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プロローグ
第4話 死が二人を別つとも 後編
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明治四年、二月三日。京。
瑠璃は、桐谷の義母さん、みつのそばにいた。
深夜まで剣を稽古し、朝は早く台所に立ち、下手くそなりの粥をこしらえる。みつが喜ぶから、真ん中にしわくちゃの梅干しを置いて煮る。同時に焼いていた鰯が焦げて、瑠璃は慌てて網から救出した。
粗方出来上がったら、洗濯した布おむつを持って、みつの部屋へ。
「義母さん、朝餉の前に、布おむつを取り替えましょう。」
「うん」
しかし、みつの布おむつには、僅かなお小水汚れだけだ。
「義母さん……食べられてないから、布おむつがほとんど汚れてない。寿命が、縮まってしまいますよ。」
「瑠璃や。頑張って、ご飯を作ってるだろうけど。あたしゃ、もう喉を通らないよ。」
往診のお医者様は、みつの癌患いを宣告し、寝たきりのみつは為す術なく弱っていった。
みつは、朝餉になっても、困った顔で迷い箸している。
無理して食べたって、吐いてしまうのだ。
瑠璃は、告げた。
「お義母さんの好きな、しわくちゃの梅干し、取ってきましょうか?好きなものなら、食べられるかもしれない。僅かでも栄養がとれる。」
「え。いいの?あんなに高価な梅干し……」
「夏彦さんが仕入れてる、お義母さんの為の梅干しなんですから、役に立ってもらわないと。」
瑠璃が運んできた梅干しを、みつは三個食べた。
「美味しかった。お腹がびっくりしてる。休もうかな……。」
「休んでてください。皿を片付けますから。」
瑠璃は、皿を磨いてる時、つい布巾に剛力がこもって、皿が割れてしまった。
「あぁ、未熟者……桐谷家の良い皿が。」
瑠璃は一通り片付け終わると、みつの傍らにやって来た。
「ねぇ、瑠璃。」
「はい。」
「瑠璃は、なんであたしに寄り添ってくれたの?あんたは新時代の女だ、嫁入り先の僕じゃあない。義理は無かったろう?夏彦は、あたしの医療費を稼ぐのに忙しいんだ。瑠璃がいなかったら、あたしは孤独だった。だけど、なんで瑠璃がこんなに孝行してくれたか、わからない。あたしはたいそうな人間でも無かったし。」
「お義母さんに孝行するのは、わたしのやりたい事ですから。ただ、下手くそなご飯しか食べさせてあげられなくて、もっと台所仕事を学べばよかった。」
みつは笑った。
「ご飯は下手くそだけど、瑠璃は天然理心流の門下生で、格段に強いんだろう?」
「……わからない。総司さんの生前に、手合わせ出来なかった。でも、約束したから。愛する人を超えたい。強い剣客に、なりたい。」
みつは遠い目をした。
「あたしは瑠璃のように誠実じゃなかったし、未来も夢も考えない、ちっぽけな女だった。あたしが穏やかになれたのは、瑠璃と出会ったからだ。あたしは、昔は長州人でね。夫の義母さんの世話だって嫌がって、夫のおばさんに任せきりだったし。尊王活動に熱心な義勇軍の夫に、到底理解が到らず、別の女を疑ってさ。妬みと寂しさから、あたしは嘘をついた。」
「……嘘、とは。」
「あたしが幕臣に斬られて危篤だから帰れ、とね。手紙が届くなり夫は馬を走らせて帰ってさ。すまぬ。二度と尊王活動はせぬ。犠牲にしてすまぬ、と……。夫の愛を疑った己を、呪ったよ。」
「……真相は、どうなりましたか。」
「隠しきれる嘘じゃなかった。あたしには刀傷ひとつないし。危篤どころか、パクパク飯食ってたよ。馬鹿なあたしは夫が帰って有頂天でね。あたしが寂しくて嘘をついたとわかるや、夫は離縁状を突きつけてきたよ。お前は己ばかりを知り、国の憂いを知ろうとはしない、とね。国を憂う夫に、自分の感情論だけをぶつけた、馬鹿な女だったからさ。離縁の後で、あたしの嘘は現実になってさ。夫の尊王活動から恨みを買い、あたしは幕臣に両足を斬られた。命が助かったのは、夫達の義勇軍があたしを助けて戦ったからだ。あたしは本当に、寝たきりになったのさ。夏彦は、以来、尊王と一切手を切って、あたしを連れて京へ逃げた。息子は夫を逆恨みしたが……あたしは思う。閻魔様が、嘘つきのあたしを許さなかっただけだ。」
瑠璃は、キッパリ言った。
「それはお義母さんだけじゃあない。古い時代に囚われたおなごには、実際に、家で待つしか許されなかった。お義母さんが嘘つきおなごだったのでは無い。時代が、そういう価値観を強制しただけ。現にお義母さんは、愛情に愛情で返せる人だ。」
「過保護だねぇ、瑠璃は。あたしは、許されたかった訳じゃない。最後に話したかったんだ。ありのままの、あたしをね。」
「大丈夫。お義母さんを閻魔様が裁くなら、わたしが閻魔様を斬り捨てる。」
みつは、にっと笑った。
「夏彦からも聞いた。瑠璃や……愛娘よ。あたしが眠ったら、あんたはあんたの道へ、旅立ちなさい。あたしの大事な瑠璃。愛する人の軌跡を追いながら、自由な女剣士になるんだ。あたしも、おなごの瑠璃が無双するのを見てる。あの世からでもなんでも、見てやる。あたしに夢を見せておくれ、瑠璃よ。……新時代を、駆け抜けるんだ。」
みつは、うつらうつらとして、眠った。
少し咳き込んでから。
息を、しなくなったまま。
みつは、安らかに亡くなった。
「おやすみなさい、お義母さん……。」
夏彦は、みつの葬儀まで引きずらなかった。
「母さんを看取ってくれてありがとう。母さんに、夢を見させてくれて。安らかな死に顔だった。本当に、お世話になったね。」
「夏彦さん。」
夏彦は頼もしく笑って見せた。
「後は任せてくれ。約束を、果たさなくちゃならない。離縁しよう、瑠璃。俺は桐谷商家の金持ちだから。俺が愛人を囲ったとでも、いくらでもいい訳出来るし。幸い、開国以来、桐谷商家は儲かっててね。慰謝料の建前で旅の路銀を送るから、滞在先からは手紙を。いいね?」
瑠璃は、躊躇った。
「何故、わたしのわがままに、そこまでして下さるのですか。」
桐谷夏彦は、穏やかに笑った。
「母さんの恩人だし……俺はね、瑠璃。貴女に最初から惚れていたんだ。貴女は最初から美しく、一本気だった。近藤勇さんと伊東先生から聞き、貴女の心を知り、見守る愛を選んだんだよ。だから、瑠璃の世話は俺のわがままだ。俺だって新時代の男、やりたいように生きるし、愛を貫きたい。遠慮なく路銀を使って、貴女の本来の道へ。失われた人生を、新時代を、駆け抜けてくれ、瑠璃。」
瑠璃は微笑んだ。
「貴方の深い理解に、ようやく納得がいきました。わたしの愛は総司さんだけ。でも、桐谷家への家族愛はある。今まで貴方に支えられた、ありがとう夏彦さん。わたしは行きます。貴方の愛も、お義母さんの夢も、絶対に、無駄にはしないから。」
瑠璃は、京を去る前に、総司との秘密の場所を巡った。
二月だ。椿は花開き、美しいまま。散るまで、あと僅か。
この場所が、戦の被害を受けなくて良かった。
瑠璃は、大和守安定を鞘から抜き放つ。
瑠璃色の刀身が閃いた。
無明剣・三段突き。
果たして、何処まで辿りついたか?
瑠璃にも、わからないことだ。
沖田総司がいない今、誰が瑠璃と死合えるのだろうか。
拍手が聴こえた。
「見事なり。噂に聴こえし、天才剣客、沖田総司殿かと、錯覚致しかけたが。あなや、貴殿はどこな猛者なのか?」
瑠璃は振り向いた。
今まで花か何かだと思っていたのは、木の枝に下げた美しい羽織り。
日陰を作って、世にも美しい女が、瑠璃を眺めていた。
休息中の、花魁のような。
瑠璃は、刃を鞘に納めてから一礼した。
「先客に気づかず失敬致しました。総司さんを、ご存知であられますか?美しい花魁の方。」
花魁は艶やかに微笑んだ。
「いいや。面識はござらぬ。わっちが一方的に、噂を知っているだけでありんすが。新撰組に関与すりゃあ、あれほどの剣客、知らぬままではおりますまい。」
瑠璃は、彼女の訛りや、彼女が帯刀していることに気づいた。
「貴女様は、京の方では、ありませんね?新撰組に関わる、花魁……?剣をお持ちであられますが?」
花魁は羽織りを取り、立ち上がった。
花魁道中の下駄では無い。あくまで旅の草履だ。
「わっちの話しはちと長いゆえ、端折るが、よろしいか?」
「はい。」
「わっちはかつて江戸であった東京から、はるばる旅をして参った。聞けば、新撰組は明治天皇の指揮下に降ったという噂。なれば、わっちが知己を訪ねてもお咎めはなかろう。ただし、尋ね人は行方不明でな。」
この美しい花魁は、新撰組に用があるのだ。
「わたしも新撰組に用が。貴女様の名は、なんと申されます?」
「わっちは東京、洲崎の品川楼で花魁を務めた嘉志久だ。身体の生まれは女であるが、男として名乗って育った。ゆえ、親からもらった男の名は、伊東甲子太郎と言う。」
瑠璃はその名に驚いた。
「伊東甲子太郎……参謀・伊東先生に縁の方ですか?」
嘉志久こと、伊東甲子太郎は首を振る。
「永倉殿も、わっちの名にたいそう驚かれたが、御陵衛士の伊東甲子太郎殿とは縁もゆかりもござらぬ。むしろ将軍家のお膝元の生まれ故に、胸に秘めたる思想は旧幕寄りだ。我が本名は伊東かし、母の干支が甲子であったゆえ、おかしと名付けられてな。それで、甲子太郎の名をもらい、名乗り申した。混同なさるならば、嘉志久の字で嘉志太郎でも、何も問題ござらぬ。こう書く。」
「嘉志太郎さん……身体はおなごで、育ちは男。総司さんみたいだ。では、内面は?」
少し、沖田総司に似た育ちだが。総司は見た目に反して、愛らしいおなごの心の人だ。
「飲み込みが早くて助かり申すぞ、女剣士殿よ。貴女と違い、わっちは内面も男。天が魂の器を間違えた、というところか。そして、華美に着飾るのが好きな男でありんす。そしてこの剣は、我が銘刀、四ツ谷正宗でござる。訳あって親の借金を完済すべく、品川楼に身を置いたが、そんな理由で身など売りはせぬ。すべては目当ての品川楼の宝、四ツ谷正宗を我が物とする為でありんした。ところが思いのほか花魁まで成り上がり、まさに籠の鳥よ、外へは出れぬ。そこでイギリス大使をもてなした日に、わっちから芹沢財閥の芹沢殿へ、新撰組への入隊を相談したところ、芹沢殿が身請け金を払ってくださり、この通り今は自由になり申した。」
瑠璃は嘉志太郎に一礼し直し、自らも名乗り出た。
「遊女となられてまでの見事な責務を果たし、お疲れ様です、嘉志太郎さん。わたしは沖田総司縁の女剣客、桐谷……いいえ。ここで改めまして、沖田瑠璃と申します。わたしと総司さんは二人ともおなごの剣客にて、おなご同士で惹かれ合い、三日間の愛に生き、一対の剣となることを誓った者。わたしは亡くなった総司さんの道のりを旅して参ります。そして、我が剣を、見定めたく存じます。」
嘉志太郎は微笑み、尋ねた。
「総司殿の墓は存ずるところ。沖田瑠璃殿よ、わっちもその巡礼の旅に、お供してよろしいか?おなごで男のわっちに、おなご同士の剣士の恋人とは、他人と思えぬ。この新時代に、我らの剣が何処まで辿り着くのか、わっちも確かめたく思う所存。」
瑠璃は頷いた。瑠璃にも、他人とは思えない通ずるものがあり、純粋に嬉しく思った。
「ありがとう。新撰組を目指す方よ。共に、行きましょう。……嘉志太郎さん、お嫌でなくば、その四ツ谷正宗を触ってもよろしいですか?」
瑠璃とて、剣客として気にならぬ訳もなかった。
「うむ。ほれ。わっちも瑠璃殿の剣が見たい。普通の大和守安定ではござらぬな?」
「はい、どうぞ。思い出の一振りです。」
二人は慣れた手つきで刀の手入れをしながら語る。
「四ツ谷正宗。芸者と尊王に生き、酒に溺れて自害した名刀匠・源清麿の最上の剣。……あれ?これは、手入れされたばかり?」
「わっちと添い遂げようと迫る馬鹿共と斬りあったばかりでな。わっちの見た目がコレでは、参る。呉服屋を目指していたが、土地勘が無くてな。それにしてもこれは、大した名刀匠の品だ。銀地は瑠璃色か………?」
そそくさと歩み寄る不審な男。思わず嘉志太郎が剣を構えた。
「誤解にて!刀はお納めくだされ!椿の日陰で休んでおりましたら、お話聞こえてしまった次第にて。その旅路、この拙者も仲間に入れてはくださらんか?拙者は強者に媚びて弱者をいじめてきた小悪党なれど、同士たる御二方には計らいはせぬ。沖田君の素性や、墓の話を知り……思うところありました。拙者は修道。愛する馬越三郎きゅんから目覚め、男同士の愛に生きた、新撰組の軍師です。フランス式調練からは、甲州流兵法の拙者は古いと言われ、御役御免ですがな。除隊出来るならば伊東殿について行きたかったものですが、フリーとなった拙者は尊王活動を大いに盛り上げ、新撰組に闇討ちされかけて、奔走して今日まで息を潜めておりました。ですから、京は庭のようなもの、呉服屋なら任されたし。拙者がいて利益もごされば!御二方の旅路の道中、見るからに強面のオッサンたる拙者が睨んでおれば、御二方に言い寄る不作法者は中々現れまい。いわば、護身道具になりたく!」
「何だ?変質者の馴れ合いでは無いぞ!去れ親父!」
瑠璃が瞬きした。
「もしや……貴方は、武田観柳斎さんでは?」
武田観柳斎、涙ながらに手ぬぐいを噛み締める。
「そうですッ!!男に生まれて男しか愛せぬ!!外道と呼ばれながら堕ちていくだけの、武田観柳斎とは拙者のこと!!おなご同士愛し合ったり、おなごに生まれて男であったり、拙者にはあなた方が他人とは思えませぬ!!生まれて初めて、対等に感じまする!新撰組などは既に懲り懲りだが、拙者も志しに生きる者。是非とも、お力になりたくッ!!」
嘉志太郎が辟易した。
「だからといってな……わっちは男ぞ?貴様、わっちに手を出したら斬り捨てるが?」
武田観柳斎は指を振る。
「おなごのお身体のうちはご安心召され!仮に、嘉志太郎殿の漢気や内面に惚れたとしても、拙者の求める肉体は男にて!!そう、ピュア ラブなる話にございますれば!!」
「同じ男として被害者達が不憫でならぬ。よし、殺すか。」
瑠璃は笑った。
「あははは……よろしいのでは?面白い方です。たしかに同じ立場の方だし、武田観柳斎さんには、息抜きになっていただいて。わたし達の目指す剣の道は、とても殺伐としたもの。わたしは死んだ愛する人の軌跡を歩む。息抜きは、必要です。武田さん、よろしくお願いいたします。」
武田観柳斎は今までの自身の罪悪感を拭いたいのか、瑠璃達に好意的に接した。
「やさしー!世捨て人・武田観柳斎が、お役に立てるならば!拙者の性格の悪癖が出たら引っぱたいて良いので。時に嘉志太郎殿?いくら歌舞いてようが、前結びの帯は剣術の邪魔ですぞ!普通の花魁は戦わぬ故、前結びなのです!派手好きの高杉晋作とて、花魁姿で斬り合いはしませぬよ!!青地に紅葉の羽織りはよいが、下に着ているその着物が気に入りなら、呉服屋で仕立て直すがよろしい!!ンンン、イケメン素養がもったいなし!!」
嘉志太郎、容赦なく剣で武田観柳斎をガンガン突き刺した。
「このように、前結びでも突きには困らぬ。二・三着は男物に仕立て直しに来たが、この錦はわっちの戦利品だ。引きづってでも戦う所存。」
「おおっ!見事!判断の速い突き!!」
血塗れ観柳斎に、瑠璃は嘉志太郎を宥めた。
「ツッコミが激しすぎると、武田さんがお身持ちを崩して、剣をふるえなくなる。嘉志太郎さん、お手柔らかに。」
「瑠璃殿、優し過ぎやござらぬか?」
三人はまず、元近藤勇邸宅を訪ねた。
もはや、近藤家は立ち去ったかと思われたが、たまさんの親友、伊予さんが玄関を開けた。
伊予さんは道場稽古姿だ。
「どなた様ですか?」
「新撰組の沖田総司縁の者です。総司さんが、一時期こちらで療養なさったと言います。門下生の沖田瑠璃と、師範にお知らせ下さい。一宿、滞在してもよろしいでしょうか?」
伊予さんが告げた。
「お待ちを。」
しばらくして、すっかり髪を短くした勇五郎がやってきた。
「お瑠璃さん!ちょうど良いところに参られましたね!訳あって京に滞在していましたから、どうぞ泊まって行ってください!」
瑠璃も意外な顔に驚いた。
「勇五郎先生?……まさか、再びお会い出来るとは!てっきり違う師範かと。」
「たまは東京で留守番ですがね。詳しい話は夕餉時に。俺は日中出稽古がありますので、行かないと。お瑠璃さん達は、うちに荷物を置いて、京を散策なさっては?だって、お瑠璃さんは、総司さんの軌跡を追って、京を離れるんでしょ?」
「……はい!」
瑠璃、嘉志太郎、武田は旅の荷物を置いて、嘉志太郎は風呂敷を紐解いた。
「京の呉服屋は仕事が早いか?」
「そりゃあ本場ですからな!伊東先生が贔屓していた呉服屋に案内しましょう。何せ腕が良くて早い!」
嘉志太郎は飛び切り歌舞いた着物を二、三着選び、新しい風呂敷に包んだ。
三人で呉服屋に行き、仕事を頼むと、主人が瑠璃に気づいた。
「沖田組長の椿の羽織り……貴方が、浅井瑠璃さんでしたか。」
「え。はい、わたしは浅井ですが……もしかして、総司さんの贈り物のわたしの羽織りは、此処で?」
「はい。沖田組長は一日寝込まれて、部下の大石さんは牡丹の羽織りを探してましたが、品切れで。沖田組長の案で、椿をお選びに。大石さん、真剣に映える部分を選びまして。採寸の指示まで頑張ってましたね。受け取りは翌日、沖田組長がね。あの方は大喜びでした。やんちゃな方で、人斬りとは言われても、わたしゃ、しっくり来ません。」
瑠璃は微笑んだ。
改めて、有り難いことだ。
「ありがとう、呉服屋さん。そしてはからずもお世話になっていた大石さん……この、総司さんの贈り物は、わたしの、一生の晴れ着です。」
嘉志太郎を採寸した呉服屋の針子から、嘉志太郎に告げた。
「着流しですと、男帯では、貴女様の豊かな胸が見える恐れがありますよ?」
「サラシを巻いて潰せぬかな?」
瑠璃が慌てて教えた。
「嘉志太郎さん、危険です!わたし達のような大きな胸の身体は、サラシで潰せば潰すほど、痛くて死にます!医者の父も言いました、クシャミだけで潰した肺に穴が空くと!」
「だが……男には覚悟があらねばならぬ!」
結果的に嘉志太郎はサラシでぺったんこになり、ほぼ呼吸困難。
日本髪を解いて一本結びにし、仕立て直す着物の仮止めでは、背が高く立派な歌舞き男に見えた。しかし、顔色は青白い。
「ひっ……ひっ……慣れねば、低酸素、呼吸を!」
「無理をなさらず。剣を扱えませぬよ?」
武田観柳斎、燃える。
「やだーめっちゃイケメンなんですけど~!!この顔立ち!また、背の高いことで!拙者リバに目覚め申し、此度は尻に挿入されたく!!」
尻を突き出した武田に、嘉志太郎は容赦なく尻に剣を突き刺した。
「こうか?」
「あぁッ!!大ハードなプレイも乙なりやッ!!」
「嘉志太郎さん!剣を大事に、清潔に!!四ツ谷正宗を汚してはなりません!!武田さんも、そんなハードプレイに目覚めたら、厠で己が困りますよ!!」
瑠璃達が近藤邸宅に帰ると、勇五郎も帰ってきた。
台所では、伊予さんのお母さんが、皆の夕餉を作っていた。
「お手伝い致します。」
勇五郎が慌てて止めた。
「瑠璃さんダメ!伊予さんの母殿は料理に厳しい方だ、台所は任せよう!」
瑠璃のような下手くそが乗り込んでは、こっぴどく叱られてしまうのか。
伊予さんのお母さんはキビキビ動きながら告げた。
「台所はあたしの戦場だよ。任せな。」
「では、お任せして……」
瑠璃、嘉志太郎、武田、勇五郎は、部屋に入った。
「瑠璃さんのお気持ちは、実は、たましか知らなくて。たまは頑なです。瑠璃さんご本人が話すまで、待て、とね。」
勇五郎に、瑠璃は俯き、意を決してから顔を上げた。
「わたし達は三日間だけの恋をした。今でも、総司さんを愛してる。だから悔いています。総司さんは愛する者を斬れと言った。総司さんを斬って本物の剣になることが、わたしの最終試練。だけど、僅か四日目に、その時が来て……総司さんは死の床につき、近藤さんと伊東先生、土方さんは、総司さんの導く地獄からわたしを助けるべく、桐谷商家に嫁がせた。近藤さんの自腹で、立派な白無垢を着ました。でも……わたしにとって、あの時の判断が正しかったのか、今は疑っている。総司さんは剣客だ。椿の花の如く、潔く死なせてあげる道もあった……わたしは、愛する人を殺す業から逃げて、総司さんを病で苦しませたに、過ぎない。」
勇五郎は、温和に微笑んだ。
「なるほど。ようやく、総司さんの独白の意味がわかりましたよ。でもね、お瑠璃さん。総司さん成長して、変わりましたよ。貴女との三日目で、気づいた愛だって。……生きてさえいれば、貴女と添い遂げて、老いていくお瑠璃さんを支えながら、二人でたくさんの幸せを過ごし……貴女の最期を、看取りたかったって。自分が馬鹿だった、お医者さんが正しかったって、すごく泣いたんだ。」
瑠璃は息をのんだ。
生きる希望を抱いて、総司は死んだのだ。
「わたしが馬鹿です。人の成長を考えて無かった。だったら、いくらでも、会いに来れば良かったのに。」
嘉志太郎がボヤいた。
「わっちには、総司殿の願い。斬られて死にたかった気持ちも、生きていたら添い遂げたかった気持ちも、わかる気が致す。しかし、その二択は、本人が選べぬ二択であろうともな。切腹の誉れより、椿の首のように、斬り合いの最中に死にたい。それも幸せな死でありんす。だが、生きられるならば、添い遂げたいのは、当たり前の愛なれば。」
武田は沖田総司を思い、悲しくなる。
「新撰組に、やんちゃな沖田君を嫌う者はおりますまい。ことさら伊東先生達尊王派にも親身になり、あの子には誰にも悪意が無かった。意地の悪い拙者のことすら、夜這いの徘徊観柳斎さん、だのと茶化して遊んでも、敵視はしておらず。西本願寺を去られて、どうしたかなとは、思っておりましたが……一皮剥けて、生きての幸せを願って、病が進んだなど、なんと痛々しい……拙者が近藤局長を持ち上げたからこそ、たくさんの粛清があり……沖田君は、剣であるしか、無かった。拙者まだ死にとうはないが、永倉殿に斬り捨てられても、到底言い訳は出来ぬ。」
嘉志太郎と武田に、勇五郎は尋ねた。
「そちらの、瑠璃さんのお連れの方々。花魁だったはずの方は、お仕事柄、髪洗いに不自由したのでは?どうぞ、うちの風呂場をお使いください。そして、総司さんの仲間の……もしや、武田観柳斎さん?義父さんが大変な失礼をしました。除隊を認めたのですから、武田さんが尊王活動したって、新撰組が武田さんを殺す理由なんか、無いですよ。……それからね。瑠璃さん、花魁だった方。俺は道場主だが、弱い男です。実力では無く、門下生の責任を背負う為の跡継ぎですから。だからね。総司さんはかっこいい。あの人は、俺の夢見た剣士だ。椿のような死に様も浪漫だし……ただ、武田さんの言うように、生きたいのに弱っていく総司さんは、痛々しくって。俺はあの人に、生きて欲しかったんだ。」
「勇五郎先生……。」
「瑠璃さん。この先、貴女は何度も自問自答するだろう。総司さんの死に方に、自分の役割を疑うだろう。でも、貴女は天然理心流最強の剣士です。俺は願います。貴女が折れない剣であるように。貴女は、新時代の人。その最強の剣で、明治を駆け抜けてください。」
瑠璃は、真剣に頷いた。
「……はい!!」
伊予さんと伊予さんのお母さんが、夕餉の御膳を運んできた。
「勇五郎先生!兄弟子の瑠璃さん、お連れの皆様!母さんの料理は屈指の腕前、明日に向けて英気を養ってください!」
瑠璃は、大盤振る舞いの御膳に、勇五郎の京の用事は、さぞ体力勝負なのだと気づいた。
「すごい料理だ。さぞかし栄養になる。時に、勇五郎先生は、なぜ京へお戻りに?」
「正式な近藤の婿養子になりまして。門下生を集めるべく、昔の弟子達を回っております。東京にある道場は、試衛館と言いまして。佐藤彦五郎さんが守り続けたおかげで、今がありますが……明治のご時世に剣術は流行りません。それで馴染みを勧誘に来ました。試衛館には、ある程度、舎弟が暮らせる広さがあります。伊予さんも来ますよ。たまが喜びます。」
瑠璃は今更気づいた。
幼さが残る勇五郎では無い。もう、立派な大人だ。
「大任、お疲れ様です。勇五郎先生の英気の為の夕餉のはずが、わたし達も馳走にあやかってしまい……なんですか?この、艶やかな醤油色の里芋は。きらきらしている。」
伊予が言った。
「母さんの自慢の芋の照り煮です!」
瑠璃は口に入れて、余りに美味しくて言葉を失い、せっせと白米と芋を口に運ぶ。
伊予はニヤリとし、悪魔の誘惑。
「いいんですかあ~?芋で白米がなくなっちゃう。この秋刀魚は、母さん自慢の大根おろしと柚子ぽん酢で、脂身の調和した品。兄弟子だから教えますけど、白米なくなったら、後悔しますよ~?」
瑠璃は慌てて秋刀魚を口に入れて、その美味しさにびっくり。だが、茶碗の白米がもうあまりない。
「あぁ、だから父に、ばっかり食いは良くないと言われたのに……!」
「ですよね~!」
伊予さんのお母さんが、伊予さんをコツンと叩く。
「バカ娘が!兄弟子さんなら、おかわりしてよかろうが!瑠璃さん、二杯でも三杯でもお食べなさい。聞けば天然理心流最強の剣客だという。おなごの夢ではありませんか。」
瑠璃は不器用ながら応じた。
「それは、師匠に沖田総司をいただいたからで……大変美味しいおかずが、たくさんあり……料理下手のわたしには、こんな機会は滅多にございません。白米のおかわりいただけますと、ありがたいです。」
伊予さんのお母さんは、茶碗に白米をモリモリ盛りながら、答えた。
「勇先生は常々、言ってましたよ。総司は剣を教えるとなると怒号のやまぬ師範で、そこだけは嫌われ者だとね。それを乗り越えて奥義に到る貴女。自信を持ちなさい。伊予など、貴方には子供でしょう。」
むくれる伊予さん。
「わたしだって強くなるのにぃ~!」
伊予さんのお母さんに、瑠璃は真面目にお答えした。
「総司さんの教えです。いかな達人たれども慢心は死因に到る。どんなに強くなれど、満足してはならない。更なる高みを目指すのだ、と。」
伊予さんのお母さんは、新撰組を思い出してか、厳しい顔が涙で潤む。
「沖田総司らしい言葉だ。懐かしい。さぁ、美味しかったらお食べなさい。お酒も温めてある、飲める方は何名か?」
瑠璃は箸が止まらない。
「お酒は好きですが、今宵は美味しいご飯でお腹いっぱいになりたく。」
嘉志太郎はキッパリ断った。
「わっちは酒乱で、罵詈雑言に大暴れも致すから。わっちは今は飲まぬ。永倉新八がいる場所までは禁酒するぞ。剣も無く暴れるわっちを止められる猛者がおるまいからな。」
武田が告げる。
「嘉志太郎殿、永倉新八は元々酒乱の豪傑が好きだからして……きぃぃッ!!相変わらず宿敵は永倉殿かッ!!ちなみに、髪を洗うならば酒は飲まぬが得、酒の後の湯は危ういですからな。拙者は刺された尻が痛み出し、痛み止めに酒をいただきたい所存。」
勇五郎は笑った。
「嘉志太郎さんと武田さんは、余程美味しいご飯に慣れてらっしゃる。俺も酒は控えめにして、美味しいご飯で腹いっぱいになりたいかな。」
嘉志太郎は答えた。
「花魁だったのでな。しかし、遊郭でも無い芋煮が、何故こんなに美味いのかはわからぬぞ?贅を凝らした遊郭の飯が美味いのは、当たり前だ。工夫して芋煮を上手く作る母殿は偉業の御業。……時に、勇五郎殿はモテなさるだろう?おなごの自立を支える新時代の器。わっちも見習わなくてはな。」
勇五郎は照れ笑いだ。
「え?そんな、嘉志太郎さんみたいな浮世離れした美形に褒められると、天狗になるから、お控えくださいよ。まぁ、色々恋をしましたが……おなごには来るべき新しい時代なんですよ。それに俺、門下生でも、瑠璃さんには一歩下がってます。瑠璃さん強い人だから、近づき過ぎると頼りきりの害悪になるんです。俺は、弱い男だからね。」
嘉志太郎は笑った。
「己の弱さを制御するも、また良きところではないか。奥方は、たま殿、と言ったか?たま殿は良い男に恵まれたな?」
勇五郎は照れて困る。
「だから、褒めないで!天狗になりたくない!」
「新時代の男、優しき器。確かに、素敵なお方だ……ドキッ!この観柳斎、さくらんぼみたいに甘酸っぱい恋の予感にて候!!」
勇五郎、慌てて御膳ごと逃げた。
「武田さん!俺は修道じゃないからね!?妻がいる!勘弁してください!」
御膳を持って迫る武田観柳斎。
「まぁまぁ。奥方あって妾は浮気。ですが、男は浮気になりませぬぞ!」
「助けてー伊予さん!」
伊予さんはニヨニヨ笑いながら見ていた。
瑠璃と嘉志太郎は、風呂場を借りた。
潔く脱ぐ瑠璃に、嘉志太郎が躊躇いを感じた。
「瑠璃殿?何故脱ぐ。わっちが男だと忘れていらっしゃるのか?」
「でも、身体はおなごです。ついてるものは同じだし。総司さんとも温泉入りましたよ。嘉志太郎さん、髪洗いに助けがいりますよね?」
「……うーん?脱がないで欲しいのはありんすが、まだ、伝わらんか。」
嘉志太郎の髪洗いは大仕事だ。
二人がかりでも手に負えない。
「何故こんなになるまで?」
「花魁や芸妓の日本髪は、特別めかしこんだ結い方でな。金もかかる故、とく事は許されぬ。」
湯じゃあ、脂が取れない。
伊予さんのお母さんが顔を出した。
「瑠璃さんには悪いが、仮の旦那さんの桐谷商家に走って来たよ!イギリス石鹸買ってきた!服の汚れも落ちるよ、使いなさい!」
「ありがとう!」
石鹸で何度も髪を洗っては流し、繰り返し続けていく。
伊予さんのお母さんが、さらに湯を沸かした。
「湯が尽きたら寒かろう!」
「ありがとう!恩に着ます!」
やがて、ついに嘉志太郎の髪が泡立った。
「重みが無い。頭が軽い。スッキリした。」
瑠璃は頭皮をくまなく泡立てた。
「頭皮の脂がずっと湯を遮ってた。花魁の苦労を初めて知りました。あの華やかな結髪は、といてはならない……嘉志太郎さん!いっそ、武士の一本結びにして、いつも髪を洗いましょ。今は頭皮に汚れひとつ無い、頭が軽ければ剣も軽くなる。」
これには美しいもの好きの嘉志太郎も身に染みたらしい。
「うむ!美しかろうと、汚れの重しには懲りた!髪に入る虫だってうんざり致しておったぞ。しかし、一本結びより、わっちは男らしく散髪したいかな。だいたい、禿げとうないしな!」
「鋏だよ!勇五郎先生が散髪に使ってる!アンタ、殿方みたいにしたいんだろう?こいつであたしが散髪するよ!」
伊予さんのお母さんは、すっかり爽やかな短髪に切ってくれた。
嘉志太郎を流し終わると、瑠璃は好奇心から自分の髪をイギリス石鹸で洗ってみた。
湯船で嘉志太郎が温まりながら見ている。
「すごい……頭が軽くなる。サッパリした。夏彦さんにイギリス石鹸をかかさず頼まなくてはなりませんね……。」
翌日、瑠璃達は勇五郎に別れを告げた。
「勇五郎先生。今は新時代。再び、会えるやもしれませぬ。その時まで今一度、お別れです。」
「瑠璃さん。お達者で。伏見、大阪城の後、東京では、佐藤彦五郎さんと会うでしょう。そこで、たまが総司さんのお守りにした帯留めを、受け取ってください。」
「……はい!必ず!」
旅路の前に、呉服屋で、仕立て直した着物を受け取る。
嘉志太郎はすっかり男物を着こなして、秘蔵の錦を羽織りにした。
武田は大喜び。
「キセルを持つべきにござる!」
「キセルも三味線も嗜むのが花魁、自前がありんす。」
「かっこいい……マジかっこいいでござ候~!!まるで拙者の憧れ、長州の麒麟児、高杉晋作殿みたい!ンンンンンン!高ぶる拙者のマイ ハート!!」
瑠璃は嘉志太郎に耳打ちした。
「胸は?痛いでしょう?」
「死にそうだ。胸の肉を剥ぎたいくらい苦しいぞ。肺が心配だな。」
「この旅の果てには、松本良順先生がいるはず。父も患者が乳癌で乳房を切ったことがある。きちんと費用を払えば、改善の見込みはあります。」
「切れるものなのか……荒稼ぎして、金には困っておらぬ。費用は払う。」
「では、松本良順先生に、相談しましょう。それまでしっかり、わたしも支援致しますから。」
「助かる。瑠璃殿、感謝致すぞ。」
武田観柳斎が手配した馬で、瑠璃達は伏見を目指すが………。
なんと、瑠璃は乗馬が下手くそだった。
瑠璃が軽過ぎるのか、走り出すと乗り手の瑠璃が飛ばされてしまうし、いくら教えても、落馬してしまう。
「己を制するかの如く!馬を、制するのです!!」
「馬を、制する……!」
また落馬した。
嘉志太郎が告げた。
「もうやめよ!落馬の被害の方が痛いわ!瑠璃殿の体重が軽すぎるのだ!」
武田観柳斎、はたと思いついた。
「体重が軽い?ならば、人力車や自転車、駕籠がありますな?手配して参る!!」
まさにこれ、というので、武田の案内で瑠璃達は西洋商店へ。
イギリス式自転車。
高かった。
瑠璃は仕方なく知らせを飛ばし、夏彦から使いが来て、自転車代と石鹸を拝借。
「頼れる元彼だな……。」
瑠璃は恥ずかしいやら申し訳ないやら。
「お金ばかりあてにして、甘え、ですね。しゃんとしなくては……」
イギリス式自転車は楽だった。
おなご向けの乗り物と言えよう。
「馬に追いつける!手放せませんな!!」
こうして、瑠璃は自転車、二人は馬で、伏見奉公所までやって来た。
少し前までは、旧幕臣の名は禁句だったが、今は新撰組が朝廷の臣下なので、聴き込みは容易かった。
「お役人さん。明治天皇陛下の臣下となった新撰組ですが、かつて、ここを本部にしましたよね?」
「はい。入隊志願でしたら、ここでも少し出来ますが、詳しい資料をお求めですか?」
「ええと。わたしは沖田総司の縁者で、沖田総司が療養した民家を知りたいのです。わたしに総司さんが襲撃された事件を知らせる手紙を書いてくれた人も、調べていただけたら。」
お役人さんは同僚と話し合い、戻ってきた。
「確かに沖田総司は民家で襲撃されて、伏見奉公所まで走って逃げたようですが、沖田総司の療養した民家を知る生きた人は、警察官の鈴木三樹三郎さんだけです。きちんとなさった方ですから、会ってはくださると思いますが、なにぶん忙しい仕事で、旅の道中ならばかなり足止めを喰うでしょう。使いを出しましょうか?」
瑠璃は首を振って遠慮した。
「警察官のお仕事を、邪魔してまで会いとうございません。それに、その頃の彼は、総司さんの敵のはず……ご遠慮致します。」
「では、次にお手紙の差出人の特定ですね。手紙を拝見してよろしいですか?役人には、筆跡で粗方わかります。」
瑠璃は手紙を渡した。
お役人さん達は、手紙を見て驚いた。
「……やはり、近藤さんでしょうか?」
「いえ。この筆跡は、鈴木三樹三郎さんのものです。沖田総司側の……当時では、三樹三郎さんの敵側でらした方に、何故わざわざ知らせたのかは、わかりませんが。ゆえに、差出人の名を書かなかったのかと。沖田総司が襲撃から生き延びたことや、近藤勇が二条城の帰りに狙撃されて負傷したことが、簡潔に書かれています。感情を抑えるかの、如く。」
瑠璃は、信じられずに、聞いていても分からなかった。
「え。でも、手紙には、鈴木三樹三郎さんや阿部さんが、総司さん達を狙ったと、書いてありました。何かの間違いではありませんか?鈴木さんは、伊東先生の一派ですよね?」
「いえ。間違いありません。」
「……鈴木三樹三郎さんとは、どういう方ですか?」
「鈴木三樹三郎さんは、御陵衛士・尊王開国派、伊東甲子太郎の実弟です。近藤勇斬首にも、蝦夷共和国と武蔵国の和平にも、新撰組の朝廷召し上げにも、関与する人物です。」
「……伊東先生の……!」
瑠璃は、涙が一筋流れた。
伊東先生は約束を守り抜いた。死んだ後、までも。
「伊東先生の、弟さん。わたしの仮初の結婚の宴席で、伊東先生がわたしに約束した……沖田総司の容態を必ず、絶えず知らせると。自分が死んでも文が絶えないように……近藤さんにも、弟にも、頼むから、と。だから、弟であった三樹三郎さんは……」
お役人さんは、改めて真面目な顔をした。
「沖田氏縁の方よ。鈴木三樹三郎さんは、その時は敵でありながら、兄様の教えを守ったのだと、思います。」
「はい……。なんて方でしょう。あの兄弟には、つくづく頭が上がりません。」
伏見奉公所を出ると、武田観柳斎が告げた。
「拙者、伊東先生を崇拝したが、正直なところを申せば、三樹三郎殿を舐めておった。何が実弟か、尊王の何たるかを知らぬ小僧が、と……。拙者は浅はかであった。彼は、兄に相応しい。誰より兄を理解した、義理堅き弟だったのだな……。」
嘉志太郎はボヤいた。
「うむ……。気性の荒いわっちには、御陵衛士の伊東甲子太郎は人間とは思えぬが。弟は、地に足がついた人間だったのだな。憎しみから報復もする、敵の大事な人間も狙う。だが……瑠璃殿への義理を果たした。なまじ人間だからこそ大変な行いに思えるが……どんな感情で、文を書いたのだろうな。」
「わたしも、気になりました。鈴木三樹三郎さんが。多忙な人に、仇側のわたしが会うのははばかれますが……三樹三郎さんが何故、新撰組を許したのか。わたしは、今の蝦夷共和国が……新撰組が、気になる。」
大阪城には、さすがにツテも無しには入れなかったが、三人は城を見上げた。
「総司さんは、近藤さんと大阪城で療養し、軍医の松本良順先生の治療を受けたそうで。鳥羽・伏見の戦いには不参加だったそうで。惨敗だったらしいですが……。」
「その手紙は、誰が?」
瑠璃は手紙を出した。
「山崎烝さんです。その後の手紙では、新撰組行方不明者となっていますが、今も大阪で療養中です。今から、お訪ねしようかと。」
武田が、真摯な面持ちで告げた。
「ならば、お訪ねなさいますな。山崎君とて、回復していたら蝦夷共和国に向かうでしょう。無闇に踏み入ってはならない。命を、背負い過ぎますな、瑠璃殿よ。」
「………それは、そうです。」
嘉志太郎が笑った。
「珍しくまともだな、武田殿よ?」
「そりゃあ、拙者とて真面目にもなります!瑠璃殿は既に、背負い過ぎた節があり申すゆえ!」
イギリス小隊の滞在する洋式ホテル。
ジェームズ・ドニファン中尉は、自室に客人を迎えていた。
明治天皇の祖父、麝香間祗候、中山忠能の子、中山忠光である。
文久三年、八月十七日に、尊皇攘夷浪士の一団を率いて挙兵。天誅組の変の首謀者であった。
「イギリス公使でもない貴殿が、何故わたしを呼び出てした。」
血気盛んな中山忠光に、ドニファン中尉は優しく笑った。
「中山忠光様。どうぞ、落ち着かれませ。今の武蔵国は天皇陛下の治世の元、やがて安寧の世を迎えられます。どうぞ、旧幕思想の民がいたとて、過激をなさいますな。」
中山忠光は、既に、東京におりながら、旧幕を語る民を、およそ四名、斬り殺し、明治天皇に尊王の行き届かぬ治世を苦情申し立てていた。
「ジェームズ・ドニファン。天皇がわたしの愚痴でもこぼしたか。明治の世であろうとも、戦いは終わってはおらぬ!何が武蔵国の安寧かッ!!生ぬるくてならんわッ!!まだまだ、国には旧幕があちこちにごろついておるでは無いかッ!!」
ドニファン中尉は笑いながら語った。
「武蔵国のすべては、神たる天皇陛下の民であり、天皇陛下が救済なされる和人なのです。思想ゆえに血は流れた。ならば、尊王を勝ち得た天皇陛下には、武蔵国の民を皆、平和と安寧に導く使命がございます。忠光様。天皇が望まぬ殺生は、天誅とは呼べませぬ故。」
中山忠光は、鼻で笑った。
「貴様は宗教論者か?明治天皇に神の器を求めているのか?父も天皇も、甘いわッ!!人の世は戦あっての賜物よ!夷狄ジェームズ・ドニファン、貴様とてイギリス側でわかっておろう!神は平和など与えはしないッ!!戦がなければ国は育たぬ、故になッ!!」
「はい。神は人々を救済はしない。残忍な、貴方様のような権力者を蔓延らせては、グロテスクな敗者の死体の山ばかりを積み重ねる。だからわたしは天皇陛下を離しはしない。わたしは救済する……武蔵国の和人を。」
中山忠光は眉を顰めた。
「何を」
瞬間、中山忠光の首が跳んだ。
ジェームズ・ドニファン中尉の居合斬りは、返り血すら浴びずに。
「神はわたしが従える……正しく民を救済する為にな。」
物音がした。
ジェームズ・ドニファンはすかさず天井裏に剣を突き刺した。
天井を打ち壊せば、倒れたのは、山崎ピーター・エバンス、こと、山崎烝であった。
血を流しながらも、素早く窓ガラスに飛び込み、二階から着陸し、走り出す。
騒ぎで兵士たちがドアを開けた。
「Are you okay, Lieutenant Doniphan?
(大丈夫ですか、ドニファン中尉!?)
Ah, Tadamitsu Nakayama...?!
(あ、中山忠光様が……!?)」
ドニファン中尉は涙した。
「Tadamitsu Nakayama was murdered by Peter Evans Yamazaki.
(中山忠光様は、山崎ピーター・エバンスに殺られた。)
For the sake of His Majesty the Emperor, I must pursue Yamazaki.
(わたしは天皇陛下の為に、山崎を追わねばならない。)
Please hurry up and send me off to Shinagawa Bay!
(至急、馬車を出し、わたしを品川湾に送りなさい!)
Go ahead and send a messenger to Narazaki Ryu of the Kaien-tai!
(先行して、海援隊の楢崎龍に、使いを出してくれ!)」
「I got it!!
(了解しました!!)」
ジェームズ・ドニファン中尉は外套を羽織る。
「Yamazaki Peter Evans... Ninja. Yamazaki Susumu...? Hehehe. No way...
(山崎ピーター・エバンス……忍者。山崎烝……?ふふふ。とんでもない……。)」
大阪から東京までは遠く、新撰組とて海路を進んだ。
武田観柳斎が、尊王活動で学んだカタコトの英語で、異人の船乗りと交渉している。
瑠璃も英語を少し解するが、あんなに早口では分からなかった。
武田観柳斎が戻ってきた。
「我らをアメリカ商船に乗せてくださるそうです!たぶん!はぁ、拙者ヘトヘト。」
「まだ、武蔵国には、海路の移動船はないのですね。」
「蒸気船などは学んでおりますから、明治のうちには国内船が始まりますよ。さあ、アメリカ商船の気が変わらぬうちに乗りましょう!」
三人が船に乗り込むと、クルクル髪の船員が手を出した。
「Japanese people, please pay the fare in US dollars.
(和人、運賃はアメリカ・ドルの支払いだよ。)」
「え。金?」
瑠璃が慌てて金を出した。
「大丈夫、ここはわたしが払います。わたしの旅路ですから。」
船員は、優しそうな目で困っている。武蔵国の金では無く、アメリカ・ドルを求めていたが、通じないとわかり、ため息混じりに、わかる範囲の日本語を探しながら話した。
「……money、代わり。……価値、高いもの。キモノ。」
価値の高い着物。
安物の着物ではあるまい。
つまり、嘉志太郎の着物しか、あてにはならぬのだ。
「キモノ、みせて。」
「うむ……」
嘉志太郎が風呂敷を開くと、京で羽織りを錦に変えた為、前に羽織っていた、青地に紅葉の羽織りも入っていた。
「ブルー、キモノ?ジャパンの……モミジ?」
船員は、個人的に青地の紅葉柄に夢中になった。無邪気な眼差しで、憧れが滲み出て見えた。
瑠璃は嘉志太郎に意思確認。
「嘉志太郎さん、こちらを、よろしいでしょうか?」
「いらんな。今の錦羽織りに比べれば。」
瑠璃は船員にカタコトの英語で身振り手振り。
「セーラーさん!ブルー、羽織り!アウター!ほら!こう!」
瑠璃は羽織りを羽織らせて、上着であることを知らせた。
「ブルー、アウター?キモノ……!!」
「それ、プレゼント。セーラーさん、代わりにミーたちを、クルーズさせて。大阪から、東京。貨物室でいいから。なかま、誤魔化して!」
船員は、羽織りの上にセーラーカラーを出した。バッチリの色合いだ。
「なんて可愛い着こなしを……」
「OK!ユア、クルーズ、キョウリョク。貨物室ダメ、キモノ、センキュー。ミナ、こっち。」
船員は、瑠璃達をきちんとアメリカ・ドルを払った乗客の部屋へ案内した。周りじゅうがお金持ちの異人や、商人の英語達者な和人だらけだ。
セーラーさんの上司が駆けつけた。
「What do you mean, Anton?
(どういうことだ?アントン君。)」
「These three are my guests.
(この三人は俺の客です。)
Some of my close Japanese friends are members of the Shinsengumi.
(親しい和人で、新撰組隊士もいます。)
They are traveling for the Emperor of Musashi Province.
(彼らは、武蔵国の帝の為に、旅をしている。)
They should put it on a boat from Osaka to Tokyo.
(大阪から東京まで、船に乗せるべきだ。)」
「...I see. So now the Shinsengumi are samurai of the Emperor of Musashi Province. Very well.
All right, you're permitted on board.
(……そうか。今では、彼ら新撰組は、武蔵國の帝の侍か。よろしい、乗船を許可する。)」
船員と上司が英語でやりとりしているのを、瑠璃達はハラハラと見ていた。
船員がフランクな笑顔になって戻ってきた。
「OK!いけた!ユア ネーム?タケダファミリー?」
「武田は拙者だけですぞ。」
「え。なんて?」
瑠璃が嘉志太郎に訳した。
「名前を聞かれています。」
「伊東嘉志太郎だ。……異人には漢字がわからぬよな。カシクで良いぞ。」
「沖田瑠璃です。セーラーさん、センキュー。ユア ネーム?」
「タケダ、カシク、ルリ?マイネームイズ アントン!」
「安藤?」
「ソレ、アントンのニックネーム?OK!」
アントンさんこと安藤さんは、仕事が休み時間の度に世話しに来てくれた。
来る度に新しい日本語を覚えてくる。
「みんな、ディナー?アンドー、たべたよ。」
瑠璃達はイギリス式カレーに夢中だった。
「こちらの献立、とても美味しいです!栄養価がすごい……!安藤さん、このディナーは、アメリカ?イギリス?」
安藤さん笑う。
「イギリス人にならった、インドのカレー!インド、イギリスの植民地。でも、インドの方が、カレー、ぜったい、旨いよ!サグパニール、忘れないアジ。」
瑠璃達は瞬きした。
「安藤さん、船乗りだから、行ったことがあるのですか?インドとは……どこ?」
「お釈迦様、生まれた国。ジャパンの仏教、インドから来た。」
三人は驚いた。
「インドは天竺?……天竺は、カレーの国なんですか?」
「YES。天竺のカレー、イギリスより、美味しいよ。」
翌朝は、ブレックファストのパンが出た。
「これは、朝餉……?」
「パンは手掴みするものですぞ。こうしてジャムを塗って、と。ちなみにスクランブル エッグ等、おかずはフォークを使いなされ。」
「忘れていたが、武田殿は軍師で尊王派か……異様に異国に詳しいな。」
安藤さんがチラッとドアを開けた。
「安藤さん」
「グッモニ……おはよ、ルリ!ソーリー!今日、仕事!」
安藤さんは、乗客で唯一英語が不自由な瑠璃達を気にかけてくれていた。
「おはようございます安藤さん、そしてお気遣いなく、行ってらっしゃい!Go!」
武田観柳斎は寝起きで夢の狭間だ。
「安藤殿、日の本にはおらぬタイプのやんちゃで優しい殿方……ドキッ!異人との禁断のラブ ロマンス!高ぶる拙者のマイ ハート!ドラマチックですなぁ……!」
嘉志太郎はもう武田に慣れてしまった。
「安藤殿は貴殿に振り向かんぞ。しかし、確かに優しい異人でありんす。言葉まで学んで世話に来る。わっちの羽織りだけで、ここまで親切をするいわれも無かろうに。」
瑠璃は、考えた。
「日の本に、海の向こうへ夢見た伊東先生がいたように……安藤さんにも、日の本に対する夢があるのかも、しれません。」
「夢?」
「安藤さんと、上司さんの会話、ちょっとだけどわかるんです。日の本の帝や侍を、すごく尊重していました。羽織りに喜んだのも、侍に夢があるから、かもしれない。」
何日か経ち、船旅の瑠璃達は日にちの感覚が狂い出した。
その間、嘉志太郎が呼吸困難で倒れ、船医が嘉志太郎を診て、直ちに瑠璃に尋ねた。
「和人のおなごの侍君。彼は、本当にガイ……?何故心拍数がこんなに遠い?」
武田がしゃしゃり出て船医に怒った。
「嘉志太郎殿は立派なガイですとも!そして拙者はゲイです!!」
「こんな時に笑わせないで武田さん!」
瑠璃は笑いを堪え、真面目に嘉志太郎のピンチなので、船医に答えた。
「おなごに生まれたガイなのです。聴診器で心拍数が遠いのは、乳房の上だからです。胸が大きく、サラシで見えないくらいに潰してます。」
船医は納得して、脱がせて、何とかサラシをゆるめてから、また診察した。
「少しずつ呼吸は安定してきた。だが、こんなビッグ バストでキツいサラシを続けていたら、クシャミでもしたら肺に穴くらい空く。潰すのは危険過ぎる。わたしなら裏道を使うな。東京に行くはずだね?ドクター松本良順に会いなさい。彼はオランダのドクターポンペから学んだ武蔵国一のドクターだ。この件を病と認定して、わたしが手紙を書くから、嘉志太郎君を診てもらうように。」
瑠璃は病の認定に困惑した。
「乳癌で乳房を切除するのと、同じ、ですよね。おなごがガイなのは、病ということですか……?」
船医は考えてから、答えた。
「わたしの見解では、病じゃあない。神が、人間の器を間違える。或いはガイらしく育てられたら、レディでもガイになるだろう。だが、文明がまだ人間に追いついていない。だからこその裏道と言えよう。病といえば治療の利点があるから、胸を切除出来る。資金は必要だが、ドクター松本良順はローンくらい組んでくれるはずだ。」
瑠璃は、船医を信頼し、尋ねた。
「だからこその、裏道……ありがとうございます、ドクター。わたしからまだ質問してよろしければ……医学的には、同性愛は?ドクターの解釈に興味があるのです。」
船医は、ため息し、しかし真面目に答えてくれた。
「それは、神にも医学的にも、難題だね。人間は本能で異性に惹かれる仕組みだ。種の存続の為の遺伝子的な作り。親から受け継いだ遺伝子が、子を成すために異性を求める。公式な場ならこう意見するだろう。同性愛が主流になると、子が絶えて、人類は途絶える。だが、わたし個人の見解では、それは病では無い。神が許さなくとも、愛の形だ。」
瑠璃は、納得しながら、一番知りたいことに悩み、塞いでしまった。
「……何故、剣は恋をしたら、愛する人を斬るのだろう。」
「それは、自問自答か、侍問答か。剣は無機質。人斬りの道具だ。剣の恋とは、殺意の妄念では無いかな。まぁ、わたしは異人のドクターで、侍ではないから、あくまで個人的な解釈だが。」
つまり、沖田総司は、人になれたのだ。
愛して生きたいと、願ったのだ。
ならば、瑠璃はどうか?
