壬生狼チャンバラ

燎 空綺羅

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第4話 死が二人を別つとも 前編

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 さて。
 前置きに、沖田総司おきたそうじについてその外観を唱えたい。
 沖田総司の肖像画として有名なものは、総司の姉、沖田みつの孫、かなめである。
 沖田家の言う総司とは、病弱で色白な、小柄な男であるが、実は沖田総司は九歳で天然理心流道場てんねんりしんりゅうどうじょう近藤家こんどうけで暮らし始めたから、姉、みつの言う総司とは、九歳までの総司ではないか、と思われる。
 八木家やぎけの者や、新撰組に関わった者らの、沖田総司の印象は、笑うと愛嬌のある色黒の青年で、背が高く猫背であった、という。
 おそらく、総司は天然理心流てんねんりしんりゅうを鍛えて成長し、日焼けしたり背が伸びたのではないだろうか。

 かつて。
 新撰組しんせんぐみでは、度重なる闇討ちが行われた。
 会津藩あいづはん松平公まつだいらこうのもと、新撰組が敵を討ったのは、二十六人となるが。
 新撰組内部の粛清しゅくせいの犠牲者は、四十人に登る。
 近藤勇こんどういさみめいずる、制裁である。
 局長批判。脱走。金策。脱退志願。反幕活動。士道不覚後。
 それらは、土方歳三ひじかたとしぞうの決めたご法度はっとである。 
 土方歳三と共に副長を務め、土方よりも位が高く、実質、新撰組のブレーンであった山南敬助やまなみけいすけもまた、近藤勇が尊王そんのうこころざしをたがえた時、自身の居場所は此処ここには無しと意を決し、脱走した。

 山南敬助を探して連れ戻したのは、沖田総司おきたそうじだった。
 隠居したかの小屋で、元々病気患いの山南は、床に伏せって咳き込んでいた。
 同じく、結核患けっかくわずらいで度々寝込む沖田は、山南を助けてあげたく思い、今回、必死こいて探し出したのだ。
「ゴホッゴホッ……」
 沖田は山南敬助のとこに屈み、説得した。
「山南さーん。具合悪いのになんで無茶したんですか。こんな遠くで病気で亡くなってたりしてたら、わたしは泣きますし許しませんよ?だいたい、頭脳たる山南敬助無くして新撰組は回りません!あんなに仲良しだったのに、近藤さんといさかいでもあったんです?」
 山南敬助は、散りゆく山桜のように儚げな微笑みを浮かべた。
「……沖田君。わたしはね、死に際を自ら、選んだのだよ……」
「え?なんで?死んだりしないでください、仲直りできますよ、きっと!」
 山南敬助は、天井を見上げた。
 否。
 日の本の未来を、見ていたのやもしれなかった。
「沖田君……君に、話すのは、無粋やもしれないが……男達は思想に生き、思想に散りゆく花なのだろう。新撰組は……変わってしまった。もはや、わたしの生きる場所にあらず。伊東いとうさんならば、わたしの想いがわかるはずだ。平助へいすけならば、わたしを恋しがっても、見逃しただろう。」
 沖田には、思想の話はわからない。
 だが、山南敬助が脱走したのは、自身の尊王思想そんのうしそうの為なのだとは、理解したつもりだ。
「なら、きっと大丈夫ですよ山南さん。近藤さんだって尊王に夢見て、一緒に京に来たんじゃないですか。わたしには確かにわからない問題ですけど。帰ったら、伊東さんも藤堂君とうどうくんも、味方してくれますよ!みんな山南さんのこと大好きなんだし、近藤さんだって例え喧嘩しようが、根は優しい人なんですから!」
 山南敬助は、沖田に肩を借りながら、腹を決めていた。
「ゴホッゴホッ」
「大丈夫ですか?しっかり!」
 山南は、温かく告げた。
「沖田君……この先に何があろうと、君は、その優しきこころざしを守りなさい。人を疑うことを嫌い、清らかたらんこと。その目は、伊東さんと同じだ。君だからわたしは懐柔されてしまったのだろう。」
 沖田はポカンとして、山南の言葉が難しくてわからなかった。
「ん……?山南さん、わたしと知恵比べです?わたしは剣以外はからきしの阿呆あほなので、だいぶわかりゃしませんよ?」
 山南は自身の運命を忘れ、腹から笑った。
「そういうところだ、沖田君。君の、優しさや明るさは、類まれなる美点だから、大切にしなさい、という話だよ。」
 沖田は言われた意味がわかり、笑った。
 大好きな、山南さんが言うのだから、信じよう。
 山南敬助の笑顔は眩く、やまいを忘れかける、お日様のようだった。

 慶応元年。二月二十三日。
 近藤勇の命により、山南敬助は切腹せっぷくした。
 介錯かいしゃくを務めた沖田は、苦しむ山南を楽にしてやるべく、涙ながらに剣でその首を切り落とした。
 山南は、三十三年の人生に幕を下ろした。
 見事な最期であった。
 近藤さえも、怒りを鎮めて、山南敬助の切腹を讃えた。
浅野内匠頭あさのたくみのかみでも、こう見事にはあい果てまい……!」
 伊東さんが逃がそうとしても、山南さんは立ち向かった。
 藤堂君がいたら、せめて山南さんは報われたんだろうか。
 わたしが、連れ戻したばかりに。
 山南さんは、思想の元に、散ったのだ。

 すべての元凶は、新撰組を成り上がらせた、池田屋事件である。
 元治元年、六月五日の池田屋事件は、新撰組による、選り抜きの優れた尊王志士達の弾圧であり、惨殺であった。
 これにより、日の本は明治維新めいじいしんが五年は遅れたと言われている。
 その功績から、新撰組は、近藤勇は、幕府の忠臣となり。
 永倉新八ながくらしんぱちが嫌う、天狗てんぐと化して、仲間を家来けらいと呼び始め。
 尊王思想から、幕府寄りへと、逸脱して行ったのだ。
 山南敬助が新撰組を見限ったのは、その為であった。

 一和同心いちわどうしん、日の本が心をひとつにして和とする、尊王開国派の伊東いとう甲子太郎かしたろうが、近藤と亀裂をしょうじさせたのも、山南敬助の切腹からであった。

 沖田総司は、その身に返り血を浴びながら。
 近藤勇の剣で、あり続けた。
 慶応二年、十月。酒井兵庫さかいひょうごを惨殺。
 慶応三年、浅野薫を粛清しゅくせい
 めくるめく闇討ちの日々をこなす。
 優しき沖田総司は、粛清の度、悲しみながら。しかし、覚悟を決めて、容赦なく隊士を斬り。
 結核が悪化した、日野の土方歳三の義兄の宅で、戦線離脱するまで。
 沖田総司は、陽気さを失わなかった。

 慶応三年、一月某日。
 京では、当然だが、一番隊の斬込み隊長の沖田総司でも、医者には通っていた。
 貧しい者にも治療を施す医者、浅井道新あざいどうしんは、普段は家族も働いており、沖田はただ結核けっかくの薬目当てに通っていたに過ぎないが。
「本当ならば、新撰組をお休みし、栄養を取って安静にしておれば、治癒の見込みがある。」
 沖田は呑気に背伸びしていた。
「ん~。そうもいきませんからねぇ。わたしもそこそこの天才剣士ですし。まぁ、永倉さんの技には及びはしませんが。先生、何とか咳止めのお薬だけでも、くださいませんかねぇ~?」
 医者は呆れてため息をついた。
「生きたい患者はたくさんいる。貴方を診てると、生きられない患者が不憫だ。貴方の結核の悪化は自業自得と心得なさい。薬は処方して西本願寺にしほんがんじに使いを出します。帰ってよろしい。」

 京の、夜だった。
 沖田総司は一通りの布団を敷いて、各隊士達のいるふすまを開けていく。
「ねぇ、ねぇ!わたしとみんなで、枕投げしませんか?ひとつ、寝る前の稽古と行きましょう!!」
 昼間に子供たちと遊べなかったりすると、沖田は夜間に聞き分けが悪い子供のように、遊びたがった。
 斎藤一さいとうはじめは眉をしかめた。
「なぁーんか、遊郭ゆうかくから帰る度、妙に屯所とんしょが埃っぽいとは思ってたけどさぁ。原因は沖田ちゃんの枕投げね~。」
「斎藤さん!如何いかがです?最強対最強ってことで、ひとつ!白熱しましょうよー!!」
「いや、はは……無邪気だねぇ。俺はパス。静かに酒呑みに行くわ。寒い日に飲む一人の熱燗が好きなのよ、俺は。」
「まーたお酒ですかぁ。じゃあ斎藤さんめいっぱい酔い潰れてきてください。嘔吐カウント新記録、楽しみに待ってますからねー!」
「笑えねぇ冗談なのよねー……ま、行ってくるわ。マジで熱燗が無いと風邪ひきそうだし。」
 沖田は伊東甲子太郎一派に駆け寄った。
「伊東さーん!伊東さんは残りませんか?男でもあり女子おなごでもある伊東さんなら、わたしの滾る情熱が伝わりませんか?枕投げは如何いかがです?伊東さんの仲良しの皆さんも是非!この寒い夜、伊東さんの細身の身体には、外気は堪えますよー?」
 伊東甲子太郎、そして伊東派は、瞬きしながら沖田に振り向く。
 彼らは特別、沖田に嫌な気を抱いてはおらず、むしろ、やんちゃな沖田に好意的だった。
「どうします?伊東先生。ずっと張り詰めたお仕事であられます。わたしは枕投げの息抜きも、よろしいかと思いますよ。」
 服部武雄はっとりたけおが伊東を思って忠言した。
 服部は優しいけれど、ただならぬ二刀流の猛者で、沖田としては是非とも服部と対戦してみたかった。
「なんなら服部さんだけ真剣でも構いませんよ?すっごくお強くて、わたしも腕が疼きます。」
「はっはっは。ご容赦ください、沖田君。わたしがこころざし半ばに、死んでしまいますよ。」
 沖田はずずい、と伊東に迫った。
「とにかく!伊東さんはおなごです!夜間は危ないですよ!だから遊びましょう!」
 伊東はあまりに沖田が懐いてきて、驚いたが、無碍にはしなかったし、きちんと対話を返した。
「Well Well Well……
 (おやおや)
 随分懐くわね、沖田ちゃん。お風呂話のよしみかしら?でも、ごめんなさいね。確かに細身のわたしに外気は堪えるけれど、仲間たちの付き合いで、わたしもお酒の席に行くのよ。尊王の布教と、朝廷への折り合いもかねてってところかしら。」
「そうなんですか~。」
 沖田と伊東はここのところ、お風呂を共にする中である。
 沖田は近藤局長の贔屓も厚く、武士として、総司の背中の傷を見ないで欲しいと、風呂さえ隊士達から隔絶されていたのだ。
 伊東先生ならば、という、近藤勇の優遇もあり、伊東は風呂場で沖田に遊びと学問を合わせて語りながら湯を浴びていた。
 少なくとも、沖田には学問はなかなか入って来ないが、遊びを通じて、伊東の言いたいことは少しずつ理解出来た。
「ちぇー。でも、伊東さんなら仕方ありませんね。伊東さんの討論は、たしか、ないす ふぁいん!にあたいしますから、皆さん、伊東さんの知恵がなけりゃ、話し合いにならないだろうし。日の本は伊東さんが背負ってる大事なものなんですよね。またの機会に遊んでくださいねー?」
 伊東達はにこやかに笑った。
「勿論よ。わかってくれてありがたいわ。さすがに雪の日は、会談を中止して、沖田ちゃんと遊ぶわね。」
 服部も微笑む。
「我々も賛成です。沖田君はやんちゃですねぇ。」
 鈴木すずき三樹三郎みきさぶろうは、バリバリ対抗意識を燃やした。
兄様あにさまの英語の教えを解するとは……せぬ!枕投げの折は、決着をつけてやろうぞ!!」
 藤堂平助とうどうへいすけは三樹三郎に笑った。
「ならば、俺は三樹三郎殿に助太刀致しまする!総司は手強い奴ゆえ!はは、楽しみだなぁ!」
 篠原しのはら泰之進たいのしんだけは、眉を寄せて伊東に申し上げた。
「……伊東先生。沖田君は、近藤勇の派閥では?無邪気に見えても幕臣の配下、好意を寄せれば寝首をかかれますよ。」
 伊東甲子太郎は篠原を諭した。
「篠原。共に尊王に情熱を燃やすならば、正しき対応をなさい。疑いを嫌い、罠であっても信じ、対話する心が大事だわ。貴方は言葉が達者で、近藤さんが根負けしたぐらいの覚悟ある志士よ。沖田ちゃんに直接ぶつかってみなさい。あの子は、思想がわからないなりに、わたし達に理解を示しているわ。」
「……は。この篠原、至らぬ男でございました。確かに、沖田君は中立でありながら、伊東先生に好意を示している。わたしが浅はかでした、以後、沖田君を疑いませぬ。」
 篠原は、その後、伊東の命で朝廷に根回しし、無事、御陵衛士ごりょうえしを成立させた実力者である。

「よぉーし!一番隊!枕を構えー!!あれ?」
 沖田が気づいた頃には、一番隊は数名しか残ってはいなかった。
「沖田組長、辞めましょうよ。」
「枕投げが一番、沖田組長が咳き込むんですから。結核を治す為にも、早寝早起きしましょ。」
 沖田は辺りを窺い、今にも屯所から出て行きそうな永倉新八に話しかけた。
「永倉さ~ん!みんなは、また遊郭ですか?いっくら新撰組が給料良くたって、外泊ばかりしていると、また土方さんの雷が落ちますよー?」
「まぁな。だが、怖かねぇやい!宵越しの金は持たぬのが男よ!総司、おめぇさんも来たらどうだ?ガキの遊びばかりしてねぇで、たまにゃあ羽目を外さにゃあな!」
 永倉に、沖田総司はため息をついた。
「わたしは結構ですよ、色恋はさっぱりわからんので。わたしの楽しみは、稽古に試合、近所の子供たちとの遊びだし。ま、永倉さん相手に言う事じゃありませんけど、羽目外し過ぎないで下さいよ?場合によっては、寝ていた永倉さんがかわやに目を覚ましたら、剣を構えたわたしがそこにいるやもしれませんからねぇ。」
 永倉は沖田のブラックユーモアに、引き気味の冷や汗をかいた。
「こんの恐ろしいヤツめ。そりゃあ、黒すぎて笑えんぜ!」
 沖田はコロコロと笑い出した。
「ハッハッハッハッハッハ!ひー、ひー。言っときますが、粛清しゅくせいに行く時はわざわざ、永倉さんみたいな剣豪は起こしませんって!寝てるウチにお陀仏ですよーだ!!」
「まぁーったく。俺だって総司が相手じゃ気が滅入っちまうわな。もういっそ、近藤の差し金なんざ、辞めちまいねぇ!」
 永倉はもっともだ。
 だが、沖田にも己の意思があった。
「ふふ。近藤さんや土方さんは、わたしには兄弟同然なんですよ。わたしは何せ、近藤さんより早く道場暮らししてましたから。実の姉のみつより、近藤さんと長年共に過ごしましたからねぇ。近藤さんの剣であることは、わたしの意思なんですよ。頭の悪いわたしの役割は、剣ぐらいなんで。悲しみも涙も、無にすものなんです。人間の機能をするのは、わたしじゃあないですから。だからこそ、山南さんが褒めてくれたわたしの明るさは消えてません。ただ、わたしの生きる道こそが、剣なんですよ。」
 永倉は沖田の真っ直ぐさに感銘したか、或いは不憫に思ったか、
「……待ってろい!」
 と、屯所を飛び出し、すぐ戻って来た。
 永倉は、ホカホカの温かい甘酒を、沖田に手渡した。外を、甘酒売りが通ったようだ。
「この寒さでぃ。総司が外気に当たったら、持病がこじれちまわぁ。枕投げだって咳き込んじまって、いけねぇや。あったかい甘酒飲んで、布団に入って休みねぇ。そんで、希望を持ちな。剣だけが総司じゃねぇや。布団の中で、よぅく、考えねぇ。」
 沖田は瞬きしながら、両手に温かい甘酒を握る。
「剣以外のわたしとは、よくわかりませんがねぇ。なんだか、心配をおかけしちゃいましたね。有り難く甘酒頂戴して、お布団に入るとしますか。」

