愛する人と微妙に違う、いや、違い過ぎる!品の無いユスターシュを見て、ほぼ罵倒してきた。
「カステルモール殿。何ですか、このむきたまごは?王の替え玉にしてはまるでセンスゼロ!品格無し!顔さえついてなけりゃただの街の荒くれ者ですよこんなん!!」
ユスターシュは売られた喧嘩は買う男だ。
「てめぇがリュリ?」
「親愛を込めなさいッ!!我が王の寵愛、周り中知らぬ者無し!!」
「キンキン声がうるせえんだよ、この天パがよ!!」
ユスターシュの拳は、なんとリュリが片手で受け止めてしまう。むしろ、握り返す力のなんと逞しい。
「……強ぇな、アンタ。」
ユスターシュは強い奴にはきちんと敬意を払う。
「トスカーナの荒くれ者に力で叶うとは思わぬことですッ!とにかく我が王の窮地、この男を1人前のバレエダンサーに育てるしかないッ!!1秒すら惜しい……このクソダサをどこまで磨けるか!神よ、ご采配ください!始めるぞむきたまご!!アン・ドゥ・トロワ!アン・ドゥ・トロワ!!」
「は?バレエ……?」
ユスターシュは意味がわからずに怯んだが、カステルモールが言い聞かせた。
「まずはリュリの言う通りに。王はバレエの達人だ、バレエが下手では敵も騙せぬどころか、宮廷人にバレてしまう。」
コルベールもまた、挨拶と同時に告げた。
「わたしは財務官コルベールです。呼び捨てでコルベールと。バレエをクリアしてから、初めて宮殿内部をお教え致します。ただし、バレエをこなし、歩き方が美しくならねばなりません。わたしも全力で支援致しますので。」
「……バレエ?バレエね……。」
ユスターシュは、リュリの真似をしているつもりで、バーを握り、バーによって違う力の回し方で足を伸ばしてしまう。
「ノン!駄目駄目駄目ッ!!バレエ講師、こちらへ!私の代わりにバレエを。むきたまご!バーを握りしめるな!私の手をソフトに掴め。鏡を見て!講師と自身の動きを近づけろ!再開!!」
さっぱりわからない。あやふやだ。
「ダメだ!駄目駄目駄目ッ!!音感が全く感じられない!ピアノからだ!連弾を覚えろ!!」
ピアノなんて、習ってもわからない。
リュリのようには弾けない。
「感情が無いのか貴様はッ!?音色にハートを映しだせッ!!」
確かに、リュリの音色は情熱的だ。
ユスターシュは悩んだ。
俺に、何が足りない?
このままでは影武者どころではないのだ。
「今日はここまで!!今のままじゃ宮廷を歩くことすら出来ん……庭と王の自室だけ!それ以外行くな!」
ユスターシュはルイの真新しいブラウスを汗で黄ばませて、バレエとは?ピアノとは?情熱とはなんぞや、の板挟みである。芸術だの舞台だのに、こんなに体力を使うとは知らなかったのだ。
そして、便意との耐久戦で、お腹が猛烈に痛い!
「トイレをッ!!誰でもいい、トイレに連れてってくれ!!」
「わたしが!よく頑張りましたね、陛下!こちらです!」
優しいコルベールが、ユスターシュの手を掴み、王のトイレに案内してくれた。
王のトイレはキラッキラ。美しい。
内股でなんとかトイレに入ったユスターシュは、外側からコルベールに心配されている。
「大丈夫ですか?ヴェルサイユ宮殿では、朝と自由時間、寝る前しか、トイレのスケジュールは無く……さぞ苦しかったことでしょう。」
優しいコルベールだが、ユスターシュも唸りながら、責務を果たした。
「ぅぅ……コルベール!持久戦になる!先に戻って寝てくれ……!」
「それでは……お先に失礼します。ご健闘を!」
ユスターシュが荒ぶる激痛、戦いのトイレから出た頃には、もうヘトヘトで、豪華なベッドに倒れ込んだ。
2時間程、ぐうぐうと一眠りしてから、不意に起きてしまった。
「……メシ……」
腹が減ったのだ。
夕飯を食べれなかったし。
見れば、サイドテーブルには、毎日入れ替えているのか、焼き菓子や葡萄が置いてある。
ユスターシュは夢中で焼き菓子を頬張ったが、全然腹には足りず。
その時、庭を誰かが通った。
ユスターシュ慌てて剣を握り、しかし、ルイならば剣は使わないと、剣を手放してから、護身用に花瓶を持って、誰かを追いかけた。
未来から来た暗殺者かも、しれないのだ。
「……起きて、しまわれたのですね。」
その人の出で立ちを見て、ユスターシュは慌てて花瓶を隠した。
ルイからかなりの寵愛を受けているのがわかる。慎ましいドレスには高価な宝石のブローチだけ1つ付けて、それは恐らくルイの贈り物である。悲しそうだが、優しげな、聖母のような顔立ち。
「……ルイズ?」
「はい。避けてしまって、ごめんなさい……。」
ユスターシュは色恋どころでは無く、腹が減って、匂いを嗅ぎつけた。ルイズは、焼きたてのパイの入ったバスケットを持っていた。
「パイか!それをくれ!」
ルイズは必死にバスケットを守った。
「いけません!これには行き過ぎた眠剤が盛られてます!わたしが犯人で、わたしが悪いんです!!」
ユスターシュは、ルイとラウルとルイズの三角関係までは、わからない。
何故に国王に毒紛いなパイを運ぼうとしたのか、さっぱりわからん。
ユスターシュにわかるのは、自分を拉致監禁したルイの横暴さだけだ。
「なんで?あ、いや、なぜだ!たぶんに、俺、いや余が、めちゃめちゃ性格の悪いクズだからか!?」
「え。いえ、そこまでは……。わたしは、陛下を好意的にも思っております。ただ、落ち込んでいる中で、ずっと避けてしまい……銃士隊宿舎に招かれて、苦しむラウルのお父様に会いました。ラウルの死の悲しみから、逆恨みしてしまい……心中をはかりました。それでパイを。これは、国家反逆罪ですし……わたしは途中で目が覚めました。陛下は、ラウルに自力で生きろと言いました。きっとラウルが敵前逃亡しても、責めなかった。わたしは馬鹿です。断罪を受け入れます。」
ユスターシュは、ルイズの優しさや苦しみはわかったが、話自体は半分くらいしかわからず、そもそも、ルイズの愛情はルイに向けられたものだとは明らかだ。
「ルイズよ。そのパイの話は伏せたままに。今の余では無く、リュリの奴が小躍りして飛びつく余の時に、気持ちを伝えよ。今は支えてやれなくてすまぬ。」
ルイズは不審に思ったか、夜の月明かりの中で目を凝らした。
「なんだか、声の調子が悪いです。……表情も、陛下じゃない人みたい。大丈夫ですか?」
誤魔化しきれない。愛妾ルイズだ。そりゃルイを内面までよく知っていよう。
ユスターシュはアドリブを効かせた。
「なに。悲しみもあれば、愛するそなたに会えたら、余とて喜びもあろう。ルイズよ。例えそなたのパイの毒で倒れても、余は死なぬ。ただしそなたには食わせぬぞ。バレエをこなしながらそなたにパイが美味かったと囁くまでは死なぬ。」
ルイズは苦笑した。
「……身体の到る穴から血を吹き出してバレエを?陛下のユーモアは初めて聞きましたが、だいぶ危険な悪ふざけですよ?」
割とルイズがパイに盛った薬は、眠剤なんかではなく、危険な代物だったらしい。
ユスターシュは花瓶を差し出した。
「この花をそなたにやろう。余が本調子になるまで、揺らがず生きれるように。」
「……花なら中庭にあります。陛下とわたしの育てた花々では?」
「えっ。あぁ、そうだ。」
ユスターシュは限界で、腹をぐうぐう鳴らした。
「陛下?」
「うむ。実は、夕飯を食べておらぬ。バレエ練習に打ち込むあまり、な。それで見るなりパイに釘付けになってしまった。」
「陛下はたくさんお食べになる方でしょう。シェフを起こすのに気が引けたのですか?このパイは捨てますが、あちらの窓に灯りがあります。まだ夜遅いサロンをしてる方がいるみたいです。わたしでは、貧相なパンしか出せませんから、あちらを訪問して、きちんと食事をなさってはいかがですか?」
「うむ……提案、感謝するぞルイズ。行ってくるとしよう。そなたはくれぐれも悲しみに負けるでないぞ!ラウルのことで悲しくなったら、周囲にSOSを!よいな?」
「はい。陛下も、調子を取り戻されるまで、リュリさんやコルベールさんにSOSを。わたしはいつでも、アンリエット様のおそば仕えの時以外は、中庭で待っておりますから。」
羨ましいヤツめ、ルイ!!