後悔していた。
逃げてあの人を台無しにした、己を悔いた。
愛する人を斬る妄念に、今の瑠璃は覚悟している。
総司の生前に死合いたかった。
総司の剣を超えたかった。
瑠璃の想いは、愛では無いのだろうか。
深夜、瑠璃は目を覚まし、海を見に行った。
「ルリ。ねなさい。明日には、トーキョー。シナガワワン。」
安藤さんが夜勤中だった。雨や嵐を知らせるべく、船員は交代制で甲板につく。
「安藤さん。わたしは……旅が、怖くなりました。」
安藤さんは頷いた。
「ドクターに聞いたよ。サムライの、なやみ?」
「……わたしは、愛に生きる侍なのか。殺意の妄念の剣なのか……半々なんです。わたしの愛した今は亡き総司さんを巡る旅は、わたしの素顔を暴いてしまいます。それを、知ることが怖いのです。」
安藤さんは、尋ねた。
「ルリは、ソージを殺したいの?それとも、ハカについたら、ハラキリしたいの?」
瑠璃は、正直に胸の内を話した。
「腹切りは出来ません。そんな報いある死に方は、わたしには出来ない……。未熟な頃にわたしは逃げた。愛する人を斬れ無かった。沖田総司は病で、苦しみ抜いて死んだ。今は違う。斬ることは、情けがあると思う。本当に愛していたから、斬るべきだった。約束したのです、あの人を超える剣になると。でも、今では悔恨が、妄執が、わたしを捕らえて離さない……!」
苦しむ瑠璃の両肩を、安藤さんはそっと支えた。
「……ソレは、ブシの情け。ルリ。おかしくない。こわくない。ルリは、サムライになっただけ。愛してるから、ソージの剣を、超えたい。たとえ、キルしても。それ、情け。」
瑠璃は、安藤さんの答えに驚いた。
穏やかなブルーの目が、瑠璃を見透かしているようだ。
「わたしが、侍になったから……安藤さん、何故わかるのですか?わたし達が人間を辞めて剣になろうとしたこと。総司さんが、殺めてでも自分を超えて欲しかったことを。」
安藤さんは目を細めて語った。
「アンドーはね。ムサシノコクで仕事してるうち、夢みた。幕臣達、ラスト サムライや、ヒノモトのミカドの、対立と戦い。でも、ただのセーラーのアンドーは、関わるツテも無かったの。いま、ムサシノコクは、恩義あるイギリスの言いなり。アメリカ船は嫌われる。アンドーは、ココじゃない。エゾチで、最後のサムライ、関わりたかった。だからわかる。ソージ、斬られて死ぬこと、望んだって。病の死、よりも。アンドーには、ルリ達も、そう。ラスト サムライ。アンドーにハオリの夢をくれたから、アンドーはサムライ、たすけたい。」
瑠璃は恩に報いようと、具体的に考えてから、返した。
「悩みを打ち消してくださって、センキュー、安藤さん。あの……安藤さんの、お仕事の腕前次第では。蝦夷共和国の榎本さんが、海軍に重きを置いてるから……きっと、安藤さんのラスト サムライの夢は、今からでも叶いますよ。貴方の心と路銀次第だ。わたしも、安藤さんの夢の大成を、願います……貴方の、友として。」
安藤さんは、聞いて穏やかに笑った。
翌日。
昼餉を食べていたら、品川湾に着港した。
瑠璃達は慌てて食べ切ってから、船を降りて行く。
「ルリー!」
安藤さんが、トランクを持って現れた。
「ん?安藤殿の羽織りが無いな……。」
まず、安藤さんは嘉志太郎に、日の本式の土下座をした。不器用ながら、形にはなっている。
「カシク、ソーリー!!大事なハオリ、なかまに売っちゃった!!」
瑠璃は理由に気づいて、微笑む。
「構わんが、安藤殿が気に入っていたのにか?」
「アンドー、夢、叶える!ロギン、必要!!なかま、話し合って、アンドー、船おりる。エゾチ行く!ラスト サムライに関わる、仕事したい!!ついでに、ルリの旅も、ついてく!ルリとソージ、見守る!」
武田が朗らかに笑った。
「踏み出しましたな!それでこそ男です、安藤さん!拙者も、伊東先生に断られても、近藤勇に論弁で挑み、夢を追って除隊しました!」
瑠璃が微笑みながら告げた。
「わたしの旅路は、沖田総司の死出の道のりです。この巡礼が、地獄の道やもわからない。それでも、いらしますか?」
安藤さんは頷いた。
「ニゴンはゴザラヌ!ルリについてくのは、アンドーの士道!!もう、アメリカ・ドルはいらない。祖国でヤケ酒、いらない!!タケダ!アンドーの和名、書いて!」
「承った!!」
武田観柳斎は筆を取り、達筆な書道をした。さすがに学識深い武田観柳斎である。
安藤アントン益次郎
「未熟者ながら拙者が命名した益次郎、如何かな?」
安藤さんは紙を触り喜んだ。
「マスジロー!これが、アンドー?アンドー アントン マスジロー!すごい!!センキュー、タケダ!」
嘉志太郎は風呂敷から、一枚の羽織りを出した。生成色の地に、青い竹林の柄の美しい羽織りだ。
「青地の羽織りより、気に入るかはわからぬがな。生成色なら、そのせえらあ襟に合うだろう。わっちのお下がりを使え、安藤殿。」
安藤さんは喜んで羽織って、下からセーラーカラーを出した。
「あ、また可愛い着こなしを……。」
「センキュー!カシク!とても、ビューティ!オンにきる!!」
品川湾を抜け、嘉志太郎が提案した。
「一旦、わっちの仲良しのいる品川楼に寄り、座敷で茶を飲みながら話し合おうか?新撰組は品川にいたのは数日、すぐ甲陽鎮撫隊になり、旅立ったからな。」
瑠璃は頷いた。そして、この先を思う。
「はい。甲陽鎮撫隊は、沖田総司と新撰組の、本当の別れ……わたし達は、総司さんの死に場所に迫っている……。少し一休みし、話し合うことに、賛成します。」
「うむ。茶菓子ぐらい出るぞ。案内しよう。」
嘉志太郎の案内で、品川楼へ。
手が空いてる女は、舞妓に遊女、花魁まで集まってきて、再開を祝った。
「嘉志久さんが帰ってきたよ!」
「こんなに立派な殿方になって!」
嘉志太郎は挨拶しながら、彼女らに親愛の握手をした。
「うむ。うむ。再開は嬉しいが……旅の仲間と今後の話し合いをしたい所存。席をはずせぬかな?」
遊女達は不満げだ。
「相変わらず冷たいね。ぶっきらぼうなんだから。永倉さんには、会えたのかい?」
「京にはいなかった。聞けば、蝦夷共和国にいる噂もあってな。そら、向こうへ行っておれ。」
「はいよ、はずしますねー!舞妓さん達!お茶とお茶菓子お願いね!」
ようやく四人は落ち着いて座敷に上がった。
「すごく綺麗な方々でした。初の遊郭です……周りが美しゅうて、落ち着かない気持ちがしました。人払いしてもらえて、何よりかと。」
「ルリ。アンドーも。ハツ ユーカク、アジアン ビューティにかこまれて、コンワク。」
武田が渋い顔だ。
「遊郭など!新時代には消えていきますよ!惑わされる男は尽きずとも、遊郭社会は男尊女卑の産物にて!男は男同士、尽きぬ欲を果たすが正道でござろう!しかも、馴染みとは言え嘉志太郎さんに色目を流しよる!キィィーッ!!妬ましや恨めしや!!」
「同僚を恨むなよ武田殿。それからわっちは武田殿とは添い遂げぬぞ?安藤殿、貴殿に武田をあげるから。」
「タケダ、ブシだけどゲイでしょ。アンドー、いらないよ。」
武田の押し付け合いに当の武田は有頂天だ。
「あぁッ!!つれない美青年と容赦ない優男!!この武田観柳斎、選べませぬッ!!!」
「ハッハッハ……」
武田のおかげか、ようやく場が和んだ。
幼い舞妓達が、茶をいれて、東京の美しいくず餅を出した。
「さて。この先だが……瑠璃殿の心境も確認せねばならぬ。手紙には、道のりはどうありんす?」
嘉志太郎に、瑠璃は手紙を出した。
「わたしは、怖い気もしました。この先で、わたしが決定的に暴かれる気がしたのです。心無い、殺意の剣なのだと。だけど……安藤さんが、わたしの妄執を武士の情けだと言ってくれました。だから、わたしは前に進む。今はもう、大丈夫です。道のりは、品川から旅立って日野へ。佐藤彦五郎さんの屋敷からは……土方さんのお姉さん、のぶさんが、最後の案内人です。」
武田は、遠い眼になる。
「沖田君は、優しい子でした。その優しさが、沖田君を壊していった。沖田君は、近藤勇の懐刀……近藤勇は、素晴らしい剣客ながら、滅多には剣を振るわなかった。だが、その実、沖田君こそが近藤勇の長曽祢虎徹の化身でありました。沖田君は敬愛する山南敬助の介錯から、歯車が狂いだした。……瑠璃殿。貴女は既に、武士の情けを得た。優しさを捨てて人を斬った沖田君が到れなかった境地に、貴女はいる。それでも、沖田君の剣を超える為に、旅を歩みまするか?」
「……はい。愛する人だから。その死への、旅を続けたい。そして、わたし自身の剣を見定めるには、その道しか、無いのです。」
安藤さんが、すかさず告げた。
「ルリ。ソージが病で、くるしみぬいて、死んでても。ハラキリじゃない。神が罪を赦すまで、生きなきゃダメ。」
「はい。大丈夫です。腹切りはしません。わたしは斬り合いで死にます……総司さんの夢、ですから。」
武田が好奇心から尋ねた。
「ちなみに、安藤殿の神様は、切腹は煉獄行きだとか?パードレ様の教えであられる?」
「NO。アンドー、カトリックじゃないよ。親はイギリス移民のピューリタン。あー……プロテスタントのなかま。パードレはいなくて、牧師さまの、教え。アンドー達は、働いてお金を集めると、天国に行く。だからピューリタン、とても勤勉に働く。」
嘉志太郎が不思議がる。
「働かざる者食うべからずとも言うが。働きまくると天国行きか。ならば、荒稼ぎしたわっちは天国行きかな?安藤さんは仏教を知りながら天竺のカレーの話もしたな。」
安藤さんニヤけた。
「船乗りだから。アンドー、どこの神も信じるよ。アメリカ先住民のインディアンにも、友達いた。神様、どこも大事。だけど殺された。アンドー、文明が壊されるの、キライ。だから、サムライ守りたい。」
瑠璃は、要約した。
「ええと。働いてお金をためて天国へ……働きはしますが、でも、きっと人斬りの総司さんは地獄にいる。天国行きも困るような……?」
「死後のお悩みで?ならば、菩薩になられて沖田君を救う……しかし、瑠璃殿は剣客ですからなぁ。」
安藤さんが思いついた。
「星!ギリシャみたいに、死ぬ時は星になれば?ヒノモトにもある、夏、ベガとアルタイル、恋人の話!」
嘉志太郎が意を察した。
「夏の、べがとあるたいる。恋人の星。天の川を渡る織姫と彦星か!七夕伝説のように……それが良いな!なんと言うか、……英語がわからぬで、すまぬ。語彙が無い。」
武田観柳斎がサポートした。
「ロマンティック、というヤツですな?嘉志太郎殿!」
瑠璃が本気で考え込んだ。
「お星さまは理想的です……剣として生を終えたら、総司さんと星になって……でも、学問が無いわたしには、どうやって星になればいいか、謎が過ぎます。」
安藤さんは微笑み、教えた。
「生きてる間は、たくさんアピール、してくしかない。ルリとソージの星、語って、伝承、作る。のちの世の人が、叶えてくれるものだから。」
四人の深刻な話し合いは、割と楽しく、結託を深めて終わった。
品川楼を出て、夕方までは日野への道を進む。
瑠璃は貨物室に積んでいたイギリス式自転車、三人は馬でだ。
「早い早い!瑠璃殿、待って!!」
「あれは、イギリスの産業革命の自転車。フランスのナポレオン三世の、悩みの種。」
嘉志太郎は安藤さんに尋ねた。
「何でも知っているのだな。ちな、なにゆえフランスのなぽりたん三世は悩むのだ?」
「イギリスとフランス、永遠のライバル。ずっと敵。でも今、イギリス少し有利。」
下り坂。
瑠璃が何やらわめいている。
「ルリ?」
下りで車輪は凄い速さだ。
「ブレーキが効かない!ブレーキが……不味い!!」
ずっと瑠璃は故障と戦っていた。
ブレーキのイカれたイギリス式自転車は猛スピードで走っていたが、瑠璃とて負けない。
「いやぁーッ!!」
掛け声を上げて三段跳びした瑠璃は、無事に着地して脱出。
追いついた三人が緊急事態だとようやく悟った。
「よくぞ無事でしたな。ものすごい身体能力であられる。」
「天然理心流の賜物です。門下生は、体術も習いますので。」
坂の下で倒れたイギリス式自転車を、馬から降りて安藤さんが起こした。
「コレ……ブレーキ、変形してる。」
「え?」
「商品欠陥、違う。コレ、ルリのパワーで壊れた。」
嘉志太郎と武田が驚いて瑠璃を見て、瑠璃はため息をついた。総司の生前から注意されていた、剛力の力加減を誤ったのだ。
「あぁ……またやってしまった……。」
瑠璃の爆走で、思いのほか早く、日野近くまで進んだが、もう夕暮れを過ぎている。
瑠璃達は、民家に宿を借りようとしたが、農家はアメリカ人の安藤さんを見て頑なに戸を閉ざした。
「随分警戒心が強いな。尊王の世とは思えん。」
「田舎などはそういうものです。土地が痩せている、耕すことで精一杯なのでしょうな。」
「なら、地主さんなら、口を聞いてくださるかもしれません。」
瑠璃達は、地主の農家にやってきた。
「すみません。宿を貸していただけませんか?」
地主は、白髪の老男性で、瑠璃の帯刀した刀や、袴を見て、尋ねた。
「貴女は、女剣士か?その、歩き方は……歳三?歳三!!帰ったのか!!」
瑠璃は驚き、改めて名乗った。
「わたしは、天然理心流門下生の沖田瑠璃と申します。土方歳三さんは、わたしの兄弟子に当たる方です。こちらは、土方さんの生家ですか?」
初老の男性は、我に返って名乗り出た。
「いやはや、天然理心流の剣客殿であられましたか。いきなり耄碌していて申し訳ない。土方歳三の兄、土方隼人です。もっとも、歳三は我が家には寄りつきませんが。よろしければ、歳三の話を聞かせてください。小うるさいうちのガキ共もおりますが、どうぞ一泊なされよ。」
瑠璃は頭を下げた。
「ありがとうございます。あの……安藤さんはアメリカ人ですが、日本語を解します。どうか警戒なさらずに。」
安藤さんは日の本式にお辞儀した。
「アンドーです。よろしく、です。」
土方隼人は別の心配をした。
「背の高い、異人さんよ。貧しい我が家では、腹が満たされるかどうか。粟粥ぐらいしか、出せませんが。」
「アワガユ?」
瑠璃が安藤さんを支援した。
「ライスより安い、庶民のご飯です。あの、わたし達が何か買い足しましょうか?」
「野菜は年貢ですから、売るものはおりません。良い土地に恵まれた百姓は、余った野菜を売って子供を道場にも通わせますが、ここは痩せた土地ですから。田舎は、初めてであられますか?」
瑠璃が申し訳なさそうに頭を下げた。
「失礼を致しました。わたしは京の生まれで、貧しくとも近所と野菜等は支え合ってきて……世間知らずにございました。」
嘉志太郎も告げた。
「それを言うならわっちも肥沃な土地の百姓の子で、父に剣を習い、水滸伝を読み聞かせしてもらった世間知らずでな。土方隼人殿、世間知らずが寝泊まりしても構わぬか?」
「構いませんとも。ただ、腹を空かせて寝れぬでは、わたし達も申し訳たたぬ。粟粥の後は、丸薬で腹を満たされよ。」
武田観柳斎が嬉々として尋ねた。
「おお!それは、土方君秘伝の、石田散薬の丸薬ですかな?」
「ほっほっほ。歳三に石田散薬を教え込んだのは、わたしですからな。なんなら、薬部屋に来ますか?歳三の知人の方らよ。」
「是非とも!」
「ガンヤク……?忍者の?」
土方隼人は頷いた。
「古くは忍も丸薬をもちいて、空腹を凌ぎました。なか!粟粥を多めに作っておくれ!」
なか、と呼ばれたおばあちゃんは、首を振った。
「嫌です。」
「なか。」
「わたしゃ、歳ちゃんの母親代わりですよ。歳ちゃんの知人の方らに、わたしもついてく。」
「とは言っても、なかよ。」
なかは娘を呼んだ。
「ぬい!お前、粟粥作っといて。」
若い小綺麗な娘、ぬいは、嫌がった。
「えぇ~?なんでわたしなんだよ、作助にやらせなよ。」
綺麗な見た目によらずかなりのズボラか、畳に寝そべって動かない。
弟の作助が渋々出てきた。
「奉公先から帰ったばっかなのに。もういいよ。俺が作るから。ただし姉ちゃんはメシ抜きね。」
「勝手に鍋から食べるからいいよ~。」
「父さん、おかしくない!?家訓では、働かざる者食うべからず、じゃないの?」
隼人は深いため息を吐いた。
「ぬいは、自宅警備員だとか……まぁ、わたしが何とか嫁に出すから、それまで辛抱してくれ、作助よ。」
「嫁になんかいかないよ。作助に付きまとって一生食ってくから、大丈夫だって。」
「やだァ!!付きまとわないでッ!!」
瑠璃達は、先程、隼人さんが言った「うるさいガキ共」の意味を解した。
「これも、新時代……なのでしょうか?」
「左様。しかし、我が家には新時代の悪い寒波が押し寄せましてな。さて、なかも来なさい。皆さん、ご案内します。この家も先は無いし、今更秘伝を隠していても製薬技術が消えるのみです。薬部屋をお見せしましょう。」
「石田散薬……」
瑠璃は少し胸が踊った。
これでも医者の娘だ。父は、例の懐妊以来、マリア観音だとか冷やかしてくるから嫌いだが。
「さぁ、どうぞ。くれぐれも落とされぬように。」
薬部屋を見るなり瑠璃が飛び込んだ。
「刀傷の薬に癇癪の薬、結核の治療薬も!!……あぁ、失礼致しました。貴重な薬だらけで、つい我を忘れて……。」
隼人さんは唸った。
「さては、瑠璃さんは医学の心得がおありで?しかし、結核は薬があっても、働きながらでは治るまい。きちんと療養せねば。わたしの両親も、結核で死にましたからな。」
武田が驚いた。
「土方君のご両親も結核で?」
「父は歳三が生まれる三ヶ月前に死にました。母も病床につき、歳三が六歳の頃死にました。歳三は、母親に抱き締められた記憶はないでしょうな。」
なかが、謎の母性を発揮。
「いいじゃないですか、わたしゃ歳ちゃんの母みたいなもんです。わたしがいっぱい抱き締めましたよ。」
隼人が不審がる。
「なか、お前は美少年好きの美男子好きで、母としてはあんまり。」
「ぐへへ。歳ちゃんの生足うまぁ~。ってなわけあるかーい。たしかに可愛かったけど、母代わりでしたよわたしゃ。」
武田観柳斎がなかに握手した。
「なか殿。土方君はどんな美少年でしたか?拙者も美少年愛好家にて候!」
「マジモンが出たやないかーい。最初の子の歳ちゃんは秘密厳守だけど、作助なんか歳ちゃんと違うタイプのやんわりとした美少年でしたよ。だから、ぬいがこじらせちまったんだろうねぇ。」
嘉志太郎は必死に棚を調べていた。
「歌舞いたお侍さん、何をお探しです?」
「うむ。月経を止める薬。それに、汗疹の軟膏をな。」
「奥様にですか?こちらと、こちらです。」
「感謝致す。言い値で買おう。」
「歳三の知人にそれはなりませぬ。三割引で。」
なかが隼人に食ってかかった。
「半額!!奥様思いの美男子ですよ貴方!!はーんがくっ!はーんがくっ!!」
「押しが強いな、お前……お侍さん、半額で。でないとわたしがなかにぶちのめされます。」
嘉志太郎が笑った。
「なんと言うか。土方殿の家は、女が強いな?」
隼人が愚痴った。
「武人を志す歳三の影響あり、我々土方の男は女に手を上げませんからな。そこに気づいた妻や娘は、日々ふてぶてしく増長し、我が家は女尊男卑のただ中かと。働いても守っても、男道は報われぬ運命。うちで得をするなら、美男だけでしょうな。」
「笑ってすまぬ。それでは、男女平等とは言えぬな?なか殿、もう少し旦那さんにお手柔らかにされよ。おなごを守るは男道だが、おなごに殴られては行き場が無かろうて。殴るなら強盗でも殴られよ。」
なかは嘉志太郎にはウンウンと頷いた。
「はいはい。美男子さん、わたしゃ貞淑な妻ですよ。強盗は任せてくださいな。わたしとぬいが自宅警備員ですから、既に何人かはボコボコにしましたよ!」
(うーん。働かぬのかー。)
安藤さんは、丸薬を取り出す隼人さんに歩み寄った。
「ワン。飲んでも、いい?」
「椀?向こうで、夕餉の時にどうぞ。」
瑠璃が慌てて止めた。
「いけない!安藤さん、それは日本語だと、丸薬をひとつ、ですよ。隼人さん、丸薬は粟粥の後ですよね?」
安藤さんは口を抑えた。
「ソーリー。ひとつって出て来なかった。」
隼人さんは興味深げだ。
「ひとつは、わん、なのですか。我々も語学に通じていれば、開国するなり石田散薬が儲かったでしょうに。」
なかは安藤さんの顔に興味津々だ。
「お肌がお白くて日焼けなさって、なんて目の大きい方でしょう。愛らしくて、くりんくりん。」
「oh、くりんくりん?なに?ルリ?」
「なかさんなりの、安藤さんの目への褒め言葉かと存じますよ。」
武田観柳斎が不敵に笑った。
「なか殿。なかなかに、見る目がございますな?しかも、安藤さんは容姿だけではございませぬぞ!めちゃくちゃ優しいのですッ!!」
「マジで~っ。妾になりてぇ~。ババアだけどいかが?老人介護体験も出来るよ~。」
安藤さんはびっくりしながらも、なか婆さんに失礼が無いように断った。
「アンドー、志しはブシなれど、まだまだ我が身は、未熟者なれば。エゾチまで、仕事も無い、有り様。ヒジカタのダンナサマの甲斐性に、かないませぬ。ユエ、ジタイ致す。ナカの幸せ、祈るよ。」
隼人さんが静かに叱った。
「なか。安藤さんを困らせるんじゃあない。」
「柔らかい断り方だ、本当に温かくて優しい人だねぇ~。」
一同がちゃぶ台につくと、不思議と狭さは無かった。
「随分と、大きなちゃぶ台なのですね?」
「ええ。うちは、生き延びたのは六人兄弟ですが、元は十二人家族でして。父が生前に家族の為にと、あつらえたちゃぶ台です。」
作助が台所から姉に呼びかけた。
「姉ちゃん!明らかに粟が足りない!筍生えてないか見て来て!」
ぬいは愚痴りながら出て行く。
「春じゃね~んだから、生えね~だろ。ほら、生えてないだろ~!」
作助が青くなる。
「歳兄さんのお客なのに、こんな粗末な量の粟粥出すわけ?」
ぬいが仕方なく巾着袋を渡した。
「ダメ弱虫!使えよ、わたしのおやつ!」
一方、瑠璃達は隼人さんに尋ねた。
「筍?表の立派な竹から?」
隼人さんは言った。
「あの竹は、幼少期の歳三が植えまして。我、壮年武人と成りて、天下に名を上げん……といった意味の、幼子言葉で、竹に誓っておりました。まぁ、言うてアイツはバラガキですから、歳を重ねてもぶっきらぼうな言葉使いのままです。」
武田観柳斎は何か納得した。
「一徹の方ですからな……幼き日の誓いを叶えてしまわれた。」
瑠璃は、妙に今までの土方の表情に、納得した。
「わたしと総司さんを近藤さん達が止めた時。土方さんだけは、黙って見ていたのです。どことなくですが、総司さんの剣への執念に、彼だけは理解があったのやもしれません。土方さんの志しを、ここで学ぶことが出来ました。」
「……歳三は、誰よりも剣客の味方ですからな。一徹の執念だけで、貧しい馬車馬の生活から、剣の道に辿り着いた男です。恐らく、総司さんの味方だったのでしょうが……何せ不器用な奴でして。」
嘉志太郎が告げた。
「栗の良い匂いがするな。この辺りでは、栗は普通か?隼人殿よ。」
「小山にはゴロゴロ落ちてます。もっぱら、子供のおやつですが。いや御免、言い替えましょう。実際にこの辺りの栗の木を仕切っているのは、わたしの娘のぬいです。」
「京や東京の料亭に売れば高いぞ。思いのほか、馳走にあやかるな。」
「ん?」
作助が鍋を運んで来た。とても良い匂いだ。
「父さん、すごいことになった!粟粥に姉ちゃんの栗剥いて煮込んだら、やたら旨い!!」
「旨い?ならばでかした!!」
一同はちゃぶ台について、栗の粟粥をいただいた。
「栗がほこほこ……。」
「マロン、アンドーも好きだよ。マロンのカユ、旨いね!」
「こんな贅沢な粟粥は初めて食べましたよ!」
隼人さんは子供達を褒めた。
「作助!ぬい!偉いぞ、よくやった!」
ぬいは巾着袋をまだ持っている。
「まだまだあるけどな。こっちはあげないよー。」
作助が苦笑した。
「姉ちゃんのほっつき歩きも、無駄にならなかったな。」
なかがはた、とした。
「忘れてた。わたしゃ、熱燗とか温めるべきだよね?」
隼人さんが首を振る。
「なか。蝦夷共和国が成立して、歳三の文をのぶが届けた日に、皆で飲んだきりだ。金はないし酒もない。」
瑠璃が微笑んだ。
「旧幕臣は、奇跡的な生還でした。大事なお祝いですからね。わたし達は、お酒はいりませんから、お気になさらず。」
嘉志太郎が次いで告げた。
「ちなみに、わっちを止められる巨魁でもおらぬかぎり、酒は出さぬが良いぞ。わっちは酒乱でな。」
安藤さんが尋ねた。
「シュラン?カシク、ソレなに?」
「酒を飲むと、荒れ狂って、喚き散らして、暴行に及ぶ輩が、酒乱という。酒に弱い下戸と違って、酒乱は酒が好きでな。更に飲むから、尚更始末に負えぬのだ。安藤さんも気をつけるがよいぞ。」
「なるほど。どの国も、いる、シュラン。」
なかと隼人さんは、折を見て話し始めた。
「実は、我が家は父が死んでからは、地主とは名ばかり。貧しさに大家族が食えぬ有様で、歳三も剣の道を志しながら、九年奉公に勤め、薬の行商でも馬車馬の如く働いて、ようやく我が家を出て天然理心流の門を叩いたのは、二十六歳だったと思われます。以来、うちには立ち寄らなくなりまして。姉ののぶがいる、佐藤彦五郎さんの家に入り浸り……。我が家は、歳三の苦労時代の象徴。致し方ないのですが……。」
瑠璃が申し上げた。
「わたしも働きながら夜間だけ剣を素振りしましたが、奉公先では夜間すら自由は無かったでしょう。兄弟子の剣への執念、初めて思い知りました。あの徹底ぶりは、隼人さんが養われたある種の才能です。長い忍耐の成果なのですね……親代わりの隼人さんはお寂しいでしょうが、彼は一徹を通して、今も新撰組を守ってらっしゃるのでしょう。」
武田観柳斎もまた、申した。
「拙者、今更ながら申しますと、元新撰組軍師、兵法指南役、武田観柳斎と申します。土方君は、副長でありながら、毎回稽古に参加しては真剣に学びました。拙者は裏表のある小悪党ゆえ、彼には嫌われていたかに思いますが、それでも拙者の甲州流兵法を信じ、拙者の指導の元で彼は鍛えました。何故、彼ほどの努力家が、天然理心流の免許皆伝に至らなかったのか、拙者には謎でしか無かったが、ようやく理解致した。まさに、時が足りなかったのみ。彼の剣への執念は、沖田君とはまた違う妄執。強くならん、ただその一心を感じた次第にて。」
隼人さんは懐かしさと、変わらぬ歳三の想いに涙した。
「瑠璃さん。武田さん。お二人の歳三の話、痛み入ります。変わっておらぬ、彼奴は。時に、瑠璃さんよ。貴女の眼差しは歳三を彷彿とする。武田さんの仰る通り、歳三の眼差しは、強くならん、の一言であった。瑠璃さんもまた、まさにその意思に満ちてらっしゃる。」
「そうかも……いいえ。そうです。わたしは、わたしが愛した沖田総司を超えたい。強き一振りになりたいのです。総司さんの死に向かう旅路の先で、この剣を確かめる。それが良きものか、悪しき剣なのか……そこでしか、測れない。」
隼人さんは頷いた。
「その時。良くも悪くも、答えが出たら……貴女は、歳三に会われよ、瑠璃さん。貴女の剣は、そして沖田総司の剣は、歳三の夢だったはずだ。歳三は新撰組を、朝廷側まで持ち込めた。今なら、あいつこそが剣客に相応しい居場所のはずだ。」
瑠璃は頷いた。
「はい。ありがとうございます、隼人さん。良きものであれば、きっと。総司さんの仲間たちの、お役に立ってみせまする。」
翌朝、見送りに来たかの土方隼人さんに、瑠璃は念入りに告げた。
「土方さん、きっとわたしと同じ頑固者だから。いつか、役目を終えたら、父が懐かしくなってふらっと現れると思います。だから、秘伝の石田散薬は、御身の為にお使いください。長生きしてください。生きてさえいれば、叶う夢は、たくさんございまする。」
隼人さんは、この歳三によく似た娘と離れ難い思いがしたが、グッと堪えた。
「はい。瑠璃さんが言うならば、そうでしょう。粘り強く、生き長らえましょう。それと、実は、まだお別れではなく……彦五郎さんちに、ご案内してから、退散しようと思いまして。」
「それは、かたじけないです。」
「歳三はよく、委細は彦五郎さんに聞いてくれ、と、文に書きまして。まぁ、実際従兄弟の中ですから、そこまで遠い訳でもありませんので。」
一同は、馬をゆっくり勧めた。
佐藤彦五郎は、日野宿問屋役、日野組合村寄場名主である。
立派なお屋敷の門の前で、先に知らせをもらった佐藤彦五郎と、のぶは、待っていた。
一際、泣いて笑っているのは、おそらくのぶだろう。
「隼人さん、ありがとう。確かに、瑠璃さんをお引き受け致します。」
「彦五郎さん、お頼み致しました。」
瑠璃は、佐藤彦五郎に一礼して、のぶに駆け寄った。
「佐藤彦五郎さん、しばしお待ちくださいませ。先に、奥様へ失礼致しします。……佐藤のぶさん、ですね。総司さんの最期まで、絶えずに文をやり取りしてくださり、本当にありがとうございます。沖田……瑠璃、です。」
のぶは、更に感極まって嬉しそうに泣いた。
「瑠璃ちゃん、本当に椿の羽織りね!うん、沖田瑠璃が相応しいわ。やっと会えたね……泣いちゃってごめん、わたし、嬉しいのか悲しいのか、いま、ごっちゃになっていて。あ、瑠璃ちゃんのお連れ様の皆さん、入ってください。貴方、わたしはお茶菓子を取りに行くから、皆さんの案内お願いします。」
彦五郎さんは優しくのぶを止めた。
「お茶菓子は後にしよう。のぶ、お前も待ちに待った日だ、瑠璃さんといなさい。」
のぶはぐしゃぐしゃに泣いた。
「はいっ……!」
瑠璃は、のぶの涙を見て、胸がチクリと痛んだ。
「文を読んで……総司さんが亡くなったのだと、頭ではわかっていましたが……今思えば、わたしには実感が薄かったようです。のぶさんの涙を見て、初めて、わたしは揺らいだかもしれません。わたしも、のぶさんに傍にいてもらいたいです。この、ささやかな痛みは……のぶさんからしか、知ることは、出来ませんから。」
「うん。きっと、そう。わたしもね、総司ちゃんがいないなんて、受け止めるのにいくらかかかったから。受け止めて、瑠璃ちゃん。わたしから、そしてこの先の、旅路から、ね。」
屋敷の中に入ると、敷地内の東に道場があった。
嘉志太郎が食いついた。
「場違いな輩ですまぬが、道場を見てもよかろうか?」
「どうぞ。この道場には、近藤さんや沖田君が出稽古に来ました。所謂試衛館の皆さんが笑って競い合った思い出の場所のひとつです。」
道場の中は立派で、ひとつ、建築の間取りを頭に入れた武田観柳斎が、甲州流兵法をやってみせた。
「この位置ならば剣で一人ずつ仕留められる。まぁ拙者剣はボロクソに弱いので、鉄砲ならば、こっちですな。」
彦五郎は感心した。
「見事な兵法であられる。よもや、貴方は武田観柳斎さんか?」
「いかにも。なれど、拙者の兵法は時代遅れです。悔しい!洋館の建築図も頭に入れましたのに!それはそうと、彦五郎さんはさぞかし剣が達者でしょう?拙者は昨晩、土方君の剣の熱心さを隼人殿に語りましたが、拙者は軍師で、剣はまるで素人です。しかしこれでも猛者に囲まれて暮らした身なれば、足つきから、貴方の強さはわかる次第にて。」
彦五郎はたおやかに笑った。
「そう、おだてになられずに。近藤さんは貴方が大のお気に入りで……天狗になってしまわれましたよ。慢心こそが剣客の天敵、褒め方にはお気をつけください。しかし、甲州流兵法は使い手の頭次第でしょう。何故、時代遅れだなどと?」
嘉志太郎が木刀を持ち剣術を繰り出した。
「わっちに兵法を教えれば良い。この通り雑魚なら敵ではないからな。」
その様を見て安藤さんは真剣に正座。
「それは懐かしい型だね。だけど、久しぶりなのか、握りが危ないな。」
「うむ?ならば今まで相手が雑魚で良かったというべきか……」
佐藤彦五郎は、嘉志太郎に握りを教えた。
「これで大丈夫だろう。剣を学んだのは、小さい頃かな?手癖があるが、北辰一刀流だね?何年もの余白があるようでいて、衰えてはいない感じだ。お侍さん、お名をなんと?」
「嘉志久、また、伊東甲子太郎だ。混乱を来すから、嘉志久の字で嘉志太郎でよい。こう書いて……うむ。彦五郎殿は随分手馴れた教え方だ。」
彦五郎は穏和に笑った。
「近藤勇が上洛してから、近藤道場を繋げるべく、師範代理をしておりました。わたしと近藤さんも、義兄弟です。」
武田は笑った。
「彦五郎殿は近藤勇の強い味方ですな。ずっと彼の支援を?この道場とて、よほどの志し無くば建てなかろう。」
彦五郎は、調子を崩さず、打ち明けた。
「家が放火された折、強盗によって母が目の前で斬殺されまして。大切なものを守るには、剣術が必要だと思い知り、この道場を建てました。」
「これは、悲しい話をさせてしまいましたな。失敬を致しました。」
「サトウさん。」
安藤さんが向き合い、彦五郎は応じた。
「はい。」
「サトウさんの剣、ニクシミですか?前向き、ですか?」
彦五郎さんは深く考えた。
「ユニークな問いかけですね。憎しみ……わたしのような男とは、憎しみは無縁でした。無論、一時的な恨みは抱きましたが……悲しみです。悲しみの連鎖を防ぐ為に、道場を建て、稽古をしました。結果的に、近藤さんや歳三君達、皆との変え難い絆を得まして。最終的には、我が剣は前向きやも、しれませんね。」
安藤さんは、悲しそうな顔で尋ねた。
「サムライの被害、ひどかった。イサミの首、京で晒されても、サトウさん、悲しみ?」
彦五郎は目を閉じ、告げた。
「……悲しかった。本当に、悲しかった。……鬼百合や 花なき夏を 散りいそく。自ら参加した甲陽鎮撫隊の敗北から、わたしは身を隠すのが精一杯だった。近藤さんは、せっかちで。また、置いていかれたのだ。だけれども、近藤勇も新政府軍も、人間だよ。近藤さんが過ちで殺めた、伊東甲子太郎の実弟、鈴木三樹三郎なら、人を憎む権利はあるやもしれない。だけど、善も悪も抱えて進む近藤勇について行ったわたしには。人を斬ったわたしに、憎む権利が何処にあろうか。ただ、このような悲しみを断ち切る、守る為の剣を、わたしは願った。」
安藤さんは、彦五郎の思いを受け止めた。
「サトウさんは、優しきブシドー。こんな優しい人でも、イクサに出た。ラスト サムライ、守りたい信念の為に。」
瑠璃が紹介した。
「彦五郎さん。彼は安藤さんです。蝦夷共和国で、ラスト サムライに関わる仕事の夢を叶える為に、アメリカ船を降りて共に旅をしています。わたしを支えてくれる、友です。」
「いや。うん……見た目で異人さんとはわかるが、安藤さんを知れば、確かに伊東甲子太郎先生が正しかったのがわかる。彼は夷狄などではない、まさに対話する隣人……旧幕臣の思いを、受け継いでいる。安藤さんもまた、侍なのでしょう。」
「アンドー……サムライ?全然、カタナ、わからないよ?」
彦五郎さんが告げた。
「蝦夷共和国のブリュネさんも、刀はわからずとも、侍だと、歳三君が文に書いてましたよ?」
「……あの。……いいえ……」
瑠璃は、疼いていた。
彦五郎の足取りひとつ、強さがわかる。
のぶが、勘違いして瑠璃に告げた。
「瑠璃ちゃん、厠は外よ。案内するわ。」
彦五郎もまた、うずいていた。
「のぶ。厠ではないよ。」
「え?」
「これは、剣士のうずきだ。武者震いだよ。瑠璃さんはまるで総司君……足音の無い、あの踏み込みと同じだ。瑠璃さん。手合わせ願いたいが、わたしでは死に至るから、防具をつけさせていただきたい。」
瑠璃は頭を下げた。
「師範代理を務めた兄弟子に、手合わせをしていただけるとは、幸いです。」
のぶは、瑠璃のすごさはわからなくとも、彦五郎が圧倒されているのは伝わった。
「総司ちゃんの、剣……?もしそうなら、彦五郎さんは頭を突かれたら、死ぬわ。永倉さんの時だって、貴方」
嘉志太郎は頷いた。
「わかっていて瑠璃殿に挑まれるか。彦五郎殿も、剣客だな。」
いざ、防具をつけた彦五郎と、羽織りと袴の瑠璃は、木刀で対峙した。
二人共が、平晴眼の構え。そして、浮島に至る。
瑠璃は気づいた。
彦五郎は、奏者に徹している。
奏者とは、相手の攻撃から身を守る技であり、攻撃は行わない代わりに、臨機応変な防御技を放つ。
容赦はいるまい。
瑠璃は、大きな踏み込みひとつ、一の突き。
小手は、やはり防がれる。しかし、急所の距離を掴んだ瑠璃は、足音の無い神速で、二の突き、三の突き。
彦五郎は防具越しでもしりをつき、頭の防具を外せば、額が赤く腫れていた。
「天然理心流・奥義、無明剣・三段突き。見事!君は、あたかも沖田総司……或いは、それ以上の……」
彦五郎が倒れて、皆が驚き、のぶと安藤さんが抱え起こした。
「あ……レディノブ!コレ、ダメ!ヒコゴロー、ねかせて!」
「え?なんで……」
医者の娘たる瑠璃は、安藤さんの言いたいことがわかって、慌てて彦五郎さんを持ち上げた。
「ルリ!やはり、チカラモチ!!」
「のぶさん、寝床へ案内してください!脳しんとうです!治るまで絶対安静!わたしのせいですが!」
「わかった!こっちよ、瑠璃ちゃん!」
(あぁ、未熟者!真剣ならば折れていた!)
瑠璃の悔恨虚しく、有り余る剛力は健在であった。
のぶは、居間の隣の客室の襖を開けて、布団を敷いた。
「皆さんと離れ離れじゃ、彦五郎さんかわいそうだし、ここにしよう。」
瑠璃は丁重に彦五郎さんを寝かせた。
のぶが、彦五郎の防具を外してあげながら、大興奮した。
「瑠璃ちゃん!あれは、総司ちゃんの剣だった!!元気な頃の、全盛期の沖田総司だわ!!」
瑠璃は苦笑いだ。
「お褒めにあやかるのは嬉しいのですが、総司さんは格が違います。総司さんなら、彦五郎さんを誤って脳しんとうにはしない。また、やってしまった……。」
嘉志太郎と武田は、彦五郎さんの頭の防具を眺めていた。
「窪んでおる。速すぎて見えない突きが、この威力なのか?」
「何たるパワーでしょうか!この力、永倉殿にも劣るまいて!!」
のぶは、立ち上がった。
「皆さんで彦五郎さんを診ていてください。わたしはお茶菓子とお茶を持ってくるわ、氷水と手ぬぐいも。」
安藤さんは彦五郎さんの瞼を開いて、眼球を確認。
「アイは、どう?ヒカリ、つらい?」
「なんだか、お日様の光が辛いな……」
瑠璃は安藤さんと一緒に、彦五郎さんの頭を調べた。
「表立った内出血は無し。でも、脳しんとうは見えないし……」
彦五郎さんは痛みの中で、堪えて笑ってみせた。
「大丈夫。脳しんとうって言うのか。この状態は初めてじゃあないんだ。軽い方だよ。永倉君の剛剣では、防具無しの時、彼のやんちゃな戯れによって、冗談で頭に一撃食らって……1週間は寝たきりになってね。厠すら行けなかった。永倉君は毎日来て詫びてたけど、あの時は参った。今回は、防具に守られたから、大丈夫だ。」
瑠璃は彦五郎を案じた。
「本当に大丈夫でしょうか。わたしの剛力は、剣が折れるし、人も死ぬ……扱い次第では、剣は愛する人を殺めると学んでおきながら、この始末……わたしの剣が未熟で、大変申し訳ございません。」
彦五郎さんは、頭痛の中で、諭した。
「剣は丁重に。たしかに、真剣ならば折れただろう。ただし、天然理心流は、実戦の為の剣術だ。これで良いのです、瑠璃さん。人は死にます。剣とは、戦いの為の道具です。」
瑠璃は、己の迷いを尋ねた。
「……戦いの、道具。ならば、真に正しい剣など、この世に存在するのでしょうか。綺麗事では歩めないのが、剣の道……けれど、総司さんのように苦しみ、自壊してゆく剣では、ならないのだと……わたしは考えます。」
「勇さんの……闇討ち、だね。ああいう剣は、正しいとは言えない。だけどね、愛する人達を守る為の剣は……人を殺していても、自壊はしない。安心なさい、瑠璃さん。剣は戦いの道具だが、人を守る武器でもある。人が人を殺すことは、正当化してもならないし……正しい剣、とは、違うかも、しれないけれどね。時には、鬼が勝つ……そんなものだ。」
「愛する人達を……守る為の、剣。鬼が、勝つ?」
瑠璃のボヤきに、安藤さんが続いた。
「ギルティ、背負いながら……仲間、守る剣。……ヒコゴローは、良き剣、だね。」
罪を、背負いながら?
瑠璃には分からなかった。
人を殺めては、近藤さんの闇討ちと、どう違う?
優しい彼が言った、鬼の意味も。
考えても、まだわからない。
だが、それがわからなくば、瑠璃は守る剣にはなれない気がした。
「ありがとうございます、彦五郎さん。まだ、ご助言の真意はわたしでは、わかりませんが……考え続けます。良き剣、守る為の剣を。」
「はは……わたしの話が、役に立てるか、わからないけれどね。」
のぶが、茶と菓子を運んできた。先に、氷水と手ぬぐいを彦五郎の近くに置いて、手当てをしてから、改めて客人達に茶と菓子を出す。
「甲陽鎮撫隊の時に、総司ちゃんはここで脱落した。近藤さんを心配してて、明るいフリをして落ち込んでたわ。……さて、この練り切りをようやく出せた。」
瑠璃は練り切りをまじまじと見た。
「椿の練り切り、ですね?とても綺麗……食べるのが、もったいないくらいに。」
のぶはまた泣きかけた。
「……今は、季節だから、買いやすいわ。総司ちゃんの時は……間に合わなかった。瑠璃ちゃんを見て一目で、あの子だーってわかったわ。椿の羽織りは、総司ちゃんの永遠の思い出話よ。」
瑠璃は、胸が再び痛む。
チクリ、と些細な針が刺さるように。
瑠璃はそれを押し殺して笑った。
「総司さんの贈り物は、わたしの一生の晴れ着です。」
何故、愛する人の話を聞いて、まだ実感が湧かないのか。のぶのように泣けない、瑠璃には、それが無性に悲しかった。
傍にいれなかったから?