 屯所とんしょの夜中は静かだった。
 皆が出かけていた。
 そこに現れた騒音の主。
「ンンンンン!!美・少・年!!センサーッ!!……何故だか最近、拙者せっしゃのセンサーは調子が悪いな。妨害電波か?独り寝の夜は寂しくそうろう、宵には美少年こそが至高なのだッ!!あぁっ!拙者せっしゃのホットな接続部が美少年を求め血湧き肉躍るッ!!いざいざ、参らーんッ!!」
 廊下を徘徊する武田たけだ観柳斎かんりゅうさいがやかましくて、すっかり沖田は眠気が覚めてしまった。
 武田は美丈夫の沖田を目指してセンサーを巡らしたのかもしれないが、引っかからないのは沖田からしたら当然だ。
 (武田さん、うるさかったなぁ。もう、眠れなくなってしまった……)
 沖田は酒に弱く、甘酒ですら酔っ払って、頻繁に外のかわやに通っていた。
 酒はすぐ尿意に繋がるのだ。
 しかし、外の厠は寒過ぎた。
「ゲホッゲホッ……か、かわやの冷えが、すごい……。尻なんか出してたら、具合が悪化する……!」
 冷える尻。今度は腹まで痛くなりかねん。甘酒程度で酔う体質を恨むしかない。
「あぁッ……おたわむれを!」
 沖田は振り向いた。
 屯所の寝床で、隊士が2人、絡み合っているではないか。
「良いでは無いかッ!!おぬしは武田観柳斎殿にも肉体を許したのであろう!?俺も、おぬしが欲しいッ!!!」
「あっ……いけませぬ、いけませぬぅ……ッ!!」
 修道現場しゅうどうげんばだ。
 大変だ。
 沖田は顔を真っ赤に染めて、かわやから走り去った。
 武田さんの愛人が、さらに別の隊士に……!
 助けてあげるべきだったが、恥ずかしくて、立ち入れ無かった。
 そもそも、武田観柳斎はまたしても、風紀を乱したのか。
 そしてがむしゃらに走るうちに、気づいた。
 あの道を通らねば、寝床ねどこに帰れないではないか。
「ゲホッゲホッゲホッ!な、なんて場所で修道してるんですか!寒いけど寝床に帰れないし……。仕方ない、愛剣だけはある。素振りでもしに行こう……。」
 沖田は、屯所を出て、咳き込みながらも、昼間に近所の子供たちと遊ぶ浅瀬を目指した。
 ふいに、気づいた。
 先客だ。
 素振りの先客とは、珍しい。
 近づいて見て、沖田は驚いた。
「はっ!はっ!はぁッ!!」
 低い声だが、素振りをしているのは、女の人だ。
 この時代に、女性は剣を習えない。
 伊東の言う通り、まだ日の本は時代錯誤なんだろう、と、沖田は考えていた。
 だが、この女の人には、未来が芽吹いているではないか。
 中々の素振りだ。
 きちんと教え込めば、そこそこの使い手にはなるだろう。
 女の人は素振りを止めた。
 ふいに、沖田は目が合って、びっくりした。
「……いっ!?ゴホッゴホッ、お邪魔でしょうか?ゴホッゴホッ」
「滅相もございませんが……」
 女の人は沖田に歩み寄り、自らの牡丹ぼたんの羽織りを、沖田に羽織らせた。
「えっ!?よ、良いのですよ!?貴女の羽織を奪う訳には参りません!ゲホッゲホッ」
「……お寒かったでしょう。寝間着でここまで歩く事情がおありで、ご病気患いの方。実は最初から、咳は、聴こえていましたが……素振りの1000回目が近く。ゆえ、お待たせ致しました。」
 沖田は素振り1000回目と聞いて、目を輝かせた。そして早口になる。
「その剣への執念こそが素晴らしい!持久力とやる気だけが、剣の才気を伸ばす秘訣ですから!中々の素質のある素振り、見事でしたよ!町人が日々仕事に追われながら、限られた時間に素振り1000回は、さぞかし鋼の意思がおありでしょう!それに、女子おなごにここまでの向上心があるとは、感服致しました!剣に性別の垣根など一切ございませぬ!よろしければ、わたしが剣を手ほどき致しましょうか!?」
 女の人は、唖然と沖田を見て、やがて笑った。
「あはは……ふふ。」
「あれ?どうしましたか?」
「無礼を、お許しくださいね。剣への姿勢があまりに美しい方。おなごのわたしに、剣の手ほどきを頂けるとは、わたしは幸運者です。ですが、貴方様は、何故か寝間着で現れて咳き込んでらして、羽織を申し訳なさそうにしてらしたのに。剣の話ではまるで別で、生き生きとしていらっしゃる。輝く眼差しが、無邪気な幼子おさなごのよう。わたしも三度の飯より剣を愛しますから。とても、好ましく思えまして。」
「えっ……!?そう言えばそうです、失礼をしました!まずは羽織をお返しし、ゲホッゲホッ、わたしの剣をどうぞ。剣とは片刃、刃の側面を意識しながら、ぜひ素振りの参考に致して、ごっ……ごばぁッ!!」
 沖田が嘔吐した。
 嘔吐というか、ほぼ吐血だ。
 女の人は、沖田に渡された剣を抱え、何やら沖田を支えたいが、沖田の大事な剣を落とす訳にもいかず。オロオロしながら、沖田の腰周りを探った。
「無作法お許しください。まずはさやを、失礼して……」
 女の人は沖田の鞘に剣を納めてから、沖田の背中をさすって、肩を貸した。
「大変、お具合が悪いご様子。嘔吐に大量の血が混ざっておりますよ?……結核けっかくの疑いが。わたしはお会い出来ただけで満足です、わたしが責任持って、貴方をご自宅まで送りますね。」
 沖田は恥ずかしさに半泣きだ。
「大変失敬致しました。貴女の羽織りが台無しに。弁償致します。これは、持病の方では無くてですね……実はわたし、甘酒で酔っ払ってしまい、眠れずにかわやに通っていました。そこで、修道の営みをしてる隊士らを目撃してしまい、恥ずかしくて逃げているうち、寝床に引き返す道を失い、ここへ参りました。今は帰れませぬ。嘔吐は、甘酒によるものにて、酔いは冷めましょう。見苦しいものをお見せして、申し訳ないですね……。」
「真っ正直なお方であられますね。嘔吐というか吐血というか……そこまで幼くはないでしょうに、酒も女も、修道も、嗜まれませぬか。」
 沖田は、まだ酔っていたのか?
 それとも、この女の人だから、話したくなったのか?
 そうだ。
 沖田は彼女に、自身を重ねて見ていたのだ。
 剣を愛する、自分のように。
 真面目な眼差しで、尋ねた。
「剣をこころざすおなごの方。名を、何と申されますか?」
浅井あざい瑠璃るり、と。日中は働きに出ている、貧しい医者の娘に、ございます。」
 沖田は、真摯に応えた。
「お瑠璃さん。剣の道に、医者の家だのおなごだの、関係ありませんよ。わたしは新撰組一番隊組長、沖田総司と申します。わたしにはみつという姉がおり、姉は婿を迎えて家督を継ぎました。わたしは、父、勝次郎の夢であった武士道を継いだ、おなごの生まれにございます。父が早く死に、九歳から道場で暮らし、剣を学んでおりました。幸い背が高く、声も低いので、男で通しておりますがね。」
 お瑠璃さんは瞬きした。
「噂に名高い、天才剣士殿であられましたか。父が常々、わたしと同じ剣馬鹿だと、話しておられました。沖田総司様は、おなごだったのですね。ならば、わたしは貴方様のお休み場所に、もっと相応ふさわしい場所を選びます。もはや、遠慮致しませぬ。」
 沖田は抱えあげられ、びっくりした。
「ん?んん!?ちょ、お瑠璃さん!?」
 沖田だって修行の成果で、デカいし筋肉質で充分重たいはずだ。
 それでもお瑠璃さんは沖田をどんどん運んで行ってしまう。意外に、この人は力持ちだ。
 お瑠璃さんの選んだ場所は、沖田の見た事の無い穴場だった。
 わからない。
 でも、綺麗な場所だ。
「冬場に、花が……?花は何処かで見た事があるような?何ですか、この木は?季節を間違えてるんじゃないですかねぇー?」
 お瑠璃さんは、花々が咲いた木の元に沖田を座らせた。
「総司さんは、本当におなごの知識は無いのですね。この木は、冬場に咲く椿つばきの花です。おなごによっては、だいたい11月から椿の柄の着物を着て、咲くのを待ちかねます。わたしが総司さんから剣を手ほどき頂けるならば、此処ここが良い。」
「へー!ひとつ、勉強になりましたよ!お瑠璃さんが此処が良いならば、そうしましょうか!行っきますよー!!」
 沖田は剣を鞘から抜き、お瑠璃さんに握りを教えていると、夜風が吹いて、花弁はなびらが散る。
「握りはこう。刃は下に向けて、前に歩む……あ、お花が。」
 頭から花弁を払うお瑠璃さんだが、別に、払わなくても良いような。
 不思議な気持ちがした。
 花弁をかぶった彼女は美しく、払わないで欲しい気がした。
「花は、払わなくて良いかもしれません。似合っていらっしゃいますよ?わたしは剣に夢中過ぎて、今更気がつきましたが……お瑠璃さんは、たいそうな美人の方なのですね。花が良く似合います。」
「え?……まさか。ふふふ」
「あれ?お瑠璃さん、わたし本当にそう思ったんですがねぇー。」
 沖田はふくれた。
 お瑠璃さんは、花開くように微笑んだ。
「いえ。妙な話があるものだと、思いまして。わたしなぞ、総司さんに比べたら、京にはそこそこいる程度の手合いでしょう。わたしは、総司さんは凛々しく美しい剣士であられるから、おなごと秘密を打ち明けて下さった時、迷わずこの内緒の場所に案内致しました。この椿の赤い花々は、さぞかし、綺麗な貴方の引き立て役に相応しかろう、と。」
「えぇっ!?」
 沖田は真っ赤に染まってしまい、たじろいだ。
「わたしが美丈夫って話ですか。伊東さんに習った周りの評価の対訳は、すぽうつまん しっぷ!たふ がい!て話ですよね?美しいとか綺麗は無縁なやからですよ?」
 お瑠璃さんは感心した。
「まぁ。英語をお習いですか?わたしの父も西洋医学の解読の為に、苦戦しておりますよ。スポーツマンシップは、確かに総司さんのこころざしの美しさのひとつかと。ですが、それは今、わたしが言いたいことではありませんね。」
 変なの。
 おなごとして、褒められたのか?
 別に、美形だ、好青年だー、くらい言われるのは、慣れているはずなのに。
「お瑠璃さん。それは……男としてのわたしですか?おなごとしてのわたしですか?」
「男でもおなごでもある、沖田総司としての、貴女の美しさ。そして、剣に向き合う、その美しい生き方です。まるで、貴女自身が美しい銘刀めいとうのよう。椿に囲まれた銘刀は、人を超えて美しい。」
 沖田は、異様にしっくり来た。
 それは、一番求めていた評価かもしれない。
「そうならば、嬉しい。わたしはある頃から、第三者としてわたしの一喜一憂を見てきた。悲しみも、涙も、無にすものだから。剣とは、使い道次第の道具です。正しき剣なら名刀に。悪しき剣ならば、妖刀にもなる。使い手は一人。剣は、常に技を磨き続けるのみ。わたしは、血に汚れようが、曇り無き剣でありたい。美しいひと振りでいたいのです……やまいであろうと、汚れ仕事であろうと。人では無く、美しい剣のように。」
 沖田は我に返り、苦笑した。
 度重なる粛清しゅくせいからの、現実逃避やもしれなかった。
「ははっ!おかしな話ですよね。少し、人間であることに、疲れたのやもしれませんが。」
 お瑠璃さんは、熱く沖田を見つめた。
「わたしは、剣に魅せられたのかもしれません。人であることに、くたびれてしまわれた、総司さん。貴女は……剣でも、恋をしますか?」
 沖田は再び真っ赤に染まるが。
 しかし、真摯に考えた。
 この人は、こんな珍妙な娘の自身に、好意を寄せてくれている。
 それに、自身とて、彼女に惹かれるものがある。未来が芽吹く人だ。だから、おなごだと打ち明けたのだ。
 ならば、真面目に応えねばなるまい。
「わたしが剣だとわかっていて、貴方がそう仰っるならば。剣は、恋とて、するやもしれません。ですが、剣の妄念は、愛でも殺意でもある。とても険しいいばらの道ですよ?」
「わたし達が、おなごだからですか?それとも、総司さんが、剣の信念そのものだから、ですか?」
「後者です。愛情には、おなご同士くらい関係ないです。お瑠璃さん、わたしは剣だ。同じ道を往くならば、貴女も、剣であらなくてはなりませんよ。正しく悪を断罪する剣となるか。はたまた、悪逆非道の殺しの剣となるか。すべて、貴女次第です。今のお瑠璃さんは、まっさらな刀身なのだから。」
 お瑠璃さんは、深く理解し、総司に借りた剣を眺めた。
「わたしも、剣になる……。いえ。わたしが、剣になる!!教えて下さい、総司さん!わたしに、剣の道を!」
 沖田総司は自分のこと以上に嬉しく、眼差しを輝かせて剣を語り、教え込む。
 恋ゆえの盲目か。
 剣としての仲間意識か。
 どちらでもいい。
 この人を、立派な剣客けんかくにしてみせる。
 愛しさと、大志で、心が弾んだ。
「わぁーい、ぜひに!請け負いました!!まず、竹刀しないでは無く木刀を選んだのは実に良く、実戦向きです!お瑠璃さんの木刀の扱いであれば、真剣に持ち替えたとて、怪我はしません。わたしがいる日は、わたしの剣で練習なさればよろしいですよ!わたしは実は愛刀、加州清光かしゅうきよみつを折ってしまいまして。今の脇差わきざし大和守安定やまとのかみやすさだ、そこそこ名刀ですが、貴女なら折ったりはしません。仮に折れても、買える範囲ですから。大丈夫、二人で強くなってさえしまえば、わたし達の恋に誰にも文句は言えません!わたし達は、一対の剣になりましょうぞ!」

 翌日、沖田は1日寝込んだ。
「ゴホッゴホッ」
 寝返りの度に咳が出る。
 スっとふすまを開けた一番隊の腕利きの隊士、大石おおいし鍬次郎くわじろうが、沖田の布団の前に膝まづき、懐から注文書をだして渡した。
 そして心配げな溜息。
「大丈夫なんですか、沖田組長。きちんと療養してましたか?」
「大石、この状態でわたしだってさすがに遊び出しゃしませんよ。」
 大石はからかうように、本当かな~?とボヤいた。
「ゲホッゲホッ、くぉら、大石!」
「はいはいっと。くだん呉服屋ごふくやの使い、こなしましたよ。同じ牡丹ぼたんの羽織りは無かったので、沖田組長の案の椿つばきにしときました。」
「ゴホッゴホッ。そりゃあどうも、助かりました。その、椿の羽織りは、見栄えがしますか?」
 大石は自信満々に告げた。
「そりゃあ、元の安い羽織りより、沖田組長が高い金積んでますから。たいそう美しい羽織りでしたよ。いやぁ、女に興味無いとかぬかしながら、やる時はやる!切符の良さに惚れますねぇ!」
 沖田は激おこだ。
「からかわないでくださいよっ!わたしは遊びじゃないんですから!別に恋しい方を羽織りで釣ろうなんて腹は無いので!いいですか?大石。このことは、くれぐれも内密に。」
 大石は沖田の本気っぷりを察し、讃えながら立ち上がる。
初志貫徹しょしかんてつ!アンタは男の鏡だ。俺たちゃ、自身の惚れた沖田組長の邪魔はしませんよ。口も硬く閉ざします。」
 大石の言葉で、沖田は微笑した。
 大石鍬次郎は沖田総司と並ぶ凄腕の剣客けんかくで、唯一、沖田の自認が剣であることに気づきながら、否定をしなかった。
 大石は、沖田がいずれ倒れたら、みずからが沖田の代わりに剣となる覚悟すら固めていた。
 後の、人斬り大石おおいし鍬次郎くわじろうである。
 大石が立ち去ると、沖田は組長としての強がりから腑抜けた。
「あー……けだるい……寒い……お日様の下で干した、ホカホカのお布団はありませんかねぇ……」
 沖田が熱を出してから、帰っていた監察かんさつ山崎烝やまざきすすむが、土方への依頼を済ませてから、ふすまを開けて戻り、沖田を看病した。
「布団がどうとか、言ってました?今、隊士達が干してますから、お待ちなされ。そも、自業自得の可能性が。夜半に何処どこか歩かれたでしょう?発熱と咳がお悪い。この山崎烝、松本良順まつもとりょうじゅん先生せんせいに習った医師でもあります。誤魔化しは効きませぬよ?」
「ゴホッゴホッ、すみません、山崎さん。厄介になりますね。お薬って出ますか?」
「いえ。看病自体は困っていませんからお気に召さるな。薬は安心なさってください。石田散薬いしださんやくの知識ある土方さんにも協力していただきましたから。しかし、結核を悪化されてますね。沖田君の場合、結核なのか風邪なのか、判別し難いし、両方って場合もあります。本来なら、治療に専念して新撰組を休まれるべきですよ。昨晩は、一体何を?」
 沖田は真っ正直な自分を悔やみながら、嘘を嫌い、何とか紛らわした。
「ご好意でいただいた、寝る前の甘酒で、酔っ払ってしまい……寒過ぎるかわや以降は、覚えていません。嘔吐して治ったかと。で、ですが!確か武田さんの愛人を発見しました!隊士達から、さらなる修道の被害に!土方さんに言伝ことづて願い、被害者を除隊させてあげてくださ、ゲホッゲホッ!!」
 土方がふすまを開き、沖田の寝床ねどこに膝まづく。
「また武田か。あのこすずるい小悪党めが。山崎、諸士調役しょししらべやくを任ずる。なに、武田は修道、遊郭へは行かんし、屯所の夜しか動かねぇさ。昼間は総司を任せた……頼まれた薬だが、西洋薬学だな?こいつはちと苦ぇぞ。吐かねぇように、ぬるま湯で飲みな。」
 山崎の諸士調役しょししらべやくとは、新撰組隊内の目付け役である。
「承りました。武田たけだ観柳斎かんりゅうさい……尊王思想から取調べの沙汰もあり、あのお方は2度目ですが。」
 土方は念入りに告げた。
「山崎。何を懇願されても気を許すなよ?あの男は近藤さんに媚びへつらいながら、裏で近藤さんの陰口を叩く野郎だ。一直線の永倉よか、余程タチが悪かろうよ。」
「勿論ですよ。彼を良く思う者は少ないです。さぁ、沖田君、椀に入ったぬるま湯で、薬を飲みましょう。土方さん、見事な手並みですね。日の本では珍しい薬草でしたが……」
「伊達に石田散薬を継いだ息子じゃねぇんでな。しかし、確かに珍しい調合だった。」
「松本良順先生に習った西洋医学ですよ。……本来なら、沖田君はあの方の元で治療なさるべきです。土方さん、沖田君の為には英断すべきだ。」
 土方も、沖田の先行きを考えぬでは無かった。
 家族のように親しく、甘えがあったのやもしれない。あまりの天才剣士っぷりに、つい頼りがちであった。
 特に、最近の沖田に任せきりの粛清しゅくせいは酷く、沖田はたまに顔を曇らせるようになった。
 明るく、冗談好きの、沖田が。
「総司次第だ。近藤さんには、俺からも」
「おっばァ~~~ッ!!にがッ!!エレエレ……」
 沖田が薬を吐いた。土方歳三は額に青筋を浮かべた。
「総司。てめぇ、この薬がいくらすると思ってやがる?」
「無理無理!!苦過ぎますし、粉なんですよ!?高いんなら菊一文字則宗きくいちもんじのりむねでも買ってくださいよ、そのほうがわたしは嬉しいです!」
 土方、ついに沖田に拳骨。
「馬鹿野郎!命あっての刀だ!だいたい、あんな脇差わきざしを買うのは大名くれぇのもんだぜ。とにかく薬を飲め総司、吐かずに飲め!」
 沖田は叩かれた頭を抱えて、反発した。
「苦いもんは苦いですし、甘味が好きなんですよ!団子にでも包んで下さい、飲み込みますから!!わたしのどでかいですから!」
 山崎烝も頷いた。
「甘味……団子なら専門家の力を借りては?島田さんに協力いただいて、団子のあんに薬を練り込みましょうか。島田さん手製ならば、食ったところで、砂糖の割合で味が変わるやも。喉がでかいならその方がよろしいかと。毎回吐かれては、薬代も馬鹿になりませんからね。」
「ちっ。寝てろ、馬鹿総司。島田を呼んで、調合し直してくらあ。」