こんなに慈愛に満ちたルイズに愛されるとは!
ますます憎い野郎だぜ!!
ユスターシュはルイズと別れて、部屋でいそいそと着替え、道がわからないなりに、灯りがついた部屋は近く、食事を求めに訪ねてみた。
「起きておるのか?」
夜遅く。それはサロンではなく。
高貴なドレス姿の、美女の暴飲暴食会だ。
甘いものやショコラに囲まれて、幸せそうに。
だが、彼女はユスターシュを発見すると、もっと嬉しげに微笑んだ。
「まぁ!ルイ!尋ねてくれたの?」
ユスターシュは事態を把握してきた。
ルイ、という呼び捨てや、これ以上無い高貴な身なりの、美しい大人の女性。
甘いものをテーブルに並べてワクワクしているのは、紛れもないルイの母親。
皇太后アンヌ・ドートリッシュの、深夜のドカ食い、クレープタイムである。
「貴方とアンリエットが別れてから、すっかり家族会が無いんだもの。ルイ、少しは話していかない?今はフィリップもお裁縫や看病で忙しいし、大事なことだけれどちょっぴり寂しいわ。」
なんだかフランクな母上だ。初対面だが親しみが持てる。
「……母上、実は腹が、いえ、余は腹がすいてしまって。バレエのレッスンをハードにし過ぎて、夕飯を食べておらぬ。正直腹ぺこで眠れなくて、母上を頼ってきたのだ。」
「まあ、まあ!!大食漢の貴方が?バレエに夢中なのは昔からだけれど、リュリも気が利かない時があるわね。シェフ、ルイにそば粉のガレットを。サーモンとチーズよ。その他は任せるから、山盛り運んでね。」
「仰せのままに。国王陛下に食していただけるとは、光栄です。」
スペインから来た美しき皇太后は、ブルターニュの訪問の折から、余程そば粉のガレットやクレープが気に入ったのだろう。甘いクレープにしょっぱいクレープ、あえて宮廷人の寝ている時間にドカ食いだ。
「母上、夜中の大食いは楽しいが、何故に日中にクレープパーティをなさらない?仲間が欲しくないのか?」
アンヌ皇太后は瞬きをした。
「王権神授説を忘れたの?スローガンでしょ。貴方の統治下なのよルイ。私がクレープサロンなんか開いたら、そりゃ甘党はみんな来るでしょうけど。わたしサイドに支持率が動いちゃうわ。ヴェルサイユの勢力を2分割する訳にはいかないもの。それに、貴族達を集めるより、貴方やフィリップがいたら100万倍美味しいわよ。」
あたたかいひとだ。
息子を愛する母親ってのは、こうなのか?
ユスターシュは荒くれ者だし、隠し子説のある生まれで、物心ついた頃から、母の目は冷たかった。
だが、アンヌの目は優しく、温もりがある。
生き生きとした眼差しだ。
「さぁ、まずはそば粉のガレットが出来たわ、貴方のよ。」
ユスターシュは慣れないフォークとナイフで、ガレットだけ食べようとしたら、それを見たアンヌ皇太后は、ユスターシュを制止した。
「うーん。貴方……」
なんかやっただろうか?
ユスターシュはヒヤヒヤした。
曲がりなりにも母親だ。ルイを1番よく知る人物である。
「……ルイ。そば粉のガレットは、生地だけで食べるのは違うわ。」
ユスターシュは安堵に胸を撫で下ろす。
アンヌ皇太后は告げた。
「1口分の生地には、サーモンとクリームチーズを乗せてね。」
言われたように、ガレットにサーモンとクリームチーズをのせて、フォークを口に入れたら、これが旨い!パクパク食べてしまう。ユスターシュもそば粉にハマりそうだ。
「うま!うま過ぎか!?そば粉のガレットって……母上、どこでこれを?」
アンヌは嬉しげに顔を輝かせた。
「まぁ、ルイ!貴方とブルターニュを訪問した時から、私はそば粉が大好きよ!貴方が私の好物にそんなに心を動かしてくれるなんて。こういうのは、小さい頃ぶりかしら。嬉しいわ!それに、最近の貴方は凹んでいたし。」
心を動かす。
感動だ。
ユスターシュは確かに腹が減っていて、そば粉のガレットに感動したのだ。
ピアノも同じなのでは?
この心の揺さぶりを、ピアノに乗せろと、リュリの奴は言っているのだ。
「母上……このそば粉のガレット、演目のヒントになった!」
「そんなにぃ!?うん、楽しみにしてるわね、次の演目!!」
「ちなみに、余が凹んでいたのを、知ってらしたのか?」
「そりゃあそうよ。貴方は話さなかったけど、わたしからフィリップやカステルモールに聞いたから。アンリエットの赤ちゃんを背負えなかった責任と、ルイズさんの愛するラウルさんを死なせてしまった苦しみで、だいぶボロボロだったわ。」
「悲しみ……確かに、悲しみだ。哀愁の情緒だな……。」
感動、悲しみ。
それらを、ピアノにのせれば良いのではないか?
アンヌ皇太后は期待の眼差しだ。
「もしかして、これも演目のヒントになった?」
「うむ!母上、めちゃめちゃ大義であるッ!!」
翌日、ユスターシュはしっかりトイレを済ませて、ピアノ練習。
リュリはしっかり聴いている。
「……上手くなった!まだまだ荒々しい、だが音楽に心が乗った!!感情が音色に出ている!今ならバレエが身に入るはずだ!講師、むきたまごに片手を貸せ!私が踊る、合わせろむきたまごッ!!バレエは演劇だ、音に合わせて心をのせろ!アン・ドゥ・トロワ、アン・ドゥ・トロワ!!」
わかる!
音楽に心を乗せることで、動きは自然とリュリに近づく!!
リュリ程の偉大な講師が2人といようか?
コルベールは、ユスターシュの上達ぶりに、拍手を送った。
「俺……フランス1の、バレエダンサーになれる……ッ!!!」
「バレエの足!」
リュリの号令で、ユスターシュはトゥシューズでつま先歩き。
「宮廷の足!」
ユスターシュはハイヒールに履き直し、ファッションモデルのように歩いた。
「今日はここまで!宮廷人との会話はまだ禁止!だが、宮廷を歩いてヨシッ!!よくやったむきたまごッ!!なんのセンスの欠片も無かったお前が、どこでバレエのヒントを掴んだかはわからないが、御の字だ!!」
ユスターシュ、宮廷解放!!