それだけじゃない。
愛しているから、殺したかった。
苦しませたく、無かった。
(あぁ。わたしは、まだ何処かで、間に合うと信じているのだ。総司さんを、殺められると……)
瑠璃に、沖田総司が死んでいる実感が無いのは、確かだった。
ならば、瑠璃は何を目指して旅して来たのか。
武士の情け、或いはーーー。
のぶは、小さな赤い巾着袋を瑠璃に渡した。
「これは、総司ちゃんが死ぬまで握っていた、お守りよ。近藤たまさんにもらった宝物が入っているわ。瑠璃ちゃんに渡す為に、今まで預かってた。」
瑠璃は巾着袋を開けた。
中には、椿の帯留めが入っていた。
勇五郎の言った品だ。
瑠璃は、あの3日間の恋の妄念、そして、己が逃げた過去が甦り、悔恨に苦しんだ。
「総司さんは、最期まで、椿のように散りたかった……何故、あの人を斬れ無かったんだろう。わたしは彼女を苦しませただけだ。覚悟の覚束無い赤子だった。愛していただく資格なんか、わたしには無かったのに……!」
のぶが、瑠璃を支えた。
「散り際だからじゃないよ、瑠璃ちゃん。総司ちゃん、生きたかったの。瑠璃ちゃんが総司ちゃんを変えたのね。椿は、貴女との思い出の花だから、固執したのよ。吐血したって椿の赤だ、とか笑って、総司ちゃん本当に治療、明るく頑張ったんだから。」
瑠璃は、変わったという総司が、わからなかった。それはかつて、瑠璃の悲願だったはずなのに。
「わたしは、やはり頑固者ですね。総司さんが変わっても、どれだけのぶさんと文をやり取りしても、わたしと総司さんの三日間から、心が進まないのです。……だからこそ、行かねばなりません。時を、進めなくては。」
武田観柳斎が、あえて口を挟んだ。
「愛した人との思い出に、勝るものはありませぬ。拙者は一番愛する人とは叶わず、尊王活動に走り出しました。やがて新撰組に闇討ちされかけて、逃げに逃げ……拙者の愛する人は、拙者を騙して殺したと、根も葉もない噂がたち、悩み、新撰組を除隊しました。拙者も瑠璃殿に負けぬ頑固者です。忘れはせぬし、心残りでならぬ。」
のぶが頷いた。
「武田さんの言う通りなの。文は、あくまでも補助でしかないし、わたしだって……あの絶望感は、文では表せなかった。歳ちゃんと彦五郎さんに、支えられたかったし、逆恨みだってしかけたもの。愛する人、亡くしたもの、みんな、自分の目で見たものが先立つから。忘れなくていいんだよ。瑠璃ちゃんの旅路は、沖田総司の死と対面するためでしょう?」
総司の死を前にした時。
この人を、のぶを悲しませる結果は、嫌だな、と、瑠璃は胸が痛んだ。
彦五郎は武田と安藤さんに支えられながら歩いた。
「絶対安静なのに……」
「だって、この先は、のぶの苦しみの場所だから。傍にいないと、ね。」
のぶの案内で、瑠璃達は松本良順邸へ。
現在は政治家と医師をこなす松本良順先生は、最初は不在だったが、知らせを聞いて急いで帰って来た。
「先生?往診は……」
「抜け出したのだ、すぐに戻ると知らせを飛ばしてくれ。……のぶさん。瑠璃さんは、どちらだね?」
「え?」
松本良順先生は、嘉志太郎の前に来た。
「あなた、骨格でわかるが女の人だね。瑠璃さん?」
周りの彦五郎とのぶが驚いた。
「えっ?」
「おなご……なの?」
嘉志太郎は懐から、船医の文を出して、松本良順先生に差し出した。
「わっちは元花魁の伊東嘉志太郎と申します。瑠璃殿の旅路のついでに、病を処置して欲しいのです。」
松本良順先生は文を受け取り、告げた。
「往診から帰ったらあなたを診察しよう。では、あなたが瑠璃さん?椿の羽織り、なんと、見落としていたが目印があるではないか。」
瑠璃は頭を下げた。
「沖田、瑠璃です。」
松本良順先生は早歩きで病室を案内した。
「別の場に大きい西洋式医院を持っているが、なにぶん患者が収まりきらず、わたしの自宅の旧病棟もまだ現役でね。今は別の患者がいて、遠目で許してほしい。沖田君は窓際のベッドでな。吐血しては喜んでいた。変人かもしれないがね、貴女との思い出の、椿の赤だと、繰り返し言っていたよ。」
「血の赤……確かに、そうです。椿には、血の側面があります。わたし達には、特別な赤です……今も。」
松本良順先生は、眉をひそめ、瑠璃の真剣な眼を見た。
「どうやら沖田君の同類らしい。あなた、使命を果たしに来たね?確かにあなたは瑠璃さんなのだろう。ここからは勇み足になるぞ。馬車を!」
瑠璃はドキリとして、松本良順先生を見た。
聡明でいて侍。瑠璃の目的はお見通しのようだ。
松本良順、瑠璃、のぶ、彦五郎は馬車へ。
嘉志太郎、武田、安藤さんは馬へ。
馬車の中で松本良順先生は告げた。
「わたしは元は旧幕臣側だが、匿うには限界があってな。沖田総司は人斬りだ。わたしは沖田君を内藤町の植木屋に匿わせた。その後、わたしは仙台で戦い、最中に沖田君は亡くなった。」
「総司さんが、死んだ場所へ……?」
一旦、植木屋で降りて、部屋に上がらせてもらった。
松本良順は、のぶに話を持っていく。
「看護婦達が最期を看取ったが……のぶさんは、酷い目にあわれた。吐き出しては如何かな?二度と機会は来ないであろうから。」
「わたしは……先生から、近藤さんの死を口止めされてて。でも手紙が絶えてからは、総司ちゃん、日に日に、ご飯を食べなくなって。……その日はね、練り歩いて、椿の練り切りをやっと見つけて、買ってきたのよ。総司ちゃん、きっと元気になると思って。だけど、帰ってみたら、看護婦さん達が来てて、看護婦さんが……総司ちゃんの顔に、布を。……布をかけたわ。わたしは怒って、駆けつけて……総司ちゃんが目を覚ますと信じてた。ずっと呼びかけて、起こそうとして……息がないと、気づくまで。」
瑠璃は聴いていて涙ぐんだ。
総司の死の実感では無かったが、のぶの悲しみを、感じ取った。
のぶの絶望は、ここにあったのだ。
「のぶさん。悲しかったでしょうに……本当に、お待たせ致しました。その死に方は、総司さんのいじわるだ……まるで、近藤さんが恋しくて、周りを忘れて走り出したかのよう。のぶさんを待ってからでも、いいでしょうに……。」
のぶは泣き笑いした。
「ふふ。やんちゃな子だから……きっと、わたしより早く近藤さんが来ちゃったんだよ。きっと、今頃あの世で稽古に打ち込んで、総司ちゃん自由だわ。」
「のぶ。おいで。」
彦五郎がのぶを支えた。
「……星。」
安藤さんに、瑠璃が振り向いた。
「稽古する、なら、シエイカンの星、いるね。ソージの、為に。」
「そうですね、安藤さん……試衛館の星も、近藤さんの星も。総司さんの、大事な宝物達のお星さま。」
松本良順先生が気づいた。
「地獄では報われぬ。星になればよい、という話かね。」
「YES。星座、みたいに。」
彦五郎さんがボヤいた。
「だったら勇さんは、間違いなく歳三君にはお日様だけど……裏も表もあるからね、勇さんは。」
「貴方、総司ちゃんと近藤さんには、伊東先生がお天道様だから。」
「じゃあ、鬼百合は月かな。」
瑠璃は遠慮がちに、言った。
「月は……三日月の頃は、総司さんになればよろしいかな、と。総司さんは、真夜中に月明かりを受けて、淡く光る銘刀でしたから。」
松本良順先生が、珍しく口を出した。
「ならば、瑠璃さんは金星かね?月と共にある星は明けの明星。あの近さならば総司君も報われよう。」
「松本良順先生が、恋の話をした?」
のぶがびっくりしていると、松本良順先生は苦笑いだ。
「わたしとて幕臣達の地獄行きより、星になるのは望ましい。西欧の神々に叱られるやもしれないが、日の本では、作った者勝ちではないかね?」
再び馬車に乗り、のぶが告げた。
「最後よ、瑠璃ちゃん。わたしは、仙台が降伏し、松本良順先生が釈放される日まで、総司ちゃんの遺体を保管したわ。この先は、わたしと松本良順先生の、最後の仕事……総司ちゃんが眠る、専称寺へ!」
瑠璃は馬車に乗ったことを、後悔していた。
きっと、瑠璃の願いは無意味な儀式に違いないし、のぶさんを泣かせてしまうだろう。
だが、松本良順先生が告げた。
「専称寺で口利きしたら、わたしは一足先に戻る。往診の途中なのでね。墓参りが済んだら、わたしの屋敷に嘉志太郎さんを。皆さんが滞在しても構わないが、それだとのぶさんが寂しかろう。それから……瑠璃さん。」
「はい……。」
「君は沖田君の同類だ。死を解するのに必要であれば、気にせず、やってしまいなさい。それは元々、瑠璃さんの使命ではないかね?」
後押しされた瑠璃は、腹を据えた。
「!……はい!!わたしと総司さんならば、鬼も仏も斬り捨てます!」
のぶが不思議がり、彦五郎が察した。
「貴方?賊でもいたかしら。治安が悪くなったの?」
「……のぶ。わたし達は、見届けよう。今度は、瑠璃さんの番だ。」
専称寺につくと、松本良順先生が口利きし、坊さんと交代して、馬に跨る。
「では、仕事に戻らせていただくが。……これを使いなさい。」
瑠璃は松本良順先生から、飾りの脇差を受け取った。
「はい。……ですが、これは高価な品では?わたしが使うにはもったいない品です。」
「わたしは剣を知らない、お飾りの品だ。亡くなった将軍様に賜ってな。将軍様を助けられなかったわたしには、ただ辛いばかりの品だ。あれから時代は変わり、どの道、新政府にこの脇差を尋ねられて困っていて、処分しなければならなかった。心置きなく使いなさい。」
「……そうでしたか。では、ありがたく使わせていただきます。」
坊さんとのぶは、沖田総司の墓に案内した。
「この墓石の下に、総司ちゃんがいるわ。椿の枝をたむけにしてって。」
「戒名は、賢光院仁誉明道居士と申します。御仏の元、無事に輪廻転生も果たすでしょう。」
瑠璃の目は鋭く変わった。
塚に手をかけ、彼女は沖田総司と対峙した。
彦五郎達はゾッとする。
あまりの気迫、あたかも剣鬼そのものだ。
嘉志太郎が坊さんを下がらせた。
「下がられよ、怪我をするぞ!」
瑠璃は、松本良順先生の脇差を鞘から抜き放つ。
あたかも、墓場が人であるかのように、距離を置いて構えた。
「総司さん……沖田瑠璃、参ります!!」
「瑠璃ちゃん?」
「下がりなさい、のぶ!」
彦五郎の時の比では無い。
ただならぬ、殺気。
この時、瑠璃の平晴眼からの浮島は、あたかも千手観音の如く。
「総司さん……大丈夫です。たとえ貴女が死んでも、わたしは貴女を二度殺す!!」
激しい、瑠璃の突き技が始まった。
呆然と見ているのぶや、悲しみを分かち合う彦五郎。
坊さんが非難した。
「お辞めなされ!なんと、罰当たりな真似を!!」
嘉志太郎は、坊さんを阻んだ。
「阻むな!これは、剣客の鎮魂歌!沖田総司への、決着と弔いぞ!!」
瑠璃が突き続け、墓石に亀裂が入っていく。
「これは……」
彦五郎に、武田観柳斎が唸る。
「人体における経穴、いわば瑠璃殿は、石の点穴を突いておられる!唐土における点穴は、ほぼ人体の急所の位置と重なるという。よもや、木々や石の点穴までもが、彼女には見えておられます!!」
沖田総司が教えた、急所を見定める目だ。
いや。
沖田総司以上の、眼。
瑠璃は、その域に至っていた。
坊さんがボヤいた。
「これは……あたかも、阿修羅の如き……剣による、悟り……?」
瑠璃は最後のトドメに入る。
一の突き。二、三。
墓石が崩御した。
松本良順先生の剣もまた、ボロボロになって折れた。
彦五郎に抑えられたのぶは、漠然と見ていた。
「瑠璃……ちゃん……?」
瑠璃は、膝をついた。
ようやく、理解した。
妄念から、目が覚めた。
墓石を砕いたって。
そこに、総司はいなくて。
彼女は土の下で、永遠の眠りについたのだ。
沖田総司は、もう生きてはいないのだ。
「届かなかった、総司さん……わたしの剣は、もう、貴女には届かないよ!!」
瑠璃はせききれたように、涙が溢れた。
「愛してた!悔いて悔いて、焦がれてやまない!貴女と死合いたかった!病でなど死なせちゃ、ならなかったのに!貴女を超えたかった!わたしが貴女を、斬りたかったのにィッ!!」
「瑠璃、殿……」
武田を抑え、嘉志太郎が告げた。
「三日間への、妄念は、沖田総司の初めの期待通り……彼女を、剣へと変えたのだ。」
安藤さんが瑠璃の肩をそっと支えた。
「ルリ。落ち着いて。」
瑠璃は涙ながらに俯いた。
「わたしは……武士じゃないんですよ、安藤さん。総司さんとの、三日間の恋は……妄執に変わり……わたし自身が、人殺しの刀に成り果てた。見定めたのです。わたしの剣は、良いものじゃあない……愛と、殺意の妄念です。剣とは、清きも悪しきも、使い途次第の道具……わたしは沖田総司になった。人間になれない、総司さん以下の不出来な剣に。」
安藤さんが、優しく瑠璃の両手を包む。
「ルリは、カナシミも、激しさも、ソージと分かちあった。違う?ルリは、カタナ。なら、良いカタナになろう。一緒にエゾチに行こう、ルリ。ルリを正しく扱えるのは、きっとヒジカタさん。ヒコゴローも言った。ソージの愛する人達、守る剣なら。きっと、ルリの一番良い形。……ね?」
瑠璃は、腑に落ちて、泣き腫らした目を擦った。
「……ありがとう、安藤さん。……そう在りたい。不出来な剣でも、あの人のお役に立てるならば。今までの旅路は無駄ではなかった。わたしは……あの人の愛した新撰組を、守りたいです!わたしが、唯一正しい剣になる為に……沖田総司の一対に、なれるように……!」
彦五郎さんは、瑠璃に頷いた。
「旅路の果てに、貴女はようやく死を受け入れたね。頑張ったね瑠璃さん。わたしから歳三君に紹介状を書くよ。蝦夷共和国へは、芹沢財閥の船で行くといい。ただ、月一の出航でね。嘉志太郎君の治療の後で、いいんじゃあないか。」
のぶは、困惑していた。悲しみと、激情で、彼女は揺れていた。
「瑠璃ちゃん……なに、これ。」
瑠璃はのぶを案じて、振り向いた。
「のぶさん」
「わたしは、旅路の果てには、愛があって……愛は、平穏な幸せになって……瑠璃ちゃんは、わたし達と暮らすのだと、思っていて……どうして?なんで、こんなことしたのよ!?総司ちゃんをまた殺めるようなことをして!!どうして、わざわざ蝦夷共和国に行って……血を求めてるの?新撰組で、総司ちゃんの苦しみを、争いを!貴女が背負うのが、貴女の道なの!?そんなの、違う!そんなの、愛じゃない!!」
彦五郎さんは、のぶの両肩を抑えた。
「やめなさい、のぶ!お前にはお前なりの愛があるし、瑠璃さんには瑠璃さんの愛がある。人を否定するものじゃあない。特に、剣客同士の愛には……狂おしい愛も殺意も、嘘では無いのだから。」
「でも!愛って、娶られた先に愛する人がいて、平穏があって、幸せがあって!!」
彦五郎は、諭した。
「のぶ。お前は料理が旨くて器量良し、だから平穏の中に幸せがあって、総司君を見送る役割があったんだよ。わたしには武芸があり、だから平穏では無くとも、近藤さんに助太刀すべく戦へ出た。それが、役割で、絆なんだよ。瑠璃さんも、わたしなんだ。彼女の愛した沖田総司は、もういない。だから、平穏では無くとも。彼女の剣が、総司君の愛する仲間達に助太刀するのは、残された剣士の為せる、唯一の愛なんだよ。」
のぶはようやく理解した。
「人の……役割……そうだわ。……わたしって、なんて馬鹿。瑠璃ちゃんは剣客で、彦五郎さんと同じ……嫁いで幸せだなんて、ただわたしが恵まれてただけじゃない。」
のぶは、平に謝った。
「ごめん、瑠璃ちゃん……。わたしは、何にも理解が無かったね。総司ちゃんと共に剣である、瑠璃ちゃんのこと。片割れを失った、瑠璃ちゃんという剣を。わたしには、剣がわからない……。見たまんましか、わからないし、志しだってわからない。悪かったのは、瑠璃ちゃんじゃないわ。わたしだ。わたし、非凡な女だったね。」
瑠璃は、慌てて全財産差し出した。
「違うのぶさん!わたしは、自身の決着を優先して、のぶさんを傷つけました。悲しむとわかってたのに。ごめんなさい、のぶさん。それとこのお金を新しい墓石の足しにしてください。のぶさんみたいな家庭的な人の助けがあったから、わたしも文をいただけて、総司さんも、孤独じゃなかったんです。それに。わたしの愛は……わたしにも、殺伐と感じます。この愛の形は、わたしに知らしめた総司さんにしか、わかりようがないです。」
のぶは微笑んで、お金をほんの少しだけ拝借した。
「そうよね。総司ちゃんから聞いたのに、まだわかってないわたしも、馬鹿だし。瑠璃ちゃんだって総司ちゃんの愛の形に、まだ戸惑っているのね。わたしは、彦五郎さんならわかるわ。彦五郎さんは武芸の人だから、大事な人の為に甲陽鎮撫隊へ入った。瑠璃ちゃんもそう。愛した人が残した仲間の為に、戦うのね。……墓石は、佐藤家と松本良順先生で、また建てられるから。わたしがもらったのはご飯の前金ね。皆さん、嘉志太郎さんを見舞いつつ、うちで栄養つけていってください。もちろん、余ったら返すから。」
「え!?そんな……皆のご飯代だとしても、足りないですよ!もっと取ってください!」
彦五郎さんが笑った。
「うちは豊かな家です、前金を拝借したのは、のぶなりに、食べに来て欲しいからでしょう。言い訳ですよ。わたしも、空き時間がありましたら、稽古をつけていただきたい。今、近藤道場は勇五郎君が不在で、わたしが出稽古に出ていますが、師範代理には、まだまだ未熟ゆえ……」
嘉志太郎はムッとした。
「わっちだけ、のぶ殿の料理は食えぬのか。なんだか口惜しいな。」
揺れる武田観柳斎。
「あぁッ!!イケメン嘉志太郎殿がガイになる治療の場には、是非とも傍にいたく!!然しながら、高揚チン部隊のお話は是非ともお聞きしたい所存にてッ!!揺れる武田のマイ ハート!!」
安藤さん瞬き。そして目を細めた。
「なんか、タケダの言ってる、コーヨーチンブタイ、ちがくない?」
瑠璃が間髪入れず返した。
「たぶん、下半身のチン。実に武田さんらしいジョークです。」
いきなり佐藤彦五郎、爆発する勢いで笑い転げて、腹の痛みを訴える。
「アッハッハッハッハッ!!痛い!!腹が、腹がッ!!!」
のぶは慌てて夫をさすりながら注意した。
「あなた?お下品ですよ!?だいたい、それで笑ったら、組織した近藤さんにも失礼だし……」
「ひっ、ひぃッはぁはぁ……アッハッハッハッハッ……わ、わたしは、真面目過ぎるがゆえに、面白きへの耐性が皆無でね……ふふふッ!!チン……まさか甲陽は、高揚?アッハッハッハッハッ!!沸点が浅いんだ、ヒーッヒーッ、腹が痛い、助けてくれ、死ぬ!!アッハッハッハッハッ!!!」
瑠璃が真顔で告げた。
「あぁ、面白観柳斎が遂に死人を出してしまう……。武田さん、芸人になられては如何でしょう?ゲイだけに。」
安藤さんもちょっと笑った。
「ルリってば。」
佐藤彦五郎、生死の境である。
「アーッハッハッハッ!!やめて、瑠璃さんがトドメを……ぐふぅ!!ヒーッヒーッアッハッハッハッハッ!!!」
瑠璃達は、一旦彦五郎達と別れ、松本良順邸で松本良順先生を待ち、夕暮れ過ぎに帰宅した松本良順先生は、船医の病の診断書を読みながら、嘉志太郎を診察した。
瑠璃達はハラハラと、嘉志太郎より心配げに見ていた。
「なるほど。古来よりこういう人は、男にもおなごにもいるのだが……西欧医学では病と見なすことで、医師が関与が出来る。男性の場合はまだ未開で……女性の場合は、乳房は乳がんの要領で切除。わたしが子宮を取り出せる医師だから……ドクター・マーティンはわざわざ、わたしを指定した。……急ぎの旅かね?早まってはならんような高度な手術の連続だ、わたしとて患者を亡くすこともある。嘉志太郎君、命を預ける覚悟はあるのか?」
「……無いな。」
武田観柳斎は驚いた。
「えぇーッ!!?ガイになりましょうぞ、嘉志太郎殿!!」
嘉志太郎はしっかりしていた。
「死ぬくらいなら、連続手術は結構だ。だが、乳房だけは無くさねば、呼吸器障害で本当に死んでしまう。優先順位を白黒つけねばな。乳房切除が今回、一、二年置いて、しっかり回復したら、子宮を取る。……ちなみに良順先生、ゆくゆくは男になれるのか?」
「うむ。生き急ぐ侍かと思いきや、君はしっかりした患者のようだ。今回の乳房切除ののち、一、二年置くのは賢明だろう。そして、あくまで病としての悩みを取り除く治療であって、現段階の医学では、男性にはなれない。仮に男根が作れても、尿道を通すのみだ。」
武田観柳斎、大ショック。
「性的に!結ばれない運命!!拙者は尻を開いて待っておりましたのに……!!」
「だが、排尿は出来る。わっちは諦めぬぞ。」
武田観柳斎、更なるショック、そして目覚めの時。
「尻に排尿!なんと斬新なハード プレイか!!拙者も肝を据えましょう!エム豚となりて貴殿を待つ次第にてッ!!」
嘉志太郎は武田観柳斎を足蹴にした。
「ややこしいから、話に混ざるでない。だいたい貴殿の尻など見たくはない、瑠璃殿のような良い尻になって出直すがよい。」
「あぁ~ッ!さっそくハード プレイ!見事な足蹴にて候!!」
瑠璃は瞬きした。嘉志太郎さんの方が、余程美しいお尻なのに、と。
松本良順先生は、病棟に案内しながら、看護婦に指示した。
「術後の療養期間と、芹沢財閥の船の日程を調整したら、明日しか空き時間は無いな。翌日のわたしの空き時間は?」
「午後、夕暮れ以降です。」
「嘉志太郎さん。明日の夕暮れから手術になる。今夜から飯を抜いて。」
「承知した。」
松本良順先生は看護婦に指示してから、立ち去る。
「では、わたしは入院患者の往診へ。杉村さん、嘉志太郎さんの着替えと点滴を!それでは。」
瑠璃達は心配げに嘉志太郎につきっきりで、嘉志太郎が見かねた。
「瑠璃殿、皆で彦五郎殿の家で休まれよ。つきっきりでも、疲労するだけでありんす。」
「カシク!はらぺこ!ほっとけない!」
「わたし達が付き合います。わたし達だけ美味しいご飯をいただく訳には参りません!!」
嘉志太郎は、逆に嫌がって、武田を使役した。
「優しさは無用!わっちに甘えが出ては決意が鈍る!!武田よ!今こそ役に立て!!瑠璃殿と安藤殿を連れて行け!!」
武田はどんどこ瑠璃と安藤さんを押し出した。
「我らはご覚悟の邪魔ですぞ!佐藤家にて明日を待ちましょう!嘉志太郎殿、手術前に参ります!!」
「来なくてよい。」
佐藤家までは、松本良順先生の手配で、馬車で送ってもらえた。
「おかえりなさい瑠璃ちゃん、武田さん、安藤さん。夕餉を作ってるから、彦五郎さんといてね。」
瑠璃は、つい、台所仕事をしているのぶに、話し込んでしまった。
「のぶさん……わたしには、京を旅立つ時に、嘉志太郎さんが寄り添ってくれました。仲間だと言ってくれたのです。ずっとずっと、支えてくださって。でも、わたしは嘉志太郎さんをすべて理解した訳ではなくて……おなごとして、花魁の頂点におられた方。あの美しい人が、何故おなごをやめたいのかは……正直、わかりません。わたしは、おなごでありながら総司さんを愛し、おなごながらに剣を学べた身です。ただ嘉志太郎さんを支えたくて、わかっているフリを、しただけなのです。それは、誠実では無かったかもしれませんね……。」
のぶは、調理から目を離さずに、応答した。
「本人にしかわからないことも、あるよ。彦五郎さんなら、わかるのかなぁ……。でもわたしはおなごに生まれて良かったし、おなごだって瑠璃ちゃんみたいに剣客になれるんだし。総司ちゃんだって、殿方になりたいとは言わなかったよ。……ダメだわ。頑張って考えたけど、内面がおなごじゃ、余計、嘉志太郎さんは謎かもしれない。彦五郎さんの出番だわ。」
彦五郎さんは厠帰りだ。
「ん?呼んだかい?」
居間で、改めて瑠璃が心情を話すと、彦五郎さんは真顔になり、安藤さんと武田は意見がありそうだが、彦五郎さんを優先した。
「嘉志太郎さんと同じ立場……には、なれないからね。瑠璃さんや武田さんは、愛に性別を問わないし。ただ……もしも、わたしが女性に生まれて、このわたしのまんまの心だったら、やはり嫌じゃないのかな。友である近藤さんに言い寄られたり、親に娘と扱われたり、嫁いだり。友情さえ失ったら、悩んでしまうよ。逆に、のぶがのぶのまま、男性に生まれてたら、女性になりたいんじゃないか?」
瑠璃は考えてから、尋ねた。
「彦五郎さんは、嫁ぎたくないですか……ならば、花魁になれても、嬉しくはないのですか?」
彦五郎は青ざめた。
「恐ろしい話をするね。例え美しく生まれたって、男性とはちょっと……」
「ルリ。ヒコゴローがそれ楽しかったら、タケダサイド。カシクは、たえぬいて、ダッドのシャッキン、返しただけ。ルリだって、ソージ以外、やでしょ?」
武田観柳斎は歓迎。
「拙者は美少年専門ですが、今ではリバに目覚め申し、彦五郎さんに抱かれるのはウェルカムですぞ!」
瑠璃は瑠璃なりに、安藤さんの言葉が腑に落ちた。
「嘉志太郎さん、本当は花魁の誉れも、苦痛だったのですね。錦を大事にしていたから、わたしが勝手に勘違いをして。あれは、戦利品だからで……四ツ谷正宗の為とは仰っていたのに。本当に、言われればわかります。わたしが夫に恵まれただけですね、夫はわたしに触らなかったから。」
「それに、ルリのあだ名。」
「……実はわたし、どこかで総司さんの子を願い、腹で命の無い肉塊を育みまして。疾患名、妄想妊娠。以来、父にはマリア観音と呼ばれ笑われております。わたしは頭にきて、父には別れの挨拶にも行きませんでした。」
彦五郎さんが食いついた。
「それだ。親だって、理解が無かったら、別れの挨拶の義理は無いでしょう?瑠璃さんも新しい自分になる旅をした。嘉志太郎さんも、新しい人生を選んだんだ。」
のぶが御膳を運んできた。
「区切りがついた?夕餉が出来たから、たくさん食べてね。」
のぶの料理は旨かった。
「良い奥方をお持ちですな、彦五郎殿!料理名人であられますぞ!」
彦五郎は控えめに笑った。
「わたしは生まれつき恵まれた家に育ち、しかも少食で、酒ばかりでね。のぶを喜ばせるには、客人がいた方がいいくらいだ。」
「酒……」
瑠璃がボヤき、安藤さんが口走る。
「カシクいない。酒、チャンス?」
彦五郎さんは聞き返した。
「何故だい?嘉志太郎さんは厳しいの?」
「カシク、シュラン。仲間はずれ、かわいそうだから。いま、チャンス。」
彦五郎さんが納得した。
「酒乱の芹沢に、酒乱の嘉志太郎さんか……。嘉志太郎さんは永倉君を訪ねに行くんだよね?つくづく、永倉君は暴れん坊が大好きだなぁ……」
そして、彦五郎さんは席を立つ。
「武田さん、手伝ってください。酒蔵から良い酒を運びましょう。のぶの料理があるうちがいいでしょ?のぶの手料理は、酒にも合うんです。」
かくして、秘蔵の酒で瑠璃達は大宴会となった。
瑠璃自身は、酒を飲んで話し込むのは初めてだ。
「沖田君朝帰りの日、拙者は愛する美少年を他の隊士に寝取られまして。しかも除隊させられてしまいました。鬼畜の仕打ちとはまさにこの事ですぞ。」
「武田さんはお気の毒でしたね……。総司さんは、その現場を通れなくなり、外出してわたしと知り合いましたよ。彼女は慎ましい方ですから、恥ずかしかったと仰ってましたが……わたしなら、逆に隠れて見てしまうやも、しれません。」
「ルリ?スケベでてない?」
彦五郎さんがボヤいた。
「色んな偶然が重なって、星と星が惹かれ合う。まるで、百八星だね。」
「百……八、星?」
「水滸伝だよ。豪傑の百八星は、地上の星だね。新撰組もまた、星集う梁山泊になろうとしている。」
武田観柳斎がまとめてみた。
「今までの流れだと、安藤さんいわく、ベガとアルタイル。沖田君いわく、伊東先生はお天道様。瑠璃殿は沖田君が月で、松本良順先生は瑠璃殿が金星。彦五郎殿は新撰組百八星と。まとめてみると、ベガであり金星の姫が瑠璃殿、アルタイルと月の姫が沖田君、拙者達は星の仲間で、梁山泊、新撰組に集ってゆく……むむ、だいぶまとまりのない集団ですぞ。ならば、苦労するのはリーダーの天魁星、土方君かな。ま~拙者は途中でトンズラこきますがな!」
翌日、瑠璃は危うく寝過ごすところであった。
「ルリ!」
安藤さんの叫びに慌てて瑠璃が身を起こす。
安藤さんも、起きたばかりという感じで、青くなっている。
「空が、薄紅に……夕暮れが来る!!」
「タケダ!」
のぶも彦五郎さんも寝ていたが、今は構う暇はなし。
三人で二頭の馬を借りて、武田観柳斎が告げた。
「拙者が馬を扱いますから、瑠璃殿は拙者の馬へ!」
「はい!お願いします!!」
何とか松本良順邸に駆けつけて、病棟に走り込む。
「あなた達!廊下を走ってはなりませぬ!」
看護婦に叱られつつ、嘉志太郎のベッドへ。
嘉志太郎は、担架で運ばれるところであった。
「来るなと言ったが、仕方あるまいな。行ってくるぞ。」
「嘉志太郎さん、頑張ってください!行ってらっしゃいませ!」
嘉志太郎の手術中、ずっと瑠璃、武田、安藤さんは、正座して待った。
看護婦が気づいて、椅子を促した。
「廊下に座るのでは持ちません。椅子にお座りくださいませ。」
瑠璃、武田、安藤さんは丁重にお断りした。
「どうか、お構いなく。我らは志しを共に旅した彼の仲間にて。このまま、見届ける所存です。」
数時間、かかった。
長い手術であった。
手術室から嘉志太郎が運ばれて出てくる。
麻酔で嘉志太郎は眠っていたが、瑠璃達も正座したまま寝ていた。
「瑠璃君たち、どきたまえ。」
瑠璃達は寝ながら蹴られると避けて、道が空いた。
「お腹すいた……」
瑠璃が寝言をボヤいた。
嘉志太郎を病棟へ運んでから、松本良順先生は看護婦達に告げた。
「夜も遅い。わたしの自宅から、下男を呼んでくれ。正座して寝入った三名を、わたしの自宅の客室に泊めるから。随分腹を空かせたようだし、西洋料理を馳走しよう。」
瑠璃が起きたら、立派な洋室のベッドの上だ。
辺りを見回すと、立派な西洋の調度品や、油彩の額縁。
恐る恐る部屋を出ると、いい匂いにつられてリビングへ。
そこで安藤さんも武田も戸惑っていた。
テーブルのご馳走。
椅子に座った松本良順先生が、促した。
「戸惑うことはない。わたしも最後まで幕臣側で戦った軍医だ。沖田総司の客として君たちをもてなすくらいはするとも。さぁ、座って食べなさい。」
瑠璃達は涎を堪えた。
「でも、嘉志太郎さんが術後なのに……」
「嘉志太郎君だって病棟では良い献立が出るぞ。わたしは牛乳や牛肉推進派でな。これくらいのビーフシチューは患者も食べる。朝廷側もわたしに払いが良く、政治家でもあるのでね。まぁ、ローストチキンは特別待遇だ。和人には鶏の方が馴染みがあるかと思ってな。」
「……ここまで支度なさってくださった食事を蹴る方が無礼というものです、ご招待にあやかりましょうぞ!」
瑠璃、武田、安藤さんは席について、瑠璃と武田は夢中になった。
「鶏は、手掴みでしょうか?」
「フォークとナイフですぞ!切り分けて差し上げますから、お待ちなされ!」
安藤さんがフランス式のパン、バゲットやブールでビーフシチューを食べて、松本良順先生に尋ねた。
「武蔵国で、バゲットやブール、珍しいね。武蔵国、だいたいイギリスパン。」
「わたしが元幕臣だからな。フランス人の方が親しんだ経験あって、わたしはブールを好む。安藤君、ワインは好きかね?」
「好きです。かたじけない。」
「ビーフには赤ワインが良いかな?鶏は白だというが……」
一月間。
瑠璃達は、明治四年三月まで、嘉志太郎を見舞ったり、天然理心流の稽古をして過ごした。
疲れて談笑したり、試合に挑んだり。
新しい仲間たちに、佐藤彦五郎は、三味線を持ち出し、端唄を贈る。
春はうれしや
二人揃って 花見の酒
庭の桜に おぼろ月
それを邪魔する 雨と風
チョイと咲かせて 又散らす
「安藤さんの技は、強いけど、実戦にはひとひねり必要だね。」
佐藤彦五郎の指導下で、みんな強くなったが、嘉志太郎は療養中だった為、拗ねた。
「鍛えられて羨ましくてならんな。武田も、強くなったか?」
武田観柳斎は下半身太りしていた。
「はい!拙者は相変わらず剣は不得手ながら、彦五郎殿の指導とのぶ殿の飯で、足腰の踏ん張りは身につきましたぞ!」
「貴殿は肥えただけではないのか?」
瑠璃は、専称寺で、風呂敷いっぱいに詰めた、首から落ちた椿の花を、沖田総司の墓所に散りばめた。
「総司さん。束の間のお別れです……わたし、行きます!貴女が愛した新撰組を守る、志しある剣に、なります!!」
瑠璃は総司のお守りであった椿の帯留を三分紐につけて、三分紐を帯に縛りつけた。
三月二十日。
沖田瑠璃、伊東嘉志太郎、武田観柳斎、安藤アントン益次郎は、松本良順、佐藤彦五郎、佐藤のぶに見送られて、品川湾から、蝦夷共和国行きの船に乗り込む。
「あり?異人さ~ん!大丈夫?運賃、アメリカ・ドルじゃないよ~?」
平山五郎に、安藤さんはアメリカ・ドルを持って瞬き。
「ロギン、あるよ?ドル、だめ?」
平山五郎は平間重助に話して、安藤さんをご案内。
「芹沢財閥は貿易から始まってますから。これだけあればたくさんお釣りが出ますよ。さ、こちらで、換金しましょうね。」
「oh、カンシャイタス!」
平山五郎は瑠璃に興味津々。
「なんですか。貴方、殺意が消せておりませんよ。わたしは、運賃を払いましたが?」
「凄っ!わざわざ死角に入って見てたのにさぁ!ね~お姉さん、アンタその足取り!極めてんじゃない?腰のモノ!抜きなよ、ちょっとだけ殺し合ってみな~い?……あれ。その目は……ひょっとして俺、死んじゃうフラグ?」
瑠璃が凄い殺気で平山五郎を睨むと、嘉志太郎が庇いでた。
「左様。やりあえば、貴殿の死が待っていようぞ。彼女と死合える域は、もはや永倉新八や斎藤一のみだ。下がれ下郎、悪趣味な人斬り癖だな?返り血の匂いが臭くてならぬ。」
平山五郎は嘉志太郎にびっくりして後ずさる。
「うわっ!!顔面偏差値なに、アンタ!?色男過ぎてもはや物の怪じゃん!!アンタ絶対俺の女には近づくなよ、人斬りでも女の問題にはヘラるからさぁ~!!」
嘉志太郎はため息をついた。
「嘉志太郎さん?なんだか、深いため息ですが……」
「実はな。永倉新八を追った時も、この顔が災いした。永倉を匿った旧幕臣は、婿入りした永倉の所在地を、こんな美人には話せぬと申してな……後生だから永倉新八の平和を壊さないでくれ、と、追っ払われたのだ。手がかりは無いまま、京まで行く羽目になったぞ。」
瑠璃は、わかる気がした。
「美し過ぎる人のしがらみは、男でも女でも、変わらないものですね。同性から妬まれて、以前は永倉さんの家庭の為に、警戒されたのですね。」
「だが、京への旅路は、無駄足では無かったな。瑠璃殿や、仲間たちと出会えたのだから。わっち達、いや、俺達は……水滸の絆で結ばれた仲間だ。本当に地上の星のように、惹かれ合い、そして向かうのだろう。更なる星集う、新撰組へと。」
不敵に笑う嘉志太郎に、瑠璃は微笑んだ。
「勿論です。この先も。新しい道を、共に行きましょう。新しい、嘉志太郎さん。」
武田観柳斎は慌てて船から逃げようとした。
「やっぱ無理ィ!!拙者、船降り申すから……あ!既に品川湾から出ている!?」
平山五郎はこの怯える武田に尋ねた。
「どーしたの、おっさん?さっき出港したけど。なんか怖かった?俺かなぁ?」
瑠璃と嘉志太郎が駆けつけた。
「どうした今更!気をしっかりせぬか、武田よ!!」
「拙者、やはり元は、新撰組の闇討ちから逃げ延びた武田観柳斎にて!The 不信感!!聞けば蝦夷共和国の新撰組屯所はフランス式オテルで、二段ベッドの四人部屋!我が身は潔白な同性愛者なれば、嘉志太郎殿と瑠璃殿の為!相部屋の数合わせに参戦する次第でしたが……新撰組をどこまで信用して良いものか……今は朝廷側といえど、また殺されるのは御免にござる!!」
平山五郎が顔を出した。
「そんなら、大丈夫だぜ、武田さ~ん?」
瑠璃はキッと平山五郎を睨んだ。
「盗み聞きなさらないでください!!それに、武田さんの命の悩みを安請け合いするなんて、不誠実な方!!」
糸目の平山五郎だが、さすがに瑠璃の気迫には目を開けて否定した。
「違う違う!!俺らもね、あいつらに暗殺されかけた、芹沢一派なの!!長州人の仕業で誤魔化されたらしいけど!後から来た武田さんは知んないかもしれないけどさぁ!壬生浪士組は、芹沢鴨が代表局長だったわけ!それが芹沢さんの寝込みを襲って斬った張ったの一大事よ!でも、土方君、今は芹沢さんときちんと仕事してっからさ~!!」
「本当にござるかぁ?芹沢鴨殿と上手くやってても、土方君は尊王が嫌いだったはず。」
「そこは、深く知んないけど。土方君は懺悔室通ったり、柄にもないことしててさぁ。新撰組でも伊東甲子太郎を倣い、伊東派の藤堂平助から、学び舎の時間を設けてるらしーよー。ただ、藤堂くんだけじゃ、頭がおっつかないって、困ってたけど。服部武雄って人が一番伊東先生を理解してたらしくて、生きてないか探してるんだってさー。」
「なんと!藤堂君がいま、新撰組におられるのか?拙者、勇気が湧いて来ました。藤堂君は御陵衛士です。ならば、拙者にも自衛手段がありましょうとも!」
嘉志太郎はため息をついた。
「くよくよしおってからに。だいたい、旧幕思想の俺が、斬りかかってはおらぬだろう。いまは新時代だぞ、武田よ。」
瑠璃は申し訳なさそうに、平山五郎に頭を下げた。
「申し訳ない対応を致しました。からかわれているかと思って……武田さんの力になってくださり、恩に着ます。」
「いーよぉ。でも、恩につけいるなら、蝦夷共和国で死合ってくんない?俺の生き甲斐は殺し合いだからさ!」
瑠璃は呆れたが、約束した。
「せっかく見直したのに。わかりました、手合わせは約束します。ですが、わたしは意味の無い人斬り刀には、なりませんから。」
安藤さんが帰ってきて、尋ねた。
「タケダ?オテル、四人、相部屋ってなに?」
「新撰組のオテルですぞ。隊士は相部屋!女剣客の瑠璃殿や、まだ半分男に至らぬ嘉志太郎殿は、拙者と安藤さんが相部屋になってお守り致すのです!!」
安藤さんは苦笑いだ。
「アンドー、セーラーだし、サムライの新撰組、なれるかわからない。それに、アンドー、ノーマル。男だよ?ルリと、同じ部屋、まずくない?」
嘉志太郎は、ふむふむ、と頷いた。
「瑠璃殿は、男がいても着物を脱ぐしな。」
「!それは、はじめ嘉志太郎さんに理解が至らなかっただけで!」
「ルリ……痴女?」
「安藤さん!真に受けないでください!」
「ハッハッハッ!拙者は気にせぬので、瑠璃殿はありのまま、マッパで構いませぬぞ!拙者の恋するマッパはガイのマッパにて候!!」
「武田さん!からかってますよね!?」
船旅は始まった。
朗らかに、志しを高め合う友と共に。
目指すは、蝦夷共和国へ。
芹沢鴨は、立派な武蔵国大使館の、第一の見学者となっていた。
榎本武揚は、建設完了の知らせに、嬉々としてスケジュールをやりくりし、芹沢鴨を連れて来たのだ。
「如何でしょうか?武蔵国大使館は、和人の大使館ですので、趣は和です。」
「立派な料亭のような佇まいでありながら、この数々の広い執務室よ。うむ!これぞわたしの職場に相応しいッ!!しかし、立派過ぎるだけに、ますます酒は飲めぬな。」
榎本武揚は祝いの席をしたがっており、尋ねた。
「何故です、芹沢さん?祝賀会には、ビールくらいいいじゃありませんか。ビールは旨いですよ。蝦夷共和国のチーズと合うんです。」
芹沢鴨は、隠しても意味が無いとわかり、打ち明けた。
「榎本さん。残念だが、わたしは酒でガラリと凶暴になり、この立派な大使館を破壊しかねないのでね。ビールを辞退してチーズをいただこうか。」
「酒乱であられましたか。失敬致した。蝦夷共和国では、ノンアルコールのジンジャーエールも取り寄せてますので、そちらは如何か?ビールのように、のどごし爽やかですよ。」
芹沢鴨は微笑んだ。
「それは有難い。祝賀会では、ジンジャーエールをいただくとしようか。」
「芹沢さん!芹沢さん!!」
平間重助が走ってきたが、芹沢はいま榎本武揚と話が波に乗ってきたところだ。
「後にしなさい平間君!ところで、フランス移民がユグノー信者が多い為に、フランスへの信頼厚いアメリカでも、蝦夷共和国は話題の国家だとか。アメリカ合衆国自体が、プロテスタント移民が多くてね。」
「フランス王がアメリカ独立にフランス軍を増援しまして、まさに蝦夷共和国は第二のアメリカのようなものですから。最近では、うちの元帥ブリュネ君に会いたくて、旅行に来るアメリカ人団体もおりましてね。そこでわたしはリゾート施設開発も視野に入れながら、小樽に目をつけまして。」
「素晴らしいアイデアだ。小樽ならば、アイヌの森をおかさず、漁猟が盛んで富みんでおられる。観光客は資源になるので、名産もこだわらねば。」
榎本武揚は少し顔が曇った。
「しかし、スチームパンクの公害が、アイヌの森にも及んでいて、蒸気ばかりはどうにもならず。アイヌは狩猟に困ると、毛皮を売る為に森から出てきます。彼らの文明を脅かしたくは無い。毛皮とて、彼らには神聖な神の一部です。」
芹沢鴨は唸った。
「それは参る問題ですな。あくまで共生でなければ、アイヌからしたら、和人とフランス移民の植民地と変わりません。数々の国家から学ばれた榎本さんは、文明の破壊はお悩みであられましょう。」
平間重助は必死に呼びかけた。
「芹沢さん!芹沢さん、緊急事態です!!」
芹沢鴨は一喝。
「やかましい!!平間君、わたしは後にするようにと、話したはずだがね!!」
平間重助は怒鳴った。
「沖田君です!!芹沢さん!!恩人の沖田君の縁者が、天然理心流の佐藤彦五郎さんの紹介状をたずさえて、面会を待ってますよ!!」
芹沢鴨は驚愕した。
「沖田君の、縁者だとッ!?何故この国に?いや!まずは命の恩をお礼しなくてはならん!!榎本さん、申し訳ないが退席致す!祝賀会はいつですかな?」
榎本武揚も時間が無く、頻繁に懐中時計を見た。
「わたしも喜びのあまり仕事を放り出してきました、戻らねば!祝賀会は今宵か明日の夜にでも、芹沢さんの都合のいいほうに。使いを飛ばしてください、わたしはどの道仕事を放り出さねば顔を出せませんから。」
「忙しい中で感謝致す!では、これにて!」
芹沢鴨は馬車の中で平間重助に確認した。
「沖田君はもういない。何故、沖田君の縁者の方は、蝦夷共和国に?」
平間重助はようやく話せると、息巻いた。
「沖田君の恋人は、沖田君と同じ剣客です!おなごの剣客なのです!沖田君の意思を継ぐために、新撰組の入隊を志願してますよ!」
芹沢鴨はまた驚いた。
「沖田君の愛した人は、女剣士なのかねッ!?あの幼さが残る沖田君に浮ついた話があるだけで、わたしとしては驚きだが!!わたしの梅とて、死ぬ覚悟はあっても剣まで知らぬ……そうか。沖田君は、まさに新時代の娘に惹かれたのか……!!」
芹沢鴨は、住居代わりの軍艦に戻り、平間重助と平山五郎の紹介で、顔合わせを果たした。
「沖田君縁の方々よ。まずはこの芹沢鴨、沖田君の優しさから命を拾った恩がある!沖田君の生前に恩返しは叶わなかったから、少しでもあなた方の力になりたく存ずる!」
瑠璃は真っ向から対応した。
「お気持ちはお察し致しますが、沖田総司は既にいません。わたしは貴方を助けてはいませんし、それは総司さんの良心によるもの。わたし達は、沖田総司の名を騙り恩返しにあやかろうとは思いません。ただ、沖田総司の意思を継ぐ剣客として、芹沢さんのお力をお借りしたく、お訪ねしました。」
芹沢鴨は困った。
「なかなかに手厳しい女性だな。わたしとしては、沖田君縁者の貴女に、恩返しをしたいというのに、かね?」
「はい。わたしは総司さんの意思を継ぎますが、あくまで別の人間です。わたしはその死を解するまでの、旅をしました。だから、実感を得ました。わたし達がどんなに惜しんでも、あの人は死んでしまって、残された者は、後悔と共に、前に歩むしか、無いんです。」
「……その旅路の話は、わたしにも聞かせていただきたいものだ。わたしも沖田君を悼みながら、まだ実感は無い。……要件を伺おうか。各自、名乗ってくれたまえ。出来るだけアプローチと思想も語りなさい。平間君、筆記記録を。平山君は君の目から見た意見を。」
まず、瑠璃が名乗った。
「新撰組入隊志願の沖田瑠璃です。天然理心流を沖田総司に習い、勇五郎先生の元、正式な門下生にもなりました。それなりの腕と自負しております。思想はありません。少し尊王寄りだけど、旧幕臣達の苦しみも、見てきましたから。わたしは、わたしが納得がゆく正しい剣である為に、総司さんの愛した新撰組を守る道を志しました。」
「新撰組に女性隊士は前代未聞とは、わかっているのかね?」
「え?沖田総司はおなごです……殿方に見えても、心体共にとても優しいおなごですよ。近藤さんも土方さんも、承知の上でしたが。」
芹沢鴨は絶句し、頭を振った。
「そうであったか……。余程の機密だろうから、聞かなかった事にしよう。瑠璃君も、土方君以外には話さぬように。平山君、意見を。」
平山五郎は嬉しげだ。
「死合って死にかけました~!あぁ、俺を殺せる女が現れるなんて!!てなわけで、前カノと別れて来ました!斎藤一の剣も最高だけど、俺的には瑠璃の剣もまた最高って感じですね!」
「えっ?また女性をふったのかね、平山君。すぐヘラって女の人がいないとダメな癖に……ともあれ、平山君的には最高の剣か。ならば土方君次第だ。異論はなし。次に、そこの……一際目立つ、美しい殿方は?」
嘉志太郎がキセルを袖にしまい、きちんと挨拶した。
「お忘れか、芹沢殿よ。俺は新撰組の入隊を志願致す。伊東、名を嘉志太郎と言って、同じ名前の伊東甲子太郎とはたまたまの同名であって、縁はありませぬ。貴殿が身請け金を払って助けた花魁、品川楼の嘉志久、と言えば、伝わろうか?」
「なんと!!何故、殿方に?」
「たまたま身体がおなごに生まれただけのこと。手術中の身にて、身体がバレぬように、相部屋はこの四人を希望致す。剣は北辰一刀流を免許皆伝の父に習い、長らく仕事で剣を触れなかったが、ゴロツキの二、三人ぐらいならば俺一人で斬り捨て申す。思想は旧幕。学び直す必要があるが、なにぶん将軍様のお膝元で生まれ育ち、今すぐ変えられる訳もなし。俺は、夢見た剣客、永倉新八を探して此処へきた。新撰組ならば、いずれ会えようから。」
芹沢鴨はピンと来た。
「殿方で、女性に生まれた……?嘉志久さん、もしや、あなたは永倉君の言っていた、不思議な花魁さんではないかね?確か品川楼の話だったはずだ。……永倉君も時代錯誤でね。伊東甲子太郎先生は、女形だとわかるのに、あなたのことは不思議がって、度々話すのだよ。」
「永倉新八が、いるのか!?」
「世帯あって前線は降りたが、新撰組で剣術指南役をしている。会えば、さすがに永倉君も理解出来よう、女性でも殿方がいるのだとな。……確信は無いが。彼はとにかく男には理解あって……新しい事にはひどく鈍感でな。その一本気が取り柄だがね。永倉君も旧幕思想で、伊東先生が偉い、わたし、芹沢鴨が偉いと、慕いながらも、彼は志しは変わらず一本だ。」
嘉志太郎が不敵に笑う。
「変わっておらぬようだ。俺を不思議がってはいたが、たいそうな度胸があり、酒乱の俺に酒を飲ませて、暴れまくるのを面白がるのでな。」
芹沢鴨は頭痛を堪えた。
「わたしといいあなたといい、彼は酒乱を好むから……平山君。嘉志太郎さんの意見を。」
「元が女だったとは知らなかったんで、顔面偏差値にドン引いてましたァ。腕は立つけど、まだまだ。まぁ、隊士なら強いほう、務まるでしょー。なんせ、剣術うろ覚えなくらいでよく戦いますよね。ブランクを抜けたら、今より強いかも?」
「なるほど。ならば異論は無い。土方君次第だ。そちらの不安げな方よ、なんとなくわたしも心配なので、話を聞きましょうかな。」
武田観柳斎は観念した。
「拙者は元新撰組軍師、武田観柳斎と申しまする。かつて、尊王に生き、近藤勇を説得して除隊し……晴れて尊王活動をしておりましたら、新撰組の刺客達に暗殺されかけて……命からがら、逃げ延びた男です。」
芹沢鴨は眉をひそめた。
「それは難儀な体験をなさったものだな。何故ここにいらしたのか?正直、新撰組など、懲り懲りではないのかね?」
「えぇ、懲り懲りですとも!ですが拙者にも、他に得難い仲間が此処におります。瑠璃殿、嘉志太郎殿、安藤殿……部屋の数合わせで良いのです。友の役に、立てるならば。拙者は剣は滅法弱いですが、学問では役に立てます。此度は新撰組の為ではなく、友の為に入隊したい所存にて。」
「……ならば、武田さんのことはわたしが口利きしよう。永倉君などはあなたを敵視している。だが、あなたは恐怖を乗り越え、友情を守らんとしているのだ。わたしには異論はない。しかし、学問と尊王となると、一気に背負った藤堂君がしっちゃかめっちゃかになっていてな。武田さんには、おそらくその役割が来よう。あなたは入隊すればかなり忙しくなるが、大丈夫かね?」
「お任せあれ!尊王を語り学術を説くならば、拙者にとってはほぼ趣味トークなれば!!」
芹沢鴨は、最後に安藤さんに話しかけた。
「最後に、お待たせ致した、異人の殿方よ。お国はどちらかな?」
「アメリカです。」
芹沢鴨は流暢な英語で対応した。
「How do you say your name?
(貴方のお名前をなんと言う?)
We, the Serizawa Zaibatsu, enjoyed the favor of the United States as if we were friends in trade with the United States.
(私達、芹沢財閥は、合衆国との貿易で、あたかも仲間の如く、贔屓にあやかった。)
Thanks to you, we have now become the largest trading company in Musashi Province.
(おかげさまで、今、武蔵国一の貿易会社となってね。)
We owe a debt of gratitude to the Americans. We have no intention of being rude to you.
(私達は、アメリカ人に恩義ある立場だ。貴方に対して、失礼を働きたくは無い。)」
安藤さんは丁寧に頭を下げて答えた。
「We Americans are also indebted to France for the help we gained in gaining our independence.
(私達アメリカ人も、かつてフランスの協力で独立した恩義があります。)
We don't treat Japanese people like strangers.
In particular, the Ezo Republic is the same as the United States.
(和人を他人のようには思いません。
特に、この蝦夷共和国は、合衆国と同じだ。)
By the way, I can speak a little Japanese.
(因みに、私は少し日本語を話せます。)
Thank you for speaking English to me so kindly. From now on, I will be speaking in Japanese.
(手厚く英語を話してくれて、ありがとうございました。ここから先は、日本語でご挨拶致します。)
Meはアンドー。アンドー・アントン・マスジローと申す。カンジ……こう、です。」
安藤さんはトランクから、武田の達筆な書道を出した。
「これはまた達筆な。安藤アントン益次郎さん。良い響きです。安藤さんの、祖国の名は如何されましたか?」
安藤さんは決意の眼差しだ。
「和名だけで、生きてく覚悟にて。アンドー、ラスト サムライに関わるのが、夢でした。ボシン戦争、辛かった……みんな、ブシドー守るため、戦い、散った。見てるしか、出来なかった。アンドーは、アメリカ商船の、セーラーだったけど、こたび、身ぐるみ売って、ロギンを作って、船降りた。アンドー、夢叶える為、エゾチ来ました。祖国のヤケ酒、もはやいらぬ。旧幕臣達の最後のステージ、ここにある。アンドー、海兵志願のはずだったけど、ルリやカシク、タケダは、アンドーの永遠の仲間。もしミジュクな我が身でも叶うならば、新撰組に入隊し、本物のサムライ、なりたく存ずる。」
芹沢鴨は、安藤さんの夢を笑わず、感心した。
「ここにもまた一人。ブリュネ元帥の如き、国を超えた侍がおられましたか。この芹沢鴨、安藤さんの夢を笑うような無粋はせぬから、ご安心めされよ。わたしは尊王思想なれど、戊辰戦争を笑わぬ。旧幕臣は……榎本武揚や土方歳三は、最後の武士道に命を燃やしました。ナポレオン三世の助力なくば、この蝦夷共和国は生き残れなかったでしょう。確かに、彼らは古い時代のラスト サムライです。志し新たに、伊東甲子太郎を解しても。朝廷に許され、直属となっても。新撰組は、戦って戦って、武士道に散るでしょう。それは彼等には報いある誉れです。それでも、ゆかれるのか。」
「アンドー、天然理心流、一月、サトウ ヒコゴローに習いました。まだまだ、ミジュク者ですが。アンドーは、武士道追いかけて、死するも覚悟の上。ルリと出会った……そこから、アンドーも走り出しました。アンドーも斬り合いで散る、ツバキです。」
安藤さんの覚悟には、瑠璃とて驚いた。
「安藤さんは、わたしが死なせませんよ?安藤さんは守るべき友です。」
芹沢鴨が微笑んだ。
「平山君。」
「はいはーい!確かに、安藤さんは半人前でーす!平隊士にも負けるかも?でも海兵あがりは大砲の扱いの手練だし、撃鉄の扱いは異人の方が上手いしねー。あと、英語!」
「うむ。安藤さんには、まだこの先の稽古があるし、英語は武器になる。蝦夷共和国はフランス移民もいて、武蔵国からはイギリス商船が。とかく、外国語の先生は不足気味だ。わたしからも口利きしよう。」
瑠璃、嘉志太郎、武田、安藤さんは、床に膝まづいて深々と礼をした。
「芹沢局長!よろしくお願い致しまする!」
芹沢鴨は、平間重助に指示した。
「平間君、筆記は終わったかね?」
「はい!一言漏らさずに書きました!英語は日本語に訳しておきましたので。」
「うむ。さすがは平間君、仕事が細かいな。わたしはこの筆記を持って今から新撰組のオテルへ。土方君のやり方になるぞ。平山君は、知らせを待って待機なさい!瑠璃さん達におもてなしを。平間君は着いてきなさい!」
「承知しました!平山はお裾分けのおはぎ出してあげて。」
「はぁい。行ってらっしゃい、芹沢さぁ~ん!」
土方歳三は、司令室でロシア国境巡邏役達の報告を受けていた。
「副長!これ以上は、堂々と見張るのは不味いです!」
「今までだって、アイヌと交易に来るロシアの民間人が、我々新撰組が帯刀しているのに怯えてましたが……今日は特に危なかったです。」
土方歳三は眉を顰めた。
「ロシア側から何か?」
隊士達は頷いた。
「民間人と警備兵が来ました。一触即発でしたが、交易に来ていたアイヌの若者が、ロシア語を翻訳して、我々に話してくれました。民間人が我々を怖がってロシア兵を呼んだそうで、ロシア兵側は、敵対意志は無いが、樺太まで来たらさすがに庇えない、と。ロシアの帝は過激なところがあるから、刺激しないでほしいとだけ。我々は、彼は真っ当な意見だと考えます。」
土方歳三は腕を組み、考えた。
「ロシア国境巡邏役は改める。刀は帯刀しちゃ不味そうだ。樺太も入るな。アイヌに服を借りて、アイヌのふりをして、遠巻きに見張れ。そのアイヌは、良い奴なんだろう?」
「賢明です。今からアイヌに交渉して来ます。アイヌからしたら、衣服も大事な神の品だから、買い取り金をいただけますか?」
「斎藤が会計だ。寄って金を受け取りな。」
「承知!」
一人になってから、土方歳三は不思議がった。
「天皇陛下の勅命は、ロシアとの戦いのはずだが……ロシア側は戦を望んではいねぇな。そも、武蔵国がロシアを敵視すること自体、今までは無かったはずだが……」
オテルの小さい鐘が鳴る。
藤堂平助による、尊王思想と英語、海外の授業の時間を知らせるものだ。
「また悩みが増えるな……。」
土方歳三は立ち上がり、筆と硯を持参して、学び舎に向かった。
授業の後だ。
新撰組屯所のフランス式オテルでは、藤堂平助が相馬主計を連れ立って、中庭で雪の中からフキノトウ探しをしていた。
「ふふっ。主計~春が来たぜ、蝦夷共和国にも~!うふふ!」
フキノトウを愛でる藤堂平助に、相馬主計は心配げだ。
藤堂平助は、教えながら英語を噛んだし。
教えが伝わらないと、血気盛んに怒鳴ってしまうし。
学問は得意だし、どんなに頭は良くても。
伊東甲子太郎程の、教え上手な先生では無いのだ。
「藤堂さぁ。尊王の先生やるのは、限界なんじゃ……だって鈴木三樹三郎殿の手紙読みながらでも、うまくいってなくない?」
癒しを求める藤堂平助は現実逃避中だ。
「ふふふ!あっちもフキノトウ、こっちもフキノトウ!あ!見ろよ主計、ウサギさんだぜ!」
そこへ、永倉新八が見参す。
「うーさぎ!つーかまーえたー!!」
永倉新八の捕まえたウサギに、藤堂平助は駆けつけた。
「永倉兄、すげぇや!ウサギさん触らせて!!」
「ういよなあ、ういよなあ、うさぎはよぉ!」
相馬主計は、そっと尋ねた。
「永倉さんは、剣術指南に参られましたか?」
「おっと忘れてた。お~い!おめぇら!おきねさんの差し入れでぃ!!フキノトウの煮物を食いねぇ!!」
「わぁーい!フキノトウは俺のだー!」
斎藤一は島田魁を連れて、相馬主計に歩み寄り、深いため息。
「ねー、相馬ちゃん。例のフランス料理店、高い理由わかったわ。ぶっ通しで徹夜続きして、フランス語の勉強したらさぁ。島田のサポートも加えて、よーやく判明した訳よ。」
「え!斎藤さん、フランス語を覚えなさったんですか?すごいや!……まぁ、新撰組が多額の借金したせいですよね。」
斎藤一は島田魁に促した。
「相馬ちゃんは良い子だねぇ~。島田、相馬ちゃんにあげなよ。」
「相馬組長!俺の幼い友達、レティシアちゃんのお家からお裾分けいただいたパテです。食べてください!斎藤さんが話したら、レシピもたくさんくれましたよ。」
相馬主計、瞬きしながら、パテを見た。
「え?かまぼこは、超高級料理では……?」
斎藤一が告げた。
「今までの新撰組が入ったフランス料理店は、フランス人も記念日しか行かないような、高級料理店だった訳よ。フランス語さえわかればなんてこたあねぇの。家庭料理店でもパテは食えるし、ベトナム人の屋台のバインミーにも入ってんの。旨いよ?」
相馬主計は大喜びだ。
「すごいや斎藤さん!土方さんの金遣いも歯止めが効くし、新撰組ももう借金しなくて済む!しかも、安くパテが食べられるだなんて!!」
斎藤一は多少調子に乗った。
「まぁね~。ちなみに島田のツテでレシピもレティシアちゃんのお宅から色々もらって、俺が訳しておいたから、ラタトゥイユやらパテは、新撰組でも夕餉に加わっからね。」
島田魁が誇らしげに告げた。
「斎藤さんのおかげで、俺も先程ラタトゥイユを試しに作りましたよ!赤い野菜には驚きましたが、アレが美味しいんですよね。ええと、ポム ダムールだとか、トマトって野菜です。ラタトゥイユはフィットチーネという、うどんに似た太いパスタにかけたりして、いただきます。試食に来ますか、相馬組長?」
「行きたい!島田さんすごいや!!」
永倉新八と藤堂平助は途中から聞いていたのか、ニヨニヨして近づいて来た。
「俺も行くーッ!!」
「なんでぇ、なんでぇ!島田魁よ!島田伍長は俺との方が長かろう?ラタトゥイユたぁ、この俺にも食わせねぇ!!」
島田魁は皆を落ち着けた。
「皆さん落ち着いて!ラタトゥイユは逃げませんよ。台所にたくさんありますからね。皆さん、藤堂君の学び舎の後ですから、お腹すいてらしたんですね?」
藤堂は頭を抑えた。涙ぐむ。
「俺が一番腹減ったよぉー。伊東先生の代役には、俺の頭がついてけないよ。フキノトウも食べちゃったし。ウサギさん、俺を癒して……。」
今まで真面目面で自習していた原田左之助が眉をしかめて、部屋を出て藤堂を追いかけてきた。
「待ちな!つまりアレだ。尊王たぁ、こーゆうこったろ?」
原田の書道には、
[朝廷に日の本をお返しすべし
明治天皇陛下の元、斬りあって果てるべし]
と、あった。
永倉新八は感心。
「すげぇや、さすがの左之だ!!覚えがはええやな!!」
藤堂平助は困惑した。
「そうだけど何か違うー!!物騒過ぎるよ原田兄!!伊東先生は、剣を収めて対話する時代だって……死ぬのが前提じゃないし!!あー、服部武雄さんがいたらなぁ。」
島田魁は、台所で盗人を発見した。
「何奴!!そこなラタトゥイユは、我ら新撰組のラタトゥイユぞ!!」
振り向いたのは風呂敷で頭を包んだ一人の鼠。
顔が隠し切れていない、土方歳三だった。
口周りを真っ赤にして、たくさんあったラタトゥイユがなくなっているでは無いか。
「土方さん!?一体、何が起きてるんですか!?」
土方歳三は真顔だ。
「何故、俺の正体を?」
「いや、バレバレです。顔が見えてます。」
「そうか。うめぇな……こいつを作ったのは、島田か?全部食っちまった。悪ぃことをしたな。」
土方は腹が何倍にも膨れている。水分過多だろう。
「まぁ、土方さんなら仕方ないですが。以後はこの島田魁に一言ください、別個に作りますよ。今後も夕餉に出ますから、隊士達の分は食べちゃいけませんよ?」
斎藤一が駆けつけた。
「嘘ッ!!なんでそんなに食ったの、アンタ!?」
土方歳三はぶっきらぼうに告げた。
「学術がわからねぇ。いいや。ずっと、違和感があってな……考える程、頭が朦朧として腹が減りやがる。商売はして来たから金の勘定はわかっちゃいるがな。新しい日の本は、海向こうの国々やら、英語やら……しかも、ロシアを敵視しているのはヨーロッパ勢だ。何か引っかかってな。頭を使ったら、無性に腹が減りやがる……。」
それに。
伊東甲子太郎の言う尊王と、天皇陛下の勅命のズレが、違和感として引っかかった。
伊東甲子太郎は、あくまで世界を敵視していない。
なんだ?この堂々巡りは。
「はぁ?ねぇ、馬鹿なの!?」
そこに、芹沢鴨と平間重助がオテルに入って来た。
「土方君はいるかね!?」
土方歳三は急いで駆けつけて、芹沢に告げた。
「頼むから局長らしくしてくれ、芹沢さん。きちんと司令室で座って、永倉なり使って俺を呼んでくれねぇと、隊士達に局長の威厳の示しがつかん。」
芹沢は土方歳三のタプタプ膨らんだ腹を見て、切り返した。
「土方君こそ、学びは誉れだが、疲労からの過食は気をつけなさい。鬼の副長の威厳を損ないかねんのでな。」
「局中法度に過食は切腹とはありゃしねぇです。仮に、そんなご法度を俺が決めてりゃ、島田魁が真っ先に腹切り沙汰だ。……貧しい生まれの隊士達もいる。命懸けで戦う隊士達が、うめぇ飯を食うのに、制限は出したかねぇ。」
芹沢鴨は逆に一本取られてしまい、額を抑えた。
「それはそうだ。皆が恵まれた武家の生まれでは無いし、土方君とて長年の下働きあって今があるのだ。グルメぐらいは許容せねばならんな。己を恥じようとも。ただし……」
土方歳三は司令室まで芹沢と歩きながら尋ねた。
「ただし、とは?」
芹沢鴨は鉄扇を広げ、平間に呼びかけた。
「その腹は早くスッキリしてもらわねばなるまいぞ。新撰組にも、新時代の夜明けが来よう。平間君!」
平間重助は自分の筆記を読み上げた。
「入隊志願者が四名、局長、芹沢さんの許可は取れています!あとは副長、土方君の判断のみ、という段階です!」
「……入隊志願だと?」
「沖田瑠璃!伊東嘉志太郎!」
土方歳三、さらに永倉新八が驚いた。
「瑠璃さんか!……伊東甲子太郎?」
「まさか、嘉志久かッ!?伊東殿と同じ名なんだよ!ついにアイツ、あの銘刀を携えて現れたのかッ!!」
芹沢鴨は苦笑いだ。
「永倉君、君が相変わらず酒乱の狼藉者を面白がると聞いたが、少々悪癖ではないかね?飲む側には心強いことだが。」
「芹沢殿もたいそう面白かったが、嘉志久も女にしとくのが惜しいくれぇの剣幕で、熱い啖呵をきりやがる!」
土方歳三は、沖田総司との今までが脳裏に甦った。
試衛館時代や、壬生浪士組。
優しかった総司が、愛する友を斬り続け、優しさ故の異変が総司を襲ったこと。
総司が、愛する人とともに、剣となって。
総司は、瑠璃を地獄の道連れに、選んだ。
土方歳三には、近藤勇や伊東甲子太郎のような、倫理や情けが、無かったのやもしれない。
土方歳三は、愛を知らない。
だから、愛多き近藤を慕い、一途な愛の総司にも感心した。
剣に対するその妄念もまた。
総司と瑠璃を、好きにさせてやるべきだと考えた。
土方歳三は、馬車馬のように働きながら、剣への妄執で、天然理心流にたどり着けた。
土方は、総司と、剣への執念が通じ合っていた。
山崎烝が、瑠璃を巻き込んではならぬと案じるから、近藤勇まで話が回った。
総司とは、佐藤彦五郎の家が最後だ。
寂しそうに、頼りなくなった総司は。
まるで、剣や新撰組を失った場合の、歳三そのものだった。
だが、瑠璃はついにやって来た。
総司の想いは、叶ったのか?