 沖田総司は、夜になると、武田たけだ観柳斎かんりゅうさいのでかい声を頼りに、眠たい目を擦って起き上がった。
「ンンンンンンンン!!美・少・年!!今宵こよい拙者せっしゃの愛は何処いずこかッ!!!さぁ!拙者せっしゃの自慢の美少年センサーよ!!拙者せっしゃを導いておくれ!!」
 廊下を徘徊するやかましい武田に、沖田がボヤいた。
「目覚まし観柳斎だ。便利な世の中ですねぇ……さぁ、暖かくして、行かないと!」
 着替えた沖田が屯所を出て行くのに、武田を見張っていた山崎烝やまざきすすむが気づかないはずも無かった。
「沖田君……?」

 沖田は早歩きで、お瑠璃るりさんの稽古する浅瀬へ。
 二人は合流すると、椿つばきの咲く秘密の場所で、猛稽古に勤しんだ。
 沖田総司は、実際に師範となり、剣術の型を見せては教え込む。
「わたしの剣は天然理心流てんねんりしんりゅう……こういってはなんですが、現天然理心流では、わたしが最たる使い手です。だからこそ、わたしは近藤勇の剣であります。北辰一刀流ほくしんいっとうりゅう免許皆伝めんきょかいでんですが、やはりわたしは天然理心流てんねんりしんりゅうですね。師範のわたしはやや荒っぽいですし、厳しいですよ?」
 お瑠璃さんは天然理心流の型を真似ながら、頭に刻み、沖田に返した。
「医者の娘でありながら、これほどの剣術を学べるのです。厳しく叱って結構、生易しくては身につきませぬ。わたしの求める強さを、総司さんが鍛えてください!」
 沖田は木刀を取り、真剣を持ったお瑠璃さんに構えた。
「まずはわたしの木刀を斬り捨ててみなさい。天然理心流の平晴眼へいせいがんの構えを持って、わたしをねじ伏せてみせよ!!」
 お瑠璃さんは初めてにしてはしっかりと、教わった通りに平晴眼の構えから、剣術を繰り出した。
 しかし、沖田総司の素早い木刀の突きに翻弄される。
「飲み込みの早い!しかし、未熟!!獲物に頼りすぎだぞッ!!刀に頼っては自然と身体はがら空きだッ!!斬り方も生ぬるい!!刀で斬るな!!身体で斬れ!!」
 言う通りだった。
 刀に頼った剣術は、沖田の突きを防げない。
 まだ突きを習ってない以上、斬撃で沖田を破る他は無い。
 総司の踏み込みを見た。
 踏み込みひとつ、そこからが既に剣術なのだ。
 斬込みは刀では無い。
 全身から、斬込まねばならない。
 お瑠璃さんの理解は早かった。
「身体で斬る……!踏み込みから始まる!!剣術とは、身体の流動次第なのだ……!!いやあああああッ!!」
 速い!
 もう踏み込みを学んだ!
 全身で繰り出す斬撃。
 沖田は自身の木刀が斬られ飛ぶと確信し、同時に、高揚した。
 同じ試衛館しえいかんの天然理心流の仲間達は、沖田にかかれば幼子同然おさなごどうぜんで。
 沖田が認める上に立つ剣士は、流派違いの、永倉新八や斎藤一くらいのものだ。
 だが、お瑠璃さんは違う。
 おなごだからと、甘やかして真剣を持たせたが最期。
 この踏み込みによる素晴らしい一撃は、木刀を斬り捨て、おそらく沖田総司の肩から首を持っていくだろう。
 もう一人の、わたしだ。
 お瑠璃さんもがむしゃらから気づいた。身体の勢いは止まらない。沖田総司は、このまま死ぬだろう。
 事故だった。
 幸いな、事故だ。
 沖田が舐めていたお瑠璃さんの剛腕は、木刀の筋を半ば斬る最中、あまりの力で刀身が折れたのだ。
 しばし見つめ合い、お瑠璃さんは恐怖から膝をついた。
「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ」
 沖田総司はカラカラと笑った。
「ハッハッハ!死んだって本望でしたよ!わたしは嬉しいですよ、お瑠璃さん!貴女はただの見込みあるおなごではない!天賦の才を持っておられた!貴女ならば剣になれる!まるで、もう一人のわたしのようです!」
 お瑠璃さんは、沖田総司が恐怖していないことに、学んだ。
「わたしも、剣馬鹿でしたが……総司さんの概念、よくわかりました。剣は、振るい方次第では、愛する人さえあやめる……そして、剣なれば、いつでも果てる覚悟。この事故はわたしの勉強でした。」
 沖田総司は、凛々しい顔つきに変わった。
「はい。わたしも、兄と慕う山南敬助を斬った剣ですから。剣は愛する人の命を奪う。所詮は、人殺しの道具なのです。恐ろしいですか、お瑠璃さん。剣に迷いが、生まれましたか?」
 お瑠璃さんは立ち上がった。
「恐ろしいです。だからこそ、学ばねばならない。上達せねば、手加減など出来よう相手ではない、貴女は。わたしは、願うことなら正しい剣になりたい。総司さんを苦しめた数々の殺しではなく。わたしは、……新しい沖田総司に、なりたい。」
 沖田総司は、今度はみずからが考えさせられた。
「新しい……わたし?」
 お瑠璃さんには、総司の苦しみが視えていた。
「総司さんは願っている。愛する人を殺めたくない貴女。優しくて苦しまれた、貴女。だから、悲しみから、人を捨て、貴女は剣になられた。ならば、わたしは総司さんの願った、また違った道へ。心ある良き剣になりたいのです。心が折れては剣は折れます。この、わたしの未熟さゆえに折れた、大和守安定やまとのかみやすさだのように。」
 沖田総司は自身の手の平を開いて、見つめた。
 確かに、願ったことが一度も無い訳じゃない。
 だが、現実には、そんな道は無かった。
「剣に、心は……報われないとしても、ですか?」
 沖田の手は真っ黒だ。
 仲間殺しの、血塗れの手だ。
「報いがなくとも。悲しみを、捨てない。心を、壊してはなりませぬ。」
 お瑠璃さんは、強い人だ。死を、背負っていけるのかもしれない。
 沖田は納得がいってしまった。
 しかし、反抗し、突っぱねた。
「それは、違います!」
 お瑠璃さんが、正しくとも。
 沖田の優しさは、沖田をさいなむ災厄だったのだ。
「お瑠璃さん。貴女に出会うまで、わたしは悲しみから逃げたし、人を捨てたのは確かです。しかし、死の涙を割り切って、前に進んだ。貴女が正しく心ある剣であっても!その優しさは、剣を曇らせますよ!かつて、芹沢鴨せりざわかもはわたしに正しさを失うなと告げた。山南敬助は、わたしの優しさと明るさは美点だから、失うなと。みんなみんな、むちゃくちゃじゃないですか!わたしは剣だ!優しければ人など斬れはしないのに!残忍な心無き剣だからこそ、明るさを保てた!!狂い出したからこそ、呑気に笑ってられるんです!!」
 お瑠璃さんは沖田の苦しみを思い、でしゃばりはしなかった。
 今、否定しては、沖田総司の否定になるからだ。
「総司さん……だから、貴女はあんなに美しかったのでしょうか。赤い椿つばきに囲まれた、無機質な剣だから、剣を語り美しく笑っていられた。わたしは、貴女の自己防衛を、否定は出来ません。それは、優しさゆえに思い悩んだ結果でしょうから。わたしは、貴女の苦しみに寄り添いたい。」
 沖田は指導しているつもりで、お瑠璃さんを悩ませた。
「心を捨てるべきです、お瑠璃さん。貴女が、自分を守る為に。わたしもお瑠璃さんを恋しく想う、寄り添いたいのです。わたしは貴女にまで、あの地獄を味わってほしくはありません。優しさは、剣にとって苦しみそのもの。剣は時に非道でなくてはならぬ。」
 お瑠璃さんはボヤいた。
「わたし達が魅せられた剣は……まるで、仏様ほとけさまを悲しませるかのよう。」
 沖田は漆黒の眼差しで、お瑠璃さんの両手を自らの両手で覆った。
「大丈夫。鬼も仏も、わたしが斬り捨てる。地獄の果てまで、貴女を連れて行く。」

 翌朝、近藤勇こんどういさみはきちんと早起きして布団をたたみ、朝餉あさげの前に漢字の練習として、筆を走らせていた。
 近藤は、自らに学問が無いことを恥じ、日々努力を怠らなかった。 
 のちに、近藤の一筆は立派な書道として評価されるが。
 特にこの頃は、近藤には自信が無かった。
 天狗てんぐだったし、威張り散らしてはいたが、伊東先生の英知に対しては、憧れも妬みもあった。
 その分、大事な沖田総司には、伊東先生との時間を与え、総司が学問に不自由しないように願った。
 己は平民の成り上がりだが、沖田総司は違う。
 総司は、武家の子だ。
 父、勝次郎さえ早くに亡くなられなかったらば、きっと家督を継いで、不自由の無い人生だったはずだ。
 近藤勇は我儘わがままな男だが、家族同然の総司の幸せは、しっかり考えていた。
 総司はそろそろやまいが酷い。
 吾輩わがはいの家族の宅で総司を引き取って、共に暮らすべきか?今度こそ、総司を治療させなければなるまい。
 トシが言いたい事は、わかっている。
 だが、西本願寺にしほんがんじにいる限り、総司自身が納得すまい。
 今の総司は悲しい思いばかりだ。
 近藤の粛清しゅくせいは、信頼できる者にしか任じられない。
 だが、そのせいで総司は。
 悲しい。
 我儘わがままで頭の足りない己が恨めしく、心から優しく賢い伊東先生を、妬ましく思った。
 伊東先生ならば、総司を最優先で休ませたのではないか?
「近藤局長。お目通りいただきたい。」
 ふすまの向こうから、山崎烝やまざきすすむ土方歳三ひじかたとしぞうの影が見えた。
「トシがついておれば、構いはせぬ。入れ、山崎。」
 土方を伴った山崎烝は、複雑げな、悲しげな面持ちで、襖を開けて正座していた。
「失礼致します。局長のお耳に入れたい話があって、参りました。」
 近藤は眉を顰めた。筆を置いて、向き直る。
「トシがいて、解決せぬ話とは。如何いかなる話か。」
 山崎烝は緊張し、だいぶ初めから説明した。
「実は、沖田君が持病をこじらせたおり、不審な発言が。甘酒で泥酔し、夜間外出の覚え無し、と。」
「嘘ではあるまい。総司は下戸げこでな。総司は昔の記憶がないやもしれんが、13歳で正月の甘酒に倒れてかわや通い。免許皆伝めんきょかいでんの折の祝いでは、酒を飲んで死にかけたのだ。酒は避けるようになったが、甘酒は舐めてかかったやもしれぬ。そりゃあ、総司ならば、甘酒でも泥酔しよう。」
「……そう、わたしも思いまして。ただ、沖田君が言うには、屯所で修道被害を見たのは覚えていて、被害者を除隊させてあげて欲しいと。そこで、わたしは土方さんから、武田たけだ観柳斎殿かんりゅうさいどの取調役とりしらべやくを任じられ、夜間に武田殿の見張りを。被害者が誰かも特定せねばなりませんでした。」
 近藤勇は、山崎烝の不器用な説明に唖然とした。
「……総司の泥酔と、武田観柳斎の修道が、どう結びつくのだ?まさか、被害者は総司で……それはいかん!!如何いかに痛手であっても、武田観柳斎を殺さねばなるまい!!」
 土方歳三が、近藤勇を落ち着けた。
「早とちりだ近藤さん。山崎も緊張していて不器用になってやがる。山崎は、武田を監視する際、夜間外出する総司を見た。その報告に対し、俺が命じたのさ。武田を後回しにして、総司を見て参れ、とな。」
 近藤勇はようやく理解した。
「武田観柳斎の話は、要らなかったのではないかね?」
「申し訳ないです。ただ、土方さんのめいで沖田君を尾行、監視し……おったまげてしまいました。沖田君が、おなごだと、知ってしまい。」
 近藤勇は厳しく命じた。
他言無用たごんむようであるぞ!」
「は、はい!もちろんです!ただ、沖田君は、一人のおなごと密会し……」
 近藤びっくり。
 総司の浮ついた話などは、初めてだ。
「え?総司が……恋を?あの堅物が!?」
 近藤は我がことのように幸せな錯覚に陥った。
 ずっと悲しいことばかりだった総司に、明るい話題がやってきたのだ。
「そのようで。おなご同士で、愛を語っていました。」
 近藤は涙腺を緩ませながら、扇子を開いて豪快に笑った。
「わっはっはっは!嬉しくて泣いてしまった!ようやく総司にも春が来たか!!トシ、吾輩達わがはいたちで思いっきり祝ってやろう!妻に赤飯を炊かせなくてはならん!!娘と総司を招き、馳走を振る舞わなくては!!」
 山崎烝は近藤のおおらかさに驚いた。
「え。おなご同士なんですよ!?だいたい、相手は貧しい医者の娘で、武家の沖田君に釣り合いませぬ!」
「とは言ってもな。総司は元々男として通してきたし、育ちも男扱いだ。そりゃ、おなごであってもおなごを好きになっておかしくはあるまい。男にしか見えない総司を、気味悪がるやからはおるまいし。ずっと男で通せばよいではないか。ただ、娘が総司と釣り合わぬ身分なのは、正直癪だし口惜しいが……何とかしたい!吾輩わがはいから松平公まつだいらこうふみをしたため、幕府の武家に娘を養子縁組させれば……色々考えてみよう。伊東先生にも知恵を借りて……なにせ、相手は変更出来まいぞ。総司のことだから、遊びと割り切れぬ問題なのだ。」
 山崎烝は更に真っ青になった。
「祝っていいのか、わかりませぬ。一番の問題は……沖田君は、おなごに剣術を教えています。おなごには、天から与えられた、あたかも沖田総司以上の剣の才気があり……」
 近藤勇は瞬きした。
 そして、総司を差別されたと勘違いして、機嫌を悪くした。
「山崎!けしからん奴めが!!貴様が口立てする言われがあろうか!?おなごが剣術を学んで何が悪いのだ!事実、総司はおなごでも最強の剣客けんかくではないか!!天然理心流てんねんりしんりゅうに性別など関係あらず!!才気ある者に剣術を教えるなど、総司は見上げた奴よ!!」
 山崎烝は思い切った。
「そこに、問題があるから申し上げました!娘は、沖田君の地獄の道連れです!!このままでは不幸の連鎖だ!!今宵こよいは近藤局長もみずから同行なさってください。沖田君を説き伏せられるのは、局長だけです!!止めなくては、悲しみが増えるだけ、ゆえに!!」

 沖田は朝餉あさげをたらふく食べた。
 伊東いとう甲子太郎かしたろうは、自分の焼き魚を丸ごと沖田総司に譲った。
「食べれたら、食べてちょうだい、沖田ちゃん。最近コルセットの締まりが悪いのよ。お酒は、太るのよね……。」
「わぁーい!いただきまーす!焼き魚の脂身が美味しいですねぇ~!おかわりくださーい!あ、土方さん、たくあんあげますね。大根が嫌なんで。そのお豆腐と交換しましょうよ!」
 土方歳三は大好きなたくあんを沖田の皿から持って行き、豆腐の皿を沖田に与えた。
「やったぜ……。」
 原田左之助はらださのすけ永倉新八ながくらしんぱちは朝餉の席で沖田総司の回復を、嬉しそうに見守っている。
「西洋医学ってなぁすげぇんだなぁ!」
「なんにせよ、仲間が揃って飯がうめぇのは、めでてぇや!」
 斎藤一さいとうはじめはフラフラして、朝餉が進まない。
「食べないんですか、斎藤さん?」
 斎藤一は、朝餉をお膳ごと沖田に譲った。
「あげる。ちょっと俺、朝方まで、飲み過ぎ……」
 立ち去ろうとした斎藤一は嘔吐。
 沖田はすかさず伊東にもらったそろばんを使った。
「出た!斎藤さんの嘔吐カウントだ!一回、二回、三、四」

 昼間に沖田は呉服屋ごふくやへ行き、美しい椿つばきの羽織りを受け取って、風呂敷に包んだ。
「本当に、松本良順まつもとりょうじゅん先生せんせいはすごい方なんですねぇ~。そして習った山崎さんの覚えの成果!咳も止まったし、快調快調!」 
 ふいに、沖田は羽織りを真剣に物色している伊東甲子太郎を見つけて、声をかけた。
「伊東さーん。鉢合わせましたね!日頃のオシャレな羽織りは、ここで買ってたんですか?」
 伊東甲子太郎は驚き、苦笑した。
「Well Well Well……
 (おやおや)
 物欲がバレちゃったわね?そうよ。合間を縫って色んな呉服屋を物色しているわ。尊王第一だけど、美しくありたいもの。」
 沖田は感心げに伊東の掴んだ羽織りを見た。
「綺麗なお花の柄ですねぇ。異国の「どれす」の上から、羽織り。オシャレですね~。伊東さん、この花は?桜ですか?」
 伊東は沖田の花へのうとさを悪くは言わず、たおやかに教えてくれた。
「桜は桜でも、山桜よ。この花はわたしの決意の表れだわ。尊王に散った山南敬助を、継ぐという覚悟。弔いであり、前へと歩む決心になるのよ。それに、美しいしね。」
 沖田は、伊東の考えに心から感心した。
「伊東さんはすごいや……わたしは、山南さんを介錯かいしゃくして、悲しみから逃げたのに。確かに羽織りなら、弔いながら前へと進めますね。それは、冷酷に逃げることより、とても前向きで……伊東さんは、命を継ぐんですね。みんなが優しい伊東さんを好きになるのが、わかりますよ。」
 伊東甲子太郎は笑って、沖田に言った。
「周りは大袈裟だけどね。でも、そう思ってくれたなら、嬉しいわ。沖田ちゃんは、呉服屋なんて珍しいわね。まぁ、可愛らしい着物だって自信を持って買うべきだわ。今日は、何を買ったのかしら?」
 沖田は風呂敷を開いて、贈り物の羽織りを見せた。
「わたしのじゃないですけど。贈り物の羽織りです。」
「あら、美しい椿つばきの柄ね。あえて大輪の模様が素敵だわ。…………椿、ね。」
 沖田総司は瞬きした。
 伊東甲子太郎が、何故一瞬悩んだのか、わからなかった。
「どうしたんです、伊東さん?」
「ううん。贈り物なら問題無いのよ。ただ、今の世は、尊王志士達は命懸け……剣士はみんな、椿を不吉だと避けるから。」
「えっ?綺麗な花なのに、ですか?」
椿つばきは、最期さいごの時、枯れる前に花の首ごとポトリと地に落ちるのよ。それが、まるで斬首ざんしゅのようだから、剣客けんかくには不吉だと嫌われてるわ。わたしは好きだし、その羽織りが沖田ちゃんのものじゃないなら、無縁な話だけどね。」
「首から、落ちる………。」
 沖田は、伊東の教えに、不安どころか喜びを感じた。
 わたしとお瑠璃るりさんの、特別な花。
 最期には、首から落ちる。潔い死だ。
 剣に生き、斬られて死にゆくわたし達。
 椿つばきは、わたし達に、さぞ相応ふさわしかろう。

