ネイビーブルー・カタストロフィ――誰が○○○を×したか――

古間降丸

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8 それから(その6)

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「おかえりなのです」
「ただいま」
 静刻とギィアは並んでベッドに座り、買ってきたばかりのアイスクリームを手にオリンピック中継を見る。
 テレビ画面が競技場からスタジオ解説に切り替わった。
 その時、テレビから逸らしたギィアの目が本棚の上段に置いてあるものを捉える。
「あれ? なのです」
「どうした」
「これまだ持ってるのです?」
 そう言ってベッドを降りたギィアが“んしょ”と背伸びをして手にとったのはあのオルゴールだった。
「なんだっけ。バニーガールが置いてったんだよな」
「そうなのです。時代間移動体誘導トラップなのです。未来から過去へ移動中の物体があればここへ誘導するのです。時代間戦争の遺物なのです」
 言いながらオルゴールを開く。
 あの日に聞いた旋律が流れ出し、部屋を満たす。
 思えばこの旋律からすべては始まったのだ。
 図書室から始まり、桜のオペレーションルーム、超快眠寝具セット、一時的なクラスメートたち、エロ女帝と第六エロ魔王、疑似ブルフェチと似非ブルフェチ、男子生徒の妄想異形とブルマ否定派女子の人魂たち、そして、成長を続けるファージ――。
 奇妙な懐かしさを伴って次々と思い出される一九九二年の光景に、ふたりは寄り添い、思いをはせる。
 そして、静刻は考える。
 ネイビーブルー・カタストロフィを回避することは未来人にとってどんな意味があったのだろう。
 もしかしたらブルマの絶滅が未来に深刻な影響を与えており、それを回避する目的だったのかもしれない。
 その一方で、逆に未来になんの影響も与えないからこそ歴史に介入しようとした可能性も否定はできない。
 確かにブルマの絶滅は社会的かつ文化的な側面で爪痕を残したが、それも数百年経てばわずかの傷跡すら残すことはないだろう。
 その“傷跡が残らないくらい遠い未来”の住人が、遊び半分みたいな――たとえて言うならこども同士がおやつを賭けるような――感覚で歴史に介入してきた可能性もけしてゼロではないのだ。
 少なくとも送られてきたアンドロイドのうっかりぶりを見るとそっちの方が信憑性が高い気がする。
 静刻が、となりでぺたりと座ってオルゴールに耳を澄ませるギィアを見ながらそんなことを思った時――
「ここは、どこだ」
 ――聞き慣れない女の声がして、我に帰る。
 ベッドの上に細身の肢体をハイレグワンピースの水着だかレオタードだかに包んだ若い女が立っていた。
「誰?」
 静刻が問い掛けるのと同時に、さらに背後から声が上がる。
「ここが一九九〇年代なのか」
 振り向くと座卓の上にボディコン姿の女がひとり。
 パソコンデスクのかたわらに、テレビの前に、玄関脇に――室内のあちこに若い女が実体化していく。
「ここが目的地か」
「ようやく着いたか」
「なんかそうぞうしてたのとちがうんですけどー」
 次々と現れる様々な格好の女性たちに呆然とする静刻とギィアだが、現れた全員もまた釈然としない表情で室内と静刻と各々の顔を見比べている。
 そして、一斉に静刻見て、異口同音に問い掛ける。
「ここはいつだ」
 その異様な光景に気圧されながら静刻が答える。
「二〇二〇年のオレの部屋だ――」
 そして問い返す。
「――誰なんだよ、なんなんだよ」
 女たちが一斉に口を開く。
「私は未来からハイレグ水着の絶滅を回避するために……」
「私は未来からボディコンワンピの絶滅を回避するために……」
「私は未来からルーソ絶滅を回避するために……」
「私は未来からアームウォーマーの絶滅を回避するために……」
「私は未来からソバージュヘアの絶滅を回避するために……」
「私は未来から……」
 延々と続く自己紹介に静刻は呆れる。
 どれだけ絶滅した過去のファッションに未練があるんだ、いい加減にしろよ未来人――と。
 そのとなりでギィアは静かにオルゴールのふたを閉じた。

 舌を出しながら、小さく――
「ごめんなさいなのです」
 ――つぶやきながら。


 終
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