「沖田……瑠璃、か……。総司の代わりに、俺が手合わせせにゃならん。」
芹沢鴨が土方歳三に言い聞かせた。
「よしたまえよ。彼女は平山君が敗北しているぐらいだ。実力を見るなら永倉君や斎藤君でなければ、命が危ういぞ。」
土方歳三は頑なに譲らなかった。
「これは、総司の遺した総司の務めだ。俺が代理で確かめさせてもらうぜ。」
聞いていた相馬と藤堂は、平間重助に尋ねた。
「あと二人は?」
「元軍師、武田観柳斎。アメリカ人の海兵、安藤アントン益次郎。この二人は芹沢さんからお話があります。」
永倉新八と土方歳三は嫌な顔をした。
「武田観柳斎だと?」
「あんのへつらい野郎め、卑怯者がよぅ!!まぁたお偉い局長に媚びへつらって味方につけたのかよッ!!芹沢殿、あいつぁ信用しちゃあなんねぇ、かの近藤勇を天狗に陥れたのも、総司に友を斬らせた要因も、武田観柳斎の仕業よ!!」
芹沢鴨は、特に土方歳三と永倉に、語った。
「武田観柳斎さんは、既に己の悪癖に打ち勝たれたのだろう。瑠璃さんに罪の意識を抱えながらも、沖田君の死地までの旅路に同行している。恐怖はしてらしたが、おそらくわかってはいよう。自身が、永倉君に斬られても、文句を言えぬ立場であると……わかるから、怖いのだ。瑠璃さんや沖田君に寄り添い、自身の業を解さぬような、阿呆な人間には、わたしには見えなかったのでな。賢い方だ。尊王に考え深く、学術にさとい。藤堂君の心強い味方になるのではないかね?」
永倉新八が不機嫌にドヤした。
「なんでぇ、なんでぇ!!芹沢殿までほだされちまったってのかい!?」
「いい加減にしねぇ、新八よォッ!!」
原田左之助が永倉新八をぶん殴った。ぶっ飛んだ永倉は、起き上がって怒鳴った。
「あにしやがる、左之ォ!!」
「馬鹿がむしんに、鉄拳見舞ってやったのよ!!俺たちゃ、除隊した武田を闇討ちに参ったからよォ!!武田がその恐怖を抱えて、瑠璃やら嘉志久についてきたってんなら、その心意気たるや何よ!?」
※がむしん……がむしゃら新八の意。
永倉新八は原田左之助に殴り返した。
「知る訳ねぇやなッ!!」
ぶっ飛ばされた原田は、怒って槍を構えた。
「こんの馬鹿もんがッ!!わからぬならば刺し違えてでも、殺すしかねぇやなッ!!」
永倉新八、構えた。
「やめたまえ!!君たちは、血気盛ん過ぎやしないかね!?」
「芹沢殿、止めねぇでくんなッ!!俺と左之たぁ、昔っから、殺り合わにゃわからん間柄よ!!」
「やめてくださいよ!!」
島田魁が慌てて永倉新八を投げ飛ばした。
巨魁永倉を軽々とすっ飛ばす、新撰組随一の剛力は相変わらずである。
「落ち着いてください、永倉組長!!原田さんが怒っているのは、友情や絆へ理解を寄せずに、永倉組長が批判してるからでしょう!?原田さんも永倉組長だって、自分がそれをされたら許さないはずだ!それを、友である永倉組長が続けたから、原田さん怒ってんですよ!原田さんも!!槍を出さずに、対話してください!!」
原田左之助は頭をかいて、槍を引っ込めた。
永倉新八は身を起こしながら、耳を疑う。
「友情と絆だァ……?嘉志久に、武田が……?総司の縁の瑠璃って女に、友情……?」
左之助がしゃがんで、永倉新八に告げた。
「おめぇの目はやっぱ節穴かい。総司は女だぜ?女同士で愛し合ったんならば、男同士でしか愛せない武田は、まず共鳴すんだろがよ。武田にも、瑠璃って女は他人じゃあねぇのさ。」
永倉新八はびっくりして、更に疑って左之助の胸ぐらを掴みあげた。
「まさか!総司が女……!?いんや、だとしたら!てんめぇ、総司に何をした、触りやがったのか、こんのスケベ野郎め!!」
「馬鹿がむしんが!総司のヤツァ、どこでも着替えてんじゃあねぇかよ!途中までは風呂まで来てたしよ!俺が総司を隠せと近藤勇に直談判に行くまで、総司のやつ風呂場ですっぽんぽんよ!それでも男と疑わねぇ隊士共が鈍感過ぎらぁ!」
「だって!総司に、胸なんか無かったじゃねえか!!」
「がむしんよぉ。今総司がいたらブチ切れんぜ?俺んとこのまさだって、子を生むまでは胸なんかあってねぇようなもんだったしよ。」
島田魁も驚きはしていたが、頷いた。
「おなご……沖田組長がねぇ……。あ、俺の妻も、背丈がとても小さくて、胸だって成長してませんけど。永倉組長は、遊郭でしか女を知らないといいますか……まぁ、つまり、瑠璃さんは武田さんの仲間なんですね?」
永倉新八は気まずそうに背中を掻きむしりながら、土方歳三に尋ねた。
「だ、そうだが?どうする、土方歳三よ?アンタ次第だ。」
土方歳三は、サッパリしたものだった。
「同意の無い性交渉、つきまとい行為、隊士絡みの恋慕は、今まで通り厳罰だが、切腹沙汰にはならん。元々修道はご法度じゃあねぇ。だいたい、近藤さんの代わりに償わねばならんしな。尊王の教えや学術なら、爆死した藤堂の助けにゃなるだろうよ。」
藤堂平助はニッコリ。ウサギさんも、こころなしかニッコリ。
「尊王派が全員御陵衛士になんなくて良かった~。幸い、生き延びた武田さんがいた……。」
相馬主計が尋ねた。
「アメリカ人の……安藤アントン益次郎さん、というのは?何故、隊士志願なんですか?榎本総帥の大好きな海軍の方が、力入ってますし、雇用に有利な水兵さんですよね?」
芹沢鴨が口添えした。
「アントンさんは旧幕臣に理解を寄せており、わたしは貿易商だったからわかるが、合衆国は蝦夷共和国と似た経緯で独立したから、アメリカ人のアントンさんには他人事では無いのだよ。最後の侍である新撰組に関わることは、彼の叶わなかった夢でもあって、未熟な身ながら入隊を許されるのであれば、斬りあって果てる覚悟だという。……侍の死に様を、椿に例えてらしたな。」
土方歳三が気づいた。
「芹沢さん。安藤さんも、沖田瑠璃の旅の仲間か?」
「そのようだ。なぜ、わかるのだね?」
「椿は……総司の特別な花なもんでね。病で死ぬのは歯痒いが、斬り合いで椿のように散るのは剣客の美徳だとな。近藤さんは、切腹の誉れに夢見たが……総司は、また違ったのさ。」
永倉新八が悲しげな顔をした。
「総司が、そんなこと言ったのかい?勝って生きるなぁいいがよ。斬られて死ぬなんざ、俺だって御免こうむる。だから、三樹三郎につけ狙われて、俺ァ蝦夷地に逃がしてもらったんだからよ。」
土方歳三は返した。
「俺ァ、椿に乗ったぜ。斬る以上は、斬られて果てるのは、相応しいだろうよ。芹沢さん。俺から言える入隊試験は、ただひとつだ。」
芹沢鴨が眉をしかめた。
「手合わせかね?武田さんやアントンさんは、剣は不得手だが……」
土方歳三はにっと笑った。
「あぁ。壬生狼チャンバラ次第さ。なに。無茶ぶりはしねぇさ。こちらも不得手な隊士を出しゃあ、対等だろう?」
芹沢鴨はため息だ。
「わたしは構わないがね。毎度これを繰り返しておれば、榎本さんは泡を吹いて倒れかねんぞ、土方君よ。」
「今のが生ぬるいさ。昔は、入隊数日以内に寝込みを複数人で襲う慣例だった。」
「つくづく、野蛮だと言わざるを得ないが……此度は天才が一人いる。それでも、真剣でやるかね?」
「だからこそやる。命などいくつあっても足りねぇのが、新撰組だ。俺がいる。此処が、俺が、新撰組だからだ。」
平間重助が知らせに走り、瑠璃、嘉志太郎、武田、安藤さんは馬車に乗り、平間と平山は馬で先導した。
芹沢鴨が沖田瑠璃達を連れて中庭に行くと、土方歳三は集まった隊士達に怒鳴った。
「全員整列!!」
隊士達は動揺しながらも、整列する。
「女だ……」
「馬鹿野郎。あの踏み込みがわからねぇのか?」
「え……?」
「俺なら逃げらァ。あの女はただ者じゃねえ。」
「てめぇら!!無駄口を叩けば斬る!!」
「「はっ!!」」
土方歳三は芹沢鴨に確認した。
「芹沢さん。仕切るならアンタだ。」
「いいや。土方君に任せよう。」
「……隊士志願者は名乗りな!!」
瑠璃が一歩踏み出す。
土方歳三にはわかる。
椿の羽織りは、トレードマークだ。
「沖田瑠璃!沖田総司と近藤勇五郎より天然理心流を学び、その死出の旅路を終えて、己が剣を見定めて参りました!」
土方歳三が若干微笑んだ。
「よくぞ、来てくれたな、瑠璃さん……いいや!その剣は総司の代わりに俺が見届けるぜ。次!!」
嘉志太郎が踏み出した。
「随分と歌舞いた色男だ」
「あの羽織りは、錦じゃねえか?それに、あんなに美しい面は……?」
永倉新八が思わず歓声を上げた。
「いよッ!!嘉志久ッ!!日本一ィッ!!!」
嘉志太郎は念願の永倉新八に一喝。
「黙れ永倉殿よ!ろくな名乗りが出来ぬ、下がっておれッ!!」
隊士達は意外な激しさにざわついた。
「燃えるような気性だ」
「最強の永倉殿に一喝とは……」
永倉新八は大喜びだ。
「カッカッカッ!!激しさ怒涛の如くってな!」
「伊東嘉志太郎と申す!御陵衛士の伊東殿とは無関係ながら同じ名にて。北辰一刀流を学びながらも、空白の期間があり、腕前は衰えた次第!旧幕思想で英雄永倉新八を追って参った、此処に入隊を志願す!」
土方歳三は、永倉新八に聞いた正体は伏せたまま、見定めた。
「衰えたと言いながらも、一部も隙がねぇぜ、嘉志太郎さんよ。藤堂平助!!」
「はいっ!!」
「嘉志太郎さんの手合わせは、藤堂に一任するぜ。」
嘉志太郎は藤堂平助と聞いて驚く。
「北辰一刀流の申し子、先駆け先生、藤堂平助殿か?俺では彼のような猛者の相手にならんぞ?」
「案ずるな。アンタは藤堂に値する剣客さ。次!!」
渋々、あゆみ出て、笠をはずしたのは、武田観柳斎だ。
「武田先生だ!!」
「生きてらしたのか……!!」
武田観柳斎は朗々と声を張る。
「元軍師、武田観柳斎、舞い戻って参った!新撰組が尊王に変わったとは信じ難いし、殺されかけた恨みも恐れも消えはせぬ。だが、我が命にも代え難き友を助けるべく、拙者は此処に参った所存!」
永倉新八は睨んでいたが、心配げに武田を支えに来た瑠璃や安藤さんに微笑み、安心させる武田を見て、納得せざるを得なかった。
「なんでぇ。一皮剥けたなら、もっと早けりゃあよ。」
左之助がカラカラと笑った。
「ようやっとわかったか、がむしん!絆を悪く言いやがったら、また殺すぜ、俺ァ!ソイツは、俺とてめぇを否定するようなもんだからよ!」
「左之ォ!はじめっからそう言えやい!!」
土方歳三は武田を睨み、冷やかした。
「絆の為か。俺におべっかをせんでいいのかい?武田さんよ。アンタ剣はまるきりダメだろう。」
「拙者がおべっかを使って応じる男ではなかろう、土方君よ。隼人殿にお会い申した。貴殿のような一徹の志しに、拙者のおだて芸など何が通じようものか。」
「ふ……久しく兄貴の名を聞くたぁな。田村銀之助!!」
整列そっちのけで土方の軍服を繕っていた美少年が、呼ばれて瞬きした。
「はい……?土方さん、まだ軍服は直っておりません。」
武田観柳斎、その愛らしさに瞬きす。
「え?何ですかな?拙者の知らない美少年いる……。」
「田村銀之助は後々入隊してな。幼さ故、俺や榎本さんの身の回りの世話を一任してきた。銀之助。剣を取り、この人と手合わせしな。」
田村銀之助はたじろいだ。
「銀之助は、剣は扱えませぬよ?」
「安心しな。武田観柳斎は、からきし剣が不得手だ。おめぇじゃなきゃ、対等じゃねぇのさ。」
「こ……心得ました!」
土方歳三はチラ、と安藤さんを見た。
「さて、そちらさんだが……。」
「アンドー、名乗っても?」
オテルの玄関の鐘が鳴る。
正式な客人しか、オテルの鐘は鳴らさない。
現れたのは、なんと陸軍を統括するジュール・ブリュネ元帥である。数名の部下を連れ、まずは大使、芹沢鴨に深々と一礼した。
「武蔵国大使殿。安藤さんの件、武蔵国にはなるべく穏便に言い換えますよう、お取り計らいお願い申し上げる。」
「計らいましょう。ところで、何故箱館戦争の大英雄、ブリュネ元帥がこちらへ?」
「ふふ。箱館戦争で自力の戦果を出したのは、土方少将ですよ。」
ブリュネは土方歳三と合図し、廊下に正座した。
「どうやら、わたしは間に合ったらしい。」
「あぁ、来てくれてありがてえ。安藤さん。名乗ってくれ。」
安藤さんはブリュネ元帥の登場に驚いたが、改めて一歩前に出た。
「アンドーは、元アメリカ商船警備水兵、アンドー・アントン・マスジローにゴザル。カンジは、こう……安藤アントン益次郎……と、かきます。アンドーは、戊辰戦争のおりから、旧幕臣に関わる夢、ありました。叶わぬ夢だった、ラスト サムライへの関与は、いつしか、ルリと出会い、決意し……アンドーは武士道に、歩みだしました。斬られて果てても、悔いは無し。そして……アンドーのアメリカも、フランス王の支援で独立しました。蝦夷共和国は、仲間です。」
隊士達は、改めて考えさせられた。
「安藤さんは、旧幕だが、俺達は伊東先生の学び舎が無かったら、彼を夷狄として敵視していたのか……。」
「そういうこったな。ブリュネさん。ご意見伺いたい。」
土方歳三に、ブリュネ元帥は正座したまま、頷いた。
「我らの独立は、ナポレオン三世の心変わりによるし、わたしは手紙を書いただけで、フランスで何があったかはわからない。わたしは、英雄などではありませんが……安藤さんの志しは紛れもなく、わたしと通ずるもの。かつての侍の在り方を、抗ってでも、失わぬ信念。……わたしが安藤さんと手合わせ致しましょう。」
「感謝するぜ。ブリュネさんよ。永倉ァ!!初手は武田観柳斎!!」
永倉新八は勢いよくかけ声を上げた。
「元軍師、武田観柳斎!対するは、田村銀之助!!構えッ!!」
武田と田村は抜刀して構えた。
「いざ!いざ、いざ、真剣にィッ!!」
隊士達は、正直舐めていた。
「勝負ッ!!!」
「あいやしばらくッ!!!」
武田が全力疾走。オテルの中に走り出した。
隊士達は唖然。
「……え?」
相馬主計が怒鳴った。
「土方さん!!敵前逃亡は斬らねば!!」
土方歳三は、ニィ、と笑った。
「あぁ……斬れればな。銀之助、追い込め!!」
「は、はいぃッ!!」
銀之助が追うと、隊士達も気になって追いかけた。
「……あっ!?」
なんと、武田観柳斎はオテルの礼拝堂のイエス様の聖櫃を防壁に、鉄砲を構えているでは無いか。
ついてきたブリュネ元帥が感心した。
「卓上の学問かと思っていたが、甲州流兵法とはなかなかの策士。」
「鉄砲を持っています!鉄砲をください!」
隊士が銀之助に貸してやると、正式に習いこそしなかったが、銀之助は鉄砲弾を撃つ。
すかさず武田観柳斎は聖櫃に身を隠す。
「イエス様の聖櫃。頭が回る男だ。信仰も手玉にとるか。」
銀之助は弾込めして進むが。
「長椅子が邪魔過ぎるッ!!長椅子が無いのは、脇道二本と正面の聖櫃までの一本道だけ……これじゃあ、俺はまるで的だ!!」
武田観柳斎はすかさず一発放ち、銀之助の耳を弾丸がかする。
「ひっ!」
「左様!甲州流兵法とはまず卓上で築城を学び、建築を覚えて軍略に生かすものなり!!これ即ち、武田信玄による戦であり、後の武田の旧臣、小幡景憲が定めた兵法である!剣には遥かに及ばぬ拙者でも、この軍略ならば三人は打ち倒そうぞ!さぁ、次なる弾は威嚇にあらず!!」
田村銀之助は半泣きで降参姿勢を上げた。
「土方さ~ん!俺まだ死にたくない!たくさん身の回りのお世話をして、たくさん稼いで裕福な大人になりたいです!!」
隊士達はびっくりして、武田観柳斎を見直した。
「まるで、城攻めの軍略だ」
「フランス伝習隊もいいが、甲州流兵法もすごいぞ!」
「「武田!武田!武田!」」
止まぬ武田コールの中で武田観柳斎は立ち上がり、鉄砲の煙をフッと吹いた。
「ところで田村銀之助君。拙者が奢りますゆえ、美味しい飯処は如何かな?」
「えぇ~?ご馳走ですかぁ~。兄上が許してくれるかな……俺、たっかいフランスそば粉のガレット屋さん、腹いっぱい食いたいです!!」
微笑む武田。
「健全かな、健全かな。」
永倉新八が叫んだ。
「勝負あった!勝者、武田観柳斎ッ!!」
安藤さんも拍手喝采だ。
「タケダ!アタマが良い!!」
「先手必勝で走り出して、追いつかれて斬られていたら、敗北でしたがな。」
嘉志太郎が口酸っぱく言った。
「彦五郎殿の道場でも言ったが、俺に仕込めというに。」
土方歳三が隊士達に号令す。
「中庭に戻って整列!」
皆で中庭に戻り、土方歳三は告げた。
「次!安藤アントン益次郎!ブリュネ元帥、お願い致す!」
「かしこまりマスル。」
「承って候。」
永倉新八が号令を上げた。
「安藤アントン益次郎に対するは、ジュール・ブリュネ元帥ッ!!さぁ、構えッ!!」
安藤さんとブリュネ元帥は一定の距離を置き、安藤さんがいきなり坐禅。ブリュネ元帥はピンと来た。天然理心流ながら、あたかも安藤さんは、北辰一刀流の座業だ。
ブリュネ元帥は、自らも坐業した。
永倉新八はこれに躊躇う。
「か……構え?」
「アンドー、未熟ゆえ。まず、精神統一せねば、平晴眼にも、到らない。」
「わたしも気づきました。安藤さんと、同じ理由にて。いつでも開始されよ、永倉殿。」
永倉新八は天性の才能と異常な本能の剣であり、座業の二人に戸惑いながらも、土方歳三に目配せした。
「心配いらねぇ。はじめな。」
「……いざッ!!いざ、いざいざ、尋常にィッ!!勝負ッ!!」
静まり返った。
斎藤一が声を潜めて尋ねた。
「ブリュネ元帥、剣の心得あんの?」
土方歳三が静かに答えた。
「ブリュネ元帥はフランス人伊達らに旧幕臣だぜ。いざ自らが危うい場面では剣もこなす。まぁ、鉄砲の扱い程じゃねえが、充分な侍だ。」
瑠璃は心配げに安藤さんを見ていた。
安藤さんは、一月間の、佐藤彦五郎の指導に、すべての精神を回していた。
平晴眼の構えから天然理心流は始まる。
浮島すらも。
平晴眼すらまだ掴めない。
だが、座業は安藤さんを導いてくれる。
彦五郎さんいわく。
安藤さんの座業は、浮島に繋がるものだ。
安藤さんには、普段は気配などわからない。だが、座業は知らせた。
ブリュネ元帥が片足を上げて鞘から柄に指を立てた。
気配、音、動き。
安藤さんは彦五郎が告げた気がした。
今だ、安藤さん!
安藤さんは素早く片足を上げ、迫るブリュネ元帥の剣戟から身を守る一撃、奏者を繰り出す。
ブリュネ元帥は身を起こし、安藤さんは立ち上がりの隙をついて、かけ声一線。
「いああああああああぁぁぁッ!!!」
立ち上がりながら仕掛けるは、飛龍剣である。
ブリュネ元帥は咄嗟に守りに出たが、間に合わない。
「いかん!」
芹沢がぼやく。
安藤さんの一撃を防いだのは、ブリュネ元帥を蹴飛ばして剣を受け止めた平山五郎である。
「充分っしょ?俺が出たら死んじゃうぜ~?」
永倉新八は慌てて叫んだ。
「勝負あった!勝者、安藤アントン益次郎ッ!!なんでぃ、強えぞ!?平晴眼も出来ねぇのに浮島だとッ!?」
安藤さんはホッとして、膝をついた。
瑠璃が駆け寄る。
「安藤さん!頑張りました!やはり、才があります!」
「アンドー、ヒコゴローの合図、聴こえた。」
ブリュネ元帥は剣を納める。
「見事な浮島であった。座業の浮島から奏者、続く飛龍剣とはな。異人のわたしでは相手にならなかろう。人選ミスだな、土方君よ。」
土方歳三も息を飲んで見ていた。
「そいつは言いがかりだぜ、ブリュネ元帥よ。まさか、アメリカ人が浮島をするたぁ思わなかろうよ。俺だって浮島には到らねぇんだからな。」
安藤さんは告げた。
「ヒコゴローの教え。アンドーの座業。手合わせ、ありがとうございました。」
嘉志太郎が歩み出た。
「皆が本領発揮というところか。俺がここで負けると、どうなる?」
「四対四だ。嘉志太郎さんが負けたら、勝敗は瑠璃さん次第だな。」
嘉志太郎はニヤリと笑った。
「ならば安心致した。俺の相手は藤堂平助殿だ、正直分が悪い。」
藤堂平助は瞬きした。
「俺も、古傷があって、昔程強くはないよ?体力尽きればただの死にかけだし。」
「やってやれぇ、嘉志久!!酒がありゃおめぇはもっと強くなんだからよ!!」
永倉新八に嘉志太郎は苦笑いだ。
「それが、酒の席では無かろうしな。まぁ良い。全力を尽くす。永倉殿は号令を!!」
「伊東嘉志太郎に対するは、藤堂平助!!両者、構え!!」
嘉志太郎と藤堂平助は距離を取って抜刀。
藤堂平助、銀の刀身翻すは、愛刀、上総介兼重。
伊東嘉志太郎、波打つ白刃を抜き放つは、愛刀、四ツ谷正宗。
互いに北辰一刀流の構えで挑む。
嘉志太郎は直ぐ気づいた。
「……貴殿は北辰一刀流のみでは無いな?」
「左様!北辰一刀流は他流派と違い、ものの五年あれば体得出来る利点ありて、俺は天然理心流も学んでおります!」
「いざ!いざいざ、尋常にィッ!!」
嘉志太郎が怒鳴った。
「馬鹿たれがッ!!尋常に対戦してかなうものか!!」
「しょーぶッ!!!やっちまえ、嘉志久ッ!!」
さっそく斬り込む藤堂平助を、受流でかわし、嘉志太郎が永倉に怒鳴った。
「酔いも回らずに激昂出来るかッ!!」
「やァッ!!」
藤堂平助は間を置かずに、下段之霞で斬り払う。慌てて嘉志太郎は跳んでかわし、上段から防御の形崩し技、乗身之一ツ勝を振り下ろした。
藤堂平助は敢えて受けても刀は落とさず。
代わりに、額に切り傷を負ってまでも、特攻す。
「先駆け致すッ!!」
藤堂平助のカウンター、下段之打落にて、嘉志太郎は受けからの下段之突を繰り出す。
足を狙われ、ようやっと藤堂平助は下がって息をついた。
「嘉志太郎兄さん、あなた、余程幼い頃に北辰一刀流を学んだね?今や独自の型になってるよ。斎藤兄に近い、中々読めない太刀筋だ。」
嘉志太郎は息をきらしながら、告げた。
「先駆け先生とは良く言ったものだ。その額の古傷も、今の傷のように攻撃優先で負われた勲章か?」
藤堂平助は恥ずかしそうに、ハチマキで止血しながら返した。
「いや、これは、夏場の池田屋が暑くて、額の鉢鉄をはずしてたら、思い切り斬られて。永倉兄が逃がしてくれてなければ、視界が血で見えなくて、死んでいた……。」
「藤堂平助にも、上には上がいるものか。正直息が切れて仕方ないが、俺とて一撃でも当てる!!」
藤堂平助、素早く踏み込み斬りかかる。
「ならば先手必勝ッ!!」
嘉志太郎はハッと身構えた。
藤堂平助の構えは高上極意五点。
この斬込みは、絶妙剣!
すべてをかわしきれるはずも無い。
ならば、防御など無意味!
防がぬで良い!
形崩しに、全身全霊を込めよ!!
嘉志太郎は血で血を洗う様、もはや痛覚を殺しながら、絶妙剣に立ち向かう。
「イヤアアアアアアッ!!!」
嘉志太郎の全身全霊の形崩し、神雷は、遂に藤堂平助に剣を落とさせた。
「いたっ!!まさか、俺が特攻されるなんて。」
「一撃当てたぞ。二言は……無し……」
しかし、嘉志太郎は満身創痍で、ついに出血から倒れた。
瑠璃が駆けつけた。
「嘉志太郎さんッ!!」
武田と安藤さんが嘉志太郎の全身の切り傷を見た。
「止血して終わる問題ではござらぬ!隼人殿にもらった軟膏を!」
瑠璃が藤堂平助を睨んだ。
「どうして怒涛の連撃を?入隊する前に死人が出るのですか!」
土方歳三がため息。
「担架を出しな!藤堂よ、急ぎ過ぎだ。」
「でも俺だって、体力尽きれば戦えない身だよ?古傷が我慢出来るうちじゃなきゃ、剣どころじゃないよ……いたたたた……!」
藤堂平助は背中を抑えてうずくまり、相馬主計が庇いながらも叱った。
「だからって殺す儀式じゃねえから。藤堂は勝気すぎなんだって!」
永倉新八は慌てて平間重助に頼んだ。
「勝者、藤堂平助!芹沢殿よ、平間を借りるぞ!頼む平間、俺の義父の医師、杉村松柏を連れて参ってくれ!」
原田左之助は永倉を思いやり、隊士達に怒鳴った。
「医療班は伊東の命を繋げな!!」
嘉志太郎は意識が戻ると、担架から降りた。
「止血があれば、俺は良い。瑠璃殿の旅路の果ては、この伊東嘉志太郎が見届けるぞ!」
「嘉志太郎さん」
武田が笑う。
「皆、願いはひとつですな。」
安藤さんが瑠璃の肩を優しく掴む。
「行ってきなさい、ルリ。そして、ルリの願う剣、己で掴みなさい。」
「……承知致しました!!」
瑠璃は土方歳三の前に歩み出た。
「戦いの続行を、お願いします!」
土方歳三は、確認した。
「仲間が、負傷してもか。」
「見届けて貰えるうちに。わたしが、使命を果たすまで。」
「なるほど……クックック。覚悟した目だ。さぞかし、姉貴はおったまげたろうよ。剣客になったな、瑠璃さんよ。永倉ァ!!」
永倉新八は、嘉志久を案じながらも、もはや嘉志久も瑠璃と同様に、女では無く剣客なのだ、と思い知った。
「……構え!!」
瑠璃は平晴眼の構えを取る。
閃く瑠璃色の刀身は、命と変わらぬ愛刀、大和守安定。
「沖田瑠璃、参るッ!!」
土方歳三も、平晴眼の構えを取った。
日を照り返すは、和泉守兼定。
「土方歳三、参る……!!」
「いざ!尋常にィッ!!」
永倉にもわかっていた。
瑠璃が構えた途端に、鳥肌が立った。
「……勝負ッ!!!」
瑠璃の一の踏み込み。
土方は総司を見ていた。
総司の初撃は、小手。
土方は柄で打ち払った。
瑠璃は、続く足音は無し。
本命、二回、三回。
見えない突きが土方を襲った。
総司だ。
瑠璃に総司が重なった。
不敵な笑い、までもが。
「二回だ……二回、俺は死んだな?」
瑠璃の剣は土方の額で寸止めされていた。
「はい。胴と面で死んでいます。でも、わたしの無明剣・三段突きは、仲間を殺める剣ではありませんから……土方さんの元、総司さんの愛した新撰組を守る剣に。わたしは、そんな剣でありたいと、願います。」
「……一対の剣だ。アンタは、剣になり……総司と同じ土俵に立った。」
「……はい。わたしは剣だ。愛も友情も、殺めることでしか語れないかもしれない。だからこそ、貴方を目指した。新撰組を、目指した。わたしが、新しい沖田総司になる……!総司さんの罪は、わたしが償うし……あの人の愛した仲間達を、わたしが守ります。わたしを、わたし達を入隊させてください、土方さん!この剣は使い手次第だから……どうか、わたしを、人を守る剣にしてください!」
土方歳三は、ハッキリ告げた。
「俺はアンタを哀れみはしねぇ。俺は、総司とは似た者同士でな……剣の為ならば、地獄も厭わん。伊東甲子太郎から、鈴木三樹三郎から、慈悲や対話を学んでいても……根本は変わっちゃいねぇ。アンタはすげぇ剣客だ。どこでだってやっていけらぁ。それでも、アンタは総司の愛した新撰組を守る為に……俺に、剣を預けていいのかい?」
「はい。例え、これがわたしの自己満足だとしても。己の在り方くらいは、わたしが決める!」
「ふ。ふてぇ女だ。総司にそっくりだな。」
土方歳三は、やがて笑った。
「新撰組ィ!!四名入隊だ!!」
隊士達はわっと騒ぎはやした。
「天才だ!沖田組長の惚れた娘が、沖田組長並に強えぞ!!」
「アメリカ人の安藤さんの剣と言ったら!まさに新時代だ!」
「芹沢さん、祝いの席を持ちてぇ。」
芹沢鴨は苦笑いだ。
「どうなるかと思ったがね。平山君!榎本さんに使いを出しなさい。大使館で祝おうではないか!!」
「永倉ァ!」
「おうよッ!!」
「瑠璃さん、いや、沖田瑠璃。以後は、稽古をするなら、永倉か斎藤にしな。」
瑠璃と永倉は視線をかわし、自然と剣を構えた。
「死合ってみたい……!」
「ヘヘッ!考えるこたあ、同じだなぁッ!!」
斎藤一が二人の剣馬鹿に拳骨を落とした。
「痛い!」
「斎藤殿!何故邪魔すんでぃ!?」
「巨魁だろーが女の子だろーが叱りますよ、俺ァね。お二人さん、大事な銘刀を置いて、木刀を使いなよ。だってその瑠璃色の剣、大事なもんじゃないの?ぱっつぁんと死合えば、真っ先に折れるよ?ぱっつぁんも。この娘、突きが風を斬る剛力だからね?」
「それは、そうです……!」
「ならば!!」
二人共、木刀に持ち替えて、構えた。
「「参るっ!!」」
祝いの席は、武蔵国大使館の完成祝いと共に行われた。
大使館に入り切らなかった隊士達も、屯所のオテルで酒と馳走を振る舞われ、賑やかな夜となった。
瑠璃達は、杉村松柏先生の治療を終えた嘉志太郎のベッド近くで、室内で宴をし、代わる代わる挨拶に来る隊士達に受け答えした。
「絶対組長格だよ、瑠璃さん!」
「そう、でしょうか……?」
「あの技はなに?安藤さん!なんでいきなり強く!?」
「浮島だよ。んー、たぶん、アンドーだけ学び方、違う。」
「嘉志太郎さ~ん!あの特攻は惚れるね!ちなみに錦のシミ抜きやっときました~!」
「助かる。しかし、斬り合う場合、錦は邪魔だな……」
ヤキモチ観柳斎、時刻も回ると、部屋から隊士達を追い出しにかかった。
「嘉志太郎殿は早く寝て、療養せねばなりませぬので!さぁ!部屋を出なければ修道の拙者が腰を振り始めますぞッ!!あ・ワン、あ・ツー……」
「わぁー逃げろー」
永倉が立ち上がり、嘉志太郎に告げた。
「さぁーて。俺ァ、奥方の夕餉を食いに、帰っからよ。嘉志久は療養の身でい、酒は我慢しろやい。暴れだしても、夜はこの永倉新八は自宅で奥方と枕並べて、寝てごろうじるから、また明日、昼間に俺が来たら飲みねぇ!!」
「ふ。甲斐性のある度量になったな、永倉殿よ。夜遊びせんで帰れよ。」
ヤキモチ観柳斎は手ぬぐいを食いしばる。
「キィーッ!!やはり敵は永倉殿ッ!!ナイスガイ対ナイスゲイ、にて候ッ!!」
瑠璃が責めるように永倉に告げた。
「永倉さんは罪作りな人ですね。二人のゲイを悩ませるから……」
「ん?何が?」
嘉志太郎が猛否定だ。
「瑠璃殿ッ!!俺はゲイではないぞッ!!!」
大使館。
土方歳三は、祝いの席で酒を一口も飲まずに、難しい顔をしていた。
芹沢鴨は尋ねた。
「土方君。今日の君は、特にらしくないな。」
榎本武揚はビールで浮かれて、特に突っ込んだ。
「悩みがあっても吹き飛ばそうではないか、土方君よ!無事、蝦夷共和国は天皇陛下に認められ、武蔵国大使館が完成に到るのだ。旧幕臣は、報われたのだよ!!」
土方歳三は、ますます疑い深く眉を顰めた。
「ブリュネ元帥、アンタに尋ねたい。天皇陛下は、何故ロシアを敵視する?ロシアは触っちゃならねぇ過激な国だが、現在、あちらさんに敵対意志はねぇぜ。ロシア側は、新撰組が、逆に脅かしてるとさ。」
ブリュネ元帥は眉を顰めて、告げた。
「わたしも気になっていた。ロシアを脅威とするのは、我々ヨーロッパ人の癖のようなものだ。武蔵国はこれだけ近くありながら今まで無事、むしろ関係は悪く無かった。有り体に言って、武蔵国の天皇陛下が気に病むはずが無い。となれば、ヨーロッパ人が一枚噛んでいるのではないか、と……憶測の域を出ないがね。」
土方歳三は頷いた。
「俺の欲しかった答えだよ、ブリュネ元帥。」
その時、大使館に駆け込んだ者がいた。
警備に務めた相馬主計と島田魁が抜刀す。
転がり込んだのは、忍だ。
「何奴!!」
忍びは首の手拭いを外した。
その、顔は、山崎烝である。
「山崎さん!?」
土方歳三は名を聞いて立ち上がり、山崎烝に歩み寄った。
「長い療養だったが、それだけじゃあ無さそうだな……。仕事熱心なおめぇのこった、土産話はありそうだ。」
被り物をはずした山崎烝は、髪がパーマになっていた。
「副長……山崎烝、帰還致しました。同時に、長らく監察をしておりました……。」
「そうだろうな……話しな。知ってんだろう、山崎?何故蝦夷共和国が、ロシア迎撃を命じられたのか。」
山崎烝は、何らかの洗脳でも受けたように、恐怖に抗った。
「天皇陛下は……あの人に流されているのだ。明治天皇は、悪しき方では無い。けれど、あの人だけは底知れぬ。蝦夷共和国は、依然、武蔵国からしたら敵国です。勅命の真意は、ロシアと蝦夷共和国を共倒れにする為の……いわば、罠です。」
大使館が騒然とした。
芹沢鴨がボヤいた。
「やはり、わたしをも邪魔に思われたか……。」
山崎烝は庇った。
「これは、天皇陛下の計らいではありません!天皇陛下は、とんでもない男に取り憑かれただけです。」
「とんでもない男、とは……?」
山崎烝は迷うが、伝えることを決意した。
「イギリス陸軍小隊長、ジェームズ・ドニファン中尉。わたしは彼の小隊に、和人のハーフの山崎ピーター・エバンスと、変名して潜入してきました。わたしすら見惚れる程のカリスマ的な軍人で、兵士達は熱狂的に彼を慕い……お偉方とも、食事会でたちまち懇意になられる、魅力的な人で。フランスのナポレオン三世を動かしたのも、ドニファン中尉です。ですが、ナポレオン三世はロシアを抑える使命があるヨーロッパ側で、彼は無責任では無い。フランス移民に送り出したのは、男も女も戦える兵士です。……ロシアとの、戦争に向けて。」
島田魁が悲しい顔をした。
「そんな。レティシアちゃんが……戦争孤児に、なる……?」
ブリュネ元帥もため息をついた。
「まやかしの、独立だったのだ……!!」
山崎烝は続けた。
「わたしは、たまたまドニファン中尉が、イギリス王室が天皇陛下に宛てた手紙を、焼いているのを、目撃してしまいました。イギリスは関与出来ない。おそらく何度天皇陛下に手紙を書いても、抹消された。わたしはドニファン中尉を探り、イギリス小隊に潜伏していました。表向き、彼はカリスマ的な英雄で……天皇陛下も、彼の優しさや賢さに信頼を置いています。ところが、ドニファン中尉の狙いは天皇陛下なのです。何の固執かは分かりかねますが……ドニファン中尉は、明治天皇の治世に邪魔な中山忠光を抹殺し……いま、武蔵国は、彼の支配下にある。土佐藩とドニファン中尉は同盟して、蝦夷共和国を戦火に巻き込み、天皇陛下を掌握する、という算段にて。……聴いた方々は他言無用に!知らぬふりをしながら、対策を練ってください!」
ブリュネ元帥がボヤいた。
「移民のフランス兵は?幸いにも戦力を送られていた。彼らは、知っているかね?」
「彼らは、わかっていてフランスを離れた人達です。信仰の問題や、なかには、本当にブリュネ元帥の味方になりに来た人もいて、話しても大丈夫ですが、本国には知らぬふりを。」
土方歳三は、告げた。
「新撰組はどうだ。隊士達は命懸けだぜ?」
「話して構いませんが、他言無用をご法度に追加せねばならないくらいには、危険です。」
榎本武揚は、すっかり酔いが冷めてしまった。
そして、彼こそは日の本一に優秀な外交官である。
「ただちに他国に秘密裏な協力要請を行う。内政は二の次になるが……総帥のわたしが動いては、不味いかね?」
「不味いです。貿易外交を言い訳にし、芹沢さんを各国に飛ばして、秘密裏に蝦夷共和国に集まっていただいてから、がよろしいかと。榎本武揚総帥は、有能なのが知られている。下手に動けば殺されます。」
土方歳三はボヤいた。
「表向きの敵は、ロシア……真の敵は、武蔵国のジェームズ・ドニファン中尉ってことかい。」
「土佐藩も噛んでます。俺は脱走がバレて、海援隊に追われました。幸い、変装には慣れてます。港から船を乗り換えて振切りましたが。」
「……土佐藩?近藤さん殺しの……蝦夷共和国には、見廻組がいるからかい?」
土方歳三に続き、榎本武揚が尋ねた。
「だが、海援隊は既に失われたはずだが。」
山崎烝は嫌に警戒した。
「……今の海援隊の頭領は、女です。余りにも、危険人物かと。」
「女……?」
海援隊の戦艦では、実質上の戦闘代表は、佐々木高行。事務代表は、長岡謙吉。新宮馬之助ら、土佐藩や、越前、長崎、様々な藩士の集まりで、戦闘や商業を行っている。
天皇陛下の勅命で再結成した、海援隊である。
つい昨晩に大砲沙汰があり、港で敵を逃がしてしまった。
しかし、船長は憶測だけで蝦夷共和国行きを命じ、隊士達はこの無意味な厳戒態勢にほとほと嫌気がさしていた。
起美と光枝という、軍服の女達が、海援隊隊士に詫びながら、船内を走っていた。
「ごめんなさい、姉さんが無茶をさせてしまい。」
「あのイカレ女……あれが土佐藩代表の海援隊船長だと?冗談じゃねぇぞ。勅命でなければ、アイツを海に投げ込むんだがね。」
「……姉さんは、逃げたイギリス兵士が、万が一蝦夷共和国に向かっていたら不味いと考えた。ですが、天候が阻んでます。わたし達が姉さんを止めますから、蝦夷共和国行きは無許可で辞めて大丈夫ですし、このままスケジュール通りに武器輸入を、お願いします。それから、ジェームズ・ドニファン中尉が船を乗り換えて陸に戻ります。協力お願いします。」
「あんた達、あのイカレ女をせいぜい落ち着かせておけ。船の乗り換えは任せな。日の本は、ドニファン中尉次第なんだろ?」
「はい!」
起美と光枝は走った。
船長室に来ると、船長の身の回りの世話役、伏見新兵衛が、殴り飛ばされてドアから飛んで来た。
「痛たたた……」
「大丈夫ですか、新兵衛さん!」
船長の怒鳴り声が響いた。
「わしに酒が出せぬのか!!おのれは、海援隊と同じ、わしの仇かッ!!」
船長は、楢崎龍、かつての坂本龍馬の伴侶である。
素早く抜刀し、新兵衛に斬り掛かる。
「酒を出さんと、こうだッ!!」
「わああああ!!」
「やめて姉さん!!だいたい、お酒はお医者様が禁じられて、姉さんは中毒の病なのよ!?」
「起美は許す。可愛い妹よ。新兵衛、剣を抜けェ!!」
新兵衛は慌てて剣を抜いて身を護った。
楢崎龍の剣戟はめちゃくちゃだが、その怪力たるや危うい一撃だ。この女、いざ火事場となるや馬鹿力を見せる。
楢崎龍は、笑いながら啖呵をきった。
「殺せ、殺せ!!殺されにはるばる海援隊に来たんだ!これは面白い殺せーッ!!」
ヤバい女だ、と、新兵衛は青ざめて、平に平伏した。
「とびきりの酒樽を運んで参る!御容赦くだされ!!」
楢崎龍は手酷く痛い平手打ちを新兵衛に食らわした。
「はぁ?斬り合いくらいしろ、意気地無しめ!それに酒なら初めから持って来んか!!わしは、坂本龍馬の妻だぞ!!」
礼儀正しいイギリス中尉が、仲裁に入った。
「そこまでにしたまえ、龍君。今のうちに行きなさい、新兵衛君。酒樽はドアの横に置いて、ノックして去ればよろしい。龍君は自分で運べるし、少し落ち着く時間が必要だ。いいね?」
新兵衛はイギリス人中尉に頭を下げた。
「ドニファン中尉、親切に!ありがとうございます!」
新兵衛は、坂本龍馬の生前から、龍馬に妻に何かあったら力を貸すよう頼まれていた。
新兵衛は坂本龍馬を信頼し、その上で楢崎龍を守ることにしたのだ。
海援隊では、唯一の楢崎龍の守り手だった。
しかし。
それであっても、彼女は横暴なアルコール中毒だ。美しさなど消えてしまうくらい、狂って騒ぐ身勝手な女。新兵衛とて、度々坂本龍馬を疑った。
龍の美しさと突飛さに惚れ込んだだけの、一介の男なのではないかと。
新兵衛が立ち去ると、光枝が龍を説得した。
「姉さん、蝦夷共和国行きは辞めましょう。向こうの海は雪の中です。ドニファン中尉を陸地へ送り、予定通りに武器輸入を。」
「……海援隊など死ねばよい!蝦夷に逃亡されていたらわしらは!!追撃し口封じに殺せェ!!」
「姉さん!……船は?船は、姉さんと龍馬義兄さんが、海外の何処までも行く為の、大事なものでしょう?船を、沈没させたいの?」
楢崎龍はため息をついた。
光枝の説得は上手いところをついた。
坂本龍馬は、すべてが終わったら、一緒に船で日の本を一周しよう、と告げた。龍は、世界の何処までも、龍馬と行こう、と切り返し、龍馬は嬉しげに、笑った。
船は、大事なものだ。
「……わかった。蝦夷には行かぬ。船は沈ませぬ。起美、光枝、席をはずしとくれ。土英同盟の話題になる、他言無用ぞ。」
「「はいっ!」」
皆がいなくなると、楢崎龍は御旗のように使ってきた鉾を触った。
天の逆鉾、である。
「楢崎龍は、天の逆鉾を抜いた、神の使い。神たる天皇陛下に従うに値する……よくぞそんなデマで土佐藩を説き伏せたな?確かに龍馬との旅行中、わしは勝手に天の逆鉾を引っこ抜いたが、土佐では嫌われ者だ。義兄が龍馬の遺産相続問題で、わしと対立したし……土佐など、優しかったのは乙女さんだけだ。」
ジェームズ・ドニファン中尉は、楢崎龍に優しく説き伏せた。
「信じられる人は、味方に呼びなさい。今の君は海援隊と上手くいってはいない。乙女さんも、お登勢さんも、必要なら仲裁役として集めるべきだ。楢崎龍君。君が本領を発揮出来ねば、わたしも共倒れなのでね。」
「アンタは……ロシアを倒したい。わしは、蝦夷共和国を倒したい。ふん。何が天皇。何が、霊山官祭招魂社か。龍馬は、神などでは無かった……怒りも憎しみも、殺意すら内蔵した男だ。勝海舟に夢見ていたが、龍馬とて倒幕だ。「右申所の姦吏を一事に軍いたし打ち殺、日本を今一度洗濯いたし申し候」……長州藩の夷狄への大敗に、幕府の酷吏は夷狄の戦艦の修理をしよったゆえ、龍馬はこう言った。幕府の血で日の本を洗濯する、とな。」
ドニファン中尉は答えた。
「祀られる喜びは無し、か。実に、君らしいが……坂本龍馬は充分、祀られる神に値するとも。」
楢崎龍はにっと笑った。
「違うな。神とは慈悲深い菩薩のようなヤツだ。龍馬が危ないから土佐藩邸に匿われるよう、助言までしに来たあの伊東甲子太郎。ありゃあ、たしかに幕臣の身の安全まで考えた、菩薩のような人間さ。だがな。龍馬はそうじゃない。わしが愛した龍馬は等身大の人間だ。臆病な癖に物騒でな。大政奉還の進言を託した後藤象二郎に、縦白が徳川慶喜に受け入れられなくば後藤は切腹するだろうから、後藤が下城なくば海援隊の仲間を送り、慶喜を殺して仇を打つ、とな。……わしは龍馬より勝気でな。だから、見廻組に限らぬ。龍馬の仇は幕府全体、わしは蝦夷共和国を丸ごと滅ぼすぞ?」
ジェームズ・ドニファン中尉は紳士的に微笑む。
「だからわたしは君を拾った。龍君。君は君の信念に死んでいけ。わたしと君は互いに利用価値がある。」
楢崎龍は意味深な問いをした。
「ドニファン中尉や。あんたは、ロシアが倒せたら……神を掌握し、日の本に何をさせたいのかね?」
ドニファン中尉の双眸の奥に、隠された狂気が揺らめいた。
「God doesn't really want to save people.
(神とは、本当に人々を救おうとはしない。)
Gods need to be kept on a leash, like pet dogs.
(神々には、飼い犬のリードが必要だ……。)
Only when I make God my own will the state become mine.
(神を得て初めて国家を得る。)
A world where citizens and soldiers alike would not die a cruel death, but would be rewarded with joy...
(民も、兵士達も、無惨な死では無く、喜びに報われる世界……)
That is the kind of Japan I want to create.