 沖田は鍛冶屋で、完成品の大和守安定やまとのかみやすさだを二刀、購入しようとしていた。
如何いかに新撰組隊士さんでも、一度に二刀はお値段キツいでしょうな。」
「まぁ、隊士の勝手な金策はご法度ですしねぇ~。その分、皆に比べたら、わたしの浪費は甘味くらいですから。余裕余裕、備蓄がありますよ。」
「まけなくてもお支払いで?」
 沖田総司は自慢のフェアプレーだ。
「もちろんですよ!斬れ味良し強固さ良し、大和守安定やまとのかみやすさだを二刀ならば、正当な値段です!伊東さんにそろばんも習ったんで、間違いなく、この支払いでお釣りがくるかと!」
 刀鍛冶は金を数え、沖田を褒めた。
「新撰組は嫌いだが、アンタは偉い!珍しくまともな買い手だ。そこで、アンタの為に特別だ。こいつを買う前に、良い品を教えてあげよう。」
 刀鍛冶はひとつ、奥から大和守安定やまとのかみやすさだを出した。
 さやを抜くと、刀身とうしんは見事な青みがかっていた。
 青い、刃だ。
「え……すごい!!」
「これぞ真骨頂、地色青じいろあお焼刃白やきばしろしってな。実は、うちじゃなくて、回りモンなんだが。名刀鍛冶が死んでな。遺族が委託したのさ。だが、同じ鍛冶屋ならこいつの美しさがわからんやつはおるまいよ。普通の大和守安定やまとのかみやすさだより少し値が張るが、どうだい?」
 青みがかった刀身。
 まるで、瑠璃色るりいろだ。
瑠璃色るりいろ大和守安定やまとのかみやすさだを一刀、普通の大和守安定やまとのかみやすさだを一刀、計二刀、買います!!」

 夜更け時。
 西本願寺にしほんがんじの廊下を徘徊するは、兵法指南役へいほうしなんやく武田たけだ観柳斎かんりゅうさいだ。
「あーーッ!!拙者せっしゃの美少年が除隊するなんて……許すまじ土方君!ンンンンン!!せめて今宵夜這いし、美少年との最後の官能をッ!!あの柔らかな身体に入り込み、あの小さな竿を拐かしッ!!!た・ま・らーーんッ!!!急げ修道!!まだ間に合うぞッ!!!」
 武田観柳斎は走り出した。
 沖田総司は眠たいまなこを擦りながら起き上がった。
さいわいに起きれたけど、なんかいつもより遅いな……武田さん、もしや落ち込んでる?まぁ、行くとしますかね。」
 沖田は身支度し、大和守安定やまとのかみやすさだを二刀携え、贈り物の羽織りを持って出て行く。
 山崎烝は、それを見て、別室で待機していた近藤勇に合図を送った。
 沖田君が動きました、の合図だ。
 近藤は立ち上がり、山崎烝に習い、足音に気をつけながら出て行った。

 沖田総司は、浅瀬でお瑠璃るりさんを見つけるなり、お瑠璃さんの稽古に魅入った。
 邪魔したくない。
 彼女は、美しい型を見事に身につけた。
 もう、こんなに天然理心流てんねんりしんりゅうを進めている。
 よもや、沖田総司以上の成長の速さだ。
 お瑠璃さんが沖田に気づいて木刀を休めると、沖田は走り寄った。
「素晴らしいです!本当に働きながらの夜間の稽古とは思えない、見事な型をしてらっしゃる!」
 お瑠璃さんも、まともながら、剣馬鹿の部類だ。容姿を褒められるより、剣術を褒められれば、舞い上がる。
「嬉しい……。天にも昇る心地です。わたしの剣は、総司さんがいればこその成果なんです。剣馬鹿のわたしは、きっと今が青春。剣術を習えて、愛する人に会えて……。」
 沖田は大和守安定やまとのかみやすさだを二刀出し、笑った。
「そんなお瑠璃さんに贈り物です。ただ、さやから出さないと、どっちがどっちだか……」
「わたしに刀を?そこまでお世話になっては、気が引けてしまいます。刀代は、働いて返しますから。」
「いーんですいーんです。わたしの浪費は甘味くらいでして。これでも新撰組幹部、給料は馬鹿高いですし、備蓄はきちんとあるんですよー。」
 沖田は鞘から出しては刀身を確認した。
「あ、こっちは普通の。わたしのだ。じゃあ、こっち……うん!瑠璃色るりいろの刀身の大和守安定やまとのかみやすさだ、これはお瑠璃さんの!!」
 お瑠璃さんは受け取って、瑠璃色の刀身を眺めた。
「なんて美しい……青い刀身なのでしょう……まるで、総司さんみたいな刀だ。焼き刃は白く、地金は正に瑠璃色で……わたしの名前の為に、これを?どう見ても名刀鍛冶屋の技、値が張ったのではありませんか?」
「んー。愛する人の刀には、いいものが欲しいですし。その瑠璃色を見て、買わずにおれませんでした。ただ、お瑠璃さんが意外と剛腕なので、お瑠璃さんの身を守る使命を果たすまでは、折れないでくれたら、それでいいというか……それから、これ。」
 お瑠璃さんが渡された風呂敷を開けると、美しい椿つばきの羽織りに驚いた。
「受け取れません!美しいですが、こんなに高価なもの……総司さん、どうかわたしの愛を勘違いなさらないでください。わたしは、金目当てのおなごではございません。」
 沖田は、自身とお瑠璃さんの金銭感覚の差を思い知り、深く反省した。
「すみませんお瑠璃さん。わたしの金銭感覚が至らないばかりに。わたし高給取りでして、慎ましい金遣いを忘れてました。これは、初めて会った時に、わたしがお瑠璃さんの羽織りに嘔吐してしまって……その弁償の羽織りのつもりだったんです。決してお瑠璃さんを金で釣ろうとしたのではありません。ただ、あれから寒かろうし、防寒着として使っていただけたら。」
 お瑠璃さんは、総司の目を見て、信じた。
「……総司さんは嘘の無い方。信じて頂戴ちょうだいいたします。わたしの羽織りは安物で、確かに気に入った牡丹ぼたんの羽織りでしたが、わたしとて医者の娘です。生来が着物は使い捨て、安物で構わない。父が貧しい患者さんからお金を取りませんから、わたしは日頃別の仕事先で働いておりますが、我が家に入院なさる方も度々おられます。わたしは、やまいの方の嘔吐を、悪くなどは思っておりませんし、慣れておりますから。総司さんはお気になさらずとも、良かったのですよ。嘔吐というか吐血というか、どのみち病状ですから、心配ではありますが……」
 沖田はお瑠璃さんのいたわりに、何とも言えない気持ちだ。
 沖田は、結核けっかくに負けて死ぬつもりは、毛頭無くて。
 剣客けんかくとして、斬られて死ぬのを、所望していた。
 これは、お瑠璃さんの父であるお医者の浅井道新あざいどうしんさんに、嫌われている要因である。
 生きたい人は、たくさんいるんだ。
「着てみてください。お瑠璃さんが、温まりますように。」
 お瑠璃さんはそでを通した。
 美しかった。
 はかまなどあれば、立派なおんな剣客けんかくのよう。
「温かいのもありますが、嬉しい。わたしと貴女の秘密の場所の、椿つばきの柄を選んでくださった。この羽織りは、わたしの生涯の晴れ着です。」
 沖田は自分のことより嬉しくなった。
 二人だけの、特別な椿の花だ。
 お瑠璃さんが生涯、着てくれる。
 わたしが、死んでも。
「わたしは幸せです、お瑠璃さん。なんかわからないけど、幸せってこういう時の言葉ですよねぇ?好きな人がいて、喜んでもらえて。うん。きっとこれが、幸せなんだ。」
 お瑠璃さんがはにかみ笑いした。
「ふふふ。わたしも幸せです、総司さん。そして、今日も剣術を磨きたい。羽織りはまた別の宝物ですが、総司さんの一対の剣になるのは、わたしの目標です。しかし、女帯おんなおびに着流しでは動きに限界を感じて、明日ははかまなど買ってみようと思いました。」
 二人は手を繋いで、秘密の場所へ歩いて行く。
はかま剣客けんかくには欠かせませんからね。着流しでも見事な剣術をこなす方はおられますが、わたしなんかは大股開きの踏み込みが特技なんで、やっぱり袴派ですかねぇ~。」
「わたしの師匠は総司さんですから、わたしも大股開きで稽古してます。それに、おなごの帯は厄介が過ぎます。腕の振りの妨害です。」
「おなごの帯……腕の妨害だったんですか。それじゃあ、帯をはずしたら、お瑠璃さんはもっと剛腕になられるのでは?刀は力加減で折れますからね~。帯をはずす前に、力加減を覚えなくてはなりませんねぇ~。」
 二人は秘密の場所に着くと、椿つばきの木から、椿の花がひとつ、首ごと地に落ちているのに気づいて、お瑠璃さんが拾いに行く。
 沖田は、椿の落ち方と斬首ざんしゅの話を思い出した。
 本当だ、似ている。
 無意識下で、山南敬助の首が重なった。
 わたしは、勘違いで思い上がったのか?
 椿の散り方は、こんなにも、残酷で……。
「椿がひとつ、死にましたね……。」
 お瑠璃さんは自身の髪から留め具を取り、拾った椿の花を沖田の髪に刺して固定した。
「えっ?」
「死してなお椿つばきは輝きます。枯れる前に潔く落ちる。おなご達は、その花で身を飾ります。わたしは総司さんにこうしたかった。貴女は美しい、とても。」
 沖田は顔を赤らめて硬直した。
 おなごとして?
 髪に花など、刺したことが無い。
 背丈が高く、肩幅が広く。好青年としか言われない自身が、おなごのように美しいのか?
「……わたしがおなごらしいとは、思えませんがねぇ……お瑠璃さんが美しいと言うなら、そりゃあきっと、たふ がい、と、花は、相性が良かった!と、解釈しますかねぇ。」
「ふふふ。総司さんは、人を超えて美しいではありませんか。でも、あえて言うなら、これはおなごの貴女のことです。総司さんとて、タフ・ガイだけではありませんよ。表情のころころした、愛らしいおなご、花のように。……失礼を。総司さんは、剣でした。」
 沖田は慌てた。
「いや!そんな!謝らないでくださいよ!わたしは剣ですけど、おなごだの花のようだのと褒められたのは初めてでして……ちょっと嬉しい、気も、しますよ?過大評価ではありますが!」
「ふふふ。可愛い方。」
「えー?絶対お瑠璃さんの方が、可愛い方でしょー?」
 二人は、茶化し合いながら、剣を構えた。
「今日は希望がございます。」
「ん?力加減のみならず、ですか?平晴眼へいせいがんの構えや踏み込みは、もう飲み込んでいますよね。」
天然理心流てんねんりしんりゅうの、突き技です。総司さんは突き技が素晴らしい方。わたしも、あれを知りたい。」
 総司は頷いて、距離を取る。
「さすがはお瑠璃さんですね。そう、わたしの本領発揮は突き技です。ただし、お瑠璃さんには剛腕を抑える術も学んで欲しいから、ここはあえて、折れてしまう真剣で学びましょう。」
 沖田は、今まで見せなかった顔をした。
 冷酷な眼差し。
 平晴眼へいせいがんの構えをとった。
 凄まじい気迫。
 凡才ならば、その気迫だけで逃げ出しただろう。
 お瑠璃さんは魅入るように、学んだ。
「これは、既にご存知の、天然理心流、平晴眼の構え。基礎なんですけど、まだ実戦ではなかったので。まず、平晴眼は臨機応変。確実に仕留める時はここから。」
 そして、沖田は踏み込んだ。
 対峙したお瑠璃さんには、その踏み込みの凄みがわかる。
 1回目の突き技。
 次は死ぬ、と確信した。
 そして、凡人にはわからない速さの突きが、お瑠璃さんに繰り出された。
 速すぎて、足音に気がつかない。
 沖田は殺気立っていたが、すんでで突きを止めていた。
 お瑠璃さんには、それでも自身の死のイメージが過ぎった。
「……なんて美しい絶技。」
 沖田総司は、突きを額の前で止めたまま、静かに尋ねた。
「……見えてましたね?貴女は、わたしの突きを目線で追っていた。」
「……はい。」
「何回突いたか、わかりますか?」
「……一回目は、まるで距離と的を測るごとき突き。その後は、不確か。……二回くらいは、死んだかと思いました。」
 沖田総司は殺気を散らせ、剣を下げてやんちゃに笑った。
「すごーい!わたしの突きが三回で、初撃の狙いすら理解しているとは!その通りですお瑠璃さん!これぞ天然理心流てんねんりしんりゅうの奥義、無明剣むみょうけん・三段突き!!無論、天然理心流の極意・浮島うきしまの境地を得てからの話ですが。一回目の突きで踏み込み、篭手を狙いつつ、相手との射程距離や急所の狙いを測ります。続く二回の突きは、本命なので敵には悟らせません。足音すら気をつけて見えない速度を繰り出します。胴と面です。引く度に横に払い、深手を負わせます。わたしは三段突きでは負け知らずですよ。うーん、でも、練習試合で永倉さんに三回目の突きの木刀を叩き落とされて、斎藤さんには全回避されちゃいましたけど。実戦では、敵無し!ということで!!」
 お瑠璃さんは更なる猛者に半信半疑だ。
「この、神速のごとき三段突きを、破られた方が?人間……ですか?」
 沖田は大爆笑だ。
「ハッハッハッハッハッハ!!まぁ、永倉さんに限っては、半ば怪物のような剣客けんかくですからね。あの筋骨隆々の重たい身体でわたしより素早くて、技のキレはもはや本能としか。幽霊だって見えてるやもしれない。人間を逸脱してますよ。一方で、斎藤さんは人間です。我流の剣術でなんであんなに強いのかは訳分かりませんけど。細身故の素早さが秘訣、人間の最強格って感じでしょうかね~。」