「アンヌ皇太后、サンキュー!母の愛は偉大だぜ……!!」
コルベールは仕事の合間合間に来てくれており、拍手して、率先して案内してくれた。
「おめでとうございます陛下。ヴェルサイユ宮殿の案内はわたしが。まずは、お召かえをなさってください。」
ユスターシュはコルベールに耳打ちした。
「貴族に、話しかけられたら……?」
「一礼されたら、面をあげよ、と。話題は、グリンピースに持って行きましょう。貴族達は流行りのグリンピースの美味しさくらいしか語らないので、大方大丈夫でしょう。」
政治話に勤しむ法服貴族に比べて、貴族達はグリンピースしか話さないとは、ルイが何故コルベール達を重鎮に採用したか、分からなくもない気がした。
ユスターシュとコルベールが、王の自室に戻って衣服を漁っていると、コルベールが困り出した。
「参りましたね……王の着こなしが真似出来ません。」
「着こなし……?」
慌ててカステルモールが駆けつけた。デザイナーを連れていて、彼はコーディネーターでもあり、たくさんの衣服を抱えている。
「待て!まずは宮廷解放おめでとう。だが、王らしい服の着こなしは、デザイナーと2人で!常にデザイナーに服を選ばせろ。ルイ陛下ならば自分で選んだスタイルがブームになるが……陛下には、ルイ陛下らしさが必要ですから。」
デザイナーがデザインブックを見せた。
「おまかせください!事情は理解しております。わたしが学んできた陛下の着こなしは完璧です!」
ユスターシュは、気に入ったジュストコールと、デザインブックを見比べた。
「スタイリッシュなジュストコールがあるのに?こんなフリフリのコスチュームを着るの?3段パフスリーブにリボン!短パン!?フリルのついたニーハイソックス!?おい……俺はルイより歳上なんだぞ。短パンはまずいだろ。」
「長い靴下で素肌を隠せ。今晩は、おおやけの夕食会に出席する。まず皇太后様が座り、その後王妃様の手を引いて2人とも着席。会話はしなくていい、貴族達が見ているからな。」
ユスターシュは仕方なく、デザイナーのコーディネート、初夏のルイ陛下・ピンクがテーマのフリフリ使用に着替えて、リボンのハイヒールを履き、きちんとトイレを済ませてから、コルベールの案内でヴェルサイユ宮殿を見て回った。
ルイズはアンリエットの仕いを終えると、銃士隊宿舎のダトスの看病に来た。
まだ、定期的に発作があり、夜も眠れなかったのか、ダトスは眠りながら。
ルイズが喘息の対応がわからず、ダトスの額のタオルを冷たい水で絞って、取り替えていると、ダトスが涙を流した。
「……ラウル。なんてことは無い、すぐ飯を作ってやるからな。ラウル……」
ダトスは、ルイズとラウルを混同したのだ。
男やもめのダトスは、自分が具合が悪いだとか、病だとかで、寝込む訳にはいかなかった。
自分が倒れたら、ラウルは何を食べればいい?
「すまない……ラウル……待っていろよ……」
ルイズは涙を落とした。
1番悲しいのは、ラウルのお父様だ。
自己犠牲の中で、精一杯愛を込めて、ラウルを育てぬいた。
なんだ。
わたしが原因じゃないか。
ラウルとわたしが、好きあってしまったから。
ラウルは死を選び、わたしは立ち直って陛下を選んだ。
本当にラウルを死なせたのは、わたしだったんだ。
おおやけな夕食会!
立ち並ぶ貴族はびっしり!
ど真ん中の食卓!!
緊張した顔つきのアンヌ皇太后に、真っ青な面持ちのマリー・テレーズ王妃!!!
「オイオイ……何の拷問だ?」
ユスターシュはアンヌ皇太后がいそいそと座ったのを見て、王妃マリー・テレーズの手を取り、席に着席。
マリー・テレーズは慌てて水で安定剤を飲み干した。
「また安定剤だ」
「本来の席は無いからね。哀れなスペイン女」
「陛下の愛はルイズ様にある」
ざわめく貴族、マリー・テレーズはますます青くなっていく。
ユスターシュは貴族のわざと聞こえるような悪口にびっくりする。ルイがルイなら、貴族もタチが悪い。こいつらを縛り付けるための政策だった訳だ。
「気にするな、マリー・テレーズよ。」
マリー・テレーズは、今度は泣きかけて俯いた。
「ご慈悲に感謝します。」
「ん??」
アンヌ皇太后が顔を輝かせて喜んだ。
「まぁ、まぁ!今日はどうしたの?」
「えっ?」
「ルイ、貴方からマリー・テレーズに声をかけるのは3ヶ月ぶり。それに優しい言葉だったわ。」
ユスターシュは監獄のルイを憎たらしく思った。
政略結婚とはいえ、ルイの妻である。
これでは、貴族達がスペイン女呼ばわりしても、ルイに叱られない限り辞めないだろう。
マリー・テレーズの立場が危うくなるほど、ルイから冷たい仕打ちをしてきたのか。
ユスターシュは、せめて自分がルイであるうちは、マリー・テレーズを励まそうと考えた。
「すまぬ。余は食事に夢中でな、会話がおざなりであった。家族への甘えである、許せ。マリー・テレーズよ、この舌平目のホワイトソースパイは1番旨かろう。シェフ、舌平目のホワイトソースパイを切り分け、マリー・テレーズに。どんどん食事を運んでから、食後に固形のチョコレート菓子を作れ。マリー・テレーズは、チョコレート菓子が好きであろう?」
「かしこまりました!こちらは陛下の仰る通り、最上級の舌平目でございます。切り分けましょう。助手!食後には固形のチョコレート菓子、厨房に伝えなさい!」
「はいっ!」
シェフ、嬉しそうに舌平目のホワイトソースパイを切り分けていく。
「王妃様はフランスの舌平目は初めてでございましょう?伝統のホワイトソースによく合います。」
マリーテレーズは思わず感涙し、顔を伏せて頷いた。
「ええ。スペインも海産は豊富でしたが、食文化は全く違いますので……。」
「さぁ王妃様、ボナペティート!!」
ユスターシュはシャンパンを傾けた。
「健康に。」
マリー・テレーズもシャンパンを合わせて傾ける。
「神の与えたもうた食卓に感謝を。」
そして、グラスを置いたらすかさず話した。
「陛下。あ、あの。今週末は婚姻記念日です。バレエを、見に行ってもよろしいですか?」
「……無論だ。婚姻記念日なのにバレエ?変な話だが……」
小姓が告げた。
「陛下、その日はバレエ舞台の後に舞踏会がございます。」
「ならば特別な舞踏会に名を改めよ。マリー・テレーズよ、記念日は舞踏会でしっかり祝うとしよう。」
マリー・テレーズはこんなに尊重されたことは無かった。幸せそうだ。
「はい……陛下のお気持ちだけで、大変嬉しく思っております。では、舌平目のホワイトソースパイを少し、いただきますね……」
口に入れて、マリー・テレーズは余りの美味しさに瞬きしている。
アンヌ皇太后も、それを見て嬉しそうに微笑む。
ユスターシュも、団欒に安心して、舌平目のホワイトソースパイをフォークに刺して、口に運ぶ。
その時、ドカン、と荒々しくドアが開いた。
びっくりしたユスターシュは、フォークを落とした。
黒服のイタリア人が大騒ぎで駆けつける。
「si、チョトマタ!!イケマセーン!!」
誰かが椅子から崩れ落ちた。
王妃マリー・テレーズだ。
途端に倒れたのだ。
「「王妃様が!!」」
料理人や小姓は真っ青に。
見物している貴族達は、こちらの気も知らないで、口々に噂した。
「スペイン女が死んだな」
「ついに毒殺か」
「次の王妃はルイズ様だな」
「教皇とは仲違いするのか?」
ユスターシュは貴族達を睨んだ。
サンソンとカステルモールが共に、エグジーリを追って現れた。
「動くな!全員騒ぎ立てず止まれ!」
カステルモールの一喝で、ようやく貴族達は口を閉じた。
ルイから冤罪で王妃殺しをなすりつけられ、死罪だなんてことも、無くはない、と思ったからだ。
「エグジーリ、王妃を!」
ユスターシュもマリー・テレーズを抱き起こす手伝いをし、アンヌ皇太后も駆け寄った。
「カステルモール。ルイを狙った暗殺ね?舌平目はルイの好物、普段なら誰にも分けないわ。」
カステルモールは帽子を外してアンヌ皇太后に一礼してから答えた。
「仰る通りです。敵は、王妃様が狙いではありません。」
「この症状なら、わたし解毒デキマス。ただし、調合時間の勝負アルし、効くまで1晩カカリマス。」
エグジーリに、サンソンが告げた。
「直ちに調合を頼む。小姓殿!案内を!陛下!国庫の薬草の全権をエグジーリに!」
「当たり前だッ!!国庫を解放せよ!!」
サンソンが舌平目のクリームソースパイをチェックした。
「ただ毒をかけたのではないな。料理に練り込まれている。出処は、厨房!」
「クソ!余を狙った毒に、マリーテレーズが……!!」
ユスターシュが舌平目のクリームソースパイを勧めたせいだ。
ルイだったら、ルイだけの被害で済んだのに。
苦しむのはマリー・テレーズじゃなかったはずだ。
カステルモールがユスターシュに告げた。
「熱くなるな。クールを装え。王らしく、ここで待て。シラノ、来い!」
シラノは唄いながらも怪訝な顔つきだ。
「いよいよ 吾輩の出番かな
舞台が厨房とは 些かイレギュラーなれども
我が敬愛する 王妃様の為
吾輩は 剣を持って 尽力するのみ」
カステルモールはシラノを連れて、ヴェルサイユ宮殿を突撃し、厨房に突入した。
「御用改めである!!料理長、新人はいるか!?全員、作業を中断し、火を止めよ!」
料理人達は慌てて火を止めて、ボヤいた。
「加熱の中断によって味が落ちてしまうのに……」
料理長はカステルモールを案内した。
「昨日来たばかりのヴァテールが新入りですが……フーケ殿に仕えていた1級料理人ですよ?問題など無いし、わたしより料理が数万倍上手い。次期料理長は彼だ。ちょっと変わった見た目はしていますが、ともかく料理は天才で」
振り向いた巨漢、身体半分機械仕掛け。
この時代のこの時期は、このヴァテールはフーケを忘れられず、ルイのスカウトを断って、イギリスで料理修行をしている。
つまり、彼は!