(そんな日の本を、わたしは願う。)」
何処までが本音で、何処からが嘘なのか。
おそらく、楢崎龍にしか、ここまで本音に近づく話はすまい。
だが、この男は、楢崎龍が死んだって、真実は語るまい、と思えた。
「新たな、支配者として、かね?」
ドニファン中尉は笑った。
「ハッハッハ。まさか。わたしは、神を従えて国を守りたいだけですよ。支配体制など求めはしない。ただ、日の本の人々の安寧あるのみ。」
そんな笑顔に誤魔化される龍では無い。
「欧州では、こう呼ぶんだろう?ピエロ、道化とな。だが昼行灯だ……わしにはアンタが一番危険なピエロ、ジョーカーに見えるがね?」
ドニファン中尉は笑った顔のまま、告げた。
「土英同盟ではあっても、わたしへの深入りはよしなさい。君の危機感ならば、わかろうはずだがね。」
楢崎龍はあくまで引かないまま告げた。
「拒むなら追わぬが、せいぜい哀しみや怒りは語れよな。わしのような女は生来が無責任でな、弱さに向けた母性しか信頼には値せん。どんなに己が危険であろうが、好いた者には寝返るものだ。だから、アンタは徐々にわしから情けを買う芝居でもしてくんな。」
ジェームズ・ドニファン中尉は笑った。
「ハッハッハ。やはり面白い方だ。安心召されよ、楢崎龍の裏切りは想定の範囲内なので、安心して志しのまま、死んでゆきたまえ。人に人を縛る権威などは無いのだから。」
楢崎龍は、微笑んだまま、睨む眼力は激しかった。
「化け狐めが……。」
「YES。わたしのような狐に君は縛れまいよ。神たるお方でも無い限りはな。」
瑠璃は眠ってしばらく、枕元に誰か座ったのを感じた。
2段ベッドの上で、そんなはずも無し。
「夢枕……わたしの、空想上の?」
「え~?そりゃあ浪漫が無い話ですよ、お瑠璃さん!」
しばらく忘れていた沖田総司の声が、枕元から聞こえてきた。
「空想でもいいです。貴女の声が聴きたかった。お会いしとうございました、総司さん。でも、たぶん起き上がったら、夢が覚めますよね。」
「そ~ですねぇ。ま、寝たまま、聞いてください。まずは、新撰組到達、お疲れ様でした。わたしは実は墓にはいなくて……ようやく会えましたね。」
「総司さんは、新撰組の守護神か何かでしょうか。なら、一から星の話をしなければ、なりませんね。」
一夜の夢。
愛する人の、夢の声。
でも。
夢の中の、まやかしだって。
「ハッハッハ!なら、閻魔様を斬り捨てて、月まで旅立たなきゃなりませんね?たくさん、たくさん、広めてくださいよ。叶うかもしれないですから。」
残された側には、生きる糧になるから。
総司さん。
貴女の、笑顔が。
椿咲く中で輝いて。
永遠に、わたしを離さないのだ。
ここに幕閉じ壬生狼チャンバラ、沖田総司を見送った、新参隊士を四名をくわえ、山崎烝が再加入し、明かされますや真の大敵、土英同盟。
揺れる蝦夷に覚悟を固め、お次に死合うは誰ぞ知るーーー。
羽織 ならず とも 我らは浅葱色の
最後の侍共 撃鉄に 剣佇む
壬生狼チャンバラ 鬼が斬る
歌舞いた 桜にゃ 飽き足らず
脇差 一徹志し
椿の 首散り なりしゃんせ
我ら 武士道 掲げるは
誠の旗
終劇。
プロローグ・完
瑠璃は、桐谷の義母さん、みつのそばにいた。
深夜まで剣を稽古し、朝は早く台所に立ち、下手くそなりの粥をこしらえる。みつが喜ぶから、真ん中にしわくちゃの梅干しを置いて煮る。同時に焼いていた鰯が焦げて、瑠璃は慌てて網から救出した。
粗方出来上がったら、洗濯した布おむつを持って、みつの部屋へ。
「義母さん、朝餉の前に、布おむつを取り替えましょう。」
「うん」
しかし、みつの布おむつには、僅かなお小水汚れだけだ。
「義母さん……食べられてないから、布おむつがほとんど汚れてない。寿命が、縮まってしまいますよ。」
「瑠璃や。頑張って、ご飯を作ってるだろうけど。あたしゃ、もう喉を通らないよ。」
往診のお医者様は、みつの癌患いを宣告し、寝たきりのみつは為す術なく弱っていった。
みつは、朝餉になっても、困った顔で迷い箸している。
無理して食べたって、吐いてしまうのだ。
瑠璃は、告げた。
「お義母さんの好きな、しわくちゃの梅干し、取ってきましょうか?好きなものなら、食べられるかもしれない。僅かでも栄養がとれる。」
「え。いいの?あんなに高価な梅干し……」
「夏彦さんが仕入れてる、お義母さんの為の梅干しなんですから、役に立ってもらわないと。」
瑠璃が運んできた梅干しを、みつは三個食べた。
「美味しかった。お腹がびっくりしてる。休もうかな……。」
「休んでてください。皿を片付けますから。」
瑠璃は、皿を磨いてる時、つい布巾に剛力がこもって、皿が割れてしまった。
「あぁ、未熟者……桐谷家の良い皿が。」
瑠璃は一通り片付け終わると、みつの傍らにやって来た。
「ねぇ、瑠璃。」
「はい。」
「瑠璃は、なんであたしに寄り添ってくれたの?あんたは新時代の女だ、嫁入り先の僕じゃあない。義理は無かったろう?夏彦は、あたしの医療費を稼ぐのに忙しいんだ。瑠璃がいなかったら、あたしは孤独だった。だけど、なんで瑠璃がこんなに孝行してくれたか、わからない。あたしはたいそうな人間でも無かったし。」
「お義母さんに孝行するのは、わたしのやりたい事ですから。ただ、下手くそなご飯しか食べさせてあげられなくて、もっと台所仕事を学べばよかった。」
みつは笑った。
「ご飯は下手くそだけど、瑠璃は天然理心流の門下生で、格段に強いんだろう?」
「……わからない。総司さんの生前に、手合わせ出来なかった。でも、約束したから。愛する人を超えたい。強い剣客に、なりたい。」
みつは遠い目をした。
「あたしは瑠璃のように誠実じゃなかったし、未来も夢も考えない、ちっぽけな女だった。あたしが穏やかになれたのは、瑠璃と出会ったからだ。あたしは、昔は長州人でね。夫の義母さんの世話だって嫌がって、夫のおばさんに任せきりだったし。尊王活動に熱心な義勇軍の夫に、到底理解が到らず、別の女を疑ってさ。妬みと寂しさから、あたしは嘘をついた。」
「……嘘、とは。」
「あたしが幕臣に斬られて危篤だから帰れ、とね。手紙が届くなり夫は馬を走らせて帰ってさ。すまぬ。二度と尊王活動はせぬ。犠牲にしてすまぬ、と……。夫の愛を疑った己を、呪ったよ。」
「……真相は、どうなりましたか。」
「隠しきれる嘘じゃなかった。あたしには刀傷ひとつないし。危篤どころか、パクパク飯食ってたよ。馬鹿なあたしは夫が帰って有頂天でね。あたしが寂しくて嘘をついたとわかるや、夫は離縁状を突きつけてきたよ。お前は己ばかりを知り、国の憂いを知ろうとはしない、とね。国を憂う夫に、自分の感情論だけをぶつけた、馬鹿な女だったからさ。離縁の後で、あたしの嘘は現実になってさ。夫の尊王活動から恨みを買い、あたしは幕臣に両足を斬られた。命が助かったのは、夫達の義勇軍があたしを助けて戦ったからだ。あたしは本当に、寝たきりになったのさ。夏彦は、以来、尊王と一切手を切って、あたしを連れて京へ逃げた。息子は夫を逆恨みしたが……あたしは思う。閻魔様が、嘘つきのあたしを許さなかっただけだ。」
瑠璃は、キッパリ言った。
「それはお義母さんだけじゃあない。古い時代に囚われたおなごには、実際に、家で待つしか許されなかった。お義母さんが嘘つきおなごだったのでは無い。時代が、そういう価値観を強制しただけ。現にお義母さんは、愛情に愛情で返せる人だ。」
「過保護だねぇ、瑠璃は。あたしは、許されたかった訳じゃない。最後に話したかったんだ。ありのままの、あたしをね。」
「大丈夫。お義母さんを閻魔様が裁くなら、わたしが閻魔様を斬り捨てる。」
みつは、にっと笑った。
「夏彦からも聞いた。瑠璃や……愛娘よ。あたしが眠ったら、あんたはあんたの道へ、旅立ちなさい。あたしの大事な瑠璃。愛する人の軌跡を追いながら、自由な女剣士になるんだ。あたしも、おなごの瑠璃が無双するのを見てる。あの世からでもなんでも、見てやる。あたしに夢を見せておくれ、瑠璃よ。……新時代を、駆け抜けるんだ。」
みつは、うつらうつらとして、眠った。
少し咳き込んでから。
息を、しなくなったまま。
みつは、安らかに亡くなった。
「おやすみなさい、お義母さん……。」
夏彦は、みつの葬儀まで引きずらなかった。
「母さんを看取ってくれてありがとう。母さんに、夢を見させてくれて。安らかな死に顔だった。本当に、お世話になったね。」
「夏彦さん。」
夏彦は頼もしく笑って見せた。
「後は任せてくれ。約束を、果たさなくちゃならない。離縁しよう、瑠璃。俺は桐谷商家の金持ちだから。俺が愛人を囲ったとでも、いくらでもいい訳出来るし。幸い、開国以来、桐谷商家は儲かっててね。慰謝料の建前で旅の路銀を送るから、滞在先からは手紙を。いいね?」
瑠璃は、躊躇った。
「何故、わたしのわがままに、そこまでして下さるのですか。」
桐谷夏彦は、穏やかに笑った。
「母さんの恩人だし……俺はね、瑠璃。貴女に最初から惚れていたんだ。貴女は最初から美しく、一本気だった。近藤勇さんと伊東先生から聞き、貴女の心を知り、見守る愛を選んだんだよ。だから、瑠璃の世話は俺のわがままだ。俺だって新時代の男、やりたいように生きるし、愛を貫きたい。遠慮なく路銀を使って、貴女の本来の道へ。失われた人生を、新時代を、駆け抜けてくれ、瑠璃。」
瑠璃は微笑んだ。
「貴方の深い理解に、ようやく納得がいきました。わたしの愛は総司さんだけ。でも、桐谷家への家族愛はある。今まで貴方に支えられた、ありがとう夏彦さん。わたしは行きます。貴方の愛も、お義母さんの夢も、絶対に、無駄にはしないから。」
瑠璃は、京を去る前に、総司との秘密の場所を巡った。
二月だ。椿は花開き、美しいまま。散るまで、あと僅か。
この場所が、戦の被害を受けなくて良かった。
瑠璃は、大和守安定を鞘から抜き放つ。
瑠璃色の刀身が閃いた。
無明剣・三段突き。
果たして、何処まで辿りついたか?
瑠璃にも、わからないことだ。
沖田総司がいない今、誰が瑠璃と死合えるのだろうか。
拍手が聴こえた。
「見事なり。噂に聴こえし、天才剣客、沖田総司殿かと、錯覚致しかけたが。あなや、貴殿はどこな猛者なのか?」
瑠璃は振り向いた。
今まで花か何かだと思っていたのは、木の枝に下げた美しい羽織り。
日陰を作って、世にも美しい女が、瑠璃を眺めていた。
休息中の、花魁のような。
瑠璃は、刃を鞘に納めてから一礼した。
「先客に気づかず失敬致しました。総司さんを、ご存知であられますか?美しい花魁の方。」
花魁は艶やかに微笑んだ。
「いいや。面識はござらぬ。わっちが一方的に、噂を知っているだけでありんすが。新撰組に関与すりゃあ、あれほどの剣客、知らぬままではおりますまい。」
瑠璃は、彼女の訛りや、彼女が帯刀していることに気づいた。
「貴女様は、京の方では、ありませんね?新撰組に関わる、花魁……?剣をお持ちであられますが?」
花魁は羽織りを取り、立ち上がった。
花魁道中の下駄では無い。あくまで旅の草履だ。
「わっちの話しはちと長いゆえ、端折るが、よろしいか?」
「はい。」
「わっちはかつて江戸であった東京から、はるばる旅をして参った。聞けば、新撰組は明治天皇の指揮下に降ったという噂。なれば、わっちが知己を訪ねてもお咎めはなかろう。ただし、尋ね人は行方不明でな。」
この美しい花魁は、新撰組に用があるのだ。
「わたしも新撰組に用が。貴女様の名は、なんと申されます?」
「わっちは東京、洲崎の品川楼で花魁を務めた嘉志久だ。身体の生まれは女であるが、男として名乗って育った。ゆえ、親からもらった男の名は、伊東甲子太郎と言う。」
瑠璃はその名に驚いた。
「伊東甲子太郎……参謀・伊東先生に縁の方ですか?」
嘉志久こと、伊東甲子太郎は首を振る。
「永倉殿も、わっちの名にたいそう驚かれたが、御陵衛士の伊東甲子太郎殿とは縁もゆかりもござらぬ。むしろ将軍家のお膝元の生まれ故に、胸に秘めたる思想は旧幕寄りだ。我が本名は伊東かし、母の干支が甲子であったゆえ、おかしと名付けられてな。それで、甲子太郎の名をもらい、名乗り申した。混同なさるならば、嘉志久の字で嘉志太郎でも、何も問題ござらぬ。こう書く。」
「嘉志太郎さん……身体はおなごで、育ちは男。総司さんみたいだ。では、内面は?」
少し、沖田総司に似た育ちだが。総司は見た目に反して、愛らしいおなごの心の人だ。
「飲み込みが早くて助かり申すぞ、女剣士殿よ。貴女と違い、わっちは内面も男。天が魂の器を間違えた、というところか。そして、華美に着飾るのが好きな男でありんす。そしてこの剣は、我が銘刀、四ツ谷正宗でござる。訳あって親の借金を完済すべく、品川楼に身を置いたが、そんな理由で身など売りはせぬ。すべては目当ての品川楼の宝、四ツ谷正宗を我が物とする為でありんした。ところが思いのほか花魁まで成り上がり、まさに籠の鳥よ、外へは出れぬ。そこでイギリス大使をもてなした日に、わっちから芹沢財閥の芹沢殿へ、新撰組への入隊を相談したところ、芹沢殿が身請け金を払ってくださり、この通り今は自由になり申した。」
瑠璃は嘉志太郎に一礼し直し、自らも名乗り出た。
「遊女となられてまでの見事な責務を果たし、お疲れ様です、嘉志太郎さん。わたしは沖田総司縁の女剣客、桐谷……いいえ。ここで改めまして、沖田瑠璃と申します。わたしと総司さんは二人ともおなごの剣客にて、おなご同士で惹かれ合い、三日間の愛に生き、一対の剣となることを誓った者。わたしは亡くなった総司さんの道のりを旅して参ります。そして、我が剣を、見定めたく存じます。」
嘉志太郎は微笑み、尋ねた。
「総司殿の墓は存ずるところ。沖田瑠璃殿よ、わっちもその巡礼の旅に、お供してよろしいか?おなごで男のわっちに、おなご同士の剣士の恋人とは、他人と思えぬ。この新時代に、我らの剣が何処まで辿り着くのか、わっちも確かめたく思う所存。」
瑠璃は頷いた。瑠璃にも、他人とは思えない通ずるものがあり、純粋に嬉しく思った。
「ありがとう。新撰組を目指す方よ。共に、行きましょう。……嘉志太郎さん、お嫌でなくば、その四ツ谷正宗を触ってもよろしいですか?」
瑠璃とて、剣客として気にならぬ訳もなかった。
「うむ。ほれ。わっちも瑠璃殿の剣が見たい。普通の大和守安定ではござらぬな?」
「はい、どうぞ。思い出の一振りです。」
二人は慣れた手つきで刀の手入れをしながら語る。
「四ツ谷正宗。芸者と尊王に生き、酒に溺れて自害した名刀匠・源清麿の最上の剣。……あれ?これは、手入れされたばかり?」
「わっちと添い遂げようと迫る馬鹿共と斬りあったばかりでな。わっちの見た目がコレでは、参る。呉服屋を目指していたが、土地勘が無くてな。それにしてもこれは、大した名刀匠の品だ。銀地は瑠璃色か………?」
そそくさと歩み寄る不審な男。思わず嘉志太郎が剣を構えた。
「誤解にて!刀はお納めくだされ!椿の日陰で休んでおりましたら、お話聞こえてしまった次第にて。その旅路、この拙者も仲間に入れてはくださらんか?拙者は強者に媚びて弱者をいじめてきた小悪党なれど、同士たる御二方には計らいはせぬ。沖田君の素性や、墓の話を知り……思うところありました。拙者は修道。愛する馬越三郎きゅんから目覚め、男同士の愛に生きた、新撰組の軍師です。フランス式調練からは、甲州流兵法の拙者は古いと言われ、御役御免ですがな。除隊出来るならば伊東殿について行きたかったものですが、フリーとなった拙者は尊王活動を大いに盛り上げ、新撰組に闇討ちされかけて、奔走して今日まで息を潜めておりました。ですから、京は庭のようなもの、呉服屋なら任されたし。拙者がいて利益もごされば!御二方の旅路の道中、見るからに強面のオッサンたる拙者が睨んでおれば、御二方に言い寄る不作法者は中々現れまい。いわば、護身道具になりたく!」
「何だ?変質者の馴れ合いでは無いぞ!去れ親父!」
瑠璃が瞬きした。
「もしや……貴方は、武田観柳斎さんでは?」
武田観柳斎、涙ながらに手ぬぐいを噛み締める。
「そうですッ!!男に生まれて男しか愛せぬ!!外道と呼ばれながら堕ちていくだけの、武田観柳斎とは拙者のこと!!おなご同士愛し合ったり、おなごに生まれて男であったり、拙者にはあなた方が他人とは思えませぬ!!生まれて初めて、対等に感じまする!新撰組などは既に懲り懲りだが、拙者も志しに生きる者。是非とも、お力になりたくッ!!」
嘉志太郎が辟易した。
「だからといってな……わっちは男ぞ?貴様、わっちに手を出したら斬り捨てるが?」
武田観柳斎は指を振る。
「おなごのお身体のうちはご安心召され!仮に、嘉志太郎殿の漢気や内面に惚れたとしても、拙者の求める肉体は男にて!!そう、ピュア ラブなる話にございますれば!!」
「同じ男として被害者達が不憫でならぬ。よし、殺すか。」
瑠璃は笑った。
「あははは……よろしいのでは?面白い方です。たしかに同じ立場の方だし、武田観柳斎さんには、息抜きになっていただいて。わたし達の目指す剣の道は、とても殺伐としたもの。わたしは死んだ愛する人の軌跡を歩む。息抜きは、必要です。武田さん、よろしくお願いいたします。」
武田観柳斎は今までの自身の罪悪感を拭いたいのか、瑠璃達に好意的に接した。
「やさしー!世捨て人・武田観柳斎が、お役に立てるならば!拙者の性格の悪癖が出たら引っぱたいて良いので。時に嘉志太郎殿?いくら歌舞いてようが、前結びの帯は剣術の邪魔ですぞ!普通の花魁は戦わぬ故、前結びなのです!派手好きの高杉晋作とて、花魁姿で斬り合いはしませぬよ!!青地に紅葉の羽織りはよいが、下に着ているその着物が気に入りなら、呉服屋で仕立て直すがよろしい!!ンンン、イケメン素養がもったいなし!!」
嘉志太郎、容赦なく剣で武田観柳斎をガンガン突き刺した。
「このように、前結びでも突きには困らぬ。二・三着は男物に仕立て直しに来たが、この錦はわっちの戦利品だ。引きづってでも戦う所存。」
「おおっ!見事!判断の速い突き!!」
血塗れ観柳斎に、瑠璃は嘉志太郎を宥めた。
「ツッコミが激しすぎると、武田さんがお身持ちを崩して、剣をふるえなくなる。嘉志太郎さん、お手柔らかに。」
「瑠璃殿、優し過ぎやござらぬか?」
三人はまず、元近藤勇邸宅を訪ねた。
もはや、近藤家は立ち去ったかと思われたが、たまさんの親友、伊予さんが玄関を開けた。
伊予さんは道場稽古姿だ。
「どなた様ですか?」
「新撰組の沖田総司縁の者です。総司さんが、一時期こちらで療養なさったと言います。門下生の沖田瑠璃と、師範にお知らせ下さい。一宿、滞在してもよろしいでしょうか?」
伊予さんが告げた。
「お待ちを。」
しばらくして、すっかり髪を短くした勇五郎がやってきた。
「お瑠璃さん!ちょうど良いところに参られましたね!訳あって京に滞在していましたから、どうぞ泊まって行ってください!」
瑠璃も意外な顔に驚いた。
「勇五郎先生?……まさか、再びお会い出来るとは!てっきり違う師範かと。」
「たまは東京で留守番ですがね。詳しい話は夕餉時に。俺は日中出稽古がありますので、行かないと。お瑠璃さん達は、うちに荷物を置いて、京を散策なさっては?だって、お瑠璃さんは、総司さんの軌跡を追って、京を離れるんでしょ?」
「……はい!」
瑠璃、嘉志太郎、武田は旅の荷物を置いて、嘉志太郎は風呂敷を紐解いた。
「京の呉服屋は仕事が早いか?」
「そりゃあ本場ですからな!伊東先生が贔屓していた呉服屋に案内しましょう。何せ腕が良くて早い!」
嘉志太郎は飛び切り歌舞いた着物を二、三着選び、新しい風呂敷に包んだ。
三人で呉服屋に行き、仕事を頼むと、主人が瑠璃に気づいた。
「沖田組長の椿の羽織り……貴方が、浅井瑠璃さんでしたか。」
「え。はい、わたしは浅井ですが……もしかして、総司さんの贈り物のわたしの羽織りは、此処で?」
「はい。沖田組長は一日寝込まれて、部下の大石さんは牡丹の羽織りを探してましたが、品切れで。沖田組長の案で、椿をお選びに。大石さん、真剣に映える部分を選びまして。採寸の指示まで頑張ってましたね。受け取りは翌日、沖田組長がね。あの方は大喜びでした。やんちゃな方で、人斬りとは言われても、わたしゃ、しっくり来ません。」
瑠璃は微笑んだ。
改めて、有り難いことだ。
「ありがとう、呉服屋さん。そしてはからずもお世話になっていた大石さん……この、総司さんの贈り物は、わたしの、一生の晴れ着です。」
嘉志太郎を採寸した呉服屋の針子から、嘉志太郎に告げた。
「着流しですと、男帯では、貴女様の豊かな胸が見える恐れがありますよ?」
「サラシを巻いて潰せぬかな?」
瑠璃が慌てて教えた。
「嘉志太郎さん、危険です!わたし達のような大きな胸の身体は、サラシで潰せば潰すほど、痛くて死にます!医者の父も言いました、クシャミだけで潰した肺に穴が空くと!」
「だが……男には覚悟があらねばならぬ!」
結果的に嘉志太郎はサラシでぺったんこになり、ほぼ呼吸困難。
日本髪を解いて一本結びにし、仕立て直す着物の仮止めでは、背が高く立派な歌舞き男に見えた。しかし、顔色は青白い。
「ひっ……ひっ……慣れねば、低酸素、呼吸を!」
「無理をなさらず。剣を扱えませぬよ?」
武田観柳斎、燃える。
「やだーめっちゃイケメンなんですけど~!!この顔立ち!また、背の高いことで!拙者リバに目覚め申し、此度は尻に挿入されたく!!」
尻を突き出した武田に、嘉志太郎は容赦なく尻に剣を突き刺した。
「こうか?」
「あぁッ!!大ハードなプレイも乙なりやッ!!」
「嘉志太郎さん!剣を大事に、清潔に!!四ツ谷正宗を汚してはなりません!!武田さんも、そんなハードプレイに目覚めたら、厠で己が困りますよ!!」
瑠璃達が近藤邸宅に帰ると、勇五郎も帰ってきた。
台所では、伊予さんのお母さんが、皆の夕餉を作っていた。
「お手伝い致します。」
勇五郎が慌てて止めた。
「瑠璃さんダメ!伊予さんの母殿は料理に厳しい方だ、台所は任せよう!」
瑠璃のような下手くそが乗り込んでは、こっぴどく叱られてしまうのか。
伊予さんのお母さんはキビキビ動きながら告げた。
「台所はあたしの戦場だよ。任せな。」
「では、お任せして……」
瑠璃、嘉志太郎、武田、勇五郎は、部屋に入った。
「瑠璃さんのお気持ちは、実は、たましか知らなくて。たまは頑なです。瑠璃さんご本人が話すまで、待て、とね。」
勇五郎に、瑠璃は俯き、意を決してから顔を上げた。
「わたし達は三日間だけの恋をした。今でも、総司さんを愛してる。だから悔いています。総司さんは愛する者を斬れと言った。総司さんを斬って本物の剣になることが、わたしの最終試練。だけど、僅か四日目に、その時が来て……総司さんは死の床につき、近藤さんと伊東先生、土方さんは、総司さんの導く地獄からわたしを助けるべく、桐谷商家に嫁がせた。近藤さんの自腹で、立派な白無垢を着ました。でも……わたしにとって、あの時の判断が正しかったのか、今は疑っている。総司さんは剣客だ。椿の花の如く、潔く死なせてあげる道もあった……わたしは、愛する人を殺す業から逃げて、総司さんを病で苦しませたに、過ぎない。」
勇五郎は、温和に微笑んだ。
「なるほど。ようやく、総司さんの独白の意味がわかりましたよ。でもね、お瑠璃さん。総司さん成長して、変わりましたよ。貴女との三日目で、気づいた愛だって。……生きてさえいれば、貴女と添い遂げて、老いていくお瑠璃さんを支えながら、二人でたくさんの幸せを過ごし……貴女の最期を、看取りたかったって。自分が馬鹿だった、お医者さんが正しかったって、すごく泣いたんだ。」
瑠璃は息をのんだ。
生きる希望を抱いて、総司は死んだのだ。
「わたしが馬鹿です。人の成長を考えて無かった。だったら、いくらでも、会いに来れば良かったのに。」
嘉志太郎がボヤいた。
「わっちには、総司殿の願い。斬られて死にたかった気持ちも、生きていたら添い遂げたかった気持ちも、わかる気が致す。しかし、その二択は、本人が選べぬ二択であろうともな。切腹の誉れより、椿の首のように、斬り合いの最中に死にたい。それも幸せな死でありんす。だが、生きられるならば、添い遂げたいのは、当たり前の愛なれば。」
武田は沖田総司を思い、悲しくなる。
「新撰組に、やんちゃな沖田君を嫌う者はおりますまい。ことさら伊東先生達尊王派にも親身になり、あの子には誰にも悪意が無かった。意地の悪い拙者のことすら、夜這いの徘徊観柳斎さん、だのと茶化して遊んでも、敵視はしておらず。西本願寺を去られて、どうしたかなとは、思っておりましたが……一皮剥けて、生きての幸せを願って、病が進んだなど、なんと痛々しい……拙者が近藤局長を持ち上げたからこそ、たくさんの粛清があり……沖田君は、剣であるしか、無かった。拙者まだ死にとうはないが、永倉殿に斬り捨てられても、到底言い訳は出来ぬ。」
嘉志太郎と武田に、勇五郎は尋ねた。
「そちらの、瑠璃さんのお連れの方々。花魁だったはずの方は、お仕事柄、髪洗いに不自由したのでは?どうぞ、うちの風呂場をお使いください。そして、総司さんの仲間の……もしや、武田観柳斎さん?義父さんが大変な失礼をしました。除隊を認めたのですから、武田さんが尊王活動したって、新撰組が武田さんを殺す理由なんか、無いですよ。……それからね。瑠璃さん、花魁だった方。俺は道場主だが、弱い男です。実力では無く、門下生の責任を背負う為の跡継ぎですから。だからね。総司さんはかっこいい。あの人は、俺の夢見た剣士だ。椿のような死に様も浪漫だし……ただ、武田さんの言うように、生きたいのに弱っていく総司さんは、痛々しくって。俺はあの人に、生きて欲しかったんだ。」
「勇五郎先生……。」
「瑠璃さん。この先、貴女は何度も自問自答するだろう。総司さんの死に方に、自分の役割を疑うだろう。でも、貴女は天然理心流最強の剣士です。俺は願います。貴女が折れない剣であるように。貴女は、新時代の人。その最強の剣で、明治を駆け抜けてください。」
瑠璃は、真剣に頷いた。
「……はい!!」
伊予さんと伊予さんのお母さんが、夕餉の御膳を運んできた。
「勇五郎先生!兄弟子の瑠璃さん、お連れの皆様!母さんの料理は屈指の腕前、明日に向けて英気を養ってください!」
瑠璃は、大盤振る舞いの御膳に、勇五郎の京の用事は、さぞ体力勝負なのだと気づいた。
「すごい料理だ。さぞかし栄養になる。時に、勇五郎先生は、なぜ京へお戻りに?」
「正式な近藤の婿養子になりまして。門下生を集めるべく、昔の弟子達を回っております。東京にある道場は、試衛館と言いまして。佐藤彦五郎さんが守り続けたおかげで、今がありますが……明治のご時世に剣術は流行りません。それで馴染みを勧誘に来ました。試衛館には、ある程度、舎弟が暮らせる広さがあります。伊予さんも来ますよ。たまが喜びます。」
瑠璃は今更気づいた。
幼さが残る勇五郎では無い。もう、立派な大人だ。
「大任、お疲れ様です。勇五郎先生の英気の為の夕餉のはずが、わたし達も馳走にあやかってしまい……なんですか?この、艶やかな醤油色の里芋は。きらきらしている。」
伊予が言った。
「母さんの自慢の芋の照り煮です!」
瑠璃は口に入れて、余りに美味しくて言葉を失い、せっせと白米と芋を口に運ぶ。
伊予はニヤリとし、悪魔の誘惑。
「いいんですかあ~?芋で白米がなくなっちゃう。この秋刀魚は、母さん自慢の大根おろしと柚子ぽん酢で、脂身の調和した品。兄弟子だから教えますけど、白米なくなったら、後悔しますよ~?」
瑠璃は慌てて秋刀魚を口に入れて、その美味しさにびっくり。だが、茶碗の白米がもうあまりない。
「あぁ、だから父に、ばっかり食いは良くないと言われたのに……!」
「ですよね~!」
伊予さんのお母さんが、伊予さんをコツンと叩く。
「バカ娘が!兄弟子さんなら、おかわりしてよかろうが!瑠璃さん、二杯でも三杯でもお食べなさい。聞けば天然理心流最強の剣客だという。おなごの夢ではありませんか。」
瑠璃は不器用ながら応じた。
「それは、師匠に沖田総司をいただいたからで……大変美味しいおかずが、たくさんあり……料理下手のわたしには、こんな機会は滅多にございません。白米のおかわりいただけますと、ありがたいです。」
伊予さんのお母さんは、茶碗に白米をモリモリ盛りながら、答えた。
「勇先生は常々、言ってましたよ。総司は剣を教えるとなると怒号のやまぬ師範で、そこだけは嫌われ者だとね。それを乗り越えて奥義に到る貴女。自信を持ちなさい。伊予など、貴方には子供でしょう。」
むくれる伊予さん。
「わたしだって強くなるのにぃ~!」
伊予さんのお母さんに、瑠璃は真面目にお答えした。
「総司さんの教えです。いかな達人たれども慢心は死因に到る。どんなに強くなれど、満足してはならない。更なる高みを目指すのだ、と。」
伊予さんのお母さんは、新撰組を思い出してか、厳しい顔が涙で潤む。
「沖田総司らしい言葉だ。懐かしい。さぁ、美味しかったらお食べなさい。お酒も温めてある、飲める方は何名か?」
瑠璃は箸が止まらない。
「お酒は好きですが、今宵は美味しいご飯でお腹いっぱいになりたく。」
嘉志太郎はキッパリ断った。
「わっちは酒乱で、罵詈雑言に大暴れも致すから。わっちは今は飲まぬ。永倉新八がいる場所までは禁酒するぞ。剣も無く暴れるわっちを止められる猛者がおるまいからな。」
武田が告げる。
「嘉志太郎殿、永倉新八は元々酒乱の豪傑が好きだからして……きぃぃッ!!相変わらず宿敵は永倉殿かッ!!ちなみに、髪を洗うならば酒は飲まぬが得、酒の後の湯は危ういですからな。拙者は刺された尻が痛み出し、痛み止めに酒をいただきたい所存。」
勇五郎は笑った。
「嘉志太郎さんと武田さんは、余程美味しいご飯に慣れてらっしゃる。俺も酒は控えめにして、美味しいご飯で腹いっぱいになりたいかな。」
嘉志太郎は答えた。
「花魁だったのでな。しかし、遊郭でも無い芋煮が、何故こんなに美味いのかはわからぬぞ?贅を凝らした遊郭の飯が美味いのは、当たり前だ。工夫して芋煮を上手く作る母殿は偉業の御業。……時に、勇五郎殿はモテなさるだろう?おなごの自立を支える新時代の器。わっちも見習わなくてはな。」
勇五郎は照れ笑いだ。
「え?そんな、嘉志太郎さんみたいな浮世離れした美形に褒められると、天狗になるから、お控えくださいよ。まぁ、色々恋をしましたが……おなごには来るべき新しい時代なんですよ。それに俺、門下生でも、瑠璃さんには一歩下がってます。瑠璃さん強い人だから、近づき過ぎると頼りきりの害悪になるんです。俺は、弱い男だからね。」
嘉志太郎は笑った。
「己の弱さを制御するも、また良きところではないか。奥方は、たま殿、と言ったか?たま殿は良い男に恵まれたな?」
勇五郎は照れて困る。
「だから、褒めないで!天狗になりたくない!」
「新時代の男、優しき器。確かに、素敵なお方だ……ドキッ!この観柳斎、さくらんぼみたいに甘酸っぱい恋の予感にて候!!」
勇五郎、慌てて御膳ごと逃げた。
「武田さん!俺は修道じゃないからね!?妻がいる!勘弁してください!」
御膳を持って迫る武田観柳斎。
「まぁまぁ。奥方あって妾は浮気。ですが、男は浮気になりませぬぞ!」
「助けてー伊予さん!」
伊予さんはニヨニヨ笑いながら見ていた。
瑠璃と嘉志太郎は、風呂場を借りた。
潔く脱ぐ瑠璃に、嘉志太郎が躊躇いを感じた。
「瑠璃殿?何故脱ぐ。わっちが男だと忘れていらっしゃるのか?」
「でも、身体はおなごです。ついてるものは同じだし。総司さんとも温泉入りましたよ。嘉志太郎さん、髪洗いに助けがいりますよね?」
「……うーん?脱がないで欲しいのはありんすが、まだ、伝わらんか。」
嘉志太郎の髪洗いは大仕事だ。
二人がかりでも手に負えない。
「何故こんなになるまで?」
「花魁や芸妓の日本髪は、特別めかしこんだ結い方でな。金もかかる故、とく事は許されぬ。」
湯じゃあ、脂が取れない。
伊予さんのお母さんが顔を出した。
「瑠璃さんには悪いが、仮の旦那さんの桐谷商家に走って来たよ!イギリス石鹸買ってきた!服の汚れも落ちるよ、使いなさい!」
「ありがとう!」
石鹸で何度も髪を洗っては流し、繰り返し続けていく。
伊予さんのお母さんが、さらに湯を沸かした。
「湯が尽きたら寒かろう!」
「ありがとう!恩に着ます!」
やがて、ついに嘉志太郎の髪が泡立った。
「重みが無い。頭が軽い。スッキリした。」
瑠璃は頭皮をくまなく泡立てた。
「頭皮の脂がずっと湯を遮ってた。花魁の苦労を初めて知りました。あの華やかな結髪は、といてはならない……嘉志太郎さん!いっそ、武士の一本結びにして、いつも髪を洗いましょ。今は頭皮に汚れひとつ無い、頭が軽ければ剣も軽くなる。」
これには美しいもの好きの嘉志太郎も身に染みたらしい。
「うむ!美しかろうと、汚れの重しには懲りた!髪に入る虫だってうんざり致しておったぞ。しかし、一本結びより、わっちは男らしく散髪したいかな。だいたい、禿げとうないしな!」
「鋏だよ!勇五郎先生が散髪に使ってる!アンタ、殿方みたいにしたいんだろう?こいつであたしが散髪するよ!」
伊予さんのお母さんは、すっかり爽やかな短髪に切ってくれた。
嘉志太郎を流し終わると、瑠璃は好奇心から自分の髪をイギリス石鹸で洗ってみた。
湯船で嘉志太郎が温まりながら見ている。
「すごい……頭が軽くなる。サッパリした。夏彦さんにイギリス石鹸をかかさず頼まなくてはなりませんね……。」
翌日、瑠璃達は勇五郎に別れを告げた。
「勇五郎先生。今は新時代。再び、会えるやもしれませぬ。その時まで今一度、お別れです。」
「瑠璃さん。お達者で。伏見、大阪城の後、東京では、佐藤彦五郎さんと会うでしょう。そこで、たまが総司さんのお守りにした帯留めを、受け取ってください。」
「……はい!必ず!」
旅路の前に、呉服屋で、仕立て直した着物を受け取る。
嘉志太郎はすっかり男物を着こなして、秘蔵の錦を羽織りにした。
武田は大喜び。
「キセルを持つべきにござる!」
「キセルも三味線も嗜むのが花魁、自前がありんす。」
「かっこいい……マジかっこいいでござ候~!!まるで拙者の憧れ、長州の麒麟児、高杉晋作殿みたい!ンンンンンン!高ぶる拙者のマイ ハート!!」
瑠璃は嘉志太郎に耳打ちした。
「胸は?痛いでしょう?」
「死にそうだ。胸の肉を剥ぎたいくらい苦しいぞ。肺が心配だな。」
「この旅の果てには、松本良順先生がいるはず。父も患者が乳癌で乳房を切ったことがある。きちんと費用を払えば、改善の見込みはあります。」
「切れるものなのか……荒稼ぎして、金には困っておらぬ。費用は払う。」
「では、松本良順先生に、相談しましょう。それまでしっかり、わたしも支援致しますから。」
「助かる。瑠璃殿、感謝致すぞ。」
武田観柳斎が手配した馬で、瑠璃達は伏見を目指すが………。
なんと、瑠璃は乗馬が下手くそだった。
瑠璃が軽過ぎるのか、走り出すと乗り手の瑠璃が飛ばされてしまうし、いくら教えても、落馬してしまう。
「己を制するかの如く!馬を、制するのです!!」
「馬を、制する……!」
また落馬した。
嘉志太郎が告げた。
「もうやめよ!落馬の被害の方が痛いわ!瑠璃殿の体重が軽すぎるのだ!」
武田観柳斎、はたと思いついた。
「体重が軽い?ならば、人力車や自転車、駕籠がありますな?手配して参る!!」
まさにこれ、というので、武田の案内で瑠璃達は西洋商店へ。
イギリス式自転車。
高かった。
瑠璃は仕方なく知らせを飛ばし、夏彦から使いが来て、自転車代と石鹸を拝借。
「頼れる元彼だな……。」
瑠璃は恥ずかしいやら申し訳ないやら。
「お金ばかりあてにして、甘え、ですね。しゃんとしなくては……」
イギリス式自転車は楽だった。
おなご向けの乗り物と言えよう。
「馬に追いつける!手放せませんな!!」
こうして、瑠璃は自転車、二人は馬で、伏見奉公所までやって来た。
少し前までは、旧幕臣の名は禁句だったが、今は新撰組が朝廷の臣下なので、聴き込みは容易かった。
「お役人さん。明治天皇陛下の臣下となった新撰組ですが、かつて、ここを本部にしましたよね?」
「はい。入隊志願でしたら、ここでも少し出来ますが、詳しい資料をお求めですか?」
「ええと。わたしは沖田総司の縁者で、沖田総司が療養した民家を知りたいのです。わたしに総司さんが襲撃された事件を知らせる手紙を書いてくれた人も、調べていただけたら。」
お役人さんは同僚と話し合い、戻ってきた。
「確かに沖田総司は民家で襲撃されて、伏見奉公所まで走って逃げたようですが、沖田総司の療養した民家を知る生きた人は、警察官の鈴木三樹三郎さんだけです。きちんとなさった方ですから、会ってはくださると思いますが、なにぶん忙しい仕事で、旅の道中ならばかなり足止めを喰うでしょう。使いを出しましょうか?」
瑠璃は首を振って遠慮した。
「警察官のお仕事を、邪魔してまで会いとうございません。それに、その頃の彼は、総司さんの敵のはず……ご遠慮致します。」
「では、次にお手紙の差出人の特定ですね。手紙を拝見してよろしいですか?役人には、筆跡で粗方わかります。」
瑠璃は手紙を渡した。
お役人さん達は、手紙を見て驚いた。
「……やはり、近藤さんでしょうか?」
「いえ。この筆跡は、鈴木三樹三郎さんのものです。沖田総司側の……当時では、三樹三郎さんの敵側でらした方に、何故わざわざ知らせたのかは、わかりませんが。ゆえに、差出人の名を書かなかったのかと。沖田総司が襲撃から生き延びたことや、近藤勇が二条城の帰りに狙撃されて負傷したことが、簡潔に書かれています。感情を抑えるかの、如く。」
瑠璃は、信じられずに、聞いていても分からなかった。
「え。でも、手紙には、鈴木三樹三郎さんや阿部さんが、総司さん達を狙ったと、書いてありました。何かの間違いではありませんか?鈴木さんは、伊東先生の一派ですよね?」
「いえ。間違いありません。」
「……鈴木三樹三郎さんとは、どういう方ですか?」
「鈴木三樹三郎さんは、御陵衛士・尊王開国派、伊東甲子太郎の実弟です。近藤勇斬首にも、蝦夷共和国と武蔵国の和平にも、新撰組の朝廷召し上げにも、関与する人物です。」
「……伊東先生の……!」
瑠璃は、涙が一筋流れた。
伊東先生は約束を守り抜いた。死んだ後、までも。
「伊東先生の、弟さん。わたしの仮初の結婚の宴席で、伊東先生がわたしに約束した……沖田総司の容態を必ず、絶えず知らせると。自分が死んでも文が絶えないように……近藤さんにも、弟にも、頼むから、と。だから、弟であった三樹三郎さんは……」
お役人さんは、改めて真面目な顔をした。
「沖田氏縁の方よ。鈴木三樹三郎さんは、その時は敵でありながら、兄様の教えを守ったのだと、思います。」
「はい……。なんて方でしょう。あの兄弟には、つくづく頭が上がりません。」
伏見奉公所を出ると、武田観柳斎が告げた。
「拙者、伊東先生を崇拝したが、正直なところを申せば、三樹三郎殿を舐めておった。何が実弟か、尊王の何たるかを知らぬ小僧が、と……。拙者は浅はかであった。彼は、兄に相応しい。誰より兄を理解した、義理堅き弟だったのだな……。」
嘉志太郎はボヤいた。
「うむ……。気性の荒いわっちには、御陵衛士の伊東甲子太郎は人間とは思えぬが。弟は、地に足がついた人間だったのだな。憎しみから報復もする、敵の大事な人間も狙う。だが……瑠璃殿への義理を果たした。なまじ人間だからこそ大変な行いに思えるが……どんな感情で、文を書いたのだろうな。」
「わたしも、気になりました。鈴木三樹三郎さんが。多忙な人に、仇側のわたしが会うのははばかれますが……三樹三郎さんが何故、新撰組を許したのか。わたしは、今の蝦夷共和国が……新撰組が、気になる。」
大阪城には、さすがにツテも無しには入れなかったが、三人は城を見上げた。
「総司さんは、近藤さんと大阪城で療養し、軍医の松本良順先生の治療を受けたそうで。鳥羽・伏見の戦いには不参加だったそうで。惨敗だったらしいですが……。」
「その手紙は、誰が?」
瑠璃は手紙を出した。
「山崎烝さんです。その後の手紙では、新撰組行方不明者となっていますが、今も大阪で療養中です。今から、お訪ねしようかと。」
武田が、真摯な面持ちで告げた。
「ならば、お訪ねなさいますな。山崎君とて、回復していたら蝦夷共和国に向かうでしょう。無闇に踏み入ってはならない。命を、背負い過ぎますな、瑠璃殿よ。」
「………それは、そうです。」
嘉志太郎が笑った。
「珍しくまともだな、武田殿よ?」
「そりゃあ、拙者とて真面目にもなります!瑠璃殿は既に、背負い過ぎた節があり申すゆえ!」
イギリス小隊の滞在する洋式ホテル。
ジェームズ・ドニファン中尉は、自室に客人を迎えていた。
明治天皇の祖父、麝香間祗候、中山忠能の子、中山忠光である。
文久三年、八月十七日に、尊皇攘夷浪士の一団を率いて挙兵。天誅組の変の首謀者であった。
「イギリス公使でもない貴殿が、何故わたしを呼び出てした。」
血気盛んな中山忠光に、ドニファン中尉は優しく笑った。
「中山忠光様。どうぞ、落ち着かれませ。今の武蔵国は天皇陛下の治世の元、やがて安寧の世を迎えられます。どうぞ、旧幕思想の民がいたとて、過激をなさいますな。」
中山忠光は、既に、東京におりながら、旧幕を語る民を、およそ四名、斬り殺し、明治天皇に尊王の行き届かぬ治世を苦情申し立てていた。
「ジェームズ・ドニファン。天皇がわたしの愚痴でもこぼしたか。明治の世であろうとも、戦いは終わってはおらぬ!何が武蔵国の安寧かッ!!生ぬるくてならんわッ!!まだまだ、国には旧幕があちこちにごろついておるでは無いかッ!!」
ドニファン中尉は笑いながら語った。
「武蔵国のすべては、神たる天皇陛下の民であり、天皇陛下が救済なされる和人なのです。思想ゆえに血は流れた。ならば、尊王を勝ち得た天皇陛下には、武蔵国の民を皆、平和と安寧に導く使命がございます。忠光様。天皇が望まぬ殺生は、天誅とは呼べませぬ故。」
中山忠光は、鼻で笑った。
「貴様は宗教論者か?明治天皇に神の器を求めているのか?父も天皇も、甘いわッ!!人の世は戦あっての賜物よ!夷狄ジェームズ・ドニファン、貴様とてイギリス側でわかっておろう!神は平和など与えはしないッ!!戦がなければ国は育たぬ、故になッ!!」
「はい。神は人々を救済はしない。残忍な、貴方様のような権力者を蔓延らせては、グロテスクな敗者の死体の山ばかりを積み重ねる。だからわたしは天皇陛下を離しはしない。わたしは救済する……武蔵国の和人を。」
中山忠光は眉を顰めた。
「何を」
瞬間、中山忠光の首が跳んだ。
ジェームズ・ドニファン中尉の居合斬りは、返り血すら浴びずに。
「神はわたしが従える……正しく民を救済する為にな。」
物音がした。
ジェームズ・ドニファンはすかさず天井裏に剣を突き刺した。
天井を打ち壊せば、倒れたのは、山崎ピーター・エバンス、こと、山崎烝であった。
血を流しながらも、素早く窓ガラスに飛び込み、二階から着陸し、走り出す。
騒ぎで兵士たちがドアを開けた。
「Are you okay, Lieutenant Doniphan?
(大丈夫ですか、ドニファン中尉!?)
Ah, Tadamitsu Nakayama...?!
(あ、中山忠光様が……!?)」
ドニファン中尉は涙した。
「Tadamitsu Nakayama was murdered by Peter Evans Yamazaki.
(中山忠光様は、山崎ピーター・エバンスに殺られた。)
For the sake of His Majesty the Emperor, I must pursue Yamazaki.
(わたしは天皇陛下の為に、山崎を追わねばならない。)
Please hurry up and send me off to Shinagawa Bay!
(至急、馬車を出し、わたしを品川湾に送りなさい!)
Go ahead and send a messenger to Narazaki Ryu of the Kaien-tai!
(先行して、海援隊の楢崎龍に、使いを出してくれ!)」
「I got it!!
(了解しました!!)」
ジェームズ・ドニファン中尉は外套を羽織る。
「Yamazaki Peter Evans... Ninja. Yamazaki Susumu...? Hehehe. No way...
(山崎ピーター・エバンス……忍者。山崎烝……?ふふふ。とんでもない……。)」
大阪から東京までは遠く、新撰組とて海路を進んだ。
武田観柳斎が、尊王活動で学んだカタコトの英語で、異人の船乗りと交渉している。
瑠璃も英語を少し解するが、あんなに早口では分からなかった。
武田観柳斎が戻ってきた。
「我らをアメリカ商船に乗せてくださるそうです!たぶん!はぁ、拙者ヘトヘト。」
「まだ、武蔵国には、海路の移動船はないのですね。」
「蒸気船などは学んでおりますから、明治のうちには国内船が始まりますよ。さあ、アメリカ商船の気が変わらぬうちに乗りましょう!」
三人が船に乗り込むと、クルクル髪の船員が手を出した。
「Japanese people, please pay the fare in US dollars.
(和人、運賃はアメリカ・ドルの支払いだよ。)」
「え。金?」
瑠璃が慌てて金を出した。
「大丈夫、ここはわたしが払います。わたしの旅路ですから。」
船員は、優しそうな目で困っている。武蔵国の金では無く、アメリカ・ドルを求めていたが、通じないとわかり、ため息混じりに、わかる範囲の日本語を探しながら話した。
「……money、代わり。……価値、高いもの。キモノ。」
価値の高い着物。
安物の着物ではあるまい。
つまり、嘉志太郎の着物しか、あてにはならぬのだ。
「キモノ、みせて。」
「うむ……」
嘉志太郎が風呂敷を開くと、京で羽織りを錦に変えた為、前に羽織っていた、青地に紅葉の羽織りも入っていた。
「ブルー、キモノ?ジャパンの……モミジ?」
船員は、個人的に青地の紅葉柄に夢中になった。無邪気な眼差しで、憧れが滲み出て見えた。
瑠璃は嘉志太郎に意思確認。
「嘉志太郎さん、こちらを、よろしいでしょうか?」
「いらんな。今の錦羽織りに比べれば。」
瑠璃は船員にカタコトの英語で身振り手振り。
「セーラーさん!ブルー、羽織り!アウター!ほら!こう!」
瑠璃は羽織りを羽織らせて、上着であることを知らせた。
「ブルー、アウター?キモノ……!!」
「それ、プレゼント。セーラーさん、代わりにミーたちを、クルーズさせて。大阪から、東京。貨物室でいいから。なかま、誤魔化して!」
船員は、羽織りの上にセーラーカラーを出した。バッチリの色合いだ。
「なんて可愛い着こなしを……」
「OK!ユア、クルーズ、キョウリョク。貨物室ダメ、キモノ、センキュー。ミナ、こっち。」
船員は、瑠璃達をきちんとアメリカ・ドルを払った乗客の部屋へ案内した。周りじゅうがお金持ちの異人や、商人の英語達者な和人だらけだ。
セーラーさんの上司が駆けつけた。
「What do you mean, Anton?
(どういうことだ?アントン君。)」
「These three are my guests.
(この三人は俺の客です。)
Some of my close Japanese friends are members of the Shinsengumi.
(親しい和人で、新撰組隊士もいます。)
They are traveling for the Emperor of Musashi Province.
(彼らは、武蔵国の帝の為に、旅をしている。)
They should put it on a boat from Osaka to Tokyo.
(大阪から東京まで、船に乗せるべきだ。)」
「...I see. So now the Shinsengumi are samurai of the Emperor of Musashi Province. Very well.
All right, you're permitted on board.
(……そうか。今では、彼ら新撰組は、武蔵國の帝の侍か。よろしい、乗船を許可する。)」
船員と上司が英語でやりとりしているのを、瑠璃達はハラハラと見ていた。
船員がフランクな笑顔になって戻ってきた。
「OK!いけた!ユア ネーム?タケダファミリー?」
「武田は拙者だけですぞ。」
「え。なんて?」
瑠璃が嘉志太郎に訳した。
「名前を聞かれています。」
「伊東嘉志太郎だ。……異人には漢字がわからぬよな。カシクで良いぞ。」
「沖田瑠璃です。セーラーさん、センキュー。ユア ネーム?」
「タケダ、カシク、ルリ?マイネームイズ アントン!」
「安藤?」
「ソレ、アントンのニックネーム?OK!」
アントンさんこと安藤さんは、仕事が休み時間の度に世話しに来てくれた。
来る度に新しい日本語を覚えてくる。
「みんな、ディナー?アンドー、たべたよ。」
瑠璃達はイギリス式カレーに夢中だった。
「こちらの献立、とても美味しいです!栄養価がすごい……!安藤さん、このディナーは、アメリカ?イギリス?」
安藤さん笑う。
「イギリス人にならった、インドのカレー!インド、イギリスの植民地。でも、インドの方が、カレー、ぜったい、旨いよ!サグパニール、忘れないアジ。」
瑠璃達は瞬きした。
「安藤さん、船乗りだから、行ったことがあるのですか?インドとは……どこ?」
「お釈迦様、生まれた国。ジャパンの仏教、インドから来た。」
三人は驚いた。
「インドは天竺?……天竺は、カレーの国なんですか?」
「YES。天竺のカレー、イギリスより、美味しいよ。」
翌朝は、ブレックファストのパンが出た。
「これは、朝餉……?」
「パンは手掴みするものですぞ。こうしてジャムを塗って、と。ちなみにスクランブル エッグ等、おかずはフォークを使いなされ。」
「忘れていたが、武田殿は軍師で尊王派か……異様に異国に詳しいな。」
安藤さんがチラッとドアを開けた。
「安藤さん」
「グッモニ……おはよ、ルリ!ソーリー!今日、仕事!」
安藤さんは、乗客で唯一英語が不自由な瑠璃達を気にかけてくれていた。
「おはようございます安藤さん、そしてお気遣いなく、行ってらっしゃい!Go!」
武田観柳斎は寝起きで夢の狭間だ。
「安藤殿、日の本にはおらぬタイプのやんちゃで優しい殿方……ドキッ!異人との禁断のラブ ロマンス!高ぶる拙者のマイ ハート!ドラマチックですなぁ……!」
嘉志太郎はもう武田に慣れてしまった。
「安藤殿は貴殿に振り向かんぞ。しかし、確かに優しい異人でありんす。言葉まで学んで世話に来る。わっちの羽織りだけで、ここまで親切をするいわれも無かろうに。」
瑠璃は、考えた。
「日の本に、海の向こうへ夢見た伊東先生がいたように……安藤さんにも、日の本に対する夢があるのかも、しれません。」
「夢?」
「安藤さんと、上司さんの会話、ちょっとだけどわかるんです。日の本の帝や侍を、すごく尊重していました。羽織りに喜んだのも、侍に夢があるから、かもしれない。」
何日か経ち、船旅の瑠璃達は日にちの感覚が狂い出した。
その間、嘉志太郎が呼吸困難で倒れ、船医が嘉志太郎を診て、直ちに瑠璃に尋ねた。
「和人のおなごの侍君。彼は、本当にガイ……?何故心拍数がこんなに遠い?」
武田がしゃしゃり出て船医に怒った。
「嘉志太郎殿は立派なガイですとも!そして拙者はゲイです!!」
「こんな時に笑わせないで武田さん!」
瑠璃は笑いを堪え、真面目に嘉志太郎のピンチなので、船医に答えた。
「おなごに生まれたガイなのです。聴診器で心拍数が遠いのは、乳房の上だからです。胸が大きく、サラシで見えないくらいに潰してます。」
船医は納得して、脱がせて、何とかサラシをゆるめてから、また診察した。
「少しずつ呼吸は安定してきた。だが、こんなビッグ バストでキツいサラシを続けていたら、クシャミでもしたら肺に穴くらい空く。潰すのは危険過ぎる。わたしなら裏道を使うな。東京に行くはずだね?ドクター松本良順に会いなさい。彼はオランダのドクターポンペから学んだ武蔵国一のドクターだ。この件を病と認定して、わたしが手紙を書くから、嘉志太郎君を診てもらうように。」
瑠璃は病の認定に困惑した。
「乳癌で乳房を切除するのと、同じ、ですよね。おなごがガイなのは、病ということですか……?」
船医は考えてから、答えた。
「わたしの見解では、病じゃあない。神が、人間の器を間違える。或いはガイらしく育てられたら、レディでもガイになるだろう。だが、文明がまだ人間に追いついていない。だからこその裏道と言えよう。病といえば治療の利点があるから、胸を切除出来る。資金は必要だが、ドクター松本良順はローンくらい組んでくれるはずだ。」
瑠璃は、船医を信頼し、尋ねた。
「だからこその、裏道……ありがとうございます、ドクター。わたしからまだ質問してよろしければ……医学的には、同性愛は?ドクターの解釈に興味があるのです。」
船医は、ため息し、しかし真面目に答えてくれた。
「それは、神にも医学的にも、難題だね。人間は本能で異性に惹かれる仕組みだ。種の存続の為の遺伝子的な作り。親から受け継いだ遺伝子が、子を成すために異性を求める。公式な場ならこう意見するだろう。同性愛が主流になると、子が絶えて、人類は途絶える。だが、わたし個人の見解では、それは病では無い。神が許さなくとも、愛の形だ。」
瑠璃は、納得しながら、一番知りたいことに悩み、塞いでしまった。
「……何故、剣は恋をしたら、愛する人を斬るのだろう。」
「それは、自問自答か、侍問答か。剣は無機質。人斬りの道具だ。剣の恋とは、殺意の妄念では無いかな。まぁ、わたしは異人のドクターで、侍ではないから、あくまで個人的な解釈だが。」
つまり、沖田総司は、人になれたのだ。
愛して生きたいと、願ったのだ。
ならば、瑠璃はどうか?