 お瑠璃さんは稽古を繰り返した。
 型はどんどん成長し、もう沖田との真剣の対戦で、浮島……臨機応変に落ち着いて対応し、実戦においても稽古と変わらぬ平常心を保っている。
「体得しましたね。見事!」
「無明剣・三段突きまでは、繰り返し稽古していくしかありませんが……」
 沖田総司は、お瑠璃さんの剣に感動し、自身の目的の境地に至った。
「わたしにも、見えました。お瑠璃さんが剣に至る、最終試練が。」
 お瑠璃さんは真剣に尋ねた。
「総司さん、教えてください。わたしが剣に至る、最後の試練とは?なんだって乗り越えて見せます、貴女と一対の剣に、なる為ならば。」
 総司は、笑った。
 両手を広げて、声高らかに、告げた。
「ハッハッハ!簡単です!愛する人を斬ればいい!わたしを殺すのです、お瑠璃さん!そうすることで、貴女は本物の剣になれる!わたし達の愛は殺意の妄念。悲しみを捨て、貴女は銘刀になるのです!!」
「……え?」
 お瑠璃さんは、動揺のあまり息を飲んだ。
 総司は、もはや狂っていた。
 自分本位な愛しか、考えられなかった。
「大丈夫。わたしは貴女が地獄に堕ちるまで、待ってます。わたしの死後に、わたしの意思を継いでくださる貴女を。わたし達の恋は、地獄で、添い遂げましょうぞ。わたし達にかかれば、鬼など怖くないでしょ?」
 お瑠璃さんは悲しそうに、総司を見つめた。
「……わたしが、望まなくとも。それが、総司さんの願い。狭間に立たされた思いです。わたしが愛を体現するには、愛する貴女を斬らねばならない。」
 総司はお瑠璃さんに優しく語った。
「大丈夫。斬られるのは、わたしが相応しい。わたしは長くないし、いずれやまいで倒れる者。わたしは斬られて死にたい。潔い椿つばきのような死。わたしの血は椿の赤だ。お瑠璃さんは、愛するお父さんを斬る訳にはいかない。剣の心得無きものを斬るは、ただの人斬りです。だからね、わたしがもっと相応ふさわしいんですよ。」
「貴女を斬って……わたしが、新しい、沖田総司に?」
「そうです。」
 お瑠璃さんは苦しみ、告げた。
「猶予を、……ください。」
「勿論。わたしもまだまだ、貴女に剣を教えて行きますよ。」
 お瑠璃さんは、息が詰まっていたのか、座り込んだ。
「はぁーっ、はぁーっ。」
 総司は手を貸した。
「大丈夫ですか?お瑠璃さん。」
 お瑠璃さんは、総司を見上げた。
「総司さん。少し、息抜きしませんか?」
「息抜き……?働きながらの稽古ですもんね、疲れちゃいましたか。わたしは構いませんよ?」
 お瑠璃さんはにっと笑った。
「ご案内しましょう。またしても、わたしの秘密の場所です。まぁ、京の者は知っていても近づかない。野生の猿が占領する温泉です。」
 お瑠璃さんの案内について行きながら、総司は瞬きした。
「猿を……殺すんですか?それとも、でたいのですか?」
 道はどんどんけもの道へ。
「危険地帯です。猿達は凶暴で、愛でる余裕はありません。猿を撃退して、温泉を独占しましょう。総司さんとわたしなら、猿など、怖くない。」
 総司は目を輝かせた。
「なるほど!汗をかいた稽古の後の温泉!いいですねぇ~!猿退治、一丁やってやりますかねー!!」
 総司とお瑠璃さんは、猿温泉を見つけるなり、構えた。
 猿達は目が合っただけで襲いかかる。
「キーーッ!!」
「せいやぁッ!!」
 木刀で、次次と、迫りくる猿を滅多打ちにしていく。
「キーーーッ」
「たあぁぁぁッ!!」
「温泉を、寄越せーーーッ!!」
 二人の剣豪の大暴れに、猿達は一大パニック。
 猿達は逃げ出して、晴れて総司とお瑠璃さんは猿温泉を占拠し、着物を脱いだ。
「猿退治!なかなか乙でしたねぇ!!」
「あ、総司さん気をつけて。結構、湯が熱いです。」
 総司は勢いよく飛び込んだ。
「ああ!お尻が火傷やけどしちゃうっ!!」
「大丈夫大丈夫!江戸っ子は風呂が熱い方が好きなんで!」
「いいお尻ですねぇ~。てっきり火傷して、お猿さんのように赤くなってしまうのかと、ヒヤヒヤしましたが……」
「ははは!尻だけはおなごらしいでしょう?」
 総司とお瑠璃さんは湯船に浸かって満喫。
「いい湯じゃあないですか~。疲れが解けますねぇ~。」
「あ、総司さん。これは……刀傷?お背中痛まないですか?」
「あぁ。これは、情けをかけた敵にトドメを刺さなかったばかりに、後ろからバッサリやられてですねぇ。殺しましたけど。古傷だけど、ちょっと敏感な部分ですね。皮膚が薄くって。」
「そんな!結核だけで無く、父に診て貰うべきですよ!軟膏を貰いましょう。それに、年老いてから、古傷は神経痛となって悩まされるのですよ?」
 さすがは医者の娘で、的確な指示だ。
「あはは。お気になさらないでくださいね、お瑠璃さん。剣士とは、己の失敗からの傷は残すのです。自身への、戒め、みたいなもんで。」
「そう……だったのですか。ですが、それは、貴女の優しさへの戒め……武士の情けとも言う、立派なこころざしで、見逃されたのだと、わたしは思う。」
「ハハッ。お瑠璃さんてば、近藤さんみたいなことを。近藤さん、あー、わたしの兄貴分は、大層気にしまして。立派な志しからの怪我なのだから治すようにだとか、武士の背中の傷は誰にも見せてはならん、と。わたしを匿っちゃって。まぁ、おなごだという事実も隠せるから、風呂は伊東さんと二人でいいんですよ。」
 お瑠璃さんは、瞬きした。それから微笑む。
「近藤さんとは、新撰組局長の近藤勇様ですね?総司さんに理解者がいて、安堵致しました。それから、お風呂の伊東さん……新撰組は、意外とおなごの隊士さんが複数いらっしゃるのですか?」
「あ。伊東さんの場合は、身体が男性、心がおなごなのです。日の本第一の先生で、新撰組で一番賢い人ですよ。わたしも、英語?や、そろばんを習いました。」
 総司の話に、お瑠璃さんは食いついた。
「英語は父ですら煮詰まっているのに。伊東さん、いえ、伊東先生は、まさに未来が芽吹いたおなご……あっ。」
 総司は手ぬぐいで顔を拭いていた。
「ん?どうしましたか、お瑠璃さん。」
「ごめんなさい。お胸を拝見して、つい、あの身のこなしに納得がいき……」
 総司は自身の小ぶりな胸と、お瑠璃さんのたいそう大きな胸を見比べた。
 良く見たら、生のほうが大きいし、はずしたサラシが置いてある。
「わぁ!お瑠璃さん、おっぱい大きいですねー!サラシを巻いてても、大きくて、剣術しにくかろうとは思ってたのに!」
「はい。揺れるし痛いし、重たいです。着物も、はだけてしまうので、胸の下にたくさん手ぬぐいをしいて、胸と腹との段差を無くしてから帯を締めます。胸は、わたしには剣の妨げでしかないもの。」
 総司は考えた。おなごとしては羨ましい気もしたが、お瑠璃さんは本気で悩んでる。剣客けんかくとして考えなくては、誠意が無かろう。
「なるほど~。サラシを巻いても斬撃では腕がぶつかる……よし!お瑠璃さんは、尚更突き技がよろしいかと!斬撃は二の次で、突きを追求しましょう!胸にぶつからぬ工夫をして、突きからの斬り払いは外向きに。ただし、ますます帯が重要だとわかりました。袴に変えても、胸を抑える帯は締めましょう!着物からポロッと出ては、急所丸出しの危機ですから!」
「心得ました。話が通じて助かります。さて……」
 お瑠璃さんは風呂敷を漁った。
 ポイポイと、湯に花弁はなびらを投げ入れた。
 最後には、風呂敷の中の花全部、湯にぶっこむ。
 花弁は湯に浮かび、総司は感心した。
「すごいや……綺麗な花弁のお風呂だ。これは、椿つばきですか?」
「はい。潮時か、たくさん落ちましたので。最後まで、楽しみましょう!」
 お瑠璃さんは、椿湯を、総司に飛ばしてきた。
「うひゃあ!やりましたね!こっちも行きますよー!」
 無邪気な戯れ。
 だが、総司は何故か幸せを感じた。
 生きていれば、いつだって。
 こんな戯れは出来る。お瑠璃さんとなら。
 いきなり、迷いが生じた。
 今まで恐れなかった死に、迷い始めた。
 わたしは、言ったではないか。
 芹沢さんに。
 生きてさえいれば、なんだって出来ますよ。
 もし、わたしが生きてたら。
 年老いたお瑠璃さんを世話して、生涯添い遂げて、彼女の死を看取る。
 本来、あったかもしれない、数々の幸せが、総司の脳裏のうりぎった。
「あ、総司さん?」
「えっ?」
 お瑠璃さんが総司の目を診て、心配した。
「わたしの飛ばした湯が、目に当たってしまいましたか?」
 総司は泣いていた。
 慌てて目を拭う。
「ハハッ!そうやもしれません。仕返し、行きますよ~!!」
「きゃあ~!ふふふ!」
 本当に、お瑠璃さんを、愛しているなら。
 地獄に、道連れには、出来ない。

 お瑠璃さんと総司がひとしきり遊んでいると、猿達がワラワラと戻ってきた。
「あれ?懲りない猿だなぁ……」
 お瑠璃さんは指をさし、真っ青になった。
「違う。総司さん。あの山から来る軍勢は!猿は、仲間を連れて報復に来たんですよ!!」
 総司は猿の軍勢を見て青くなった。
「げぇーーーッ!!お瑠璃さん、殺しちゃダメなんですよね?」
「保護動物だから殺せない!逃げましょう総司さん!!」
 今すぐ襲いかかる猿達から、総司とお瑠璃さんは着物や脇差わきざしを回収しながら、走る。
 着替えの余裕など無い。
 素っ裸で走って逃げた。
「おりょうさんとて、未知の領域ですよ!」
「お瑠璃さん!お龍さんて!?」
旅籠はたごの働き者の、坂本さんの奥方です!裸で刺客しかくが来ると知らせたそうですが!裸で山降やまくだりしている、わたし達程では、ございますまい!!」
「そりゃあ、そうですよ!!」
 二人はすっぽんぽんで、無事に猿軍団から逃げ延びた。

 翌日、総司そうじは丸一日寝込んだ。
 神妙な面持ちの土方歳三ひじかたとしぞうと、心配げな島田魁しまだかいの薬団子を出されて、飲んで。
 それきり。
 山崎烝やまざきすすむも、土方歳三も、来なかった。
 総司は、一向に回復しなかった。
「ゴホッゴホッ……なんで?島田さんの薬入り団子、きちんと飲んだのに……ゴホッゴホッ」
 大石おおいし鍬次郎くわじろうふすまを開けて、布団から出てたたみを這いずっている総司を見つけ、慌てて止めた。
「いけない、沖田組長おきたくみちょう!アンタ、もう」
 総司は大石鍬次郎を振り切って、畳を這いずった。
「ゴホッゴホッ……こんなのに、負けてたまるか……ッ!!ゴホッゴホッ……剣を!大和守安定やまとのかみやすさださえ握って、精神集中すれば、やまいなんて」
 総司は、目当ての大和守安定やまとのかみやすさだを取る。
 剣は、総司の手から落ちて、鞘と刀身のぶつかる音がした。
「ゴホッゴホッ……え……?」
 総司は自身の手のひらを見た。
 震え?痙攣けいれん
 咳が酷過ぎて、手は、言う事を聞かない。
 剣を握るたび、剣を落としてしまうのだ。
 妄執が、総司に繰り返させた。
 もう、握ることは、出来ないのに。
「剣……!わたしは、剣なのに?……剣を、持てな……」
 総司は吐血した。
 畳に赤い血溜まりが出来る。畳は、血が沈み込み、ただ、赤いシミが残る。
「はぁーッ、はぁーッ、はぁーッ……剣を。剣をッ!!」
 大石鍬次郎は、見てられず、総司の震える手を握った。
「頼む、沖田組長。アンタは療養するんだ。局長が、アンタを養ってく。俺が代わりに剣になる。アンタの代わりに、何人なにびとだろうと、斬ってやる。だからアンタは療養して、生きろ……!!」
 総司は怒り狂った。
「何言ってるんだ!!わたしはまだ戦える!!落ち着いたら剣だって、握れるんだぞ!!」
 大石鍬次郎は、総司に怒らなかった。
 ただ、誉れある剣士に報いる為に、言い方を改めた。
「……わかりました。俺が、沖田組長が戻って来るまでの、代わりになります。アンタは負けない。やまいが落ち着いて、復帰するまで。局長の家で、休んでください。」
 総司は、布団に戻って、涙を堪えた。
 大石に理不尽に怒ったって、どうにもならないことは、わかっていた。
「大石……なんで、誰も、来ないんだろう……ゴホッゴホッ」
「……土方さんの命令です。沖田総司の状態は、隊士達の士気に関わります。俺は警備に賄賂わいろを握らせて、ここに来ました。」
「ゲホッゲホッ……ご法度はっとだ。切腹せっぷくにならぬよう、気をつけてくださいよ。ゴホッゴホッ、わたしに……何の話で?」
 大石鍬次郎は蒼白になった。
「今の沖田組長には、話せません。……俺が甘かった。出直します。沖田組長が局長の宅に居ても、俺は会いに行きますからね。」
「ゴホッゴホッ、そうかぁ……あの、大石。」
 総司は大石に頼もうとした。
 今夜は、お瑠璃るりさんに会えるか、わからないから。
 大石が背を向け、告げた。
「近藤局長、用事が済んだら、話に来ると思います。多分、伊東さんも土方さんも。……負けないで、くださいよ。」
 大石鍬次郎は、襖の向こうに立ち去った。
 総司は再び吐血した。
 布団に滲む赤。
 椿つばきだ。
 わたしとお瑠璃さんの、椿の赤だ……。

 その頃、京で一件、宴席があった。
 裕福な、桐谷きりたに商家しょうけの婚儀である。
 ガヤガヤと、煩い桐谷の親戚連中は、酒や料理に賑わって。
 複雑な面持ちの、新婦の父。
 新郎の男は、桐谷夏彦きりたになつひこといい、開国依頼商売繁盛した実業家だ。夏彦は、初めて会った美人の新婦に、祝い酒をそそいだ。
「大丈夫。貴女に嫌な思いは、させないからね。」
 白無垢しろむくの美しい新婦は、お瑠璃るりさんだった。
 頑なに、笑うことは無く。
 近藤勇こんどういさみがどうしたら、彼女を励ませるか悩んでいると、意図を組んだ伊東いとう甲子太郎かしたろうが、お瑠璃さんの御膳に近づいて座った。
「大丈夫よ。貴女が、本当に愛する人を思っていても、この旦那さんは見守ってくれるわ。桐谷夏彦さんは、わたし達が、特に気をつけた人選だから。」
「伊東、先生……」
「引き離した側が、励ませる問題じゃないわね。でも、忘れないで。……剣とは、人斬りの道具。貴女が稽古するのは自由よ。貴女は、おなご達の未来の芽生え。誉れ高き人よ。……だけど。血塗れの地獄なんか、ついて行ってはいけないわ。」
 お瑠璃さんはため息をついた。
「賢い伊東先生は、お解りのはず。わたしは手遅れです。わたしは既に、総司そうじさんの一対の剣だ。」
 伊東甲子太郎は憂いげな眼差しをした。
「えぇ。わかっては、いるわ。貴女の歩き方一つだって、もう貴女は剣客けんかく……。でも、今の沖田ちゃんはダメなの。沖田ちゃんの責任は、わたし達の責任よ。力ずくでも止めるし、それに、沖田ちゃんはもう……限界なの。やまいに死ぬか貴女が斬るか。沖田ちゃんはきっと貴女に、愛する人ならばわたしを斬れと、言うでしょう。」
 お瑠璃さんは、初めて涙した。
 もう、猶予は無いんだ。
 総司は、死のとこについたのだ。
 お瑠璃さんには、斬れない。
 愛する人を、斬りたく、無かった。
 伊東甲子太郎は、近藤勇らは、あえて悪役を引き受けて。
 お瑠璃さんを、みんなで、守っていたのだ。
「伊東先生……お手紙お送り致します。どうか、総司さんの状態を、ふみにてお知らせください。あの人が、死ぬまで。ずっと、ずっとふみを書きますから。」
 伊東甲子太郎は頷いた。
「わたし達が貴女達を引き裂いたのだもの。それぐらいは責任を果たすわ。わたしの命ある限り……いいえ。わたしが死んでも、貴女にふみが届くように。近藤さんにも、弟にも、わたしから頼むから。」
 お瑠璃さんは涙が止まらなくなった。
 総司を想い、黙って泣いた。
 死んでしまう。
 約束を果たせないまま、あの人は置き去りに。
 悔しい。
 生きる喜びを、与えられなくて。
 伊東甲子太郎は、この悲しみに、自身も泣きたい思いだった。
 優しすぎた、沖田総司の、末路について。
 自身の無力さを、思い知った。
「いやぁね。何故、生きるべき若者から、先に旅立ってしまうのかしら……優しさゆえに狂いだしたあの子に、何もしてあげられなかったわ。悲劇は、終わらせると唄いながら……わたしも、きっと近藤さんも。今ばかりは、己を呪うわ。」
 お瑠璃さんは懇願した。
「治せたやまいですよ!伊東先生!古い日の本を、変えてください!こんな不条理の無い、新しい日の本を作ってください……!」
 伊東甲子太郎は約束した。
「約束しましょう。この命に替えても。死んだって言の葉を遺して、日の本を、変えてみせるわ。」

 夕餉時ゆうげどきを過ぎた。
 西本願寺にしほんがんじ寝床ねどこにいた総司は、運ばれたお膳に手をつけないまま、激しい咳で布団を出なかった。
 少しでも、治りたい。
 そうしたら、夜半に、お瑠璃さんに伝えられる。
 しばらく、会えないけど。
 彼女の顔が、見たい。
 ふすまが空いた。
 正装した、近藤勇、土方歳三、伊東甲子太郎、山崎烝が、部屋に入り、正座した。
「ゴホッゴホッ……皆さん、随分めかしこんで……一体?」
 山崎烝が、酷い蒼白な顔をして、総司に土下座した。
「山崎……さん?」
「沖田君!面目ない!!すべて、この山崎烝の責任です!!」
 悔いて悔いて、苦しむ山崎烝を、土方歳三が叱咤した。
「思い上がるなよ、山崎!こいつぁ、俺が命じた任務で、責任は上層部にあんだからよ。」
 近藤勇は真面目な面持ちのまま、両目から涙を溢れさせていた。
「総司よ。お前の夫婦めおとになるはずだったお瑠璃殿は、吾輩わがはいが伊東先生に知恵を借り、堅気の商家にめとらせたのだ。裕福で、彼女の総司に向けられた本当の愛に、理解が回る殿方を、吾輩わがはいと伊東先生で入念に人選したつもりである。」
「……え……?」
 総司は頭が真っ白になった。
 そして、生きる気力を失うなり、咳が悪化した。
「ゴホッゴホッ、ゴホッゴホッ……お瑠璃さんは!ゴホッゴホッ、お瑠璃さんとわたしは、誰にも引き離せない!!」
 近藤勇は涙ながらに、総司の両手を握った。
「総司よ。吾輩わがはいにも、妻もめかけもいるが、愛には責任が伴うのだ。お前の愛が、彼女を幸せに導くたぐいだったならば。吾輩わがはいは何としても彼女を武家に養子縁組し、身分などは誰にも文句をつけさせずに、夫婦めおととなる総司とお瑠璃さんを祝っただろう。すまぬ、総司。すべては吾輩わがはいの責任だ。至らぬ吾輩わがはいの身勝手が、優しいお前に大勢の仲間達を粛清しゅくせいさせ、優しさから苦しんだお前は、人間を辞めたのだ……。だが、後生ごしょうだ、総司よ。お瑠璃さんはまっさらな剣にしてやれ。お瑠璃さんまで、地獄に連れて行ってくれるなよ……!!」
 総司は、近藤勇の慈愛に、納得してしまった。
 だって、だから総司は近藤勇を信じてきた。
 此度こたび、近藤勇は、沖田総司から、お瑠璃さんを守ったに過ぎない。
 なのに、彼は泣いている。
 総司の苦しみを思い、泣いている。
 総司は、己に戒めた優しさが、涙が、溢れ出た。
「ハハッ……わかっちゃあ、いたんですよ……猿山温泉で……あぁ、わたしは、この人を、地獄には連れてけないやって……愛して、いたんですよ……わたしのがわから、離れなきゃ、ならないぐらいに。」
 近藤勇の涙はさらに激しく、とめどなく流れた。
「お前なりに、愛する人を、守ろうとしたのだな……見事ぞ、それはまことの愛ぞ、総司よ。」
 総司は、幼子おさなごのように、泣きじゃくった。
「わたしは……後悔した!お医者さんは、正しかった!もっと真剣に療養してたら、生きられたのにッ!!あの瞬間、わたしにはお瑠璃さんの未来が見えた……わたしが愛する人と添い遂げて、老いてヨボヨボに弱った彼女を介護し、最期を看取ることだって……生きてさえいれば、そんなありきたりな幸せは、叶ったんだ……!!わたしは!!大馬鹿だッ!!!」
 近藤勇は沖田総司を抱き締めた。
「お前だけでは無いッ!!大馬鹿は吾輩わがはいだッ!!すべて、我らの武士道の、過ちぞ!吾輩わがはいの配慮が至らず、総司は剣だけを生き甲斐に走り抜け……池田屋からだ!大恩ある松平公まつだいらこうに認められ、吾輩わがはいたちは、新撰組しんせんぐみは、もうただの壬生浪士組みぶろうしぐみでは無くなってしまった!剣のほまれしか見えぬ田舎侍いなかざむらいだった!!それがお前の命を代価にした誉れだと、考え至らぬ男で、すまぬ!すまぬ、総司……!!」
 総司は抱き締められたまま、静かに告げた。
「今となっては……わたしは、近藤勇の剣にすら、なれない……。わたしは……何者なんだ……?」
 近藤勇は告げた。
「家族だ、総司。吾輩わがはいの弟だ!」
「…………」
 無力感に打ちひしがれた総司に、黙っていた伊東甲子太郎が、告げた。
「近藤勇の家族であり、剣だった貴女は、もういない。貴女は、新しい沖田総司になるのよ……自身がやりたかったことや、人間としての考えを、改めて、探していきましょう?再び貴方が笑う日を、近藤さんも望む。わたしも、望んでいるわ……。」
 総司は瞬きし、やがて、嬉しいのか悲しいのかわからない涙に襲われた。
「……人間の、わたしは……お瑠璃さんに、一目でも会いたかった……!!助かって、良かったんだ!けれど、恋しいよ……!!」
 伊東甲子太郎は、悲しみを堪えて、総司を勇気づけた。
「それが、人間の沖田ちゃんであるならば。その愛を忘れず、大事に抱えて生きなさい。療養中の励みに、度々彼女を想いなさい。生きてさえいれば、いつか会える……希望を無くさずに、沖田ちゃんは休んでちょうだい。」