未来の墓場からサイボーグ化された、未来死人サイボーグ、料理人ヴァテールである!!
サンソンが告げた。
「彼はこの時代のヴァテールじゃないぞ!未来から来た、死んだはずの料理人だ!!」
シラノが即時に理解し、唄い尋ねた。
「既に身罷った筈の命が
からくりの身体を借りて動いている
思い残した事でもあるのか
そこまでして再び生を得た
その理由はなんだ」
「銃士隊……ルイ!ルイ、ルゥイィ!!!」
ここぞのタイミングでサンソンはナポレオン・ボナパルトからの逮捕状を掲げた。
「ニコラ・フーケの料理人、機械化人間ヴァテール!フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの勅命の元、君を逮捕する!」
カステルモールはフーケと聞いて、怯んだ。
「フーケ殿が……!?」
ニコラ・フーケ。故人はあまりにも人が良く、ルイに親愛を返すため、あまりにも私財を浪費した男。返ってルイに危険視され、冤罪でカステルモール率いる銃士隊が逮捕。
処刑場までの馬車をカステルモールがゆっくり進ませ、家族との充分な別れをさせた。
優しいカステルモール故、フーケの正当な恨みであれば、剣に躊躇いが出る。
「惑わされるな、カステルモール殿。フーケ殿の意思はルイ陛下の元にあるはず!敵は、未来から来たフーケ殿の遺族ということです!シラノ殿!ここは頼む!」
フーケに忠誠を誓った料理人ヴァテールは、ルイのラブコールを見送りイギリスに渡り、またフランスに帰って大貴族に仕え、ルイを再びもてなす大料理会を開く。しかし、食材がギリギリまで届かず、思い詰めて最期には剣で自害するなど、数奇な運命を辿った男である。ちなみに、ヴァテールが調理工程から献立の全てを決めたその大料理会は、ヴァテールの死の直後に食材が届いて、大成功をおさめた。
シラノが剣を抜いた。
「未来から来たからくり料理人よ
思い残す事あって
死んだ筈の身体を変えてまで
この時代にやってきた
そういう事なのか」
「ルゥイィ!!殺、殺殺殺」
ヴァテールは恐るべき速さでフルーツナイフを連投。馬力も強く、威力は人間外れだ。
危ういナイフだけ、剣で跳ね返すシラノ。
「暴れん坊め
調理がまだ足りなかったのか?
吾輩のレイピアで
お手並み拝見といこう」
サンソンはカステルモールを連れてヴェルサイユ宮殿を行き、ユスターシュの元に走って戻る。
「サンソン殿よ、どこへ!?」
エグジーリはもう薬草を取って来て戻っている。
「ドウカ、王妃様ノ部屋に案内ヲ!秘伝ノ調合、見テハイケナイ!!」
「小姓殿、エグジーリと王妃様を連れて、王妃様の寝室へ!傍についていてくれ!」
小姓は素早く対応した。
「直ちに。エグジーリ殿、着いてきてください!わたしがなんとか王妃様を背負います!」
サンソンはユスターシュに振り向いた。
「陛下、お話が。昨夜のことです。厨房からパイを包んで立ち去った女性がいる。今宵もパイを持ち帰った記録が厨房に。サインは、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール、と!」
ユスターシュは戦慄して立ち上がった。
「ルイズか!またラウルを背負ったな、不味いぞ!!」
「陛下はついてきてください。カステルモール殿はアンヌ皇太后の警備に残って。」
アンヌ皇太后は告げた。
「わたしはいいわ。自室に戻ってるから、銃士を1人警備につけてちょうだい。カステルモールはマリー・テレーズを運んであげて。幼い小姓には荷が重いわよ。」
「心得た。銃士隊!アンヌ皇太后の部屋の警備に配置せよ!俺は王妃様を運んで参る!!」
サンソンとユスターシュは庭を渡ってルイズの部屋を訪ねた。
愛妾ルイズの住まいはヴェルサイユ宮殿の敷地内にあり、寵愛の深い者だけが住める小さな住居だ。
「ルイズ!開けろ、ルイズ!」
どんなにノックしても、反応が無い。
サンソンが告げた。
「手遅れかもしれない。それに鍵をかけていたら、いま大丈夫だとしても、いずれ手遅れになる。……最悪、王妃様だけでも助かれば、歴史改変は少なくて済むが……」
ユスターシュは諦めない。
あの優しい笑顔を忘れない。
あれは、ルイズがルイに向けたものだ。
ルイズの本当の気持ちを、ルイに知らせてやるまでは、絶対に死なせてはならない!
ユスターシュは隙間に爪を挟み込み、爪が剥がれて血が滲んでも、剛腕でこじ開けようとした。
「バカな!爪ひとつ歪になれば、ルイ陛下の身代わりなど成立しない!!君は立場がわかっているのか!?」
ユスターシュは躊躇わない。
「うるせぇ!!ルイだってきっとこうすらぁ!!」
見る見るうちに、ドアに亀裂が走っていく。
サンソンはユスターシュを改めて見た。
この男は、噂通りの悪漢では無いのかもしれない。
サンソン以上の倫理観がある。
ルイ陛下の愛人の為だけに、火事場のバカ力を出せる男だったのだ。
「身代わりを演じきることが優先か、人命が優先か、んなのは馬鹿でもわからぁな!!アンタも悪口ばかりの貴族連中と同じ口か!?俺はドアをぶっ壊してでもルイズを生かすぞ!!ルイズはまだ言ってねぇ!あいつはまだ、ルイに気持ちを話せてねぇんだよ!!」
サンソンは微笑した。
この男ならば、安心して味方になれる。
「……人命救助は最優先だが、ルイらしくない真似は人前ではやるなよ!今は誰も見てない、行け!慎重に壊すんだ!!」
「おぉぉぉぁぁぁおぉぉぉ!!」
ついに、ドアがこじ開けられて粉砕した。
中では小部屋でルイズがぐったりと倒れ、食べかけのパイがテーブルにはあった。
サンソンは直ちにパイとルイズを検査する。
「ルイズは私に任せろ。こちらは一般毒だ、医師のわたしが対処する!ユスターシュ!未来から来たフーケの遺族は君を狙っている。なるべく王妃とルイズから離れていなさい!」
「だが!」
「君がいたらまた2人が危険になると言っているんだ!聞き分けなさい!!」
ユスターシュはしょんぼりと落ち込んだ。
「案ずるな。明日はミサがある、朝には決着がつく!」
ヴァテールVSシラノ!
その舞台、厨房ッ!!
ヴァテールからキャベツの肉巻きの煮込まれた鍋が振り回された!シラノは熱々のスープを回避しながら、キャベツの肉巻きを皿で受け止め、続く包丁の嵐を剣戟で跳ね返した。
帽子を斜めに、悠々と歌い出す。
「おやおや
1品目はキャベツの肉巻き
ジューシーな肉をキャベツで包む
毒を隠すには丁度いいメニューか?