後悔していた。
逃げてあの人を台無しにした、己を悔いた。
愛する人を斬る妄念に、今の瑠璃は覚悟している。
総司の生前に死合いたかった。
総司の剣を超えたかった。
瑠璃の想いは、愛では無いのだろうか。
深夜、瑠璃は目を覚まし、海を見に行った。
「ルリ。ねなさい。明日には、トーキョー。シナガワワン。」
安藤さんが夜勤中だった。雨や嵐を知らせるべく、船員は交代制で甲板につく。
「安藤さん。わたしは……旅が、怖くなりました。」
安藤さんは頷いた。
「ドクターに聞いたよ。サムライの、なやみ?」
「……わたしは、愛に生きる侍なのか。殺意の妄念の剣なのか……半々なんです。わたしの愛した今は亡き総司さんを巡る旅は、わたしの素顔を暴いてしまいます。それを、知ることが怖いのです。」
安藤さんは、尋ねた。
「ルリは、ソージを殺したいの?それとも、ハカについたら、ハラキリしたいの?」
瑠璃は、正直に胸の内を話した。
「腹切りは出来ません。そんな報いある死に方は、わたしには出来ない……。未熟な頃にわたしは逃げた。愛する人を斬れ無かった。沖田総司は病で、苦しみ抜いて死んだ。今は違う。斬ることは、情けがあると思う。本当に愛していたから、斬るべきだった。約束したのです、あの人を超える剣になると。でも、今では悔恨が、妄執が、わたしを捕らえて離さない……!」
苦しむ瑠璃の両肩を、安藤さんはそっと支えた。
「……ソレは、ブシの情け。ルリ。おかしくない。こわくない。ルリは、サムライになっただけ。愛してるから、ソージの剣を、超えたい。たとえ、キルしても。それ、情け。」
瑠璃は、安藤さんの答えに驚いた。
穏やかなブルーの目が、瑠璃を見透かしているようだ。
「わたしが、侍になったから……安藤さん、何故わかるのですか?わたし達が人間を辞めて剣になろうとしたこと。総司さんが、殺めてでも自分を超えて欲しかったことを。」
安藤さんは目を細めて語った。
「アンドーはね。ムサシノコクで仕事してるうち、夢みた。幕臣達、ラスト サムライや、ヒノモトのミカドの、対立と戦い。でも、ただのセーラーのアンドーは、関わるツテも無かったの。いま、ムサシノコクは、恩義あるイギリスの言いなり。アメリカ船は嫌われる。アンドーは、ココじゃない。エゾチで、最後のサムライ、関わりたかった。だからわかる。ソージ、斬られて死ぬこと、望んだって。病の死、よりも。アンドーには、ルリ達も、そう。ラスト サムライ。アンドーにハオリの夢をくれたから、アンドーはサムライ、たすけたい。」
瑠璃は恩に報いようと、具体的に考えてから、返した。
「悩みを打ち消してくださって、センキュー、安藤さん。あの……安藤さんの、お仕事の腕前次第では。蝦夷共和国の榎本さんが、海軍に重きを置いてるから……きっと、安藤さんのラスト サムライの夢は、今からでも叶いますよ。貴方の心と路銀次第だ。わたしも、安藤さんの夢の大成を、願います……貴方の、友として。」
安藤さんは、聞いて穏やかに笑った。
翌日。
昼餉を食べていたら、品川湾に着港した。
瑠璃達は慌てて食べ切ってから、船を降りて行く。
「ルリー!」
安藤さんが、トランクを持って現れた。
「ん?安藤殿の羽織りが無いな……。」
まず、安藤さんは嘉志太郎に、日の本式の土下座をした。不器用ながら、形にはなっている。
「カシク、ソーリー!!大事なハオリ、なかまに売っちゃった!!」
瑠璃は理由に気づいて、微笑む。
「構わんが、安藤殿が気に入っていたのにか?」
「アンドー、夢、叶える!ロギン、必要!!なかま、話し合って、アンドー、船おりる。エゾチ行く!ラスト サムライに関わる、仕事したい!!ついでに、ルリの旅も、ついてく!ルリとソージ、見守る!」
武田が朗らかに笑った。
「踏み出しましたな!それでこそ男です、安藤さん!拙者も、伊東先生に断られても、近藤勇に論弁で挑み、夢を追って除隊しました!」
瑠璃が微笑みながら告げた。
「わたしの旅路は、沖田総司の死出の道のりです。この巡礼が、地獄の道やもわからない。それでも、いらしますか?」
安藤さんは頷いた。
「ニゴンはゴザラヌ!ルリについてくのは、アンドーの士道!!もう、アメリカ・ドルはいらない。祖国でヤケ酒、いらない!!タケダ!アンドーの和名、書いて!」
「承った!!」
武田観柳斎は筆を取り、達筆な書道をした。さすがに学識深い武田観柳斎である。
安藤アントン益次郎
「未熟者ながら拙者が命名した益次郎、如何かな?」
安藤さんは紙を触り喜んだ。
「マスジロー!これが、アンドー?アンドー アントン マスジロー!すごい!!センキュー、タケダ!」
嘉志太郎は風呂敷から、一枚の羽織りを出した。生成色の地に、青い竹林の柄の美しい羽織りだ。
「青地の羽織りより、気に入るかはわからぬがな。生成色なら、そのせえらあ襟に合うだろう。わっちのお下がりを使え、安藤殿。」
安藤さんは喜んで羽織って、下からセーラーカラーを出した。
「あ、また可愛い着こなしを……。」
「センキュー!カシク!とても、ビューティ!オンにきる!!」
品川湾を抜け、嘉志太郎が提案した。
「一旦、わっちの仲良しのいる品川楼に寄り、座敷で茶を飲みながら話し合おうか?新撰組は品川にいたのは数日、すぐ甲陽鎮撫隊になり、旅立ったからな。」
瑠璃は頷いた。そして、この先を思う。
「はい。甲陽鎮撫隊は、沖田総司と新撰組の、本当の別れ……わたし達は、総司さんの死に場所に迫っている……。少し一休みし、話し合うことに、賛成します。」
「うむ。茶菓子ぐらい出るぞ。案内しよう。」
嘉志太郎の案内で、品川楼へ。
手が空いてる女は、舞妓に遊女、花魁まで集まってきて、再開を祝った。
「嘉志久さんが帰ってきたよ!」
「こんなに立派な殿方になって!」
嘉志太郎は挨拶しながら、彼女らに親愛の握手をした。
「うむ。うむ。再開は嬉しいが……旅の仲間と今後の話し合いをしたい所存。席をはずせぬかな?」
遊女達は不満げだ。
「相変わらず冷たいね。ぶっきらぼうなんだから。永倉さんには、会えたのかい?」
「京にはいなかった。聞けば、蝦夷共和国にいる噂もあってな。そら、向こうへ行っておれ。」
「はいよ、はずしますねー!舞妓さん達!お茶とお茶菓子お願いね!」
ようやく四人は落ち着いて座敷に上がった。
「すごく綺麗な方々でした。初の遊郭です……周りが美しゅうて、落ち着かない気持ちがしました。人払いしてもらえて、何よりかと。」
「ルリ。アンドーも。ハツ ユーカク、アジアン ビューティにかこまれて、コンワク。」
武田が渋い顔だ。
「遊郭など!新時代には消えていきますよ!惑わされる男は尽きずとも、遊郭社会は男尊女卑の産物にて!男は男同士、尽きぬ欲を果たすが正道でござろう!しかも、馴染みとは言え嘉志太郎さんに色目を流しよる!キィィーッ!!妬ましや恨めしや!!」
「同僚を恨むなよ武田殿。それからわっちは武田殿とは添い遂げぬぞ?安藤殿、貴殿に武田をあげるから。」
「タケダ、ブシだけどゲイでしょ。アンドー、いらないよ。」
武田の押し付け合いに当の武田は有頂天だ。
「あぁッ!!つれない美青年と容赦ない優男!!この武田観柳斎、選べませぬッ!!!」
「ハッハッハ……」
武田のおかげか、ようやく場が和んだ。
幼い舞妓達が、茶をいれて、東京の美しいくず餅を出した。
「さて。この先だが……瑠璃殿の心境も確認せねばならぬ。手紙には、道のりはどうありんす?」
嘉志太郎に、瑠璃は手紙を出した。
「わたしは、怖い気もしました。この先で、わたしが決定的に暴かれる気がしたのです。心無い、殺意の剣なのだと。だけど……安藤さんが、わたしの妄執を武士の情けだと言ってくれました。だから、わたしは前に進む。今はもう、大丈夫です。道のりは、品川から旅立って日野へ。佐藤彦五郎さんの屋敷からは……土方さんのお姉さん、のぶさんが、最後の案内人です。」
武田は、遠い眼になる。
「沖田君は、優しい子でした。その優しさが、沖田君を壊していった。沖田君は、近藤勇の懐刀……近藤勇は、素晴らしい剣客ながら、滅多には剣を振るわなかった。だが、その実、沖田君こそが近藤勇の長曽祢虎徹の化身でありました。沖田君は敬愛する山南敬助の介錯から、歯車が狂いだした。……瑠璃殿。貴女は既に、武士の情けを得た。優しさを捨てて人を斬った沖田君が到れなかった境地に、貴女はいる。それでも、沖田君の剣を超える為に、旅を歩みまするか?」
「……はい。愛する人だから。その死への、旅を続けたい。そして、わたし自身の剣を見定めるには、その道しか、無いのです。」
安藤さんが、すかさず告げた。
「ルリ。ソージが病で、くるしみぬいて、死んでても。ハラキリじゃない。神が罪を赦すまで、生きなきゃダメ。」
「はい。大丈夫です。腹切りはしません。わたしは斬り合いで死にます……総司さんの夢、ですから。」
武田が好奇心から尋ねた。
「ちなみに、安藤殿の神様は、切腹は煉獄行きだとか?パードレ様の教えであられる?」
「NO。アンドー、カトリックじゃないよ。親はイギリス移民のピューリタン。あー……プロテスタントのなかま。パードレはいなくて、牧師さまの、教え。アンドー達は、働いてお金を集めると、天国に行く。だからピューリタン、とても勤勉に働く。」
嘉志太郎が不思議がる。
「働かざる者食うべからずとも言うが。働きまくると天国行きか。ならば、荒稼ぎしたわっちは天国行きかな?安藤さんは仏教を知りながら天竺のカレーの話もしたな。」
安藤さんニヤけた。
「船乗りだから。アンドー、どこの神も信じるよ。アメリカ先住民のインディアンにも、友達いた。神様、どこも大事。だけど殺された。アンドー、文明が壊されるの、キライ。だから、サムライ守りたい。」
瑠璃は、要約した。
「ええと。働いてお金をためて天国へ……働きはしますが、でも、きっと人斬りの総司さんは地獄にいる。天国行きも困るような……?」
「死後のお悩みで?ならば、菩薩になられて沖田君を救う……しかし、瑠璃殿は剣客ですからなぁ。」
安藤さんが思いついた。
「星!ギリシャみたいに、死ぬ時は星になれば?ヒノモトにもある、夏、ベガとアルタイル、恋人の話!」
嘉志太郎が意を察した。
「夏の、べがとあるたいる。恋人の星。天の川を渡る織姫と彦星か!七夕伝説のように……それが良いな!なんと言うか、……英語がわからぬで、すまぬ。語彙が無い。」
武田観柳斎がサポートした。
「ロマンティック、というヤツですな?嘉志太郎殿!」
瑠璃が本気で考え込んだ。
「お星さまは理想的です……剣として生を終えたら、総司さんと星になって……でも、学問が無いわたしには、どうやって星になればいいか、謎が過ぎます。」
安藤さんは微笑み、教えた。
「生きてる間は、たくさんアピール、してくしかない。ルリとソージの星、語って、伝承、作る。のちの世の人が、叶えてくれるものだから。」
四人の深刻な話し合いは、割と楽しく、結託を深めて終わった。
品川楼を出て、夕方までは日野への道を進む。
瑠璃は貨物室に積んでいたイギリス式自転車、三人は馬でだ。
「早い早い!瑠璃殿、待って!!」
「あれは、イギリスの産業革命の自転車。フランスのナポレオン三世の、悩みの種。」
嘉志太郎は安藤さんに尋ねた。
「何でも知っているのだな。ちな、なにゆえフランスのなぽりたん三世は悩むのだ?」
「イギリスとフランス、永遠のライバル。ずっと敵。でも今、イギリス少し有利。」
下り坂。
瑠璃が何やらわめいている。
「ルリ?」
下りで車輪は凄い速さだ。
「ブレーキが効かない!ブレーキが……不味い!!」
ずっと瑠璃は故障と戦っていた。
ブレーキのイカれたイギリス式自転車は猛スピードで走っていたが、瑠璃とて負けない。
「いやぁーッ!!」
掛け声を上げて三段跳びした瑠璃は、無事に着地して脱出。
追いついた三人が緊急事態だとようやく悟った。
「よくぞ無事でしたな。ものすごい身体能力であられる。」
「天然理心流の賜物です。門下生は、体術も習いますので。」
坂の下で倒れたイギリス式自転車を、馬から降りて安藤さんが起こした。
「コレ……ブレーキ、変形してる。」
「え?」
「商品欠陥、違う。コレ、ルリのパワーで壊れた。」
嘉志太郎と武田が驚いて瑠璃を見て、瑠璃はため息をついた。総司の生前から注意されていた、剛力の力加減を誤ったのだ。
「あぁ……またやってしまった……。」
瑠璃の爆走で、思いのほか早く、日野近くまで進んだが、もう夕暮れを過ぎている。
瑠璃達は、民家に宿を借りようとしたが、農家はアメリカ人の安藤さんを見て頑なに戸を閉ざした。
「随分警戒心が強いな。尊王の世とは思えん。」
「田舎などはそういうものです。土地が痩せている、耕すことで精一杯なのでしょうな。」
「なら、地主さんなら、口を聞いてくださるかもしれません。」
瑠璃達は、地主の農家にやってきた。
「すみません。宿を貸していただけませんか?」
地主は、白髪の老男性で、瑠璃の帯刀した刀や、袴を見て、尋ねた。
「貴女は、女剣士か?その、歩き方は……歳三?歳三!!帰ったのか!!」
瑠璃は驚き、改めて名乗った。
「わたしは、天然理心流門下生の沖田瑠璃と申します。土方歳三さんは、わたしの兄弟子に当たる方です。こちらは、土方さんの生家ですか?」
初老の男性は、我に返って名乗り出た。
「いやはや、天然理心流の剣客殿であられましたか。いきなり耄碌していて申し訳ない。土方歳三の兄、土方隼人です。もっとも、歳三は我が家には寄りつきませんが。よろしければ、歳三の話を聞かせてください。小うるさいうちのガキ共もおりますが、どうぞ一泊なされよ。」
瑠璃は頭を下げた。
「ありがとうございます。あの……安藤さんはアメリカ人ですが、日本語を解します。どうか警戒なさらずに。」
安藤さんは日の本式にお辞儀した。
「アンドーです。よろしく、です。」
土方隼人は別の心配をした。
「背の高い、異人さんよ。貧しい我が家では、腹が満たされるかどうか。粟粥ぐらいしか、出せませんが。」
「アワガユ?」
瑠璃が安藤さんを支援した。
「ライスより安い、庶民のご飯です。あの、わたし達が何か買い足しましょうか?」
「野菜は年貢ですから、売るものはおりません。良い土地に恵まれた百姓は、余った野菜を売って子供を道場にも通わせますが、ここは痩せた土地ですから。田舎は、初めてであられますか?」
瑠璃が申し訳なさそうに頭を下げた。
「失礼を致しました。わたしは京の生まれで、貧しくとも近所と野菜等は支え合ってきて……世間知らずにございました。」
嘉志太郎も告げた。
「それを言うならわっちも肥沃な土地の百姓の子で、父に剣を習い、水滸伝を読み聞かせしてもらった世間知らずでな。土方隼人殿、世間知らずが寝泊まりしても構わぬか?」
「構いませんとも。ただ、腹を空かせて寝れぬでは、わたし達も申し訳たたぬ。粟粥の後は、丸薬で腹を満たされよ。」
武田観柳斎が嬉々として尋ねた。
「おお!それは、土方君秘伝の、石田散薬の丸薬ですかな?」
「ほっほっほ。歳三に石田散薬を教え込んだのは、わたしですからな。なんなら、薬部屋に来ますか?歳三の知人の方らよ。」
「是非とも!」
「ガンヤク……?忍者の?」
土方隼人は頷いた。
「古くは忍も丸薬をもちいて、空腹を凌ぎました。なか!粟粥を多めに作っておくれ!」
なか、と呼ばれたおばあちゃんは、首を振った。
「嫌です。」
「なか。」
「わたしゃ、歳ちゃんの母親代わりですよ。歳ちゃんの知人の方らに、わたしもついてく。」
「とは言っても、なかよ。」
なかは娘を呼んだ。
「ぬい!お前、粟粥作っといて。」
若い小綺麗な娘、ぬいは、嫌がった。
「えぇ~?なんでわたしなんだよ、作助にやらせなよ。」
綺麗な見た目によらずかなりのズボラか、畳に寝そべって動かない。
弟の作助が渋々出てきた。
「奉公先から帰ったばっかなのに。もういいよ。俺が作るから。ただし姉ちゃんはメシ抜きね。」
「勝手に鍋から食べるからいいよ~。」
「父さん、おかしくない!?家訓では、働かざる者食うべからず、じゃないの?」
隼人は深いため息を吐いた。
「ぬいは、自宅警備員だとか……まぁ、わたしが何とか嫁に出すから、それまで辛抱してくれ、作助よ。」
「嫁になんかいかないよ。作助に付きまとって一生食ってくから、大丈夫だって。」
「やだァ!!付きまとわないでッ!!」
瑠璃達は、先程、隼人さんが言った「うるさいガキ共」の意味を解した。
「これも、新時代……なのでしょうか?」
「左様。しかし、我が家には新時代の悪い寒波が押し寄せましてな。さて、なかも来なさい。皆さん、ご案内します。この家も先は無いし、今更秘伝を隠していても製薬技術が消えるのみです。薬部屋をお見せしましょう。」
「石田散薬……」
瑠璃は少し胸が踊った。
これでも医者の娘だ。父は、例の懐妊以来、マリア観音だとか冷やかしてくるから嫌いだが。
「さぁ、どうぞ。くれぐれも落とされぬように。」
薬部屋を見るなり瑠璃が飛び込んだ。
「刀傷の薬に癇癪の薬、結核の治療薬も!!……あぁ、失礼致しました。貴重な薬だらけで、つい我を忘れて……。」
隼人さんは唸った。
「さては、瑠璃さんは医学の心得がおありで?しかし、結核は薬があっても、働きながらでは治るまい。きちんと療養せねば。わたしの両親も、結核で死にましたからな。」
武田が驚いた。
「土方君のご両親も結核で?」
「父は歳三が生まれる三ヶ月前に死にました。母も病床につき、歳三が六歳の頃死にました。歳三は、母親に抱き締められた記憶はないでしょうな。」
なかが、謎の母性を発揮。
「いいじゃないですか、わたしゃ歳ちゃんの母みたいなもんです。わたしがいっぱい抱き締めましたよ。」
隼人が不審がる。
「なか、お前は美少年好きの美男子好きで、母としてはあんまり。」
「ぐへへ。歳ちゃんの生足うまぁ~。ってなわけあるかーい。たしかに可愛かったけど、母代わりでしたよわたしゃ。」
武田観柳斎がなかに握手した。
「なか殿。土方君はどんな美少年でしたか?拙者も美少年愛好家にて候!」
「マジモンが出たやないかーい。最初の子の歳ちゃんは秘密厳守だけど、作助なんか歳ちゃんと違うタイプのやんわりとした美少年でしたよ。だから、ぬいがこじらせちまったんだろうねぇ。」
嘉志太郎は必死に棚を調べていた。
「歌舞いたお侍さん、何をお探しです?」
「うむ。月経を止める薬。それに、汗疹の軟膏をな。」
「奥様にですか?こちらと、こちらです。」
「感謝致す。言い値で買おう。」
「歳三の知人にそれはなりませぬ。三割引で。」
なかが隼人に食ってかかった。
「半額!!奥様思いの美男子ですよ貴方!!はーんがくっ!はーんがくっ!!」
「押しが強いな、お前……お侍さん、半額で。でないとわたしがなかにぶちのめされます。」
嘉志太郎が笑った。
「なんと言うか。土方殿の家は、女が強いな?」
隼人が愚痴った。
「武人を志す歳三の影響あり、我々土方の男は女に手を上げませんからな。そこに気づいた妻や娘は、日々ふてぶてしく増長し、我が家は女尊男卑のただ中かと。働いても守っても、男道は報われぬ運命。うちで得をするなら、美男だけでしょうな。」
「笑ってすまぬ。それでは、男女平等とは言えぬな?なか殿、もう少し旦那さんにお手柔らかにされよ。おなごを守るは男道だが、おなごに殴られては行き場が無かろうて。殴るなら強盗でも殴られよ。」
なかは嘉志太郎にはウンウンと頷いた。
「はいはい。美男子さん、わたしゃ貞淑な妻ですよ。強盗は任せてくださいな。わたしとぬいが自宅警備員ですから、既に何人かはボコボコにしましたよ!」
(うーん。働かぬのかー。)
安藤さんは、丸薬を取り出す隼人さんに歩み寄った。
「ワン。飲んでも、いい?」
「椀?向こうで、夕餉の時にどうぞ。」
瑠璃が慌てて止めた。
「いけない!安藤さん、それは日本語だと、丸薬をひとつ、ですよ。隼人さん、丸薬は粟粥の後ですよね?」
安藤さんは口を抑えた。
「ソーリー。ひとつって出て来なかった。」
隼人さんは興味深げだ。
「ひとつは、わん、なのですか。我々も語学に通じていれば、開国するなり石田散薬が儲かったでしょうに。」
なかは安藤さんの顔に興味津々だ。
「お肌がお白くて日焼けなさって、なんて目の大きい方でしょう。愛らしくて、くりんくりん。」
「oh、くりんくりん?なに?ルリ?」
「なかさんなりの、安藤さんの目への褒め言葉かと存じますよ。」
武田観柳斎が不敵に笑った。
「なか殿。なかなかに、見る目がございますな?しかも、安藤さんは容姿だけではございませぬぞ!めちゃくちゃ優しいのですッ!!」
「マジで~っ。妾になりてぇ~。ババアだけどいかが?老人介護体験も出来るよ~。」
安藤さんはびっくりしながらも、なか婆さんに失礼が無いように断った。
「アンドー、志しはブシなれど、まだまだ我が身は、未熟者なれば。エゾチまで、仕事も無い、有り様。ヒジカタのダンナサマの甲斐性に、かないませぬ。ユエ、ジタイ致す。ナカの幸せ、祈るよ。」
隼人さんが静かに叱った。
「なか。安藤さんを困らせるんじゃあない。」
「柔らかい断り方だ、本当に温かくて優しい人だねぇ~。」
一同がちゃぶ台につくと、不思議と狭さは無かった。
「随分と、大きなちゃぶ台なのですね?」
「ええ。うちは、生き延びたのは六人兄弟ですが、元は十二人家族でして。父が生前に家族の為にと、あつらえたちゃぶ台です。」
作助が台所から姉に呼びかけた。
「姉ちゃん!明らかに粟が足りない!筍生えてないか見て来て!」
ぬいは愚痴りながら出て行く。
「春じゃね~んだから、生えね~だろ。ほら、生えてないだろ~!」
作助が青くなる。
「歳兄さんのお客なのに、こんな粗末な量の粟粥出すわけ?」
ぬいが仕方なく巾着袋を渡した。
「ダメ弱虫!使えよ、わたしのおやつ!」
一方、瑠璃達は隼人さんに尋ねた。
「筍?表の立派な竹から?」
隼人さんは言った。
「あの竹は、幼少期の歳三が植えまして。我、壮年武人と成りて、天下に名を上げん……といった意味の、幼子言葉で、竹に誓っておりました。まぁ、言うてアイツはバラガキですから、歳を重ねてもぶっきらぼうな言葉使いのままです。」
武田観柳斎は何か納得した。
「一徹の方ですからな……幼き日の誓いを叶えてしまわれた。」
瑠璃は、妙に今までの土方の表情に、納得した。
「わたしと総司さんを近藤さん達が止めた時。土方さんだけは、黙って見ていたのです。どことなくですが、総司さんの剣への執念に、彼だけは理解があったのやもしれません。土方さんの志しを、ここで学ぶことが出来ました。」
「……歳三は、誰よりも剣客の味方ですからな。一徹の執念だけで、貧しい馬車馬の生活から、剣の道に辿り着いた男です。恐らく、総司さんの味方だったのでしょうが……何せ不器用な奴でして。」
嘉志太郎が告げた。
「栗の良い匂いがするな。この辺りでは、栗は普通か?隼人殿よ。」
「小山にはゴロゴロ落ちてます。もっぱら、子供のおやつですが。いや御免、言い替えましょう。実際にこの辺りの栗の木を仕切っているのは、わたしの娘のぬいです。」
「京や東京の料亭に売れば高いぞ。思いのほか、馳走にあやかるな。」
「ん?」
作助が鍋を運んで来た。とても良い匂いだ。
「父さん、すごいことになった!粟粥に姉ちゃんの栗剥いて煮込んだら、やたら旨い!!」
「旨い?ならばでかした!!」
一同はちゃぶ台について、栗の粟粥をいただいた。
「栗がほこほこ……。」
「マロン、アンドーも好きだよ。マロンのカユ、旨いね!」
「こんな贅沢な粟粥は初めて食べましたよ!」
隼人さんは子供達を褒めた。
「作助!ぬい!偉いぞ、よくやった!」
ぬいは巾着袋をまだ持っている。
「まだまだあるけどな。こっちはあげないよー。」
作助が苦笑した。
「姉ちゃんのほっつき歩きも、無駄にならなかったな。」
なかがはた、とした。
「忘れてた。わたしゃ、熱燗とか温めるべきだよね?」
隼人さんが首を振る。
「なか。蝦夷共和国が成立して、歳三の文をのぶが届けた日に、皆で飲んだきりだ。金はないし酒もない。」
瑠璃が微笑んだ。
「旧幕臣は、奇跡的な生還でした。大事なお祝いですからね。わたし達は、お酒はいりませんから、お気になさらず。」
嘉志太郎が次いで告げた。
「ちなみに、わっちを止められる巨魁でもおらぬかぎり、酒は出さぬが良いぞ。わっちは酒乱でな。」
安藤さんが尋ねた。
「シュラン?カシク、ソレなに?」
「酒を飲むと、荒れ狂って、喚き散らして、暴行に及ぶ輩が、酒乱という。酒に弱い下戸と違って、酒乱は酒が好きでな。更に飲むから、尚更始末に負えぬのだ。安藤さんも気をつけるがよいぞ。」
「なるほど。どの国も、いる、シュラン。」
なかと隼人さんは、折を見て話し始めた。
「実は、我が家は父が死んでからは、地主とは名ばかり。貧しさに大家族が食えぬ有様で、歳三も剣の道を志しながら、九年奉公に勤め、薬の行商でも馬車馬の如く働いて、ようやく我が家を出て天然理心流の門を叩いたのは、二十六歳だったと思われます。以来、うちには立ち寄らなくなりまして。姉ののぶがいる、佐藤彦五郎さんの家に入り浸り……。我が家は、歳三の苦労時代の象徴。致し方ないのですが……。」
瑠璃が申し上げた。
「わたしも働きながら夜間だけ剣を素振りしましたが、奉公先では夜間すら自由は無かったでしょう。兄弟子の剣への執念、初めて思い知りました。あの徹底ぶりは、隼人さんが養われたある種の才能です。長い忍耐の成果なのですね……親代わりの隼人さんはお寂しいでしょうが、彼は一徹を通して、今も新撰組を守ってらっしゃるのでしょう。」
武田観柳斎もまた、申した。
「拙者、今更ながら申しますと、元新撰組軍師、兵法指南役、武田観柳斎と申します。土方君は、副長でありながら、毎回稽古に参加しては真剣に学びました。拙者は裏表のある小悪党ゆえ、彼には嫌われていたかに思いますが、それでも拙者の甲州流兵法を信じ、拙者の指導の元で彼は鍛えました。何故、彼ほどの努力家が、天然理心流の免許皆伝に至らなかったのか、拙者には謎でしか無かったが、ようやく理解致した。まさに、時が足りなかったのみ。彼の剣への執念は、沖田君とはまた違う妄執。強くならん、ただその一心を感じた次第にて。」
隼人さんは懐かしさと、変わらぬ歳三の想いに涙した。
「瑠璃さん。武田さん。お二人の歳三の話、痛み入ります。変わっておらぬ、彼奴は。時に、瑠璃さんよ。貴女の眼差しは歳三を彷彿とする。武田さんの仰る通り、歳三の眼差しは、強くならん、の一言であった。瑠璃さんもまた、まさにその意思に満ちてらっしゃる。」
「そうかも……いいえ。そうです。わたしは、わたしが愛した沖田総司を超えたい。強き一振りになりたいのです。総司さんの死に向かう旅路の先で、この剣を確かめる。それが良きものか、悪しき剣なのか……そこでしか、測れない。」
隼人さんは頷いた。
「その時。良くも悪くも、答えが出たら……貴女は、歳三に会われよ、瑠璃さん。貴女の剣は、そして沖田総司の剣は、歳三の夢だったはずだ。歳三は新撰組を、朝廷側まで持ち込めた。今なら、あいつこそが剣客に相応しい居場所のはずだ。」
瑠璃は頷いた。
「はい。ありがとうございます、隼人さん。良きものであれば、きっと。総司さんの仲間たちの、お役に立ってみせまする。」
翌朝、見送りに来たかの土方隼人さんに、瑠璃は念入りに告げた。
「土方さん、きっとわたしと同じ頑固者だから。いつか、役目を終えたら、父が懐かしくなってふらっと現れると思います。だから、秘伝の石田散薬は、御身の為にお使いください。長生きしてください。生きてさえいれば、叶う夢は、たくさんございまする。」
隼人さんは、この歳三によく似た娘と離れ難い思いがしたが、グッと堪えた。
「はい。瑠璃さんが言うならば、そうでしょう。粘り強く、生き長らえましょう。それと、実は、まだお別れではなく……彦五郎さんちに、ご案内してから、退散しようと思いまして。」
「それは、かたじけないです。」
「歳三はよく、委細は彦五郎さんに聞いてくれ、と、文に書きまして。まぁ、実際従兄弟の中ですから、そこまで遠い訳でもありませんので。」
一同は、馬をゆっくり勧めた。
佐藤彦五郎は、日野宿問屋役、日野組合村寄場名主である。
立派なお屋敷の門の前で、先に知らせをもらった佐藤彦五郎と、のぶは、待っていた。
一際、泣いて笑っているのは、おそらくのぶだろう。
「隼人さん、ありがとう。確かに、瑠璃さんをお引き受け致します。」
「彦五郎さん、お頼み致しました。」
瑠璃は、佐藤彦五郎に一礼して、のぶに駆け寄った。
「佐藤彦五郎さん、しばしお待ちくださいませ。先に、奥様へ失礼致しします。……佐藤のぶさん、ですね。総司さんの最期まで、絶えずに文をやり取りしてくださり、本当にありがとうございます。沖田……瑠璃、です。」
のぶは、更に感極まって嬉しそうに泣いた。
「瑠璃ちゃん、本当に椿の羽織りね!うん、沖田瑠璃が相応しいわ。やっと会えたね……泣いちゃってごめん、わたし、嬉しいのか悲しいのか、いま、ごっちゃになっていて。あ、瑠璃ちゃんのお連れ様の皆さん、入ってください。貴方、わたしはお茶菓子を取りに行くから、皆さんの案内お願いします。」
彦五郎さんは優しくのぶを止めた。
「お茶菓子は後にしよう。のぶ、お前も待ちに待った日だ、瑠璃さんといなさい。」
のぶはぐしゃぐしゃに泣いた。
「はいっ……!」
瑠璃は、のぶの涙を見て、胸がチクリと痛んだ。
「文を読んで……総司さんが亡くなったのだと、頭ではわかっていましたが……今思えば、わたしには実感が薄かったようです。のぶさんの涙を見て、初めて、わたしは揺らいだかもしれません。わたしも、のぶさんに傍にいてもらいたいです。この、ささやかな痛みは……のぶさんからしか、知ることは、出来ませんから。」
「うん。きっと、そう。わたしもね、総司ちゃんがいないなんて、受け止めるのにいくらかかかったから。受け止めて、瑠璃ちゃん。わたしから、そしてこの先の、旅路から、ね。」
屋敷の中に入ると、敷地内の東に道場があった。
嘉志太郎が食いついた。
「場違いな輩ですまぬが、道場を見てもよかろうか?」
「どうぞ。この道場には、近藤さんや沖田君が出稽古に来ました。所謂試衛館の皆さんが笑って競い合った思い出の場所のひとつです。」
道場の中は立派で、ひとつ、建築の間取りを頭に入れた武田観柳斎が、甲州流兵法をやってみせた。
「この位置ならば剣で一人ずつ仕留められる。まぁ拙者剣はボロクソに弱いので、鉄砲ならば、こっちですな。」
彦五郎は感心した。
「見事な兵法であられる。よもや、貴方は武田観柳斎さんか?」
「いかにも。なれど、拙者の兵法は時代遅れです。悔しい!洋館の建築図も頭に入れましたのに!それはそうと、彦五郎さんはさぞかし剣が達者でしょう?拙者は昨晩、土方君の剣の熱心さを隼人殿に語りましたが、拙者は軍師で、剣はまるで素人です。しかしこれでも猛者に囲まれて暮らした身なれば、足つきから、貴方の強さはわかる次第にて。」
彦五郎はたおやかに笑った。
「そう、おだてになられずに。近藤さんは貴方が大のお気に入りで……天狗になってしまわれましたよ。慢心こそが剣客の天敵、褒め方にはお気をつけください。しかし、甲州流兵法は使い手の頭次第でしょう。何故、時代遅れだなどと?」
嘉志太郎が木刀を持ち剣術を繰り出した。
「わっちに兵法を教えれば良い。この通り雑魚なら敵ではないからな。」
その様を見て安藤さんは真剣に正座。
「それは懐かしい型だね。だけど、久しぶりなのか、握りが危ないな。」
「うむ?ならば今まで相手が雑魚で良かったというべきか……」
佐藤彦五郎は、嘉志太郎に握りを教えた。
「これで大丈夫だろう。剣を学んだのは、小さい頃かな?手癖があるが、北辰一刀流だね?何年もの余白があるようでいて、衰えてはいない感じだ。お侍さん、お名をなんと?」
「嘉志久、また、伊東甲子太郎だ。混乱を来すから、嘉志久の字で嘉志太郎でよい。こう書いて……うむ。彦五郎殿は随分手馴れた教え方だ。」
彦五郎は穏和に笑った。
「近藤勇が上洛してから、近藤道場を繋げるべく、師範代理をしておりました。わたしと近藤さんも、義兄弟です。」
武田は笑った。
「彦五郎殿は近藤勇の強い味方ですな。ずっと彼の支援を?この道場とて、よほどの志し無くば建てなかろう。」
彦五郎は、調子を崩さず、打ち明けた。
「家が放火された折、強盗によって母が目の前で斬殺されまして。大切なものを守るには、剣術が必要だと思い知り、この道場を建てました。」
「これは、悲しい話をさせてしまいましたな。失敬を致しました。」
「サトウさん。」
安藤さんが向き合い、彦五郎は応じた。
「はい。」
「サトウさんの剣、ニクシミですか?前向き、ですか?」
彦五郎さんは深く考えた。
「ユニークな問いかけですね。憎しみ……わたしのような男とは、憎しみは無縁でした。無論、一時的な恨みは抱きましたが……悲しみです。悲しみの連鎖を防ぐ為に、道場を建て、稽古をしました。結果的に、近藤さんや歳三君達、皆との変え難い絆を得まして。最終的には、我が剣は前向きやも、しれませんね。」
安藤さんは、悲しそうな顔で尋ねた。
「サムライの被害、ひどかった。イサミの首、京で晒されても、サトウさん、悲しみ?」
彦五郎は目を閉じ、告げた。
「……悲しかった。本当に、悲しかった。……鬼百合や 花なき夏を 散りいそく。自ら参加した甲陽鎮撫隊の敗北から、わたしは身を隠すのが精一杯だった。近藤さんは、せっかちで。また、置いていかれたのだ。だけれども、近藤勇も新政府軍も、人間だよ。近藤さんが過ちで殺めた、伊東甲子太郎の実弟、鈴木三樹三郎なら、人を憎む権利はあるやもしれない。だけど、善も悪も抱えて進む近藤勇について行ったわたしには。人を斬ったわたしに、憎む権利が何処にあろうか。ただ、このような悲しみを断ち切る、守る為の剣を、わたしは願った。」
安藤さんは、彦五郎の思いを受け止めた。
「サトウさんは、優しきブシドー。こんな優しい人でも、イクサに出た。ラスト サムライ、守りたい信念の為に。」
瑠璃が紹介した。
「彦五郎さん。彼は安藤さんです。蝦夷共和国で、ラスト サムライに関わる仕事の夢を叶える為に、アメリカ船を降りて共に旅をしています。わたしを支えてくれる、友です。」
「いや。うん……見た目で異人さんとはわかるが、安藤さんを知れば、確かに伊東甲子太郎先生が正しかったのがわかる。彼は夷狄などではない、まさに対話する隣人……旧幕臣の思いを、受け継いでいる。安藤さんもまた、侍なのでしょう。」
「アンドー……サムライ?全然、カタナ、わからないよ?」
彦五郎さんが告げた。
「蝦夷共和国のブリュネさんも、刀はわからずとも、侍だと、歳三君が文に書いてましたよ?」
「……あの。……いいえ……」
瑠璃は、疼いていた。
彦五郎の足取りひとつ、強さがわかる。
のぶが、勘違いして瑠璃に告げた。
「瑠璃ちゃん、厠は外よ。案内するわ。」
彦五郎もまた、うずいていた。
「のぶ。厠ではないよ。」
「え?」
「これは、剣士のうずきだ。武者震いだよ。瑠璃さんはまるで総司君……足音の無い、あの踏み込みと同じだ。瑠璃さん。手合わせ願いたいが、わたしでは死に至るから、防具をつけさせていただきたい。」
瑠璃は頭を下げた。
「師範代理を務めた兄弟子に、手合わせをしていただけるとは、幸いです。」
のぶは、瑠璃のすごさはわからなくとも、彦五郎が圧倒されているのは伝わった。
「総司ちゃんの、剣……?もしそうなら、彦五郎さんは頭を突かれたら、死ぬわ。永倉さんの時だって、貴方」
嘉志太郎は頷いた。
「わかっていて瑠璃殿に挑まれるか。彦五郎殿も、剣客だな。」
いざ、防具をつけた彦五郎と、羽織りと袴の瑠璃は、木刀で対峙した。
二人共が、平晴眼の構え。そして、浮島に至る。
瑠璃は気づいた。
彦五郎は、奏者に徹している。
奏者とは、相手の攻撃から身を守る技であり、攻撃は行わない代わりに、臨機応変な防御技を放つ。
容赦はいるまい。
瑠璃は、大きな踏み込みひとつ、一の突き。
小手は、やはり防がれる。しかし、急所の距離を掴んだ瑠璃は、足音の無い神速で、二の突き、三の突き。
彦五郎は防具越しでもしりをつき、頭の防具を外せば、額が赤く腫れていた。
「天然理心流・奥義、無明剣・三段突き。見事!君は、あたかも沖田総司……或いは、それ以上の……」
彦五郎が倒れて、皆が驚き、のぶと安藤さんが抱え起こした。
「あ……レディノブ!コレ、ダメ!ヒコゴロー、ねかせて!」
「え?なんで……」
医者の娘たる瑠璃は、安藤さんの言いたいことがわかって、慌てて彦五郎さんを持ち上げた。
「ルリ!やはり、チカラモチ!!」
「のぶさん、寝床へ案内してください!脳しんとうです!治るまで絶対安静!わたしのせいですが!」
「わかった!こっちよ、瑠璃ちゃん!」
(あぁ、未熟者!真剣ならば折れていた!)
瑠璃の悔恨虚しく、有り余る剛力は健在であった。
のぶは、居間の隣の客室の襖を開けて、布団を敷いた。
「皆さんと離れ離れじゃ、彦五郎さんかわいそうだし、ここにしよう。」
瑠璃は丁重に彦五郎さんを寝かせた。
のぶが、彦五郎の防具を外してあげながら、大興奮した。
「瑠璃ちゃん!あれは、総司ちゃんの剣だった!!元気な頃の、全盛期の沖田総司だわ!!」
瑠璃は苦笑いだ。
「お褒めにあやかるのは嬉しいのですが、総司さんは格が違います。総司さんなら、彦五郎さんを誤って脳しんとうにはしない。また、やってしまった……。」
嘉志太郎と武田は、彦五郎さんの頭の防具を眺めていた。
「窪んでおる。速すぎて見えない突きが、この威力なのか?」
「何たるパワーでしょうか!この力、永倉殿にも劣るまいて!!」
のぶは、立ち上がった。
「皆さんで彦五郎さんを診ていてください。わたしはお茶菓子とお茶を持ってくるわ、氷水と手ぬぐいも。」
安藤さんは彦五郎さんの瞼を開いて、眼球を確認。
「アイは、どう?ヒカリ、つらい?」
「なんだか、お日様の光が辛いな……」
瑠璃は安藤さんと一緒に、彦五郎さんの頭を調べた。
「表立った内出血は無し。でも、脳しんとうは見えないし……」
彦五郎さんは痛みの中で、堪えて笑ってみせた。
「大丈夫。脳しんとうって言うのか。この状態は初めてじゃあないんだ。軽い方だよ。永倉君の剛剣では、防具無しの時、彼のやんちゃな戯れによって、冗談で頭に一撃食らって……1週間は寝たきりになってね。厠すら行けなかった。永倉君は毎日来て詫びてたけど、あの時は参った。今回は、防具に守られたから、大丈夫だ。」
瑠璃は彦五郎を案じた。
「本当に大丈夫でしょうか。わたしの剛力は、剣が折れるし、人も死ぬ……扱い次第では、剣は愛する人を殺めると学んでおきながら、この始末……わたしの剣が未熟で、大変申し訳ございません。」
彦五郎さんは、頭痛の中で、諭した。
「剣は丁重に。たしかに、真剣ならば折れただろう。ただし、天然理心流は、実戦の為の剣術だ。これで良いのです、瑠璃さん。人は死にます。剣とは、戦いの為の道具です。」
瑠璃は、己の迷いを尋ねた。
「……戦いの、道具。ならば、真に正しい剣など、この世に存在するのでしょうか。綺麗事では歩めないのが、剣の道……けれど、総司さんのように苦しみ、自壊してゆく剣では、ならないのだと……わたしは考えます。」
「勇さんの……闇討ち、だね。ああいう剣は、正しいとは言えない。だけどね、愛する人達を守る為の剣は……人を殺していても、自壊はしない。安心なさい、瑠璃さん。剣は戦いの道具だが、人を守る武器でもある。人が人を殺すことは、正当化してもならないし……正しい剣、とは、違うかも、しれないけれどね。時には、鬼が勝つ……そんなものだ。」
「愛する人達を……守る為の、剣。鬼が、勝つ?」
瑠璃のボヤきに、安藤さんが続いた。
「ギルティ、背負いながら……仲間、守る剣。……ヒコゴローは、良き剣、だね。」
罪を、背負いながら?
瑠璃には分からなかった。
人を殺めては、近藤さんの闇討ちと、どう違う?
優しい彼が言った、鬼の意味も。
考えても、まだわからない。
だが、それがわからなくば、瑠璃は守る剣にはなれない気がした。
「ありがとうございます、彦五郎さん。まだ、ご助言の真意はわたしでは、わかりませんが……考え続けます。良き剣、守る為の剣を。」
「はは……わたしの話が、役に立てるか、わからないけれどね。」
のぶが、茶と菓子を運んできた。先に、氷水と手ぬぐいを彦五郎の近くに置いて、手当てをしてから、改めて客人達に茶と菓子を出す。
「甲陽鎮撫隊の時に、総司ちゃんはここで脱落した。近藤さんを心配してて、明るいフリをして落ち込んでたわ。……さて、この練り切りをようやく出せた。」
瑠璃は練り切りをまじまじと見た。
「椿の練り切り、ですね?とても綺麗……食べるのが、もったいないくらいに。」
のぶはまた泣きかけた。
「……今は、季節だから、買いやすいわ。総司ちゃんの時は……間に合わなかった。瑠璃ちゃんを見て一目で、あの子だーってわかったわ。椿の羽織りは、総司ちゃんの永遠の思い出話よ。」
瑠璃は、胸が再び痛む。
チクリ、と些細な針が刺さるように。
瑠璃はそれを押し殺して笑った。
「総司さんの贈り物は、わたしの一生の晴れ着です。」
何故、愛する人の話を聞いて、まだ実感が湧かないのか。のぶのように泣けない、瑠璃には、それが無性に悲しかった。
傍にいれなかったから?