 慶応三年、二月。
 沖田総司は近藤勇宅に住み、新撰組を事実上、離脱。
 沖田総司の寝床ねどこでの話し相手は、夜遅く律儀に帰る近藤勇や、約束通りに足繁く通った大石おおいし鍬次郎くわじろうや、勇の妻・つね、勇の娘・たまと、その婚約者、宮川みやかわ勇五郎ゆうごろうであった。
「総ちゃん!お布団干さないと、具合悪くなるから!大石さん来たから、軒下行きなさいよ!大石さん立派なお味噌くれたから、夕餉ゆうげは総ちゃんの好きな鯖の味噌煮にしようね!」
「はぁい。」
 総司はつねに布団を任せて、軒下に日向ひなたぼっこに来た。
 その日は大石鍬次郎が、良い味噌を手土産にやって来て、沖田総司の近くに座り、近況を知らせた。
「沖田組長は休んでて正解だ。粛清しゅくせいは、どんどん親しい人になってきたんでね。人斬り鍬次郎も悩んじまいますよ。局長なりに、荒れてるんですかねー。」
「ゴホッゴホッ。大石、近藤さんは家族にはそういう心配かけない人ですから。でも……大石鍬次郎も人の子だ。時には他の人に頼んで、自己防衛するんですよ?斎藤さんとか、融通聞いてくれますから。それに……話題がヤバい!つねさんやたまさんに聞こえちゃいますよ。……伊東さんは?なかなか会えないですけど……」
 大石は眉間に皺を寄せた。
「……伊東先生、なんか、雲行きが怪しい。局長とぶつかってるようでありながら、伊東先生や篠原しのはらが言ってることは、おかしいとは、俺は思わんのです。伊東先生側の説得に、近藤さんが耳が無いように怒ってる感じで。……近藤局長は、敵とみなしたら……伊東先生、いま、危うい立場にありますよ。」
 総司は顔を曇らせた。
「そんな……近藤さんだって伊東さんだって、同じ夢を見て語り合ってきたのに。篠原さんだって、ちょっと前に伊東さんの代理で見舞いに来てさ。心配いらないって……。」
 大石は、総司を励ますべく、明るく振舞った。
「まぁ!あの二人の対立は、朝廷か幕府か、なんでしょうし?篠原が心配いらないと言うなら、信じましょうか。そもそも、思想を持たない俺達には、関係ないですよ。剣はただ、斬るのみだ。」
「大石さん?」
 幼さの残るたまさんが帰ってきて、大石が来ているのに気づき、2人分の練り切りを運んできた。
「総司さんの励まし、ご苦労さまです。お二人で食べてくださいね。どうぞごゆっくり。」
「わぁー!甘味かんみだ!たまさん、ありがとうございます!」
「たまさん、俺のことはいいのに!」
 総司はふいに、練り切りを見て気づいた。
「なんだ、梅だぁー。芹沢せりざわさんなら泣いて喜ぶ花だけど。わたしは赤いから、てっきり椿つばきかと。まぁ、甘味大好きだから、全然有り難いのですが。」
 たまさんが不思議がって振り向いた。
 大石が、告げた。
「沖田組長。彼女、今も着てますよ。椿の羽織り。」
 総司は、涙腺を堪えながら、くしゃくしゃに笑った。

 同年、三月十日。
 伊東甲子太郎は朝廷に認められ、晴れて御陵衛士ごりょうえしとなる。
 だが、近藤勇を説得するふみには、欠かさずに沖田総司の病状について、瑠璃への代筆を頼み込んだ。

 近藤勇は、沖田総司の為に、みずからの娘たまに代筆させ、瑠璃との文通をさせた。
 家事に追われっぱなしのつねでは、時間も無かろうし。
 たまは、そこで初めて瑠璃が大石の言っていた椿つばきの人だと、ふみからさとり、誰にも言わなかったが、ある日、総司の為に帯留おびどめを買ってきた。
「ゴホッゴホッ、たまさんこれ!!椿つばきじゃないですか!!わたしにくれるんですか?」
「帯留めの椿ですよ。総司さんのお守りになればと思って。良くなって、椿が咲く時期を待ちましょうね。」
 総司は泣いて喜んだ。
「わぁーい!わぁーい!!宝物だァー!!」
 たまの婚約者、勇五郎もまた、そんな総司を不思議がったが、たまは婚約者に聞かれても、総司から勇五郎に話す日まで、沈黙を守った。

 瑠璃るりは、夫の桐谷夏彦きりたになつひこの母親みつが寝たきりで、両足切断の治療の為に往診に来る医師に習い、包帯を巻き、四六時中看病する。
 合間にふみをしたため、みつが寝入る夜半には、剣術稽古に励んだ。
 夜遅くに帰った夫の桐谷夏彦は、書きかけのふみや、瑠璃の汗だくの稽古を、庭先で見ていた。
 瑠璃は、剣の手を休めて、振り向いた。
「夏彦さん?」
 夏彦はしみじみと語った。
「お瑠璃さんには、愛する人がありながら、こんなに家族に尽くしてもらえるなんて……読み書きをし、剣術もすごいし。母が……みつ母さんが死んだら、貴女を自由にしてあげなければ。貴女は、剣士になるべき人です。桐谷の家が妨げになっちゃあ、いけない。」
 瑠璃は微笑んだ。
「わたしも、貴方の理解に助けられています。お義母さんのことは、助け合い。それに……」
「ん?どうしたの。」
「わたしの愛する人の姉君が、お母さんと同じ、みつ、という名前で……他人とは思えない。わたしは、みつお義母さんに、孝行したい。例えわたしの自己満足であっても。」 
 桐谷夏彦は優しく微笑む。
「いいじゃないですか。例え、お互いの自己満足からの支え合いであっても。確かな信頼がある。わたし達は、ひと時の家族だよ。」

 同年、十月十四日。
 征夷大将軍、徳川慶喜とくがわよしのぶが、大政奉還たいせいほうかんを行い、政権は朝廷に返上された。
 これにより、旧幕府軍と新政府軍の対立が始まる。
 軍医、松本良順まつもとりょうじゅんもまた、旧幕府軍へ。

 同年、十一月十五日。
 坂本龍馬が暗殺される。近江屋事件おうみやじけんである。
 当時では、新撰組の仕業と騒がれ、近藤勇は土佐藩から恨みを買ってしまった。

 三日後、十一月十八日。
 御陵衛士・伊東甲子太郎が、近藤勇の暗殺を企てたとし、騙し討ちにて暗殺された。
 沖田総司の代わりに、地獄に魂を売った、大石鍬次郎の剣による。
 伊東甲子太郎の近藤勇暗殺計画は、事実無根であり、伊東甲子太郎の死体の懐からは、朝廷に提出した一和同心いちわどうしん縦白書たてはくしょの三通目の移しが収められていた。
 旧幕臣を部下に採用なさること、等も含まれた、穏健な意見である。
 おそらく、それにより、新撰組と朝廷の間を取り持つ為に、罠に応じて近藤勇を説得したのだとされる。  
 伊東甲子太郎の死に心動かされ、泣き疲れて倒れた近藤勇だったが、土方歳三らは近藤勇との最初の作戦を実施。
 油小路あぶらこうじの変である。 

 後日、総司は、たまさんがたおってきた椿つばきの枝にはしゃいでいた。
「椿が咲いたー!わぁーい!!」
 娘の行動で総司がいちいち元気になるので、勇の妻・つねは、たまに提案した。
「総ちゃんがそんなに元気になるなら、庭に椿の木、植えちゃえばいいじゃないよ。」
「父さんに聞いてみないと……」
「帰った。」
「あ、貴方。おかえりなさい。あのね、総ちゃんが……貴方?大丈夫?」
 朝帰りになった近藤勇が、落ち込んだ様子で、妻と娘に告げた。
「つね、たま。席をはずせ。人払いを頼む。」
「わかりました。」
「はい、父さん。」
「あれ。近藤さん?」
 近藤勇は座り、総司に伊東甲子太郎の死を知らせた。
「総司。伊東先生が亡くなった。」
「ん?なんで……?」
吾輩わがはいの妬み深さが、伊東先生を殺めた……すまぬ。総司。お前が信じ、懐いていた時点で……吾輩わがはいに正しさを解する器があれば。吾輩わがはいとて賢くなりたかった!妬ましかった!!あの方の清らかさが、頭の回りが、妬ましくて……!!最期に、伊東先生と共に夢見た、世界……関羽かんうが見たであろう、異国の夜明け……鎖国ではならないのだ。伊東先生は、日の本の夜明けを見ていた。新撰組の為に、幕臣と朝廷の、和解の縦白書たてはくしょまで書いて……すべて、吾輩わがはいが台無しにしたのだ。」
 沖田総司は、意外にも、泣かなかった。
「近藤さん。実はね、先に立ち寄った土方さんに少し聞きました。わたしは正直、伊東さんの遺体を餌した油小路あぶらこうじは怒ってます。」
「ぐうの音も出ぬ。我ながら、最低な罠だ。」
 沖田総司は、軒下に座り、青い空のお天道様てんとうさまを見上げた。
「でもね、近藤さん。わたしは最期を聴けて、嬉しいですよ。伊東さんは、覚悟していた人だから。命懸けで、日の本を背負って走り回って。新しい時代は、叶ってる。伊東さんきっと、お天道様になって、笑って見てますよ。最期に近藤さんの夢を取り戻して、きっと、念願叶って笑ってます。」
「総司………」
 近藤勇は総司の解釈に驚き、そして泣きながら頷き、お天道様を見上げた。
「うむ。伊東先生は、お天道様になられたのか。報いが、あれば……良いな……。」
 総司は振り向いた。
「近藤さん。伊東さんの羽織りは、何の花でしたか?」
「む。……桜。いや……あれは、山桜やもしれぬ。」
 総司は、満足した。
「なら、こころざし高く、最期をまっとうしたんですね。伊東さんにとって、山桜の羽織りは山南さんと共にあることだから。きっと、死を恐れなかったはずだ。」
 近藤勇は号泣した。総司の手前、わめかずに泣いた。
「山南敬助から、吾輩わがはいの過ちは走り出した。もはや、新撰組は後には戻れん。」
 総司は、ふいに大石鍬次郎を思った。
「大石は……わたしの代わりに、渾身の思いで伊東さんを斬ったんだな。伊東さんが、間違ってないと、あいつはわかっていながら……。」
「総司……!」
 総司は、ようやく泣いた。
 泣き笑いで、ボヤいた。
「ハッハッハ。なるほど、そういうことでしたか。……わたしじゃ、伊東さんを斬れないや。悲しい。悲しいよ……。ハハッ。わたし、人間だったんだなぁ……。」

 ある日、療養に飽きて遊びたい総司そうじがごねているところへ、宮川みやかわ勇五郎ゆうごろうが付き合った。
 勇五郎は、いさみの兄・宮川音五郎の次男で、勇がぜひ娘の婚約者にと、養子縁組を望み、まだ年若い二人を同居させていた。
 勇五郎が正式に養子になるのは、勇の死後である。
「勇五郎さん、遊ぼう!」
「いいよ、総司さん。囲碁がいいかな?将棋がいいかな?」
 総司は苦笑いだ。
「えー。それら、わたし滅法弱いんで。対局は、同じくらい弱い土方さん限定ですよ。枕投げとかしたいですねぇー。」
 勇五郎は注意した。
「枕投げは埃が出るから、肺結核に良くないよ?……昔話でもするかい?」
「昔話?父上から何か聞きましたか?近藤さんのおもらしとか?」
「え!?総司さん、その話はくれぐれも内密に。あのー、まずは俺から行く?」
 総司は笑顔で瞬き。
「ん?何を?」
恋話こいばな。この勇五郎も幼き日から、色々ありました。」
「……たまさんいないよね?出かけてます?」
「たまは親友の家にお泊まりです。傷つけるような日は選ばないよ。」
 総司は照れたり気にしたりしながら、好奇心に負けた。
「……聞きましょうとも!わたしにも疑問があるんで、質問よろしいですかね?」
 勇五郎は素朴に笑って頷いた。
「いいよ。昔話だからね。」
 総司はちょっとニヤけて、冷やかしながら尋ねた。
「じゃじゃーん。ずばり、勇五郎さんがおなごに惚れるきっかけは!?顔?才能?剛腕?」
「ん!?剛腕や才能では中々惚れなくない?俺は馬鹿な頃は、おなごの顔で惚れてたけど、途中で変わったな~。顔より中身は大事だ。肝心なのは、義理堅くて慎ましいところだったなぁ~。」
「慎ましさ……?控えめな人が好みなんです?」
 勇五郎はニッコリした。
「うん。控えめな人好きだし、俺は強い男じゃあないから、自分がしっかりして守ってあげなくちゃ、て、思えるからね。」
 総司は陽気に尋ねた。
「でも、古い価値観じゃないですかね?強いおなごと助け合うのも、新時代ですよー!」
 勇五郎は苦笑い。
「誤解だよ総司さん。強いおなごも好きだよ。でもね、俺が弱い人間だからさ。強いおなごに惚れたら、頼りきりになってしまう訳よ。負担ばかりの悪い男になる。だから、相性的に、控えめなおなごを選ぶ訳よ。」
 総司は感心した。
「そうか……えらい!己を知り、弱さを戒めてらしたのか!」
「でも例外もあったな。普段は控えめなのに、学問の話になるとすごい早口になる子もいたよ。好きな話だと生き生きする。結局は、生き生きした目が、一番惹かれるんだよね。馬鹿の俺には、叶わない恋だったけどさ。賢い先生に見込まれて、その子は学問の探求に。お識ちゃん、いま、幸せなのかな……。」
 総司は他人事にならず、勇五郎の手を取り、励ました。
「幸せだと、願うしかないじゃないですか!気落ちしちゃダメだ、勇五郎さん!わたしだって馬鹿だったよ。京で、剣の才覚ある人に恋をして。目が生き生きしてたのに、わたしはあの人を曇らせてばっかりだ。」
 勇五郎は、つい、尋ねた。
「何人目の恋?総司さんは、遊女とは遊ばない感じがする。」
「初恋です!一人だけ!今となってはそれも悔い!初恋だから、未経験が馬鹿をやらかした!医者の娘で、遊女ではないですよ。」
 勇五郎はびっくり。
「総司さんかっこいい。初志貫徹しょしかんてつなんて、なかなか出来ないよ。」
「まぁね!わたしの恋は揺るぎませんから!そりゃあわたしはダメ人間でしたが、愛には自信がありますよ!」
 勇五郎はさとった。花瓶に大事に刺された椿つばきの枝を見て。
「……椿の人、だね?総司さん、たまにもらった椿の帯留め、すごく喜んでたから。思い出の花なの?」
 総司は笑った。
「あぁ、不思議でしたか?おっしゃる通り、椿はわたし達の特別な花でして。」
 勇五郎は、こんなにいいひとの総司がフラれるはずは無い、と思った。
 しかも、おなごも総司も剣に生き生きしていたようだし。
「破談にしたのは、もしやお義父さん?武家の娘じゃ無かったから?」
 総司は慌てて近藤勇を庇った。
「違うよ!近藤さんは正しかったんだ。わたしが彼女を悩ませるから、わたしから助ける為に、彼女を裕福な商家しょうけめとらせたんだから。」
 勇五郎は、深い経緯を知らないだけに、近藤勇の行動は余計なお世話だと感じた。
「でも……総司さんと椿の人は、剣に強くて生き生きして。唯一の人だったんじゃあ、ないの?人間は成長するんだ。馬鹿やらかしたって、きっと今の総司さんは違うはずだ。」
 明るかった総司が、いきなり泣いた。
「う、……うわあああ!!勇五郎さん!!辛いよぉ!!あの子が好きなんだ!!別れたくなかったんだ!!」
 勇五郎はびっくりして、涙でビショ濡れの総司を励ました。
「総司さんごめんね。辛いのは、総司さんだね。余計なお節介した。」
 総司はぐしゃぐしゃに泣きながら、告げた。
「確かにわたしが悪かった!けど!今のわたしは違うんだ!生きたかった、生きて幸せにしたかったんだ!あの人を、好きだったんですよ!!忘れられないほど、愛した人なんですよ!!本当なら、とても考えたくないんだ!わたし以外と伴侶になって、幸せでいてだなんて!……だけどさ!幸せだと、願うしか出来ないよ!!彼女が不幸だったら、わたしは悲しいんだからさ!!」
 勇五郎は、総司の想いを汲み、肩を支えた。
「……生きよう。治療に専念して、生き残って、総司さん。生きてれば、第二の恋があるよ。俺とたまみたいに、昔と違う幸せは、きっと先の道にあるから。」