毒は遠慮させていただくが
吾輩の月旅行の弁当のシェフに
指名させていただこうか
さあ始めようじゃないか
吾輩の好物もいれてくれるかい?」
ヴァテール「喜んで、ご主人様ー!!違う、私の主人はフーケ様だ!」
「それは残念、吾輩も貴殿の弁当を月に持って行きたかったよ
なんと言っても吾輩のロケットは1人乗り、
フーケ殿を連れていくことはできないのだから」
次に飛んできたのはフライパンだ!シラノは熱々のフライパンを身近なフライパンで打ち返し、お次はなんと溶かし途中のチーズ。シラノは皿に乗っていたバゲットで溶けたチーズをキャッチ、1口いただいた。
「次の料理はラクレットか
芳醇なチーズのうまみが口いっぱいに広がるな
やはりご主人様を鞍替えしないか?」
ヴァテール「イ、ヤ、ダ!」
「そうか、
きっとこのチーズも月までの道のりで溶けて消えてしまうだろう
貴殿も同じさだめをたどるか
実に惜しい」
ヴァテールはもう投げるナイフが無いとわかると、硬いものや柔らかいといった概念無しに、パテを投げて来た。
あくまで料理で殺したいのか?
シラノはパテを懐のナイフで全てキャッチし、いざ、レイピアで距離を詰めた。
「そんなにパテを投げるなよ
吾輩はもう満腹さ
そろそろ締めの料理といこうか
このレイピアめがけ
グサッと決めてくれ」
ヴァテールが投げたのは、生クリームたっぷりのププラン(シュークリーム)。シラノはこれをレイピアで刺し、そのまま回り込み、シラノのレイピアはヴァテールの項に一撃。
「ピッ……ピッ、ガーッ」
項から、カートリッジが出て来た。
シラノは納得し、カートリッジを手に取って眺めた。
「月面旅行、その未来が現実になろうものならば、人型機械も月面を歩くだろう。
命令書も薄型機械ならば、挿入口やはり項。
これにて吾輩の任務は完了、さよなら一途な暴れん坊、初めまして、素晴らしき料理人。」
一礼すると、目を白黒させたヴァテールが、一礼して返した。
「ここは……私は……貴方はどなた様で?わたしは、自殺をしたはずでは……?」
シェフ達が拍手喝采し、ヴァテールを囲んで迎え入れた。
「貴方は、項から命令書が出たら正気に戻ったのさ!!」
「ここはヴェルサイユ、新しい貴方の職場」
「シラノが貴方を助けてくれた。
私たちの理屈ではわからない方法で」
ヴァテールはフラッシュバックで頭を抑えた。
「私は、掘り起こされ……機械化して……そうか!操られて戦っていた!ムッシュ・シラノ!彼にお礼をしたい……!」
「もう、彼はここには、いないよ」
「シラノは鼻がコンプレックス、だがキザな優男!礼など、きっと求めてないのさ」
「何、銃士隊のランチにでもご馳走を振る舞えばいい」
「貴方はルイ陛下の焦がれた
素晴らしい
素晴らしい料理人なのだから!!」
その頃シラノは、とっくに宿舎に帰還中だ。
美味しいパテやラクレットを頬張りながら。
クリスチャンが彼を見つけて尋ねた。
「おいおいシラノ!なんだそのご馳走は?」
「月面旅行に持っていく弁当さ
お味も最高の逸品
1口お味見いかがかな?」
「……料理人とでも決闘したのか?」
「半分当たっているがそれ以上詮索は無用さ
秘密任務にて候
さてと1口味見してみるか
うーん……これはまた……美味!!」
ユスターシュは自室で一晩迎え、ベッドに入っていた。
だが、ユスターシュは寝つけない。
狙われているのはルイであっても、ユスターシュが勧めた舌平目のクリームソースパイでマリー・テレーズが倒れた。
ルイズだって倒れているのだ。
そういえば、医者は?
未来から来たすごい医学は、サンソンだけでは無いのか?
ユスターシュは起き上がり、走ってルイズの部屋に行き、サンソンに怒鳴った。
「おい、サンソン!お前は未来の医者なんだよな?ここより医学が発展しただろ?」
「そうだ。医学も文明も発展している。衰退していたら、時空転移まで到らないだろう。」
ユスターシュは今度は王妃マリー・テレーズの寝室に来て、マリー・テレーズがまだ苦しんでるのを見ると、エグジーリに怒鳴った。
「お前も医者か!?マリー・テレーズがまだまだ苦しんでねぇか!?」
「イイエ。ワタクシハ毒薬使いデース。解毒シタダケ。先程、主治医ガ去りマシタ。コノ時代デハ最善ヲ尽クシマシタ。」
「なるほど。なら、未来の医学に治してもらうぜ!」
ユスターシュはすぐに王妃を抱き上げた。
「ついてこい、毒薬使い!」
ユスターシュは王妃を連れて、ヴェルサイユ宮殿を駆け抜け、庭を走り、サンソンのいるルイズのベッドまで来て、ルイズの隣にマリーテレーズを寝かせた。
「サンソン、患者追加だ!」
サンソンは目を白黒させ、やがて叱った。
「愚か者!正式なフランスの王妃様を、愛人の部屋に連れ込む王がいるか!!どこの痴れ者だ、君は!!!」
ユスターシュは真剣に返した。
「未来人の医者はひとり、サンソンだけだ!患者は2人、痴れ者だかなんだか、何とでも言いやがれ!マリー・テレーズも診てもらうからな!!俺は、喧嘩っぱやくて人を殴り殺した。もう嫌なんだよ、自分の過ちで人を殺すのは!!」
サンソンは肩の力が抜けた。
体面とかじゃ、この男の善意は揺るぎそうも無い。
「……とはいえ、立場がある。真夜中だって人はいるし、目撃もされたろう。ルイ陛下のプライバシー侵害に値するぞ。まぁ、王妃様は治療するが。」
ユスターシュはちょっと弱ったが、立て直した。
「で、でも、王妃を助けるのは本来は、ルイの役目だろ!今の時代の主治医じゃダメだった!助けられんなら、未来人のアンタしかいねぇ!2人を頼む!」
参った男だ。
だが、不思議と好ましい。
一方、宮廷からユスターシュを見ていたアンヌ皇太后は、カステルモールに言った。
「カステルモール。ルイのことよ。優しいあの子は、どこから連れてきたのかしら。」
アンヌ皇太后は、ユスターシュがそば粉のガレットにフォークとナイフを使ったことで、既に勘づいていたのだ。
ルイなら、手掴みだ。
「……皇太后陛下、ご容赦を。」
「確信に代わりました。あの子は、ルイにしては、皆に優しすぎる。ルイは命を狙われているのでしょう。彼は?」
「ユスターシュ・ドージエ、王の従兄弟です。」
「ドージエ公の子……ルイは、あんな風には笑わないわね。私は彼を補佐します。」
「皇太后陛下」
「カステルモールよ。どうか、あの子を守ってあげてください。全て終わったら、身内だけでクレープのサロンを開きましょう。もちろん、ルイだけではなく、ユスターシュとも、です。」
翌日、早朝。
フランスの日課といえばミサである。
貴族であろうと早起きして聖堂の長椅子に並ぶのだ。
パンを抱えたショワジーが、貴族達にパンをちぎって手渡して行く。
貴族達は困惑した。
クリスマスでも無いのに、いきなり聖体礼拝だ。
ショワジーは賢いが、独自の神学の解釈を持ち、度々貴族達は困惑している。
「さぁ、皆さん。イエス様の聖体礼拝は何回なさっても神々しいものですわ。そもそもクリスマス聖体礼拝など、ローマ帝国の豊穣祭に合わせて作られただけです。多いに信仰を深めましょう。それでは」
ショワジーはパンをちぎって信徒に配った。
「イエス・キリストのからだ。」
「アーメン。」
普段から夜更かし型の貴族達は、ショワジーの説教の最中、うつらうつらと、半分寝ている者もいた。