それだけじゃない。
愛しているから、殺したかった。
苦しませたく、無かった。
(あぁ。わたしは、まだ何処かで、間に合うと信じているのだ。総司さんを、殺められると……)
瑠璃に、沖田総司が死んでいる実感が無いのは、確かだった。
ならば、瑠璃は何を目指して旅して来たのか。
武士の情け、或いはーーー。
のぶは、小さな赤い巾着袋を瑠璃に渡した。
「これは、総司ちゃんが死ぬまで握っていた、お守りよ。近藤たまさんにもらった宝物が入っているわ。瑠璃ちゃんに渡す為に、今まで預かってた。」
瑠璃は巾着袋を開けた。
中には、椿の帯留めが入っていた。
勇五郎の言った品だ。
瑠璃は、あの3日間の恋の妄念、そして、己が逃げた過去が甦り、悔恨に苦しんだ。
「総司さんは、最期まで、椿のように散りたかった……何故、あの人を斬れ無かったんだろう。わたしは彼女を苦しませただけだ。覚悟の覚束無い赤子だった。愛していただく資格なんか、わたしには無かったのに……!」
のぶが、瑠璃を支えた。
「散り際だからじゃないよ、瑠璃ちゃん。総司ちゃん、生きたかったの。瑠璃ちゃんが総司ちゃんを変えたのね。椿は、貴女との思い出の花だから、固執したのよ。吐血したって椿の赤だ、とか笑って、総司ちゃん本当に治療、明るく頑張ったんだから。」
瑠璃は、変わったという総司が、わからなかった。それはかつて、瑠璃の悲願だったはずなのに。
「わたしは、やはり頑固者ですね。総司さんが変わっても、どれだけのぶさんと文をやり取りしても、わたしと総司さんの三日間から、心が進まないのです。……だからこそ、行かねばなりません。時を、進めなくては。」
武田観柳斎が、あえて口を挟んだ。
「愛した人との思い出に、勝るものはありませぬ。拙者は一番愛する人とは叶わず、尊王活動に走り出しました。やがて新撰組に闇討ちされかけて、逃げに逃げ……拙者の愛する人は、拙者を騙して殺したと、根も葉もない噂がたち、悩み、新撰組を除隊しました。拙者も瑠璃殿に負けぬ頑固者です。忘れはせぬし、心残りでならぬ。」
のぶが頷いた。
「武田さんの言う通りなの。文は、あくまでも補助でしかないし、わたしだって……あの絶望感は、文では表せなかった。歳ちゃんと彦五郎さんに、支えられたかったし、逆恨みだってしかけたもの。愛する人、亡くしたもの、みんな、自分の目で見たものが先立つから。忘れなくていいんだよ。瑠璃ちゃんの旅路は、沖田総司の死と対面するためでしょう?」
総司の死を前にした時。
この人を、のぶを悲しませる結果は、嫌だな、と、瑠璃は胸が痛んだ。
彦五郎は武田と安藤さんに支えられながら歩いた。
「絶対安静なのに……」
「だって、この先は、のぶの苦しみの場所だから。傍にいないと、ね。」
のぶの案内で、瑠璃達は松本良順邸へ。
現在は政治家と医師をこなす松本良順先生は、最初は不在だったが、知らせを聞いて急いで帰って来た。
「先生?往診は……」
「抜け出したのだ、すぐに戻ると知らせを飛ばしてくれ。……のぶさん。瑠璃さんは、どちらだね?」
「え?」
松本良順先生は、嘉志太郎の前に来た。
「あなた、骨格でわかるが女の人だね。瑠璃さん?」
周りの彦五郎とのぶが驚いた。
「えっ?」
「おなご……なの?」
嘉志太郎は懐から、船医の文を出して、松本良順先生に差し出した。
「わっちは元花魁の伊東嘉志太郎と申します。瑠璃殿の旅路のついでに、病を処置して欲しいのです。」
松本良順先生は文を受け取り、告げた。
「往診から帰ったらあなたを診察しよう。では、あなたが瑠璃さん?椿の羽織り、なんと、見落としていたが目印があるではないか。」
瑠璃は頭を下げた。
「沖田、瑠璃です。」
松本良順先生は早歩きで病室を案内した。
「別の場に大きい西洋式医院を持っているが、なにぶん患者が収まりきらず、わたしの自宅の旧病棟もまだ現役でね。今は別の患者がいて、遠目で許してほしい。沖田君は窓際のベッドでな。吐血しては喜んでいた。変人かもしれないがね、貴女との思い出の、椿の赤だと、繰り返し言っていたよ。」
「血の赤……確かに、そうです。椿には、血の側面があります。わたし達には、特別な赤です……今も。」
松本良順先生は、眉をひそめ、瑠璃の真剣な眼を見た。
「どうやら沖田君の同類らしい。あなた、使命を果たしに来たね?確かにあなたは瑠璃さんなのだろう。ここからは勇み足になるぞ。馬車を!」
瑠璃はドキリとして、松本良順先生を見た。
聡明でいて侍。瑠璃の目的はお見通しのようだ。
松本良順、瑠璃、のぶ、彦五郎は馬車へ。
嘉志太郎、武田、安藤さんは馬へ。
馬車の中で松本良順先生は告げた。
「わたしは元は旧幕臣側だが、匿うには限界があってな。沖田総司は人斬りだ。わたしは沖田君を内藤町の植木屋に匿わせた。その後、わたしは仙台で戦い、最中に沖田君は亡くなった。」
「総司さんが、死んだ場所へ……?」
一旦、植木屋で降りて、部屋に上がらせてもらった。
松本良順は、のぶに話を持っていく。
「看護婦達が最期を看取ったが……のぶさんは、酷い目にあわれた。吐き出しては如何かな?二度と機会は来ないであろうから。」
「わたしは……先生から、近藤さんの死を口止めされてて。でも手紙が絶えてからは、総司ちゃん、日に日に、ご飯を食べなくなって。……その日はね、練り歩いて、椿の練り切りをやっと見つけて、買ってきたのよ。総司ちゃん、きっと元気になると思って。だけど、帰ってみたら、看護婦さん達が来てて、看護婦さんが……総司ちゃんの顔に、布を。……布をかけたわ。わたしは怒って、駆けつけて……総司ちゃんが目を覚ますと信じてた。ずっと呼びかけて、起こそうとして……息がないと、気づくまで。」
瑠璃は聴いていて涙ぐんだ。
総司の死の実感では無かったが、のぶの悲しみを、感じ取った。
のぶの絶望は、ここにあったのだ。
「のぶさん。悲しかったでしょうに……本当に、お待たせ致しました。その死に方は、総司さんのいじわるだ……まるで、近藤さんが恋しくて、周りを忘れて走り出したかのよう。のぶさんを待ってからでも、いいでしょうに……。」
のぶは泣き笑いした。
「ふふ。やんちゃな子だから……きっと、わたしより早く近藤さんが来ちゃったんだよ。きっと、今頃あの世で稽古に打ち込んで、総司ちゃん自由だわ。」
「のぶ。おいで。」
彦五郎がのぶを支えた。
「……星。」
安藤さんに、瑠璃が振り向いた。
「稽古する、なら、シエイカンの星、いるね。ソージの、為に。」
「そうですね、安藤さん……試衛館の星も、近藤さんの星も。総司さんの、大事な宝物達のお星さま。」
松本良順先生が気づいた。
「地獄では報われぬ。星になればよい、という話かね。」
「YES。星座、みたいに。」
彦五郎さんがボヤいた。
「だったら勇さんは、間違いなく歳三君にはお日様だけど……裏も表もあるからね、勇さんは。」
「貴方、総司ちゃんと近藤さんには、伊東先生がお天道様だから。」
「じゃあ、鬼百合は月かな。」
瑠璃は遠慮がちに、言った。
「月は……三日月の頃は、総司さんになればよろしいかな、と。総司さんは、真夜中に月明かりを受けて、淡く光る銘刀でしたから。」
松本良順先生が、珍しく口を出した。
「ならば、瑠璃さんは金星かね?月と共にある星は明けの明星。あの近さならば総司君も報われよう。」
「松本良順先生が、恋の話をした?」
のぶがびっくりしていると、松本良順先生は苦笑いだ。
「わたしとて幕臣達の地獄行きより、星になるのは望ましい。西欧の神々に叱られるやもしれないが、日の本では、作った者勝ちではないかね?」
再び馬車に乗り、のぶが告げた。
「最後よ、瑠璃ちゃん。わたしは、仙台が降伏し、松本良順先生が釈放される日まで、総司ちゃんの遺体を保管したわ。この先は、わたしと松本良順先生の、最後の仕事……総司ちゃんが眠る、専称寺へ!」
瑠璃は馬車に乗ったことを、後悔していた。
きっと、瑠璃の願いは無意味な儀式に違いないし、のぶさんを泣かせてしまうだろう。
だが、松本良順先生が告げた。
「専称寺で口利きしたら、わたしは一足先に戻る。往診の途中なのでね。墓参りが済んだら、わたしの屋敷に嘉志太郎さんを。皆さんが滞在しても構わないが、それだとのぶさんが寂しかろう。それから……瑠璃さん。」
「はい……。」
「君は沖田君の同類だ。死を解するのに必要であれば、気にせず、やってしまいなさい。それは元々、瑠璃さんの使命ではないかね?」
後押しされた瑠璃は、腹を据えた。
「!……はい!!わたしと総司さんならば、鬼も仏も斬り捨てます!」
のぶが不思議がり、彦五郎が察した。
「貴方?賊でもいたかしら。治安が悪くなったの?」
「……のぶ。わたし達は、見届けよう。今度は、瑠璃さんの番だ。」
専称寺につくと、松本良順先生が口利きし、坊さんと交代して、馬に跨る。
「では、仕事に戻らせていただくが。……これを使いなさい。」
瑠璃は松本良順先生から、飾りの脇差を受け取った。
「はい。……ですが、これは高価な品では?わたしが使うにはもったいない品です。」
「わたしは剣を知らない、お飾りの品だ。亡くなった将軍様に賜ってな。将軍様を助けられなかったわたしには、ただ辛いばかりの品だ。あれから時代は変わり、どの道、新政府にこの脇差を尋ねられて困っていて、処分しなければならなかった。心置きなく使いなさい。」
「……そうでしたか。では、ありがたく使わせていただきます。」
坊さんとのぶは、沖田総司の墓に案内した。
「この墓石の下に、総司ちゃんがいるわ。椿の枝をたむけにしてって。」
「戒名は、賢光院仁誉明道居士と申します。御仏の元、無事に輪廻転生も果たすでしょう。」
瑠璃の目は鋭く変わった。
塚に手をかけ、彼女は沖田総司と対峙した。
彦五郎達はゾッとする。
あまりの気迫、あたかも剣鬼そのものだ。
嘉志太郎が坊さんを下がらせた。
「下がられよ、怪我をするぞ!」
瑠璃は、松本良順先生の脇差を鞘から抜き放つ。
あたかも、墓場が人であるかのように、距離を置いて構えた。
「総司さん……沖田瑠璃、参ります!!」
「瑠璃ちゃん?」
「下がりなさい、のぶ!」
彦五郎の時の比では無い。
ただならぬ、殺気。
この時、瑠璃の平晴眼からの浮島は、あたかも千手観音の如く。
「総司さん……大丈夫です。たとえ貴女が死んでも、わたしは貴女を二度殺す!!」
激しい、瑠璃の突き技が始まった。
呆然と見ているのぶや、悲しみを分かち合う彦五郎。
坊さんが非難した。
「お辞めなされ!なんと、罰当たりな真似を!!」
嘉志太郎は、坊さんを阻んだ。
「阻むな!これは、剣客の鎮魂歌!沖田総司への、決着と弔いぞ!!」
瑠璃が突き続け、墓石に亀裂が入っていく。
「これは……」
彦五郎に、武田観柳斎が唸る。
「人体における経穴、いわば瑠璃殿は、石の点穴を突いておられる!唐土における点穴は、ほぼ人体の急所の位置と重なるという。よもや、木々や石の点穴までもが、彼女には見えておられます!!」
沖田総司が教えた、急所を見定める目だ。
いや。
沖田総司以上の、眼。
瑠璃は、その域に至っていた。
坊さんがボヤいた。
「これは……あたかも、阿修羅の如き……剣による、悟り……?」
瑠璃は最後のトドメに入る。
一の突き。二、三。
墓石が崩御した。
松本良順先生の剣もまた、ボロボロになって折れた。
彦五郎に抑えられたのぶは、漠然と見ていた。
「瑠璃……ちゃん……?」
瑠璃は、膝をついた。
ようやく、理解した。
妄念から、目が覚めた。
墓石を砕いたって。
そこに、総司はいなくて。
彼女は土の下で、永遠の眠りについたのだ。
沖田総司は、もう生きてはいないのだ。
「届かなかった、総司さん……わたしの剣は、もう、貴女には届かないよ!!」
瑠璃はせききれたように、涙が溢れた。
「愛してた!悔いて悔いて、焦がれてやまない!貴女と死合いたかった!病でなど死なせちゃ、ならなかったのに!貴女を超えたかった!わたしが貴女を、斬りたかったのにィッ!!」
「瑠璃、殿……」
武田を抑え、嘉志太郎が告げた。
「三日間への、妄念は、沖田総司の初めの期待通り……彼女を、剣へと変えたのだ。」
安藤さんが瑠璃の肩をそっと支えた。
「ルリ。落ち着いて。」
瑠璃は涙ながらに俯いた。
「わたしは……武士じゃないんですよ、安藤さん。総司さんとの、三日間の恋は……妄執に変わり……わたし自身が、人殺しの刀に成り果てた。見定めたのです。わたしの剣は、良いものじゃあない……愛と、殺意の妄念です。剣とは、清きも悪しきも、使い途次第の道具……わたしは沖田総司になった。人間になれない、総司さん以下の不出来な剣に。」
安藤さんが、優しく瑠璃の両手を包む。
「ルリは、カナシミも、激しさも、ソージと分かちあった。違う?ルリは、カタナ。なら、良いカタナになろう。一緒にエゾチに行こう、ルリ。ルリを正しく扱えるのは、きっとヒジカタさん。ヒコゴローも言った。ソージの愛する人達、守る剣なら。きっと、ルリの一番良い形。……ね?」
瑠璃は、腑に落ちて、泣き腫らした目を擦った。
「……ありがとう、安藤さん。……そう在りたい。不出来な剣でも、あの人のお役に立てるならば。今までの旅路は無駄ではなかった。わたしは……あの人の愛した新撰組を、守りたいです!わたしが、唯一正しい剣になる為に……沖田総司の一対に、なれるように……!」
彦五郎さんは、瑠璃に頷いた。
「旅路の果てに、貴女はようやく死を受け入れたね。頑張ったね瑠璃さん。わたしから歳三君に紹介状を書くよ。蝦夷共和国へは、芹沢財閥の船で行くといい。ただ、月一の出航でね。嘉志太郎君の治療の後で、いいんじゃあないか。」
のぶは、困惑していた。悲しみと、激情で、彼女は揺れていた。
「瑠璃ちゃん……なに、これ。」
瑠璃はのぶを案じて、振り向いた。
「のぶさん」
「わたしは、旅路の果てには、愛があって……愛は、平穏な幸せになって……瑠璃ちゃんは、わたし達と暮らすのだと、思っていて……どうして?なんで、こんなことしたのよ!?総司ちゃんをまた殺めるようなことをして!!どうして、わざわざ蝦夷共和国に行って……血を求めてるの?新撰組で、総司ちゃんの苦しみを、争いを!貴女が背負うのが、貴女の道なの!?そんなの、違う!そんなの、愛じゃない!!」
彦五郎さんは、のぶの両肩を抑えた。
「やめなさい、のぶ!お前にはお前なりの愛があるし、瑠璃さんには瑠璃さんの愛がある。人を否定するものじゃあない。特に、剣客同士の愛には……狂おしい愛も殺意も、嘘では無いのだから。」
「でも!愛って、娶られた先に愛する人がいて、平穏があって、幸せがあって!!」
彦五郎は、諭した。
「のぶ。お前は料理が旨くて器量良し、だから平穏の中に幸せがあって、総司君を見送る役割があったんだよ。わたしには武芸があり、だから平穏では無くとも、近藤さんに助太刀すべく戦へ出た。それが、役割で、絆なんだよ。瑠璃さんも、わたしなんだ。彼女の愛した沖田総司は、もういない。だから、平穏では無くとも。彼女の剣が、総司君の愛する仲間達に助太刀するのは、残された剣士の為せる、唯一の愛なんだよ。」
のぶはようやく理解した。
「人の……役割……そうだわ。……わたしって、なんて馬鹿。瑠璃ちゃんは剣客で、彦五郎さんと同じ……嫁いで幸せだなんて、ただわたしが恵まれてただけじゃない。」
のぶは、平に謝った。
「ごめん、瑠璃ちゃん……。わたしは、何にも理解が無かったね。総司ちゃんと共に剣である、瑠璃ちゃんのこと。片割れを失った、瑠璃ちゃんという剣を。わたしには、剣がわからない……。見たまんましか、わからないし、志しだってわからない。悪かったのは、瑠璃ちゃんじゃないわ。わたしだ。わたし、非凡な女だったね。」
瑠璃は、慌てて全財産差し出した。
「違うのぶさん!わたしは、自身の決着を優先して、のぶさんを傷つけました。悲しむとわかってたのに。ごめんなさい、のぶさん。それとこのお金を新しい墓石の足しにしてください。のぶさんみたいな家庭的な人の助けがあったから、わたしも文をいただけて、総司さんも、孤独じゃなかったんです。それに。わたしの愛は……わたしにも、殺伐と感じます。この愛の形は、わたしに知らしめた総司さんにしか、わかりようがないです。」
のぶは微笑んで、お金をほんの少しだけ拝借した。
「そうよね。総司ちゃんから聞いたのに、まだわかってないわたしも、馬鹿だし。瑠璃ちゃんだって総司ちゃんの愛の形に、まだ戸惑っているのね。わたしは、彦五郎さんならわかるわ。彦五郎さんは武芸の人だから、大事な人の為に甲陽鎮撫隊へ入った。瑠璃ちゃんもそう。愛した人が残した仲間の為に、戦うのね。……墓石は、佐藤家と松本良順先生で、また建てられるから。わたしがもらったのはご飯の前金ね。皆さん、嘉志太郎さんを見舞いつつ、うちで栄養つけていってください。もちろん、余ったら返すから。」
「え!?そんな……皆のご飯代だとしても、足りないですよ!もっと取ってください!」
彦五郎さんが笑った。
「うちは豊かな家です、前金を拝借したのは、のぶなりに、食べに来て欲しいからでしょう。言い訳ですよ。わたしも、空き時間がありましたら、稽古をつけていただきたい。今、近藤道場は勇五郎君が不在で、わたしが出稽古に出ていますが、師範代理には、まだまだ未熟ゆえ……」
嘉志太郎はムッとした。
「わっちだけ、のぶ殿の料理は食えぬのか。なんだか口惜しいな。」
揺れる武田観柳斎。
「あぁッ!!イケメン嘉志太郎殿がガイになる治療の場には、是非とも傍にいたく!!然しながら、高揚チン部隊のお話は是非ともお聞きしたい所存にてッ!!揺れる武田のマイ ハート!!」
安藤さん瞬き。そして目を細めた。
「なんか、タケダの言ってる、コーヨーチンブタイ、ちがくない?」
瑠璃が間髪入れず返した。
「たぶん、下半身のチン。実に武田さんらしいジョークです。」
いきなり佐藤彦五郎、爆発する勢いで笑い転げて、腹の痛みを訴える。
「アッハッハッハッハッ!!痛い!!腹が、腹がッ!!!」
のぶは慌てて夫をさすりながら注意した。
「あなた?お下品ですよ!?だいたい、それで笑ったら、組織した近藤さんにも失礼だし……」
「ひっ、ひぃッはぁはぁ……アッハッハッハッハッ……わ、わたしは、真面目過ぎるがゆえに、面白きへの耐性が皆無でね……ふふふッ!!チン……まさか甲陽は、高揚?アッハッハッハッハッ!!沸点が浅いんだ、ヒーッヒーッ、腹が痛い、助けてくれ、死ぬ!!アッハッハッハッハッ!!!」
瑠璃が真顔で告げた。
「あぁ、面白観柳斎が遂に死人を出してしまう……。武田さん、芸人になられては如何でしょう?ゲイだけに。」
安藤さんもちょっと笑った。
「ルリってば。」
佐藤彦五郎、生死の境である。
「アーッハッハッハッ!!やめて、瑠璃さんがトドメを……ぐふぅ!!ヒーッヒーッアッハッハッハッハッ!!!」
瑠璃達は、一旦彦五郎達と別れ、松本良順邸で松本良順先生を待ち、夕暮れ過ぎに帰宅した松本良順先生は、船医の病の診断書を読みながら、嘉志太郎を診察した。
瑠璃達はハラハラと、嘉志太郎より心配げに見ていた。
「なるほど。古来よりこういう人は、男にもおなごにもいるのだが……西欧医学では病と見なすことで、医師が関与が出来る。男性の場合はまだ未開で……女性の場合は、乳房は乳がんの要領で切除。わたしが子宮を取り出せる医師だから……ドクター・マーティンはわざわざ、わたしを指定した。……急ぎの旅かね?早まってはならんような高度な手術の連続だ、わたしとて患者を亡くすこともある。嘉志太郎君、命を預ける覚悟はあるのか?」
「……無いな。」
武田観柳斎は驚いた。
「えぇーッ!!?ガイになりましょうぞ、嘉志太郎殿!!」
嘉志太郎はしっかりしていた。
「死ぬくらいなら、連続手術は結構だ。だが、乳房だけは無くさねば、呼吸器障害で本当に死んでしまう。優先順位を白黒つけねばな。乳房切除が今回、一、二年置いて、しっかり回復したら、子宮を取る。……ちなみに良順先生、ゆくゆくは男になれるのか?」
「うむ。生き急ぐ侍かと思いきや、君はしっかりした患者のようだ。今回の乳房切除ののち、一、二年置くのは賢明だろう。そして、あくまで病としての悩みを取り除く治療であって、現段階の医学では、男性にはなれない。仮に男根が作れても、尿道を通すのみだ。」
武田観柳斎、大ショック。
「性的に!結ばれない運命!!拙者は尻を開いて待っておりましたのに……!!」
「だが、排尿は出来る。わっちは諦めぬぞ。」
武田観柳斎、更なるショック、そして目覚めの時。
「尻に排尿!なんと斬新なハード プレイか!!拙者も肝を据えましょう!エム豚となりて貴殿を待つ次第にてッ!!」
嘉志太郎は武田観柳斎を足蹴にした。
「ややこしいから、話に混ざるでない。だいたい貴殿の尻など見たくはない、瑠璃殿のような良い尻になって出直すがよい。」
「あぁ~ッ!さっそくハード プレイ!見事な足蹴にて候!!」
瑠璃は瞬きした。嘉志太郎さんの方が、余程美しいお尻なのに、と。
松本良順先生は、病棟に案内しながら、看護婦に指示した。
「術後の療養期間と、芹沢財閥の船の日程を調整したら、明日しか空き時間は無いな。翌日のわたしの空き時間は?」
「午後、夕暮れ以降です。」
「嘉志太郎さん。明日の夕暮れから手術になる。今夜から飯を抜いて。」
「承知した。」
松本良順先生は看護婦に指示してから、立ち去る。
「では、わたしは入院患者の往診へ。杉村さん、嘉志太郎さんの着替えと点滴を!それでは。」
瑠璃達は心配げに嘉志太郎につきっきりで、嘉志太郎が見かねた。
「瑠璃殿、皆で彦五郎殿の家で休まれよ。つきっきりでも、疲労するだけでありんす。」
「カシク!はらぺこ!ほっとけない!」
「わたし達が付き合います。わたし達だけ美味しいご飯をいただく訳には参りません!!」
嘉志太郎は、逆に嫌がって、武田を使役した。
「優しさは無用!わっちに甘えが出ては決意が鈍る!!武田よ!今こそ役に立て!!瑠璃殿と安藤殿を連れて行け!!」
武田はどんどこ瑠璃と安藤さんを押し出した。
「我らはご覚悟の邪魔ですぞ!佐藤家にて明日を待ちましょう!嘉志太郎殿、手術前に参ります!!」
「来なくてよい。」
佐藤家までは、松本良順先生の手配で、馬車で送ってもらえた。
「おかえりなさい瑠璃ちゃん、武田さん、安藤さん。夕餉を作ってるから、彦五郎さんといてね。」
瑠璃は、つい、台所仕事をしているのぶに、話し込んでしまった。
「のぶさん……わたしには、京を旅立つ時に、嘉志太郎さんが寄り添ってくれました。仲間だと言ってくれたのです。ずっとずっと、支えてくださって。でも、わたしは嘉志太郎さんをすべて理解した訳ではなくて……おなごとして、花魁の頂点におられた方。あの美しい人が、何故おなごをやめたいのかは……正直、わかりません。わたしは、おなごでありながら総司さんを愛し、おなごながらに剣を学べた身です。ただ嘉志太郎さんを支えたくて、わかっているフリを、しただけなのです。それは、誠実では無かったかもしれませんね……。」
のぶは、調理から目を離さずに、応答した。
「本人にしかわからないことも、あるよ。彦五郎さんなら、わかるのかなぁ……。でもわたしはおなごに生まれて良かったし、おなごだって瑠璃ちゃんみたいに剣客になれるんだし。総司ちゃんだって、殿方になりたいとは言わなかったよ。……ダメだわ。頑張って考えたけど、内面がおなごじゃ、余計、嘉志太郎さんは謎かもしれない。彦五郎さんの出番だわ。」
彦五郎さんは厠帰りだ。
「ん?呼んだかい?」
居間で、改めて瑠璃が心情を話すと、彦五郎さんは真顔になり、安藤さんと武田は意見がありそうだが、彦五郎さんを優先した。
「嘉志太郎さんと同じ立場……には、なれないからね。瑠璃さんや武田さんは、愛に性別を問わないし。ただ……もしも、わたしが女性に生まれて、このわたしのまんまの心だったら、やはり嫌じゃないのかな。友である近藤さんに言い寄られたり、親に娘と扱われたり、嫁いだり。友情さえ失ったら、悩んでしまうよ。逆に、のぶがのぶのまま、男性に生まれてたら、女性になりたいんじゃないか?」
瑠璃は考えてから、尋ねた。
「彦五郎さんは、嫁ぎたくないですか……ならば、花魁になれても、嬉しくはないのですか?」
彦五郎は青ざめた。
「恐ろしい話をするね。例え美しく生まれたって、男性とはちょっと……」
「ルリ。ヒコゴローがそれ楽しかったら、タケダサイド。カシクは、たえぬいて、ダッドのシャッキン、返しただけ。ルリだって、ソージ以外、やでしょ?」
武田観柳斎は歓迎。
「拙者は美少年専門ですが、今ではリバに目覚め申し、彦五郎さんに抱かれるのはウェルカムですぞ!」
瑠璃は瑠璃なりに、安藤さんの言葉が腑に落ちた。
「嘉志太郎さん、本当は花魁の誉れも、苦痛だったのですね。錦を大事にしていたから、わたしが勝手に勘違いをして。あれは、戦利品だからで……四ツ谷正宗の為とは仰っていたのに。本当に、言われればわかります。わたしが夫に恵まれただけですね、夫はわたしに触らなかったから。」
「それに、ルリのあだ名。」
「……実はわたし、どこかで総司さんの子を願い、腹で命の無い肉塊を育みまして。疾患名、妄想妊娠。以来、父にはマリア観音と呼ばれ笑われております。わたしは頭にきて、父には別れの挨拶にも行きませんでした。」
彦五郎さんが食いついた。
「それだ。親だって、理解が無かったら、別れの挨拶の義理は無いでしょう?瑠璃さんも新しい自分になる旅をした。嘉志太郎さんも、新しい人生を選んだんだ。」
のぶが御膳を運んできた。
「区切りがついた?夕餉が出来たから、たくさん食べてね。」
のぶの料理は旨かった。
「良い奥方をお持ちですな、彦五郎殿!料理名人であられますぞ!」
彦五郎は控えめに笑った。
「わたしは生まれつき恵まれた家に育ち、しかも少食で、酒ばかりでね。のぶを喜ばせるには、客人がいた方がいいくらいだ。」
「酒……」
瑠璃がボヤき、安藤さんが口走る。
「カシクいない。酒、チャンス?」
彦五郎さんは聞き返した。
「何故だい?嘉志太郎さんは厳しいの?」
「カシク、シュラン。仲間はずれ、かわいそうだから。いま、チャンス。」
彦五郎さんが納得した。
「酒乱の芹沢に、酒乱の嘉志太郎さんか……。嘉志太郎さんは永倉君を訪ねに行くんだよね?つくづく、永倉君は暴れん坊が大好きだなぁ……」
そして、彦五郎さんは席を立つ。
「武田さん、手伝ってください。酒蔵から良い酒を運びましょう。のぶの料理があるうちがいいでしょ?のぶの手料理は、酒にも合うんです。」
かくして、秘蔵の酒で瑠璃達は大宴会となった。
瑠璃自身は、酒を飲んで話し込むのは初めてだ。
「沖田君朝帰りの日、拙者は愛する美少年を他の隊士に寝取られまして。しかも除隊させられてしまいました。鬼畜の仕打ちとはまさにこの事ですぞ。」
「武田さんはお気の毒でしたね……。総司さんは、その現場を通れなくなり、外出してわたしと知り合いましたよ。彼女は慎ましい方ですから、恥ずかしかったと仰ってましたが……わたしなら、逆に隠れて見てしまうやも、しれません。」
「ルリ?スケベでてない?」
彦五郎さんがボヤいた。
「色んな偶然が重なって、星と星が惹かれ合う。まるで、百八星だね。」
「百……八、星?」
「水滸伝だよ。豪傑の百八星は、地上の星だね。新撰組もまた、星集う梁山泊になろうとしている。」
武田観柳斎がまとめてみた。
「今までの流れだと、安藤さんいわく、ベガとアルタイル。沖田君いわく、伊東先生はお天道様。瑠璃殿は沖田君が月で、松本良順先生は瑠璃殿が金星。彦五郎殿は新撰組百八星と。まとめてみると、ベガであり金星の姫が瑠璃殿、アルタイルと月の姫が沖田君、拙者達は星の仲間で、梁山泊、新撰組に集ってゆく……むむ、だいぶまとまりのない集団ですぞ。ならば、苦労するのはリーダーの天魁星、土方君かな。ま~拙者は途中でトンズラこきますがな!」
翌日、瑠璃は危うく寝過ごすところであった。
「ルリ!」
安藤さんの叫びに慌てて瑠璃が身を起こす。
安藤さんも、起きたばかりという感じで、青くなっている。
「空が、薄紅に……夕暮れが来る!!」
「タケダ!」
のぶも彦五郎さんも寝ていたが、今は構う暇はなし。
三人で二頭の馬を借りて、武田観柳斎が告げた。
「拙者が馬を扱いますから、瑠璃殿は拙者の馬へ!」
「はい!お願いします!!」
何とか松本良順邸に駆けつけて、病棟に走り込む。
「あなた達!廊下を走ってはなりませぬ!」
看護婦に叱られつつ、嘉志太郎のベッドへ。
嘉志太郎は、担架で運ばれるところであった。
「来るなと言ったが、仕方あるまいな。行ってくるぞ。」
「嘉志太郎さん、頑張ってください!行ってらっしゃいませ!」
嘉志太郎の手術中、ずっと瑠璃、武田、安藤さんは、正座して待った。
看護婦が気づいて、椅子を促した。
「廊下に座るのでは持ちません。椅子にお座りくださいませ。」
瑠璃、武田、安藤さんは丁重にお断りした。
「どうか、お構いなく。我らは志しを共に旅した彼の仲間にて。このまま、見届ける所存です。」
数時間、かかった。
長い手術であった。
手術室から嘉志太郎が運ばれて出てくる。
麻酔で嘉志太郎は眠っていたが、瑠璃達も正座したまま寝ていた。
「瑠璃君たち、どきたまえ。」
瑠璃達は寝ながら蹴られると避けて、道が空いた。
「お腹すいた……」
瑠璃が寝言をボヤいた。
嘉志太郎を病棟へ運んでから、松本良順先生は看護婦達に告げた。
「夜も遅い。わたしの自宅から、下男を呼んでくれ。正座して寝入った三名を、わたしの自宅の客室に泊めるから。随分腹を空かせたようだし、西洋料理を馳走しよう。」
瑠璃が起きたら、立派な洋室のベッドの上だ。
辺りを見回すと、立派な西洋の調度品や、油彩の額縁。
恐る恐る部屋を出ると、いい匂いにつられてリビングへ。
そこで安藤さんも武田も戸惑っていた。
テーブルのご馳走。
椅子に座った松本良順先生が、促した。
「戸惑うことはない。わたしも最後まで幕臣側で戦った軍医だ。沖田総司の客として君たちをもてなすくらいはするとも。さぁ、座って食べなさい。」
瑠璃達は涎を堪えた。
「でも、嘉志太郎さんが術後なのに……」
「嘉志太郎君だって病棟では良い献立が出るぞ。わたしは牛乳や牛肉推進派でな。これくらいのビーフシチューは患者も食べる。朝廷側もわたしに払いが良く、政治家でもあるのでね。まぁ、ローストチキンは特別待遇だ。和人には鶏の方が馴染みがあるかと思ってな。」
「……ここまで支度なさってくださった食事を蹴る方が無礼というものです、ご招待にあやかりましょうぞ!」
瑠璃、武田、安藤さんは席について、瑠璃と武田は夢中になった。
「鶏は、手掴みでしょうか?」
「フォークとナイフですぞ!切り分けて差し上げますから、お待ちなされ!」
安藤さんがフランス式のパン、バゲットやブールでビーフシチューを食べて、松本良順先生に尋ねた。
「武蔵国で、バゲットやブール、珍しいね。武蔵国、だいたいイギリスパン。」
「わたしが元幕臣だからな。フランス人の方が親しんだ経験あって、わたしはブールを好む。安藤君、ワインは好きかね?」
「好きです。かたじけない。」
「ビーフには赤ワインが良いかな?鶏は白だというが……」
一月間。
瑠璃達は、明治四年三月まで、嘉志太郎を見舞ったり、天然理心流の稽古をして過ごした。
疲れて談笑したり、試合に挑んだり。
新しい仲間たちに、佐藤彦五郎は、三味線を持ち出し、端唄を贈る。
春はうれしや
二人揃って 花見の酒
庭の桜に おぼろ月
それを邪魔する 雨と風
チョイと咲かせて 又散らす
「安藤さんの技は、強いけど、実戦にはひとひねり必要だね。」
佐藤彦五郎の指導下で、みんな強くなったが、嘉志太郎は療養中だった為、拗ねた。
「鍛えられて羨ましくてならんな。武田も、強くなったか?」
武田観柳斎は下半身太りしていた。
「はい!拙者は相変わらず剣は不得手ながら、彦五郎殿の指導とのぶ殿の飯で、足腰の踏ん張りは身につきましたぞ!」
「貴殿は肥えただけではないのか?」
瑠璃は、専称寺で、風呂敷いっぱいに詰めた、首から落ちた椿の花を、沖田総司の墓所に散りばめた。
「総司さん。束の間のお別れです……わたし、行きます!貴女が愛した新撰組を守る、志しある剣に、なります!!」
瑠璃は総司のお守りであった椿の帯留を三分紐につけて、三分紐を帯に縛りつけた。
三月二十日。
沖田瑠璃、伊東嘉志太郎、武田観柳斎、安藤アントン益次郎は、松本良順、佐藤彦五郎、佐藤のぶに見送られて、品川湾から、蝦夷共和国行きの船に乗り込む。
「あり?異人さ~ん!大丈夫?運賃、アメリカ・ドルじゃないよ~?」
平山五郎に、安藤さんはアメリカ・ドルを持って瞬き。
「ロギン、あるよ?ドル、だめ?」
平山五郎は平間重助に話して、安藤さんをご案内。
「芹沢財閥は貿易から始まってますから。これだけあればたくさんお釣りが出ますよ。さ、こちらで、換金しましょうね。」
「oh、カンシャイタス!」
平山五郎は瑠璃に興味津々。
「なんですか。貴方、殺意が消せておりませんよ。わたしは、運賃を払いましたが?」
「凄っ!わざわざ死角に入って見てたのにさぁ!ね~お姉さん、アンタその足取り!極めてんじゃない?腰のモノ!抜きなよ、ちょっとだけ殺し合ってみな~い?……あれ。その目は……ひょっとして俺、死んじゃうフラグ?」
瑠璃が凄い殺気で平山五郎を睨むと、嘉志太郎が庇いでた。
「左様。やりあえば、貴殿の死が待っていようぞ。彼女と死合える域は、もはや永倉新八や斎藤一のみだ。下がれ下郎、悪趣味な人斬り癖だな?返り血の匂いが臭くてならぬ。」
平山五郎は嘉志太郎にびっくりして後ずさる。
「うわっ!!顔面偏差値なに、アンタ!?色男過ぎてもはや物の怪じゃん!!アンタ絶対俺の女には近づくなよ、人斬りでも女の問題にはヘラるからさぁ~!!」
嘉志太郎はため息をついた。
「嘉志太郎さん?なんだか、深いため息ですが……」
「実はな。永倉新八を追った時も、この顔が災いした。永倉を匿った旧幕臣は、婿入りした永倉の所在地を、こんな美人には話せぬと申してな……後生だから永倉新八の平和を壊さないでくれ、と、追っ払われたのだ。手がかりは無いまま、京まで行く羽目になったぞ。」
瑠璃は、わかる気がした。
「美し過ぎる人のしがらみは、男でも女でも、変わらないものですね。同性から妬まれて、以前は永倉さんの家庭の為に、警戒されたのですね。」
「だが、京への旅路は、無駄足では無かったな。瑠璃殿や、仲間たちと出会えたのだから。わっち達、いや、俺達は……水滸の絆で結ばれた仲間だ。本当に地上の星のように、惹かれ合い、そして向かうのだろう。更なる星集う、新撰組へと。」
不敵に笑う嘉志太郎に、瑠璃は微笑んだ。
「勿論です。この先も。新しい道を、共に行きましょう。新しい、嘉志太郎さん。」
武田観柳斎は慌てて船から逃げようとした。
「やっぱ無理ィ!!拙者、船降り申すから……あ!既に品川湾から出ている!?」
平山五郎はこの怯える武田に尋ねた。
「どーしたの、おっさん?さっき出港したけど。なんか怖かった?俺かなぁ?」
瑠璃と嘉志太郎が駆けつけた。
「どうした今更!気をしっかりせぬか、武田よ!!」
「拙者、やはり元は、新撰組の闇討ちから逃げ延びた武田観柳斎にて!The 不信感!!聞けば蝦夷共和国の新撰組屯所はフランス式オテルで、二段ベッドの四人部屋!我が身は潔白な同性愛者なれば、嘉志太郎殿と瑠璃殿の為!相部屋の数合わせに参戦する次第でしたが……新撰組をどこまで信用して良いものか……今は朝廷側といえど、また殺されるのは御免にござる!!」
平山五郎が顔を出した。
「そんなら、大丈夫だぜ、武田さ~ん?」
瑠璃はキッと平山五郎を睨んだ。
「盗み聞きなさらないでください!!それに、武田さんの命の悩みを安請け合いするなんて、不誠実な方!!」
糸目の平山五郎だが、さすがに瑠璃の気迫には目を開けて否定した。
「違う違う!!俺らもね、あいつらに暗殺されかけた、芹沢一派なの!!長州人の仕業で誤魔化されたらしいけど!後から来た武田さんは知んないかもしれないけどさぁ!壬生浪士組は、芹沢鴨が代表局長だったわけ!それが芹沢さんの寝込みを襲って斬った張ったの一大事よ!でも、土方君、今は芹沢さんときちんと仕事してっからさ~!!」
「本当にござるかぁ?芹沢鴨殿と上手くやってても、土方君は尊王が嫌いだったはず。」
「そこは、深く知んないけど。土方君は懺悔室通ったり、柄にもないことしててさぁ。新撰組でも伊東甲子太郎を倣い、伊東派の藤堂平助から、学び舎の時間を設けてるらしーよー。ただ、藤堂くんだけじゃ、頭がおっつかないって、困ってたけど。服部武雄って人が一番伊東先生を理解してたらしくて、生きてないか探してるんだってさー。」
「なんと!藤堂君がいま、新撰組におられるのか?拙者、勇気が湧いて来ました。藤堂君は御陵衛士です。ならば、拙者にも自衛手段がありましょうとも!」
嘉志太郎はため息をついた。
「くよくよしおってからに。だいたい、旧幕思想の俺が、斬りかかってはおらぬだろう。いまは新時代だぞ、武田よ。」
瑠璃は申し訳なさそうに、平山五郎に頭を下げた。
「申し訳ない対応を致しました。からかわれているかと思って……武田さんの力になってくださり、恩に着ます。」
「いーよぉ。でも、恩につけいるなら、蝦夷共和国で死合ってくんない?俺の生き甲斐は殺し合いだからさ!」
瑠璃は呆れたが、約束した。
「せっかく見直したのに。わかりました、手合わせは約束します。ですが、わたしは意味の無い人斬り刀には、なりませんから。」
安藤さんが帰ってきて、尋ねた。
「タケダ?オテル、四人、相部屋ってなに?」
「新撰組のオテルですぞ。隊士は相部屋!女剣客の瑠璃殿や、まだ半分男に至らぬ嘉志太郎殿は、拙者と安藤さんが相部屋になってお守り致すのです!!」
安藤さんは苦笑いだ。
「アンドー、セーラーだし、サムライの新撰組、なれるかわからない。それに、アンドー、ノーマル。男だよ?ルリと、同じ部屋、まずくない?」
嘉志太郎は、ふむふむ、と頷いた。
「瑠璃殿は、男がいても着物を脱ぐしな。」
「!それは、はじめ嘉志太郎さんに理解が至らなかっただけで!」
「ルリ……痴女?」
「安藤さん!真に受けないでください!」
「ハッハッハッ!拙者は気にせぬので、瑠璃殿はありのまま、マッパで構いませぬぞ!拙者の恋するマッパはガイのマッパにて候!!」
「武田さん!からかってますよね!?」
船旅は始まった。
朗らかに、志しを高め合う友と共に。
目指すは、蝦夷共和国へ。
芹沢鴨は、立派な武蔵国大使館の、第一の見学者となっていた。
榎本武揚は、建設完了の知らせに、嬉々としてスケジュールをやりくりし、芹沢鴨を連れて来たのだ。
「如何でしょうか?武蔵国大使館は、和人の大使館ですので、趣は和です。」
「立派な料亭のような佇まいでありながら、この数々の広い執務室よ。うむ!これぞわたしの職場に相応しいッ!!しかし、立派過ぎるだけに、ますます酒は飲めぬな。」
榎本武揚は祝いの席をしたがっており、尋ねた。
「何故です、芹沢さん?祝賀会には、ビールくらいいいじゃありませんか。ビールは旨いですよ。蝦夷共和国のチーズと合うんです。」
芹沢鴨は、隠しても意味が無いとわかり、打ち明けた。
「榎本さん。残念だが、わたしは酒でガラリと凶暴になり、この立派な大使館を破壊しかねないのでね。ビールを辞退してチーズをいただこうか。」
「酒乱であられましたか。失敬致した。蝦夷共和国では、ノンアルコールのジンジャーエールも取り寄せてますので、そちらは如何か?ビールのように、のどごし爽やかですよ。」
芹沢鴨は微笑んだ。
「それは有難い。祝賀会では、ジンジャーエールをいただくとしようか。」
「芹沢さん!芹沢さん!!」
平間重助が走ってきたが、芹沢はいま榎本武揚と話が波に乗ってきたところだ。
「後にしなさい平間君!ところで、フランス移民がユグノー信者が多い為に、フランスへの信頼厚いアメリカでも、蝦夷共和国は話題の国家だとか。アメリカ合衆国自体が、プロテスタント移民が多くてね。」
「フランス王がアメリカ独立にフランス軍を増援しまして、まさに蝦夷共和国は第二のアメリカのようなものですから。最近では、うちの元帥ブリュネ君に会いたくて、旅行に来るアメリカ人団体もおりましてね。そこでわたしはリゾート施設開発も視野に入れながら、小樽に目をつけまして。」
「素晴らしいアイデアだ。小樽ならば、アイヌの森をおかさず、漁猟が盛んで富みんでおられる。観光客は資源になるので、名産もこだわらねば。」
榎本武揚は少し顔が曇った。
「しかし、スチームパンクの公害が、アイヌの森にも及んでいて、蒸気ばかりはどうにもならず。アイヌは狩猟に困ると、毛皮を売る為に森から出てきます。彼らの文明を脅かしたくは無い。毛皮とて、彼らには神聖な神の一部です。」
芹沢鴨は唸った。
「それは参る問題ですな。あくまで共生でなければ、アイヌからしたら、和人とフランス移民の植民地と変わりません。数々の国家から学ばれた榎本さんは、文明の破壊はお悩みであられましょう。」
平間重助は必死に呼びかけた。
「芹沢さん!芹沢さん、緊急事態です!!」
芹沢鴨は一喝。
「やかましい!!平間君、わたしは後にするようにと、話したはずだがね!!」
平間重助は怒鳴った。
「沖田君です!!芹沢さん!!恩人の沖田君の縁者が、天然理心流の佐藤彦五郎さんの紹介状をたずさえて、面会を待ってますよ!!」
芹沢鴨は驚愕した。
「沖田君の、縁者だとッ!?何故この国に?いや!まずは命の恩をお礼しなくてはならん!!榎本さん、申し訳ないが退席致す!祝賀会はいつですかな?」
榎本武揚も時間が無く、頻繁に懐中時計を見た。
「わたしも喜びのあまり仕事を放り出してきました、戻らねば!祝賀会は今宵か明日の夜にでも、芹沢さんの都合のいいほうに。使いを飛ばしてください、わたしはどの道仕事を放り出さねば顔を出せませんから。」
「忙しい中で感謝致す!では、これにて!」
芹沢鴨は馬車の中で平間重助に確認した。
「沖田君はもういない。何故、沖田君の縁者の方は、蝦夷共和国に?」
平間重助はようやく話せると、息巻いた。
「沖田君の恋人は、沖田君と同じ剣客です!おなごの剣客なのです!沖田君の意思を継ぐために、新撰組の入隊を志願してますよ!」
芹沢鴨はまた驚いた。
「沖田君の愛した人は、女剣士なのかねッ!?あの幼さが残る沖田君に浮ついた話があるだけで、わたしとしては驚きだが!!わたしの梅とて、死ぬ覚悟はあっても剣まで知らぬ……そうか。沖田君は、まさに新時代の娘に惹かれたのか……!!」
芹沢鴨は、住居代わりの軍艦に戻り、平間重助と平山五郎の紹介で、顔合わせを果たした。
「沖田君縁の方々よ。まずはこの芹沢鴨、沖田君の優しさから命を拾った恩がある!沖田君の生前に恩返しは叶わなかったから、少しでもあなた方の力になりたく存ずる!」
瑠璃は真っ向から対応した。
「お気持ちはお察し致しますが、沖田総司は既にいません。わたしは貴方を助けてはいませんし、それは総司さんの良心によるもの。わたし達は、沖田総司の名を騙り恩返しにあやかろうとは思いません。ただ、沖田総司の意思を継ぐ剣客として、芹沢さんのお力をお借りしたく、お訪ねしました。」
芹沢鴨は困った。
「なかなかに手厳しい女性だな。わたしとしては、沖田君縁者の貴女に、恩返しをしたいというのに、かね?」
「はい。わたしは総司さんの意思を継ぎますが、あくまで別の人間です。わたしはその死を解するまでの、旅をしました。だから、実感を得ました。わたし達がどんなに惜しんでも、あの人は死んでしまって、残された者は、後悔と共に、前に歩むしか、無いんです。」
「……その旅路の話は、わたしにも聞かせていただきたいものだ。わたしも沖田君を悼みながら、まだ実感は無い。……要件を伺おうか。各自、名乗ってくれたまえ。出来るだけアプローチと思想も語りなさい。平間君、筆記記録を。平山君は君の目から見た意見を。」
まず、瑠璃が名乗った。
「新撰組入隊志願の沖田瑠璃です。天然理心流を沖田総司に習い、勇五郎先生の元、正式な門下生にもなりました。それなりの腕と自負しております。思想はありません。少し尊王寄りだけど、旧幕臣達の苦しみも、見てきましたから。わたしは、わたしが納得がゆく正しい剣である為に、総司さんの愛した新撰組を守る道を志しました。」
「新撰組に女性隊士は前代未聞とは、わかっているのかね?」
「え?沖田総司はおなごです……殿方に見えても、心体共にとても優しいおなごですよ。近藤さんも土方さんも、承知の上でしたが。」
芹沢鴨は絶句し、頭を振った。
「そうであったか……。余程の機密だろうから、聞かなかった事にしよう。瑠璃君も、土方君以外には話さぬように。平山君、意見を。」
平山五郎は嬉しげだ。
「死合って死にかけました~!あぁ、俺を殺せる女が現れるなんて!!てなわけで、前カノと別れて来ました!斎藤一の剣も最高だけど、俺的には瑠璃の剣もまた最高って感じですね!」
「えっ?また女性をふったのかね、平山君。すぐヘラって女の人がいないとダメな癖に……ともあれ、平山君的には最高の剣か。ならば土方君次第だ。異論はなし。次に、そこの……一際目立つ、美しい殿方は?」
嘉志太郎がキセルを袖にしまい、きちんと挨拶した。
「お忘れか、芹沢殿よ。俺は新撰組の入隊を志願致す。伊東、名を嘉志太郎と言って、同じ名前の伊東甲子太郎とはたまたまの同名であって、縁はありませぬ。貴殿が身請け金を払って助けた花魁、品川楼の嘉志久、と言えば、伝わろうか?」
「なんと!!何故、殿方に?」
「たまたま身体がおなごに生まれただけのこと。手術中の身にて、身体がバレぬように、相部屋はこの四人を希望致す。剣は北辰一刀流を免許皆伝の父に習い、長らく仕事で剣を触れなかったが、ゴロツキの二、三人ぐらいならば俺一人で斬り捨て申す。思想は旧幕。学び直す必要があるが、なにぶん将軍様のお膝元で生まれ育ち、今すぐ変えられる訳もなし。俺は、夢見た剣客、永倉新八を探して此処へきた。新撰組ならば、いずれ会えようから。」
芹沢鴨はピンと来た。
「殿方で、女性に生まれた……?嘉志久さん、もしや、あなたは永倉君の言っていた、不思議な花魁さんではないかね?確か品川楼の話だったはずだ。……永倉君も時代錯誤でね。伊東甲子太郎先生は、女形だとわかるのに、あなたのことは不思議がって、度々話すのだよ。」
「永倉新八が、いるのか!?」
「世帯あって前線は降りたが、新撰組で剣術指南役をしている。会えば、さすがに永倉君も理解出来よう、女性でも殿方がいるのだとな。……確信は無いが。彼はとにかく男には理解あって……新しい事にはひどく鈍感でな。その一本気が取り柄だがね。永倉君も旧幕思想で、伊東先生が偉い、わたし、芹沢鴨が偉いと、慕いながらも、彼は志しは変わらず一本だ。」
嘉志太郎が不敵に笑う。
「変わっておらぬようだ。俺を不思議がってはいたが、たいそうな度胸があり、酒乱の俺に酒を飲ませて、暴れまくるのを面白がるのでな。」
芹沢鴨は頭痛を堪えた。
「わたしといいあなたといい、彼は酒乱を好むから……平山君。嘉志太郎さんの意見を。」
「元が女だったとは知らなかったんで、顔面偏差値にドン引いてましたァ。腕は立つけど、まだまだ。まぁ、隊士なら強いほう、務まるでしょー。なんせ、剣術うろ覚えなくらいでよく戦いますよね。ブランクを抜けたら、今より強いかも?」
「なるほど。ならば異論は無い。土方君次第だ。そちらの不安げな方よ、なんとなくわたしも心配なので、話を聞きましょうかな。」
武田観柳斎は観念した。
「拙者は元新撰組軍師、武田観柳斎と申しまする。かつて、尊王に生き、近藤勇を説得して除隊し……晴れて尊王活動をしておりましたら、新撰組の刺客達に暗殺されかけて……命からがら、逃げ延びた男です。」
芹沢鴨は眉をひそめた。
「それは難儀な体験をなさったものだな。何故ここにいらしたのか?正直、新撰組など、懲り懲りではないのかね?」
「えぇ、懲り懲りですとも!ですが拙者にも、他に得難い仲間が此処におります。瑠璃殿、嘉志太郎殿、安藤殿……部屋の数合わせで良いのです。友の役に、立てるならば。拙者は剣は滅法弱いですが、学問では役に立てます。此度は新撰組の為ではなく、友の為に入隊したい所存にて。」
「……ならば、武田さんのことはわたしが口利きしよう。永倉君などはあなたを敵視している。だが、あなたは恐怖を乗り越え、友情を守らんとしているのだ。わたしには異論はない。しかし、学問と尊王となると、一気に背負った藤堂君がしっちゃかめっちゃかになっていてな。武田さんには、おそらくその役割が来よう。あなたは入隊すればかなり忙しくなるが、大丈夫かね?」
「お任せあれ!尊王を語り学術を説くならば、拙者にとってはほぼ趣味トークなれば!!」
芹沢鴨は、最後に安藤さんに話しかけた。
「最後に、お待たせ致した、異人の殿方よ。お国はどちらかな?」
「アメリカです。」
芹沢鴨は流暢な英語で対応した。
「How do you say your name?
(貴方のお名前をなんと言う?)
We, the Serizawa Zaibatsu, enjoyed the favor of the United States as if we were friends in trade with the United States.
(私達、芹沢財閥は、合衆国との貿易で、あたかも仲間の如く、贔屓にあやかった。)
Thanks to you, we have now become the largest trading company in Musashi Province.
(おかげさまで、今、武蔵国一の貿易会社となってね。)
We owe a debt of gratitude to the Americans. We have no intention of being rude to you.
(私達は、アメリカ人に恩義ある立場だ。貴方に対して、失礼を働きたくは無い。)」
安藤さんは丁寧に頭を下げて答えた。
「We Americans are also indebted to France for the help we gained in gaining our independence.
(私達アメリカ人も、かつてフランスの協力で独立した恩義があります。)
We don't treat Japanese people like strangers.
In particular, the Ezo Republic is the same as the United States.
(和人を他人のようには思いません。
特に、この蝦夷共和国は、合衆国と同じだ。)
By the way, I can speak a little Japanese.
(因みに、私は少し日本語を話せます。)
Thank you for speaking English to me so kindly. From now on, I will be speaking in Japanese.
(手厚く英語を話してくれて、ありがとうございました。ここから先は、日本語でご挨拶致します。)
Meはアンドー。アンドー・アントン・マスジローと申す。カンジ……こう、です。」
安藤さんはトランクから、武田の達筆な書道を出した。
「これはまた達筆な。安藤アントン益次郎さん。良い響きです。安藤さんの、祖国の名は如何されましたか?」
安藤さんは決意の眼差しだ。
「和名だけで、生きてく覚悟にて。アンドー、ラスト サムライに関わるのが、夢でした。ボシン戦争、辛かった……みんな、ブシドー守るため、戦い、散った。見てるしか、出来なかった。アンドーは、アメリカ商船の、セーラーだったけど、こたび、身ぐるみ売って、ロギンを作って、船降りた。アンドー、夢叶える為、エゾチ来ました。祖国のヤケ酒、もはやいらぬ。旧幕臣達の最後のステージ、ここにある。アンドー、海兵志願のはずだったけど、ルリやカシク、タケダは、アンドーの永遠の仲間。もしミジュクな我が身でも叶うならば、新撰組に入隊し、本物のサムライ、なりたく存ずる。」
芹沢鴨は、安藤さんの夢を笑わず、感心した。
「ここにもまた一人。ブリュネ元帥の如き、国を超えた侍がおられましたか。この芹沢鴨、安藤さんの夢を笑うような無粋はせぬから、ご安心めされよ。わたしは尊王思想なれど、戊辰戦争を笑わぬ。旧幕臣は……榎本武揚や土方歳三は、最後の武士道に命を燃やしました。ナポレオン三世の助力なくば、この蝦夷共和国は生き残れなかったでしょう。確かに、彼らは古い時代のラスト サムライです。志し新たに、伊東甲子太郎を解しても。朝廷に許され、直属となっても。新撰組は、戦って戦って、武士道に散るでしょう。それは彼等には報いある誉れです。それでも、ゆかれるのか。」
「アンドー、天然理心流、一月、サトウ ヒコゴローに習いました。まだまだ、ミジュク者ですが。アンドーは、武士道追いかけて、死するも覚悟の上。ルリと出会った……そこから、アンドーも走り出しました。アンドーも斬り合いで散る、ツバキです。」
安藤さんの覚悟には、瑠璃とて驚いた。
「安藤さんは、わたしが死なせませんよ?安藤さんは守るべき友です。」
芹沢鴨が微笑んだ。
「平山君。」
「はいはーい!確かに、安藤さんは半人前でーす!平隊士にも負けるかも?でも海兵あがりは大砲の扱いの手練だし、撃鉄の扱いは異人の方が上手いしねー。あと、英語!」
「うむ。安藤さんには、まだこの先の稽古があるし、英語は武器になる。蝦夷共和国はフランス移民もいて、武蔵国からはイギリス商船が。とかく、外国語の先生は不足気味だ。わたしからも口利きしよう。」
瑠璃、嘉志太郎、武田、安藤さんは、床に膝まづいて深々と礼をした。
「芹沢局長!よろしくお願い致しまする!」
芹沢鴨は、平間重助に指示した。
「平間君、筆記は終わったかね?」
「はい!一言漏らさずに書きました!英語は日本語に訳しておきましたので。」
「うむ。さすがは平間君、仕事が細かいな。わたしはこの筆記を持って今から新撰組のオテルへ。土方君のやり方になるぞ。平山君は、知らせを待って待機なさい!瑠璃さん達におもてなしを。平間君は着いてきなさい!」
「承知しました!平山はお裾分けのおはぎ出してあげて。」
「はぁい。行ってらっしゃい、芹沢さぁ~ん!」
土方歳三は、司令室でロシア国境巡邏役達の報告を受けていた。
「副長!これ以上は、堂々と見張るのは不味いです!」
「今までだって、アイヌと交易に来るロシアの民間人が、我々新撰組が帯刀しているのに怯えてましたが……今日は特に危なかったです。」
土方歳三は眉を顰めた。
「ロシア側から何か?」
隊士達は頷いた。
「民間人と警備兵が来ました。一触即発でしたが、交易に来ていたアイヌの若者が、ロシア語を翻訳して、我々に話してくれました。民間人が我々を怖がってロシア兵を呼んだそうで、ロシア兵側は、敵対意志は無いが、樺太まで来たらさすがに庇えない、と。ロシアの帝は過激なところがあるから、刺激しないでほしいとだけ。我々は、彼は真っ当な意見だと考えます。」
土方歳三は腕を組み、考えた。
「ロシア国境巡邏役は改める。刀は帯刀しちゃ不味そうだ。樺太も入るな。アイヌに服を借りて、アイヌのふりをして、遠巻きに見張れ。そのアイヌは、良い奴なんだろう?」
「賢明です。今からアイヌに交渉して来ます。アイヌからしたら、衣服も大事な神の品だから、買い取り金をいただけますか?」
「斎藤が会計だ。寄って金を受け取りな。」
「承知!」
一人になってから、土方歳三は不思議がった。
「天皇陛下の勅命は、ロシアとの戦いのはずだが……ロシア側は戦を望んではいねぇな。そも、武蔵国がロシアを敵視すること自体、今までは無かったはずだが……」
オテルの小さい鐘が鳴る。
藤堂平助による、尊王思想と英語、海外の授業の時間を知らせるものだ。
「また悩みが増えるな……。」
土方歳三は立ち上がり、筆と硯を持参して、学び舎に向かった。
授業の後だ。
新撰組屯所のフランス式オテルでは、藤堂平助が相馬主計を連れ立って、中庭で雪の中からフキノトウ探しをしていた。
「ふふっ。主計~春が来たぜ、蝦夷共和国にも~!うふふ!」
フキノトウを愛でる藤堂平助に、相馬主計は心配げだ。
藤堂平助は、教えながら英語を噛んだし。
教えが伝わらないと、血気盛んに怒鳴ってしまうし。
学問は得意だし、どんなに頭は良くても。
伊東甲子太郎程の、教え上手な先生では無いのだ。
「藤堂さぁ。尊王の先生やるのは、限界なんじゃ……だって鈴木三樹三郎殿の手紙読みながらでも、うまくいってなくない?」
癒しを求める藤堂平助は現実逃避中だ。
「ふふふ!あっちもフキノトウ、こっちもフキノトウ!あ!見ろよ主計、ウサギさんだぜ!」
そこへ、永倉新八が見参す。
「うーさぎ!つーかまーえたー!!」
永倉新八の捕まえたウサギに、藤堂平助は駆けつけた。
「永倉兄、すげぇや!ウサギさん触らせて!!」
「ういよなあ、ういよなあ、うさぎはよぉ!」
相馬主計は、そっと尋ねた。
「永倉さんは、剣術指南に参られましたか?」
「おっと忘れてた。お~い!おめぇら!おきねさんの差し入れでぃ!!フキノトウの煮物を食いねぇ!!」
「わぁーい!フキノトウは俺のだー!」
斎藤一は島田魁を連れて、相馬主計に歩み寄り、深いため息。
「ねー、相馬ちゃん。例のフランス料理店、高い理由わかったわ。ぶっ通しで徹夜続きして、フランス語の勉強したらさぁ。島田のサポートも加えて、よーやく判明した訳よ。」
「え!斎藤さん、フランス語を覚えなさったんですか?すごいや!……まぁ、新撰組が多額の借金したせいですよね。」
斎藤一は島田魁に促した。
「相馬ちゃんは良い子だねぇ~。島田、相馬ちゃんにあげなよ。」
「相馬組長!俺の幼い友達、レティシアちゃんのお家からお裾分けいただいたパテです。食べてください!斎藤さんが話したら、レシピもたくさんくれましたよ。」
相馬主計、瞬きしながら、パテを見た。
「え?かまぼこは、超高級料理では……?」
斎藤一が告げた。
「今までの新撰組が入ったフランス料理店は、フランス人も記念日しか行かないような、高級料理店だった訳よ。フランス語さえわかればなんてこたあねぇの。家庭料理店でもパテは食えるし、ベトナム人の屋台のバインミーにも入ってんの。旨いよ?」
相馬主計は大喜びだ。
「すごいや斎藤さん!土方さんの金遣いも歯止めが効くし、新撰組ももう借金しなくて済む!しかも、安くパテが食べられるだなんて!!」
斎藤一は多少調子に乗った。
「まぁね~。ちなみに島田のツテでレシピもレティシアちゃんのお宅から色々もらって、俺が訳しておいたから、ラタトゥイユやらパテは、新撰組でも夕餉に加わっからね。」
島田魁が誇らしげに告げた。
「斎藤さんのおかげで、俺も先程ラタトゥイユを試しに作りましたよ!赤い野菜には驚きましたが、アレが美味しいんですよね。ええと、ポム ダムールだとか、トマトって野菜です。ラタトゥイユはフィットチーネという、うどんに似た太いパスタにかけたりして、いただきます。試食に来ますか、相馬組長?」
「行きたい!島田さんすごいや!!」
永倉新八と藤堂平助は途中から聞いていたのか、ニヨニヨして近づいて来た。
「俺も行くーッ!!」
「なんでぇ、なんでぇ!島田魁よ!島田伍長は俺との方が長かろう?ラタトゥイユたぁ、この俺にも食わせねぇ!!」
島田魁は皆を落ち着けた。
「皆さん落ち着いて!ラタトゥイユは逃げませんよ。台所にたくさんありますからね。皆さん、藤堂君の学び舎の後ですから、お腹すいてらしたんですね?」
藤堂は頭を抑えた。涙ぐむ。
「俺が一番腹減ったよぉー。伊東先生の代役には、俺の頭がついてけないよ。フキノトウも食べちゃったし。ウサギさん、俺を癒して……。」
今まで真面目面で自習していた原田左之助が眉をしかめて、部屋を出て藤堂を追いかけてきた。
「待ちな!つまりアレだ。尊王たぁ、こーゆうこったろ?」
原田の書道には、
[朝廷に日の本をお返しすべし
明治天皇陛下の元、斬りあって果てるべし]
と、あった。
永倉新八は感心。
「すげぇや、さすがの左之だ!!覚えがはええやな!!」
藤堂平助は困惑した。
「そうだけど何か違うー!!物騒過ぎるよ原田兄!!伊東先生は、剣を収めて対話する時代だって……死ぬのが前提じゃないし!!あー、服部武雄さんがいたらなぁ。」
島田魁は、台所で盗人を発見した。
「何奴!!そこなラタトゥイユは、我ら新撰組のラタトゥイユぞ!!」
振り向いたのは風呂敷で頭を包んだ一人の鼠。
顔が隠し切れていない、土方歳三だった。
口周りを真っ赤にして、たくさんあったラタトゥイユがなくなっているでは無いか。
「土方さん!?一体、何が起きてるんですか!?」
土方歳三は真顔だ。
「何故、俺の正体を?」
「いや、バレバレです。顔が見えてます。」
「そうか。うめぇな……こいつを作ったのは、島田か?全部食っちまった。悪ぃことをしたな。」
土方は腹が何倍にも膨れている。水分過多だろう。
「まぁ、土方さんなら仕方ないですが。以後はこの島田魁に一言ください、別個に作りますよ。今後も夕餉に出ますから、隊士達の分は食べちゃいけませんよ?」
斎藤一が駆けつけた。
「嘘ッ!!なんでそんなに食ったの、アンタ!?」
土方歳三はぶっきらぼうに告げた。
「学術がわからねぇ。いいや。ずっと、違和感があってな……考える程、頭が朦朧として腹が減りやがる。商売はして来たから金の勘定はわかっちゃいるがな。新しい日の本は、海向こうの国々やら、英語やら……しかも、ロシアを敵視しているのはヨーロッパ勢だ。何か引っかかってな。頭を使ったら、無性に腹が減りやがる……。」
それに。
伊東甲子太郎の言う尊王と、天皇陛下の勅命のズレが、違和感として引っかかった。
伊東甲子太郎は、あくまで世界を敵視していない。
なんだ?この堂々巡りは。
「はぁ?ねぇ、馬鹿なの!?」
そこに、芹沢鴨と平間重助がオテルに入って来た。
「土方君はいるかね!?」
土方歳三は急いで駆けつけて、芹沢に告げた。
「頼むから局長らしくしてくれ、芹沢さん。きちんと司令室で座って、永倉なり使って俺を呼んでくれねぇと、隊士達に局長の威厳の示しがつかん。」
芹沢は土方歳三のタプタプ膨らんだ腹を見て、切り返した。
「土方君こそ、学びは誉れだが、疲労からの過食は気をつけなさい。鬼の副長の威厳を損ないかねんのでな。」
「局中法度に過食は切腹とはありゃしねぇです。仮に、そんなご法度を俺が決めてりゃ、島田魁が真っ先に腹切り沙汰だ。……貧しい生まれの隊士達もいる。命懸けで戦う隊士達が、うめぇ飯を食うのに、制限は出したかねぇ。」
芹沢鴨は逆に一本取られてしまい、額を抑えた。
「それはそうだ。皆が恵まれた武家の生まれでは無いし、土方君とて長年の下働きあって今があるのだ。グルメぐらいは許容せねばならんな。己を恥じようとも。ただし……」
土方歳三は司令室まで芹沢と歩きながら尋ねた。
「ただし、とは?」
芹沢鴨は鉄扇を広げ、平間に呼びかけた。
「その腹は早くスッキリしてもらわねばなるまいぞ。新撰組にも、新時代の夜明けが来よう。平間君!」
平間重助は自分の筆記を読み上げた。
「入隊志願者が四名、局長、芹沢さんの許可は取れています!あとは副長、土方君の判断のみ、という段階です!」
「……入隊志願だと?」
「沖田瑠璃!伊東嘉志太郎!」
土方歳三、さらに永倉新八が驚いた。
「瑠璃さんか!……伊東甲子太郎?」
「まさか、嘉志久かッ!?伊東殿と同じ名なんだよ!ついにアイツ、あの銘刀を携えて現れたのかッ!!」
芹沢鴨は苦笑いだ。
「永倉君、君が相変わらず酒乱の狼藉者を面白がると聞いたが、少々悪癖ではないかね?飲む側には心強いことだが。」
「芹沢殿もたいそう面白かったが、嘉志久も女にしとくのが惜しいくれぇの剣幕で、熱い啖呵をきりやがる!」
土方歳三は、沖田総司との今までが脳裏に甦った。
試衛館時代や、壬生浪士組。
優しかった総司が、愛する友を斬り続け、優しさ故の異変が総司を襲ったこと。
総司が、愛する人とともに、剣となって。
総司は、瑠璃を地獄の道連れに、選んだ。
土方歳三には、近藤勇や伊東甲子太郎のような、倫理や情けが、無かったのやもしれない。
土方歳三は、愛を知らない。
だから、愛多き近藤を慕い、一途な愛の総司にも感心した。
剣に対するその妄念もまた。
総司と瑠璃を、好きにさせてやるべきだと考えた。
土方歳三は、馬車馬のように働きながら、剣への妄執で、天然理心流にたどり着けた。
土方は、総司と、剣への執念が通じ合っていた。
山崎烝が、瑠璃を巻き込んではならぬと案じるから、近藤勇まで話が回った。
総司とは、佐藤彦五郎の家が最後だ。
寂しそうに、頼りなくなった総司は。
まるで、剣や新撰組を失った場合の、歳三そのものだった。
だが、瑠璃はついにやって来た。
総司の想いは、叶ったのか?