 翌日。
 勇五郎の説得で、近藤勇と宮川勇五郎が出稽古へ。
 たまは、瑠璃を連れて、互いに一礼して、正座した。
「総司の手前、貴方の迎えが出遅れたこと、詫びさせて欲しい。」
「お構いなく。」
「瑠璃さん。偽名を使いなさい。総司はあれでもちまたでは人斬り扱いでな。偽名で素性を隠し……帳簿に載せます。我が天然理心流てんねんりしんりゅうの、門下生と認めましょう。」
 瑠璃は躊躇ためらいながら、尋ねた。
「おなごのわたしが、門下生になってよろしいのですか?」
 近藤勇は、話しながら勇五郎を紹介した。
「おなごが門下生になってはならん決まりはありません。総司とて吾輩わがはいより強いです。ただ、吾輩わがはいは過ちを犯しました。新撰組は戦い続けるしかないでしょう。ゆえに、兄の息子たるこの勇五郎に、近藤道場を任せます。勇五郎、この方がお瑠璃さんだ。指導を頼むぞ。」
 勇五郎はたまと顔を合わせ、つい拍手した。
「とはいえ、俺から瑠璃さんに教えられるのは、防具のつけ方や脛蹴りぐらいでは?その、綺麗な椿の羽織に合わせた、臙脂色えんじいろはかま。帯刀した刀の抜かりなさ。踏み込みからして、常に足音を消してますね?」
「お褒めにあやかりましたが、わたしが目指す総司さんは、もっと上を行く剣客けんかくです。是非とも稽古させてください、天然理心流を。」
 たまは、惚れ惚れした。
「素晴らしい向上心。自分と同じおなごとは、思えませぬ……。美しい方なのに、貴女の眼には剣しか映らぬかのような。台所仕事しか脳の無いたまは、恥ずかしゅうて。」
 瑠璃は気さくに微笑んだ。
「わたしも毎日台所仕事しますよ?つい先程など、焼いていたししゃもを焦がしまして。料理は下手くそです。頭が剣でいっぱいの、剣馬鹿なものですから。」
 瑠璃は、正式な天然理心流の門下生となった。
 帰り道、近藤勇は勇五郎に、口酸っぱく教えた。
「総司に話すな。そして、いざ幕府の側で戦う我等われらに関わること無く。京がいくさになったら、彦五郎ひこごろうさんが守っている江戸の近藤道場へ。天然理心流てんねんりしんりゅうと門下生を任せるぞ。」
 勇五郎は考えた。
「うーん。」
「勇五郎?」
「天然理心流は、任されましたが……俺には、瑠璃さんの太刀筋、速すぎて見えないんですよ。明らかに、指導する側じゃあないというか。こう、俺の腕では足りない……。」
 近藤勇は唸った。
「馬鹿を言え。吾輩わがはいとて剣で総司にかかれば赤子同然よ。道場主の役割は、皆の責任を背負うことにある。……お瑠璃殿は、いずれ奥義、無明剣むみょうけん・三段突きが完成されるだろう。士道を導いてやりなさい。吾輩わがはいらとは違う、新時代の、剣客けんかくとしてな。」
「……はい!そういうことなら、任されました!」
  
 十二月十一日、新撰組は会津公用方あいづこうようがためいで、屯所とんしょを引き払い、京を去り大阪へ。
 ついて行くときかぬ沖田総司を駕籠かごに乗せ、つね、たま、勇五郎は、各自沖田総司に別れを済ませ、近藤勇に頼んだ。
「お義父さん。総司さんを、お願いします。」
「うむ。ゆくか、総司!」
 総司は駕籠の中から呑気に返した。
「死出の旅路でしょ?離れませんよ、わたし。ずっとずっと、一番隊組長ですから。」

 会津藩のお達しあって、新撰組は大阪へと旅立った。
 伏見一円ふしみいちえんを固めよ、との命令である。
 時は薩長土の同盟にあり、朝廷の幕臣への圧迫は強まり、志士達は一触即発、今にもいくさになりかねん気配であった。
 新撰組は伏見市中を警護で、隊士に巡邏じゅんらさせていると、時々隊士が怪我をして帰ってくる。
 これに、副長・土方歳三は不審の目を向け、永倉新八ながくらしんぱちに市中見廻りを頼んだ。
 永倉新八は夜十時ごろ、腕利きの隊士十人、島田魁、伊東鉄五郎、中村小次郎などを引き連れ、市中に怪しい挙動の者があれば斬り捨てる覚悟で巡邏したが、一人たりとも出会わず。
 やや拍子抜けしながら、新撰組本部に借りた伏見奉公所ふしみぶぎょうしょに戻っていくと。
 とある土塀に、守宮やもりのように身をつけて忍ぶもの達があった。
「なんでぇ、てめぇら!!どこのどっから来やがった、何奴でぇい!?」
 永倉新八の一喝で、彼らはバラバラに逃げてしまった。
 油断ならじと、永倉はその件を土方歳三に報告した。
 翌朝、永倉新八は計らずも怪しい手紙を拾った。
 永倉の部下の小林こばやし啓之助けいのすけが、落とした模様だが、永倉が呼び止める間もなく小林は朝餉あさげに走って行ったのだ。
 宛名は、篠原泰之進しのはらたいのしん。あの伊東に並ぶ賢い弁論の、伊東派残党である。
 近藤勇は天狗てんぐなのが癪だが、かといって永倉が、友情を捨てた訳でなし。
 仕方無しに永倉は手紙を読んだ。
 手紙には、新撰組の秘密をことごとく書いてあり、前夜の永倉らの出勤さえ書かれていた。
 永倉は手紙を、土方歳三の元へ運んだ。
 ふみに目を通した土方歳三は、告げた。
「この時にあって新撰組に反逆者ありきとしれば、いかな隊士達とて動揺しちまう。島田魁しまだかいに話して、連れて来な。小林は誰にも気づかれぬよう絞殺し、密葬するものとするぜ。」
 永倉新八は眉を顰めた。
「土方歳三よ。俺んとこの伍長の島田魁に、俺の部下の小林を殺させるってえのかい?そりゃあ、情けもへったくれもねぇやな!しかも、伊東殿は俺の敵じゃあねぇやい!」
 土方歳三はまっとうに尋ねた。
「おめぇの反感で新撰組を全滅させてぇかい?小林がやってることは、そういうことだぜ。伊東の生前に戻る道でもあるなら、行きな。だが、永倉よ。おめぇも、幕臣の誉れあって新撰組に着いて来た。違うか。」
 永倉新八は根負けし、島田魁に訳を話し、二人で小林啓之助をつれて、土方歳三の部屋のふすまを開けた。
 小林は、永倉新八の表情から、自身の死に場を見抜いていた。
 土方歳三はじろりと睨み、小林に言った。
「御用の儀は。」
 小林は、自ら首を差し出した。
「永倉組長。お世話になりました。島田さん、お願いします。」
 永倉新八は涙ぐんだ。
 島田魁は、その怪力で、小林を絞殺した。
「……こんなのは違う!胸糞悪むなくそわりぃ。」
 永倉新八に、島田魁が応えた。
「俺も、胸糞が悪いです、永倉組長。だけど、伊東さんは死んで、もう、旧幕臣を助けられるのは、新撰組だけなんです。内輪揉めしていては、本末転倒だ。俺は汚れ仕事だってやります。新撰組である為に。」

 十二月十八日。
 沖田総司が民家で、相変わらず寝込んでいると、唯ならぬ殺気に気づき、総司は慌てて布団から出た。
 玄関からは、元御陵衛士三名、阿部十郎、佐原太郎、内海次郎らが乗り込んで来た。
「頼もう!!」
 仮にも伊東の教えを受けただけあり、民家の家族が不在であると確認した上での奇襲だった。
「人斬り沖田総司!!我らが死合しあつかまつるッ!!伊東先生闇討ちの、天誅てんちゅうであるッ!!!」
「げっ……!!殺されて、たまるかッ!!」
 総司は寝間着のまま、軒下から庭、庭から裏口を走り抜ける。
 咳など気にしては、斬られていただろう。
 がむしゃらに走り抜き、総司は得意の足音消しで途中から敵をまいた。
 走って無事に、伏見奉公所ふしみぶぎょうしょまで逃げ切った。
「助けてください!人斬りに追われました!ゴホッゴホッ」
 新撰組が一斉に駆けつけて、総司を守り、皆は刀を抜刀して玄関口へ出た。
「大丈夫です、沖田組長。我らの本部で殺し合いをする馬鹿はおるまい。」
「ゲホゲホッ。はぁ、はぁー。あいつら。きっと次は、近藤さんが危ない……!」

 その日、夜更けに、近藤勇は二条城から乗馬で戻るさなか、伏見墨染ふしみすみぞめで阿部らに狙撃され、右肩を負傷した。
「ぬぅおおおッ!!」
「大丈夫か!近藤勇ィ!?」
 阿部らは意気揚々と叫んだ。
「これぞ新時代の天誅てんちゅうであるッ!!伊東先生の無念を思い知れェ!!」
 永倉新八は咄嗟に追撃。近藤勇が怒鳴った。
「追うでない、永倉!彼らの報復は吾輩わがはいの責である!おい、聞いているか!!永倉ッ!!不届き者めが!!家来けらいが命令を違反するのかッ!!」
 永倉新八は止まらずに怒鳴った。
「うるせぇッ!!家来けらいじゃねぇし、局長が撃たれて反撃しねぇ訳があるかッ!!」
 近藤勇は馬で逃げて生き延び、石井清之進と、勇のしもべ久吉は、銃弾に倒れた。
 阿部らは次の弾を込めた。
「永倉新八!新撰組最強の男だ!殺せーッ!!永倉新八の損失は近藤勇の大打撃となろうぞッ!!」
 鈴木すずき三樹三郎みきさぶろうは仲間を諌めた。
「よせ!!兄様あにさまの無念、確かに果たせた!永倉など相手にしては、我らは兄様あにさまの教えを新時代に届けられぬまま、墓の中ぞ!!」
 これに対し永倉新八は、自らの二番隊に加え、総司不在の一番隊をも率いて応戦した。
 永倉新八の突撃に、阿部らは発砲。
 しかし、永倉は本能だけで弾をすべて斬り捨てた。
「……撤退!退避せよ!!化け物だ!!」
「許さーんッ!!」
 怒りの永倉に、伍長の島田魁が宥めた。
「永倉組長。わかってるはずです。新撰組は、恨まれておかしくないことを、したんですよ。」
 永倉は荒れた。
「わぁってらい!!胸糞悪むなくそわる油小路あぶらこうじまでったんでい!!だがな!!伊東殿の教えを受けた御陵衛士が、伊東殿の嫌う卑怯をした事が、何より腹立つンでいッ!!!」
 島田魁は、かつての伊東を思い、告げた。
「それは違う。永倉組長。飛び道具は、もう卑怯じゃあないです。」
 永倉は島田魁に驚いた。
「んぁ?」
「伊東さんの目指した新時代の産物です。夷狄いてきと対等な和人わじんが、夷狄と商売して鉄砲を買った。いま、時代遅れなのは、俺達新撰組です……!」
 永倉新八は、しばし、放心した。
「……そうか。参った。剣の時代は……もはや、終わっちまったんだな……。」

 慶応四年、一月三日。
 鳥羽とば伏見ふしみの戦いである。
 負傷中の近藤勇、肺結核悪化の沖田総司は参戦出来ず、大阪城で療養する。
 軍医・松本良順まつもとりょうじゅんは率先して、治療に専念した。
 鳥羽・伏見の戦いでは、旧幕府軍、つまり新撰組の敗戦となる。
 六日に、撤退す。

 十二日。
 将軍とお供の乗る軍艦富士山丸と、兵の乗る汽船順徳丸は、午前四時、品川湾しながわわんに投錨した。

 江戸帰還後、新撰組は大名小路の鳥居丹後守役宅をあてられ、一同ひきうつる。

 この頃、品川楼しながわろう花魁おいらん嘉志久かしくは、旧幕臣側の英雄、永倉新八に出会う。

 まだ負傷中の近藤勇は隊士達の人員検査を行うが、鳥羽・伏見の戦いで、副長助勤の井上いのうえ源三郎げんさぶろう山崎烝やまざきすすむが行方不明となり、その他隊士二十余名を失っていた。

 二月二十八日。
 新撰組は甲陽鎮撫隊こうようちんぶたいとなる。
 近藤勇は、徳川慶喜とくがわよしのぶに、我らに甲府城の支配を一任されたし、と願い出て、勝利の暁には徳川慶喜に甲府城を捧げ、幕府を盛り返す目論見があった。
 この考えに、幕臣と新政府軍の対話を願う勝海舟かつかいしゅうはかなり悩まされたという。
 沖田総司も何とか同行し、土方歳三の故郷である日野までは気力で通過した。
 土方歳三の義理の兄、佐藤さとう彦五郎ひこごろうの家では、元気なフリをして見せた。
「総司。おめぇは、降りな。ここで姉貴の飯を食ってろ。姉貴は、料理がうめぇんだぜ?」
 土方歳三も、やんわりとほだしたが、総司は強がった。
「なんのなんの!池田屋で斬りまくった時はたいそう疲れましたが、わたしはまだまだ、この通りです!!」
 総司は相撲すもう四股しこを踏む真似をして見せて、周囲に心配をかけまいとした。
 そして、足が布団で滑って、総司はひっくり返ってふんどし丸出しになる。
「どっしぇ~ッ!!」
 佐藤彦五郎が笑った。
「アッハッハッハッハッ!相変わらず、やんちゃな総司君だ。」

 夜半、総司が咳で苦しむ中、土方歳三は、姉ののぶを連れて部屋から離れた。
 のぶに、瑠璃へのふみを託した。
「この住所に瑠璃さんという、総司の想い人がいてな。総司に内緒で、瑠璃さんに総司の容態を文に書いて、知らせてやって欲しい。」
「うん、頼まれたわ。でも、意外ね。歳ちゃんは遊女さん達からの大量の恋文を送ってきて、モテることを自慢していたのに。わたしの下手くそなふみより、歳ちゃんの方がふみも恋も経験豊富でしょ?」
 土方は、頭をかいた。
「俺ァ、この先に進むし……あん時ゃ、調子に乗った天狗てんぐだった。おつむがガキだったのさ。瑠璃さんや総司のような、一途な恋を知らねぇ。剣を目指す、あいつらが悪くも見えねぇ……剣客けんかくの先は地獄で違いねぇしな。だから、俺にゃ解決出来なかった、そして近藤さんまでお鉢が回ったのさ。俺なら、剣になるという総司を認めちまう。その悲しみがわからねぇ。今は、そいつが悲しいぜ。……姉さん。瑠璃さんへの手紙だけじゃない。総司が悪化したら、この場所へ……金は近藤さんや俺が用意したから置いていくぜ。馬車に乗って、幕府最大の医者、松本良順まつもとりょうじゅん先生せんせいを訪ねて、総司を預けて貰いてぇ。」 
 のぶは、涙は堪え抜いた。強い。強い姉だ。
「うん。任せてちょうだい。歳ちゃんは、旧幕府軍についてく。戦って戦って、死ぬのね。きっと、これは最期の頼みだわ。わたしは、貧しくて、幼少期以来の姉だから。少しは、お姉ちゃんらしいとこを、見せなきゃね?」
 土方歳三は、涙腺を堪えた。のぶが耐えているのに、自分が泣く訳にはいかない。土方は、不器用に告げた。
「姉貴がいたから、剣の道が叶ったし、近藤さんに出会えたよ。姉貴のメシは、日の本一だ。初めての飴玉だって、美味かったんだぜ。まだ、俺ぁ死なねぇ。必ず手紙を出すから、待っててくんな。」

 翌朝、沖田総司は皆が進軍したと知り、咳が落ち着いてから、のぶが作った精一杯の飯を食べた。
「ごめんね、総司ちゃん。ついて行きたかったでしょうに。」
「いえ。ご飯、美味しいなぁ……」
 もち米のご飯。旨みの詰まった焼き魚。煮物。
 どれも、特別に美味しい。
「こんなに、美味しいのに。」
 彦五郎が心配し、励ました。例え、嘘をついてでも。
「大丈夫だ、総司君。君も皆さんもとても強い。生きてさえいれば、必ず皆さんは戻ってくる。だから、栄養を欠かさずにとるんだよ。君の役目は回復だ。いいね?」
 総司は、気落ちした自分を勇気づける、お人好しの彦五郎の為にも、明るく振舞った。
「そりゃあ、そうですよね!おかわりくださーい!佃煮とかありましたら、それもください!」
 のぶは、嬉しそうにおかわりを盛って、茸の佃煮を出した。
「総司ちゃん、足りる?たくあんも漬けてたんだけど、歳ちゃんが全部食べちゃったの。」
「あ、大丈夫です、わたし大根苦手でして。土方さんとは昔っからたくあんとお豆腐、交換してるんですよー。」
 のぶは笑った。
「総司ちゃん昔から変わらない、お豆腐が好きね。夕餉ゆうげは湯豆腐にしようか?柚子ぽん酢でいただくの、どう?」
 総司は無邪気そうに笑った。
「久々の湯豆腐ですねぇ~是非とも多めにこしらえてください、わたしお豆腐なら無限に入っちゃいますからね!」

 翌日、近藤勇の使いが来て、勇と義兄弟であった佐藤彦五郎もまた、甲陽鎮撫隊こうようちんぶたいに出兵す。
「ついに、近藤道場の師範代理もしまいか。のぶ。もはや、我が家も危ない。総司君の治療に、ついて行きなさい。」
 のぶは再び涙を堪えた。
「任せて。行ってらっしゃい、貴方。」