「聖体礼拝は終えましたか?それでは、天の父の教えを説教致します。神の子イエスは、あらゆる悪魔の誘惑に打ち勝たれました。しかし、我々人間は悪魔の誘惑にはかないません。わたくしたちには美しき芸術、楽しい賭博、魅惑の愛人を、無視出来る程の覚悟はろくに無いのです。だからこそイエス様は強く気高くあられ、神の子に相応しくいらっしゃいます。」
はじめて参加したユスターシュは、一見、平静を装ってはいたが、隣に来たカステルモールに小声で尋ねた。
「なんだ?あのだいぶ変わったシスターは。シスターが神父の代わりなのか?」
「我が王。彼は仲間です。性自認は男性の女装癖がある神父ですが、頭は賢く、アカデミー・フランセーズで入賞をしております。」
「ほぅ。あの、ムチムチバディのセクシーな女神父が……男?あのボインはなに?人間って不思議ね?」
「シラノがヴァテールの無力化に成功しました。王妃達の仇は、彼が明かすでしょう。」
「俺は……余は早くミサから帰りたい。王妃とルイズを巻き込んだ、とてもミサなんて気分ではない。」
「我が王ならば、近づかぬこと。バレエに励まれよ。4時から舞台です。」
「ルイとは……冷酷なのだな……」
「いえ。例え、ルイがルイズの傍に付きっきりでも、俺とコルベールは忠言するだろう。ルイは人間であっても私情は許されない、フランス王なのだ。王妃に関しては繋がりは政治。心で結婚する訳にあらず。」
「……よい。マリー・テレーズは結婚記念日だと言った。観に来ると。そんな日にバレエを欠席出来ぬ。」
カステルモールは心臓がドキリとした。
ルイには無くてユスターシュにはあるもの。
義理立ての心だ。
息子には諦めていた、熱い男の器。
カステルモールは溜息をついて、迷いを払った。
何を考えている。
ルイを守る。俺の使命は、それだけだと言うのに。
ミサを終えたフィリップ殿下は、欠伸をしながら退席していく。
昨晩は深夜まで、赤ちゃんのベビードレスの針仕事だ。
「やはりショワジーは好きですが、早起きだけは、苦手ですわ……」
懺悔室。
順番待ちをしていた熱心な信者が、ようやく入ることが出来た。
「神父様、聞いてください。他言無用にお願いします。」
「ええ。ここでは全ての秘密は守られます。どうぞ。」
「罪を犯しました。私は配下のヴァテールに毒をもらせ、誤って人を二人殺めました……」
「続けて」
「私の一族は、この時代の王に全てを奪われました。王を殺します。正当な報復です。神は、お許しになられますか……」
「主は寛大な方。貴方の罪を赦し、改心を望まれるでしょう。」
「ああ……天にまします、我らの父よ」
「主はお赦しになられた。でも、わたくしが貴方を許しませんわ。」
いきなり、懺悔室の窓が開く。
神父側から顔隠し窓を開いたのだ。
美しい、女のような神父と、目が合った。
次の瞬間、ショワジーは仕込み扇を振るい、罪人の喉を掻っ切った。
血しぶきを背に、懺悔室を出て来る。
あぁ、嫌だ。
本当に嫌です。
血なまぐさい仕事など、二度とお断りです。
「本日の懺悔はこれにて、終了となりますわ。わたくし、持病をこじらせました。お待ちの皆さんはこちらに署名を。後からわたくしが訪問致します。」
懺悔室の列はショワジーに署名してから解散した。
サンソンが歩み寄る。
「ショワジー。フーケ一族を見つけたのか?」
「生臭い遺体を片付けてくださいまし。わたくし、本当に血に酔いましたのよ。」
サンソンが入ると、死にかけた男が告げた。
「私……我が、弟が……一族の意思……遂げるであろう……」
「弟だと?誰だそいつは、おい!」
男が死んだ。サンソンはショワジーを睨み、尋ねた。
「弟が意思を遂げるそうだが?聞き込みが甘いんじゃないのか?」
「わたくしだって知りませんわ。懺悔では何人家族かまでは、誰もお話にはなられませんもの。」
「弟が現れるとしたら?」
ショワジーはぼんやり考えた。
「今宵の陛下の舞台ではありませんこと?舞台の陛下は、ガラ空きですわ。わたくしならばきっとそこを狙います。」
今夜四時!ルイとリュリのバレエ演目、その時!!
カステルモールは銃士隊に貴族のナリをさせ、劇場の至る所に配置した。
「こちらカステルモール。銃士隊の配備、完了した。」
薄型通信機からサンソンの声が聞こえた。
「了解した。カステルモール殿、通信機には慣れましたか?」
「慣れぬ。だが、使わねば任務にならぬのであれば。」
「失敬。こちらサンソン。わたしの上司、ナポレオン・ボナパルトから2人乗り時空転移装置を回収した。帰りが私と罪人になるかどうかは、あなた方次第だが。」
開幕の合図が鳴り響く。
指揮者が指揮し、演奏が始まった。
「……」
舞台袖、リュリはユスターシュに言い聞かせた。
「特訓通りに。焦るな。私がリードする、ついてこいむきたまご。今の自分は王だと思い込め。バレエに抜かりのない芸術の神、美しくて罪深い通り越して徳高い!……そうだ。」
リュリとユスターシュは舞台袖から踊りながら出て来た。
ユスターシュの見事なバレエに、誰もがルイでは無いと気づかずに、思わず見惚れて溜息を漏らした。
解毒したマリーテレーズも、特別席で見に来ていた。
(無事だったんだな……)
その時だった。
リュリが、アイトゥアイでユスターシュに異変を知らせる。
(気をつけろむきたまご!!)
(え?余のバレエにぬかりなど……)
舞台袖から誰か、踊りながら出て来たのだ。
黒い髪に、美しい顔立ち。見事なバレエ。
(だ、誰……!?)
リュリの演目に、この男の配役はいないはず。
サンソンはカステルモールの元に駆け寄った。
「フーケ一族の弟だ!大胆にも舞台の上に!!」
「銃士隊は動かせない。」
「何故です?」
「ルイの命令だ。銃士隊はルイのバレエ舞台の妨害をしない。」
つまり、ユスターシュ対フーケ一族弟!!
リュリは指揮者に合図。
演奏はアドリブで、激しいテイストに変わる。
バトル編に相応しいミュージック。
暗殺者は、踊りながらナイフを突き出した。
客席が異変に気づく。
「暗殺だ!」
「陛下が死んだら、フランスは!?」
リュリはユスターシュを支え、合図した。
(ドゥヴァン!)
ユスターシュは身体を斜めにし、足を突き出し、蹴りを入れた。
暗殺者が一撃を受け、ナイフを落とす。
(プリエ!ドゥヴァンプリエ!!)
ユスターシュは足を曲げて突き出し、蹴りで暗殺者にたたみかける!
フィリップ殿下はうっとりと見惚れた。
「なんて優雅な戦いかしら……お兄様にしか、とても出来ませんわ……」
「陛下がバレエで戦っている」
「あくまで舞台は陛下のもの」
(2人で行くぞむきたまご!!ロン・ド・ジャブ・アン・レール!!!)
リュリとユスターシュ、息のあった動きで、まっすぐ伸ばした足を空中で半円蹴りにして見せた!
挟み撃ちで半円蹴りを食らった暗殺者は、脳震盪で倒れる。
客席から拍手喝采の嵐が沸いた。
「陛下がバレエで撃退なさったぞ!!」
「太陽王万歳!!」
「フランス王に喝采を!!美しきルイ陛下に祝福あれ!!」
ユスターシュはリュリと舞いながら、感じていた。
(これが……王の撃退!これが、芸術か……!!)
ユスターシュ、リュリの助力により、暗殺者を撃破!!
刑期、残り115年ッ!!!