「沖田……瑠璃、か……。総司の代わりに、俺が手合わせせにゃならん。」
芹沢鴨が土方歳三に言い聞かせた。
「よしたまえよ。彼女は平山君が敗北しているぐらいだ。実力を見るなら永倉君や斎藤君でなければ、命が危ういぞ。」
土方歳三は頑なに譲らなかった。
「これは、総司の遺した総司の務めだ。俺が代理で確かめさせてもらうぜ。」
聞いていた相馬と藤堂は、平間重助に尋ねた。
「あと二人は?」
「元軍師、武田観柳斎。アメリカ人の海兵、安藤アントン益次郎。この二人は芹沢さんからお話があります。」
永倉新八と土方歳三は嫌な顔をした。
「武田観柳斎だと?」
「あんのへつらい野郎め、卑怯者がよぅ!!まぁたお偉い局長に媚びへつらって味方につけたのかよッ!!芹沢殿、あいつぁ信用しちゃあなんねぇ、かの近藤勇を天狗に陥れたのも、総司に友を斬らせた要因も、武田観柳斎の仕業よ!!」
芹沢鴨は、特に土方歳三と永倉に、語った。
「武田観柳斎さんは、既に己の悪癖に打ち勝たれたのだろう。瑠璃さんに罪の意識を抱えながらも、沖田君の死地までの旅路に同行している。恐怖はしてらしたが、おそらくわかってはいよう。自身が、永倉君に斬られても、文句を言えぬ立場であると……わかるから、怖いのだ。瑠璃さんや沖田君に寄り添い、自身の業を解さぬような、阿呆な人間には、わたしには見えなかったのでな。賢い方だ。尊王に考え深く、学術にさとい。藤堂君の心強い味方になるのではないかね?」
永倉新八が不機嫌にドヤした。
「なんでぇ、なんでぇ!!芹沢殿までほだされちまったってのかい!?」
「いい加減にしねぇ、新八よォッ!!」
原田左之助が永倉新八をぶん殴った。ぶっ飛んだ永倉は、起き上がって怒鳴った。
「あにしやがる、左之ォ!!」
「馬鹿がむしんに、鉄拳見舞ってやったのよ!!俺たちゃ、除隊した武田を闇討ちに参ったからよォ!!武田がその恐怖を抱えて、瑠璃やら嘉志久についてきたってんなら、その心意気たるや何よ!?」
※がむしん……がむしゃら新八の意。
永倉新八は原田左之助に殴り返した。
「知る訳ねぇやなッ!!」
ぶっ飛ばされた原田は、怒って槍を構えた。
「こんの馬鹿もんがッ!!わからぬならば刺し違えてでも、殺すしかねぇやなッ!!」
永倉新八、構えた。
「やめたまえ!!君たちは、血気盛ん過ぎやしないかね!?」
「芹沢殿、止めねぇでくんなッ!!俺と左之たぁ、昔っから、殺り合わにゃわからん間柄よ!!」
「やめてくださいよ!!」
島田魁が慌てて永倉新八を投げ飛ばした。
巨魁永倉を軽々とすっ飛ばす、新撰組随一の剛力は相変わらずである。
「落ち着いてください、永倉組長!!原田さんが怒っているのは、友情や絆へ理解を寄せずに、永倉組長が批判してるからでしょう!?原田さんも永倉組長だって、自分がそれをされたら許さないはずだ!それを、友である永倉組長が続けたから、原田さん怒ってんですよ!原田さんも!!槍を出さずに、対話してください!!」
原田左之助は頭をかいて、槍を引っ込めた。
永倉新八は身を起こしながら、耳を疑う。
「友情と絆だァ……?嘉志久に、武田が……?総司の縁の瑠璃って女に、友情……?」
左之助がしゃがんで、永倉新八に告げた。
「おめぇの目はやっぱ節穴かい。総司は女だぜ?女同士で愛し合ったんならば、男同士でしか愛せない武田は、まず共鳴すんだろがよ。武田にも、瑠璃って女は他人じゃあねぇのさ。」
永倉新八はびっくりして、更に疑って左之助の胸ぐらを掴みあげた。
「まさか!総司が女……!?いんや、だとしたら!てんめぇ、総司に何をした、触りやがったのか、こんのスケベ野郎め!!」
「馬鹿がむしんが!総司のヤツァ、どこでも着替えてんじゃあねぇかよ!途中までは風呂まで来てたしよ!俺が総司を隠せと近藤勇に直談判に行くまで、総司のやつ風呂場ですっぽんぽんよ!それでも男と疑わねぇ隊士共が鈍感過ぎらぁ!」
「だって!総司に、胸なんか無かったじゃねえか!!」
「がむしんよぉ。今総司がいたらブチ切れんぜ?俺んとこのまさだって、子を生むまでは胸なんかあってねぇようなもんだったしよ。」
島田魁も驚きはしていたが、頷いた。
「おなご……沖田組長がねぇ……。あ、俺の妻も、背丈がとても小さくて、胸だって成長してませんけど。永倉組長は、遊郭でしか女を知らないといいますか……まぁ、つまり、瑠璃さんは武田さんの仲間なんですね?」
永倉新八は気まずそうに背中を掻きむしりながら、土方歳三に尋ねた。
「だ、そうだが?どうする、土方歳三よ?アンタ次第だ。」
土方歳三は、サッパリしたものだった。
「同意の無い性交渉、つきまとい行為、隊士絡みの恋慕は、今まで通り厳罰だが、切腹沙汰にはならん。元々修道はご法度じゃあねぇ。だいたい、近藤さんの代わりに償わねばならんしな。尊王の教えや学術なら、爆死した藤堂の助けにゃなるだろうよ。」
藤堂平助はニッコリ。ウサギさんも、こころなしかニッコリ。
「尊王派が全員御陵衛士になんなくて良かった~。幸い、生き延びた武田さんがいた……。」
相馬主計が尋ねた。
「アメリカ人の……安藤アントン益次郎さん、というのは?何故、隊士志願なんですか?榎本総帥の大好きな海軍の方が、力入ってますし、雇用に有利な水兵さんですよね?」
芹沢鴨が口添えした。
「アントンさんは旧幕臣に理解を寄せており、わたしは貿易商だったからわかるが、合衆国は蝦夷共和国と似た経緯で独立したから、アメリカ人のアントンさんには他人事では無いのだよ。最後の侍である新撰組に関わることは、彼の叶わなかった夢でもあって、未熟な身ながら入隊を許されるのであれば、斬りあって果てる覚悟だという。……侍の死に様を、椿に例えてらしたな。」
土方歳三が気づいた。
「芹沢さん。安藤さんも、沖田瑠璃の旅の仲間か?」
「そのようだ。なぜ、わかるのだね?」
「椿は……総司の特別な花なもんでね。病で死ぬのは歯痒いが、斬り合いで椿のように散るのは剣客の美徳だとな。近藤さんは、切腹の誉れに夢見たが……総司は、また違ったのさ。」
永倉新八が悲しげな顔をした。
「総司が、そんなこと言ったのかい?勝って生きるなぁいいがよ。斬られて死ぬなんざ、俺だって御免こうむる。だから、三樹三郎につけ狙われて、俺ァ蝦夷地に逃がしてもらったんだからよ。」
土方歳三は返した。
「俺ァ、椿に乗ったぜ。斬る以上は、斬られて果てるのは、相応しいだろうよ。芹沢さん。俺から言える入隊試験は、ただひとつだ。」
芹沢鴨が眉をしかめた。
「手合わせかね?武田さんやアントンさんは、剣は不得手だが……」
土方歳三はにっと笑った。
「あぁ。壬生狼チャンバラ次第さ。なに。無茶ぶりはしねぇさ。こちらも不得手な隊士を出しゃあ、対等だろう?」
芹沢鴨はため息だ。
「わたしは構わないがね。毎度これを繰り返しておれば、榎本さんは泡を吹いて倒れかねんぞ、土方君よ。」
「今のが生ぬるいさ。昔は、入隊数日以内に寝込みを複数人で襲う慣例だった。」
「つくづく、野蛮だと言わざるを得ないが……此度は天才が一人いる。それでも、真剣でやるかね?」
「だからこそやる。命などいくつあっても足りねぇのが、新撰組だ。俺がいる。此処が、俺が、新撰組だからだ。」
平間重助が知らせに走り、瑠璃、嘉志太郎、武田、安藤さんは馬車に乗り、平間と平山は馬で先導した。
芹沢鴨が沖田瑠璃達を連れて中庭に行くと、土方歳三は集まった隊士達に怒鳴った。
「全員整列!!」
隊士達は動揺しながらも、整列する。
「女だ……」
「馬鹿野郎。あの踏み込みがわからねぇのか?」
「え……?」
「俺なら逃げらァ。あの女はただ者じゃねえ。」
「てめぇら!!無駄口を叩けば斬る!!」
「「はっ!!」」
土方歳三は芹沢鴨に確認した。
「芹沢さん。仕切るならアンタだ。」
「いいや。土方君に任せよう。」
「……隊士志願者は名乗りな!!」
瑠璃が一歩踏み出す。
土方歳三にはわかる。
椿の羽織りは、トレードマークだ。
「沖田瑠璃!沖田総司と近藤勇五郎より天然理心流を学び、その死出の旅路を終えて、己が剣を見定めて参りました!」
土方歳三が若干微笑んだ。
「よくぞ、来てくれたな、瑠璃さん……いいや!その剣は総司の代わりに俺が見届けるぜ。次!!」
嘉志太郎が踏み出した。
「随分と歌舞いた色男だ」
「あの羽織りは、錦じゃねえか?それに、あんなに美しい面は……?」
永倉新八が思わず歓声を上げた。
「いよッ!!嘉志久ッ!!日本一ィッ!!!」
嘉志太郎は念願の永倉新八に一喝。
「黙れ永倉殿よ!ろくな名乗りが出来ぬ、下がっておれッ!!」
隊士達は意外な激しさにざわついた。
「燃えるような気性だ」
「最強の永倉殿に一喝とは……」
永倉新八は大喜びだ。
「カッカッカッ!!激しさ怒涛の如くってな!」
「伊東嘉志太郎と申す!御陵衛士の伊東殿とは無関係ながら同じ名にて。北辰一刀流を学びながらも、空白の期間があり、腕前は衰えた次第!旧幕思想で英雄永倉新八を追って参った、此処に入隊を志願す!」
土方歳三は、永倉新八に聞いた正体は伏せたまま、見定めた。
「衰えたと言いながらも、一部も隙がねぇぜ、嘉志太郎さんよ。藤堂平助!!」
「はいっ!!」
「嘉志太郎さんの手合わせは、藤堂に一任するぜ。」
嘉志太郎は藤堂平助と聞いて驚く。
「北辰一刀流の申し子、先駆け先生、藤堂平助殿か?俺では彼のような猛者の相手にならんぞ?」
「案ずるな。アンタは藤堂に値する剣客さ。次!!」
渋々、あゆみ出て、笠をはずしたのは、武田観柳斎だ。
「武田先生だ!!」
「生きてらしたのか……!!」
武田観柳斎は朗々と声を張る。
「元軍師、武田観柳斎、舞い戻って参った!新撰組が尊王に変わったとは信じ難いし、殺されかけた恨みも恐れも消えはせぬ。だが、我が命にも代え難き友を助けるべく、拙者は此処に参った所存!」
永倉新八は睨んでいたが、心配げに武田を支えに来た瑠璃や安藤さんに微笑み、安心させる武田を見て、納得せざるを得なかった。
「なんでぇ。一皮剥けたなら、もっと早けりゃあよ。」
左之助がカラカラと笑った。
「ようやっとわかったか、がむしん!絆を悪く言いやがったら、また殺すぜ、俺ァ!ソイツは、俺とてめぇを否定するようなもんだからよ!」
「左之ォ!はじめっからそう言えやい!!」
土方歳三は武田を睨み、冷やかした。
「絆の為か。俺におべっかをせんでいいのかい?武田さんよ。アンタ剣はまるきりダメだろう。」
「拙者がおべっかを使って応じる男ではなかろう、土方君よ。隼人殿にお会い申した。貴殿のような一徹の志しに、拙者のおだて芸など何が通じようものか。」
「ふ……久しく兄貴の名を聞くたぁな。田村銀之助!!」
整列そっちのけで土方の軍服を繕っていた美少年が、呼ばれて瞬きした。
「はい……?土方さん、まだ軍服は直っておりません。」
武田観柳斎、その愛らしさに瞬きす。
「え?何ですかな?拙者の知らない美少年いる……。」
「田村銀之助は後々入隊してな。幼さ故、俺や榎本さんの身の回りの世話を一任してきた。銀之助。剣を取り、この人と手合わせしな。」
田村銀之助はたじろいだ。
「銀之助は、剣は扱えませぬよ?」
「安心しな。武田観柳斎は、からきし剣が不得手だ。おめぇじゃなきゃ、対等じゃねぇのさ。」
「こ……心得ました!」
土方歳三はチラ、と安藤さんを見た。
「さて、そちらさんだが……。」
「アンドー、名乗っても?」
オテルの玄関の鐘が鳴る。
正式な客人しか、オテルの鐘は鳴らさない。
現れたのは、なんと陸軍を統括するジュール・ブリュネ元帥である。数名の部下を連れ、まずは大使、芹沢鴨に深々と一礼した。
「武蔵国大使殿。安藤さんの件、武蔵国にはなるべく穏便に言い換えますよう、お取り計らいお願い申し上げる。」
「計らいましょう。ところで、何故箱館戦争の大英雄、ブリュネ元帥がこちらへ?」
「ふふ。箱館戦争で自力の戦果を出したのは、土方少将ですよ。」
ブリュネは土方歳三と合図し、廊下に正座した。
「どうやら、わたしは間に合ったらしい。」
「あぁ、来てくれてありがてえ。安藤さん。名乗ってくれ。」
安藤さんはブリュネ元帥の登場に驚いたが、改めて一歩前に出た。
「アンドーは、元アメリカ商船警備水兵、アンドー・アントン・マスジローにゴザル。カンジは、こう……安藤アントン益次郎……と、かきます。アンドーは、戊辰戦争のおりから、旧幕臣に関わる夢、ありました。叶わぬ夢だった、ラスト サムライへの関与は、いつしか、ルリと出会い、決意し……アンドーは武士道に、歩みだしました。斬られて果てても、悔いは無し。そして……アンドーのアメリカも、フランス王の支援で独立しました。蝦夷共和国は、仲間です。」
隊士達は、改めて考えさせられた。
「安藤さんは、旧幕だが、俺達は伊東先生の学び舎が無かったら、彼を夷狄として敵視していたのか……。」
「そういうこったな。ブリュネさん。ご意見伺いたい。」
土方歳三に、ブリュネ元帥は正座したまま、頷いた。
「我らの独立は、ナポレオン三世の心変わりによるし、わたしは手紙を書いただけで、フランスで何があったかはわからない。わたしは、英雄などではありませんが……安藤さんの志しは紛れもなく、わたしと通ずるもの。かつての侍の在り方を、抗ってでも、失わぬ信念。……わたしが安藤さんと手合わせ致しましょう。」
「感謝するぜ。ブリュネさんよ。永倉ァ!!初手は武田観柳斎!!」
永倉新八は勢いよくかけ声を上げた。
「元軍師、武田観柳斎!対するは、田村銀之助!!構えッ!!」
武田と田村は抜刀して構えた。
「いざ!いざ、いざ、真剣にィッ!!」
隊士達は、正直舐めていた。
「勝負ッ!!!」
「あいやしばらくッ!!!」
武田が全力疾走。オテルの中に走り出した。
隊士達は唖然。
「……え?」
相馬主計が怒鳴った。
「土方さん!!敵前逃亡は斬らねば!!」
土方歳三は、ニィ、と笑った。
「あぁ……斬れればな。銀之助、追い込め!!」
「は、はいぃッ!!」
銀之助が追うと、隊士達も気になって追いかけた。
「……あっ!?」
なんと、武田観柳斎はオテルの礼拝堂のイエス様の聖櫃を防壁に、鉄砲を構えているでは無いか。
ついてきたブリュネ元帥が感心した。
「卓上の学問かと思っていたが、甲州流兵法とはなかなかの策士。」
「鉄砲を持っています!鉄砲をください!」
隊士が銀之助に貸してやると、正式に習いこそしなかったが、銀之助は鉄砲弾を撃つ。
すかさず武田観柳斎は聖櫃に身を隠す。
「イエス様の聖櫃。頭が回る男だ。信仰も手玉にとるか。」
銀之助は弾込めして進むが。
「長椅子が邪魔過ぎるッ!!長椅子が無いのは、脇道二本と正面の聖櫃までの一本道だけ……これじゃあ、俺はまるで的だ!!」
武田観柳斎はすかさず一発放ち、銀之助の耳を弾丸がかする。
「ひっ!」
「左様!甲州流兵法とはまず卓上で築城を学び、建築を覚えて軍略に生かすものなり!!これ即ち、武田信玄による戦であり、後の武田の旧臣、小幡景憲が定めた兵法である!剣には遥かに及ばぬ拙者でも、この軍略ならば三人は打ち倒そうぞ!さぁ、次なる弾は威嚇にあらず!!」
田村銀之助は半泣きで降参姿勢を上げた。
「土方さ~ん!俺まだ死にたくない!たくさん身の回りのお世話をして、たくさん稼いで裕福な大人になりたいです!!」
隊士達はびっくりして、武田観柳斎を見直した。
「まるで、城攻めの軍略だ」
「フランス伝習隊もいいが、甲州流兵法もすごいぞ!」
「「武田!武田!武田!」」
止まぬ武田コールの中で武田観柳斎は立ち上がり、鉄砲の煙をフッと吹いた。
「ところで田村銀之助君。拙者が奢りますゆえ、美味しい飯処は如何かな?」
「えぇ~?ご馳走ですかぁ~。兄上が許してくれるかな……俺、たっかいフランスそば粉のガレット屋さん、腹いっぱい食いたいです!!」
微笑む武田。
「健全かな、健全かな。」
永倉新八が叫んだ。
「勝負あった!勝者、武田観柳斎ッ!!」
安藤さんも拍手喝采だ。
「タケダ!アタマが良い!!」
「先手必勝で走り出して、追いつかれて斬られていたら、敗北でしたがな。」
嘉志太郎が口酸っぱく言った。
「彦五郎殿の道場でも言ったが、俺に仕込めというに。」
土方歳三が隊士達に号令す。
「中庭に戻って整列!」
皆で中庭に戻り、土方歳三は告げた。
「次!安藤アントン益次郎!ブリュネ元帥、お願い致す!」
「かしこまりマスル。」
「承って候。」
永倉新八が号令を上げた。
「安藤アントン益次郎に対するは、ジュール・ブリュネ元帥ッ!!さぁ、構えッ!!」
安藤さんとブリュネ元帥は一定の距離を置き、安藤さんがいきなり坐禅。ブリュネ元帥はピンと来た。天然理心流ながら、あたかも安藤さんは、北辰一刀流の座業だ。
ブリュネ元帥は、自らも坐業した。
永倉新八はこれに躊躇う。
「か……構え?」
「アンドー、未熟ゆえ。まず、精神統一せねば、平晴眼にも、到らない。」
「わたしも気づきました。安藤さんと、同じ理由にて。いつでも開始されよ、永倉殿。」
永倉新八は天性の才能と異常な本能の剣であり、座業の二人に戸惑いながらも、土方歳三に目配せした。
「心配いらねぇ。はじめな。」
「……いざッ!!いざ、いざいざ、尋常にィッ!!勝負ッ!!」
静まり返った。
斎藤一が声を潜めて尋ねた。
「ブリュネ元帥、剣の心得あんの?」
土方歳三が静かに答えた。
「ブリュネ元帥はフランス人伊達らに旧幕臣だぜ。いざ自らが危うい場面では剣もこなす。まぁ、鉄砲の扱い程じゃねえが、充分な侍だ。」
瑠璃は心配げに安藤さんを見ていた。
安藤さんは、一月間の、佐藤彦五郎の指導に、すべての精神を回していた。
平晴眼の構えから天然理心流は始まる。
浮島すらも。
平晴眼すらまだ掴めない。
だが、座業は安藤さんを導いてくれる。
彦五郎さんいわく。
安藤さんの座業は、浮島に繋がるものだ。
安藤さんには、普段は気配などわからない。だが、座業は知らせた。
ブリュネ元帥が片足を上げて鞘から柄に指を立てた。
気配、音、動き。
安藤さんは彦五郎が告げた気がした。
今だ、安藤さん!
安藤さんは素早く片足を上げ、迫るブリュネ元帥の剣戟から身を守る一撃、奏者を繰り出す。
ブリュネ元帥は身を起こし、安藤さんは立ち上がりの隙をついて、かけ声一線。
「いああああああああぁぁぁッ!!!」
立ち上がりながら仕掛けるは、飛龍剣である。
ブリュネ元帥は咄嗟に守りに出たが、間に合わない。
「いかん!」
芹沢がぼやく。
安藤さんの一撃を防いだのは、ブリュネ元帥を蹴飛ばして剣を受け止めた平山五郎である。
「充分っしょ?俺が出たら死んじゃうぜ~?」
永倉新八は慌てて叫んだ。
「勝負あった!勝者、安藤アントン益次郎ッ!!なんでぃ、強えぞ!?平晴眼も出来ねぇのに浮島だとッ!?」
安藤さんはホッとして、膝をついた。
瑠璃が駆け寄る。
「安藤さん!頑張りました!やはり、才があります!」
「アンドー、ヒコゴローの合図、聴こえた。」
ブリュネ元帥は剣を納める。
「見事な浮島であった。座業の浮島から奏者、続く飛龍剣とはな。異人のわたしでは相手にならなかろう。人選ミスだな、土方君よ。」
土方歳三も息を飲んで見ていた。
「そいつは言いがかりだぜ、ブリュネ元帥よ。まさか、アメリカ人が浮島をするたぁ思わなかろうよ。俺だって浮島には到らねぇんだからな。」
安藤さんは告げた。
「ヒコゴローの教え。アンドーの座業。手合わせ、ありがとうございました。」
嘉志太郎が歩み出た。
「皆が本領発揮というところか。俺がここで負けると、どうなる?」
「四対四だ。嘉志太郎さんが負けたら、勝敗は瑠璃さん次第だな。」
嘉志太郎はニヤリと笑った。
「ならば安心致した。俺の相手は藤堂平助殿だ、正直分が悪い。」
藤堂平助は瞬きした。
「俺も、古傷があって、昔程強くはないよ?体力尽きればただの死にかけだし。」
「やってやれぇ、嘉志久!!酒がありゃおめぇはもっと強くなんだからよ!!」
永倉新八に嘉志太郎は苦笑いだ。
「それが、酒の席では無かろうしな。まぁ良い。全力を尽くす。永倉殿は号令を!!」
「伊東嘉志太郎に対するは、藤堂平助!!両者、構え!!」
嘉志太郎と藤堂平助は距離を取って抜刀。
藤堂平助、銀の刀身翻すは、愛刀、上総介兼重。
伊東嘉志太郎、波打つ白刃を抜き放つは、愛刀、四ツ谷正宗。
互いに北辰一刀流の構えで挑む。
嘉志太郎は直ぐ気づいた。
「……貴殿は北辰一刀流のみでは無いな?」
「左様!北辰一刀流は他流派と違い、ものの五年あれば体得出来る利点ありて、俺は天然理心流も学んでおります!」
「いざ!いざいざ、尋常にィッ!!」
嘉志太郎が怒鳴った。
「馬鹿たれがッ!!尋常に対戦してかなうものか!!」
「しょーぶッ!!!やっちまえ、嘉志久ッ!!」
さっそく斬り込む藤堂平助を、受流でかわし、嘉志太郎が永倉に怒鳴った。
「酔いも回らずに激昂出来るかッ!!」
「やァッ!!」
藤堂平助は間を置かずに、下段之霞で斬り払う。慌てて嘉志太郎は跳んでかわし、上段から防御の形崩し技、乗身之一ツ勝を振り下ろした。
藤堂平助は敢えて受けても刀は落とさず。
代わりに、額に切り傷を負ってまでも、特攻す。
「先駆け致すッ!!」
藤堂平助のカウンター、下段之打落にて、嘉志太郎は受けからの下段之突を繰り出す。
足を狙われ、ようやっと藤堂平助は下がって息をついた。
「嘉志太郎兄さん、あなた、余程幼い頃に北辰一刀流を学んだね?今や独自の型になってるよ。斎藤兄に近い、中々読めない太刀筋だ。」
嘉志太郎は息をきらしながら、告げた。
「先駆け先生とは良く言ったものだ。その額の古傷も、今の傷のように攻撃優先で負われた勲章か?」
藤堂平助は恥ずかしそうに、ハチマキで止血しながら返した。
「いや、これは、夏場の池田屋が暑くて、額の鉢鉄をはずしてたら、思い切り斬られて。永倉兄が逃がしてくれてなければ、視界が血で見えなくて、死んでいた……。」
「藤堂平助にも、上には上がいるものか。正直息が切れて仕方ないが、俺とて一撃でも当てる!!」
藤堂平助、素早く踏み込み斬りかかる。
「ならば先手必勝ッ!!」
嘉志太郎はハッと身構えた。
藤堂平助の構えは高上極意五点。
この斬込みは、絶妙剣!
すべてをかわしきれるはずも無い。
ならば、防御など無意味!
防がぬで良い!
形崩しに、全身全霊を込めよ!!
嘉志太郎は血で血を洗う様、もはや痛覚を殺しながら、絶妙剣に立ち向かう。
「イヤアアアアアアッ!!!」
嘉志太郎の全身全霊の形崩し、神雷は、遂に藤堂平助に剣を落とさせた。
「いたっ!!まさか、俺が特攻されるなんて。」
「一撃当てたぞ。二言は……無し……」
しかし、嘉志太郎は満身創痍で、ついに出血から倒れた。
瑠璃が駆けつけた。
「嘉志太郎さんッ!!」
武田と安藤さんが嘉志太郎の全身の切り傷を見た。
「止血して終わる問題ではござらぬ!隼人殿にもらった軟膏を!」
瑠璃が藤堂平助を睨んだ。
「どうして怒涛の連撃を?入隊する前に死人が出るのですか!」
土方歳三がため息。
「担架を出しな!藤堂よ、急ぎ過ぎだ。」
「でも俺だって、体力尽きれば戦えない身だよ?古傷が我慢出来るうちじゃなきゃ、剣どころじゃないよ……いたたたた……!」
藤堂平助は背中を抑えてうずくまり、相馬主計が庇いながらも叱った。
「だからって殺す儀式じゃねえから。藤堂は勝気すぎなんだって!」
永倉新八は慌てて平間重助に頼んだ。
「勝者、藤堂平助!芹沢殿よ、平間を借りるぞ!頼む平間、俺の義父の医師、杉村松柏を連れて参ってくれ!」
原田左之助は永倉を思いやり、隊士達に怒鳴った。
「医療班は伊東の命を繋げな!!」
嘉志太郎は意識が戻ると、担架から降りた。
「止血があれば、俺は良い。瑠璃殿の旅路の果ては、この伊東嘉志太郎が見届けるぞ!」
「嘉志太郎さん」
武田が笑う。
「皆、願いはひとつですな。」
安藤さんが瑠璃の肩を優しく掴む。
「行ってきなさい、ルリ。そして、ルリの願う剣、己で掴みなさい。」
「……承知致しました!!」
瑠璃は土方歳三の前に歩み出た。
「戦いの続行を、お願いします!」
土方歳三は、確認した。
「仲間が、負傷してもか。」
「見届けて貰えるうちに。わたしが、使命を果たすまで。」
「なるほど……クックック。覚悟した目だ。さぞかし、姉貴はおったまげたろうよ。剣客になったな、瑠璃さんよ。永倉ァ!!」
永倉新八は、嘉志久を案じながらも、もはや嘉志久も瑠璃と同様に、女では無く剣客なのだ、と思い知った。
「……構え!!」
瑠璃は平晴眼の構えを取る。
閃く瑠璃色の刀身は、命と変わらぬ愛刀、大和守安定。
「沖田瑠璃、参るッ!!」
土方歳三も、平晴眼の構えを取った。
日を照り返すは、和泉守兼定。
「土方歳三、参る……!!」
「いざ!尋常にィッ!!」
永倉にもわかっていた。
瑠璃が構えた途端に、鳥肌が立った。
「……勝負ッ!!!」
瑠璃の一の踏み込み。
土方は総司を見ていた。
総司の初撃は、小手。
土方は柄で打ち払った。
瑠璃は、続く足音は無し。
本命、二回、三回。
見えない突きが土方を襲った。
総司だ。
瑠璃に総司が重なった。
不敵な笑い、までもが。
「二回だ……二回、俺は死んだな?」
瑠璃の剣は土方の額で寸止めされていた。
「はい。胴と面で死んでいます。でも、わたしの無明剣・三段突きは、仲間を殺める剣ではありませんから……土方さんの元、総司さんの愛した新撰組を守る剣に。わたしは、そんな剣でありたいと、願います。」
「……一対の剣だ。アンタは、剣になり……総司と同じ土俵に立った。」
「……はい。わたしは剣だ。愛も友情も、殺めることでしか語れないかもしれない。だからこそ、貴方を目指した。新撰組を、目指した。わたしが、新しい沖田総司になる……!総司さんの罪は、わたしが償うし……あの人の愛した仲間達を、わたしが守ります。わたしを、わたし達を入隊させてください、土方さん!この剣は使い手次第だから……どうか、わたしを、人を守る剣にしてください!」
土方歳三は、ハッキリ告げた。
「俺はアンタを哀れみはしねぇ。俺は、総司とは似た者同士でな……剣の為ならば、地獄も厭わん。伊東甲子太郎から、鈴木三樹三郎から、慈悲や対話を学んでいても……根本は変わっちゃいねぇ。アンタはすげぇ剣客だ。どこでだってやっていけらぁ。それでも、アンタは総司の愛した新撰組を守る為に……俺に、剣を預けていいのかい?」
「はい。例え、これがわたしの自己満足だとしても。己の在り方くらいは、わたしが決める!」
「ふ。ふてぇ女だ。総司にそっくりだな。」
土方歳三は、やがて笑った。
「新撰組ィ!!四名入隊だ!!」
隊士達はわっと騒ぎはやした。
「天才だ!沖田組長の惚れた娘が、沖田組長並に強えぞ!!」
「アメリカ人の安藤さんの剣と言ったら!まさに新時代だ!」
「芹沢さん、祝いの席を持ちてぇ。」
芹沢鴨は苦笑いだ。
「どうなるかと思ったがね。平山君!榎本さんに使いを出しなさい。大使館で祝おうではないか!!」
「永倉ァ!」
「おうよッ!!」
「瑠璃さん、いや、沖田瑠璃。以後は、稽古をするなら、永倉か斎藤にしな。」
瑠璃と永倉は視線をかわし、自然と剣を構えた。
「死合ってみたい……!」
「ヘヘッ!考えるこたあ、同じだなぁッ!!」
斎藤一が二人の剣馬鹿に拳骨を落とした。
「痛い!」
「斎藤殿!何故邪魔すんでぃ!?」
「巨魁だろーが女の子だろーが叱りますよ、俺ァね。お二人さん、大事な銘刀を置いて、木刀を使いなよ。だってその瑠璃色の剣、大事なもんじゃないの?ぱっつぁんと死合えば、真っ先に折れるよ?ぱっつぁんも。この娘、突きが風を斬る剛力だからね?」
「それは、そうです……!」
「ならば!!」
二人共、木刀に持ち替えて、構えた。
「「参るっ!!」」
祝いの席は、武蔵国大使館の完成祝いと共に行われた。
大使館に入り切らなかった隊士達も、屯所のオテルで酒と馳走を振る舞われ、賑やかな夜となった。
瑠璃達は、杉村松柏先生の治療を終えた嘉志太郎のベッド近くで、室内で宴をし、代わる代わる挨拶に来る隊士達に受け答えした。
「絶対組長格だよ、瑠璃さん!」
「そう、でしょうか……?」
「あの技はなに?安藤さん!なんでいきなり強く!?」
「浮島だよ。んー、たぶん、アンドーだけ学び方、違う。」
「嘉志太郎さ~ん!あの特攻は惚れるね!ちなみに錦のシミ抜きやっときました~!」
「助かる。しかし、斬り合う場合、錦は邪魔だな……」
ヤキモチ観柳斎、時刻も回ると、部屋から隊士達を追い出しにかかった。
「嘉志太郎殿は早く寝て、療養せねばなりませぬので!さぁ!部屋を出なければ修道の拙者が腰を振り始めますぞッ!!あ・ワン、あ・ツー……」
「わぁー逃げろー」
永倉が立ち上がり、嘉志太郎に告げた。
「さぁーて。俺ァ、奥方の夕餉を食いに、帰っからよ。嘉志久は療養の身でい、酒は我慢しろやい。暴れだしても、夜はこの永倉新八は自宅で奥方と枕並べて、寝てごろうじるから、また明日、昼間に俺が来たら飲みねぇ!!」
「ふ。甲斐性のある度量になったな、永倉殿よ。夜遊びせんで帰れよ。」
ヤキモチ観柳斎は手ぬぐいを食いしばる。
「キィーッ!!やはり敵は永倉殿ッ!!ナイスガイ対ナイスゲイ、にて候ッ!!」
瑠璃が責めるように永倉に告げた。
「永倉さんは罪作りな人ですね。二人のゲイを悩ませるから……」
「ん?何が?」
嘉志太郎が猛否定だ。
「瑠璃殿ッ!!俺はゲイではないぞッ!!!」
大使館。
土方歳三は、祝いの席で酒を一口も飲まずに、難しい顔をしていた。
芹沢鴨は尋ねた。
「土方君。今日の君は、特にらしくないな。」
榎本武揚はビールで浮かれて、特に突っ込んだ。
「悩みがあっても吹き飛ばそうではないか、土方君よ!無事、蝦夷共和国は天皇陛下に認められ、武蔵国大使館が完成に到るのだ。旧幕臣は、報われたのだよ!!」
土方歳三は、ますます疑い深く眉を顰めた。
「ブリュネ元帥、アンタに尋ねたい。天皇陛下は、何故ロシアを敵視する?ロシアは触っちゃならねぇ過激な国だが、現在、あちらさんに敵対意志はねぇぜ。ロシア側は、新撰組が、逆に脅かしてるとさ。」
ブリュネ元帥は眉を顰めて、告げた。
「わたしも気になっていた。ロシアを脅威とするのは、我々ヨーロッパ人の癖のようなものだ。武蔵国はこれだけ近くありながら今まで無事、むしろ関係は悪く無かった。有り体に言って、武蔵国の天皇陛下が気に病むはずが無い。となれば、ヨーロッパ人が一枚噛んでいるのではないか、と……憶測の域を出ないがね。」
土方歳三は頷いた。
「俺の欲しかった答えだよ、ブリュネ元帥。」
その時、大使館に駆け込んだ者がいた。
警備に務めた相馬主計と島田魁が抜刀す。
転がり込んだのは、忍だ。
「何奴!!」
忍びは首の手拭いを外した。
その、顔は、山崎烝である。
「山崎さん!?」
土方歳三は名を聞いて立ち上がり、山崎烝に歩み寄った。
「長い療養だったが、それだけじゃあ無さそうだな……。仕事熱心なおめぇのこった、土産話はありそうだ。」
被り物をはずした山崎烝は、髪がパーマになっていた。
「副長……山崎烝、帰還致しました。同時に、長らく監察をしておりました……。」
「そうだろうな……話しな。知ってんだろう、山崎?何故蝦夷共和国が、ロシア迎撃を命じられたのか。」
山崎烝は、何らかの洗脳でも受けたように、恐怖に抗った。
「天皇陛下は……あの人に流されているのだ。明治天皇は、悪しき方では無い。けれど、あの人だけは底知れぬ。蝦夷共和国は、依然、武蔵国からしたら敵国です。勅命の真意は、ロシアと蝦夷共和国を共倒れにする為の……いわば、罠です。」
大使館が騒然とした。
芹沢鴨がボヤいた。
「やはり、わたしをも邪魔に思われたか……。」
山崎烝は庇った。
「これは、天皇陛下の計らいではありません!天皇陛下は、とんでもない男に取り憑かれただけです。」
「とんでもない男、とは……?」
山崎烝は迷うが、伝えることを決意した。
「イギリス陸軍小隊長、ジェームズ・ドニファン中尉。わたしは彼の小隊に、和人のハーフの山崎ピーター・エバンスと、変名して潜入してきました。わたしすら見惚れる程のカリスマ的な軍人で、兵士達は熱狂的に彼を慕い……お偉方とも、食事会でたちまち懇意になられる、魅力的な人で。フランスのナポレオン三世を動かしたのも、ドニファン中尉です。ですが、ナポレオン三世はロシアを抑える使命があるヨーロッパ側で、彼は無責任では無い。フランス移民に送り出したのは、男も女も戦える兵士です。……ロシアとの、戦争に向けて。」
島田魁が悲しい顔をした。
「そんな。レティシアちゃんが……戦争孤児に、なる……?」
ブリュネ元帥もため息をついた。
「まやかしの、独立だったのだ……!!」
山崎烝は続けた。
「わたしは、たまたまドニファン中尉が、イギリス王室が天皇陛下に宛てた手紙を、焼いているのを、目撃してしまいました。イギリスは関与出来ない。おそらく何度天皇陛下に手紙を書いても、抹消された。わたしはドニファン中尉を探り、イギリス小隊に潜伏していました。表向き、彼はカリスマ的な英雄で……天皇陛下も、彼の優しさや賢さに信頼を置いています。ところが、ドニファン中尉の狙いは天皇陛下なのです。何の固執かは分かりかねますが……ドニファン中尉は、明治天皇の治世に邪魔な中山忠光を抹殺し……いま、武蔵国は、彼の支配下にある。土佐藩とドニファン中尉は同盟して、蝦夷共和国を戦火に巻き込み、天皇陛下を掌握する、という算段にて。……聴いた方々は他言無用に!知らぬふりをしながら、対策を練ってください!」
ブリュネ元帥がボヤいた。
「移民のフランス兵は?幸いにも戦力を送られていた。彼らは、知っているかね?」
「彼らは、わかっていてフランスを離れた人達です。信仰の問題や、なかには、本当にブリュネ元帥の味方になりに来た人もいて、話しても大丈夫ですが、本国には知らぬふりを。」
土方歳三は、告げた。
「新撰組はどうだ。隊士達は命懸けだぜ?」
「話して構いませんが、他言無用をご法度に追加せねばならないくらいには、危険です。」
榎本武揚は、すっかり酔いが冷めてしまった。
そして、彼こそは日の本一に優秀な外交官である。
「ただちに他国に秘密裏な協力要請を行う。内政は二の次になるが……総帥のわたしが動いては、不味いかね?」
「不味いです。貿易外交を言い訳にし、芹沢さんを各国に飛ばして、秘密裏に蝦夷共和国に集まっていただいてから、がよろしいかと。榎本武揚総帥は、有能なのが知られている。下手に動けば殺されます。」
土方歳三はボヤいた。
「表向きの敵は、ロシア……真の敵は、武蔵国のジェームズ・ドニファン中尉ってことかい。」
「土佐藩も噛んでます。俺は脱走がバレて、海援隊に追われました。幸い、変装には慣れてます。港から船を乗り換えて振切りましたが。」
「……土佐藩?近藤さん殺しの……蝦夷共和国には、見廻組がいるからかい?」
土方歳三に続き、榎本武揚が尋ねた。
「だが、海援隊は既に失われたはずだが。」
山崎烝は嫌に警戒した。
「……今の海援隊の頭領は、女です。余りにも、危険人物かと。」
「女……?」
海援隊の戦艦では、実質上の戦闘代表は、佐々木高行。事務代表は、長岡謙吉。新宮馬之助ら、土佐藩や、越前、長崎、様々な藩士の集まりで、戦闘や商業を行っている。
天皇陛下の勅命で再結成した、海援隊である。
つい昨晩に大砲沙汰があり、港で敵を逃がしてしまった。
しかし、船長は憶測だけで蝦夷共和国行きを命じ、隊士達はこの無意味な厳戒態勢にほとほと嫌気がさしていた。
起美と光枝という、軍服の女達が、海援隊隊士に詫びながら、船内を走っていた。
「ごめんなさい、姉さんが無茶をさせてしまい。」
「あのイカレ女……あれが土佐藩代表の海援隊船長だと?冗談じゃねぇぞ。勅命でなければ、アイツを海に投げ込むんだがね。」
「……姉さんは、逃げたイギリス兵士が、万が一蝦夷共和国に向かっていたら不味いと考えた。ですが、天候が阻んでます。わたし達が姉さんを止めますから、蝦夷共和国行きは無許可で辞めて大丈夫ですし、このままスケジュール通りに武器輸入を、お願いします。それから、ジェームズ・ドニファン中尉が船を乗り換えて陸に戻ります。協力お願いします。」
「あんた達、あのイカレ女をせいぜい落ち着かせておけ。船の乗り換えは任せな。日の本は、ドニファン中尉次第なんだろ?」
「はい!」
起美と光枝は走った。
船長室に来ると、船長の身の回りの世話役、伏見新兵衛が、殴り飛ばされてドアから飛んで来た。
「痛たたた……」
「大丈夫ですか、新兵衛さん!」
船長の怒鳴り声が響いた。
「わしに酒が出せぬのか!!おのれは、海援隊と同じ、わしの仇かッ!!」
船長は、楢崎龍、かつての坂本龍馬の伴侶である。
素早く抜刀し、新兵衛に斬り掛かる。
「酒を出さんと、こうだッ!!」
「わああああ!!」
「やめて姉さん!!だいたい、お酒はお医者様が禁じられて、姉さんは中毒の病なのよ!?」
「起美は許す。可愛い妹よ。新兵衛、剣を抜けェ!!」
新兵衛は慌てて剣を抜いて身を護った。
楢崎龍の剣戟はめちゃくちゃだが、その怪力たるや危うい一撃だ。この女、いざ火事場となるや馬鹿力を見せる。
楢崎龍は、笑いながら啖呵をきった。
「殺せ、殺せ!!殺されにはるばる海援隊に来たんだ!これは面白い殺せーッ!!」
ヤバい女だ、と、新兵衛は青ざめて、平に平伏した。
「とびきりの酒樽を運んで参る!御容赦くだされ!!」
楢崎龍は手酷く痛い平手打ちを新兵衛に食らわした。
「はぁ?斬り合いくらいしろ、意気地無しめ!それに酒なら初めから持って来んか!!わしは、坂本龍馬の妻だぞ!!」
礼儀正しいイギリス中尉が、仲裁に入った。
「そこまでにしたまえ、龍君。今のうちに行きなさい、新兵衛君。酒樽はドアの横に置いて、ノックして去ればよろしい。龍君は自分で運べるし、少し落ち着く時間が必要だ。いいね?」
新兵衛はイギリス人中尉に頭を下げた。
「ドニファン中尉、親切に!ありがとうございます!」
新兵衛は、坂本龍馬の生前から、龍馬に妻に何かあったら力を貸すよう頼まれていた。
新兵衛は坂本龍馬を信頼し、その上で楢崎龍を守ることにしたのだ。
海援隊では、唯一の楢崎龍の守り手だった。
しかし。
それであっても、彼女は横暴なアルコール中毒だ。美しさなど消えてしまうくらい、狂って騒ぐ身勝手な女。新兵衛とて、度々坂本龍馬を疑った。
龍の美しさと突飛さに惚れ込んだだけの、一介の男なのではないかと。
新兵衛が立ち去ると、光枝が龍を説得した。
「姉さん、蝦夷共和国行きは辞めましょう。向こうの海は雪の中です。ドニファン中尉を陸地へ送り、予定通りに武器輸入を。」
「……海援隊など死ねばよい!蝦夷に逃亡されていたらわしらは!!追撃し口封じに殺せェ!!」
「姉さん!……船は?船は、姉さんと龍馬義兄さんが、海外の何処までも行く為の、大事なものでしょう?船を、沈没させたいの?」
楢崎龍はため息をついた。
光枝の説得は上手いところをついた。
坂本龍馬は、すべてが終わったら、一緒に船で日の本を一周しよう、と告げた。龍は、世界の何処までも、龍馬と行こう、と切り返し、龍馬は嬉しげに、笑った。
船は、大事なものだ。
「……わかった。蝦夷には行かぬ。船は沈ませぬ。起美、光枝、席をはずしとくれ。土英同盟の話題になる、他言無用ぞ。」
「「はいっ!」」
皆がいなくなると、楢崎龍は御旗のように使ってきた鉾を触った。
天の逆鉾、である。
「楢崎龍は、天の逆鉾を抜いた、神の使い。神たる天皇陛下に従うに値する……よくぞそんなデマで土佐藩を説き伏せたな?確かに龍馬との旅行中、わしは勝手に天の逆鉾を引っこ抜いたが、土佐では嫌われ者だ。義兄が龍馬の遺産相続問題で、わしと対立したし……土佐など、優しかったのは乙女さんだけだ。」
ジェームズ・ドニファン中尉は、楢崎龍に優しく説き伏せた。
「信じられる人は、味方に呼びなさい。今の君は海援隊と上手くいってはいない。乙女さんも、お登勢さんも、必要なら仲裁役として集めるべきだ。楢崎龍君。君が本領を発揮出来ねば、わたしも共倒れなのでね。」
「アンタは……ロシアを倒したい。わしは、蝦夷共和国を倒したい。ふん。何が天皇。何が、霊山官祭招魂社か。龍馬は、神などでは無かった……怒りも憎しみも、殺意すら内蔵した男だ。勝海舟に夢見ていたが、龍馬とて倒幕だ。「右申所の姦吏を一事に軍いたし打ち殺、日本を今一度洗濯いたし申し候」……長州藩の夷狄への大敗に、幕府の酷吏は夷狄の戦艦の修理をしよったゆえ、龍馬はこう言った。幕府の血で日の本を洗濯する、とな。」
ドニファン中尉は答えた。
「祀られる喜びは無し、か。実に、君らしいが……坂本龍馬は充分、祀られる神に値するとも。」
楢崎龍はにっと笑った。
「違うな。神とは慈悲深い菩薩のようなヤツだ。龍馬が危ないから土佐藩邸に匿われるよう、助言までしに来たあの伊東甲子太郎。ありゃあ、たしかに幕臣の身の安全まで考えた、菩薩のような人間さ。だがな。龍馬はそうじゃない。わしが愛した龍馬は等身大の人間だ。臆病な癖に物騒でな。大政奉還の進言を託した後藤象二郎に、縦白が徳川慶喜に受け入れられなくば後藤は切腹するだろうから、後藤が下城なくば海援隊の仲間を送り、慶喜を殺して仇を打つ、とな。……わしは龍馬より勝気でな。だから、見廻組に限らぬ。龍馬の仇は幕府全体、わしは蝦夷共和国を丸ごと滅ぼすぞ?」
ジェームズ・ドニファン中尉は紳士的に微笑む。
「だからわたしは君を拾った。龍君。君は君の信念に死んでいけ。わたしと君は互いに利用価値がある。」
楢崎龍は意味深な問いをした。
「ドニファン中尉や。あんたは、ロシアが倒せたら……神を掌握し、日の本に何をさせたいのかね?」
ドニファン中尉の双眸の奥に、隠された狂気が揺らめいた。
「God doesn't really want to save people.
(神とは、本当に人々を救おうとはしない。)
Gods need to be kept on a leash, like pet dogs.
(神々には、飼い犬のリードが必要だ……。)
Only when I make God my own will the state become mine.
(神を得て初めて国家を得る。)
A world where citizens and soldiers alike would not die a cruel death, but would be rewarded with joy...
(民も、兵士達も、無惨な死では無く、喜びに報われる世界……)
That is the kind of Japan I want to create.
(そんな日の本を、わたしは願う。)」
何処までが本音で、何処からが嘘なのか。
おそらく、楢崎龍にしか、ここまで本音に近づく話はすまい。
だが、この男は、楢崎龍が死んだって、真実は語るまい、と思えた。
「新たな、支配者として、かね?」
ドニファン中尉は笑った。
「ハッハッハ。まさか。わたしは、神を従えて国を守りたいだけですよ。支配体制など求めはしない。ただ、日の本の人々の安寧あるのみ。」
そんな笑顔に誤魔化される龍では無い。
「欧州では、こう呼ぶんだろう?ピエロ、道化とな。だが昼行灯だ……わしにはアンタが一番危険なピエロ、ジョーカーに見えるがね?」
ドニファン中尉は笑った顔のまま、告げた。
「土英同盟ではあっても、わたしへの深入りはよしなさい。君の危機感ならば、わかろうはずだがね。」
楢崎龍はあくまで引かないまま告げた。
「拒むなら追わぬが、せいぜい哀しみや怒りは語れよな。わしのような女は生来が無責任でな、弱さに向けた母性しか信頼には値せん。どんなに己が危険であろうが、好いた者には寝返るものだ。だから、アンタは徐々にわしから情けを買う芝居でもしてくんな。」
ジェームズ・ドニファン中尉は笑った。
「ハッハッハ。やはり面白い方だ。安心召されよ、楢崎龍の裏切りは想定の範囲内なので、安心して志しのまま、死んでゆきたまえ。人に人を縛る権威などは無いのだから。」
楢崎龍は、微笑んだまま、睨む眼力は激しかった。
「化け狐めが……。」
「YES。わたしのような狐に君は縛れまいよ。神たるお方でも無い限りはな。」
瑠璃は眠ってしばらく、枕元に誰か座ったのを感じた。
2段ベッドの上で、そんなはずも無し。
「夢枕……わたしの、空想上の?」
「え~?そりゃあ浪漫が無い話ですよ、お瑠璃さん!」
しばらく忘れていた沖田総司の声が、枕元から聞こえてきた。
「空想でもいいです。貴女の声が聴きたかった。お会いしとうございました、総司さん。でも、たぶん起き上がったら、夢が覚めますよね。」
「そ~ですねぇ。ま、寝たまま、聞いてください。まずは、新撰組到達、お疲れ様でした。わたしは実は墓にはいなくて……ようやく会えましたね。」
「総司さんは、新撰組の守護神か何かでしょうか。なら、一から星の話をしなければ、なりませんね。」
一夜の夢。
愛する人の、夢の声。
でも。
夢の中の、まやかしだって。
「ハッハッハ!なら、閻魔様を斬り捨てて、月まで旅立たなきゃなりませんね?たくさん、たくさん、広めてくださいよ。叶うかもしれないですから。」
残された側には、生きる糧になるから。
総司さん。
貴女の、笑顔が。
椿咲く中で輝いて。
永遠に、わたしを離さないのだ。
ここに幕閉じ壬生狼チャンバラ、沖田総司を見送った、新参隊士を四名をくわえ、山崎烝が再加入し、明かされますや真の大敵、土英同盟。
揺れる蝦夷に覚悟を固め、お次に死合うは誰ぞ知るーーー。
羽織 ならず とも 我らは浅葱色の
最後の侍共 撃鉄に 剣佇む
壬生狼チャンバラ 鬼が斬る
歌舞いた 桜にゃ 飽き足らず
脇差 一徹志し
椿の 首散り なりしゃんせ
我ら 武士道 掲げるは
誠の旗
終劇。
プロローグ・完
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