 慶応四年。
 瑠璃は懐妊し、医者の父、浅井道新あざいどうしんの元に里帰りす。
「ようやくか、瑠璃や。お前の気持ちがどうなることやらと案じたが、赤子さえ出来れば、夏彦さんが喜ばれたろう。」
「父さん……違うのです。」
 父は不審な顔をした。
「子の命を喜ばぬだと?瑠璃お前、嫁ぎ先で不幸な目に遭わされているのか?」
 瑠璃は躊躇いながら、医者の父を信じて告げた。
「懐妊に見えても、これはやまいです。夫は義理堅く、わたしの総司さんへの愛を考え、手出ししておりません。わたし達は、お義母さんが亡くなるまでの、偽装夫婦。だから、懐妊自体が、謎であって。」
 父は思い切って尋ねた。
「……沖田総司の子か?」
 瑠璃は、否定はしなかったが、有り得ないのはわかっていた。
「魂があるなら……だけど、総司さんと結ばれては、いませんし……」
 おなご同士で子は生まれない。
 だが、総司の子であれば、どんなに幸せか。
 桐谷夏彦きりたになつひこあきない先で、長崎の商家と商談のおり、徳川から隠れしのぶあまり、教義がズレて行った切支丹きりしたんから、告げられた。
「商談はまとまりましたな。その商品は、パードレ様達にわたしから話を通しましょう。時に、貴方の懐妊された奥様……」
 ※パードレ様……神父の意。
「はい。妻は、やはりやまいなのでしょうか……?」
 切支丹商人は、信仰から推測。
「ゼスス様がお生まれになる可能性がありますな。我らのメシア、よわい十七なる天草四郎様あまくさしろうさまを殺害した、徳川の長い長い弾圧の世が、去ろうとしている。時期もよろしい頃合。無原罪むげんざいのマリア、サンタ・マリアへの信仰が、日の本の切支丹きりしたんです。ゼウス様の子、ゼスス様のみ宿り。処女受胎しょじょじゅたいは、マリア観音かんのんたる証では?」
 ※ゼスス……イエス・キリストの意。
 ※ゼウス……キリスト教の神ヤハウェの意。
 夏彦は真に受けかけた。
「だから……瑠璃はあんなに立派な人なのか……?」
「マリア観音かんのん聖母せいぼですからな。さぞかし立派な奥様なのでしょう。これをお読みください。心構えが必要です。」
 夏彦は仕事からの帰り道や、帰って来てからも、頑張って日本人パードレの書いた和訳の新約聖書を読んだが、途中ではた、と目が覚めた。
「おいおい。瑠璃は剣客けんかくだ。殺生せっしょうをずっと避けるわけにはいかない。なんて、馬鹿な……本気でマリア観音かんのんだと思ってしまった。」

 瑠璃は緊急治療を受けていた。
「おかしい。腹の子は心臓を患っている。充分育つのに出産に至らない。瑠璃!流産した覚えはあるか?」
「悲しみはありましたが、流産などはしてません。赤ちゃんは、死にかけているのですか?」
 父、浅井道新は看護婦のあやに、仲間を起こすように促した。
「あやさん!看護婦達をここに。産婆さんばさんは?」
「皆さん起きられます。産婆さんは、慣れていますから。」
 緊急出産が始まった。
「陣痛もないのに、子を取り出す……?父さん、正気ですか?」
「腹の中で死んでしまっては元も子もないぞ!産婆さん!頼みます!」
 看護婦達が瑠璃の手を掴んで、瑠璃は必死に手を握った。
「痛い……!」
 産婆さんがぼやいた。
「陣痛は無い。子宮もろくに開かぬ、痛みはそこか。よもや、そうか……。」
 産婆さんが子を取り上げる。
「なんだ、この赤子は……!?」
 肉塊の如き赤子に、浅井道新は怯んだが、産婆さんは怯まず指示した。
産湯うぶゆ!」
 看護婦達が生ぬるい湯が入った桶を運び、産婆さんは赤子を洗ってやった。
 産声ひとつ、無かった。
 浅井道新は近づき、肉塊のような赤子の心拍数を確認した。
「え?……生きておらぬ!産婆さん、これは一体……?」
 産婆さんは赤子を大事げに抱え、泣き、そして厳しく浅井道新を叱った。
「浅井道新先生!アンタ、娘と恋人を引き離したのか!?」
「え?は、はい。訳あってですが……」
 産婆さんは悲しげに赤子を撫でた。
「この子は、悲恋の末路だ。おなごはね、時に行き場の無い愛で身ごもるのさ。女の妄念だ。だが、殿方の協力無くては、人は命を作れないからね。娘さん。残念だが、腹に宿った時から死産に違いなかった。最期に、抱いておやり。愛しておやりなさい。成れ果てでも、アンタの願った子だよ。」
 瑠璃は我が子が自らの願いだけで宿った肉塊だと解り、いまは遠い総司を想えば、命の無い子が悲しく愛おしく、涙ぐみながら抱きしめた。
「きっと、女の子だ。総司さん……貴女の娘が、先に逝きましたよ……。」

 総司は、浅草今戸八幡境内あさくさいまどはちまんけいだいの、松本まつもと良順りょうじゅんていに匿われた。
 のぶは総司の治療同伴者としてついてきたが、ただで居候は出来ないと、厨房仕事で働いていた。
 松本良順先生は、自身の立場も危うい中で、親身になって治療を続けた。 
「牛乳は?」
「ゲホッゲホッ、朝に、飲みましたよ。」
「牛の肉は?夕餉ゆうげは残したかね?」
「全然!あんなに美味しいもの、残しゃしませんよ!」
肺結核はいけっかくの治療には遅すぎたが、血肉は活力の元だ。先の新撰組往診の折に、ここに来ておれば、君はもっと生きられたのに。」
「ゴホッゴホッ……ゴハァッ!!」
 総司の寝床の、真っ白な布団のかけ布が、吐血で赤く滲んでいった。
「アハハ……綺麗だなぁ……」
 松本良順先生は総司の精神を伺った。
「吐血が美しいかね?ポンペ教授に習ったケースに似ている。やまいから、心も患ったかね?」
 総司はニコニコしながら、話した。
「だって、椿つばきの赤ですよ?わたし、長くないですよね。今年は椿が咲くまで生きてるか、わからないし。」
 松本良順先生は、医者なりに、患者を勇気づけた。
「出来る限りは治療する。わたしの邸宅にも、椿の木を植えてある。咲くまでを目標にしなさい。大事な花なのだろうから。」
 総司は松本良順先生にお願いした。
「はぁい。良順先生ー。お守り袋をとってくださいよ。」
 松本良順先生は、佐藤のぶに託されたお守り袋を渡した。
 お守り袋は、のぶが一から裁縫してくれた、小さな赤い巾着だ。
 中には、近藤たまが買ってくれた、椿の帯留めが入っている。
「あぁー……頑張ろ。」
「……どうやら君は、変わったらしい。昔の君なら、死のきわに剣を握りしめたろうに。君は女性でありながら、花になど一向に振り向かぬ剣客けんかくだったからな。」
「椿は、最愛の人の思い出ですからねぇー。もし、家族以外に、わたしの墓を尋ねる女性ひとが来たら、ちゃんと教えてあげて下さいねー。」
「遺言かね。……引き受けたが、まずは生きることを諦めずに。」

 慶応四年、四月二十五日。
 近藤勇こんどういさみ斬首ざんしゅ

 近藤勇の生首は、京に数日間の晒し首となる。
 人集りの中で、遠巻きに見ていた瑠璃は、近藤勇とわかるや、涙しかけたが、泣くことは出来なかった。
 総司がどんな思いでいるだろうか。
 伊東先生が死んだ。
 今、近藤勇までもが、この仕打ちだ。
 総司が一番辛い時に、己が泣く訳にはいかない。
 瑠璃は吹っ切って歩き出した。
 のぶさんに手紙を書かねば。

 沖田総司は、松本良順に匿われ、千駄ヶ谷の植木屋、平五郎宅にうつって、とこに伏せっていた。
 近藤勇の死に関して、皆、硬く口止めされていた為、総司は近藤勇の死を知らなかった。
「近藤さんは、どうされたのでしょうね。お便りは、来ませんか?」
 のぶは泣きそうになるのを抑えて、総司を励ました。
「歳ちゃんと彦五郎さんがついてるからね。近藤先生は勝ちまくって忙しいのよ、きっと。甘味かんみと里芋を買ってくるわ。夕餉ゆうげは、総司ちゃんの好きな芋煮にしようね。」

 総司は、甘味も夕餉も、あまり食べなかった。
「総司ちゃん……?美味しくなかった、かな?」
「なんか、昨晩も、吐いちゃったから……。わたしの墓には……椿つばきの花が咲いた枝を、手向けにしてくださいね。」
 のぶは、もう我慢出来なかった。
「やめようよ!瑠璃ちゃん、今も総司ちゃんを愛してるのに!死んじゃだめだよ!!」
 総司は、穏やかに答えた。
「知ってる。お瑠璃さんを、信じてる。」
 のぶは言葉を失った。
 総司は、わかってる。
 でも、瑠璃を残してくしか、出来ないんだ。
「のぶさん。泣かないでくれて、ありがとう。でもね。時が、来るから……。」

 五月六日。
 松本良順はついに、旧幕臣の軍医として出立す。
 幕臣、榎本武揚えのもとたけあきは、明治天皇の叔父、輪王寺宮りんのうじみやの江戸脱出を手助けす。
 榎本武揚の忠言を聴かず、新政府軍を嫌った輪王寺宮は南北朝を唱え、奥羽越列藩同盟おううえつれっぱんどうめいの盟主となる。
 陸奥国、出羽国、越後国の諸藩が、仙台藩にて、会津藩と庄内藩の、朝敵赦免嘆願の活動から始まったが、嘆願が拒絶されるや、列藩同盟は新政府軍に対抗する軍事同盟となった。
 松本良順はそこで軍医をした。
 当時のアメリカ公使は本国へ、「いま、武蔵国むさしのこくには二人のミカドがいる。現在、北方政権の方が有力である。」と伝え、アメリカの新聞にもそのようにある。
 成立間もない五月中に、新政府軍は東北へ侵攻を開始し、戦の中で軍医・松本良順は野戦病院のように仲間たちを治療していく。
「国が変わる……だが、おのが忠道を捨てる理由にはならざり。」
 医師とてさむらいこころざしありて将軍、徳川家茂を看取った軍医の戦いであった。

 六月半ば。
 のぶが、ようやく甘味屋で椿つばきの練り切りを見つけ出し、喜んで植木屋に帰宅した。
 ろくに食べれなくなった総司でも、椿の練り切りなら、元気になるだろう。
 のぶが草履ぞうりを脱いで植木屋に入って行くと、松本良順の看護婦達が、総司の寝床の傍らに座っていた。
 看護婦が、眠る総司の顔に、布をかけた。
「え?……やめて!総司ちゃんは死んでない!!」
 のぶは咄嗟とっさに駆けつけて、総司を守った。
 布をはずし、呼びかけた。
「総司ちゃん!総司ちゃん、起きて!椿だよ、総司ちゃん!!」
 松本良順の医院の看護婦達は、のぶをいたわった。
「のぶさん。貴女は土方歳三さんの姉であり、沖田総司さんの実の家族のようでした。よく、泣かずに堪えましたね。」
 のぶは、察してしまった。
 眠る総司は、息をしていない。
 総司は、死んだのだ。
 力無く座り込んだ。
「ご臨終です。咳は激しかったですが、さいわい、眠りながら亡くなりました。」
 のぶはようやく自身に涙を許した。
 辛かった。
 歳三に、彦五郎に、支えて欲しかった。
 だが、のぶがやらねば、誰が弔う?
 ひとしきり泣いてから、のぶは立ち上がった。
「お寺を……探さなくては。旧幕臣に寛容なところを、探して……お墓に弔わなきゃ……総司ちゃんの目印だわ。瑠璃ちゃんが、辿りつく為に。」
 松本良順の医院の看護婦達が、申し出た。
「松本良順先生なら、お寺探しに力添え出来ます。のぶさんは、遺体を冷やし安置してお守りください。」

 夜半、看護婦達が松本良順にふみを出す。
 一月後には、仙台から手紙が来た。
「弔うには、専称寺せんしょうじがよろしい。わたしが口添え致そう。こちらも形勢は不利なままだ。わたしが帰るまで、遺体を保存するように。」

 のぶは、夜に毎日夢にうなされた。
 総司の遺体が腐り、虫に食われていく。
「やめて!やめて!!」
 夢の中ののぶは、必死に総司の遺体の虫を払う。
 のぶは、だいたい深夜に起きて、総司の遺体を冷やす為に、手を尽くした。

 奥羽越列藩同盟おううえつれっぱんどうめいは、諸藩が次々と降伏し、ついに九月には、中心だった会津や仙台が新政府軍に降伏す。
 松本良順も投獄されるが、明治二年に赦免され、東京の早稲田に西洋式病院を設立。
 沖田総司おきたそうじ専称寺せんしょうじに弔った。

 慶応四年は、明治元年となる。
 明治元年、十月二十日から、土方歳三ひじかたとしぞう榎本武揚えのもとたけあきの奮戦す、箱館戦争はこだてせんそうが始まった。
 新政府軍と、旧幕府軍の、最後の戦いである。
 元・海軍副総帥、榎本武揚は、勝海舟かつかいしゅうの説得に応じ数々の船を譲るが、自分達の主力艦、開陽かいよう等の温存に成功。
 この無敵の開陽があれば、形勢不利を覆すに充分であった。
 いわば、最後の武士道たる旧幕臣達の結束。
 彼らの志しに感銘したフランス軍人、ジュール・ブリュネらは、敗北しか見えない旧幕臣側に見切りをつけ、帰国命令を出したナポレオン三世に逆らい、旧幕府軍に同行す。
 ナポレオン三世説得の為の手紙を怠らず、最後のさむらいとなる。

 蝦夷地えぞちの新政府軍を撃退し、旧幕府軍は十月二十六日に、五稜郭ごりょうかくへ無血入城し、榎本武揚は艦隊を箱館へ入港させた。

 十月二十七日、土方歳三を総督として七百名を率いて、松前藩に武力鎮圧を試みる。
 松前城は、藩主は既に逃げており、僅か100名が残存したが、二十八日に数時間で落城す。
 松前城の残兵は、江差方面へ敗走した。

 十一月十二日、旧幕府軍は五百名が江差に向けて進撃す。
 十五日、江差に迫ると、既に松前兵は撤兵し、江差攻略の支援に来た開陽と海軍が、江差を無血占領していた。
 しかし、この時いきなり天候が悪化し、主力艦・開陽が座礁。
 開陽を助けに来た、回天と神速丸だったが、神速丸も座礁。
 数日で開陽は沈没した。
 開陽の損失により、旧幕府軍は制海権の維持が困難となり、新政府軍の蝦夷地上陸を許してしまうこととなった。

 十二月十五日、旧幕府軍によって箱館政権発足はこだてせいけんほっそく
 蝦夷共和国えぞきょうわこくの誕生であった。
 総帥・榎本武揚は、蝦夷地開拓の嘆願書を、イギリス、フランスの軍艦に託した。

 ここが、時代の分かれ目となった。
 ブリュネの説得。
 ナポレオン三世。
 そして、という、男。

 場所は蝦夷地。
 新政府軍は冬が過ぎるのを待ち、翌、明治二年、二月に、八千人の兵と、軍艦四隻で、青森へ入る。
 三月に宮古湾海戦みやこわんかいせんにて、旧幕府軍は敗退。

 四月九日、早朝。
 新政府軍は蝦夷共和国・乙部に上陸した。
 圧倒的兵力差に押し負ける蝦夷共和国軍だが、イギリス船から仙台藩を脱藩した見国隊みくにたい四百名が加入した。
 連日の敗戦が続くが、二股口ふたまたぐちの戦いで土方歳三の指揮が始まると、十三日正午過ぎから、十六時間に渡る激戦で、新政府軍は疲労困憊により稲倉石まで撤退。初の勝利を飾った。
 二十二日、土方歳三は再び新政府軍を撃退。
 さらに新政府軍は二回敗退。
 以降、新政府軍は二股口を迂回する道を山中に切り開き、四月二十九日、矢不来やふらいが新政府軍に突破される。
 退路をたたれる危険があった土方歳三軍は、五稜郭ごりょうかくに撤退した。
 五月一日、新政府軍は兵を集結、箱館総攻撃の態勢を整えた。
 二日、旧幕府軍のフランス軍人ブリュネら一同は、訳あってフランス船で箱館を脱出。
 十一日、新政府軍四千名は海陸両方から、箱館総攻撃を開始した。
 新政府軍は四稜郭、箱館山を占領。
 箱館山の番兵、新撰組は遁走し、砲台、弁天台場べんてんだいばに逃げ込んだ。
 この時の局長は相馬主計そうまかずえであり、共に戦ったのは島田魁しまだかいである。
 土方歳三は五稜郭におり、知らせを聞いて新撰組救出に向かう。
 途中で陸軍奉行添役りくぐんぶぎょうそえやく大野右仲おおのうちゅうと会い、共に一本木関門いっぽんぎかんもんに至る。
 その時、蝦夷共和国軍の艦隊が敵艦を撃沈させた為、土方歳三らの士気は大いに高まった。
 土方歳三は、
「この機を逃すなッ!!」
 と、大野に命じ、自ら指揮をとった。
「退却する者あらば斬る!!
 斬れ!!進めぇ!!
 撃て!!進めぇ!!
 此処ここが、俺が……新撰組だァッ!!!」
 歴史の分かれ目であった。
 土方歳三には、しっかりと新政府軍の狙撃兵のマークがつけられていた。
 土方歳三は、あわや、此処ここで死ぬやもしれなかった。
 そこに現れたのは、フランスのコルベット艦ル デュプレックス率いるフランス艦隊である。
 ブリュネの説得に応じた。
 いや。
 ドニファンの策中に落ちた、ナポレオン三世の計らいであった。
 二十五歳のア・パリ中尉は、フランス公使の明治天皇拝謁に同行し、ナポレオン三世の手紙を天皇陛下にお読みいただいた。
 コルベット艦ル デュプレックスの海の彼方への大砲砲撃に、新政府軍も蝦夷共和国軍も目をむいた。
「休戦である!!フランス皇帝ナポレオン三世陛下のお達しあり、フランスはここに蝦夷共和国との同盟条約を果たし、フランス海軍の増援を送るものとし、改めてフランス公使は明治天皇に拝謁はいえつしたのだ!!結果、蝦夷共和国と明治天皇は和平!!明治天皇のご命令であるぞ、新政府軍はただちに撤兵せよ!!蝦夷共和国は成立!!植民地ではなく、正式な独立である!!この国は、フランス移民と和人により、開拓の地となるのである!!」
 ア・パリ中尉の代わりに叫んでいたのは、束の間いなかったジュール・ブリュネと、その部下カズヌーブ、マルラン、フォルタン、ブッフィエらである。日本語が流暢な彼らの通達により、箱館戦争は終戦。
 明治二年 。
 箱館戦争、五月十七日、終結。

 ーーー後編へ続く。
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