舞踏会は名を改め、国王夫妻結婚記念舞踏会に。メニューはユスターシュの計らいで、多くがマリー・テレーズの好物であるチョコレート菓子に。舞踏会では、ユスターシュは意識的にマリー・テレーズの元に行く。
ルイズのことも心配だが、ルイズの側にはルイが必ず行くだろう。
「陛下……今宵は一段と勇敢なバレエでした。」
「余の敵は、余が決着をつけるのが当たり前のこと。リュリのおかげでもあるが……マリー・テレーズよ、身体は大事ないか?余が勧めたばかりに、毒の被害に遭わせてしまったからな。」
「わたくしも、ルイズさんも、元気になりました。陛下がわたくし達を助けるために、二人一緒にとても腕の良いお医者様にみせてくださったからです。」
「……すまぬ。デリカシーの足らぬ人間だな。」
「いいえ。貴方は人道をなさいました。命を、等価に見なされたのです。助けられて、誰が文句を言えましょう。わたくしは……わたくしの命は、ルイズさんには到底及ばないと思っていました。ただスペインとの交渉材料に、淡々と主治医がつく。淡々と日々が過ぎる。」
「マリー・テレーズ……。苦しかったろう。」
マリー・テレーズもまた、確信を抱いた。
「……貴方はだれ?陛下ではない人。貴方だけが、わたくしの日々を変えてくれました。」
「……余のことはルイ、と。」
「ルイ。1曲、踊ってください。」
「……そこまでは練習が……余は、ルイと違ってワルツは下手だぞ。」
「わたくしがリード致しますから。さぁ、貴方。手を、とってくださいまし……」
国王夫妻の為に、貴族達が自然と席につき、広々としたホールが譲られた。
「スペイン女、踊れたのか……」
「……そこまで悪くなくない?」
「笑うと、意外と美人だ」
ユスターシュはマリー・テレーズのリードの元、ワルツを踊る。
初めてだ。
自分のしたことで、誰かがこんなに幸せそうに笑うことが。
その日は、ユスターシュにとっても、特別な記念日になった。
「ダトス。何故急ぐ?帰るには早いぞ、また喘息発作がくる。」
帰り支度のダトスに、カステルモールが宥めた。
「いや。街にも医者はいる。サンソン殿からは、吸入薬もたくさんもらったしな。世話になった、バッツよ。」
「なぜ、いきなり」
ダトスはしばし考え、本音を語った。
「ヴェルサイユ宮殿の銃士隊宿舎だ。滞在中に、ルイを殺そうと考えていたが……。ルイはバレエで戦ったのだろう?ラウルは、正当な決闘で負けた。あの子はお前に夢見て銃士になった、決闘の敗北は、ラウルにとって絶対だ。それは、ルイズへの愛を貫き、ラウルが死を選んだのが、我が息子の意地だということ。俺がルイを殺すのはただの過ちに過ぎんよ。」
賢いダトスは、既に私情からの殺意を乗り越えた、ということだ。
「……如何なる事情かは、ラウルのプライバシーに関与する故、話せぬことは、すまぬ。だが、ラウルは勇敢だった。俺の誉高い名付け子。ルイズ殿が愛していたのは、ラウルだったよ。それは、忘れないでくれ。」
カステルモールを安心させるべく、ダトスは父のように微笑んだ。
「バッツ、お前からそれが聞けて良かった……俺も父としてラウルの育った家を守る。街へ帰るよ。達者でな。」
そこに、訪問者が入って来た。
「ラウルのお父様……帰られてしまうのですか?」
ルイズが花を持って来ていた。
よく見れば、看病セットのバケツやタオルもぶら下げている。
「どうやら、今までお世話になっていたらしい。」
ダトスは、花を受け取り、彼女に告げた。
「ルイズさん。まずは俺の世話まで、感謝する。それから、ありがとう。ラウルを愛してくれて……あんたは、若い。未亡人は早すぎる。悲しいだけの道より、未来のある新しい恋をして構わない。恋でもいいし、剣を学んでもいいし、学問だってできる。自由だ。ラウルは、貴方を道連れに死のうなどとは思っていないよ。優しい子だった。」
ルイズは涙した。
ラウルの意思だ。
ダトスこそが、ラウルの全てを知る偉大な父なのだから。
「ありがとう、ラウルのお父様……。」
「では、な。」
ダトスは荷物を背負い、歩き去って行く。
「ラウルのお父様!次はいつヴェルサイユ宮殿へ?」
「私はラウルの父として、貴方の為にここへは来ないよ。余程の緊急事態なら、バッツを助けに参上はするかもしれないが、貴方には会わない。ルイズさん。逃げ出すも良し、ルイ側に残るも良し。貴方の道は自由だ。健闘を祈る。」
残されたルイズは、立ち尽くした。
ルイズが自室に帰ると、しばしして誰かが訪問した。
ルイズがドアを開けた。
「はい?」
「遅い時間に失礼します。ようやく、仕事から上がったもので。」
それは、シラノに助けられた機械化料理人ヴァテールだった。
「パイの……料理人のヴァテールさん?」
ヴァテールは一礼し、優しげな顔を曇らせて言った。
「深くは話せませんが……わたしは、半分機械化しており、命令書を差し込まれ、悪党の支配下にありました。わたしはシラノ殿に命令書を引き抜いてもらうまでは、ルイ陛下抹殺の為の料理人だったのです。」
ルイズは驚いたが、やがて今までを振り返り、納得した。
「驚いても、今考えたら、それはわたしだって同じです。最初にヴァテールさんに毒のパイを頼んだのは、陛下との心中の為でした……。貴方とわたしは、同罪です。いいえ。貴方が敵の洗脳下にあったならば、罪深いのはわたしのほう。」
ヴァテールはルイズを労りながら、告げた。
「その。ルイズ様、御自身を責めないで。わたしは貴方を自殺においやった、原因のパイを作ってしまった。わたしは、シラノ殿に命令書を引き抜かれて、自我を取り戻してからは、ずっと貴方に話さなければ、と思っていました。」
「え?そんなの、ヴァテールさんのせいでは、ありませんよ?」
ヴァテールは、自身の話が上手く役立つか、不安に思いながらも、話し出した。
「先人としてのわたしから、ルイズ様へのお話です。わたしは、死人が機械化されて動いているオートマタです。死因は、やはり思い詰めた挙句の自殺でした。なので、わたしの意思ならば、本来は貴方に毒のパイを作るのでは無く、こう言いたかった。どんなに辛い波に揉まれても、死にたくなるほどの衝動があっても、そこを耐えれば、意外なほど近くに幸せが待っています。わたしが正常だったら、貴方に事情を聞けた。そして、ルイズ様も。これから先は、必ず周りに苦しみを話し、自己防衛をなさいませ。少なくとも、わたしは味方です。貴方が幸せの道を見つけるまで、我々は仲間です。」
ルイズは、料理人ヴァテールの慈悲に、ボロボロ泣いてしまった。
何より、この人も辛くて自殺した人なんだ。
ルイズのことを気にかけ、味方になりに来てくれたんだ。
ヴァテールは新入りでも天才料理人で、仕事は忙しく、次期料理長にまで指名されている。
そんなに忙しい中で、仲間と言ってくれたのだ。
「ありがとう……ありがとうヴァテールさん。わたしとしては、ここで入ってもらって、せめて感謝のおもてなしをしたいのですが……ヴァテールさんには貴重な睡眠の時間もあります。如何なさいますか?」
ヴァテールはルイズを安心させるように微笑み、持参したワゴンを見せた。
ワゴンには、素晴らしい甘味の数々が。
「もてなしは、わたしから致しましょう。お部屋の中で数々のスイーツをふるまいますので、わたしがルイズ様の給仕を致します。紅茶でもショコラでも、お任せくださいね。」
ルイズはびっくりしたが、幸せそうに笑った。
ヴァテールは安堵した。
自殺などという、己もまた飲み込まれた災いから、少しでも多くの人を助けたい。
みんな、人生には浮き沈みがある。
だからこそ、些細な喜びの積み重ねが大切なのだ。
サンソンはフーケ一族の弟を逮捕し、身柄を時空転移装置に詰めると、カステルモールに一礼した。
「逮捕協力に感謝する。罪人は未来に連れ帰り、然るべき裁判のもと、刑が下されるだろう。」
「微力ながら。力になれたのは、シラノやショワジー殿や、リュリ殿だけだったが。」
ショワジーはそっけなく、踵を返して背を向けた。
「貴方の道行きに神の御加護があらんことを。そして出来れば、二度といらっしゃらないでくださいまし。わたくしは殺人なんて金輪際お断りですわ。」
「ショワジー。クロエ君は君の赤ん坊を生んだぞ。」
「養育費は送っています。ですけど、ドレスを着たわたくしが父になれるとお思いでしたら、多いな勘違いですわ。」
サンソンはショワジーを一瞥し、荷物を背負って歩きながら告げた。
「クロエ君は、赤ん坊には母親が2人と告げて育てるそうだ。私の住む未来よりも、遥か未来では……貴方が本当の女性になることも、女性同士の結婚も、あるのだろう。祝福してあげなさい。貴方は、神父なのだから。」
ショワジーは意外なサンソンの理解に驚いた。
ちょっぴりズレてはいたが。
ショワジーは性自認が男の女装癖、とは、まだよくわかっていないらしい。
「祝福は当然ですわ。わたくしの子ですもの……あぁ、わたくしの旦那様のクロエは母になってしまいました。こうなったら、わたくしは新しい恋に猛ダッシュですわ。」
カステルモールは銃士隊少数精鋭を連れて、馬車の護衛に着いた。
馬車の中ではリュリとユスターシュが、賑やかに喋っている。
「監獄でもバレエの足を忘れるな!お前のようなむきたまごは、何年もレッスンして、ようやく我が王の不調な日に追いつくぐらいだ!芸術みな努力ッ!!石は磨けばなんでも光るッ!!」
「忘れねぇよ!俺、芸術ってもんをはじめてすげぇと思ったぜ……!!」
カステルモールは中の2人に声がけした。
「静かに。出発する。この旅はあくまで秘密裏な……」
「あぁぁぁぁぁ!おぉぉぉうッ!!このリュリ、貴方様をお迎えにあがります故、今暫く!!お待ちくだされ、おぉぉぉうッ!!!」
ヴァスティーユ監獄までの道のり、静かなものである。
リュリとユスターシュは口にガムテープを貼られて、パントマイム状態で意気投合している。
銃士の1人が尋ねた。
「隊長、あれは、よろしいのですか?」
「秘密裏に連れていくのは国王の勅命だ。サンソン殿は、俺に未来のお役立ちアイテムを残したよ……」
カステルモールはガムテープを示した。
銃士は瞬きし、言った。
「使い方は違うのでは?」
「今くらい静かにさせてくれ。ヴァスティーユ監獄についたら、また騒がしくなる。」
つかの間の休息、つかの間の静けさであった。
ルイがリュリを伴って、ヴェルサイユ宮殿に帰還すると、ルイはリュリを連れたまま中庭に急いだ。
中庭で待っていたルイズは、遠目でも気づいた。
余がリュリを伴って来た時。
あれを言った陛下と、今のルイは、全く違う気がする。ルイは真っ青な顔で、ルイズを悲しませたラウルの死を、ずっと背負ったまま、時が止まっていたように。
あぁ。
わたしは今まで誰と話していたんだろう。
ルイ陛下の代わりの人だ。
良い人で良かった。
生きて、ルイ陛下に、会えて良かった。
「ルイズ!そなたに危険が及んだらしいが!」
ルイズは、ルイを安堵させるような、温かな笑顔で迎えた。
「わたしは、陛下を待てましたよ。陛下の代わりの人が、助けてくれましたから。だから、陛下にわたしの気持ちをお伝えします。聞いて、いただけますか?」
リュリが飛び出して妨害した。
「なりませんよ我が王ッ!!こんな公然の中庭で愛を語るだとか、しかも女ッ!!クキィィィッ!!!」
「リュリ。席を外し、デザイナーとバレエ衣装の打ち合わせを。余もこの後は政治でスケジュールが詰まっている。そう長くはかからぬ。」
リュリはハンカチを噛み締めながら激怒を抑える。
「お短く!なさってください!!では、わたしは王のご命を果たしに、デザイナーとバレエ衣装の打ち合わせに参ります!」
リュリが去ると、ルイはルイズの隣に座り込んだ。
ルイズと共に植えた花々が、芽吹いている。
「そなたが、水やりをしてくれたのか?」
「はい。陛下の大事な花々ですし。あちらの陛下は、お花には関与なさらないので。」
「やはり、アレが余では無いとわかるのか。……ヴェルサイユ宮殿には?伝わっておらぬか?」
「大丈夫ですよ。身近な人にしかわからない誤差でしたから。」
ルイはルイズの笑顔を見て、心から安堵した。
「余を待っていたのか。……ラウルのことは?」
「ラウルの死は、陛下のせいではありませんでした。避けてしまって、ごめんなさい。わたしが原因であり、そして、わたしにも選択権がある。」
「……謝るな。ルイズよ、選択権、とは?」
ルイズは意を決した。
「わたしはラウルを好きでしたし、わたしへの愛で生涯を閉じたラウルへの、裏切りには値しますが。……わたしは、陛下とラウルの決闘沙汰を見ていました。そこで、すでにわかっていました。わたしは陛下の人間性が好きです。国王でありながら、人間らしく悩み、人並みの優しさが持てる貴方が。わたしが陛下を選ぶ、という、選択権ですよ。」
ルイは感極まって、ルイズを抱きしめた。
「愛している。仮に、彷徨う余の一時の感情だとしても。今は本当だ。愛してる、ルイズよ。」
ルイズもまた、幸せを感じていた。
「わたしも愛してます。貴方を、支えられる喜びを、わたしにください。例え、一時的だとしても。わたしは幸せです。」
未来に帰ったサンソンは、さっそくフーケ一族弟を刑務所に連行し、罪状を報告し、裁判の手続きを済ませた。
それだけ全部やって、疲れているし、屋敷で休みたい。
だと言うのに、皇帝ナポレオン・ボナパルトに呼び出された。
サンソンは、不機嫌に現れた。
一日の締めくくりに、フルチンの皇帝には、誰だって会いたくは無いだろう。
「なんの用で?フーケの裁判は明日のはずだ。」
ナポレオンは帰ろうとするサンソンを引き止めた。
「待て待て!機械化料理人ヴァテールに差し込まれた命令カートリッジだが、出処が判明したぞ。」
「……なに?」
ナポレオン・ボナパルトは得意げに鼻の下を擦った。
「世は情報化社会!皇帝の依頼に応えぬ企業無し!こんな時ぐらい俺の権力を役立てろ、サンソンよ!」
「それはどうでもいい。解析結果を。」
ナポレオンは報告書を読みながら答えた。
「パピヨン・ド・ニュイ社製、オートマタ用命令書カートリッジだそうだ。俺が派遣した密偵の話では、次々に墓荒らしが起きて、死体を機械化している。フランス国民もまだまだ王家を嫌悪していたらしい。確かに演説で公開するには早過ぎた。死体の機械化は兵力、国民が兵力集めを始めたということだな。そして、パピヨン・ド・ニュイ社も調査済だ。この企業の裏には、自らを革命の士と呼ぶ秘密結社ラルヴが関わっている。俺よりお前が詳しいんじゃあないのか?いや、俺も革命の市民だけれども。お前は死刑執行人だ、数々の死刑に関与しただろ?」
サンソンはラルヴと聞いて怯んだ。
「ラルヴ。現存する革命の士……よもや、ロベスピエールやサン=ジュストが機械化で蘇生していたら、指導者になりかねん。革命後の地獄の再開だな。」
「うむ。ラルヴにとってフーケ一族は序の口だ。カートリッジ自体の生産数は100を超える。」
「100……ルイ14世陛下を守る側の未来人も、私だけでは追いつかない。陛下。シュヴァリエ・デオンを召喚してください。」
ナポレオンは嫌がって怯んだ。
「えぇ~!デオン!?あの口やかましい剣豪の婆さんか?」
「彼女ならば必ずや力になってくれるでしょう。王家に仕えた忠実な僕、竜騎士デオンであれば。」
とある大富豪の屋敷の広間にて。
毎日のように、見世物の決闘が行われた。
「ブラボー!おぉ、ブラボー!!素晴らしい剣術だったな!!」
若き血潮たける決闘広間には、アンティーク品のようなレイピアを下げた老婦人が、厳しいまなこで剣を繰り出す勇姿達を見ていた。
「なんだ?何故決闘広間のエントリー側に、おばあちゃんがいる?死んでしまうぞ、追い出してやれ。」
「よせ!あの老婦人は俺たちが束になってもかなわねぇよ!!知らねぇのか?」
老婦人は立ち上がり、慄いた剣士がボヤいた。
「深紅のレイピアは返り血がこびりついてもう取れねぇって噂だ。あの老婦人こそは竜騎士デオン、現役の剣士だぜ。」
デオンのまなこは何を映すのか。
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「……わたくしの剣が、哭いていますね。予兆でしょうか。大任が来るならば、よろしいのですが。」
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